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はじめ通信・子どもと教育のはた4−817

「少年非行防止」を国や都の委員会・研究会が報告
”少年非行は保護者の責任”論で指導と取締まりの権限強化ねらう


●8月上旬には警察庁生活安全局が、警察官僚と専門家の研究会による「少年非行防止法制のあり方について」の中間報告を発表し、9月4日までのパブリックコメントを募集しています。
 政府の「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」や「青少年育成施策大綱」を受け、今年3月から「不良少年の早期発見・早期措置」をめざして法制上の課題を検討してきたもので、座長は、昨年都の青少年健全育成条例の大幅な改定で「不健全図書」への規制を強化したり、深夜連れ出しを処罰する条項を盛り込む答申を出した中心人物である都立大の前田雅英氏。

●研究会では、東京で深夜における少年犯罪の増加と深刻化の問題をとらえながら、(1)少年法などの限界から警察官による補導が難しい(2)非行常習の少年は、犯罪を繰り返す傾向が強い(3)少年の指導に保護者が非協力的な場合が多いことなどを理由に、警察の取り締まり権限の強化や保護者の責任の明確化が、最優先で強調されているのが特徴です。

●今回の報告では、警察の補導や指導への、子どもや保護者のかなり具体的でリアルな態度の悪さを挙げて、もっと法律を厳しくしないと、親子でつけあがってどうしようもないというニュアンスを強調しています。
 そこにはなぜ少年非行の深刻化や保護者の非協力的な傾向が強まっているのかということには、一般論をのぞき、ほとんど分析は見られません。
 大都市の過密化や深夜労働、休日もない企業活動の実態や、少子化・家族の分離・崩壊現象、一方で警察以外の少年非行の指導員体制がほとんど皆無であり、学校などでも虐待やいじめ・不登校への抜本策がとられていないなどの問題、警察自体の相次ぐ不祥事など、少年非行をめぐる環境のあまりの深刻化については言及がないのが特徴です。

●この報告は結論部分で、少年が不良行為や非行を繰り返す恐れが強い場合は警察が継続的に「指導」できるような権限と体制をつくることが、人権を守ることにもなると強調しています。
 私は、少年の非行が子ども本来の資質からではなく必ず家族や学校などでの外的要因をともなうことを考慮せず、取締りを旨とする警察に扱いをゆだねることが、結局は「札付き」少年を増やし、犯罪者を一時的に減らせても最後はアメリカ型の犯罪社会をつくってしまうことになりかねないと強く印象付けられました。

●なぜ福祉と健全育成、教育など、各分野の行政の体制強化という立場から非行防止のアプローチがいっさいないのでしょうか。おそろしいほど、その発想がかけているのです。

●一方、学校現場で、まさに教育として犯罪社会に対処するすべを子どもたちに教えるよう求めたのが、竹花副知事のもとでつくられた非行防止教育を検討する委員会(犯罪社会学の小宮信夫氏が座長)の提言です。
 長崎の事件が決して例外ではないとして、「社会的知識や善悪を判断する能力が」「あまりに未熟、幼稚である」子どもたちに、(1)被害者の苦しみや非行への誘惑をリアルに教える「非行防止教育」、(2)都市の犯罪の危険をロールプレイなどで教え、護身術など危険回避能力をつけさせる「被害防止教育」、(3)模擬裁判や社会奉仕などを通じ、社会の権利や義務を教える「市民教育・法教育」などが必要だと提言しています。

●ひとつひとつの提案はもっともな内容が多いのは事実です。すぐに具体化すべきこともあることは否定できません。
 しかし、子どもたちの「善悪の判断が幼稚」だと決め付けている大人社会が、単純に北朝鮮が「悪」、それを非難すれば「善」などという風潮だったり、政治の頂点に立つ人たちが、国民の不信をかうような言動や腐敗行為を繰り返している姿をメディアを通じて見させられている子どもたちに、本当に善悪の見極めが「幼稚」などといえる大人がどれだけいるでしょうか。むしろ全体の構図は、非行や犯罪防止を理由に、学校の子どもたちや教育内容を警察機構を通じて管理しようという意図が透けて見えています。

●長崎の事件で、被害者と加害者を、行為として善と悪に分けてみても、何の解決にもならないことは、彼らと接していた子どもたちが一番よく知っているし、同じ思いの子どもたちが日本中に多数いることをみても、この提言全体から臭ってくる、管理社会づくりの教育方向に、大事な問題をたくさん放置してしまう危険を感じるのは、私だけではないと思います。

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