『千年城』玉座の間。

そこに眠りに付く純白の姫に一人の老人が近付く。

「・・・姫よ・・・」

老人・・・ゼルレッチは静かにその手に持つ実を口元に寄せる。

その匂いに惹かれたのか静かにその実にかぶりつく。

その実を咀嚼し呑み込む。

「そうです・・・お食べ下され・・・姫よ・・・そしてお会い下され。姫の為に・・・姫を救う為に己の力を発揮したかの少年に・・・『蛇』を滅ぼし、この実を命がけで取り・・・何の私心無く姫を救おうとする幼き死神に・・・」

玉座の間に咀嚼し呑み込む音が何時までも響いた。

九『夢魔・復活・指針』

「・・・ん?あれ?ここは・・・どこだろう?」

志貴が眼を覚ました時その場所は今いる筈の無い場所であった。

なぜならそこは・・・

「どうして僕、里の自分の部屋で寝ているんだ?」

いま自分は欧州に修行に出ている筈であった。

なのに・・・

そんな事を考えていると不意に誰かが入ってきた。

「志貴ちゃん・・・」

「起きたんだ」

「あ、あれ?翡翠ちゃんに・・・琥珀ちゃんも」

それは紛れも無い翡翠と琥珀であった。

志貴は起き上がろうとするが何故だか動かない。

「あ、あれ?」

「良いの志貴ちゃん」

「そのまま寝てて・・・」

二人はそう言いながら志貴の枕元に立つ。

「ねえ・・・志貴ちゃん・・・」

「聞きたい事があるの・・・」

そう言いながら二人は志貴をじっと見る。

「なに・・・二人の聞きたい事って・・・」

志貴は何気無く聞いた。

二人は口を揃えてこう言った。

「「志貴ちゃんはどっちが好き??」」

「へっ?」

それに対して志貴の答えは間抜けなものであった。

いや、志貴自身頭が真っ白になって答えが出て来ないのだ。

「だ〜か〜ら〜、志貴ちゃんは」

「私と翡翠ちゃんと、どっちが好きなの?」

その答えに翡翠はややむくれて、琥珀は不安そうに再度聞き直す。

「い、いや・・・どっちがって・・・ど」

「志貴ちゃんどっちも何て答えは無しね」

「私かお姉ちゃんかどっちが好きか答えて」

志貴の逃げに素早く二人は封じる。

「い、いや・・・どっちがなんて・・・」

そう言葉を濁していると翡翠がとんでもない提案をしてきた。

「お姉ちゃん、それだったら志貴ちゃん自身に聞こうよ」

「・・・翡翠ちゃん、どう言う事?」

「つまりね・・・」

そう言うと翡翠は琥珀になにやら耳打ちをする。

それを聞いていた琥珀はたちまち真っ赤になってしまった。

良く見れば翡翠も頬を紅潮させている。

「・・・えっ・・・で、でも・・・」

「大丈夫・・・から・・・ね」

「う、うん・・・志貴ちゃんの・・・」

「そうしよう・・・」

何の会話をしているかわからない。

でも、志貴は無性に嫌な予感がしていた。

全身の血が、いや遺伝子クラスに渡って逃亡と、脱出を指示している。

「あ、あのさ・・・ひ、翡翠ちゃん・・・こ、琥珀ちゃん・・・」

その志貴の言葉を二人が遮った。

「志貴ちゃん・・・」

「初めてだから志貴ちゃんを気持ち良く出来ないかもしれないけどごめんね」

その言葉に志貴は未知の恐怖に震える。

「ふ、ふふふふふ二人とも・・・い、一体何をする気なの?」

「大丈夫だから・・・」

「うん・・・志貴ちゃんはそのままにしていて良いから・・・」

そう言い二人はじりじりにじり寄って来る。

「「志貴ちゃん・・・好き」」

その言葉と共に二人は志貴に抱きついた。







「うわあああああああああああ!!!」

絶叫をあげて志貴はまさしく飛び起きた。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・あ、危なかった・・・」

あの時点で、もし起きなければ幾ら夢でも行く所まで行ってしまったに違いなかった。

「どうしちゃったんだろ・・・幾らなんでも翡翠ちゃんと琥珀ちゃんにあ、あんな・・・」

眼が覚める寸前の光景に再び頬が熱くなる。

この辺りは未だ初心な少年といった所であろう。

これが八年経てば・・・ああゆう風になるのだから人間とは不思議である。

「・・・あれ?お前どうしたんだ?」

ふと志貴は枕元に見慣れない黒猫が丸くなっているのを発見した。

「ゼルレッチさんの飼い猫なのか?お前」

そう言いながら志貴はその猫を抱き上げる。毛並みも艶々している。

しっかりと可愛がられているみたいだ。

首には首輪でなく黒いリボンが巻きついている。

と、抱き上げている内に黒猫が眼を覚ます。

「ああ、ごめんな。起こしちゃったかな?」

そう言い、志貴は優しく撫でる。

気持ち良さそうに眼を細めてから猫は志貴の頬をなめる。

「あはは、こら止めろよくすぐったいよ」

笑顔を浮かべて猫とじゃれる志貴。

そこにドアがノックされる。

「??はい」

「志貴?やっと起きたのね」

その言葉と共に安堵に満ちた表情で入ってきたのは青子だった。

「先生。おはようございます」

「はい、おはよう。しっかりと休んだみたいね」

「そうなんですか?一体あれから何日経ったんですか?」

「もう五日前のことよ。志貴ったら五日間ずっと寝たままだったんだから」

「ええっ!!!五日も」

青子の言葉に絶句した。

そんなにも寝ていたとは・・・

「先生、ゼルレッチさんとコーバックさんは?」

「老師だったら今お姫様の所、あと、アルカトラスは"『永久回廊』の使用過多の為に休憩するで〜"とか言って、部屋でぐーすか寝ているわ」

志貴の疑問に単純明快な説明で返す青子。

「それと先生、実の方は・・・」

「大丈夫。老師が責任を持ってお姫様に食べさせたわ」

「良かった・・・」

その言葉に志貴は心底からの安堵を浮かべる。

「蒼崎、志貴君はどうだ?」

噂をすれば影とやらか、当のゼルレッチが入ってきた。

「あっゼルレッチさん」

「うむ、志貴君眼を覚ましたか・・・実は・・・」

その言葉が終わる前に白い何かが脇を通り志貴に抱きついてきた。

「????」

志貴の視界が一瞬にして真っ白い何かに覆われた。

それと同時に顔を異様に柔らかい感触が覆ってしまった。

(な、何?何?)

志貴は混乱したが、次第に息が苦しくなってきた。

当然といえば当然であろう。

何しろ柔らかい何かは志貴の顔にぴったりと覆っている。

それこそ息も出来ないほど・・・

「!!!!!!!」

手足をじたばたさせてようやく顔を脱出させて大きく息を吸い込み吐き出す。

そして、落ち着いた志貴の視線の先には・・・

「えへへへへ〜」

満面の笑みを浮かべた、あの時殺し合った純白のお姫様がいた。

視界の隅では青子と、ゼルレッチが硬直していた。

(ああ・・・そうか・・・白かったのはアルクェイドのお姉ちゃんの服が白かったからで柔らかいのはお姉ちゃんの・・・!!!!!)

「って、うわああああああああああ!!!!!」

そこでようやくまともな思考が出来るようになった志貴は全力で脱出を試みようとするが、びくともしない。

「むう〜志貴〜なんで逃げるのよ〜」

そのアルクェイドのむくれ声を聞いて、ようやく硬直から解けた二人が

「アルクェイド!!志貴が慌てるのも当然よ!!!さっさと離れなさい!」

「そうです!!姫、志貴君が混乱しているではないですか!!」

そう言って志貴とアルクエィドを引き離そうとするがアルクェイドは逆にしっかりと抱きしめて離さない。

「ええ〜そんな事ないわよ。志貴だって私と一緒の方が良いよね〜」

アルクェイドの問い掛けに志貴は返答しない。

いや、出来ないと言って良い。

想像してみれば良い。

アルクェイドの並外れた腕力で力いっぱい抱きしめればどうなるか?

引き千切れないだけ志貴はまだ幸運だと言うべきだろう。

微かに志貴がアルクェイドの腕をぱんぱん叩く手が志貴の意思を表していると言えるだろう。

そんな中、志貴の手から離れていたあの黒猫がとことこ歩いてきたかと思うと、思いっきりアルクェイドの手を噛んだ。

「いったーーーーい!!!」

その拍子に志貴の体はようやく解放され、志貴は大きく息をついた。

「はあ・・・はあ・・・死ぬかと思った・・・」

「志貴大丈夫?」

「は、はい・・・先生・・・一瞬ロアとアインナッシュが川原の向こうで、おいでおいでしている風景が見えました・・・」

「そ、それは・・・」

さしもの青子も引きつった笑みを浮かべる中志貴の元にあの黒猫が擦り寄ってきた。

「ああ、お前か・・・ありがとう助かったよ」

志貴が優しく頭を撫でてやると猫も眼を細めてされるがままとなっていた。

すると、アルクェイドがひょいとその猫をつまんで自分の目線に持っていくと

「ちょっとレン!!!何するのよ!!」

怒涛の如く怒り狂ってきた。

それに対して猫の方はつーんとそっぽを向く。

「アルクェイドのお姉ちゃん、この猫レンって言うんですか?」

「ええ、そうよ。でもねこの子は・・・ああ、言うよりも見た方が早いわね。レン、志貴に挨拶して」

そう言い、アルクェイドがレンを床に降ろすと、瞬く間に黒猫から志貴と同い年か少し年下の黒服の少女に変貌を遂げた。

「ええっ!!」

「志貴改めて紹介するわね。この子はレン。一応私の使い魔で夢魔の子よ」

アルクェイドの言葉にレンは静かにお辞儀をする。

「えええ・・・夢魔?」

「ええ、そうよ・・・簡単に言ってしまえば好きな夢を自由に見せてくれるのよ」

嫌な予感がした。

アルクェイドの言葉に志貴はやや青ざめてレンに聞いてみる。

「ね、ねえ・・・レン・・・ひょっとしてあの夢は・・・」

「・・・(ぽっ)」

レンの赤らめた表情が全てを物語っていた。

更にアルクェイドがとんでもない事を言ってきた。

「あっ!ひょっとして志貴良い夢見た?レンに頼んだ甲斐があったんだ〜」

「ひ、姫、それは・・・」

「だって志貴は私の為にロアを殺したりアインナッシュから『真紅の実』を取ってきてくれたんでしょう?爺や」

「は、はい・・・」

「だから〜お礼にレンに志貴にいい夢を見せてあげてねって頼んだのよ」

「・・・」

志貴は小刻みに震えてから

「・・・お姉ちゃん・・・」

と、手招きした。

「ん?何々?」

嬉々としながら志貴に近寄るアルクェイドに志貴は

「・・・耳貸して・・・」

「ええ〜何々内緒話?」

うきうきしながら耳を出すアルクェイドに志貴は大きく息を吸いこんでから咽喉が潰れる位の大声で叫んだ。

「何考えてるんですかーーーーーーー!!!この馬鹿お姉ちゃん!!!!!!」

志貴の大声が部屋を支配した。

「っーーーーーーーーー志貴!!何するのよ!!耳痛いじゃないの〜」

耳を押さえながらアルクェイドが抗議する。

青子とゼルレッチは何が起こるか予想していたらしく耳を逸早く塞いでいた。

「耳痛いじゃありません!!!お礼だったら普通で良いです!!あのお礼は・・・」

そこまで行って志貴は再度頬を赤らめる。

あの光景は冗談ではなかった。

しかし、アルクェイドは何を勘違いしたのか?

「あっそうか。志貴は夢じゃあ満足できなかったんだ〜」

と、とんでもない事を口にすると、躊躇いを見せずに更には志貴に驚愕の暇すら与えずに志貴とキスをしていた。

「!!!!!!!!!!」

「えへへ〜どう?志貴満足した」

得意げにそう言うアルクェイドに真っ赤になって硬直する志貴。

そして、余りの光景に石化したゼルレッチと・・・

「・・・お姫様・・・いい根性してますわね・・・」

怒りで体を振るわせた青子が問答無用で破壊の魔術を発動させた。

その後・・・我に帰った志貴とゼルレッチ、更に轟音に驚いて飛び込んできたコーバックが『永久回廊』まで投入してようやく蒼い暴風を宥める事に成功したのだった。







「まったく・・・姫、もう少し思慮を持ち行動を・・・」

「ぶぅ〜、判ったわよ爺や〜」

「やれやれ、せっかく回復していた所にまた『永久回廊』を使うたぁ〜思わへんかったわ」

「何よアルカトラス。私の所為だとでも?」

「それ以外の何に聞こえるんや?」

志貴達五人はいったん城の食堂に向こう事にした。

なにしろ志貴は五日間飲まず食わずで寝ていた為空腹を体が訴えていたのである。

「それにしてもゼルレッチさん・・・」

とここで志貴はゼルレッチに耳打ちをする。

「どうかしたのかね?・・・まあ、聞きたい事は判っておるが」

「アルクェイドのお姉ちゃん、少し変わりましたね」

「少しどころやあらへんって」

この内緒話にコーバックも加わる。

「明らかに以前と変わっとるがな。以前は・・・なんちゅうたら良いかわからへんが、もっと無表情やったで」

「そうじゃな・・・確かに以前の姫は感情を何も持たなかった。他の真祖達の都合の良い道具としてそういった道具として不要なものはすべて排除された。しかし、今の姫には明らかに感情が生まれておる。我らと同じ様に笑い、泣き、怒る・・・よもやこの様な光景を見られようとはな・・・」

「原因はなんやろな?」

「おそらくは志貴君に一度殺されかけたという所であろうな・・・それによって姫の精神的なものに変化が起こったのじゃろう・・・だがそのような事、どうでも良いではないか。姫がああやっている姿を見られるというだけでも十分だろう?コーバック」

「それもそうやな・・・」

「ちょっと!!爺や、早くしないと置いて行っちゃうわよ〜」

前方からアルクェイドがそう呼びかける

「行きましょうか?」

「ああそうやな」

「うむ。行くとしようか。エレイシアが料理の準備をしておるからな」

「えっ!!エレイシアのお姉ちゃんが?」







「あっやっと来たんですか?もう皆さんすっかり料理が冷めちゃったじゃないですか〜」

食堂では人数分料理を用意するエレイシアの姿があった。

「いやぁ〜すまんすまん。暴走しおった奴を止めるのに結構時間が掛かってしもうてのぉ〜」

笑いながらコーバックが席に着く。

それに続いて青子達も席に着く。

「もう少し待っていて下さいね。今暖め直しますから・・・カレー料理は熱々の方が断然美味しいんですから」

「かぁ〜またかいな」

「老師・・・彼女が厨房を支配する様になってからカレーが多くなった様な・・・」

「気ではない。あやつが厨房に入ると百%カレーになる・・・」

「ねぇ〜他の料理にしようよ〜カレーばっかりなんて飽きちゃった〜」

「シャラップ!!」

「ぶーぶー、エレイシアの傲慢!!横暴!!独裁者!」

「エレイシアのお姉ちゃん・・・」

「あっ・・・志貴君・・・」

「もう・・・大丈夫なんですか?」

「うーん、正直な所まだかなとは思うんだけど、志貴君にああまで言われてから自分なりに考えたのよ。確かにこのままだといけないかなって・・・」

それは志貴が『思考林』に出る直前の事・・・







「・・・どうしてなの?」

ようやく落ち着いてきたエレイシアを志貴が見舞った時最初に口にしたのは糾弾の言葉だった。

「何でなの?どうして私の殺さなかったの!!」

「・・・お姉ちゃん」

「君も知っているでしょ!私はお父さんもお母さんも街の人も皆・・・皆殺した悪魔なのよ!!何で何もしていないお父さん達が死んで殺した私がのうのうと生きているのよ!!私なんて・・・私なんて・・・生きていない方が良かったのよ!!」

そう搾り出す様に叫ぶエレイシアの言葉が終わると志貴はこう問い質して来た。

エレイシアとは対照的な低く冷え切った言葉で。

「・・・お姉ちゃんが泣き叫んだらお父さん達が帰ってくるの?」

「!!!」

「そりゃ死ぬのは簡単だよ。ここから飛び降りれば直ぐ死ねるよ・・・でも・・・ただ死ぬだけで贖罪になるとでも思っているの?」

「・・・・・・」

志貴の冷徹な弾劾は続く。

「こんな事で死にたい?自分は世界で一番不幸な人間だ?そんな訳無い。この世には贖罪すら出来ない人もいる。償いたいと言う心すら失った人もいる。それに比べたらお姉ちゃんなんか恵まれた方だよ」

「・・・で、でも・・・私は・・・殺したのよ・・・皆を・・・そんな私が・・・後どうすれば償えるの?」

志貴の答えは単純だった。

「生きる事だよ」

「!!」

「僕の父さんが言った言葉なんだけど"大罪に対する償いは己の生涯を掛けて行うもの。そして償い方はそれぞれ異なる。だがな・・・その中でも最も重く辛き道となるのは生きる事だ。生きて、己の大罪を背負い、一生涯を掛けてその罪と共に歩く事、そして自分が殺した者、愛した人、慈しんでくれた者を忘れる事無く己の心に刻み込む事なんだ"と」

「・・・・・・」

その言葉にエレイシアはただ呆然として聞いていた。

「だからお姉ちゃん・・・死にたいとかそんな事は考えないで自分に出来る償いの方法を探してみてよ・・・きっとお姉ちゃんなら探せられると思うから」







「ははは・・・今からするとなんか偉そうだったかな?・・・お姉ちゃんごめんなさい」

「ううん、そんな事は無いわよ志貴君、君の言うとおりだったのよ。死ぬ事に縋るのが臆病で卑怯な方法なんだって教えてくれたんだから」

笑いながらカレー料理を暖めてテーブルに並べる。

「さあ、エレイシア特製カレー尽くしです!!食べてみて下さい!」

「はぁ〜しゃあないな・・・食うか・・・」

「もうカレーは飽きたよぉ〜」

よほど毎日食べさせられたのか?げんなりしたコーバックと不平不満を言うアルクェイドに、

「「・・・・・・」」

もはや諦めたのか無言で黙々と食べる青子とゼルレッチ。

そして志貴はと言えば、とてつもない早さで次々と料理を胃袋に注ぎ込んで行く。

「はぁ〜志貴君余程お腹が空いていたんですね〜」

「それはそうでしょう。五日間飲まず食わずじゃあ」

まさに餓鬼の様に志貴は次々と食べていく。

そしてようやく志貴が落ち着いた時志貴は明らかに飽きたと思われるアルクェイド・コーバックの分まで食べてからであった。

「ふぅ〜ご馳走様でした。お姉ちゃん美味しかったよ」

「本当!!もういい子ですね!!志貴君は」

そう言って志貴の頭をなでるエレイシア。

「でも・・・毎日はきついかな?」

さり気なく自分の注文をつけるのは忘れない。

エレイシアが撫でた格好のまま硬直しているのを尻目に青子が志貴に声を掛ける。

「さてと・・・志貴、少し話があるんだけど良い?」

「??はいそれは構いません」

「そう・・・ああ、老師、アルカトラス、それにお姫様も少し残って、皆に関係する事だから」

そう言って全員が立ちかけた席に再び腰を下ろす。

「先生、どうかしたのですか?」

「ええ、これからの事についてね。予定だったらもう用も済んだからロンドンに帰る筈だったんだけど・・・」

「けど?蒼崎はん、なんかあったのかいな?」

「大有りよ!まったくあの陰険・性悪司祭やってくれたわね・・・今度あった時には地獄見せてやるわよ・・・

ぶつぶつと、物騒な事を呟く青子に全員引いて引きつった笑みを浮かべる。

「せ、先生・・・続きは・・・」

「え?・・・あああ、ごめんね志貴ちょっと脱線したみたいね」

かなりだと思います。

全員の共通の認識だった。

「率直に言うと、埋葬機関経由で情報が協会に流れ込んだのよ。『死徒二十七祖番外位アカシャの蛇と第七位思考林が滅びた。それを行ったのがミスブルーの弟子で、そいつは『直死の魔眼』を保有している』ってね」

忌々しげに言う青子にゼルレッチも眉をひそめる。

「そうなると協会は大パニックじゃろう」

「そんなものじゃありません。老師、二日前私が戻った時にはお偉いさんが私を取り囲んで事の真偽を確かめた位なのですから。その時にはどうにか誤魔化しましたが、志貴の事が判明するのは時間の問題かと・・・」

「それにしてもどうして埋葬機関が志貴の事を言いふらしたの?協会の手に渡ればどうなるか火を見るよりも明らかだと思うんだけど・・・」

「おそらく埋葬機関の狙いは志貴の事を知る事ね。その手段として自分達の持っている情報をリークしたのよ。私の方は情報封鎖が完全だったから協会の力を借りて志貴の事を調べる気ね」

「先生・・・そうなると父さん達に・・・」

「一応黄理には連絡を取ったわ。最も埋葬機関があそこに向かっても返り討ちにあうのが関の山でしょうね」

「そうなんですか?」

「暗殺者としては七夜の完成度は世界屈指よ。幾ら人外との戦いに手慣れた代行者でも役者不足も良い所よ」

「まあ、それはそうやな。志貴の実力を見ても代行者にやられるとは到底思えんわ」

「でも・・・問題は協会なのよね・・・あの調子だと志貴の事が判明したら志貴の引渡しを要求してくるでしょうし・・・」

「協会を潰すってのはどうかな?」

「無理ね。下手すれば欧州・・いえ、世界中のパワーバランスが崩壊するわ。それに志貴を今帰してもどうせ志貴を追って来るのが眼に見えているし・・・」

軽く頭を抱える青子にゼルレッチが声を掛ける。

「・・・うむ、それならば蒼崎、私に考えがある」

「老師?何か手段が?」

ああ、と頷き、席を立つ。

「それまでは志貴君は城にいたまえ。協会には私が話をつけてくる」

そう言うとホールを後にした。

「じゃあ、後は老師の手腕に期待するとしましょうか」

そう言って青子も席を立つ。

「そやな。わいも少し休ませてもらうわ」

続いてコーバックが席を立つ。

「ねえ志貴、志貴はどうするの?」

「えっ?僕は修行をしてから休みますが・・・」

「じゃあさ私もその修行を見ても良い?」

アルクェイドの申し出に志貴は一瞬首を傾げたが直ぐに

「うん、良いよ。お姉ちゃん」

と了承した。







「はっ!!」

志貴の気合の篭った声と共に『七つ夜』を次々と振るう。

それから『閃鞘・七夜』から始まり、『閃鞘・十星』を次々と放ち、続いて『閃走。六兎』を繰り出す。

「はぁ〜綺麗〜」

アルクェイドはただ志貴の繰り出す技を見ているだけであった。

「・・・ふぅぅぅぅぅ・・・はっ!!」

最後に我流・十星改を宙に打ち込んで終わりとなる。

「ふう・・・」

額に滲んだ汗を軽く拭い大きく息を吐く。

「志貴、本当に綺麗だね志貴の技って」

ニコニコ笑いながらアルクェイドが志貴に近付く。

「綺麗?」

「うん、ほら私が志貴に両手両足の腱を切られちゃった事あったでしょ?あの時もね、志貴の繰り出す技に魅入っちゃったの」

「どうしてですか?」

「私が今まで闘ったのは、死徒とか死者ばっかりだったからかな。大抵死徒や死者は力任せの攻撃が多いの」

それは至極当然である。

死徒や死者、更には真祖などの最大の武器はその強大な力、そして強靭な肉体である。

その武器を最大限利用するのは生物として当然の結露である。

それに対して志貴のそれはアルクェイド達の対極にあった。

脆弱な肉体を守る為、自分よりも強大な敵を打ち破る為己の持つ力、技を極限まで鍛え上げる。

それこそが唯一の術なのだから・・・

「だからね、志貴の技を見て"こんな綺麗に技を出せる人がいるんだ"って本当に驚いたの」

再び屈託の無い笑みを浮かべるアルクェイドに志貴は気恥ずかしそうにそっぽを向く。

「あれ〜志貴照れてるの?可愛い!!」

そう言って背中から志貴を抱き上げる。

「!!お、おおおおお姉ちゃん!!そ、それは・・・」

志貴は真っ赤になって脱出を試みる。

ただでさえあの淫夢がまだ頭から離れていないのに加えて、背中には再びあの柔らかい感触が惜しげもなく押し付けられている。

だが、アルクェイドは簡単に離さず、逆に志貴をぎゅっと抱きしめる。

またいい感じで志貴の意識が飛ぶ寸前に

「にゃ〜!」

猫の声と共に

「いったーーーーーい!!!」

アルクェイドの悲鳴と同時に志貴は解放された。

更に志貴は間髪いれず充分な距離を置く。

しかし、アルクェイドは志貴には眼もくれず一匹の黒猫にしきりに怒鳴っている。

「ちょっとレン!!貴女何か怨みでもあるの!!一度ならず二度も私と志貴の逢瀬を邪魔するなんて!!」

するとレンは人型になると、とてとてと志貴に近付き、ぎゅっと志貴に抱きつく。

「・・・レン?何の真似?」

アルクェイドの声は先程と打って変わって静まり返っているが、それが逆に恐ろしさを醸し出している。

「・・・この子が今日から私のマスター・・・私のもの・・・」

次の瞬間、中庭に絶大な殺気が覆う。

カテナイ・・・カテナイ・・・アレニハカテナイ・・・ハジモガイブンモカナグリステロ・・・アレノシカイニハイルナ・・・タダヒタスラニゲロ・・・ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ・・・

志貴の全遺伝子が号令を下す。

「へえ・・・レン・・・良い度胸しているわね・・・いいわ、ちょっとお仕置きしてあげる・・・」

次の瞬間志貴は本能のままに猫に戻ったレンを懐に押し込むと、

―閃鞘・七夜―

アルクェイドを牽制しつつ、中庭から脱出して一心不乱に逃げる。

この夜志貴は一晩掛けてアルクェイドと生死を賭けた鬼ごっこをする羽目になった。







二日後、ゼルレッチが『千年城』に帰ってきた。

早速ホールに集まる志貴達。

ちなみにレンはデット・オア・アライブの鬼ごっこの後正式に志貴の使い魔となった。

アルクェイドの話では最初からレンは志貴にプレゼントする気だったらしい。

それも当然であろう。

志貴自身は否定しているが『極の四禁』は紛れも無く召喚魔法、並の魔術師では一生使う魔力量を前借りしたとしても出来る代物ではない。

いや、青子やコーバック、更にはゼルレッチでも召喚できるかどうか。

それだけ莫大な魔力を潜在的に誇る志貴にとって使い魔を一匹持った所で何の苦もない。

前回の二回の使用で気絶したのも魔力的な問題よりも体力的な問題であったのだから。

では何故、あれ程暴れたのであろうか?

一時は本気で命の危険を感じて、『直死の魔眼』の解放を考えていた志貴にはそれが不思議で仕方ない。

そんな訳でレンは志貴の足元で丸くなっていた。

「協会との話し合いは済ませた」

短くゼルレッチはそう言う。

「ほんでゼルレッチ、連中には何とかまして来たんや?」

「なに、簡単な事よ。"その少年は蒼崎の弟子でもあり私の弟子でもある。更には我が姫より殊更の寵愛を受けている"と事実を言っただけよ」

事も無くそう言い、エレイシアの淹れてきた紅茶を飲む。

「なるほどな・・・確かに『魔道元帥』に正面きって啖呵きれる程の骨のある魔術師などおる訳ないわな」

感心する様にコーバックが言う。

「何を言うか?コーバック。私は事実を言ったまでの事。姫が志貴君を殊にお気に召されているのも事実であるからな」

そう言ってニヤリと笑う。

「そうなりますと志貴にはここで修行をしてもらう必要がありますね」

同じくニヤリと笑う青子が席を立つ。

「せ、先生?どちらに?」

「ちょっとロンドンまでいって君の荷物を取ってくるわ。今日からここで君の修行を行う事になったから。

そう言ってホールを後にする。

「ねえ爺や、ひょっとして志貴はここにいるの?」

まだ話を呑み込めていないアルクェイドが聞く。

「はい姫、ここが志貴君にとっては一番安全でありますので」

「やったぁぁぁぁぁ!!!志貴!!これからもよろしくね!!!」

「わぁぁぁぁぁ!!!お姉ちゃん!!!く、苦しい!!!」

その言葉を聞いて大はしゃぎするアルクェイドに再度抱きしめられ四苦八苦する志貴。

「ははは・・・大変やな志貴」

「こ、コーバックさん・・・助けて・・・」

「よしとくわ、よく言うやろ?『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ』とな」

「そ、そんな〜」

「姫、いい加減お離し下さい。志貴君が死にます」

苦笑しつつ言うゼルレッチの言葉に渋々従って志貴を降ろすアルクェイド。

「はあはあ・・・苦しかった・・・」

「ははははは、志貴大丈夫かいな?」

「・・・あんまり大丈夫じゃあありません」

「そうむくれんといてな。お詫びにわいも志貴の教師をやったる」

「えっ?コーバックさんも?」

「おう、封印の魔術と語学をな」

「そうじゃったな。コーバック、お主は語学にも長けておったな」

「おうよ、お望みとあれば英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・・・と、地球上の言語全て教えてやるで」

「は、はあ・・・考えておきます・・・そう言えばゼルレッチさんやコーバックさんも教えて下さるのでしたら呼び方も変えないといけませんよね?」

「そうやな。一応の礼儀としては当然やな」

「それじゃあ・・・ゼルレッチさんは『師匠』で、コーバックさんは『教授』と呼びます」

「まあ異存は無いで」

「うむ私も同じくだな」

「はい、では師匠、そして教授これからよろしくお願い致します」

そう言って志貴は二人に深く頭を下げた。

と、そこに、

「あの・・・ゼルレッチさん・・・」

おずおずとエレイシアが歩み寄ってきた。

「ん?どうかしたのか?」

「はい、私にも魔術の教えをお願い出来ませんでしょうか?」

「・・・本気かな?下手をすれば死ぬかも知れぬぞ」

「もちろん怖いです。ですが・・・私ずっと考えていたんです。私の大罪を少しでも償うにはどうしたら良いのか?死ぬような逃げではなく正面から受け止めるにはどうしたら良いのか?」

「・・・」

「ロアが言っていました。私の魔術回路のポテンシャルは初代に匹敵すると。それならこの力を使って死徒に苦しむ人達を少しでも多く助けたいのです」

「・・・しかし、幾ら素質があろうともこれから修行となると想像を絶する苦行となるかも知れぬし、魔力に目覚められぬかと思うが・・・」

「ゼルレッチ、その心配は無いで。どうもロアに受け入れた時点でかなりの魔術回路が目覚め取る。この分やったら結構良いとこまで行くとちゃうか?」

「しかしな・・・コーバック」

「師匠、僕からもお願いします」

「うむ・・・わかった。エレイシア、君にも魔術の施しを行うとしよう」

「はいっ!!!よろしくお願いします」







こうして後年七夜志貴曰く

『賑やかで厳しくそれでいて、心の底から楽しめた数年間の修行』が幕を開けたのであった。

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