志貴が封印していた極技法を解放した同時刻やや離れたところではメレムの招聘する魔獣達と青子の戦いが行われていた。

「行け!!」

メレムの号令と共に双頭の狼・・・フェンリルと、三つ首の狂犬・・・ケルベロスが同時に襲い掛かる。

しかし、その牙は空しく空を切る。

「吹き飛びなさい・・・」

魔力を凝縮した魔弾が雨あられに降り注ぐ。

しかし、こちらも轟音と共に地面に小規模ながらクレーターを作成したのみであった。

咄嗟にメレムは二頭の魔獣を帰還させた為である。

「まったく・・・まだ底が無いのかい?普通の魔術師だったらとっくに空になっている筈だよ」

メレムはいささか呆れつつ再度魔獣を招聘する。

今度は獅子の体に鷲の首と翼を身に纏ったグリフォンに獅子と山羊そして竜の首を繋げたキメラが現れる。

「あんたこそ『フォーデーモン』なんて呼ばれているわりには魔獣の量多いんじゃないの?」

そう今までの闘いで既に八頭近い魔獣を招聘している。

「まあね、僕の場合一度に招聘出来るのが四頭なだけで招聘可能な魔獣はもっといるから」

「もっと性質悪いわよ」

そうぼやきつつも青子は戦闘体勢を整える。

「さてと、そろそろ本気を出させてもらうよ・・・???おい?どうしたんだい?」

不意にメレムの表情が歪む。

現れた魔獣達がメレムの体内に戻ってしまった。

「ちょ・・・ちょっと!!!どうしたの!!ブ、ブルー!!少し待った!!!」

「メレム??どうしたのよ?」

「い、いや・・・僕の魔獣達が・・・!!!な、何これ!!」

その瞬間全体の空気が鳴動した。

「!!!・・・う、嘘・・・今度は一体何が起きたのよ・・・」

「これは・・・魔獣達が怯えるのも無理無いよ」

「どう言う事?」

「今・・・この地に現れたのはおそらく良くても上位の幻獣種・・・」

「ち、ちょっと待ちなさいよ。幻獣といったら真祖と同格の精霊種と言う事?それに良くてもって・・・ま、まさか・・・」

「そのまさかだよ。この怯え様普通じゃない。最悪で・・・聖獣クラスだよ」

五『聖獣召喚』

(主よ・・・)

志貴が『極の四禁』を発動させた瞬間聞いたのは心に響く声であった。

不意に志貴が顔を上げるそこには七夜の里にある自分の屋敷と同じ位の大きさの亀がいた。

(あれ?・・・貴方は・・・)

(我は玄武・・・主が呼びしもの・・・)

(ええっ?)

(なんだ?主は我を何も知らぬのか?)

玄武と名乗った大亀は呆れた様に表情を変えた様に志貴には見えた。

(あう・・・ごめんなさい・・・)

すると、今度は後方から。

(止むを得ないだろう?玄武。此度の主は我らを召喚するのは初めてなのだから)

そこには真紅に彩られた綺麗な・・・いや、美しい鳥がいた。

(えっ?・・・あ、貴方は・・・)

(我は朱雀・・・そして左右にありしは・・・)

(我は白虎・・・)

(我が名は青竜・・・)

振り向くとそこには確かに純白の虎と蒼の竜がいた。

(さて・・・主よ・・・我らを呼び出したからには我ら四聖・・・主に忠誠を誓おう・・・)

(えっ??忠誠?それはどう言う事ですか?それにあなた方は一体・・・)

志貴の問いかけに白虎が答える。

(主よ・・・我らは主の力によりこの地に呼び戻された・・・いわば神とも呼べる存在・・・我らは代々主の一族にお仕えしてきた者です・・・そして、今貴方様は我らを呼び出すに相応しい力と器を示しました。であるなら我らの存在は主の意のまま。我らはその引き換えに主の御為にこの力を振るわん事をここに誓約を誓うのです)

(で、ですが・・・)

思わぬ言葉に戸惑うばかりの志貴であったが、青竜が続いて口を開く。

(我らは遠き過去よりその様にして歴代の主に仕えてきた身。我らはその様にして歴代の主達の時には剣となり、時には盾と化して来た者・・・躊躇う事はありませぬ。我らを己の一部と思えば宜しいだけの事・・・)

更に玄武が繋ぐ。

(それに我らは主の体内に封じられし時より主を見続けてきました。主のお心は我らを従えるに相応しき風格を有しております)

(先代の主は貴方様が我らを従えるに相応しいかどうかお前達で見極めろと仰せでした)

(本来でしたらそれを見極められるのが主が成人となる時・・・ですが貴方様の器はその時を待たずとも判るほど大きく我らに相応しいものでございました)

(そして我らはことごとく主に感服しここに集ったのです)

(主よ・・・過分な力を忌避されるお気持ちは判ります。ですが・・・その力が欲される時があるのもまた事実。その時に相応しい力を・・・我らを存分に振るい下さい。主が御道を迷わず進まれる為に・・・主が悔やまれぬ為に・・・)

(・・・判りました・・・では・・・お願いします)

志貴の言葉と同時に儀式は始まった。

(我ら・・・七つの夜に仕えし神・・・)

まず玄武がそう志貴の心に呼びかける。

それと同時に志貴の体が黒く光る。

(我ら・・・新たなる主に仕えし剣・・・)

続いて朱雀の声が重なる。

それに続いて今度は真紅の光が志貴を覆う。

(我ら・・・主の災いを妨げる壁・・・)

白虎が呼びかける。

その声に応じるように目を覆いたくなるような白い閃光が志貴を包む。

(我ら・・・遠き未来まで主を見守る者・・・)

最後の青竜の声と共に柔らかな蒼い光も志貴を照らし、一旦静寂と暗闇が支配する。

((((我ら四聖、新たなる主の滅びる時までその忠誠不変である事ここに誓わん))))

その言葉と共に志貴の体から黒・赤・白・青の光が放たれ、それと同時に玄武・朱雀・白虎・青竜がそれぞれの色の球体と化し志貴の体内に沈み込んでいった。

これこそが忠誠の証であり四匹の聖獣はここに新たなる主人七夜志貴に絶対的なる忠誠を誓った。

(さて・・・主よ此度は誰を呼び出すのか?)

朱雀の問いかけに志貴は静かに答えた。

(玄武・・・貴方にお願いします。僕を・・・ううん、この女を守って!)







志貴が呼び出した玄武は動けぬ主に代わり、自分と主を殺さんとした不逞なる人間を睨み付けた。

「!!」

その視線を直に受けた一人は腰を抜かした。

それを受けなかった者も全身に冷や汗をかかずにいられなかった。

しかしそんな中口を開く者もいた。

埋葬機関長ナルバレックである。

「邪悪なる魔獣よそこをどけ。我らは唯一の神に仕える者ぞ」

それに答えたのは重厚なる声であった。

(ほう、人のものよ何の所以あって我を邪悪とする)

「知れたこと。我らは人に仇なす魔を滅ぼさんとする者、それを阻む者は全て魔の手のものと言う事よ」

暫しの沈黙の後今度は冷笑に近い笑いが響き渡った。

(はははははは・・・愚かな・・・元々人はこの地を借り受けたに過ぎぬものを・・・数多くの人が住み着いたと言うだけで・・・それが人と違うからと言って元よりこの地を見守る者を滅ぼすとは・・・まったくもって愚か、人は・・・いや殊に一つの神しか信じられぬ心狭き者は幾年経とうとも進化せぬとの事か)

それに答えたのは先程と同じ量の投擲剣の雨であった。

しかし、それらは全て見えない壁に阻まれる様に弾き飛ばされた。

(愚かなり!!我は玄武・・・主を守護したもう水の盾を持つものなり・・・そして水は全てを貫く剣ともなる)

そう言うと、玄武は口を大きく開く。

三度投擲してきた剣に玄武は水の激流を口より放出する。

その水の圧力に鉄甲式典付きである筈の黒鍵が紙の様に砕かれる。

「な、なんだと!!」

「くそっ!!化け物め!!」

更に数名が懐に飛び込み無防備の志貴達に襲い掛かろうとする。

(哀れな・・・愚かさもここまで来ればただ哀れなり・・・)

冷笑と言うよりも同情すら入り混じった表情で右の前足を払う。

その途端足元から水が噴き出し小規模な津波が彼らを押し流していく。

「ば、馬鹿な・・・あれは水を支配出来ると言うのか?」

「あ、悪魔だ・・・」

周囲が色めき立つ中、中心部のみは悠然としている。

(愚かしき人の子らよ、この場より去るが良い)

その場を動かずにして埋葬機関を威圧する玄武であったが、不意に主の様子がおかしい事に気付いた。

(・・・主よ・・・どうなされました・・・)

(う、うん・・・大丈夫、少し・・・疲れただけだから・・・)

(!!主よ!かなり精神力が消耗しております。このままでは我を維持出来なくなる恐れがあります)

(えっ・・・そうなの?そう言えば目の前が少しくらくらしてきた様な・・・)

(主よ・・・危険です。これではあの者らが去る前に主の力が尽きてしまうやも知れませぬ)

玄武の声には心の底より志貴を案ずる色が溢れていた。

(ありがとう。玄武・・・でもアルクェイドのお姉ちゃんを助けないと・・・)

(判っております。主のお優しき心は・・・そのお心に惹かれたからこそ我らは今この地において主に忠誠を誓ったのですから・・・この上はこの玄武、主の力尽きるまでそのお力に・・・)

そんな念話がされている間にも埋葬機関は次々と攻撃を仕掛ける。

しかし、それらは全て弾かれ砕かれ押し返され続けられた。

「くそっ!!この様な事なら全聖典を持参して来るべきであったか」

まったく歯の立たない相手に焦りだす代行者達であったが、その中でナルバレックは平然とした表情で命令を下す。

「攻撃の手を緩めるな」

「それは一体・・・」

訝しげな一人に冷笑混じりに説明に入る。

「見ろあの悪魔を、徐々に薄れ始めている。おそらく呼び出した小僧の力が弱まっているのだろう。それまで待てば我らの勝ちだ。徹底的に攻撃を加えて小僧の力を削げ!」

一方、玄武の方は自身の不安が的中した事を悟った。

志貴の顔色が明らかに悪くなった。

小刻みに体が震え始めている。

それでも志貴は歯を食いしばり倒れそうになる自身を必死に食い止めている。

しかし、影響は徐々に現れつつある。

玄武自身の姿が薄らぎ始めていた。

(主よ!!もはや限界です。かくなる上は主だけでも落ち延びて・・・)

(で、・・・でも・・・それをしたら・・・・お姉ちゃんは・・・)

(もう良いのよ・・・)

不意にアルクェイドが念話に入り込んできた。

(!!お姉ちゃん・・・)

(本当にありがとう。こんなにも心が満たされるなんて思わなかった。少しは動けるから・・・君は逃げなさい)

(・・・で、でも・・・)

躊躇う志貴を他所に埋葬機関の攻勢は未だに行われている。

到底傷付いたアルクェイドが逃れられると思えない。

しかし、それよりも動けない理由もあった。

それにいち早く気付いたのはやはり玄武であった。

(主よ・・・もはや動ける力すらも・・・)

(うん・・・もう君の維持で・・・精一杯になっちゃった・・・お師匠様の・・・言葉の・・・意味が判ったような気がするよ・・・)

見ると志貴の体はがくがく震え、もう立つ事すら精一杯の様であった。

(で、でも・・・もう・・・限界みたい・・・ごめん・・・な・・・さ・・・い・・・)

その言葉を最後に志貴は静かに倒れ伏した。

それと同時に

(くっ!!!無念!!)

悲鳴にも似た声と共に玄武は掻き消えた。

「消えたぞ!!」

「今だ!!」

ナルバレックの言葉と同時に黒鍵はアルクェイドと志貴に唸りを上げて襲い掛かる。

次の瞬間重々しい声が響き渡った。

―メキド―

志貴達の周囲に炎の壁が吹き上がった。

超高温を発する筈の火葬式典すらをも灰とする炎が・・・

「なにっ!!」

そして炎の壁が消えた時そこには志貴・アルクエィドの他にもう一人いた。

短く刈り込んだ銀・・・いや、灰色の髪と同じ色の顎髭、黒いスーツに同じ色の外套、白き手袋をはめた手にはステッキを持った一見するとひ弱そうな一人の老人が・・・

しかし、埋葬機関はその姿を認めた瞬間誰もが絶句した。

「な、なんだと・・・」

「な、何故貴様が・・・ここにいる?」

詰問と言うよりは疑問であった。

今まで常に冷笑を浮かべていたナルバレックすら唖然とした後驚愕に満ちた表情で問い質した。

「答えろ!!『魔道元帥』!!何故貴様がここにいる!」

「ふっ・・・彼の者に感銘を受けたからであろうな」

そう・・・老人の名はゼルレッチ。

死徒二十七祖第四位にして、現存する最強の魔法使い、『魔道元帥』又は『宝石』と呼ばれる『真祖の姫』アルクェイドの執事を務める者。

彼は心より今、自分の足元で気を失っている少年・・・志貴に心が震えるほどの感銘を受けた。

自らの力を全て使い果たしてまでアルクェイドを守ろうとした少年の強き意志に。

その底の見えぬ強大な力に。

そして何よりも優しさと強靭さを兼ね備えた孤高なる心に。

「老師」

不意にゼルレッチの傍らに人影が風と共に現れた。

「蒼崎・・・遅いと思って来て見れば・・・この少年か?お主が見立てて欲しいと言った少年は」

「はい」

女性・・・蒼崎青子は静かにそう答えた。

「じゃが見立てる必要は無い。もう充分に見させてもらった。ひとまず、姫とこの少年、それに『蛇』にとらわれたその者を連れて城に戻るとしよう」

「はい、老師」

周囲すら忘れ去ったかのような会話が終わると同時に風が包み込み収まった時には全員消えていた。

大魚を逃し・・・歯軋りをする埋葬機関のみを残して・・・

「く、くそっ!!」

「惜しかったねナルバレック」

その中でも特に怒りの色が濃いナルバレックに先刻まで青子と死闘を演じていたメレム・ソロモンが現れた。

「メレム・・・貴様、何ゆえブルーを逃がした」

「冗談は言わないでくれよ。ブルーが転移しちゃったらこっちは追えないよ」

「ちっ・・・使えない奴だ・・・まあいい、ここの浄化は他の司祭に任せる、帰還するぞ。それとお前達は早急にあの小僧を調べろ。あの戦闘能力、『直死の魔眼』、更には悪魔を召喚する力、放置する訳にはいかん」







こうして、『真なる死神』は強大な敵と味方を同時に得た。

この選択が歴史にどの様な影響を与えるのか?

その真意はまだ誰もわからない・・・

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