彼女が来た時『蛇』は消えていた。

また追いかけるのか?

しかし、不思議だった。

力が元に戻りつつある。

かつて『蛇』に奪われた自分の力が・・・

何故?

いま自分の前には人間達がいる。

確か・・・そう、『埋葬機関』と言う者達と・・・あれは・・・『魔法使い』ミス・ブルー。

その魔法使いに抱きかかえられている女には『蛇』の力の残滓を感じる。

でもあれは誰?

あの綺麗な青き瞳の少年は・・・

四『姫君』

その女性の出現に全員が騒然となった。

しかし、唯一彼女をよく知らない志貴が尋ねる。

「先生、あの人は?」

「彼女はアルクェイド・ブリュンスタッド。昨日話したでしょ?『真祖』と言う、死徒の大元よ」

『真祖』・・・青子の話ではこの世界の監視者として存在する精霊種だと言うこと。

基本的に不老不死だが理由の無い強大な吸血衝動に襲われると言う。

その為非常措置とて一人だけ血袋として用意された人間が死徒の発祥だと言う。

そして、吸血衝動によって堕落した『真祖』は魔王と化すとも・・・

「志貴、彼女はその真祖の中でも王族『ブリュンスタッド』の名を持つ『真祖の姫君』なのよ」

「王族ですか・・・!!先生!!下がって!!」

その叫びと同時であった。

突如アルクェイドが他ならぬ志貴に襲い掛かった。







見てはいけない・・・

彼女は直感した。

あの少年が一番危険だ。

あれは生かしておけない・・・

しかし・・・何故そう思うのだろうか?

判らない。

あの眼が彼女をそう駆り立てる。

何なのだろうか?

この感覚は・・・

心臓の鼓動が早くなる。

あの少年を見るだけで・・・

呼吸が荒くなる。

あの青き瞳を見ただけで・・・

こんな事は今まで無かった。

彼女がことごとく滅ぼした真祖にも死徒にも彼女をここまでさせる者などいなかった。

ただ機械の如くマリオネットのように、与えられた事を黙々とこなすだけであった彼女。

だが、それはことごとく崩壊しようとしている。

あの少年が全ての元凶であった。

変わるのが怖かった。

変わりたくなかった。

だから・・・







志貴にはアルクェイドの一撃など見えていなかった。

しかし、志貴は風の流れ、僅かに見えた動きから咄嗟に一撃をかわす。

その一瞬後志貴のいた空間が陥没する。

人間である志貴には到底受けきれる筈の無い一撃。

その超スピードはかわせる筈も無い。

それでも志貴はかわし『七つ夜』を再び構える。

「・・・・・・・」

アルクェイドは再び志貴に突進する。

志貴はそれをかわす。

交わしざまに蹴りを繰り出す。

―閃走・六兎―

しかし、それすらもアルクェイドをかすかにたじろかせただけであった。

志貴は深追いせずに距離を開けて体勢を整える。

僅か一秒後にはアルクェイド再び志貴に襲い掛かる。

(きりが無いよ・・・)

志貴は心でそう嘆息した。







数分後、闘いは一見すると一方的なものであった。

アルクエィドは志貴に襲い掛かり志貴はそれをかわすのに精一杯である。

しかし、その様を見ている青子達の感想は違うものだった。

「うわぁ〜凄過ぎるよあの子。姫様の攻撃を全部かわしている」

「メレム、あの小僧『真祖の姫』の動きが見えているのか?」

「それこそまさかだよ。あの子は姫様の動きを予測して最小限の動きで交わしているだけだよ」

すると不意にメレムと呼ばれた少年が青子に近付く。

「ねえ、ブルーあの子一体何者なの?到底人間に出来る事じゃないよ」

「私の弟子よ。それ以上の何者でもないわ」

「そうなの?到底普通の子供には見えないね。それよりも弟子を助けないの?」

青子はその問いに答えずただ静かに佇む。

確かに助けようと思えば助けられた。

しかし、何かがそれを躊躇わせた。

彼女自身あの少年の実力をもっと見てみたいと思っていた。

だから本当に危なくなったら助けよう。

そう思った。







一方、志貴には再び異変が起こっていた。

ドクン

(あ、あれ?ま、また?)

再び視界に靄がかかり始めた。

その間何も見えていない筈であったが、体が次々と攻撃をかわし『七つ夜』でそらし、ずらさせる。

そして視界が元に戻った時彼は見た。

彼女の心の中を

彼女は一人であった。

彼女の力を畏怖する者はいても彼女を心から慈しむ者はいない。

常に彼女を見守り続ける執事以外は・・・

彼女は何も知らなかった。

生きる事が何であるのかも楽しいと思う事も何も・・・知らなかった。

それは不要だったから。

彼女は無駄な事はしないから・・・

そんなある時、彼女は過ちを犯した。

何も知らずに血を吸った。

その結果彼女の力は暴走した。

執事と姉の力で収まったが、そこには誰もいなかった。

もう畏怖する者もいない。

そこからは真の孤独を彼女はずっと味わった。

ただ、自分に過ちを与えた者を殺す為だけにあり続けた。

それを続けるだけであった。

何年も何十年も何百年でも・・・

それを見た瞬間志貴はただ

(悲しいお姉ちゃんだ)

ただそう思った。

最初アルクェイドを見た時、志貴は何故か彼女を空っぽな人だと思った。

その理由が分かった様な気がした。

彼女は何も知らなかったのだ。

楽しい事も哀しい事も、笑うという事、泣くという事、怒るという事、何一つ知る事無く今日まで来たのだ。

(教えてあげたい・・・この世はもっと、もっと楽しいんだと言う事を・・・それに、このお姉ちゃんにはたくさん笑っていて欲しい・・・)

相手が魔だと言うのに志貴は心の底からそう思っていた。

しかし、その為にはアルクェイドの猛攻を退かせなければならなかった。

(こうなったら・・・お姉ちゃんごめんなさい!!)

その瞬間志貴は再び魔眼の力を解放した。

線はきわめて細く、見えない部分まである。

しかし、志貴が切りたい部分については見えている。

問題はない。

後は・・・

自分の・・・

技量のみ・・・

もう何十回という爪での攻撃を志貴は軽くかわす。

確かに力はあるので当たれば志貴などその瞬間死ぬ。

しかし、それは恐ろしく単純な動作、七夜の里で父と修練を積み続けてきた志貴には眼をつぶっていてもかわせるものだった。

その攻撃をかわした瞬間志貴は懐に入り込み『七つ夜』を繰り出した。

―我流・十星改(がりゅう・じゅっせいかい)―

次の瞬間アルクェイドは糸の切れた人形の様に地面に倒れ伏していた。







それは神業。

そう呼ばれるに等しかった。

志貴は十星の内、六つを囮として使用した。

そしてかわされる瞬間、残る四つが超精密刺突をもってアルクェイドの足と腕の腱を『殺し切った』。

普通は・・・いや、人間には不可能の筈である超高速・精密刺突と言う芸当を志貴はやってのけた。

「う・・・ううう・・・」

アルクェイドはぴくりとて動けない。

普通に切られたのでなく、腱の部分に存在した線を切られた為そう簡単に元に戻せない。

そこに志貴は静かにしゃがみ込む。

止めをさすのか?

その場にいる全員がそう思った。

しかし、志貴は静かに自分よりも大きいアルクェイドの体を抱き上げた。







何をするのか?

彼女には意図が判らなかった。

この少年は何をしようとしているのか?

自分を殺すのではなかったのか?

最後に見せたあの蒼き瞳を見ただけで彼女は恐怖に包まれた。

死ぬかもしれない。

そんな気にすらさせた。

しかし、何故この少年は自分を殺そうとしないのか?

自分を抱きかかえて何をしようというのか?

しかし不思議と心地良いものであった。

なんと言うのか・・・そうだ・・・『安らぎ』と言うものだ。

不思議と彼女には抵抗の意思すら失せていこうとしていた。







「先生」

志貴はアルクェイドの体をやや重そうに抱きかかえながら青子の所にやって来た。

「志貴?どうしたの?」

不思議そうに聞く青子の対して志貴はこう聞いた。

「先生・・・このお姉ちゃん、傷は治りますか?」

周囲の空気がざわめく中志貴と青子は普通に話していた。

「どれどれ・・・傷自体はたいした事は無いわね。足と腕の腱を完全に殺しているから少し手間がかかるかも知れないけど」

「良かった・・・」

「志貴・・・本当に彼女を治したいと思うの?」

「えっ?」

「彼女は真祖、いわば君にとっては敵に当たるのよ。それでも治したいと思うの?」

青子は静かにそう問い掛ける。

志貴は彼女と同じ位静かなそれでいてはっきりとした意思でこう言った。

「はい。僕はこのお姉ちゃんにもっと笑ってもらいたいんです。このお姉ちゃんは何も知らずにいたんです。傲慢と言われても良いです。自己満足かも知れない。でも、僕はこのお姉ちゃんにもっと楽しい事を知ってほしいんです」

しばし二人は無言を貫く。

やがて、青子は小さく溜息をついた。

「ふう・・・志貴はっきり言って苦しい道よ。それでも退かないの?」

「はい、もう決めましたから」

「やれやれ・・・凄い弟子も持ったものね。まあ良いわ。じゃあ行くとしますか」

「はい・・・!!!」

「!!志貴!!」

二人が歩き出そうとした時無数の殺気を感じ取り、本能のまま、二人は左右両方に跳んだ。

次の瞬間、投擲用の剣であろうか?

それが無数今まで志貴達がいた場所に突き刺さった。

「ちょっと、ナルバレック何する気なの?」

「ふん、決まっていよう。『真祖の姫』を仕留める。今が最大の好機だからな」

「何ですって??」

見ると、志貴は既に四名ほどの代行者に囲まれている。

「まったく・・・あんな年端の行かない子供を相手に大人げ無いと思わないのかしら?」

「ははっ、子供だと?普通の子供は『直死の魔眼』など持たぬし、ナイフ一本で死徒や真祖を殺したりあそこまで追い詰めたりはせぬ・・・メレム」

「はいはい、なに?」

「ブルーを足止めしろ。私はあの小僧もろとも『真祖の姫』を滅ぼす」

「なんですって!!あの子は死者でもないのに滅ぼすと言うの?」

「無論だ。あの小僧は真祖に魅せられた。このままにはしておけぬ」

「させるものですか!!」

そう叫ぶと青子は魔法を発動させるが、

「おっとブルー、君の相手は僕だよ」

のんびりした声と共に三つ首の巨大な狂犬が襲い掛かる。

「くっ!!」

間一髪それをかわす。

「忘れてもらっちゃ困るよ」

「いいの!!あんたお姫様が死ぬわよ」

「それは嫌だけど上の言う事には逆らえないからね。ミス・ブルー、君の相手は僕が勤めるよ。埋葬機関第五位・・・そして、死徒二十七祖第二十位『王冠』メレム・ソロモンがね」

「上等よ、あんたの可愛い魔獣をまとめてぶっ壊してやるわ」

こうして『青の魔法使い』と『フォー・デーモン』がぶつかり合う。

(志貴・・・どうにかもってよ!!)

一方、志貴は最初の一撃をかわしたが、次には自分が囲まれた事を悟った。

「・・・」

「小僧、『真祖の姫』をこちらに渡せ。そうすればお前の命は助けてやってもいいぞ」

「・・・いやだ」

「そうか・・・やはり貴様『真祖の姫』に魅せられたか・・・これほどの逸材惜しいが放って置けぬな・・・全員、『真祖の姫』もろともあの小僧を殺せ!!」

その瞬間囲んでいた代行者達が先程の投擲剣を構える。

(まずいかな・・・)

志貴は自分が危険な状況に置かれている事を再認識していた。

いくらなんでも、四方から同時にあれを投げられては、志貴でもかわしきれるかわからない。

更に今志貴はアルクェイドを抱きかかえている。

スピードも落ちているのは言うまでも無い。

どうするか思案していると

「私を・・・おいて・・・」

「!!!」

アルクェイドが話しかけてきた。

「逃げなさい・・・君が・・・死ぬよ・・・」

「お姉ちゃん・・・」

「君が・・・『蛇』を滅ぼしたの?」

「なに?『蛇』って・・・」

「ミス・ブルーが抱きかかえている女に巣食っていた奴よ・・・」

「・・・うん・・・」

「そう・・・ありがとう・・・まさか・・・見もしない少年に私の因果を救ってくれるなんて思わなかった・・・もう十分だから・・・逃げなさい・・・」

その言葉を志貴はやり切れない思いで聞いていた。

なんで、このお姉ちゃんはここまで苦しい思いをしなくてはならないのだろうか?

こんな事で十分?

冗談じゃない!!

もっと楽しい事も心の底から笑える事もあるのにこれで十分だなんて・・・

そして志貴はもう一つ決意を固めていた。

(お師匠様・・・ごめんなさい・・・約束を破ります)

志貴はアルクェイドを地面に下ろす。

そして、静かに『七つ夜』を構える。

「小僧・・・何をする気だ?」

「忠告しておくけど、お姉ちゃん達・・・大怪我したくなかったら逃げた方が良いよ」

「なに?何をほざくかと思えば面白い事を言うな」

ナルバレックの声に続いて嘲笑が響き渡る。

志貴はその笑い声をただ静かに聞いていた。

その間にもあれに必要な構えは続けていた。

「もういい!断罪を下せ!!」

その瞬間四方から剣が志貴を串刺しにせんと迫る。

志貴は顔色一つ使えず。最後の構えが終わると同時に『七つ夜』を地面に突き刺す

―極鞘―

眼をかっと見開き、あれを発動させる。

―玄武―

その瞬間、全ての剣が膨大な水の壁によって弾き飛ばされ粉砕された。

「!!な、何だと言うのだ!!」

全員が驚愕する中静かに水の壁が下がる。

そしてそこにいたのは、先程の体勢を崩さぬ志貴と、未だ地面に横たわるアルクェイド。

そして・・・

「な、なななななな・・・」

宙に浮き、代行者達を睨みつける巨大な亀であった。

七夜極技法『極の四禁』の一つにして、『十六神技』が第十三技『極鞘・玄武』が解放された瞬間であった。

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