時はやや遡る。
ある城では・・・
「・・・」
彼女は自らの身を戒めていた鎖を引きちぎり立ち上がった。
忌々しき『蛇』が再びその眼を覚ましたのだ。
もう何度殺しただろうか?
それでも奴は復活する。
何度行おうとそれは空しい堂々巡りの筈だった。
それでも彼女は向かった。
今度こそ仕留める為に・・・
彼女は知らない。
彼女の向かうその地には、彼女に安息と温もりを与える優しき死神が降臨した事を・・・
また、街の入り口では・・・
「ここか・・・かの『アカシャの蛇』が支配下におさめた死都とは・・・」
妙齢と言うべき少女がキリスト教の正装カソックを身に着けている。
しかし、髪で片目を隠した、その眼光は到底聖職者のそれではない。
獲物を狩るハンターのそれであった。
その周囲には同じ服装で身を固めた五・六の人影があった。
「それにしても・・・今回も姫様は来るのかな?」
そんな中で一人不相応に明るい声を出すものがいた。
見た目はまだ幼い少年である。
しかし、誰もそれを咎めようとしない。
それも当然であった。
なぜなら・・・
「やかましいぞメレム・ソロモン。『真祖の姫』なら来るに決まっている。何しろここにいるのは奴の死徒『アカシャの蛇』だ。直ぐに飛んでくるさ」
「で、僕達は姫様の残飯処理なのかい?ナルバレック」
「ふん・・・しかし、『真祖の姫』が弱っている様なら容赦なく滅ぼしに行く」
「そう言うのって卑怯って言うんじゃないのかい?」
「何とでも言え。世界の秩序を保つ為にはこれ位はしないとな・・・よし、無駄口は終わりだ。全員さん・・・!!」
その時、街の中心部から恐ろしい量の殺気が噴き出してきた。
「!!!!!」
「な、何だ!!」
「うわっ!!こんな殺気初めてだよ」
その濃密な殺気に一同辟易したがやがてそれが収まると、一人が息をはく。
全身冷たい汗が伝わる。
「なんだったんだ?あれは?人間が出せる殺気じゃあないぞ」
「もしくは『真祖の姫』がもう?」
「いや、姫様の殺気とは異質のものだ。でも中に何かとんでもない者がいる事は間違いないね」
「よし・・・全員散会。街の中心部を目指せ」
その言葉と共に彼ら・・・埋葬機関一位から六位が散会した。
三『埋葬機関』
その頃市街地では・・・
未だに全員硬直していた。
「し、志貴・・・き、きみ・・・その眼は・・・」
青子は戦慄した。
この少年の眼は異常だ、蒼すぎる。
先程も志貴の眼は青かった。
しかしその青は晴天の明るい青である。
しかし、今の志貴の眼はどうだ。
闇夜の黒に限りなく近い蒼、見る者に恐怖と畏怖を与える眼だ。
そしてそれは死者達も同様だったらしい。
硬直し、動く事すら出来ない。
いや、ある死者に至っては後退りすらしている。
そして・・・それは大元のロアですら例外でなかった。
「な、なんだ?この小僧は!!なんなんだ!!あの眼は!!」
そう喚き立てるがそれを知りたいのは青子の方だった。
さっきまでとは比較すら馬鹿馬鹿しくなる程の殺気。
魔法使いである筈の自分ですら身震いする様な絶対的な恐怖。
到底人間の出せるものではない。
では何なのか?
その時青子は黄理の言葉を思い出した。
(そう言えばこの子は根源『アカシック・レコード』に到達したと黄理は言っていた。じゃあ・・・これがこの子の根源に到達した力だというの?)
そのような事を思考している内に志貴はゆっくりと『七つ夜』を構えた。
それだけで猛烈な殺気が突風の如く死者やロアに吹き付けてくる。
「さあ・・・いくよ・・・」
次の瞬間、志貴は姿を消した。
そして・・・
―閃鞘・十星―
ロアの周囲を守っていた死者が十人、同時に灰と化した。
「ひっ!!」
「!!!!」
そして、十体の灰の中心部には蒼眼の死神が佇んでいた。
そう・・・ただ静かに立っていた。
しかし襲えなかった。
手を出せば次の瞬間最期を迎える事は確実だった。
「き、貴様・・・一体その眼は何だ!!何なんだ!!」
「・・・さあ・・・」
ロアの詰問に対しての志貴への質問に対する本人の答えはあっさりとしたものだった。
しかし、別に志貴は相手を愚弄した訳ではない。
志貴自身この眼を所有して二年となるが、未だにこの眼が何なのか皆目見当が付かないのだ。
線を通せば何でも切れるし点を貫けばさっきの様に崩壊する。
それしか知らなかった。
しかし、志貴にはそれだけで充分だった。
この力を詳しく知ろうとしなかったし知りたくも無かった。
ただこの眼が自分にとって一部である。
それだけの認識で充分だった。
しかし、相手の方はそうと思わなかったらしい。
「な、なんだと・・・ふざけやがって・・・殺せ!!!このガキを殺せ!!!!」
その瞬間死者達が雪崩を打って襲い掛かる。
「無駄だよ・・・何百・・・いや何千いても・・・」
それは絶対的な真実。
次の瞬間
―閃鞘・七夜―
最も至近にいた死者が横にまっ二つに切り裂かれる。
(志貴、どんなに囲まれようとも囲んだ相手が同じタイミング・動作で動く訳じゃない。どんな時にでもずれは生じる。そこを突いて一対一に持ち込め。多人数との戦闘は一対一が絶え間なく起こるもんだと考えろ)
父の言葉が耳に染みる。
(役に立ってるよ・・・父さん・・・ありがとう)
そう考えていても体は次々と死者を線を通して解体し、点を貫き灰に還す。
結果として先刻志貴の見せた殺人舞踏の規模を百倍に増しただけであった。
十数分後手持ちの死者は全て灰、もしくはずたずたに解体され残るはロアのみとなった。
「な、なななななななな・・・」
「さてと・・・覚悟は良い?」
「くっ!!」
自暴自棄となったのだろう。
ロアが志貴に突っ込む。
しかし、その攻撃をあっさりとかわし
―閃走・六兎―
腹部に蹴りがことごとく決まりロアが吹っ飛ぶ。
「ぐ・・・ぐふ・・・そ、そんな・・・馬鹿な・・・姫君に会う前に・・・この様な事が・・・」
ふらつき、吐血しつつも立ち上がるロア。
しかし、志貴は攻撃の手を緩めない。
―閃鞘・一風―
浮き上がり、全体重をかけての一撃がロアを叩きつける。
「が、がは・・・」
「これで終わりだよ・・・」
仰向けとなったロアに志貴が馬乗りとなる・・・
そして『七つ夜』を構え、ロアに突き刺そうとした瞬間ロアは笑った。
「く・・くくくくくく・・・いいのか?」
「なに?」
「貴様がいった『可哀想なお姉ちゃん』はまだこの中で生きている。その何の罪も無い『お姉ちゃん』までお前は殺すのか?」
「・・・・・・」
「そうだよなぁ〜殺せるはず無いもんなあ・・・くくくくく・・・」
「志貴!!駄目よ!すぐに殺しなさい!!もう彼女は助けられないわ!!」
志貴は『七つ夜』を構えたまま動こうとしない。
また逆光の為志貴の表情はまったくわからない。
そうこうする内に、ロアの体は完全に再生したようであった。
ゆっくりと起き上がり、志貴の腕を掴む
「くくくくく・・・今すぐ貴様を我が死者の一人としてやる・・・」
「志貴!!逃げなさい!!」
ロアの優越に満ちた声と青子の声が交差する。
しかし、志貴の一声は予想外のものだった。
「・・・やっと直ったんだ」
志貴はロアの嘲笑を半分辟易した表情で聞いていた。
なんか四流、いや五流の子悪党が切り札と称して出したものを長々と講釈されたような気分だ。
本来ならこんなものを聞く位なら速攻で殺すつもりだった。
しかし、それを志貴に躊躇わせたのは線と点の合間に見える、エレイシアと呼ばれた少女の心の底からの叫びであった。
コロシテ・・・ワタシノツミヲサバイテ・・・
この声を見て、それでも眉一つ動かさずに殺せるほど志貴は強くなかった。
どうにか助けたかった。
でもどうすれば・・・
その時志貴はロアの体内に二つ点が存在するのに気付いた。
一つは弱弱しく小さかったが、黒と言うよりは漆黒のような輝く黒だった。
もう一つは、闇よりも深く、ありとあらゆる負の感情を混ぜ込んだかのようなどす黒い点だった。
それを見て志貴は本能で悟った。
これは今この肉体にいる二人の点なんだと。
―コレヲツラヌケバスベテオワル・・・―
問題はどちらがどちらの点なのかという事であるが、そんな事は当に判っていた。
だから志貴は待った・・・肉体が再生するのを・・・
「な、なに?」
「し、志貴・・・」
志貴の声は恐怖に震えるものではなかった。
「待ちくたびれたよ。でもこれで・・・あんたを殺せるよ・・・」
「な、なんだと・・・そ、それはどう言う事だ!!それにいいのか!!わ、私を殺せば・・・」
「だったらお前だけ殺せば良い」
「な、なに?」
もうこれ以上言わせる気など無かった。
「いままであんたのやかましい口上を我慢して聞いたんだ。もうこれ以上聞く気は無いよ」
その言葉と同時に志貴は音すらなく上半身を起こしたロアの点を貫いた。
「なっ!!・・・」
そして引き抜くと同時に異変は起きた。
「な、なんななんあななななな・・・」
ロアが苦しみだした。
「な、なんだと・・・言うのだ・・・な、なぜ!なぜ!私の体・・・い、いや・・・私の意志だけがき、きききききっききっききえぇぇぇぇぇぇ・・・・」
「ロアの意志が消える・・・」
その言葉を聞いた青子はある結論に到達した。
いや、その結論に到達せざるを得なかった。
(ま、まさか・・・志貴のもつ『根源の力』って・・・でもその結論しかない・・・『直死の魔眼』としか・・・)
戦慄が青子に走った。
『直死の魔眼』・・・この世に存在する全ての魔眼の中でも最高位に位置する伝説・・・いや、神話の域に立つ最凶の魔眼。
全ての死を見極める事の出来ると言われる、人間には到底所有できる筈の無い魔眼・・・
しかし、それは御伽噺の中での事、実在などしない筈だった。
いま、志貴を見るまでは。
(『直死の魔眼』ならばロアのみの魂を完全に殺す事が出来る。それも乗っ取られた少女には無傷で・・・まったく黄理の奴、なんて子を預けたのよ。こんなの予想外よ)
そう思考している内にロアの苦悶はいよいよ絶頂に達する。
少女の体から黒い瘴気のようなものが噴き出す。
「が、がああああああ・・・・」
「・・・僕には貴方がこれまで何をしてきたのか知らない。でもそれに対しての清算が来た事はわかる・・・」
「わ、わわわわわたしが・・・き、ききえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・ひ、姫・・・よ・・・」
それを最後に少女ががくんと糸が切れた人形のように倒れる。
この瞬間、『アカシャの蛇』と呼ばれ長き転生の連鎖により多大な災厄をもたらし続けた死徒ミハイル・ロア・バンダムヨォンは輪廻を完全に断たれこの世から消滅した。
これにより、少年はある三つの運命を知らず知らずの内に大きく激変させたのだが、それは後に語られる歴史。
今語られる歴史ではない。
続きを綴るとしよう。
「・・・ふう・・・終わったか・・・」
静かに呟くと志貴は大きく息を吐いた。
そこに青子が駆け寄った。
「志貴!」
「あっ、先生・・・」
「大丈夫だった?」
「はい」
「そう・・・それにしても・・・その眼の力を封じなさい。これじゃあおちおち会話も出来やしない」
「あっす、すいません・・・」
そういい、志貴は静かに封印を施し、『七つ夜』を仕舞い込む。
「それにしても驚いたわ」
「??何がですか?」
「全部よ。君があれだけの力を持っていた事にも、『直死の魔眼』を有していた事にも・・・そして、あの『アカシアの蛇』を完全に抹消した事にも・・・」
「そうなんですか?それに何ですか『直死の魔眼』って?」
「ええ、まったく・・・連中に知られなくて良かったわ。志貴を見たらなんて言うか・・」
その時だった。
「ほほう・・・でその小僧は何者かな?『ミスブルー』」
はじかれる様に振り向くとそこにはあの街の入り口に集結していたカソック服の集団がそこに立っていた。
それを見た瞬間青子は本気で顔をしかめた。
「どうして、来なくてもいい災厄は向こうからやって来るのかしら」
「先生?誰ですか?この妙な格好の人達は?」
「前にも言ったでしょう?埋葬機関の面々よ」
「この人たちがですか?」
「ええ、キリスト教の矛盾を法でなく力でねじ伏せる、欧州最強の対吸血鬼機関よ」
「それにしても色々な人がいるんですね」
志貴は物珍しいそうに面々を見やる。
父と同い年くらいのごつい叔父さんもいれば自分と同じ年なのか幼い少年までいる。
ただその中でも一番眼を引いたのは、自分を嫌な眼で見る銀髪の女性・・・
「先生、あの中央にいるおばさん、誰ですか?」
志貴がその言葉を口にした瞬間、空気自体が凍てついた。
聞いていた方も聞かれた方も言われた方も固まっている。
悪意無き言葉は時に悪意ある中傷より強い衝撃を与えると言われているが、今の志貴の言葉はその典型例であった。
「うわぁ〜あの子英雄だよ。ナルバレックを正面きって『おばさん』なんて言う人はじめて見たよ〜」
向こうの少年の言葉に対峙していた双方が内心で頷く。
言った者と言われた者を除いては・・・
「??」
言った者は何が何だかわからず首をかしげ、
「・・・・・・」
言われた方は全身をぶるぶる震わせ、何時の間にか分厚い本を手にしている。
「う、うわあああ!!ナ、ナルバレック!!!お、落ちついて!!」
それを見た向こう側は慌てて止めに入る。
「・・・し、志貴・・・良い事?」
「はい、先生・・・」
「真実でも不用意に口にすると嫌われるわよ。心しなさい」
「????は、はい・・・判りました・・・」
訳が判らなかったが取り合えず頷く。
そこに
「・・・ブルー」
「あら何かしら。お・ば・さ・ん」
(先生・・・なんで一語づつ句切るんだろう・・・)
聞きたかったが、周囲の空気が余りにも怖くて聞けなかった。
「貴様・・・弟子の教育はしっかりと躾けろ」
「ご生憎様。これも教育よ。『年上の人にはおじさん・おばさんと呼びましょう』って。所でどうしたの?こんな所に?」
「!!・・・そうだったな・・・話を本題に戻そうか?ブルー、その小僧どの様にして『アカシャの蛇』を滅ぼした?」
「さあ、何の事かしら?」
「とぼけるな。実際に見ていた我らを謀る気か?」
「謀る??何を言っているの?」
「そうか・・・あくまでも白を切るか・・・なわば私が答えてやろう。この小僧『直死の魔眼』の保有者だな?」
「・・・本当に趣味悪いわねナルバレック。歴代の当主全員性格がひん曲がっているって聞いているけど今代は最悪ね」
「何とでも言え。それよりも・・・その小僧とロアの寄り代こちらに引き渡してもらおうか?」
「いやよ。何でこの子をあんたに渡さないといけないのよ」
「無論その小僧を代行者に鍛え上げる。あれほどの戦闘技量、貴様では手に余るだろうからな。それに後ろの寄り代は無論異端者だ。断罪せねばなるまい」
「後ろの子はもう死徒じゃあないわ。れっきとした人間よ。それでも断罪する気?」
「ふん、血を吸い、一つの街を死都と化したその女を人間と呼ぶのか?」
「そう言うの・・・あと、この子を鍛え直すって言っているけどこの子の実力はあんた達をはるかに上回って・・・志貴?」
志貴は突然少女の所に飛び掛った。
いや・・・正確には少女に剣を突き立てようとする男に『七つ夜』を振るった。
「!!ちぃ」
咄嗟にその男は剣を四本取り出すと志貴に投擲する。
―閃鞘・双狼―
剣を一瞬で弾き飛ばすとそのまま男の至近距離に潜り込む。
「ははっ・・・奴は近接戦専門だぞ。そいつに近接戦で挑むのか?」
「・・・笑っていられるのも今の内よ」
そう呟いた時複数の事柄が起こった。
自分から懐に飛び込んだ志貴を見て男はにやりと笑う。
笑いながら志貴の首筋にサバイバル・ナイフを突き立てようとするが、『七つ夜』を持った志貴の細腕に弾かれた。
男が驚愕した瞬間『七つ夜』は無数の閃光と化し、迫り来る。
―閃鞘・八点衝―
咄嗟に四撃弾き落とすが、残りを全て食らった。
「うぐぐぐぐ・・・」
峰打ちでもその威力は相当なものだったらしく、思わず蹲ると、今度は蹴りが浮き上がってきた。
―閃走・六兎―
小柄な少年によって男は吹き飛ばされた。
「・・・・・・」
声も無くその様子を見ていた埋葬機関に向かい、
「言ったでしょ?この子の実力はあんた達以上のものを持っているの。さてと・・・もう話す事は無いから私達は失礼するわ・・・志貴」
「はい。先生」
「じゃあ行きましょうか?」
「はい、・・・先生。このお姉ちゃんは・・・」
「仕方ないから連れて行きましょう。ここにおいて行ったら向こうの連中に酷い眼に合わされるのは明白だからね」
そう言って青子が抱きかかえた時だった。
街の空気が鳴動した。
「えっ・・・」
「う、うそ・・・まさか・・・」
「くっ!!あれが来たか・・・」
街を圧倒的な気配が舞い降りる。
思わず志貴が振り向くとそこには一人の女性が立っていた。
純白のドレスと言うものを身に纏った綺麗な女性が・・・
これが出会いであった。
『真祖の姫君』=アルクェイド・ブリュンスタッドと『真なる死神』=七夜志貴の初対面だった。