「えっ?・・・リィゾそれは確かなの?」

玉座に腰掛けて訪ねるのは一人の少女。

全身を黒に統一したドレスに身を纏った・・・

「はっ・・・確かに忌々しき『蛇』は完全に滅び去り、更には『思考林』も崩壊、その直後アルクェイド様の波長が近来稀に見るほど安定しております」

それに答えるのはやはり黒の鎧を身に付け、腰にはやはり黒に統一した大剣をつけた男。

今の時代からすると時代錯誤と思えるほどの風貌と言葉使い。

だがそれが彼らの間ではそれは自然な光景と化していた。

「そう・・・お爺様かしら?」

「そこまでは・・・ただ・・・」

「ただ何?」

「はっ、最近千年城に二十七位『封印の魔法使い』と『ミスブルー』の逗留をも確認しております」

その報告にいささか驚いたように聞き返す。

「ええっ!!『ミス・ブルー』はお爺様の弟子だったからわかるとしても、どうして二十七位までいるのよ!!彼って『悠久迷宮』に閉じ込められたままだった筈じゃなかったの?」

「そこまでは・・・あと、もう一つお耳に入れておく事が・・・」

「何?」

「はっ・・・今回の事と関係があるかどうかは不明ですが『思考林』崩壊後、埋葬機関に『真なる死神』と言う言葉が飛び交っているのいるようです」

「??『真なる死神』?どう言う事なの」

「そこまでは流石に・・・」

「姫」

そこにもう一人の人影が現れる。

こちらは今までいた男とは対照となる白に統一した鎧を身に着けて、腰に帯びた剣は細剣・・・刺突剣の類であった。

「フィナ」

「どうしたの?フィナ」

「はっ、その『真なる死神』について追加の情報が・・・どうも魔術協会でも認知されおり、それが『ミスブルー』の弟子であるようなのです」

「そうなると・・・」

「はい、更に『魔道元帥』殿の弟子にもなったと・・・魔術協会では上へ下への大騒ぎです」

「お爺様の?お爺様って早々弟子なんて取らない筈じゃなかったの?」

「それは判りません。が、尋ねてみる価値はあるかと」

「それもそうね。私も久しぶりにお爺様やあの子に会いたいし、リィゾ、フィナ準備するわよ」

「「はっ姫様」」

十一『黒の姫君』

「ふう・・・ありがとうございました教授」

いささか疲れた表情で志貴は教授ことコーバック・アルカトラスに一礼する。

「ああ、お疲れさんやったな志貴、どうや?調子は」

「勉強ってこんなにも疲れるものだったんですね・・・」

しみじみ、この言葉が一番しっくり来るように志貴は呟いた。

千年城で修行・勉強(これは青子が提案した。『最低限の学業は必要よ』と言う言葉に教師陣が全面賛成したのだ)を始めてから既に半年近く経つ。

その間志貴の日常は午前は勉学、午後は魔術、夜は自主的な修行とまさしく修行ずくめであった。

「さてと、飯にしましょか?」

「はい、今日は・・・」

「今日は蒼崎はんやな。魔術は叩き壊すしか能が無いっちゅうに料理はなかなかいけるからな。志貴己もそう思うやろ?」

「・・・」

志貴はひたすら無言を貫いた。

なぜなら、

「あら、アルカトラスなかなか面白い事言ってくれるわね」

後ろに負の笑みを浮かべたご本人がいたから・・・

「口は災いの元・・・自業自得・・・」

そんな格言の生きた見本はこてんぱんにのされていた。







「やっほー志貴お疲れ様!!」

「志貴君お疲れ様です」

「えっ?・・・ああ、お姉ちゃん達・・・」

食堂に向かう途中志貴はアルクェイド・エレイシアコンビに出くわした。

「二人してどうしたんですか?」

「それがさ〜志貴聞いてよ〜」

「そうです!志貴君聞いて下さい!!」

それが口火となり二人は互いの事を志貴に向かってダブルで文句をつけまくる。

「だからさ〜エレイシアはカレーに執着しすぎるって・・・」

「まったく、このアーパー吸血鬼にどうにか・・・」

左右から同時に言われても志貴には判らない。

とにかくこれ以上言わせておけば間違い無く騒乱が起きる。

そう判断した志貴はともかく二人を止めた。

「はいはい。二人とも判りましたから落ち着いて下さい」

こうやって止めるのにも手慣れてしまった事に志貴は若干の空しさを覚えた。

「そこで立ち止まっている志貴にお姫様にカレー狂女!!早くしないとアルカトラスが残らず食べてしまうわよ〜」

そこに青子がいささか物騒な言葉を持って志貴達を呼ぶ。

「わわわ!急がないと!!」

「あーーーっ!!志貴置いて行かないでよ〜」

「待って下さい!!私の分は残してくださいーーい!!」

千年城の食事風景は常にこういった風景であった。







「ふう・・・ご馳走様でした」

「はぁ〜美味しかった」

「今日はどうにか食事にありつけましたね」

「助かったぁー、まったく蒼崎はん死ぬかと思ったで」

「まったく再生に普通の食事で事足りる死徒なんて初めてよ。あなた本当に死徒なの?」

「はっはっは、それは間違い様の無い真実だよ蒼崎」

食事も終わり午後の行動に出る前に全員ホールでゆったりとしていた。

「さてと・・・今日の午後だが志貴は私が、エレイシアは・・・」

と、そこまで言った時

「にゃ〜」

「あれ?レン?どうしたの?」

志貴の飼い猫兼使い魔のレンがゼルレッチの足元に寄って来た。

「む?どうしたレン?」

ゼルレッチの言葉を待たずにホールに客人達が入ってきた。

「お爺様!!お久しぶりです」

「おお、アルトルージュ様」

「ご老体お久しゅうございます」

「お久しぶりです。ご老体」

「シュトラウト、それにスベェルデン・・・お主達も壮健な様じゃな・・・それにプライミッツも来ておったのか」

そう言ってゼルレッチは入ってきた客人達・・・黒一色のドレスに身を包んだ志貴より少し年上と思われる少女と、漆黒と純白の軽装鎧に身を包んだ二人の男性、そして白虎に匹敵する様な大きさの犬・・・に親愛の情を見せる。

「ね、姉さん!!」

ようやくアルクェイドが声を発する。

「ああ〜〜!!そうだ!!アルクちゃん!!元気になったって聞いたからお姉ちゃん遊びに来たわよ〜」

そう言ってその少女はアルクェイドに抱きつく。

「も、もう姉さん!!私子供じゃないんだからそんな呼び方しないでよ!!」

その様を唖然として眺める志貴とエレイシア。

その様を見てニヤニヤ笑うコーバックに青子。

そしてゼルレッチは感慨深げに眺めていた。

「し・・・師匠・・・」

疑問に耐えられなくなったのかゼルレッチに志貴が尋ねる。

「ん?どうかしたのか?志貴」

「いえ・・・あの人は一体・・・」

「おお、そうかそう言えば言っていなかったな。あの方はアルトルージュ・ブリュンスタッド。死徒二十七祖第九位にして、死徒と真祖の混血の姫でありそして、姫の姉君に当たる。そして、右にいる方がアルトルージュ様の護衛第六位『黒騎士』リィゾ=バール=シュトラウト。左にいる奴が第八位『白騎士』フィナ=ヴラド=スベェルデン。そして、常に傍にいるのが第一位、プライミッツ・マーダー」

「ええっ!!傍目からだと逆にどうしても見えるんですけれど・・・」

「むむっちょっと君!!それってどう言う事よ!!」

それを聞きつけたアルトルージュが志貴に詰め寄る。

「い、いや・・・その・・・!!」

最初しどろもどろになっていた志貴だったが、急に体内からあの黒い衝動が湧き上がってきた

ドクン・・・コロセ・・・ドクン、ドクン・・・バラセ・・・ドクンドクンドクン・・・カンプナキマデニ・・・

(うるさい・・・)

ナニヲシテイル・・・アレハキサマガコロスベキモノダ・・・タエルナ・・・ホンノウノママニサツリクシロ・・・ジュウリンシロ・・・

(黙れ・・・黙れ!!黙れ!!!!黙れ!!!!!)

オロカナ・・・マアイイ・・・イマハヒクトシヨウ・・・

志貴の短くも熾烈な己との闘いが終わる。

「志貴?どうかしたの?」

はっと気付くと青子・エレイシア・アルクェイドが覗き込んでいる。

「えっ?う、うんん何でもないよ」

そう言ってぎこちない笑みを見せる志貴。

「そうなの?志貴本当に大丈夫?」

そう言って更に覗き込むアルクェイド。

「う、うん・・・大丈夫だから」

そう言ってやや後ろに下がる志貴。

それには二つの意味があった。

一つは先程の黒い衝動を少しでも抑える為。

最近になって、ようやくゼルレッチ・コーバックには押さえが出てきたものの、未だにアルクェイドには近付き過ぎると噴出してしまう。

そしてもう一つは彼女を至近で見るのは未だに照れて慣れないから。

「そう?それにしても志貴〜何で下がるの?」

そう言ってにじり寄るアルクェイド。

「い、いや・・・その・・・」

後ずさる志貴。

「ねえねえ〜教えてよ〜志貴」

更ににじり寄る。

後ずさる。

にじり寄る。

後ずさるろうとするが後がもう無い

そこへ更ににじり寄ろうとすると、それをアルトルージュが遮った。

「ねえ、アルクちゃん、この子私にも紹介してよ」

そう言ってにっこり微笑む。

「えっと・・・この子は志貴って言ってね・・・」

「この子なんでしょう?『真なる死神』君は?」

アルトルージュの言葉に空気が凍てつく。

それはアルトルージュの言葉を肯定しているようなものであった。

「姉さん・・・」

「大丈夫よ。別にこの子を襲うとかそう言う訳じゃないから。ただ、見ておきたかったの。二十七祖の内二つを滅ぼした『真なる死神』ってどんな子かなって思って」

そう言うと、アルトルージュは志貴の顔をまじまじと見る。

「ふーん・・・へえ・・・わあ・・・」

見る度に歓声を上げる。

やがて表情を腑に落ちないと言わんばかりに歪めてから首を傾げてゼルレッチに尋ねる。

「うーん・・・お爺様。この子どうやって蛇や『思考林』を滅ぼしたの?私が見る限り確かに人間にしては強い力を感じるけど、それ以上じゃ無い。どう考えても滅ぼすなんて不可能よ」

その言葉にゼルレッチはなぜか満足そうに頷いた。

「左様ですか・・・どうやら力の制御は合格点の様じゃな志貴」

「はい、師匠」

ゼルレッチとの修行ではまず力の更なる制御を行われた。

今までも志貴は制御出来ていたが、どうしても僅かながらに力が漏れてしまう。

それを魔術師や埋葬機関に探られれば厄介な事となる。

それ故にゼルレッチはこの半年、徹底的に完璧な力の封印と制御を目標に行われた。

その結果が見事に・・・アルトルージュでも感知出来ないほどの・・・出たのだから満足げになるというものであろう。

アルトルージュが必死に考えていると今まで黙っていた白一色の男が志貴に近付いてきた。

「やあ・・・君・・・ぐはぁ!!」

その言葉を遮るようにアルクェイドと青子が吹き飛ばす。

「この変態!!志貴に近寄るんじゃないわよ!!」

「酷いよ『ミス・ブルー』自己紹介しようとした人を突然吹っ飛ばすなんて」

「あんたのことだからドサクサに紛れて志貴の血を吸う位簡単にやりかねないわね、この変態『白騎士』」

「誤解だよ真祖の姫君」

そうやっていがみ合っていると今度はコーバックがアルトルージュに近寄った。

「『黒の姫』はん」

「あら?貴方は二十七位の・・・」

「わいの事を知っているんかいな?おおきに」

「貴様!!姫に対して何たる口の聞き方!!」

「まあまあ、落ち着きなはれ『黒騎士』はん」

「リィゾ、落ち着いて。それよりも何か用なの?」

「おお、それやそれや。姫はんが判らんのも無理ないで。今の志貴は力の九割がた封印し取るからな」

「封印?」

「そうや・・・どうせやから今の内にばらしとくがかまへんな?」

その言葉は後ろの青子に向けられた。

「ええ、仕方ないわね」

「すんまへんな蒼崎はん・・・志貴、力解放せい」

「良いんですか?教授」

「ああ、かまへん。黒の姫はんやったら物騒な事せえへんやろしな」

「判りました」

その瞬間、志貴は自らの魔眼を解放した。

「!!!」

「なにっ!!」

「これは・・・」

「ぐるるるるる・・・」

その力にアルトルージュは一瞬の内に距離を取り身構え、『白騎士』・『黒騎士』はアルトルージュを守る様に立ちはだかる。その脇では犬が唸りを上げる。

「お爺様・・・これって・・・魔眼持ちなの?この子」

「左様です。アルトルージュ様」

「それも『直死の魔眼』よ姉さん」

「えええーーーー!!!」

アルトルージュの絶叫が木霊した。







「・・・嘘・・・」

「馬鹿な・・・」

「人って見かけによらないってよく言うけど・・・」

ゼルレッチから説明を受けたアルトルージュ達は一様に志貴を信じられない面持ちで眺めていた。

「つまりこの子って『アカシック・レコード』に到達して『直死の魔眼』を保有したに飽き足らず聖獣まで召喚出来ると言うの?」

「ええ、そうよ」

「志貴の話ですと既にこの地に姿を現した『玄武』・『白虎』と呼んでいる聖獣に加えて、『朱雀』・『青竜』がいると言う話しですが・・・」

「四体の聖獣を・・・プライミッツ殿と同等の幻想種との事ですが・・・」

「それは違うわリィゾ。プライミッツだと辛うじて聖獣の域に到達しているけど志貴君の聖獣はその域の上位に入るらしいじゃないの。到底太刀打ち出来ないわ」

「それはそうと・・・なんで志貴はあの第一位とじゃれあっとんのや?」

コーバックの疑問も最もであろう。

その視線の先には、

「あはは・・・こら止めろよくすぐったいってば」

「くーんくーん」

すっかり犬と化して志貴とじゃれ合うプライミッツ・マーダーの姿があった。

「まあ・・・聖獣を四体従えている志貴にとっては第一位もただの犬なのかも・・・」

「あの子が人間にあそこまで懐くなんて初めて・・・お爺様」

「はい?何でしょうか?」

次の瞬間爆弾発言を飛ばしていた。

「志貴君私に頂戴」

「何を・・・」

「駄目に決まってるでしょう!!!姉さん!!!」

ゼルレッチの言葉は妹の大絶叫でかき消された。

「えーーーっアルクちゃんのけち〜」

「けちじゃないわよ!!志貴は私のものなんだから!!」

「そんなのまだ決まってないでしょ!それに、修行だったらここより私の千年城の方が良いわ!!魔術の修行だって出来るし、リィゾもいるから志貴君自身の修練だって最高の環境よ!!」

「何言ってるのよ!!姉さんの所に行ったら一時間で死徒にされる契約結ばれるに決まってるじゃないの!!」

「あーーーーっ!!それ酷い偏見!!契約されるだけの魅力が無いからってひがんでるの〜!!」

この言葉から口論はエスカレートの一途を辿り始める。

「なんですって!!姉さんそれどういう意味?」

「言ったままよ。私何百年も活動しているから経験豊富なの。だから、一年以下のよちよち歩きに等しい赤ちゃんがひがんでも仕方ないかもって思ったのよ」

ピキリと空気がきしんだ。

「あら?それって裏を返せば賞味期限切れに等しいと言う事じゃなくて?私だったら新鮮そのものだし」

ギシリと部屋の空間が一変した。

既に白と黒の吸血姫姉妹以外は退避している。

「先生?どうしたの?アルクェイドのお姉ちゃんとアルトルージュのお姉ちゃんは?」

「志貴、その事については何も聞かない。世の中には知らなくても良い事なんて一杯あるんだから」

「そうや。おおっと、志貴後ろは見たらあかん。心底後悔するで」







数時間後すっかり夜となった千年城の中庭で、アルトルージュとなぜか対峙させられる形となった志貴がいた。

「あの・・・先生・・・」

途方にくれる、まさしくこの言葉を体現したかのような情けない声を志貴は発した。

これが死徒の頂点に君臨する二十七祖を二つ滅ぼした者なのかと疑問に思うほどの。

「どうしたの?志貴」

「何でここにいるんですか?」

「それは私よりもお姫様達に聞いた方が良いと思うけど」

それを聞いたアルクェイド・アルトルージュ双方共に気まずそうにそっぽを向く。

事の発端はあの口論の加熱が最高潮に達した時思わずアルクェイドが口走った言葉に始まる。

「大体姉さんじゃあ力不足も良い所よ!!志貴の技って凄いのよ!!」

「そんな事言われたって私に判る訳ないでしょう!!私は志貴君の力何も知らないのよ」

「じゃあ、志貴と勝負したら良いじゃないの!それで志貴に勝ったら姉さんに志貴をあげるわよ!!」

「上等よ!!万が一にも私が負けたらアルクちゃんや志貴君の言う事聞いてあげるわ!!」

こうなった顛末を志貴は無論知らない。

「ま、まあ、良いじゃない志貴!!最近一人だけの修行も飽きたでしょ?」

誤魔化す様にアルクェイドが言う。

「ええ、それはそうですが・・・」

「志貴君、容赦は要らないから思いっきり来て良いわよ。私も久しぶりに全力で戦いたいから」

にっこりと笑ってとんでもない事を口にするアルトルージュ。

生きて帰れるかな?

志貴がそう不安に思ったとき、

「志貴、アルトルージュ様」

と、ゼルレッチがなにやら魔術の詠唱を施すと志貴達二人に薄い膜が張られた。

「師匠?これは?」

「防御の呪法を施した。多少の無理はきく」

「師匠・・・」

つまりは死ぬ気でやれと言う事ですか?

志貴は本気で泣きたくなった。

「志貴く〜ん!!がんばれ〜!!」

「志貴〜!!負けたら承知しないわよ〜」

「まあがんばりぃや〜」

「マスター・・・ファイト・・・」

外野は無責任に応援なんかしている。

「じゃあ始めるわよ。志貴」

そう言うと、青子は静かに手を上げる。

「じゃあ、志貴と黒のお姫様の試合時間無制限・・・開始」

その言葉と共にアルトルージュに殺気が漲る。

その殺気を受けて志貴も覚悟を決めた。

『七つ夜』を構え、魔眼の力を解放すると先手必勝とばかりに

―閃鞘・双狼―

左右から同時に襲い掛かる。

それをアルトルージュはぎりぎりまでひきつけてから上空に跳躍してかわすと、アルクェイドと同じく力を込めた爪で双方の志貴を吹き飛ばそうとする。

しかし、志貴は既にその場から姿を消し上空にいた。

―閃鞘・八穿―

体勢の取れない上空からの一撃に決まったものと誰もが確信したが次の瞬間志貴が吹き飛ばされた。

「う・・・がはっ!!」

何とか着地するがその場に蹲り咳き込む。

「げほっ・・・げほっ・・・い、今のは・・・」

「簡単よ。魔力を込めた衝撃を叩き込んだの。そうでもしないと危険だと思ったし」

アルトルージュの直感は間違いではない。

幾らゼルレッチの手で守りを強化したとはいえ志貴の技量は『直死の魔眼』を使う事も無く並みの死者を解体できる程にまで完成されている。

その攻撃を直撃で食らえば無傷ではすまない。

それに加えて『直死の魔眼』を加えればどの様な守りも意味を成さない。

「志貴君蹲っていると危ないよっ!!」

アルトルージュの言葉に弾かれる様にその場所から離脱する。

その一秒後、その地点が陥没する。その後もアルトルージュは手を緩める事無く次々と攻撃を繰り出す。

一見すると志貴は防戦一方でかわし、避けて、弾き、受け流す。

しかし、しばらくすると志貴も

―閃走・六兎―

繰り出される攻撃の合間を縫う様に六撃の蹴りを繰り出し、

―閃鞘・八点衝―

零距離にまで飛び込み同時に縦横無尽の斬撃を叩きこんで行くなど、徐々に反撃を繰り出してきた。

「ご老体・・・あの少年相当闘い慣れておりますな・・・姫様の攻撃を受け流しつつ、自分が受けたダメージを回復させているとは・・・あの少年は一体何者なのですか?」

その様を見ていた『黒騎士』リィゾは目を見張った。

彼はアルトルージュの護衛として無限と思える程の時の中で、主を狙う数多くの刺客と闘いそして勝利を収めてきた。

その彼をしても、これほどの実力者は片手で数える程しか剣を交えていない。

「まあ・・・志貴の場合少々特殊だがの・・・む?」

アルトルージュが志貴と距離を置く。

「凄いね・・・志貴君まさか人間がここまで戦えるなんて思わなかった・・・」

「そうですか・・・こっちは少し疲れてきたんですけど・・・引き分けと言う事にしませんか?」

「呆れた・・・あれだけの事をして『少し』なんて言う訳?・・・こうなったら私も奥の手出すしかないようね・・・」

そういった瞬間中庭の空気が一変した。

アルトルージュがその瞳を閉じて精神を統一する。

その様子は無防備そのもの。

攻撃できる筈であったのにも関わらず志貴は動かない。

いや、動けない。

「老師・・・黒のお姫様、空気にまで干渉して志貴の動きを制限してますね」

「ああ・・・しかし、それほどの時間をかけると言えば・・・固有結界?」

その言葉に『白騎士』フィナが声を上げる。

「もしや姫様・・・あれを!!」

「フィナ・・・あれしか考えられまい」

「しかしリィゾ。あれは真祖の姫君がかつて暴走した時だけ使用した姫様が持つ最後の手段・・・それを・・・この場面で・・・」

「フィナ、眼の前のあの少年を姫様は真祖の姫君と同等としてみておられるのだろう。その判断に間違いは無いと私は思うが」

「シュトラウト・スベェルデン、どう言う事じゃ?」

様子を知っているらしい二人にゼルレッチが尋ねる。

「おそらく姫様が持つ固有結界を・・・!!」

リィゾの言葉を遮るように

いまこそ謳え、月の王の賛美歌を

朗々と響き渡るアルトルージュの声と同時にアルトルージュの背後に煌々と輝く満月が姿を現しその光を受けてアルトルージュの体が瞬く間に成長していく。

「発動したか・・・」

「!!な、なに・・・この圧倒的な存在感・・・まるでお姫様みたいじゃないの・・・」

そうそこには・・・先程までの幼さを残したお姫様はいなかった。

その場に佇んでいたのはアルクェイドを黒くしたかのような圧倒的な存在感と力を漲らせた、黒き姫君・・・

「ふふっ、志貴君?驚いた?これが私の固有結界『月界賛美歌』。この結界中だと私もアルクちゃんと同等の力を発揮出来るの・・・さあ、行くわよ」

その言葉と同時にアルトルージュは移動・接近・攻撃を一呼吸で行った。

「!!!」

志貴は声すら発せられず城壁まで吹き飛ばされる。

「・・・がはっがはっ・・・」

咳き込む志貴にアルトルージュの追撃が迫る。

「!!!」

半瞬の差で地を這う様に距離を取る志貴。

それを追うアルトルージュに志貴は躊躇無く自身の持つ最速の技を放つ。

―我流・十星改―

しかし、アルトルージュはそれに気に止める事すらせず囮の八つをつき抜け、本命の二の刺突を容易く避けると一撃を加える。

「!!!」

咄嗟に後ろに飛んで直撃をかわすが風圧で再度吹き飛ばされる。

「はあ・・・はあ・・・」

乱れた息を整えながら志貴は考える。

先程アルトルージュはアルクェイドと同じ力を発揮できると言っていたがとんでもない。

力こそは同じかもしれない。

しかし、技術には歴然の差がある。

力を有効に使うと言う点ではアルトルージュが圧倒的に手慣れている。

(って・・・感心している場合じゃないよな・・・)

このままでは志貴は負ける。

(あれしかないよな・・・)

「志貴君、君の力はそんなものなの?まだ君の奥の手があるでしょ?見せないと負けちゃうわよ」

ニコニコしながら志貴を挑発するように言うアルトルージュ。

(仕方ないよな・・・)

決断を下すと志貴は『七つ夜』を構えなおすとなにやら印を組む。

「聖獣を召喚する気やな・・・せやけどそれでも今の黒の姫はんに勝てるかどうか・・・」

コーバックの呟きに全員頷く。

アルトルージュもその印を止めるでもなくただじっと見ていた。

しかし・・・この時点でこの場にいる全員はまだ志貴が『極の四禁』を何故『技法』だと言ったのかそれを理解していなかった。

しして、この場で全員がその理由を把握するに至る。

やがて印を組み終わると同時に

―極鞘・朱雀―

志貴の頭上に真紅の不死鳥を思わせる鳥が姿を現す。

「うわ〜すっごーい!!」

「これが聖獣の召喚かいな・・・まったくもってすさまじい力やな」

「へえ・・・これが聖獣か・・・さあ、志貴君ここからが・・・?あれ?どうしたの?」

再度志貴に攻撃を加えようとしたアルトルージュだったが直ぐに立ち止まる。

それも当然であった。

朱雀は志貴の頭上を離れず志貴も構え一つしていない。

だが次の瞬間志貴は『七つ夜』を懐にしまい込むとなんの躊躇い無く朱雀の腹部に自身の右腕を差し入れた。

「!!!!」

「な、何してるのよ!!志貴は!!」

(朱雀・・・神具(しんぐ)化

(御意)

全員が驚く中朱雀の全身が突如紅蓮の炎に包まれ当然志貴の右腕も炎が燃え広がる。

しかし、その炎は燃え広がる訳でも無く、徐々に姿を整えていき志貴の右上腕部にまとわり付く。

更に手の部分から吹き上がる炎も少しずつ細くそして、ある形に姿を変えようとしていた。

やがて炎が消えた時そこには一つの形と化した炎があった。

それは先程の炎をそのまま封じ込めたような手甲と一本の長剣だった。

それが志貴の右腕に装着されていた。

「・・・どう?・・・これが『極の四禁』が技法と呼ばれる最大の所以・・・『玄武』・『白虎』・『朱雀』・『青竜』を召喚するだけじゃなくて、彼らを神具って言う武具に姿を変えさせる事も出来るんだ・・・というよりもこっちが『極の四禁』の正式な使用法なんだけど・・・」

そう言ってその剣を軽く振る。

振られた途端熱風が一同の頬を叩く。

「これが朱雀の神具・・・『神剣・朱雀』・・・万物の炎を司る剣・・・」

見れば剣を振った軌跡に炎が走り真下の草が焼け焦げる。

「なんと・・・」

「その様な事が・・・可能なのか?」

「ちょっと待ってよ・・・冗談もここまで行けば冗談じゃすまなくなるわよ・・・」

「これが志貴が『極の四禁』を頑なに『魔法』でなく『技法』と呼んでいた所以なのか・・・」

外野が余りの驚愕に沈黙する中志貴は静かにそれを構える。

「じゃあ行くよ。これからが本当の開幕・・・」

「ええ・・・行くわよ・・・志貴君!!」

その瞬間黒の姫君と『真なる死神』の激突が再度始まった。

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