「はははっはっははっはははっは・・・死ね七夜」
引き金がまさに引かれようとしていた。
四『到達者』
その瞬間、狂気に満ちた者ですら手を止めるほど膨大な殺気が男を退かせた。
ぎらぎらした眼で辺りを見渡すとそこには最凶の鬼神と謳われた男が立っていた。
「志貴・・・貴様・・・」
男は狂った笑いを浮かべ退くと黄理は一歩進む。
黄理が更に進もうとした瞬間、
「御館様、この愚か者の始末は是非とも私に」
そこには彼の妻が立っていた。
その手には愛する息子の愛刀『七つ夜』を持ち、その表情は驚くほど無表情、まさに能面であった。
しかし黄理は知っていた。
妻があの表情と化した時、彼女は最も怒り狂っている事を。
それゆえ短い現役時には『能面の真姫』と呼ばれたほどであった事も。
「・・・任せる」
その言葉を聞いた瞬間妻は静かに姿を消した
―我が息子傷つけた報い、その身・その魂を持ち贖わせてやろう―
その声にならぬ声に男は恐怖した。
「ひいいいいいい!!!」
あわてて銃を乱射しようとするがそれは永遠に訪れなかった。
―極死―
それは彼女が放てる最高の技法。
そして、彼女が独自に編み出した至高の一撃。
―影蝕(えいしょく)―
その瞬間全て終わっていた。
金属が地面に落ちる涼やかな音と共に銃が地面に転がった。
手首と共に・・・
その場には何も無かった。
全てが幻であったかのように・・・男は消えていた。
それと同時に真姫が姿を現す。
一息つくと、暗殺者から母親に代わった。
「ああっ!!志貴!志貴!!御館様志貴は!!!」
「今の所息はしているが・・・くそっ!!!誰か!!」
「御館様遅くなり・・なっ!!志貴様!!」
「至急時南の爺を呼べ!!医療の心得のある奴は手当てを!!」
夕方となり、手術及び一通りの手当てをした時南宗玄が出て来た。
「で、爺志貴の容態はどうだ?」
「・・・微妙な所じゃな」
「何だと!!!」
「落ち着いて話を聞け。まず胸の傷じゃが幸い致命傷となっておらぬ。やはりお主の子じゃな。本能なんじゃろうが当たる寸前、体を仰け反らせていようじゃ」
「そうか・・・なら微妙と言うのは?」
「血が出過ぎておる。その為に輸血もしたが、峠はおそらく今夜一杯と見ればよかろう」
「そ、そんな・・・」
「そうか・・・すまんな爺。もう遅い、今宵は泊まって行け。夜明けに送らせる」
「そうじゃな・・・ではそうさせて貰おう」
そう言って時南老人は用意された部屋に向かう。
「御館様・・・志貴は・・・」
「心配するな。やるだけの事はやった。俺と・・・お前の子があんなちんけな死を迎えてたまるか・・・」
妻を励ますその声に力は無かった。
それは彼本人の願望に他ならなったのだから・・・
「それと他の子供達は?」
「皆、志貴が倒れた事を聞きショックを隠しきれないようです。特に翡翠と琥珀は部屋に閉じこもってしまいました」
「そうか・・・少しそっとしておいてくれ・・・俺は志貴の部屋にいる」
「畏まりました。では私も自室で休ませていただきます」
「そうしろ。久しく行った事のない『影蝕』の負担が大きかろう」
「申し訳ございません・・・」
そう言い一礼すると力なくその場を後にした。
少年は目を覚ます。
「あ、あれ・・・ここは?」
(眼を覚ましたかい・・・)
「えっ?誰?」
少年が辺りを見回す。
そこは不思議なほど闇に満ちた世界。
だが不思議に落ち着く空間。
それなのにいてはいけないと思う場所・・・
そこには少年と男がいるだけだった。
「あっこんにちは」
「??ああ・・・こんにちは。すまないな、人に会うのは久しくなかったからな」
少年の挨拶を受けて男は最初驚いたように、次には穏やかに笑いそう返した。
「あの・・・それでここは何処なんですか?」
少年がそう聞いた瞬間、男は始め何の事か判らない表情をした後噴き出した。
「ふふふふっ・・・すまん、いきなりすごい事を君が聞くものだからつい噴き出してしまったよ」
「すごい事?どうしてですか?」
「そりゃそうさ。魔術師にとって全てを賭けてでも到達したいここを何処なんて・・・君はどうも無意識に到達してしまったようだね。君自身の才能と言うべきだろうね」
「魔術師?到達?才能?」
「ここは『アカシック・レコード』。全ての始まりにして根源と呼ばれる場所さ。そして君は・・・いや、君の魂は肉体から一時離れた際にありとあらゆる障害を通過してここに来てしまったのだよ七夜志貴君」
その瞬間少年・・・志貴に記憶が甦った。
「あーーー!!そうだ!僕・・・」
「君がどうしてここに来る事になったか、その経緯は見ていたよ」
「じゃあ、直ぐに戻らないと!!皆心配してるし」
「いや、すぐに戻るのはまだ駄目だ」
「えっ?どうしてですか?」
驚いて男を見る志貴に男は穏やかに説明を始めた。
「君はどうしてここが魔術師と呼ばれる人間達にとって目標とされているか知っているかい?」
「いえ、知りません」
「ここに到達すると言う事は全ての始まりを知ると言う事、魔術師達にとっては最高の栄誉とされている事なんだよ。それ故にそこに到達した者は『魔法使い』と呼ばれるようになる。名称だけでなく己の持つ能力もここに到達する事によって根源に達するものとなるんだよ。ここまではわかったかい?」
「はい、でもそれと何の関係が・・・」
「君は無意識とはいえ根源に到達してしまった。永き歴史の中で六人目の到達者となったのだよ。それゆえ君は眼を覚ました時、望む望まないに関わらず君の内に秘めた根源に到達する能力を所有する定めとなるだろう。だが私が見た限りその能力は今までの到達者の中で最大規模だ。何も準備をしないまま戻れば遠からず君は君の力によって滅ぼされてしまうだろうそれはいやだろう?」
「はい!!」
「だからここで私が君に力の制御法を教えてあげよう。力に振り回され力に溺れてしまってはここに到達した意味が全て消えてしまう。力を制御し力を支配するんだ」
「でも・・・そう言った力って言うのは人からものを奪う時にも使われるのではありませんか?」
「君は賢いな・・・そう確かに力は使い方を誤れば大勢の人に苦痛と悲劇を与える。しかし、力は奪う為に使われるだけではない。誤った力を使い悲劇を与えようとする者を食い止める為にはそれを正す力もまた必要なんだよ。悲しい事だけど未だに力には力をもって均衡を得る以外に平穏を得る術を人は知らないのだよ」
「・・・・・・」
「君はとても穏やかで自然な心を持っている。君なら力を誤った道に巡らせる事はしないだろう。ひょっとしたら君がここに到達出来たのは天が指し示した道なのかもしれないな」
「それって『天有顕道(てんゆうけんどう)』ですね。父が言っていた覚えがあります。天にはごく明らかな正しい道があって」
「そう。その道に進むことは必ず深い意味がありそしてそれは正しい」
その言葉を聞き志貴は決心した。
「・・・判りました。よろしくお願いします」
「ああ、わかった」
「あっ・・・でも、僕何時までここにいれば良いんですか?あんまり永くいると皆に心配を」
「大丈夫、ここの時の流れはあって無いもの、君が全てを完遂し、眼を覚ました時向こうの時は君が倒れた翌日となるはず」
「そうなのですか?」
「ああ、それに私が君に教えるのは力を効率的に解放する術と体の負担を最小限に食い止める為の封印の術だ。それほど時間は掛からないよ・・・さあ始めようとしようか」
「はい!!お願いします・・・えーーと・・・」
志貴の質問の意図を察した男はまた自然に笑った。
「ははは、私の名かい?残念だが止まりし時の中にいたものだから忘れてしまってね。君の好きなように呼べばいいよ」
「そうなんですか?・・・ではお師匠様で」
「ああ、それで良い。まずは力の解放からだ・・・」
「よし・・・力の封印もこんなものでいいだろう。これで全て完遂した。」
それから数日・・・数ヶ月・・・もしかしたら数年時が経ったように志貴には感じられた。
しかし、ここには時の流れというものは存在しない。
実際にはそんなに時間は経緯していないのだろう。
「ありがとうございました。お師匠様」
「しかし本当に君は物覚えが良いね、こんなにも早く会得するとは思わなかった」
「そうなんですか?」
「ああ、さて、少し休憩したら後は君を元の場所に返してあげよう。何か他に質問はあるかい?答えられる限りは答えてあげるけど」
「えーと、なんでお師匠様はずっとここにいられるんですか?」
「私は元からここにいた訳じゃない。あくまでも管理人と言えば良いかな?天に任されてここにいるに過ぎないのだよ。だから後任が来たら私の役目はそれでおしまいになる」
「じゃあくるまでずっとここにいるんですか?退屈じゃないですか?」
「いや、ここだと見ようと思えばいろいろな世界の出来事を見ることが出来るから退屈とは無縁だよ」
「そうなんですか・・・あと、僕の他に五人ここに着たんですよね」
「ああ、そうだよ、『赤』・『黒』・『青』・『白』原色の称号で呼ばれる四人の魔法使いにその頂点に君臨する『魔道元帥』と呼ばれる人の五人」
「強いんですか?」
「そうだね、その五人が五人とも一つの能力を根源に到達するほど極めているけど・・・やはり一番強いのは『魔道元帥』だろうね。彼は全ての魔道に長けているから」
「だから『魔道元帥』なんですか?」
「そう言う事。さて休憩も終わった。そろそろお別れだ」
「ええっ?・・・あっそうか・・・」
志貴はそこで気付いた。
自分は元に戻れるが彼は再びここで日々を過ごさねばならないのを・・・
その表情の変化に気付いたのか男は再度笑うと、
「君は優しい子だ。大丈夫、私はここより君の紡ぎだす歴史を見続けよう」
「は、はい・・・」
「それともう一度復習だが、力の解放は布を取り払うようにイメージし」
「封印は力を布で覆い隠すように頭で思い浮かべる」
「そうだ。眼を覚ませば君の力は、解放されたままにされている筈だから封印を行うんだ。それと、君のお父さんには事の次第を話しておいた方が良いよ」
「えっ?大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だから・・・さあお別れ・・・あっそうだ!もう一つ大切な事があった」
「大切な事?」
「ああ、君にもう一つ・・・いや、四つ託すものがあったよ」
そう言うと男は志貴の額に手を添える。
「さあ、志貴、眼を閉じて心も頭も空っぽにして・・・」
その声に志貴は言われるまま無になる・・・
それと同時に言葉が流れ込んできた
― 汝に託そう四技を ―
― 歴史に埋もれ、常世の闇に消え去りし技法を ―
― 神の怒りに触れ封印を余儀無くされた四本の剣を ―
― 七夜が神域に到達せりし為に必要なる最後の鍵を ―
― 閃の七技 ―
― 一に一風 ―
― 二に七夜 ―
― 三に双狼 ―
― 四に八穿 ―
― 五に伏竜 ―
― 六に八点衝 ―
― 七に十星 ―
― 八に閃走・六兎 ―
― 死奥義 ―
― 九に極死・七夜 ―
― 拾に極死・雷鳴 ―
― 拾一に極死・落鳳破 ―
― 拾二に極死・屠殺竜 ―
― 汝極めしは十二の技法 ―
― 汝に託すは四つの極技法 ―
― 極の四禁(きょくのしきん) ―
― 拾三に極鞘・玄武(きょくさ・げんぶ) ―
― 拾四に極鞘・白虎(きょくさ・びゃっこ) ―
― 拾五に極鞘・朱雀(きょくさ・すざく) ―
― 末世の拾六に極鞘・青竜(きょくさ・せいりゅう) ―
― この十六技もって十六神技と称す ―
― これぞ神域を滅するが悲願の七夜が生み出し究極技法 ―
その言葉が全て頭に収められ、言葉で言い表せない四つの技法が体に覚えこまれた瞬間
「これで良い」
「あ、あの・・・これは・・・それに貴方は・・・」
「志貴『極の四禁』は体が完成されるまで・・・他の十二技法が完成されるまで封印しろ。これが体に及ぼす影響は図り知れん」
「は、はい・・・」
「私の事は知らなくても良い。過去の事は罪を振り返るだけしか出来ぬ。未来の歴史は君の意思で、君の思うがままに進む事で生み出される事だからな」
「・・・お師匠様・・・ありがとうございました!!!」
「ああ、私も素晴らしい弟子を短い間だったが得て嬉しかったよ。さあ、君を元の世界に帰そう。もう会う事は無いであろうが私はここで君の紡ぎ生み出す歴史を見守り続けよう」
その言葉と共に志貴の姿は薄れやがて消え去っていった。