「ん・・・」
志貴が眼を覚ました時辺りはまだ暗かった。
かすかに部屋を照らす月明かりの下、七夜志貴が最初眼にしたのは・・・
部屋全体を縦横無尽に走る奇妙な線と点だった。
五『死神生誕』
「あ、あれ?」
志貴は思わず眼を疑った。
しかし、眼を覚ます前、師に言われた言葉を思い出した。
「いけない、直ぐに抑えないと・・・」
志貴は眼を閉じる。
力を押し込めるのではなく覆い隠すように静かに・・・静かに封印されていく・・・自然に・・・
やがて志貴が再度眼を開ける先には見慣れた自分の部屋があった。
「これが・・・お師匠様の言っていた根源に到達する力なのかな?」
志貴は誰とも知れず呟く。
「志貴それはどう言う事だ?」
突然声が掛かった。
志貴が右に首を振るとそこにはほっとした顔の黄理がいた。
「父さん?」
「ったく・・・判断としては間違っていねえが、無理しすぎだ。もう少し自分の体を労われ」
「うん・・・ごめんなさい・・・」
「俺よりも母さんと他の子供達にそれを言え、あいつら相当沈んでいたからな」
「うん・・・」
「で、志貴一体何があった?お前の体内に恐ろしいほどの力を感じるが・・・」
「・・・父さん・・・笑わない?」
「言ってみろ、笑いはしねえ」
「はい・・・実は・・・」
と志貴は根源に到達した事・そこである人に力の制御を教わった事、この事を父に話そうとした事全て話した。
「・・・・・・」
黄理は顎に手を当てて考えてから
「そうか・・・そんなところが実際にあったのか・・・」
誰ともなしに呟く。
「えっ?父さん知っているの?」
「俺の知り合いにそこに到達したと言っている魔法使いがいてな・・・俺も半信半疑だったがお前の力を目の当たりにしちゃあ信じないわけにはいかねえだろ・・・それよりも志貴・・・」
そこで黄理の表情は険しいものとなった。
「その男はお前に最後託した技法の事を『極の四禁』と確かに言っていたんだな?」
「はい・・・確かにその人・・・お師匠様が直にこれを使うのは体が完成した時にしろと・・・」
「それは正解だ。しかし、そうだとしてもあれは・・・」
「父さん知っているの?」
「ああ、だが俺は見たことは無い・・・いや、今の七夜で『極の四禁』を知る者など一人とていまい」
「なんでなの?」
「それは・・・家の者が起きたようだな・・・志貴この話はまた夜にでもする」
「うん・・・」
「とりあえずお前は暫く体を休めろ。傷が完治するまで修行は中止だ」
そう言うと、黄理は静かに部屋を後にした。
「・・・『極の四禁』か・・・それにこの力・・・」
今の彼にはわからない事が多過ぎた。
彼が得た技法・力・・・
(お師匠様はこの力を得た事は天から与えられた顕道だって言っていたけど・・・これを持たせて何の意味があるんだろう?僕に出来る事なんてまだちっぽけなのに・・・)
その答えを志貴が知る事となるのは少し時間が過ぎた時の事になる。
その日は朝から大変だった。
まず黄理から伝わったのだろう。
真姫がすごい速さで部屋に飛び込んでくると、涙を零しながら無言で志貴をぎゅっと抱きしめる。
更にその数秒後、翡翠と琥珀も駆け込んで、わんわん泣きながら未だ真姫に抱きしめられている志貴にやはり抱きつく。
「志貴・・・志貴・・・」
「うええええん・・・志貴ちゃん生きてる・・・・」
「ぐすっ・・・よかったよぉーーー」
その抱擁が一時間続き、さらに他の子供達や大人の人皆が様子を見に来たりして、志貴の部屋はその日志貴一人となる事は無かった。
更には食事時には真姫が翡翠と琥珀を連れて、志貴の部屋に持って来てくれたのは良かったが、
「はい、志貴、あーーん」
「か、母さん・・・別に手は動くから僕自分で・・・」
「私も志貴ちゃんにあーーんする!!」
「ひ、翡翠ちゃんまで・・・琥珀ちゃん助けて・・・」
「し、志貴ちゃん・・・はい・・・あーーんして・・・」
「・・・・・・・」
そんなこんなで大変だった。
そして深夜部屋に黄理が入ってきた。
「起きてるか?志貴」
「はい・・・今朝の続きですか?」
「ああ、それについての文献を今まで探していたが・・・」
そう句切ってから黄理は話を始めた。
「やはり『極の四禁』はどの文献にも載っていなくてな」
「どうしてですか?」
「あの技は人の限界を超えた七夜ですら禁技として恐れられ、その結果どの文献からも抹消された代物だ」
「ええっ!!」
「一つだけ残る口伝だと『四禁に触れるなかれ、四禁を扱うなかれ、四禁は神墜の技』と呼ばれ神殺しすらも可とされるという事しかわからなかった」
「そ、そんなものが・・・僕の中に・・・」
父の思わぬ言葉に志貴は眼の前が真っ暗になりそうな気がした。
「志貴」
しかし、そんな志貴に黄理は静かに力強く肩を叩き、声を掛ける。
「はい・・・」
「そんなに沈むな、俺も天が何の意味なくお前に『四禁』と根源に到達した力を与えるとは思えん、その力を卑下するな。その力をお前の新たなる糧とし血とし肉としお前の道導として使えば良いだけの事だ」
「うん。ありがとう父さん」
「・・・」
黄理は話を終えると志貴の髪に手を添える。
「今日はもう寝ろ。そしてこの事は傷が完治するまで考えるな。それと、お前が根源に到達し得た力についてはその時に見さしてもらう。」
「はい・・・」
そう言うと、志貴は自然に眼を閉じ眠りへと落ちていった。
それから一月後傷がようやく完全に癒え、志貴はその日から訓練を再開した。
一月で鈍ってしまった体の勘を、一日でも早く取り戻すにはやはり訓練が一番の近道だ。
その日一日中志貴は簡単なものから徐々に難しくしていき、夕方頃には負傷前に近い体の状態まで取り戻す事に成功した。
そしてその日の夜、志貴がいつもの場所に到着するとそこには父が待っていた。
「御館様大変遅くなりました」
「ああ、志貴まずはあの時の言葉通り見せてもらうぞ」
「はい」
そう言うと、志貴は眼を閉じ、力に覆っていた布を取り払う様にあの力を解放した。
志貴が眼を開くとあの線と点が至る所についている。
あれを長い時間見ていると頭が痛くなる、気分が悪くなる。
見ると父は驚愕の表情で自分を見ている。
「志貴・・・その眼は・・・」
「解放するとそこら中に変な線と点が見えるんだ」
「そうか・・・何か切ってみろ・・・」
「はい・・・」
すると志貴は眼の前にあった大木の線を『七つ夜』で通した。
その途端大木は通した線の通り叩き切られゆっくりと傾く。
それに志貴が更に追撃をかける形で跳躍すると点を貫く。
その瞬間木は粉々に砕け破片が地面に降り注ぐ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が森を支配する中、静かに志貴は力を封印に入る。
「やはりか・・・」
黄理は志貴の眼をじっと見る。
「父さん?何がやはりなの?」
「いや、なんでもない。ともかく志貴、その力は俺とお前だけの秘密だ、いいな」
「はい」
志貴に異存はなかったこんな悪魔みたいな力おいそれと解放なんてしたくない。
特に母や翡翠に琥珀の前では絶対に・・・
「ただ志貴、力の解放・封印の訓練は定期的・・・いや毎日と言うべきか?行った方が良い」
「えっ?どうしてですか?」
「以前言ったと思うが。鍛錬で得た技法はその鍛錬を怠れば崩れ去るほど脆く弱いものだ」
「はいそれは聞きました」
「だとすれば・・・怠れば封印が上手くいかない可能性があるかもしれない」
「!!・・・」
志貴はぞっとした。
あの線と点に囲まれての生活なんて絶対にいやだ。
「まあ、やっておいて損はねえだろう」
「はい」
「よし、では訓練に入る。志貴構えろ」
「はい・・・」
その瞬間志貴と黄理は各々の得物を構え次の瞬間よりぶつかり合った。
これが誰にも知られる事のない・・・しかし、後の世にどのような者でも知る事となる『真なる死神』の降臨であった。
紙一重の結末の違いより変貌を見せた歴史はこうして黎明を迎えた。
しかし、川にまっすぐ進まぬ澱みが存在するように、歴史にも澱みは存在する。
ここより歴史は二年の停滞に入り根源の力を手に入れた少年に休息の時が訪れる。
これは歴史がこの少年に与えたもうたささやかな恩恵であろうか?
なぜならこの後この少年は、想像すら出来ぬ苦難と死闘の狭間で苦悩する事となるのだから・・・
後書き
一章『黎明』いかがでしたでしょうか?
最初はあっさりとした感じで始めたのですが、あれよあれよと重い感じになってしまいました。
これからの予定としては二章『導となる少年』を開演させます。
話の構成としては終章まで五章形式で行います。
長い話となりますがお付き合い下さい。