「ねえ志貴ちゃん・・・大丈夫?」

「すごく重いよ」

「う・・・うん・・・だ、大丈夫だよ」

二人の手前弱音を吐けなかったが・・・本気で重い・・・何が入っているんだろう?

二『翡翠・琥珀・・・そして家族』

歩き始めてから二・三時間、ようやく里に帰ってきた志貴に翡翠と琥珀は心配そうに声を掛ける。

何しろ志貴は二人の荷物を一度も下ろす事無くここまで歩いてきた。

施設の大人すら一つずつ両手で持っていた物を志貴は二つとも持ちながらだ。

心配もするものだ。

「よう!!志貴」

「あっ志貴、何処行っていたんだよ!」

「皆!」

と、そこに志貴に気付いたのか、同年代の七夜の子供達が集まってきた。

志貴は七夜の子供達の中では人気者だ。

特に女の子の間ではちょっとしたアイドルと言った所だろう。

その技量もさる事ながら、その人柄・性格は悪意を持って迎えられる事はなかった。

「しーちゃん、その子達は誰?」

「あっほんとだ。この里の子じゃないよね」

「この子達は翡翠ちゃんと琥珀ちゃん」

「ああ!!父ちゃんが言っていた、『今日来る新しい友達』ってこの子か!!」

「そう!!」

「えーと、どっちがどっちなんだよ志貴?」

「えーーと・・・」

「「し、志貴ちゃん」」

志貴は二人の顔をまじまじと見ると、

「こっちの子が琥珀ちゃんで、こっちの子が翡翠ちゃん」

そう言いながら正確に当てていく

「琥珀ちゃん、翡翠ちゃん、ここにいるのが僕の里の友達」

「え・・・えっと・・・こ、琥珀です・・・」

「翡翠です・・・」

二人とも堅くなって挨拶したが直ぐにそれは吹き飛ばされた。

「きゃー可愛い!!」

「よろしくね!!翡翠ちゃん、琥珀ちゃん!!」

「じゃあ早速遊ぶか!!」

「あっ、その前にとう・・・御館様に二人を連れて来た事を報告しなくちゃいけないからその後に」

「そっか・・・」

「あれ?そう言えばさ、今は訓練の時間じゃなかったっけ?」

「うん・・・そうだったんだけど・・・」

「今中断してる」

「なんで?」

「父ちゃん達、『御館様と奥様の喧嘩が始まった』って聞いた途端そっちに行っちゃった」

「ええっ!!父さんと母さんが?」

志貴は心底驚いた。

志貴自身が記憶している限り父と母が喧嘩なんかするなんて、聞いた事がない。

「何かの間違いじゃないの?」

「いや、確かにそう聞いたぜ。そうしたら父ちゃん達『久しぶりに始まったぞ!!』って嬉しそうに行っちまったけど」

「???」

もう何が何だかわからないが、ともかく

「ともかく、一旦家に戻ってみる。翡翠ちゃん、琥珀ちゃん!!ここに少しいて!!」

そう言うと、荷物を降ろし屋敷に向けて走り始めた。

「あっそうそう!父ちゃん達、『屋敷の半径五十m内に入るな』って言っていたからなー!!」

そんな声を背に受けて。







屋敷に近付くにつれ、大人の数が増えてきた。

「おっ、志貴帰ってきたのか?」

「叔父さん!!」

そんな志貴に声を掛けたのは黄理の兄で志貴の叔父に当たる七夜楼衛であった。

「屋敷に戻るのか?」

「うん・・・父さんと母さんが喧嘩しているって聞いたから・・・」

「ああ、心配するなあれはただのじゃれ合いだ。もうそろそろ決着もつく」

「えっ?じゃれ合い?」

「お前が生まれる前は、けっこうしていたものだ。里の連中もどちらが勝つか賭けをして、娯楽として成立していた。お前が生まれてからはこれが初めてだろうな」

「えっ?でも、母さん、病弱じゃあ・・・」

「それは七夜の中ではな、ただし、世間一般では十分丈夫と言える。あれは」

「そ、それに父さんが本気を出したら・・・」

「あいつがそんな事するか。それに黄理は連戦連敗だからな。おそらく相性が悪いんだろう」

そんな叔父の言葉に唖然としていると、木に雷が落ちた様な轟音が響いた。

無論空は晴天。

雷など何処にも落ちていない。

「おっ決着がついたか?」

そんな声が辺りから聞こえてくると、奥の森からどこかすっきりした真姫が出て来た。

それに少し遅れて首の部分をさすりながら黄理が出て来た。

「おっ今回も御館様の負けのようじゃな」

「これで御館様の三十連敗か」

「御館様、もう少し頑張って下さい。これじゃあ賭けになりません」

「黄理、お前本当に真姫とは相性悪いな」

そんな黄理に大人達は言いたい放題言っている。

「お前らな・・・」

「あらっ!!志貴!!」

そこに真姫が息子の事に気付いた。

「お帰りなさい。志貴」

「う、うん・・・ただいま・・・ね、ねえ・・母さん今、父さんと喧嘩していたの?」

志貴が悲しそうに聞くと、真姫は志貴と同じ視線までしゃがむと、

「何言っているの?あれは御館様と私の定期的な訓練の様なものよ。喧嘩なんかする訳無いじゃないの。誰かしら?そんな変な事、私の志貴に吹き込んだのは?

真姫が周囲を見渡すと、父を除く周囲の大人達は叔父も含めて全員姿を消していた。

「あらら、困ったわねぇ〜こうなると皆さんにお礼しないと・・・」

笑っていない笑みを浮かべる母に志貴は本能で恐怖を感じた。

それは父も同じだったらしく目の会話で

(志貴母さんは怒らせるな。地獄を見るぞ)

(うん・・・わかった父さん)

暗黙の了承がかわされた。

「それよりも志貴・・・あの二人は?」

「あっ!!いけない!!直ぐに連れて来るよ!!ちょっと待ってて!!」

そう言うと、志貴は直ぐに翡翠と琥珀を待たせているであろう場所にとって引き返したのだった。







五分後屋敷の前に志貴に連れて来られた琥珀と翡翠がいた。

「うわぁ〜大きなお屋敷」

「こ、ここに住むの?」

「うんそうだよ」

そう言いながら志貴が玄関から上がる。

「じゃ二人とも上がって」

「う、うん・・・」

「お、お邪魔・・・します・・・」

すっかり固くなって屋敷の中に入る二人を志貴は優しく先導し、奥の座敷に案内した。

そこには、先刻とは打って変わって当主としての空気に満ちた黄理と真姫がいた。

志貴も場の空気を読むと父と息子でなく当主とその部下の顔に変わり

「御館様、大変遅くなりました。御館様の命を受け巫淨の分家が娘、姉琥珀、妹翡翠連れてきましてございます」

「「えっ・・・し、志貴ちゃん・・・?」」

志貴の変貌に、二人が思わず驚いて志貴を見るが直ぐに重い声が響き渡る。

「ご苦労だった志貴。俺が七夜当主、七夜黄理だ」

「妻の七夜真姫にございます」

「お前達は今日よりここに住まう事になった。異存はあるか?」

「い、いえ・・・ありません・・・」

「わ、わたしも・・・ありません・・・」

余りに重く厳格な空気だったのだろう。

二人ともガチガチに緊張しかろうじてそう答えた。

眼にはうっすら涙すら滲ませている。

「そうか・・・」

黄理がそう言った瞬間、空気が一変した。

「じゃあ父さん改めて紹介するよ」

「ああ頼む志貴。正直な話俺はどっちがどっちかわかりゃしねえ」

先程とまた打って変わった志貴に黄理も気さくに言い返す。

「「????」」

すっかり混乱している二人を他所に志貴がやはり二人の顔を見る。

「えっと・・・こっちの子が琥珀ちゃんで、こっちが翡翠ちゃん」

「なるほど・・・服の色の違いか?」

「違うよ父さん」

「御館様何を言っておられるのですか?志貴は眼の色で判断したのでしょう?」

「うん!琥珀ちゃんと翡翠ちゃんすごく綺麗な眼をしているから」

「なるほどな・・・さて二人とも」

「「!!は、はいっ!!」」

再び黄理に声を掛けられ緊張する二人だったが、黄理はこちらも穏やかな声で

「先刻は済まなかったな。最初の儀礼はやる事に決まっているものだからな。改めて自己紹介しよう。七夜当主、七夜黄理だ」

「妻の七夜真姫よ、翡翠、琥珀」

「「よ、よろしくお願いします・・・」」

「そんなに緊張するな。今日よりここはお前達の家であり、俺達はお前達の新たなる家族だ」

「えっ・・・」

「家族?」

「そうよ、二人とも」

「「あっ・・・」」

すっと近寄ってきた真姫が二人を優しく抱き締める。

「色々と辛い事があったでしょう?」

「・・・うん・・・」

「悲しい思い出もあるのでしょう?」

「・・・は、はい・・・」

「それをたった二人で頑張って耐えてきたのでしょう?」

「「う、うん・・・」」

「でも、もう、そんな思いをしなくても良いのよ。もう耐える必要は無いのよ。甘えたいなら思いっ切り甘えて良いのよ。泣きたい時にはうんと泣いて良いし、笑いたい時にはたくさん笑いなさい。全部私や御館様に志貴、それに里の皆が受け入れてくれるわ。我慢する必要は全く無いわよ。ここは貴女達の新しい故郷だし、この家は新しい家、そして私達は皆貴女達の新しい家族なんですから」

まるで諭す様に、あやす様に優しく響く真姫の言葉に

「うっうっ・・うえええええん・・・」

「ううう・・・えーんえーん・・・」

感極まったのだろう。

静かに真姫の胸に顔を押し付けて二人は泣き出してしまった。

「・・・御館様・・・」

その光景を眼を細めて見ていた黄理と志貴だったが、不意に志貴が父に呼びかけた。

「?どうかしたのか?志貴」

「少しお話が・・・」

「・・わかった・・・真姫、二人は任せる」

「畏まりました」







そのまま、二人は当主の間に入った。

「さて志貴、話とは何だ?」

「はい、実は・・・」

と志貴は、駅で襲撃を受けた事を事細かに話した。

「なるほどな・・・混血か・・・」

「はい・・・おまけに人払いの結界まで張っていました」

「お前に気付かれずにか・・・相当の手だれと見るべきか・・・」

「でも、父さん、あのおじさんそんなにたいした相手じゃなかったと思うけど」

「それは当然だ」

黄理は珍しく苦笑する。

「今のお前が対等に相手出来るのはこの里でも数えるほどしかいないからな」

「そうなの?」

「ああ、まあしかし・・・それは置いておこう。それよりも問題はその連中の目的だな」

「はい・・・」

「で、志貴・・・その刺客は翡翠と琥珀の確保とお前の殺害を任されたと言っていたんだな?」

「直接には言っていません。ただあのおじさんの言葉から考えてです・・・」

「なるほどな・・・わかった。その点については俺の方で調査する」

「はいお願いします御館様」

「さて・・・話は終わった所で志貴」

「はい」

「お前昼の訓練は休みで良い。二人を案内してやってくれ。」

「案内ですか?」

「ああ」

「わかったよ父さん。じゃあ早速行って来る」

「ああ気をつけて行って来い。それと志貴、今夜の訓練からお前に教える技を四つ加える」

「ええっ!!また増えるの!!」

その言葉を聞き喜ぶ志貴。

「ああ、もうお前は『七技』を会得した。後は反復練習を繰り返せば良い」

「はいっ!!」

そう言うと、志貴は元気良く飛び出す。

「・・・やれやれ・・・もうこいつまで教えるとはな・・・」

黄理は一人となった部屋でそう嘆息した。

息子の成長を喜ぶ反面、息子の底の知れない才能に僅かながらの不安を覚えながら・・・







その頃、いまだ泣き続ける二人を真姫は優しく温かくあやしていた。

「よしよし・・・さあ二人とも落ち着いた?」

「はい・・・」

「ありがとうございます・・・私も翡翠ちゃんもこんな事言われたの初めてで・・・」

「良いのよ、貴女達は私の新しい娘なんですから・・・でも、そうなると志貴と結婚できないかな?」

「「ええっ!!結婚!!」」

「ええそうよ、志貴にこんなに可愛いお嫁さんが二人も出来たんですから私も母親として鼻が高いわ」

「で、でも・・・」

「志貴ちゃんと私が・・・」

「あら?ひょっとして嫌なの?」

「「そんな事ありません!!!」」

「じゃあ問題ないわね」

「「・・・・・・(真っ赤)」」

そんな事を言っている間に志貴が戻ってきた。

「母さん」

「志貴、御館様とのお話は終わったの?」

「はい、それで、翡翠ちゃんと琥珀ちゃんを里の中を案内してくるよ」

「そう、気を付けて行ってらっしゃい。今日は二人の歓迎会だから腕によりを掛けてご馳走作りますから」

「はい、じゃあ翡翠ちゃん、琥珀ちゃん行こう」

「「うん!!」」

「じゃあ行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」







そんな楽しい時間も瞬く間に過ぎ、夜となった。

「御館様、遅くなりました・・・??御館様、これは?」

『七夜の森』のさらに奥、志貴と黄理のいつもの修業場に、志貴が姿を現すとそこには見慣れぬ人形が複数置かれている。

「来たか・・・さて志貴始めるとしよう。まずは・・・昼言った新しい技の件だ。これより俺が見せてやる・・・七夜暗殺技法最高傑作『七夜死奥義』を」

そう言うと、黄理は懐よりいつもの撥ではなく、『七つ夜』と同じサイズの短刀を一本取り出すと、己の体を極限まで捻る。

そして、力の一滴すら無駄にせず、短刀に力を乗せて投擲する。

―極死―

その反動で後ろを振り向いたがそれすらも利用し、上空高く跳躍する。

そして、短刀が寸分の狂いなく人形の胸を貫通すると同時に天空より影が躍り掛かる。

―七夜―

次の瞬間、生木のへし折れるいやな音が響き渡り、人形の首は黄理の手中にあった。

「これが『極死・七夜』。死奥義の原型」

そう言うと、再び短刀を取り出し二体目の人形に同じ動作で投擲し、跳躍する。

―極死―

再び人形に影が覆われたが、今度は人形が浮いた。

黄理が着地の瞬間両腕を振るう事で人形を天に舞わせた。

そこから黄理は再度跳躍すると、右腕で人形の首、左腕で両足首をそれぞれ捕らえ、両膝は背骨の中心部に当てられ、地面に激突した瞬間、

―雷鳴―

激突の衝撃と、一点に集結した黄理の体重で人形は真二つにへし折られていた。

「志貴見たな『極死・七夜弐式』正式名称『極死・雷鳴』・・・次」

三度同じ投擲、同じ跳躍が夜を彩る。

―極死―

再度人形は影に覆われ今度は首の部分よりへし折れる音も聞こえた。

しかし、そこから人形は更に宙に舞い、追うように黄理はまさしく蜘蛛の如く浮いた人形を駆け昇り、両手で足を捕らえ、両足は両腕の脇の部分を押さえ込み、その体勢で地面に人形の頭から激突した。

―落鳳破―

人形の頭の部分は完全に潰され、辺りには木の破片が散らばっている。

これが本物の人間ならば血と脳髄が飛び散った事だろう。

「『極死・七夜惨式』正式には『極死・落鳳破』だ・・・そして最後は」

四度目の投擲と跳躍が始まった。

―極死―

人形は弐式・惨式と同じく宙を舞う。

しかし、黄理は首を捕らえていなかった。

両足で脇腹を捕らえ、両腕の力のみで人形もろとも上空高く飛び上がる。

そこより黄理は重力を無視したかのように自身が上になると、人形を海老ぞりにさせ、両足を腕でロックした。

更に『閃走・六兎』を零距離で放ったのか、黄理の足が人形の胸部分を貫通した。

その体勢のまま地面に激突する。

その瞬間、轟音が四度森を慄かせる。

―屠殺竜―

人形は心臓を蹴りで打ち抜かれ、腰の部分より二つに割れ、頭部は潰された。

首など当の昔に潰されている。

ここまでされて、生きている者などいる訳がないだろう。

「・・・ふう・・・志貴、これが『極死・七夜死式』、『極死・屠殺竜』。『七夜死奥義』の最高傑作にして最終系だ」

「・・・」

志貴はただ沈黙を守っていた。

「・・・ふう・・・おい志貴」

「!!は、はい!」

「見ていたな」

「はい・・・すごくて・・・きれいで・・・」

志貴の言葉は順序がなく、彼には珍しく興奮していた。

無理もない。

志貴の年で死奥義を間近で見る事など前代未聞と言うより他ない。

「まあ、まずは『極死・七夜』を完全に会得しろ。先も言ったが『死奥義』の原型が『極死・七夜』だ。あれを完全に物にしない限りは、『雷鳴』・『落鳳破』・『屠殺竜』も不恰好な『死奥義』と呼べるものではない代物が出来る」

「はい、『基本は大切にしろ』御館様がいつも申していたお言葉ですね」

「そうだ・・・さて、志貴『死奥義』の伝授はここまでだ。いつもの訓練に入る」

「はい」

「構えろ」

「はい」

その言葉と共に志貴は『七つ夜』を黄理はいつもの撥を構える。

後は言葉もなく双方共にぶつかり合った。







歴史が変貌を遂げる・・・

それはありとあらゆる人間の運命を変えるもの・・・

ある歴史では家族を失った男はこの歴史では失わず、己の内に秘めし才を開花させる。

しかし、必ずしも歴史が全て変わる訳でもない。

時は再び満ちた。

三度の停止に入ろう・・・

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