さて・・・語るとしよう変貌を遂げつつある歴史を・・・



一『七夜での日々』



遠野家による七夜一族襲撃の報は魔・退魔双方に衝撃を与えた。

そして更に襲撃失敗、遠野方は当主遠野槙久を含めて全員死亡という凄惨な事実は更に深刻な衝撃を与えた。

その後、遠野に縁のある者達の七夜再襲撃があるかと思われたがそれも鳴りを潜めた。

理由は簡単である。

七夜は再び退魔に復帰したのだ。

ただし元の組織に復帰したのではない。

七夜が独自の退魔組織を新たに創設したのだ。

後に『七つ月』と呼ばれ魔から恐れられる事となる退魔組織である。

それは退魔組織に深い衝撃を再度与えた。

いかに組織から離れ久しいとは言え、七夜は退魔側にしてみれば未だ絶対的な戦力だ。

その最大の味方が独自の組織を編成した事に彼らは恐れ戦き、我先にと『七つ月』と同盟関係を結んでいった。

一方遠野側はと言えば、当主の死に大きな混乱を見せており、ようやく有力な分家久我峰・刀崎が後見人として槙久の長男七歳の遠野四季が当主に座る事で沈静化した。

その頃には七夜は『七つ月』として数多くの退魔組織と同盟を結び迂闊に手を出す事が出来ない状況となっていた。

こうして遠野と七夜の抗争は一旦の終焉を迎えた。







夜の森にて二つの人影が走り抜けていく。

唐突にその内の一つが姿を消す。

それに釣られる様にもう一方も姿を消した。

次には

―閃鞘・八穿―

一方は上から下に斬り付け、もう一方は

―閃鞘・伏竜―

逆に下から上に切り上げる。

涼やかな音とともに二つの人影は交差し離れる。

また双方は姿を消す。

―閃鞘・七夜―

―閃鞘・双狼―

一直線の斬撃に襲い掛かる様に左右から斬撃が襲い掛かる。

それを間半髪で潜り抜け、体勢を整える。

しかし、その時にはかわされた方が間合いを詰め、

―閃鞘・十星―

冷酷非常なる十の刺突を叩き込もうとする。

それに相手は即座に反応した。

―閃鞘・八点衝―

斬撃の雨が刺突の侵入を防ぐ。

暫しの間森に、涼やかなる音が鳴り響く。

そしてそれが終わると同時に

「・・・よし、今夜はここまでとする」

一方が口を開くと同時に構えを解く。

しかしそれでも一分の隙も無く、背後の攻撃にも即座に対応できるだろう。

それに対して

「・・・ぜえ・・・ぜえ・・・あ、ありがとうございました」

もう一方は肩で息をして、今にもぶっ倒れそうであった。

無理も無い。

この一族の中でも最強と呼ばれる鬼神相手に最初から全力、それも三時間ぶっ続けて行ってきた。

神経は磨耗し体力も限界に近い。

それでも頑張って立っていたが、歩き出そうとした時に不意にふらついたが、それを支えるように影が寄り添った。

「・・・もう限界だろう?良くやった方だ。寝てろ志貴」

「う・・・ん・・・・父さん・・・・」

そう言いながら眠りについた七夜志貴を抱えながら七夜黄理は暗殺者から父親に変わり屋敷へと帰還していった。







あの日より半年余りが経った。

その間黄理は一族の主だった者と協議し、『これ以上の襲撃を防ぐにはもう一度組織の庇護下に置かれるしかない』と言う意見を纏めその代替案として、七夜独自の退魔組織『七つ月』を発足、他の組織の援助を請うという奇策に出た。

理由としては遠野の襲撃の際、組織は買収されている。

そんなところに、再び自らの命を預けるほど彼らは酔狂ではなかった。

そして、今の所はその目論見は成功し、七夜の力を頼る退魔組織が我先にと同盟を結んでいった。

そしてそれが一段落すると、彼は息子志貴に自分が会得した全ての技法の継承を開始した。

彼自身は全て完遂するのに最低五年は必要と思っていた。

しかし、息子の技量は父親の期待を凌駕していた。

日頃は静かで穏やかで里の子供達に懐かれ、好かれ、慕われている子は超一流ともいえる暗殺の素質をも受け継いでいた。

彼は僅か三ヶ月余りで七夜の奥義とも言える『閃の七技』全てを会得してしまった。

無論型を一通り覚えたと言うだけに過ぎず、未だ黄理の様な芸術品の域には達していない。

それでも、まだ十にもならない子供が『七技』全てを会得したというのは前代未聞と言う他無い。

ただ志貴自身はその事実は知らない。

と言うもの、志貴は今現在同年代の子供達と修行は行っていない。

もう志貴の技量は同年代と比較するのも馬鹿馬鹿しいほど上昇している。

そこにおいても志貴を天狗にし、他の子供達に少なからずショックを与えてしまう。

そこで、志貴の修行には黄理自身が直に行う事にした。

(しかし・・・)

屋敷への帰路、黄理は健やかに眠る息子を見やる。

(俺と違うと思っていたが根の部分は同じだったか・・・)

彼自身これほどの素質を息子が持っていたのは予想の域を超えていた。

この分だと、五年どころか、三年で継承は完遂するだろう。

後は体作りをしっかり行えば、問題無い。

今は会得した技量に体が追い付いていないだけだ。

近い将来彼は自分を超えていくだろう。

暗殺者としても、人間としても・・・

その様な事を考えている内に彼は屋敷の門を潜っていた。

「御館様、お疲れでございました」

「ああ、志貴を頼む」

「はい、あらあら、この子ったら・・・」

妻に息子を渡そうとした時不意に妻がくすくす笑う。

「どうした?」

「見て下さい。この子ったら・・・『七つ夜』をしっかり握って離しませんわよ」

「??ああ、そうか・・・こいつよほどこれを気に入ったのか?」

そう言いながら夫婦は息子と、その手にしっかりと握られた鉄の棒を見比べて笑う。

それは三ヶ月前、七夜志貴が七才の誕生日を迎えた時黄理が志貴に贈った志貴の・・・志貴だけの武器であった。

刃自体は七夜に代々から伝わる宝刀を用い、傷み出した柄を交換して新たなる柄として飛び出し式の仕込み短刀とした。

名も『七夜志貴が七歳の夜に手に入れた短刀』と言う事で『七つ夜』と極めて安易な名を付けた。

しかし、当の志貴はいたく気に入って、最近では『七つ夜』と共に生活していると言っても過言ではない程志貴は『七つ夜』を肌身離さず持ち歩いている。

「やれやれ・・・こんなに喜ぶならもう少し造りを頑丈にすれば良かったか?」

そう嘯く黄理であったが、『七つ夜』は極めて頑丈に創られている。

「では私は志貴を部屋に」

「頼む」

そう言いながら妻は一礼する。

「さてと・・・」

そう言い自分も自室に戻ろうとした時不意に呼び止められた。

「御館様」

「どうした?」

「お話が」

「なんだ?」

「実は・・・」

「ああ、待て待て、ひとまず俺の部屋で話を聞こう。あいつも志貴を部屋に寝かせたら直ぐに来るから」

「ははっ」







やがて妻が自室に入ると、黄理は話を促した。

「で、話というのは何だ?」

「はい、実はある組織から子供を二人預かってくれと打診が出ておりまして御館様のお耳に入れようかと思いまして」

「はっ?どこの酔狂だ?七夜は託児所じゃあないんだが」

「御館様、話しは最後まで聞きましょう」

内容に思わず愚痴を言う黄理だったがやんわりと妻に窘められた。

「それもそうか・・・で、何で七夜に?」

「は・・・実はその二人は元々遠野側に引き取られる予定でしたが・・・」

「なに?遠野だと?」

「はい、この二人、巫淨(ふじょう)の分家の娘でして・・・」

「なに?巫淨と言うとあの巫淨か?」

黄理は心底驚いた。

巫淨と言えば七夜・両儀・浅神と並ぶ古くからの退魔の血筋。

「何故魔の遠野が退魔の巫淨を?それにどうして巫淨本家は手をこまねいている?」

「おそらくは感応能力目当てでしょう?表に出てはおりませんが遠野の当主は代々先祖返り・・・『紅赤朱』による後遺症で苦しんでいると言う情報ですから。あと、本家はどうもこの二人を切り捨てる腹ではないかと」

「どう言う事だ?」

「何でもこの二人の母親が一族の禁を破ったので親子共々追放としたと・・・」

「なるほどな・・・あそこの掟は同じ退魔から見ても訳の分からんものだったが・・・それにしても遠野の奴らは・・・そんなのは遥か祖先が魔と混血を果たした責だ。それを他所に押し付けると言うのか?」

「ですが、前当主遠野槙久は子煩悩と言う事でしたので、己の為以上に子供の為では無いかと・・・」

「・・・そうだとしても許せる事ではありません」

沈黙を守っていた七夜真姫が口を開いた。

全身に怒気を纏っているのが嫌でも分かる。

「その子達は何歳なの?」

「はっ・・・丁度志貴様と同じ年です」

「??二人共か?」

「はい、双子の姉妹です」

「では遠野は自分と家族の為にそのような子達を犠牲のすると言うのですか?感応と言えば性交による体液の交換が本契約と伺っています!その様な事を年端も行かぬ子供に!!!

「真姫落ち着け」

「!!・・・申し訳ございません。少々熱くなり過ぎました」

頭を下げて謝罪する妻を黄理は責めようとはしなかった。

息子意外の他の子供達にも、極めて優しく甘いのが彼女だ。

自分の子でなくとも志貴と同じ年の子供がその様な目に合うのは到底許せないのだろう。

かく言う黄理本人も不快感を覚えずにはいられないものであったが。

「だが、遠野に引き取られる予定であったその子達をなぜ七夜に?」

「はっ、前当主の死で遠野もかなりの混乱を見せて、ようやく次の当主が決まった今でもその余波は収まりません。おそらく今はそんな暇は無いと言う事かと」

「つまり連中は七夜を一時的な預かり程度としか見ていないと言うわけか・・・」

「はっきりとは仰いませんでしたがその様な空気が流れておりました」

「・・・・・・」

「御館様」

「分かっている・・・その組織に伝えろ。その二人は七夜黄理と七夜真姫が自分の娘として育てるとな」

すなわち預かりではなく正式に養子なりにして引き取ると言う事であった。

「ははっ・・・」

「それで、その二人の名は?」

「はっ・・・姉が琥珀、妹が翡翠と言います」

「分かった。とりあえずその旨を伝えろ。拒絶の時には『七つ月』はてめえらからの同盟を破棄すると位は吹っかけて来い」

「畏まりました」

そう言うと影のごとく消え失せ後にはいつものように夫婦二人が残されていた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

二人とも暫し無言を通したがやがて

「・・・賑やかになりそうだな・・・里もここも・・・」

不意に洩らした黄理の言葉に妻も

「ええ」

にっこり微笑んで返しただけであった。







それから数日後七夜志貴はなぜか里を下り麓の町に出ていた。

「えーーっと確か駅にいる女の子で・・・」

誰か人を探しているようだった。

と言うのもその日の朝・・・というよりは夜明け前、彼はいきなり父親に文字通り叩き起こされ、

「これから直ぐに町に下りてこれから渡す紙に書いてあった通りの特徴を持つ双子の姉妹を連れて来い」

と、有無を言わせず送り出されたのだった。

ちなみに、それに関して妻といさかいを起こし、夫婦喧嘩に発展したのは志貴の知らない話である。

「これだけで分かるのかなぁ・・・」

志貴はもろに不安がった。

それもその筈。

何しろ黄理が渡したのは『双方とも髪は赤毛、瞳の色は姉が薄い黄色、妹が淡い空色。名前は姉琥珀、妹翡翠』のみであった。

「これで分かるんだったら、ぜひとも父さんが探して欲しいな・・・??」

そこまでは父親に対しての愚痴を言っていた志貴だったが、不意に自分に感じる視線を感じた。

それもかなりの悪意・・・いや殺意に満ちたものを。

反射的に『七つ夜』を構えようとしたが不意に母親の注意が脳裏に甦った。

(志貴、『七つ夜』は決して一族の人以外で見せてはいけませんよ。そうすると怖いおじさんに『七つ夜』を取られてしまいますよ)

(そうだった。母さんが言っていたな)

そう思い直し『七つ夜』を懐に収め直した。

もっとも、よほどの相手で無い限り『七つ夜』を抜く事は無いのだが。

「さてと・・・急いで探して帰らないと・・・今日は皆と、遊ぶ約束も・・・ん?」

志貴の視線にある一組の女の子に定まった。

それは見事に父が渡した容姿の特徴を持った顔立ちの同じ女の子だった。

二人は一方は薄いピンク、もう一方は淡い緑、それぞれ色違いのワンピースを着て自分の体と同じ位の鞄を地面に置いてどこか遠い所を眺めている。

「あの子達かな?」

何故か目を離せずにそう言うと、志貴は真っ直ぐにその子達に近付いていった。






「・・・お姉ちゃん」

不意に翡翠ちゃんが私に話し掛けてきました。

「どうかしたの?翡翠ちゃん」

私は内心に覆う不安を吹き飛ばす様にあえて明るい口調で言った。

「・・・どんな人だろ?私達を引き取ってくれる人って?」

やっぱり・・・いつもは活発な翡翠ちゃんが塞ぎ気味だったのはその事が不安だったんだ。

「大丈夫だよ。翡翠ちゃん、きっと良い人だよ。」

「うん・・・そうだと良いけど・・・」

私の励ましにも翡翠ちゃんはどこか遠くを見ている。

無理も無かった。

私達は幼い頃お母さんを亡くした。

お父さんがどんな人なのか私は知りません。

その後、親戚の人に預けられたけど、その家ではいつも苛められた。

『お前達はいらない子だ』と、何度も罵られた。

いったい私達は何日人知れず泣いたんだろう?

何回翡翠ちゃんと叫んだんだろう?

「「お母さん助けて・・・」」と・・・

暫くして親戚からあるお屋敷に引き取られる事になった。

その時は別に何処でも良かった。

この家から抜け出せるなら何処でも良かった。

でも、お屋敷には行けなくなった。

急に、『引き取れなくなった』と言う事らしい。

私も翡翠ちゃんもまたあそこに戻るのかと思いと嫌で嫌でたまらなかった。

でも幸運なのかあそこには戻らずどこかの施設に入れられた。

そこの人に『お屋敷に行けるまでここにいてね』と言われたがそんな事はどうでも良かった。

あそこから抜け出せるなら何処でも良かった・・・

その内、ある人が私達を引き取ってくれると言う事で、今日私達は施設の人と一緒にここまで来た。

施設の人はもういない。

『ここにいれば直ぐにお迎えの人が着てくれますよ』と、言い残し帰ってしまった。

まだ五分経っていない。

それでも私にも、もちろん翡翠ちゃんにもそれは永遠に近い時間に感じた。

今度の人はどんな人だろう?

私達を受け入れてくれるのかな?

苛められないかな?

ただそれだけが頭の中でぐるぐる渦を巻いて不安で押し潰されてしまう。

そんな時だった。

「あのすみません・・・」

その声に私たちが振り返るとそこには私達と同じ年位の男の子が立っていた。

お空みたいに青くて綺麗な眼をした、見ているだけで春の日差しの様にぽかぽか温かくなれそうな男の子が・・・







私はその男の子を見た瞬間全ての不安が消し飛ぶのをはっきりと覚えた。
それはお姉ちゃんも同じ事を感じたに違いない。
だって・・・いつも私を守っていてくれたお姉ちゃんの、あんなに安心しきった顔なんか見るの初めてだったから・・・






「あの・・・すみません」

志貴はそう言ったものの、二人同時に見られた所為で、次にどう言えばいいのか分からなくなってしまった。

取り敢えず、

「えーーっと・・・翡翠ちゃんに琥珀ちゃん?」

名前から聞く事にした。

「う、うん・・・」

「は、はい・・・」

そこで肯定の言葉を聞きようやく笑顔になる。

「よかったぁ〜違っていたらどうしようかと思ったけど、えっと、僕は七夜志貴。君達を迎えに行けって父さんに言われてここに来ました」

「えっ?・・・」

「と・・・言う事は志貴ちゃんとこれから一緒に暮らせるの?」

「へっ?・・・志貴ちゃん?」

「うん、だって志貴ちゃんは志貴ちゃんでしょ?」

「うん・・・ごめん、そんな呼び方をされるなんて思わなかったから」

「じゃあ志貴ちゃんでいいでしょ?」

「う、うん・・・」

「じゃ・・・じゃあ私も志貴ちゃんって呼ぶ。」

「え・・・えっと・・・どっちが琥珀ちゃんでどっちが翡翠ちゃんなの?」

「あっあたしが翡翠」

「私が琥珀です」

「ふーーん」

そう言いながら志貴は二人の顔をまじまじと見る

「??どうしたの・・・?志貴ちゃん」

「何かついてるの?」

「あっ!ご、ごめん・・・二人とも綺麗な眼をしてたからつい・・・」

「「ええっ!!綺麗?」」

「うん、琥珀ちゃんの眼はタンポポのようだね」

「・・・・・・(ポーーーーーーーー)」

「それに翡翠ちゃんは僕のうちにある小川の澄んだ水のようだね」

「・・・・・・(ポーーーーーーーー)」

「だから僕、琥珀ちゃんか翡翠ちゃんかは眼を見て・・・あれ?」

志貴は二人を見分けられる方法を見つけたので、それを伝えようとしたのだが・・・いままで眼の事を綺麗と言われなかった二人には想像以上のダメージを与えた。

真っ赤になって先程の志貴の台詞が頭の中で輪唱され、夢心地になっている。

歴史がどう変わろうとも変わらぬものもある・・・志貴の天性とも言える女性篭絡術もその一つであった様だった。

「あれれ?どうしちゃったんだろう・・・里の女の子達もこんな風になる事が多いし・・・」

この加害者には自覚と言うものはない。

ただ純粋に思った事を言うに過ぎないのだ。

しかし、こうやって磁石の如く女性を引き寄せ、魅了する男がいる事もまた事実である。

「・・・取り合えず二人の荷物は僕が持とう。母さんにも『女の子に重い物を持たせてはいけません』って言われてるから・・」

そう言いながら未だに帰還しない二人の荷物を志貴が持とうとした時、再びあの悪意と殺意に満ちた視線を感じた。そしてそれは実際に志貴の目の前に現れた。

それは黒い背広に黒いネクタイ、黒いサングラスと、明らかに裏の世界に身を置く人間であろう事は容易に推察できた男だった。

「・・・七夜志貴だな?」

「・・・そうだよ。なに?おじさん」

志貴は先程までの温厚な少年から七夜に変貌を遂げた。

そしてその声は翡翠と琥珀を正気にさせ、二人はその男を一目見て怯えて、志貴の背後に隠れる。

「その娘達を渡せ」

「いやだ。この子達はこれから里に連れて行く。そして皆と遊ぶんだ」

「ほう・・・ガキの癖に生意気言いやがって・・・まあ良い。どうせ依頼主からはお前の処分も頼まれていたからな」

そう言うと男は拳銃を取り出す。

それも消音装置付きのものだ。

「後ろのガキ、お前らはその坊主から離れな。痛いのはいやだろう?」

どすの聞いた声に、二人は足がすくんで動けない。

そこに志貴本人が先程と同じ優しく暖かい声で

「大丈夫だよ。二人とも少し隠れていて」

その志貴の言葉に安心したのか、直ぐに近くの駅の構内に隠れる。

「へっ、大人の言う事は素直に聞くもんだったとあの世で後悔しな」

優越感に満ちた表情で男は引き金を引こうとする。

しかしその時、彼は気付くべきであった。

志貴に恐怖どころか怯みの色すらなかった事を。

「おじさんこそ後悔した方が良いよ。七夜を敵に回すって事がどういう意味なのかを」

その瞬間志貴は姿を消した。

「!!」

男が辺りを見渡すと

「・・・遅過ぎるよ」

懐からその声が聞こえてきた。

―閃鞘・一風―

次の瞬間男は自分より二周り小さい子供に投げ飛ばされていた。

鈍い音と共に男は背中から地面に叩きつけられ、その上から志貴が圧し掛かる。

「おじさん、今のは手加減したんだよ。本当だったら頭から落としたんだから・・・さて教えてよ・・・おじさんにこんな事を頼んだのって一体誰なの?」

志貴は静かな口調でそう尋ねる。

一方の男は自分の子供と同じ位の少年に明らかに恐怖していた。

その静かな口調から感じられる、殺気は到底七才の子供の出せる代物ではない。

(こ、これが七夜・・・)

「それに・・・おじさん普通の人じゃないね」

そう思考する男を尻目に志貴は更に言葉を紡ぐ。

「!!!な、何故それを・・・」

「なんとなく分かるんだよ。魔の血の匂いを。それにおじさん、この近辺に結界張ったでしょ?人払いの」

男は驚愕した。

ここまでとは甘く見過ぎていた。

七夜も目の前の小僧も、自分も依頼主も甘く見過ぎていた。

「さあ・・・おじさん話してくれる?」

その時志貴は初めて殺気を表に出した。

殺気を出した方が喋りやすいと感じた様であったが、志貴の失敗はそこだったかも知れない。

その膨大な殺気に体が反応したのか、男が隠していたナイフで志貴を斬り付ける。

それを楽に交わした志貴だったが、その時重心が浮いた。

その瞬間、男は志貴を突き飛ばすと、ナイフを投げつける。

しかし、志貴はそれを『七つ夜』の柄のみで弾き飛ばす。

その間に男は逃走を図っていた。

咄嗟にナイフを逆に投げ返してやろうかと考えたが既に結界は解かれている。

これでは騒ぎになってしまう。

(くそっ・・・判断が甘かったかなぁ〜。あ〜あ、また父さんに怒られるよ『判断が甘い』って)

そんな事を志貴が内心考えていると

「「志貴ちゃん!!!」」

双子の姉妹が構内から出てきた。

「志貴ちゃん大丈夫!!」

「け、怪我は・・・ない?」

「うん、大丈夫だよ。僕、父さんに結構鍛えられているから。それよりも二人は?」

「うん大丈夫」

「わ、私も・・・」

「そうか・・・良かった」

二人の安否を確認してニコッと志貴が笑う。

その途端二人とも、また顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「じゃあ行こうか?父さんも母さんも待っているから。それと、荷物僕が持つよ」

「ええっ!」

「で、でも・・・志貴ちゃんそれ重いよ・・・」

「大丈夫だから・・・ふっ!!」

掛け声一つで志貴はその荷物二つとも担ぐ。

「二つとも持っちゃった・・・」

「うわぁ〜!!志貴ちゃんすごい!!」

「じゃあ行こう!」

「「うん!!志貴ちゃん」」

そう言うと志貴は新しい家族となる二人を連れ森に向かう事になった。

後年『七夜頭目の七夫人』と呼ばれる礎はここに築かれる事となった。







その同時刻、先程志貴によって撃退された男は駅から数キロ離れたで物影で何者かと連絡を取っていたようであった。

「・・・ああ、失敗だ。あのガキを甘く見ていた」

「・・・・・・」

「おめえも殺りあえば分かるさ。俺達も依頼主もあのガキと七夜を甘く見ていた」

「・・・・・・」

「信じていねえって声だな?そこまで言うんだったら、てめえがやってみろ。俺は依頼主にこの事を報告しておくからよ」

最後には吐き捨てる様に言うと連絡を終えた男はその場を後にした。

一方連絡を受けた者は七夜志貴・七夜黄理の写真を眺め侮蔑に満ちた表情と声で吐き捨てた。

「・・・ふん・・・何が七夜だ・・・今の世はこんな奴らより、こいつ等が役に立つ事を教えてやる・・・」

その背後では漆黒の何かが生肉を咀嚼する音のみが低く響き渡るのみだった。







歴史は変化を遂げ、会う筈も無かった者がどのような因果か巡り合う・・・

しかし、歴史が変わる事は良い事のみではない。

遠野の侵攻を撃退した七夜は格好の餌食として眼を付けられ始めていた。

七夜を滅ぼし魔の世界で自らの名を上げようとする者の眼に・・・

時が再度満ちた。

この後は後の話に・・・

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