さて・・・一つ話をしよう。

これはありえたかも知れない一つの道の話・・・

七歴史


一章『黎明』

序『これが始まり・・・』



―本当に損をしたな小僧―

振り上げられる魔手をかわし笑いをかみ殺して七夜黄理は思う。

ああ、本当に損をした。

これほどの高揚感、これほどの恐怖、こんなにも殺しが嫌なものとは知らなかった。

しかし、もし生と言うものを実感出来るのならこれほどの場所はあるまいて!!

黄理は最後の一撃に打って出る。

相手・・・軋間紅摩のもう何十回目になろうかと言う魔手をかわし今まで回りこんでいた左側でなく右側に回りこむ。

その瞬間、無表情であった紅摩に驚愕の表情が浮かぶ。

いや、もしかしたらこの時、この男も黄理同様己の死を予感していたかもしれない。

今まで左側ばかりを狙っていた為修正の為にどうしても右に反応するのは時間が掛かる。

それに加え右眼をかつて潰された紅摩にとって右は絶対的な死角と化していた。

その瞬間黄理は右側に渾身の一撃を加えんとする。







ある歴史では黄理はこの直後死に絶え、七夜は僅か一人を除き滅亡に至るはずだった。

しかし、ここより道は分岐し歴史はは大きく変貌を遂げる。

それを行ったのは黄理自身か?それとも別の第三者か?

そんな事はどうでもいい事実のみ綴るとしよう。







黄理はその瞬間右手の撥を捨て、残された左手の撥に両手をそえて、黄理自身が巨大な一本の矢と化し渾身の力に加え、黄理自身の体重すら掛けて一撃を繰り出す。

左右対称に繰り出された一撃通常であれば左に蓄積された衝撃は右の衝撃によって首を粉砕する筈であった。

しかし、

「が・・・」

何故紅摩は喋れる?

「ち・・・」

黄理は舌打ちをする。

紅摩の魔手が黄理を掴みかからんと迫る。

(ここまでか・・・)

黄理が死に覚悟を決めたその瞬間、

ゴギリ・・・

鈍く、黄理自身が何度も何十回と聞いてきた、あの音が紅摩の首から響き渡った。

自身の腹部と紅摩の魔手の間には僅か数ミリ。

しかしその数ミリが全てを決した。

その数ミリの差で紅摩の首がようやく粉砕したのだ。

そのまま静かに紅摩は地面に倒れこむ。

それを黄理は荒い息を吐きつつもただ静かに眺めるのみであった。

やがて・・・黄理は左のみの紅摩の眼を閉じさせ投げ捨てた撥を拾うとその場を後にした。







一方・・・

「な、何!!別働隊が全滅!!軋間紅摩も死亡!!七夜黄理一人の手でか!!」

罠の張られていない中腹地点に設けられた司令部では遠野家当主遠野槙久は、もたらされた凶報に言葉を失った。

無理もない。

別働隊には紅赤朱と化し、こちらの切り札と言うべき軋間紅摩がいた。

人員も今回の総兵力の四割を差し向けた。

それがいかに七夜の当主とはいえ一人に壊滅させられた。

(そ、そんな馬鹿な・・・七夜とは悪鬼の化身か?他の者ならいざ知らずあの軋間紅摩までもが・・・)

見ると、司令部の他の者も顔色が悪い。

当初の予定では二手に別れ七夜一族を包囲殲滅する。

その計画が完全に頓挫した。

もうこの司令部には護衛に数名足らずしか配置されていない。

他は非戦闘員の司令部参謀四・五人及び司令官とも言える遠野槙久のみであった。

更に悪い知らせは続く。

「報告します!!本隊からの通信によりますと、七夜の主力と交戦を開始したとの事ですが、地の利敵に著しくあり、苦戦中との事!!援軍を請うとの事です!!」

通信担当の者が槙久にそう報告するが返って来たのは、

「ちぃ!!援軍は無い!!手持ちの兵力で何とかしろと伝えろ!!」

槙久の苛立ちげな声であった。

「はっ!!」

そう言い、通信を開始した瞬間

グギリ

「が・・・・」

突如首の骨が粉砕されその男が死に絶えた。

「!!て、敵!!」

「な、七夜だ!!七夜が来た!!」

「な、何をしている!!護衛は何を・・・ひっ!!!

慌てて、外に飛び出した参謀の一人は既にことごとく絶命する護衛の姿を見た。

それがその男の見た、最期の光景だった。

つきの瞬間、上空より現れた影に覆われ・・・首を延髄ごともぎ取られていた。

「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

その光景を至近で見た一人が恐怖の余り錯乱したのであろう。

護身用の拳銃を抜くと無差別に発砲を始めた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゃああああ!!」

「や、やめろ!!通信機器に当たる!!」

「え、えええい!!!奴を殺せ!!」

その言葉に呼応するかのように味方同士が銃撃戦を開始し、その数十秒後には始めた側も反撃した側も数発の銃弾を受け即死状態と化していた。

「ば、馬鹿な・・・精密に計算しつくしたこの計画が頓挫??い、一体何処で・・・」

「簡単だ。七夜に手を出そうとした時点で貴様の死が確定された」

「!!!」

振り向くとそこにはあの時と同じ鬼人がいた。

「き、貴様!!!七夜黄理!!」

「??貴様は・・・あの時の・・・そうか・・・そう言えばあの時は興奮していたからな、確実に殺す事を忘れていたか・・・無様なものよ・・・しかし、二度同じ過ちは繰り返さん」

そう言うと、黄理は静かに獲物を構える。

「くっ!!」

槙久は己の力を解放しようとするがその瞬間心臓に撥が打ち込まれた。

「あ・・・ああああああ・・・あ、秋葉・・・し・・・四・・・季・・・」

その言葉を最後まで聞かず黄理は槙久の首を破壊していた。

「・・・シキ??こいつの子供か?奇遇な・・・俺の息子と同じ名とは・・・」

思わぬ一致に黄理の頬が苦笑に緩む。

しかし、それは直ぐに打ち消され、

「さてと・・・兄貴達の事だ。心配は無用と思うが取り合えず様子を見てみるか」

そう言うと、もう生者のいない司令部を後にした。







黄理が到着した時には既に事は終わっていた。

暗殺者としては襲撃者達の方が上であった。

しかし、圧倒的な地の利に加え黄理が指揮系統を崩壊させた為、襲撃者達は個々で行動・攻撃及び判断をしなければならなかった。

一方七夜はこの森の全てを知り尽くした上、指令系統は黄理の兄、七夜楼衛が完全に握り的確に襲撃者を確個撃破して行った。

結果、襲撃者達は全滅、七夜は軽傷者を十数名出したものの、死者はいなかった。

「御館様お帰りなさいまし」

「ああ・・・」

出迎えた妻に一見するとぶっきらぼうにそれでいて、微かに笑いかける。

彼女はこの笑みが幼い頃から好きだった。

もっとも、子供の頃・・・いや、つい六年前までその笑みは彼女には一度たりとも向けられた事は無かった。

彼は余りにも一つの事・・・いかに上手く殺すか?・・・に執着していたから。

それでも彼女・・・七夜真姫は彼の傍にいる事を望んだ。

従妹ではなく妻としている事を望んだ・・・

そして子を授かった時に彼が浮かべた憑き物が落ちた様な穏やかな顔を今でも忘れる事が出来ない。

「被害はどうだ?」

「はい・・・義兄上の報告では十五名ほど怪我人を出しましたが死者は無く。子供達に関しては全員無傷です」

「そうか・・・で志貴は?」

「眠っております」

「あの騒ぎでか?よほど気を抜いているのか、それともでかい器の持ち主なのか・・・」

「おそらく後者ですよ御館様」

妻の報告を聞き憮然とする黄理に朗らかに笑いながら返す真姫。

しかし、黄理は表情を引き締めると、

「それと、明日の夜、主だった者に屋敷に集合するよう伝えろ」

「どうされたのですか?」

「おそらく今回の襲撃今後も起こるだろう。それについての協議だ」

「畏まりました」

その声を背にして黄理はまっすぐある部屋に向かった。

そこには幼い少年が静かな寝息をたてて眠りについている。

「・・・志貴・・・」

黄理は聞こえないほど小さい声でそっと軽く髪を撫でた。

(・・・志貴・・・俺はお前が違う道を歩めるか見てみたかった。もしかしたら無意識にお前に俺の叶えられぬ夢を託したのかも知れん)

「しかし・・・これが七夜の血が呼びし業か・・・どう足掻こうとも長き時に蓄積された血は拭えぬか・・・ならば俺はお前に俺の全てを託す。お前が自らの望む道に進める為に『七技』も、『死奥義』も・・・俺が培ったもの全部くれてやる・・・その後どう進むかは・・・お前次第だ・・・志貴・・・」

黄理の独白は誰一人として聞かれる事無く天井に吸い込まれていった。







さて・・・全てはここより始まり、七夜は滅びの運命より逃れる。

しかし・・・時が来た。

ここより先の話は語られるに相応しき機会に・・・







後書き

   未だに『精神遺産』が終わっていないのに何自分の首を絞めるように新たな連載出しているんだろうか・・・
   まあ、それはそれとして、これは『七夜の隠れ里』で投稿として出していたものをリセットの機会にこちらで再度出させてもらいました。
   まあ、何とか早めの更新目指しますので温かいご声援お願いします。

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