「・・・うっ」

「鳳明様!大丈夫ですか?」

「・・・翡翠?」

「えっ?」

「・・・!ああ、翠。すまん奇妙な夢を見ていたものでな」

俺は苦笑しつつ立ち上がった。

周囲には5種5様の表情をした皆が立っていた。

「で、こ・・・いや珀、俺はどれ位気を失っていた?」

「そうですねーそんなに時間はたっていませんよ」

「そうか・・・ん?」

周囲を見ると、あれだけ大量に存在した皮膚は何処にも無かった。

「ああ、七夜殿、師や兵士の方々の遺体は既に朝廷の方で保管されています。先程までその作業を行っていたのですよ」

「そうか・・・先・・・じゃない紫晃殿、先刻は申し訳なかった。みすみす貴女の師匠を見殺しにしてしまった・・・」

俺は静かに一礼しその罪を詫びた。

「顔をお上げください七夜殿。確かに御師匠の事は残念でした。が、師の本当の敵は私が討つと決めたのです。私も是非ともお加えくださいませ」

「それは構わない。貴女でしたら足手まといと言う事は無い。俺のほうから願い出たいくらいだったからな。・・・それより・・・秋・・・いや、紅葉殿にアルク・・・セルトシェーレ、貴女達は衛兵に咎められなかったのか?」

「ご心配は無用ですわ鳳明殿」

「妾達はその時は姿を眩ましておった。色々面倒は苦手なのでな」

「そうか・・・では俺の屋敷に全員逗留と言う事で良いか?」

「その点に関して文句は無い」

「鳳明さん、牛車はすでに用意してくださっていますからそれで行きましょう」

「ああ、・・・って、ちょっと待て、牛車一台にこの人数はきつくないか?」

「・・・それは仕方ありません鳳明様。使うのは私と姉さまに鳳明様。そして紫晃様だけと言う事でしたので」

そうだった。紅葉やセルトシェーレは見つかればかなり面倒な事が起こる。

まだ、敵の妖術師の事は何も掴んでいないこちらとしては目立つ事は得策ではない。

「心配は無用じゃホウメイ」

「私達は私達で追いつきますから」

二人にそう言われるとそれほど強くは言えない。

結局、俺と紫晃、翠と珀は牛車で移動を始め、紅葉とセルトシェーレは動きずらい服装とは思えない軽敏さで瞬く間に闇に消えてしまった。





こうして俺達が七夜の屋敷に到着した時紅葉とセルトシェーレは俺達の到着を既に待っていた。

「・・・お前達どうやってここが七夜の屋敷だと分かった?」

俺が半ば呆れ果てると、

「なに、造作も無い事、お主の臭いで大体の特定はついたからな」

「・・・まるで猟犬だな・・・」

溜息混じりにそう言うと、『七夜槍』の柄の部分で門を二、三回叩くと、直ぐに門は開き衝がすでに畏まっていた。

「御館様おか・・・?御館様こちらの方々は?」

「爺、客人だ。全員を客間に案内してやってくれ」

「はっ・・・!もしや翠様に珀様では無いのですか?!」

衝が翠と珀を見てそう言いだした。

「衝の小父さまお久しゅうございます」

「衝の小父さまご壮健で何よりです」

「爺、よく判ったな」

「ええ無論です。里に来た時には御館様の次に私に懐かれたのですから。・・・」

衝はそこまで言うと、残りの紫晃・紅葉・セルトシェーレに不審げな視線を向けたが言葉では何も言わず、

「・・・誰か!!」

「はっ・・・」

「客人を客間にご案内しろ」

「ははっ!」

若い者を呼び五人を案内する様に言い付け、また厨房の者に食事の準備まで言い付けると、俺の近くまで寄ってきた。

「爺、貴方の言いたい事は判っている。・・・俺の部屋で良いか?」

「はっ・・・それにしても御館様、まさか翠様と珀様がこちらにいらしているとは思いませんでした」

「ああ、俺も驚いたよ。先代は何でも病で亡くなられたようだ」

「えっ?では・・・」

「ああ、あの二人が今の巫浄の当主を務めている」

左様でしたかと頷きながら話すうちに部屋に到着すると、

「御館様最初に、残りの方は一体・・・」

「ああ、髪の短い女性は陰陽師見習いの紫晃殿。本来だったら彼女の師の阿部省晴殿が受けたのだが・・・あえなく命を落とされてしまった」

「左様でしたか」

「次に紅き髪の女は遠野紅葉殿、おそらく推測は付いていると思うが・・・遠野家の当主だ」

「やはり・・・ですが何故遠野家が?」

「その事に関しては例の件と関係あるから、後でまとめて話す。・・・最後にあの異国の女だが・・・セルトシェーレ・ブリュンスタッドと名乗っていたがどういう者なのかは俺にも判らん・・・だが・・・あいつは俺でも勝てないだろうな・・・」

「な・・・」

「だから爺、皆に伝えてくれ。紅葉とセルトシェーレ。この二人にはなるべく会うなと、会っても渾身の力で本能を抑えろと。下手をすれば死ぬとな・・・」

「ははっ!確かに!で・・・御館様・・・今回の依頼とは・・・」

「ああ、今回は・・・」

俺は衝に今回の依頼を話し出した。

無論帰りに襲われたあの怪物の事もだ。

「なんと、その様な物の怪が?」

「いや、正確には物の怪ではない。遠野家からなにやら秘伝を盗み出し逃げ出した妖術師が生み出した化け物らしい」

「なるほど。それで紅葉殿が」

「そう言う事だ。・・・あと一つ聞きたいのだが爺。・・・考えられん事だが七夜の中で『凶夜』の事や俺の能力を外部に洩らした者がいると思うか?」

「どう言う事ですか?」

「その妖術師の爺が言っていた。『死の眼を持つ凶夜』とな・・・」

「ば、馬鹿な!!」

衝は驚愕した。

『死の眼』は七夜の森で長老達が俺の能力につけた名だ。

この名を知る者は極めて限られてくる。

おまけに七夜では門外不出の『凶夜』まで知っているのだ。

「ま、まさか・・・御館様は七夜の中に裏切り者がいると?」

「そこまでは考えていない。妖術師には読心の能力があるという。あるいはそれで心を覗いたのかも知れないしな。まあ、どちらにしろ今回の依頼は俺だけで良い」

「えっ?」

「率直に言って、あれは多分・・・俺しか殺せん。今回も・・・物の死を見て・・・はあ、はあ、・・・ようやく仕留めた位だ」

「御館様!?・・・ま、まさか・・・」

「・・・だ、だが・・・ふう、ふう・・・少々・・・ぐっ!む、無茶した・・・ぐふ!!」

言葉の途中で俺は吐血した。

手の隙間から吐き出された血が次々と滴り落ち、畳に吸い込まれていく。

「お、御館様!!」

「じ、爺・・・げほっ!げほっ!!み・・・水を・・・ごほ!・・・水を頼む・・・」

「は、はっ!!」

俺のその言葉に衝は弾かれたように立ち上がると俺を担ぎ屋敷の奥に向かった。

庭の片隅に着くとそこには子供ぐらいの大きさの水瓶がぽつんと置かれていた。

衝は慌てて蓋を開けると俺は何の躊躇い無く、その水瓶の口まで満ちている水に顔をつけた。

俺は貪る様に水を飲み漁り又、顔を水につけたまま血を吐き続けた。

暫くしてようやくそれが収まった時には俺の頭部は水で、体の方は冷たすぎる汗でずぶ濡れなっていた。

「・・・やっと止まったか・・・」

そう呟くと俺はまだ口に残っていた血を水と共に吐き出した。

だが、その水の色は赤くなかった。

まるで・・・墨のような漆黒の血だった。

「御館様・・・」

「どうした?爺・・・」

「・・・もう・・・もう、お止めください。おや・・・鳳明様のお体はもうぼろぼろだとご自身で仰られたではありませんか・・・このままでは鳳明様のお命は・・・」

と、俺の呼び方を昔からの『鳳明様』と、変えてそう言った。

それが心からの忠告である事も判り切っている。

しかし今の俺にはそれを聞く事は出来なかった。

「爺・・・自分でも判っているさ・・・俺はもうそんなに長くない」

「でしたら・・・」

「本来だったら後2・3依頼をこなし、それで暇を請うつもりだったがな・・・この仕事が七夜当主七夜鳳明最後の仕事になるだろうな・・・」

「それも無理です!!鳳明様はもう立っている事すら困難の筈です!」

「よく判ったな爺・・・やはり貴方には隠し事は出来ないか・・・」

「当然です。私が一体何年鳳明様を見続けてきたとお思いですか?・・・もしこのまま力を行使すれば・・・三日と持ちません。この仕事は私が命に代えても・・・」

「無理だ。相手はセルトシェーレや紅葉にも殺せなかった代物だ。確かに貴方には俺など及びも付かない技術があるが、それでは不十分なんだ・・・俺は貴方までを失いたくは無い・・・これは俺にしか出来ない仕事なんだ。爺・・・判ってくれ・・・」

「・・・」

衝は沈黙した。

「心配するな。俺は死ぬ時は七夜の森で臨終する気だ。あんな化け物にもこの力にも屈する気は無い。それに・・・法正の力も見届けなくっちゃならない。それまで死ねるか・・・」

「法正様の力は何処まで?」

「先日の手紙では既に技術では俺など足元にも及ばないそうだ。さすがは兄者の子だ」

「・・・では、長老様方は・・・」

「ああ、俺に当主の座を法正に禅譲する様にと言ってきた・・・やはり俺はどんなに足掻いても『凶夜』と言う事か・・・」

「・・・先々代様がお亡くなりになられてから長老様達の扱いがかなり酷くなったと思います・・・いくら何でもこのような扱いは・・・」

「それも・・・仕方ないことだ爺。・・・これは七夜全体の問題なんだからな。・・・だが、それでも・・俺は必ず生き残る・・・」「・・・はっ・・・」

なんともいえない悲しい表情を作ると衝は一礼するとその場から立ち去った。





「・・・黒き血か・・・」

暫く経ち俺は何気なく水瓶を覗いた。

月しか明かりが無いがそれでもはっきりと判る、水はすっかり墨のような黒い色と化していた。

俺にこの様な症状があらわれたのは京に上って、2つ季節か過ぎた時であった。いつもの様に仕事を終えた俺は自室に戻る途中急に、胸に圧迫感が現れ俺は庭に血を吐き出した。

周囲の者が慌てて俺を医者という医者全てに見せ、ありとあらゆる妙薬を服用したが何が原因なのか全くわからず、遂には全てで匙を投げられた。

一方で俺は断続的に吐血を繰り返していた。

回数を重ねる度に血が黒色を帯びた色に変貌を遂げていった。

だが、この様な状況が何回と続く内に俺には原因が何であるのか判った気がした。

たぶん俺の持つこの眼であろう。

どうやらこの眼は俺や周囲の者が思っていた以上に持ち主にも危害を及ぼすものであった様だ。

俺には何となく、この眼がありとあらゆるものの死を見せるのと引き換えに、自らの生命を削り落としている光景が漠然とであったが脳裏に浮かんでいた。

「・・・ふう、爺にはああ言ったが、恐らく今夜が一番やばいかも知れないな・・・げほっ!・・・はあ、はあ・・・」

俺は自室に戻って横になっていた。

先刻の様な派手な吐血こそ無いが、断続的な嘔吐感が襲い体もだるい。

いつもなら暫く経てば収まるのだが、今回はその兆候すら見られない。

「・・・ここまでか・・・?誰かいるのか?」

限界を感じた時部屋の前に誰かの気配を感じた。

「・・・鳳明さん。私です。入ってもよろしいですか?」

「珀か・・・それに翠もいるな。お前達を拒絶する理由など無い。入って来い」

すっと襖が静かに開けられ二人が入ってきた。

心なしか二人とも何かを決意したようなそんな表情をしている様な気がする。

「どうしたお前達?こんな夜遅くに」

「・・・」

「・・・」

俺がそう尋ねても二人は何も答えない。

だがやがて、二人は意を決した様に俺をじっと見詰めると

「・・・鳳明様・・・」

「鳳明さんは何処を患っているのですか?」

「!・・・爺から聞いたのか?」

「はい・・・」

「鳳明さんがもう長くないと聞きました・・・」

「そうか・・・こいつは病では無い・・・生まれついてのものだ・・・都中の医者に匙を投げられたよ・・・」

そう言うと静かに笑った。

「鳳明さん・・・私達なら鳳明さんの体を治せるかも知れません」

「・・・お願いです鳳明様・・・私達を・・・その・・・だ、だ、抱いて・・・」

俺は察した。

二人は巫浄に伝わるあの技法を俺に使おうとしている。

「待った。気持ちは嬉しいが、俺はお前達を道具として抱きたくは無い。それに・・・お前達にも好きな奴がいるだろう?だったら・・・」

「そんなのいません!」

「私も姉さまも鳳明様の事をずっとお慕いしておりました!」

俺がそう拒絶した途端二人は感情を露にしてそう叫んだ。

「翠・・・珀・・・」

「私たち今でも覚えています。あの時の約束を・・・」

「鳳明様が私達を奥方として下さると・・・」

「えっ?・・・あっ!」

最初こそ何の事か判らなかった。しかし不意に俺の記憶がその時の事をはっきりと思い出させた。






それは二人がこの里を出る日の朝だった。

俺はその時、前もって二人が今日里を後にする事を知っていたが敢えて二人には別れの言葉は言わなかった。

照れ臭いのもあった、父からこの事を口止めされていることも理由の一つだった。

が何よりも、又会えると俺自身が強く信じていた為、別れを言う事が永遠の別れみたいで気が乗らなかったのである。

そしていつもの様に精神統一の訓練に入ろうとした途端、それは起こった。

「ほ、ほ、鳳明様!!」

「じ、爺?どうしたの?僕これから訓練に・・・」

「そ、それは又後で!!そ、それよりも!

」突然入ってきた衝はそう言うなり俺の手を取り屋敷に連れて行った。

「どうしたの爺?父上がお呼び・・・」

なの?と付け加えようとした時

「いやーーーー!!」

「やーーーーーだーーーーー!!」

と言う大声が聞こえてきた。

「・・・な、何なの?」

と聞こうとした時には俺は屋敷の前に付いていた。

正門の前には父と母、一族の者達、そして巫浄の前当主が皆共通した表情をして立っていた。

それは、途方にくれている表情だった。

「御館様、鳳明様をお連れしました」

「ご苦労だった衝。・・・鳳明すまないがお前に頼みたい事があるんだ」

「何ですか?父上」

「実は・・・」

説明しようとした時一族の者が門から派手な音を立て放り出された。

「どうだ?」

「御館様、駄目です。御二人とも興奮しきっていて、我々の言葉に聞く耳を持ってくれません。『鳳明ちゃんと今日も遊ぶー』『鳳明さん以外は入れないー』の一点張りです」

「そうか・・・ご苦労だった。・・・鳳明そう言う事だ・・・」

「翠と珀が帰るのをぐずっているのですか?」

「そうだ。帰る時を言わなかったのがまずかった様だ。『帰るよ』と巫浄殿が言った途端、我々を追い出してしまって屋敷に篭城してしまった。衝ですら拒絶されてしまった以上、もうお前しか説得出来るのはいないんだ。手の者を使い強引に引きずり出す手もあるのだが、その様な強引な手は使いたくは無いんだ。頼む」

「・・・判りました。一応説得してみます」

そう言うと、俺は正門から屋敷に入った。

「これは・・・すごいな」

入ってすぐの感想はこれだった。

屋敷は全域にいろいろな物が散らかっていて、まるで台風の通過後みたいだった。

「翠・・・珀・・・いるの?僕だよ。鳳明だよ。いたら・・・」

最後まで言う事は出来なかった。

物影にいた珀が俺の手を取るや奥の部屋に俺を拉致した為だ。

その奥の部屋には翠がいて、俺を見るなり眼をきらきらと輝かせて、

「鳳明ちゃんだぁー!今日は何して遊ぶのー?」

「鳳明さん私はまたお花を摘みたい」

「お姉ちゃん駄目!今日は私が鳳明ちゃんと遊ぶ番なの!」

唖然としている俺を尻目にいつもの姉妹喧嘩が始まってしまった。

「ま、待って・・・」

放っておくと何処まで話すのかわからないのでひとまず俺は二人の言葉を遮った。

「?」

「どうしたのですか?鳳明さん?」

「・・・二人ともなんであんな事したの?小父さんが困っていたよ」

なるべく刺激しない様にいつも通りの声で言った。

が、二人とも涙ぐむと

「だって・・・ひっく、里には帰りたくないもん・・・」

「やだよー里に戻ったらまた苛められるから・・・ここで鳳明さんとずっと一緒にいる・・・」

「で、でも・・・」

「また里に戻るくらいなら、ここで鳳明ちゃんと一緒にいた方が良い!!」

「鳳明さんも・・・ひっく・・・帰れって言うんですか?私達の事・・・ひっく・・・嫌いですか?・・・」

「う、う・・・うわあーん!!一緒にいる、一緒にいる!鳳明ちゃんとずぅーっと一緒にいる!」

「わ、私も・・・わーああん!ここに居たいよー」

「・・・翠・・・珀・・・」

俺には、自分にしがみついて泣きじゃくっている二人を慰める言葉が見つからなかった。

そしてその挙句俺はとんでもない事を口走っていた。

「・・・じゃあ、二人とも大きくなったら三人でいよう」

「えっ?・・・ひくっ」

「鳳明さん・・・ひっく、それは?・・・ひっく」

「だからさ、今の僕達は一緒にはいられないけれど、大きくなったら僕と翠と珀、皆で一緒に暮らそう」

「ひっく・・・鳳明ちゃんそれって」

「私達を・・・ひっく鳳明さんの御嫁さんにしてくれるんですか?」

「えっ?・・・う、うん!そうだよ!」

呆れた話であるが当時の俺には結婚と言う考えはなかった。

ただ、一日も早くこんな線を見なくても済むようにしたいの考えだけだった。

そしてこの時は二人を泣き止ませたい一心で言った言葉に過ぎなかった。

そしてその一言は二人の表情を泣き笑いの顔に変え、

「わーい!・・・ひっく鳳明さんと一緒にいられるんだ!」

「鳳明ちゃん・・・ひっく・・・私、大きくなったらきっと鳳明ちゃんの御嫁さんになるから・・・」

「う、うん・・。だから・・・これはまた会う為のお別れだから、笑ってさよならしよう。僕、最後は翠と珀の笑顔見たいから」

そう言うと、二人は大きく頷きようやく、帰る事を了承してくれ、俺との約束通り最後は泣く事無く笑って別れたのだった。

その後、俺は例え泣き止ませたい為とはいえ二人にあのような事を言った事を激しく後悔した。

と言うのもその後、七夜の当主の資格を有する者は違う一族との婚姻は禁じられ、さらには『凶夜』ともなると性交自体をも禁じられていた事を知った為だった。

(これは『凶夜』の血が二代続く事を恐れた為と言える処置だった)

そしてこれこそが俺がここに来てから一度とて女を抱かなかった最大の原因だった。

下手な事をすれば衝に多大な迷惑をかけてしまう。

それだけは到底許しがたい事だった。

「・・・お前達あの約束を・・・」

"覚えていたのか"の一声はいえなかった。

「はい・・・私も姉さまも里に戻ってみればやはり他に子達から苛められました」

「でも・・・以前に比べるとまだ希望がありました。鳳明さんとのあの約束があったから私達は・・・」

「そして私達が大きくなっていき、そして一族でも強力な除霊の力を有するようになると私達を迫害する人はいなくなりました」

「それどころか私達が大きくなっていくとそれまで私を苛めていた男の子は皆、手のひらを変えた様に私達の容姿を誉める様になりましたが、少しも嬉しくありませんでした」

「皆、口では色々と言ってきましたが、あの時受けた鳳明様のお言葉以上なんてありませんでした」

「でも・・・私達知ったんです。七夜では一族同士しか婚姻を行わないと・・・それでも・・・私鳳明さんを諦める事は出来ませんでした」

「私もそうです。それで姉さまと話し合ったんです。"巫浄の当主として鳳明様を私達の婿として迎えよう。どちらかが取り合う事は絶対にしない"と・・・お願いです・・・鳳明様、私に・・・いえ、私と姉さまにあのお優しいご寵愛を下さい・・・」

「一度だけでも良いんです。私達を玩具と同じと思って下さってもいい。鳳明さん・・・私達にお情けを・・・」

二人は最後には涙声で必死に俺にしがみつきながら俺を見つめていた。

「・・・本当にいいのか?俺はそういった経験は無いに等しい。お前達を・・・」

「構いません。私は鳳明様にもっと私達の御傍にいて欲しいから言っているのです」

「・・・わかった・・・」
翠のこの一言で俺の決心は固まった。

これ以上はこの二人に失礼だ。

俺でも判る。

二人ともこれらの事を言う為にどれほどの勇気を振り絞ったのか、内心でどれだけの不安を抱えているのかが。

だったら今は何も言わずに彼女達の気持ちを受け入れてやろう。

後悔だったら後でいくらでも出来るのだから・・・

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