「紫晃殿、翠・珀、無事か?」

「鳳明様、はい私達は何とか無事ですが、・・・」

「省晴殿は・・・」

「うっ、うぅ・・・お、御師匠・・・」

「・・・・・・」

紫晃は元阿部省晴であった人間の残骸を手に低く嗚咽していた。

「「・・・省晴殿の魂に冥福を・・・」」

と翠・珀は静かに祈りの言葉を紡ぎ、俺も静かに一礼して、省晴や兵士達の魂の安らかな眠りを祈った・・・

俺の一礼が終わると、

「もう良いでしょうか?貴方に少々尋ねたい事がありますが」

「妾もお主に聞きたい事がある・・・」

と後方からそんな声が掛かった。

後ろを振り向くと、二人の女が静かに佇んでいた。

「・・・貴殿達は?」

俺はいぶかしげな表情をしていたに違いなかった。

一人は、着物に身を包み、まるで炎のような赤き髪を持つ、俺よりやや年下と思われる少女。

そしてもう一人は、まるで黄金のような髪と血の様に赤い目、そして服装も肩口の肌が剥き出しとなった上の部分、下腹部から下はかなりの大きさの布を巻き尽きたような海の様に青い色と所所金と銀の色彩が鮮やかな奇妙な着物、そして足全体をすっぽりと覆った、変わった草履を身に纏った奇怪なそれでいて怖気を振るわせる程の美しい女だった。

だが俺は外見以上に彼女達の内面から溢れ出る様な異端の力に、七夜の本能を押さえ込む事にかなりの労力を使わなければならなかった。

「これは、大変失礼したしました。私の名は遠野紅葉(こうは)、遠野家の当主です」

「遠野?もしや、鬼との混血で知られるあの遠野か?」

「左様です。」

こいつはまた驚いた。まさかこの様な所で遠野の当主と会うとは・・・

「で、貴方の名は?」

紅葉は鋭い視線のまま俺に詰問する形をとった。

「・・・ああそうだったな。俺の名は七夜鳳明。・・・まあ貴女なら知っているだろうが、七夜家の当主だ」

「・・・あの七夜の当主ですか・・・」

紅葉の顔にあからさまな嫌悪が浮かんだ。

当然だろう。自分にとっては正に天敵と呼ぶに相応しい存在なのだから・・・

「・・・で、そちらの貴女は?」

俺はもう片割れの女にそう尋ねた。

「妾の名はセルトシェーレ・ブリュンスタッド・・・」

「な、なに?せるそしぇーる?」

「違う。セルトシェ−レじゃ」

幾分気分を害したような声でセルトシェーレはそう名乗った。

「成る程な・・・それでお前は異国の者か?」

「左様。この島国の隣りに存在する大陸の反対側より来た・・・」

成る程、それはかなりの遠くから来た様だな。

「・・・で、俺に尋ねたい事とは?」

「まずは私から、鳳明殿、貴方先刻屋根へと登りましたがそこには何かあったのですか?差し支えなければ教えてもらいたいのですが」

紅葉の台詞には一遍の妥協も許さぬものがあった。

「・・・何かはいた。・・・姿は確認していないが・・・」

「何か特徴は?」

「老人特有のしわがれた声ぐらいだ。後はあの悪趣味な代物を『芸術品』と抜かしていたな」

「やはり!!」

そこまで聞くと紅葉の紅き髪が生き物の様にザワザワと蠢きだした。
「・・・どういうことだ?」

「その男は私が追っている妖術師でしょう」

「ほう、遠野は異界の生物だけでなくその様な者まで飼っているのか」

「飼っているとは人聞きの悪い・・・あの男は我ら遠野の秘伝を盗み出した故に私が追跡をしただけのこと」

「遠野の秘伝?なんだそれは?」

「それは言えません。この秘伝は一族にしか知らせてはならぬもの故に」」

「それで?貴女は俺に何を求めるか?」

「そうですか、物分かりが良いと私も助かります。いかがでしょう?貴殿方も奴を追っているご様子、ここは奴を捕らえるまでは共同で事に当たると言うのは?」

「良いだろう。こちらとしても、相手があのようなものと分かった以上、人手は大量に欲しい。魔の者が二人も、加わるのは結構な事だ」

俺は了承しようとしたが、そこへ

「話の腰を折るようだが、妾はその様な事を了承した覚えは無いぞ」

今まで黙っていたセルトシェーレがそう言いだした。

「妾は元々、この国に逃げ込んだ死徒を討つ為ここに来ただけ、この様な事に巻き込まれたのは偶然の産物に過ぎぬ・・・それよりもホウメー」

「・・・なんだその呼び方は?」

「おかしいかホウメー?」

「俺の名は鳳明だ。最後を中途半端に伸ばすな。それで、何の様だ」

「妾の質問にも答えてもらおうか・・・直刀短入に尋ねる。・・・お主どうやってあれを殺した?」

「なに?どういう事だ?」

「あれを殺す事は妾にも遠野という小娘にも不可能だった。にもかかわらずお主はあれをまるで赤子の手を捻る様に簡単に殺した。それもあれの持っていた僅かな魂すらも、お主は抹殺した。答えよホウメイ。お主はあの魔性の造形物をどの様にして殺したのだ?」

「『小娘』など言う言い方は気に入りませんが・・・それは良いとしてそれは、鳳明殿の持つ槍のおかげでしょう?」

「甘いぞ、小娘。あの武器はなんら変哲は無いただの槍。あのようなもので殺せるものでは無いということはおぬしが一番良く存じていると思うが」

「・・・確かにそうですね。鳳明殿、お答えください」

「・・・七夜殿」

「鳳明様」

「鳳明さん答えた方が良いですよー」

見ると、今まで傍観者の立場にいた筈の紫晃や翠・珀まで俺を問い詰める形となっていた。

・・・アア、コウイウタイセイモヒサビサダナ・・・って何だ?

今の気分は何だった?

俺が彼女達に会うのはこれが初めてのはず、では感じるこの懐かしさは一体何故だ?

いかん、考えが纏まらんな。

ともかくだ、どうも俺の眼を話さない事には収まらないなこれは。

だが俺としてはこの眼の事は一族以外には例え翠や珀にも、知られたくなかった。

この眼を知れば、皆どのような表情をするか俺には容易に想像出来たからだ。

しかし・・・今のこの状況では話さないと収拾が使いと言う事も判っていた。 

(話すしかないか・・・)

溜息を一つ付くと、

「判った、これを信じる信じないはお前達の勝手だが・・・簡単に言えば、俺はこの世のもの全てを破壊できる眼を有している」

「?」

「七夜殿?それは・・・」

「鳳明様?」

「あのー鳳明さん、それって一体・・・」

案の定紅葉たちは訳の判らない表情で俺を見ている。

しかし・・・

「・・・ホウメイお主、それはどういう意味じゃ?」

セルトシェーレのみ先程よりさらに険しい視線で俺に説明の続きを促した。

「どういう意味もなにも言った通りだ。俺の眼はものの破壊できる地点が判るんだよ・・・線と点でな。線を断ち切ればどのようなものも切れるし、点を貫けば人も物もすべて崩壊する。ただそれだけの能力だ。純粋な戦闘能力では紅葉やお前には・・・セルトシェーレ?どうした、その眼は」

「・・・・・・」

セルトシェーレは無言を守ったまま俺に膨大な量の殺気をぶつけている。

「・・・左様か・・・『直死の魔眼』の所有者にこの様な下らぬ島国で会おうとはな・・・いる所にはいるものだな。・・・お主の様な化け物が」

「なに?言っておくが俺はお前の様な魔の者に化け物呼ばわりされるほど、人間離れはしてないぞ」

「何を言う。その眼を有しているだけでも充分化け物じゃよ。何しろ『モノの死を見る魔眼』など我が一族ですら所有している者はおらぬのだぞ」

「?・・・どういう事だ」

「ホウメイ、お主その眼を『ただそれだけの能力』と言ったな。しかし、その眼はお主が思っている以上に危険なものなのだぞ」

「なに?どう言う事だ?」

「お主が見ているものはこの世に存在するもの全ての『死』なのじゃぞ」

「な!死だと?」

「そうじゃ、妾達が件の化け物を何故殺す事が出来なかったかと言えば、あれはたとえ本体に致死の一撃を加えたところで、死を迎える前に瞬時に再生したのじゃ」

「・・・・・・」

「じゃがお主の場合、それすらも無効とかしてしまうのじゃよ。何しろありとあらゆる防御手段も、その眼の前には無力となる。お主の眼は『切った、殺した、破壊した』と言う結果を先行させ、その後ようやく原因が追いつくのじゃよ。先程の化け物も、お主に触手を『切り落とされた』という結果が先行してしまった為、本来の本能である筈の再生が遅れてしまったのじゃな」

「そ、そんな・・・」

「これで判ったじゃろう。お主は自身の眼を下らぬ能力と思ってるようじゃが、お主の眼はこの世のありとあらゆる存在を殺せる、死神に等しい眼なのじゃよ」

「な・・・・」

俺の言葉が無かった。

他の全員も唖然として俺を見ていた。

自分でも認識はあった、この眼は危険極まりないと。

しかし、それはあくまでも、経験則による認識。

彼女に、ここまで言われるまでは自分の眼がここまで危険かつ恐ろしい能力であったかは想像の外であった。

「しかし・・・本当にお主には首を傾げる。お主の周囲の空気は穏やかなそよ風じゃ、受ける者全てに分け隔て無く安らぎを与える。にもかかわらず先刻は全てを薙ぎ倒す暴風の様な荒々しい空気を纏っておった」

「それがなにかしたのですか?」

「あのような眼を保有している者としては奇跡に等しいという事じゃよ。本来ならあれほどの能力者、精神が破壊されてもおかしくは無いはず。にもかかわらず奴には精神の破壊の傾向すら見られん・・・ホウメイ、お主どうやって己を保っておるのじゃ?」

「・・・ああ、子供の頃は苦労したが、今ではどうにか能力の制御を自分で行えるようになった」

「な・・・に?」

「だから、俺自身の意思で線を見えにくくしていると言ったんだ。それがどうかしたのか?」

「し・・・・信じられん・・・我が一族の間ですら『禁断の能力』とよばれ、半ば伝説と化した魔眼をここまで・・・ホウメイどうじゃ、お主、妾の死徒となる気は無いか?」

セルトシェーレは呆然と呟いた後妙な事を聞いて来た。

「・・・なんだそれは?・・・ともかく今は依頼を完遂するのが先だ。後にしてくれ」

俺がこれ以上の会話を打ち切りこの場を後にしようとした。

すると、

「左様か・・・では妾もそれを手伝うとしよう」

「・・・?その提案自体はありがたいが、どういう風の吹き回しだ?」

「理由は簡単じゃよ。それを終わらせた後お主を妾のものとする気じゃからな」

「・・・ああ、なる・・・」

「「お待ち下さい。セルトシェーレ様」」

俺がそう納得しようとした途端、翠と珀が表情を強張らせセルトシェーレに詰め寄った。

「何の様じゃ?」

「御言葉ですが鳳明様は人です。どの様な方法かは存じませんが、その様な事を私達が許すとお思いですか?」

「それに何なのですか、死徒と言うのは?」

「ああそう言えば、お前先刻死徒とやらを討ちに来たと言っていたな。その説明をしてもらえればありがたいが」

「そうじゃな、まあお前達では少し判りづらいであろうが簡単に言えば、我が一族は、人が食料を食うのと同じ様に我らは人の血を吸う者達じゃよ・・・その様な顔をするな。妾は血とやらを一度とて吸ったこともないしお前達を吸う気も無いからの。そして死徒と言うのは・・・我らに魂を売った人間とでも思えばよい。・・・さて話しは終わりか?」

「ああ、ではお前達全員俺の屋敷で逗留すると良いだろう・・・くっ」

俺は目眩を覚え地に膝を付いた。

「七夜殿?如何されたのです?」

「すまん、眼を少々酷使しすぎたようだ。少しここで休ませてくれ・・・」

そこまで言うのが精一杯であった。俺の意識は直ぐに闇に沈んでいった。


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