「・・・の!なな・・・!・・・七夜殿!」

「・・・?どうかしたのか?御者殿?」

「宮殿に到着いたしました」

「おおそうか、・・・世話になったな」

俺はそう言い、御者に礼を述べ牛車を降りた。

そこには宮廷武士と思われる簡単な胸甲を身に纏い手には薙刀を持った二人の男が畏まっていた。

「七夜鳳明殿とお見受け致しますが?」

「ああ、そうだ」

「・・・謁見の間にご案内させていただきます」

「すまない」

俺は軽く一礼すると、彼らの後についていった。

「・・・そう言えば、巫浄の当主殿と陰陽師殿はすでに?」

「はい既に、謁見の間にお集まりしております」

「と言う事は帝も?」

「いえ、帝は皆様がお集まりになられてから御声を賜る事になっております」

「そうか・・・」

しかし・・・俺のみならず、巫浄、陰陽師まで呼ぶとは一体・・・

その様な事を考える内に謁見の間に到着したようだった。





「七夜殿、こちらにてお待ちを」

そう言うと、一人が簾を上げた。

おれはその簾を潜ると、スッと、簾は再び下がった。

中は少し薄暗いが四人いる事はわかった。

それに対して、相手の方は逆光となっている為であろうか?俺の顔が良く見えないらしい。

若い女と思われる声が、躊躇いがちに

「・・・失礼ですが七夜のご当主殿ですか?」

そう聞いてきた。

?・・・この声どこかで聞いた様な気が・・・しかし、一応名は名乗っておかないとな。

「・・・いかにも、七夜の現当主、七夜鳳明と申す。よしなに・・・」

と、続きの言葉を発そうとした途端、

「鳳明ちゃん?!」

「鳳明さん?!」

と信じがたいほどの大声が右隣にいる二人から発せられた。

その声と、ようやく慣れてきた俺の眼がようやくその二人を認識した。

「・・・久しいな、翠、珀」

「はい・・・」

「はい、鳳明さんも御元気そうで何よりです」

しかし・・・この二人とこの様な場所で再び会おうとは思わなかった。

彼女たちの名は翠と珀の姉妹。

巫浄当主の娘である。

この国では極めて珍しい、双子である事と赤みを帯びた髪、そして妹の翠は青みがかった紫の、姉の珀は赤みがかった紫の瞳をそれぞれ有している為、部外者は元より一族の中ですら好奇と偏見の視線を受けながら生きてきたと言う。

俺が、この不思議な双子と出会ったのは俺の精神修行もほぼ終了に近付いてきた蒸し暑い日の事だった。

当時七夜と巫浄は御互いに客を呼びもてなす事が年中行事となっていた。その時は巫浄の当主に付き添われた翠と珀も七夜の里にやって来たらしい。

・・・らしいというのもその時、俺は精神統一の真っ最中で周囲の事に気を配る余裕は無かった為だった。

そして、一通りの修行も終わり俺が小屋を出た時には既に月が出ていた。

まだこの力を制御出来なかった時の俺は月夜の時が大嫌いだった。

というのも月の光があの線や点をぼんやりと浮かび上がらせ、日の出ている時よりも強い恐怖となり俺は月夜には窓も、戸口も全て閉じきり、月明かりの侵入をかたくなに拒んだ。

月明かりの中にいる位なら本物の闇に身を潜めていた方がまだましだったのだ。

しかし、その時には見ない事をある程度意識していれば、線も点も浮かび上がる事は無い。

そこで、初めて、月夜に外に出てみようと思ったのだ。

そして・・・俺は今でもはっきりと覚えている。

月夜と言うものがこんなにも綺麗なものとは思わなかったこと、そして・・・その時に出会った双子姉妹の事を・・・







「うわぁー、すっごく綺麗。月夜ってこんなにも綺麗だったんだー」

初めて普通の人と同じ視線で見た月夜の光景を俺は素直に感動していた。

今までの光景はどんなに幻想的でも、俺にはまず線が目に付いて、到底その景色に心を奪われると言う事など無いからだ。

そしてその景色を堪能してさて寝ようとした時だった。

「・・・えぐ、えぐ」

「翠ち・・・ないで

」と子供のような声が風に乗って聞こえてきた。

それはどうも近いようだと思うと、その声の方角に歩き出した。

そして暫く進むと草むらで、二人の女の子が蹲っていた。

いや・・・正確には一人が泣きじゃくっていて、もう一人が懸命に慰めているようだった。

「・・・なんで泣いているの?」

俺は思い切って、そう聞いてみた。

すると、泣いている方が怯えたようにもう一人の方に隠れもう一人は俺を見てきっと睨み付けた。

「な、なによ!!また苛めに・・・あ、あれ?君だぁれ?」

庇った方が最初大声を上げたが、後半には首を傾げてそう尋ねてきた。

「僕は七夜鳳明・・・あ」

とそこで俺は初めて気が付いた。

この二人の髪が、自分とは違うと言う事を。

「・・・へぇー」

「・・・・!」

「な、なによ、気持ち悪い髪だって思ってるんでしょう?」

「・・・すっごく綺麗だね」

その時の俺には月夜にうっすらと照らされた二人の髪が本当に綺麗に見え、そして素直にそう言った。

「「えっ?」」

二人は同時にそう言った。

「・・・綺麗?」

「そ、そんな、・・・嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ、こんなに綺麗な髪見たの初めてだ。ねえ、触ってもいい?」

そう聞くと、返事を聞く前に、二人の髪に触れてみた。

それは柔らかく本当に綺麗な赤い髪で、俺が目を細めてその髪の手触りを楽しんでいるのを二人は信じられないと言う風に見ていた。

やがて

「・・・本当に?」

「ん?」

今までほとんど口を利かなかった方がぼそりと聞いて来た。

「「本当に綺麗?」」

と今度は二人同時に聞いて来た。

そして俺は大きく「うん!」と大きく頷いた。

その途端、二人が同時に俺にしがみついて大声で泣き出した。

「ひっく、ひっく・・・ありがとう・・・」

「うれしいよ・・・うれしいよー」

泣きじゃくりながらそんな事を言っていたが、その時の俺は二人が何故泣き出したのか訳が判らずただおろおろして、泣き止ませるのに必死だったのを覚えている。

その後、ようやく落ち着いた二人は最初泣いていた方が妹で翠、俺に最初文句を言ってきた方が姉で珀、更に今日からここに暫く逗留する事になった巫浄の家の者だと自己紹介した。

そして、自分達がこの髪と眼の色で今まで苛められてきて、ここでも七夜の子供達に散々からかわれて、ここで泣いていたと言う。

だが、それを言うなら俺の眼の方が翠や珀の何億倍も、異常で怖いものだ。

だから、この二人の髪や眼の事なんて気にする程でもないと本気でそう思っていた。

そして次の日から俺は、彼女達を連れて修行の合間には遊んだり、俺の知っている限りの所を案内した。

二人は「こんなに楽しかったり優しくされたの父様と母様以外じゃ初めて」と言って、珀は俺を『鳳明さん』、そして、翠は『鳳明ちゃん』と呼んで、帰る頃には俺にすっかり懐いていた。

更に帰る時には、巫浄の当主が、俺に、"娘と仲良くなってくれてありがとう"といって礼を述べていった。






しかし、礼は俺の方が言わなければならなった。

恐らく、今日まで俺が、『凶夜』とならずに済んだのはきっとあの日別れてから、大きく、そして目を見張るほど美しくなり、今眼の前で懐かしそうに笑っているこの二人のおかげなのだから・・・

「しかし・・・本当に久しい。まさかお前達が、当主の共で来ているとは思わなかった。・・・巫浄の御当主殿はご壮健か?」

俺がそう尋ねると、

「鳳明さん実は私達が今の巫浄の当主なのです。」

「え?お前達二人が?」

「はい、父は昨年流行り病で・・・そして私達二人の力が均衡していた為私達が当主となったのです。・・・紹介が遅れました、巫浄二当主の一人、翠です」

「同じく巫浄二当主の一人、珀です」

「・・・そ、そうか・・・よしなに・・・」 

俺が、やや面食らって、しどろもどろに挨拶を返すと、二人は顔を見合わせくすくすと笑い出した。

しかしそこへ、

「話は終わりましたかな?早く腰を落ち着けられたらどうか?殺人狂の七夜の当主

「お・・・御師匠」

と、後方からあからさまな、侮蔑の声と、それを諌める声が聞こえてきた。

表情をいつもに戻すと、後ろを振り返った。

そこには、偉そうに踏ん反り返った、中年の男が俺を軽蔑の表情で見ており、その傍らでは、翠達と同い年ぐらいの少年が、恐縮しながらこちらを見ていた。

白を基調とした服の袖にはご丁寧に、晴明紋をあしらっている。

「・・・これは失礼した。見知った顔に会ったものでな・・・貴殿は?」

「はっ、私を知らぬとは、七夜とはそこまで世を知らぬとは思わなかった・・・おい、こいつに私の事を説明してやれ」

「はっ、はいっ・・・こちらにおわせます方はかの阿部晴明様の最高の愛弟子、阿部省晴殿にあらせます」

とその少年はしどろもどろにそう言った。

「・・・あの阿部晴明殿の愛弟子か・・・」

だが、俺には省晴よりもまだ名も知らぬ少年の方が気になった。

(この男より彼の方の力が強い。磨けばどんどん輝くな・・・)

そう判断したが、あえて口にせず一礼すると、そのまま珀の隣に腰掛けようとしたが、唐突に翠が俺を引っ張り、自分達の間に座らせてしまった。

それと同時であろうか?

唐突に、奥の簾に隔たれた向こう側に誰かが入ってきた気配がした。

俺が静かに頭を下げると同時に帝の侍従と思われる者の「陛下のご入室!」と言う、声が響き、残りの者も慌てて頭を下げた。

しばらく経ち、頭上より「皆、面を」との短い声が響き、俺達は顔を上げた。

簾も奥には誰かがいるが、顔も服装も分からない。

だが、誰かがいた。

「・・・此度は足労をかけたな、・・・特に、巫浄の両当主」

「「いいえ、その様な御言葉もったいなき事です」」

「阿部殿もよく来てくださった」

「いいえ、陛下の御為でしたら、例え千里の果てからでも、馳せ参じましょう」

「そして・・・七夜殿、一昨日は大儀であった」

「・・・・・・」

俺は静かに頭を下げ、おもむろに

「それで・・・帝よこの度、我らをお呼びした用件とは一体何なのでしょうか?」

「・・・!七夜!!陛下に向かって何たる暴言を!」

「よいよい、七夜殿の言い分も最も、・・・本題に入ろう・・・実はな・・・ここ数日都で奇怪な・・・物の怪が加担したとしか思えない人の死が相次いでおるのじゃ」

「?陛下奇怪とは?」

珀が首を傾げそう尋ねた。

「・・・口で言うより、実物を見た方が早いであろう。・・・誰か!例のものを!」

と帝が周囲に声をかけた。

すると、侍従の一人が席を立った。

「・・・それで帝よその物の怪を退治せよと言う事ですか?」

「いや・・・正確には今回の犯人を特定し退治をして欲しいと言うのが依頼じゃ」

「?それは一体?」

「うむ・・・おお来たようだ。早速見てもらおう。」

「・・・ね、姉さま・・・」

「・・・だ、大丈夫だから翠ちゃん」

「これは・・・・!」

「ひっ!!」

「・・・こいつは・・・また・・・」

侍従が持ってきたものを見た俺達五人は絶句した。

それは一見すると、乞食が身に纏っているボロ服であった。

しかし、服だけではなかった。

それを着ていたのは・・・人間の皮膚だった。

それも・・・骨も血も肉も無ければ、目玉も歯も爪もない。

辛うじて髪のみが残された哀れな死体・・・

「・・・この様な死体が、羅生門の近辺を中心として、都中で発見されただけで、五十体」

「確かに・・・我ら七夜でも、ここまではしない・・・と言うかこんな真似人には不可能だ。帝よ、物の怪か亡霊かの判断が付かないのですか?」

「そうじゃ、現にお主達を呼ぶ前に余の直属警護隊及び、陰陽師達にも調査を行わせたが・・・」

「・・・なるほど・・・それでか・・・」

ようやく俺はここに呼ばれた理由を悟った。

「陛下!御言葉ですが、これは間違いなく朝廷に恨み持つ悪霊の仕業!調査の必要もございません!!」

と、省晴が大声で叫んだ。

「ご安心くださいませ陛下。この省晴、陛下の宸襟を騒がせる不貞の輩、直ぐにでも退治してごらんに入れましょう!」

「お持ちくださいませ阿部殿、お一人ではあまりにも危険、亡霊でしたら私達巫浄も専門、助太刀いたし・・・」

「その様な必要は無い!下賎の退魔ごときや、ましてや卑しき暗殺者の手など借りぬ!・・・陛下これより直ぐ、私の力を持ちまして、都を大掃除いたします!」

「お、御師匠!お待ちください!」

それだけ言うと、俺達に一瞥をくれ、省晴ともう一人の少年は謁見の間を足早に退室していった。

「・・・帝・・・この様な死体はやはり羅生門に多発しておられるのですか?」

ほんの僅かな時間沈黙が支配したが俺の言葉が時間を再生させた。

「うむ、数は羅生門に集中しておるが、都のほぼ全域にこれが、現れている」

「・・・そうなると、その化け物は複数か、都全域を狩場にしていると言う事か・・・判りました帝よ、この依頼謹んでお受けいたします」

「しかし、阿部は亡霊の仕業と言っておったが?」

「確かに阿部殿の言う通り亡霊の仕業であれば、阿部殿と巫浄殿の仕事、私目の出る幕ではございません。・・・しかし、逆の原因とすれば七夜の出番と言う事でしょうか?」

「その通りじゃ、・・・七夜殿、よろしくお願いするぞ」

「はっ」

そして、俺達が頭を下げると、人の気配がこの間から消えていく。






「・・・ふうっ、また厄介な依頼が来たものだ・・・」

「鳳明さん、あのような死体、物の怪が作れるものなのでしょうか?」

「さあな。それは判らぬが、俺達とて異界の全てを理解していると言う訳では無い。あのような能力を有する物の怪が存在してもおかしくはあるまい・・・」

「そうですね・・・」

「はい・・・」

謁見の間を辞し宮廷をでる途中、俺達三人はその様な事を話しながら、牛車に戻りつつあった。

もう既に周囲は夜を迎えつつあった。

「まあ、良い・・・阿部殿が退治してくればそれで良し。阿部殿の手におえぬものであった時はその時改めて俺達が調べれば良い・・・さて、翠・珀、お前達今宵・・・と言うより、今回の滞在中は何処に居るつもりだ?」

「え?」

「・・・そう言えば姉さま、宿ってとった?」

「あ、あははー」

「・・・忘れたのね・・・」

「ご、ごめん翠ちゃん」

「・・・まあそんな事だろうと思った。昔からそうだったからな珀は。用意周到なのにどこか抜けていると言うのは」

「あーっ!鳳明さんひどいです・・・」

「姉様、鳳明様の言うとおりです」

「翠ちゃんまで〜」

「まあいい・・・どうだ?俺の屋敷で逗留すると言うのは?」

「えっ?で、ですが・・・鳳明様・・・それではご迷惑なのでは?」

「そんな気を使うな翠、衝も居るからな」

「えっ?衝の小父さまも?」

「じゃあ行こうよー翠ちゃん。それに鳳明さんと一緒に居られるんだから」

「あっ・・・」

翠の顔が瞬く間に真っ赤になった。

「翠、熱でもあるのか?」

と、額に手を当てると、翠は更に全身を紅く染めあげて

「・・・お、お願いします鳳明ちゃん・・・」

極めて小さい声でそう言ってきた。

「良し、話は決まった。では早速・・・ん?」

「どうしたのですか?・・・あら?」

「あれあの子は・・・」

と俺達の視線の先にはあの陰陽師の弟子の少年が佇んでいた。

「七夜殿」

というと、少年は深く一礼した。

「ああ、貴殿は先程の・・・」

「はい、陰陽師見習いの紫晃と申します。よしなに」

「ん?その声の高さ・・・貴殿もしや女か?」

「は、はい」

確かに髪を短くしているが顔つきやその佇まいの所々に女性らしい空気を醸し出していた。

「そうか・・・これは失礼した。しかし・・・貴女のその目と髪は・・・もしや異国の者か?」

「・・・!」

紫晃はびくりと体を震わせた。よくよく見ないと判らないが、彼女の髪と目は黒と言うより、濃紺に近く、俺のように間近でさらには注意深く観察しなければ、到底わからない。

「は、はい・・・」

「・・・これは失礼した。別に貴女の出自についてとやかく言うつもりは無い。忘れてもらえれば有りがたい・・・」

彼女が怯えたように顔を歪めた為俺はこれ以上の追及をしない事にした。

「それで紫晃殿、何様で?」

「あっそうです、最初に先刻は師が無礼な口を叩きまして申し訳ありませんでした。ただ、師は陰陽師の仕事に誇りを・・・」

「いいさ、彼にも彼なりの事情と言うものがある、それほど根には持ってはおらんからな」

「有難うございます。そう言って下さいますと私も気が楽になります」

「そうか・・・それで、その省晴殿は?」

「はい、既に師は悪霊払いの儀式を行っている最中です」

「そうか・・・貴女は手伝わなくとも良いのか?」

「い、いえ、とんでもございません、私のような未熟者では師の儀式を邪魔するだけです、そ、それに・・・実は私がここにおりますのも、師より、あなた方が自分の邪魔をしないように見張ってろと言う言い付けでいるだけで・・・」

「・・・そうか・・・惜しいな・・・」

「鳳明さん何か?」

「いや・・・何でもない・・・安心しろ紫晃殿。邪魔する気は毛頭ないから・・・」

その時だった。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!」

身を切るような悲鳴は轟いた。

「正門の方向か・・・」

そう俺は呟くと、いまだ把握しきっていない三人を残し、正門に向かって走り出した。






「・・・なんだ?これは?」

正門に到着した俺の第一声はそれであった。

既に周囲には鎧と服を来た皮膚が無数に散らばっていた。

そして、省晴がそれに向かって、呪術をぶつけ、護衛と思われる兵士達がしきりに斬り付けていた。

しかし、俺が疑問を投げ掛けたのは二つの点である。

一つはその化け物の姿だった。

それはなんと表現すればよいだろうか?

姿的には並みの建物はあろうかと言う、巨大な鞠だった。

色は苔のような毒々しい緑、更にほつれた糸のような禍々しい無数の触手がザワザワと蠢いている。

そしてその触手が不用意に近付いた兵士を一人捕らえる。

その途端、

「ひ、ひぃぃぃぃ!!」

そんな絶叫を残して兵士は瞬く間にしぼみ、目玉や痙攣で突き出したと思われる舌が引っ込み、服を着た皮膚と化してしまった。

「・・・こうやって人の内部を吸い尽くしていたのか・・・」

俺はそう呟きつつももう一方に視線を向けた。

それは二つの人影であった。それは、一つは爪で、もう一つは長い髪でその触手を断ち切り、化け物に肉薄しようとしていたが、直ぐに、再生した触手がそれを防ぐという風に全く埒があかない状態であった。

それは到底人の到達できる速さでも力でもない。

と言う事は、

「・・・魔の者か?」

そう呟いた。

しかし、協力して戦っている訳でもなさそうだった。

双方とも連携してと言うよりもお互い勝手に攻撃を仕掛けている様であった。

「う、うわぁぁぁぁ!た、助けてくれぇー」

その声ではっと我に帰ると省晴を始めとして全ての兵士達がが触手に囚われていた。

俺はその光景に慌てて七夜槍を手にし力を解放した。

その途端、触手に現れた死線を俺は通し草を刈るように触手を薙ぎ払ってゆく。

さすがに俺に切られれば、直ぐ再生とは行かない様だ。

その隙を突き、一気に本体に肉薄し本体の死点を貫こうとしたがその瞬間俺の動きは止まった。

「・・・ない?・・・」

そう触手には線が存在した、点も存在した。

にもかかわらず、本体には点も、線も存在していなかった。

(馬鹿な。なぜ一部には存在して一部には存在しない?)

それがまずかった。

気が付くと、既に触手は俺を包囲して捕らえようとしていた。

「ちぃ!」

俺はやむを得ず触手をまとめて薙ぎ払い一旦、正門まで後退した。

そこへ、

「鳳明さん!どうなされたんですか?」

「鳳明様?!これは一体・・・」

「ああっ!御師匠!!」

翠達がようやくやって来た様だ。

「七夜殿これが?!」

「・・・ああ、間違いないだろうこいつが今回の犯人だ」

「くっ、御師匠を放せぇぇぇ!」

そう叫ぶと紫晃は、複数の呪譜を放った。

すると紫晃の詠唱と共にたちまちの内に呪譜は餓鬼に変貌を遂げた。

そしてその餓鬼達は次々と触手に襲い掛かる。

しかし、化け物はそんな猛攻をもろともせず、逆に餓鬼を触手で捕らえると式神すらも吸収しだした。

「ちっ、奴にとっては此の世に存在するものは何でも栄養源になるようだ」

俺は思わずそう毒づいた。

餓鬼式神は次々と元の紙となり、宙を舞う。

そして、

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・」

「ひ、ひぃぃぃぃ・・・」

「あ、あああああ・・・」

次々と絶叫が響き渡り人間がただの皮膚と化す。

「あがががががが・・・・・」

奴は遂に省晴の体まで奴は吸収しだした。

彼の目は文字通り奥に引っ込み、やや丸みを帯びた頭部は真平らとなった。

ほんの少しで、阿部省晴の体はただの晴明紋の付いた着物を身に纏った皮膚へと変貌してしまった。

そして奴はそれらを放り出すと、生き残った俺達と向こう側に居る二つの人影・・・いや正確には二人の女性・・・に狙いを定めた。

「どうするんですか?鳳明さん?」

「・・・・・・」

俺は珀の言葉にも傾けないほど集中していた。

(存在するものなら線も点もある筈、それが無いとなれば、・・・もしや奴の本体は・・・試す価値はあるな)

そう結論付け、俺は仕事ですら使う事は滅多に無い、力の次の段階に入った。

その途端奴に死線と死点が浮かび上がる。

「・・・やはりか・・・奴の本体は物・・・見えぬ訳だ・・・」

「えっ?」

「・・・『物』?『見えぬ』?」

「七夜殿、一体何を・・・」

「紫晃殿、奴は俺が仕留める。貴女には二人の事をお願いしたい」

おれは奴から目を離さず、後ろに居るであろう紫晃にそう声を掛けた。

「えっ?き、危険です!後ろの女性達も何度かあれの本体を攻撃していますが、直ぐに再生しています」

「・・・心配要らない。俺に切られれば、奴は再生できん」

「えっ?それは・・・」

俺はこれ以上の言葉を必要とせず、一気に突進を開始した。

愚かな獲物が、真っ正面から突進してきたと、奴に意思があればそう判断しただろう。

翠、珀、紫晃殿に向かおうとしていた触手が全て俺目掛け、襲い掛かってきた。

翠の悲鳴が聞こえた気がした。

しかし、俺に触れる前に触手は一つ残さず、薙ぎ払われ、再び俺は本体に肉薄すると、今度はなにも躊躇いなく、俺にとって死角の可能性を生む左部分の一部に走る線を一気に通した。

瞬く間に、その部分はばっさりと切り裂かれ、外部と同じ苔色の内部が現れた。

(しかし・・・相変わらず奇妙な感覚だ。相当なる達人でも出来ぬ事を俺は簡単にやってのける・・・)

ふとそう考え、心の中で苦笑したがその間に事態は急変していた。

俺に切り裂かれた部分が何時まで経っても、再生できない事を奴も悟り、俺を極めて危険な存在と確信したのだろう。

今まで、後ろに居る二人に向けていた触手全てが俺に敵意を向けていた。

「だが・・・もう遅い・・・」

俺はそう呟くと、一斉に襲い掛かった触手の内、上空の部分を跳躍しながら切り払い、奴の死点目掛け一気に急降下を開始した。

その途中触手が、俺の足に絡みついた。

しかしもう遅かった、その時には俺の七夜槍は奴の点を寸分違わず貫いていたから・・・

足の触手は霧散し、本体は、砂の様にぼろぼろに崩れてゆき、最後には一山の何かに変わっていた。

全て終わったと見るや、俺は力を抑えようとしたが、その瞬間屋根に人の気配を感じた。

その瞬間ほとんど本能に近い形で俺は正門の屋根に跳躍していた。

「・・・信じられん。わしの創った芸術品がこんなに容易く・・・」

その屋根に相対している筈の相手はそう、呟いた。暗闇の為姿形はまるで見えない。

辛うじて線と点を識別できる程度だ、しかしそれは紛れも無いしわがれた老人の声だった。

「・・・なるほどな、あんなはた迷惑な物を創り出したのは爺、てめえか・・・。自分の行った事に対する責任は取る覚悟あるんだろうな・・・」

「ほほう、わしがどういった者なのか知っておるのか?」

「さあな、そんなもん知りたくもねえ・・・死ぬ前のお喋りは満足したか?」

「いやいや、わしにはまだやらなくてはならぬ事もある、これで失礼するとしよう・・・と、その前にお主の名、聞いておこうか?」

「・・・七夜鳳明・・・この名を地獄に持って行け・・・」

「!!な、なんと、『死の眼』を持つ『凶夜』と、この様な所で会おうとは・・・」

「!!爺、貴様何処でその名を聞いた?それもついでに吐いてもらおうか?」

「七夜鳳明とでは分が悪過ぎる。・・・また会おう・・・」

「まち・・・!ぐっ!」

闇に溶ける様に消えようとした奴を追おうとしたが生暖かい突風が俺の前進を完全に阻み、それが収まった時には奴の姿は完全に消えていた。






後書き

   さて一気に急展開を見せました三話どうでしたでしょうか?

   今回出ました『凶夜』は完全なる造語です。

   思い付きです。

   口からでまかせです。

   ただ、魔と対抗できるなら、その魔をも凌駕する者が存在してもおかしくないのでは?

   そう思い付くと瞬く間に基本設定が出来上がりました。

   今回出てきたオリジナルのヒロインについてですが・・・

   彼女達に関しては最初出す予定は一切ありませんでした。

   だったのですが綴って行く内に何時の間にか出てきてしまいました。

   彼女達が今後この物語で与えられる役割に関しては大きい者と小さい者で、かなりの差が出ます。

   あと、初めてのバトルシーンいかがでしたでしょうか?

   臨場感が出ていれば幸いと思います。

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