俺が最初、向かったのは屋敷ではなかった。
そこは森の中の少しだけ開けた、広場の中央にある土が盛り上がった、ただ棒切れ一本のみが突き刺さった粗末な、本当に粗末な墓の前だった。
俺は、肝心の作業をする前に、ここを墓参りする事も決めていた。
俺は周囲にある野花を何本かを摘むと、墓に沿え静かに手を合わせた。
「・・・親父、母さん、そして皆、済まないけど里にある最後の一軒、俺焼くよ。そうしないと、俺過去の事ばかりに目を向けちゃいそうだから・・・」
そう墓に向かって報告すると、俺は再び力を発動させ、今度こそ屋敷に向かった。
屋敷は、相も変わらず、荒れに荒れていた。
しかし、幸いな事にここ数日、雨は降らなかったようだ。柱に湿気った形跡は無い。
「さてと、本を持ち出すとしよう」
そう言うと、俺はまず地面にビニールシートを敷きだした。外に出した本はここに置くのだ。
更に俺はリュックを下ろすと、例の灯油、そして火種用のライター、そしてビニール袋を次々とリュックから出していく。
一通りの準備を済ませ、俺は電灯を手に再び、隠し階段を開けた。
「・・・そう言えばここは・・・そうだ。当主の部屋だったんだ」
そうなると親父もここの存在を知っていたのだろうか?
こんな大量の蔵書を集めたのは他ならない、爺さまなのだから。
何でも、爺さまには七夜一族には珍しく未来予知と過去を見る能力があったという。
そして、ある時『必要になるときが必ず来る』と周囲を強引に押し切ってこんな蔵書庫を創りだしたのだ。
更に、その中には、七夜の門外不出の記録もあったというので、かなり一族会議は紛糾したと言う事だ。
「まさか・・・孫の代になって必要となるなんて考えもしなかったろうな」
それとも、俺の代に必要だと判って、こんなものを創り出したのかも知れない。
俺には記憶はそんなに無いけれど、周囲の評価は『暗殺者らしからぬ性格を持ってはいるが信頼できる方、しかし、時折、何を考えているのか分からないことが有る』そうなのだから・・・
そんな事を考えながら俺は、隠し階段から蔵書庫に足を踏み入れた。
そして、電灯を床に置くと一冊ずつ外に出し、シートに置いた。
日干しと言うやつだ。
幸い、今日は天気も良いから、雨で濡れるなんて事も無いだろう。
二十分足らず経つと蔵書庫は本棚のみで後は土壁のみとなっていた。
さて、終わった事だし上がろうとしたが俺は壁の一角に釘付けとなった。
その壁も、他と全く変わりは無いはずなのに・・・目を離せなかった。
(呼んでいる・・・)
俺は本能でそれを悟った。
そして俺は、おもむろに眼鏡を外し、更に久々に『直死の魔眼』の力を解放した。
目を瞑り、開いた時、俺の視界にはあの忌まわしい線が縦横に走っている。
そして、おれは其の壁の線を本棚ごと断ち切った。
結果は・・・予想通りだった。
その壁によって隠されたもう一つの隠し部屋が見つかったのだ。そこには・・・一つだけの本棚、そして、ご丁寧な事に、鎖によって厳重に封印された木箱二つがあった。
俺はその最後の品を外に出すと、まずは当主の間や、柱と言った、屋敷で燃えやすそうな部分に灯油を撒き、撒き終えると、俺はライターで、ティッシュに火をつけ、畳にそれを放り投げた。
火は最初ゆっくりと、だが瞬く間に屋敷全体に燃え広がり始めた。
そんな様を、俺は静かに最後まで見届けた。
これが、七夜一族最後の生き残りである俺の務めなのだから・・・。
一方そのころ・・・
「うわぁー琥珀さんすごいですねぇーこれ全部琥珀さんが?」
「はいー志貴さんのお生まれになられた所に行かれるのでつい、気合を入れすぎちゃいましたー」
御昼ご飯の弁当を広げる琥珀と、それを手伝うシエルはそんな事を言い合っていた。
「ほんとに琥珀あなた随分と気合入れたものね、屋敷でもこんな豪勢な食事出した事無いんじゃない?」
「うわぁーほんと、すっごくおいしそう〜」
「姉さん・・・これ全部志貴様の好物ばかりではありませんか?」
その会話に、秋葉・アルクェイド・翡翠が加わった。
ちなみにレンはもの欲しそうにじっと御弁当を見つめているだけだった
「はい。志貴さん、今日はすっごくがんばられたので私からのご褒美です!」
「・・・琥珀、貴方まさかそれを使って点数稼ぎしようとしてるんじゃないでしょうね?」
秋葉がふと危険を覚え、ジド眼で琥珀を睨み付けながら詰問しだした。
「あは〜秋葉様そんなことする訳ないじゃないですか。私はただ、御料理の出来ない人より、出来る人と結婚された方が美味しい御食事を毎日味わえるんだって事を教えようとしているだけですよ〜」
「・・・琥珀、あなた何処略奪されたいの?」
「琥珀さん、いい度胸していますね。いっそ貴方の輪廻を今ここで断ち切って差し上げましょうか?」
「琥珀、それって私への当てつけ?」
「・・・姉さん・・・」
そんな言葉を聞いた4人が、殺意を漲らせ、琥珀ににじり寄った。
しかし、琥珀の言葉は過激であるが、虚偽は混ざっていない。
翡翠は、味覚に普通の人との間に決定的なずれが存在するし、シエルは出来てもレトルトカレー(現に志貴があの事件の際、シエルの家に泊まる事になった時も、食事は全てレトルトカレーであった)。
アルクェイド・秋葉・レンは言うに及ばずであった。
「皆さん駄目ですよー。こんな所でそんな事をすると今日のお昼ご飯が無くなっちゃいますよー。志貴さんがおなかをすかせて戻ってこられるんですから!」
琥珀が、人差し指を突き出してそう言うと、流石に全員歩みを鈍らせた。
だが、眼は全員『いつか殺してやる』と叫んでいる。
琥珀もまた眼は笑わず、周囲の空気が、帯電している様にも見えた。
そんな時だった。
「志貴さま!」
レンが走り出した。
志貴が戻ってきたのだ。
手に、見慣れぬ二つの木箱を持ち・・・。
屋敷もあらかた燃え尽きたと見ると、俺は、あの木箱を手に一度戻る事にした。
理由は簡単だ、この中身を一刻も早く確認したかった。
おそらく・・・いや、間違いなく俺が捜し求める七夜鳳明の記録はこの中にあると確信していた。
「・・・行儀は悪いが、食べながら調べるとしようか?・・・いや本が汚れたらやばいな、それに、秋葉に本当に殺されかねん。・・・食い終わってからにするか」
本当は一秒でも早く見たいが、その事を考えると、それを行う勇気は起こらない。
皆のいる所に戻るとさっそく、
「志貴さまぁ〜」
と、レンちゃんが、俺にまとわりついて来た。
本来なら、頭を撫でてあげたいが、あいにく俺の両手は木箱によって塞がっている為、笑う事しか出来ない。
「ごめん皆、さっそくご飯にしようか・・・って何やってるんだ?」
琥珀さんを輪の中心にして、秋葉達がにらみ合っているこの状態はかなり怖い。
他人であるならできるだけ関係する事は避けたい。
「志貴さん。では早速お弁当にしましょうか?」と、いち早くいつもに戻った琥珀さんは笑いながらそう言った。
しかし・・・その眼にどす黒い何かがある様な気がしたのは俺の気のせいでは無いであろう。
「「「「・・・・・」」」」残りの皆も、どうにかぎこちない笑顔で(琥珀さんには強烈な殺気を募らせているみたいだが)頷くと、シートに座りお昼が始まった。
「それで遠野君、探し物は見つかったのですか?」
「うん。取りあえずお昼終わったら、あれの中身を確認して、その後、残りの本を回収して帰るけど」
「こらーレン!志貴の上に乗っかってご飯食べるなー!ずるい!」
「御言葉ですが、これが出来るのは、私が皆様に比べてまだ軽いからです。それに、私は志貴さまのお食事の邪魔はしておりません」「兄さんにあれが欲しい、これが欲しいと言って、取ってもらう事も邪魔では無いと言うの?」
「はい、あくまで志貴さまのご好意に甘えているだけです」
「・・・志貴様どうぞ」
「ありがとう翡翠」
「どうですかー志貴さん?」
「うん美味しいよ。琥珀さん」
「こらそこ!抜け駆けするんじゃない!」
皆で輪になって、食事を取りつつ談笑していた。
しかし、俺はあれの中身を見たくてうずうずしていた。
そして、遂に我慢できなくなり
「琥珀さんごちそうさま」
「あれ?志貴さんもうおなか一杯なんですか?」
「うーん正直言うと少し物足りないけれど、あれの中身を見たくて・・・」
俺は苦笑しながら、傍らに置いていた木箱を手にしていた。
ちなみに、鎖は既に断ち切っている。
見ると、他の皆が俺を食い入る様に見ている。
まず、青一色で塗装された箱を開けると、そこにはかなりの厚さの大学ノートが一冊だけ入っていた。
以前の当主録と違いこれには表紙にも、何一つ書かれていない。
表紙をめくると、最初の一ページ目には、ただ、『凶夜録』とだけ書かれていた。
「『凶夜』?シエルー、なんだか知ってるー?」
「私に聞かれても知る訳無いでしょう」
「そうかなー?この名前の感じってシエルにぴったりと思うんだけどなー」
「私よりも、貴方に相応しい称号だと思いますよ『凶夜』なんて」
「先輩、アルクェイド。これは"きょうや"と読むんじゃない。"まがや"って読むんだよ」
「志貴さん知っているんですか?」
「えっ?」
「『えっ?』って、兄さんが自然に"きょうや"と読んでいたのを、"まがや"と訂正したではありませんか」
「・・・そうだよな、何故だ・・・」
そう、おれは二人が、"きょうや"と呼んでいたので、極めて自然に"まがや"と訂正した。
「と、ともかくだ凶夜と言うのが何なのか調べないと」
俺は強引に自分を奮い立たせ、次のページをめくった。
以下は『凶夜録』の序章である。
・・・我ら七夜一族は知っての通り、一族同士との近親交配により、血の純度を保ち本来であれば、一代限りの保有である筈の超能力を一族の遺伝としたのは周知の事実である。
「うわー七夜もえげつない事やるんだー」
「五月蝿いぞアルクェイド」
しかし・・・常人には無い力を有しているとはいえ、所詮は人間。
生命力では魔には到底及ばない。
良くても、奇襲による暗殺がせいぜいである。
つまり、魔と真正面からの勝負など万・・・いや、億に一つの勝機も無い。
それが人の身を得た我らの唯一の戦法である。
しかし・・・我ら七夜にはその億に一つの勝機をも得る鬼人達が存在した。
これは、近親の交配を行い超能力を固有化させた事の反動であったのであろうか?七夜に何代かに一人の割合で生まれながらにして、異端の能力を有した者達が生れ落ちた。
その者達は例外にもれる事無く、暗殺者として最高水準の力を持ち、時には魔を瞬く間に消滅させる力を有する者も存在した。
だが、彼らの記録は何一つ残されず消え忘れ去られた記録となってしまった。
何故か?それはその力以上に彼らの辿った運命が理由だった。
我らは、常人より遥かに高い退魔の力と本能を有した。
更に、彼らはその我らよりも、遥かに高いそれを有している。
それが理由なのかわからない。
だが、事実として彼らは狂いなにも力を有しない者であろうと、目に入った者を次々と殺し、我らに討ち果たせられるのが彼らの運命となった。
その為、先人達は彼らが狂う前はその力を利用し狂う時は、七夜一族の総力を挙げ彼らを殺し、名も存在も彼らが生きていたと言う痕跡自体を消し去る事が暗黙の掟となった。
それゆえ、何時しか我ら七夜では、彼らの事を七夜に災いをもたらす七夜、禍々しき七夜として名ではなくこの通り名を与えた。
『凶夜』と・・・
「・・・・・・」
俺は言葉も無かった。
『凶夜』がそこまで七夜の中で忌み嫌われた存在であったとは・・・
しかし、目的はあくまでも、七夜鳳明を調べる事である。
(『凶夜』は俺には関係ない)
そう自分を奮い立たせ、ページを再びめくり始めた。
「・・・ない・・・」
俺は半ば呆然とそんな事を呟いた。
確かに『凶夜録』には想像を越える能力者がいた。
ある者は異界の武器を呼び出しそれを手に戦い、ある者は西洋風に言えば黒魔術師に近い能力を持ち、又ある者は死徒の様に死体を操った。
そして極め付けは敵対している筈の魔を召喚する者までいた。
これらの記憶を見て、先輩やアルクェイドの奴は口々に、
「こんな極東の島国にこんな使い手が居たなんて・・・」
「恐ろしいわね、確かにこれじゃ狂うのは当然ね。人間じゃ扱いきれない能力ばかりじゃないの」
と感嘆したりしていた。
しかし、そこにも七夜鳳明の姿は居なかった。
だが、最後のページをめくると、俺の心に希望が再び灯った。
そこには、こう書かれていた。
・・・このように私は後の世の子孫達の為に本来であれば、禁忌である『凶夜』の名を背負った者達の記憶を書き留め、いずれ子孫達がこれを見るであろう。
しかし・・・この『凶夜録』ですら、記さぬ『凶夜』が一人だけ存在する。
いや・・・正確には記す事が出来ないと言った方が良いかも知れない。
その者には正確な記憶は存在せず。僅かな口伝しか残されていない。
更に、一族にも"彼だけは記さないでくれ"と懇願された。
しかし、私は自分の知る限りの事を念の為に別の書に記す。
私の能力を持ってしても知る事の出来ない、最凶と最強の名を欲しい侭にした、伝説の『凶夜』、・・・七夜鳳明を・・・
「いた!」
俺は思わず大声を上げると、残りの黒で塗装された箱を大急ぎで開いた。
そこには随分と薄い、メモ帳ぐらいの大きさのノートが一冊のみあった。
「ここに・・・記されている」と呟くと、震える手で、それを開いた。
七夜鳳明・・・彼が何故、『凶夜』の中でも最強と称されるのか?
その理由は二つある。
一つは、彼の能力であった。
彼の能力は口伝では、『悪神の眼』・『全てを知る目』・『死の眼』と呼ばれ、一族ですら恐れられた。
「・・・なんなの?『悪神の眼』?『全てを知る目』?『死の眼』?」
「・・・?志貴様顔色が真っ青ですが?」
「志貴さん、休んだ方が良いですよ」
「志貴さま・・・」
「・・・だ、大丈夫だ・・・」
俺は心配する声にそう返すのが精一杯だった。
今の俺にはこの次に書かれている事を信じる事は出来なかった。
・・・彼の眼にはこの世の全てのものを断ち切る線と全てを破壊し尽くす点が常に見えていたと言う。
「まさか・・・これって・・・」
「間違いないわね。これ・・・『直死の魔眼』よ・・・なんて事・・・伝説の魔眼すらも七夜は持つ事が出来ると言うの?」
そんな先輩とアルクェイドの声すらも遠く感じた。
そして二つ目の理由は彼の名がなぜ、残されているのかと言う事に関係する。
と言うのも実は彼は正確には完全な『凶夜』では無かった。
彼は狂う事は無くその生涯を終えた。
どのように彼が『凶夜』にならずに済んだのかは今尚謎に包まれている。
しかし、彼は『凶夜』では初めてそしてただ一人、その能力と理性を完全に制御しえた者だと言う事は紛れも無い事実である。
だが・・・彼が何時、何処で死を迎えたのか不思議な事だが、それに関する記録は何一つとて無い。
彼は、七夜と呼ぶにはあまりにも強力すぎる能力を持ちすぎ、『凶夜』と扱うにはあまりにも心を保ちすぎた為、七夜でも無ければ『凶夜』でもないという、中途半端な扱いを受けその結果、七夜でも『凶夜』でも、口伝のみに語られる伝説の七夜当主となってしまった・・・
「・・・・・・・」
そこから先の事はなにも書かれてはいなかった。
いや、正確には書く事が出来なかったと言った方が良いであろう。
つまり、口伝でも、七夜鳳明の事はこれだけしかないと言う事だった。
「・・・だが、収穫はあった・・・よな」
そう確かに収穫はあった。
七夜鳳明が実在した人物だと言う事、七夜鳳明は俺と同じ『直死の魔眼』の持ち主で、どうもその力を自分の意思でコントロール出来たという事。
そして・・・七夜の歴史に『凶夜』と呼ばれる存在そのものを消された者達が存在したと言う事。
道理で七夜の家系図にも消されていたはずだった。
「・・・皆、御免、残りの本をこっちに運ぶからもう少しゆっくりしていて良いよ」
「えっ?・・・」
「遠野君、大丈夫ですか?今にも倒れそうなぐらい顔色悪いですよ」
「・・・大丈夫だから・・・」
それだけ俺は言うと、わき目を振らず、屋敷に向かって飛ぶように走り出した。
「あっ!志貴!」
「遠野君!待ってください!」
「兄さん?!」
「志貴様!!お待ち・・・」
「志貴さんやはり・・・」
「志貴さま私も・・・」
後ろに皆の声が聞こえた気がした。
気が付くと俺は屋敷の焼け跡の前に立っていた。
まだ周囲は火が燻っている。
しかし、ここまで燃えれば後は、自然が炭や灰を土に返してくれるだろう。
だが、俺にはそんな事を考える余裕すら今は存在していなかった。
確かにあの二冊の内容にはショックを受けていた事があった。
しかし、それ以上に・・・
(俺も『凶夜』になる可能性を秘めていると言うのか?)
そう、今の俺の脳裏にはその事への恐怖が渦巻いていた。
だが、なぜ半年前、皆に異常では無い殺意を有したのか?それの答えはようやく提示された。
おそらく、俺の七夜としての本能以上に『凶夜』の本能が発露したのだ。
だって・・・一バンサイ初ノ・・・・まガ夜ハ・・・ナンビャクにん乃・・・イノチを・・・ウバッたんだから・・・ソウ・・・マでも退マデモ・・・メニツイタものハ・・・ヒトリのコラズ・・・コロシタンだカら・・・
気が付くと俺は倒れ気絶する俺を他人の様に眺めていた・・・