駅を出た時俺はぐったりとしながら、皆に説教していた。

「いくら何でも、あそこまで暴走する事ないだろ。おかげで余計な時間をくったじゃないか」

「ご、ごめん志貴」

「ごめんなさい遠野君」

「すみません兄さん」

「志貴さま申し訳ありません」

「すみません志貴さんついつい興奮しすぎちゃいました」

「まあ、皆一応反省しているみたいだからこの事はもう何も言わないけど・・・じゃあ早速その別荘に案内してくれないか?秋葉」

「はい、兄さん」

そう言うと、秋葉を先頭に、別荘に向かって、歩き出した。





俺達がようやく、遠野の別荘に辿り着いたのは、夕方の5時位になった頃だった。

「へぇー、良くこんな近くに別荘なんてあったもんだな」

そう、その別荘は正に、七夜の森の目と鼻の先、ここほど好都合な場所はそう存在しないに違いない。

内装も、ゆったりと落ち着いた色調となっており、これなら今日から数日くつろげそうだった。

「はい、七夜が滅びた後ここを父は自分の土地としたのです。本当は七夜の森そのものも、崩すおつもりだったようです。でも、何でも、この森全体におびただしい量の罠が仕掛けられていた様で死傷者が大量に出た所為で、森は今でも、保存されているんです」

なるほど、確かに、あの森は普通の人間が入るには余りにも危険極まりない所だからな。

やがて俺は夕食後のくつろいでいる皆に、

「ところで皆、俺は明日さっそく、七夜の森に入るつもりだけど・・・ここでお留守番してほしいと言ったら・・・」

「ちょっと志貴、ここまで来て冗談は無しよ」

「そうです遠野君。私も一応七夜の森に入るのが目的なんですから」

「私もです兄さん」

「・・・はい志貴様」

「そうですよ志貴さん、せっかく買ってきた、登山用の服が役目を一回も果たせずにタンス行きじゃあ可哀相ですよー」

「私は志貴さまに付いて行きます」

やはりと言うべきだろう全員から反対された。

「じゃあ、今から言う事だけは守ってほしいんだ」

「えっ?なになに?」

そう一言言うと、さっそく俺は七夜の森が数多くの罠がある難攻不落の自然要塞である事を話した。

「えーっそんなの大丈夫だよー私が片っ端から人間の作った罠なんて壊して行っちゃうから志貴はそんな心配しなくても良いよー」

「あのな、俺はお前の心配をしてる訳じゃないぞ。先輩や秋葉達それに、レンちゃんが怪我したらどうするんだよ?」

「むぅー。志貴、なんで私の心配してくれないの?」

「当然だろうが、体を17分割されても生き返るような奴を心配しても、こっちが胃痛を起こすだけだ」

俺がそう言うと、アルクェイドは

「志貴の意地悪・・・」

そう言いながら爪で、のの字を書いて思いっきりいじけていた。

「遠野君、その罠はいったいどれほど在ると言うのですか?」

アルクェイドを無視して会話が再開された。

「そうだな、詳しくは知らないけれど、十年前の時点で、罠はざっと森全域に6千近く、通れる道は、ほんの数ヶ所しか残っていない筈だよ、今回はちょうどこの別荘の近くに、道の一つがあるから其処から森に入る」

「でも遠野君、こんなに多いと、どうしても、一つか二つは引っ掛ってしまいますよ。ここはまだいじけている、あーぱー吸血鬼に任せた方が良いのではないのですか?」

「いや」

シエル先輩の言葉に俺は首を横に振った。

「それは三つの理由で却下した。まず一つに、この森の罠は大抵、複数が一度に発動するんだ。下手な数だと、アルクェイドの手におえない」

ピクン!と、いじけているお姫様の耳が反応した。

「二つ目には、七夜の集落周辺には、『怨霊の門』と言う、一族からも恐れられた罠の密集地帯が随所に配置されているんだ。万に一つ、其処に入ったら最後、多分、御互い自分しかを守る事しか出来ないと思う。・・・なにしろ、一歩踏み込めば、百の罠が大歓迎してくれるって言うし、・・・そして三つ目、・・・まあ、こいつが一番でかい理由なんだが、やっぱり、アルクェイドに無茶させる訳には行かないから・・・」

この後の言葉を繋ぐ事は出来なかった。

「志貴ぃ〜」

いじけていた化け猫の機嫌が一瞬で回復、俺にまとわりついてきた為だ。

「だから、アルクェイド、そんなに引っ付くな。・・・まあ、そんな理由だから、少し遠回りになろうと、決められたルートで森に、入るから」

「うん!それで良いよー」

まだ引っ付いているアルクェイドが元気にそう答えるが、他の面々は、

「「「「「・・・・・・・・」」」」」

異様に怖い視線でこちらを・・・いや正確にはアルクェイドに・・・睨んでいた。

「・・・アルクェイド。いい加減に遠野君から離れなさい。・・・そのような事は絶対に禁止だと昨日決めた筈ではありませんか?」先輩が何時の間にか、黒鍵を構えている。

「いいじゃない。昼間は琥珀と妹もこうやってたんだし、レンだって私の志貴にすごい事やったんだしー、ここに来る途中は、翡翠は志貴に甘えてたんだし、私も一回位はこうしないと不公平だよー」

「何が不公平なんですか!毎朝毎朝、兄さんの寝室に忍び込んで兄さんの寝顔を拝んでいるくせに!」

「・・・はい、アルクェイド様、そのような事はもうお止めください。志貴様に多大なご迷惑をお掛けします。・・・そ、それに、志貴様の寝顔を拝見するのは私だけの・・・」

「失礼ですが、私も、志貴さまの寝顔は毎朝ご拝見させて頂いております。・・・最も、アルクェイドさまの様に騒ぐ等と言った失礼な事はいたしておりません」

「あはーレンちゃんも、結構言いますねー・・・でも、アルクェイド様、先程聞き捨てならない事を仰いましたね。『私の志貴』と」

「おーい、皆。喧嘩だったら、外でやれ。俺はもう寝るから。じゃあ、明日は8時に出発するからな」

と、色々、いがみ合っている6人を残し、俺に当てられた、寝室に入った。






俺の寝室はこの別荘の3階、一番奥の部屋に割り振られている。

ちなみに何故か、3階には俺しか居ない、残り全員は2階に部屋を置いている。

「ふーぅ、とりあえず、準備はしないと」

そんな独り言をいいながら、リュックに入っていた、お菓子類を全て、出し、その中に、懐中電灯、コンパス、さらには、自分で創ったこの森周辺の大まかな地図、そんな物を入れているうちに、時間も、夜の11時を超えようとしていた。

「ふう、まあ、こんなもんで良いだろう。・・・少し喉渇いたから、水でも飲むか」

ある程度、作業に見切りをつけると、俺は、寝る前に、水を飲む為、1階の水飲み場に向かった。

「あーうまい。都会の水とは大違いだな」

水を一息で飲み干すと自然と感想が出た。

何でも、この近くに泉の源泉があるらしく、そこから直接水を引いているとの事だった。

さて、水も飲んだし早く寝ようと思った時、俺は、何故か洗面所の鏡に目を奪われた。

別段目を引くような、装飾が施されている訳では無い、それなのに、その鏡から目を離せない、いや、離す事が出来ない。

気が付くと俺はその薄暗い道を一歩一歩、鏡に歩を進めていた。

その時には、(なぜ?)の気持ちよりも(・・・見たい、鏡から・・・を見たい)と言う、半ば本能的な欲望に従っていた。

しかし、遠野志貴としての本能は、(ヤメロ!ヤメルンダ!)と、全力を上げて絶叫している。

しかし、そんな心の叫びも、七夜志貴の本能に負けた。

俺は、鏡に手をやると、はやる気持ちを抑え、ゆっくりと鏡に視線を送った。

そこは・・・全く違う光景だった。室内に居るのに、それの背景は月夜だった。

おまけに、満面の星空が煌いている。

つまりそこは外の光景なのだ。

それに・・・なぜ、昔の日本家屋の廊下が見える?一体鏡は何処に繋がっている?そして・・・そして・・誰だ

こいつは何者だ?なぜ、俺と同じ顔をした男がそこに居る?

これは本当の俺なのか?では俺は何故ここに居る?

どっちが本当の俺だ?

どっちが偽者なんだ?

今、遠野の別荘に居る俺が本来の姿なのか?

ソレトモ・・・アノ、ウツッテイルオレコソガホントウノオレナノカ・・・

ワカラナイ・・・

ワカラナスギル・・・

デモ・・・タだ・・・ひとつだけど・・・言えるのは・・・

これ以上・・・

これ以上・・・

見ては・・・

見ては・・・

見ちゃいけない!

そう判断すると、もう鏡には目もくれず、自分の寝室に飛び込むと、そのまま、布団に全身を包まった。

何だあれは?

どう考えても、普通とは思えない。

忘れようとしても、あれが頭から離れてくれない。

満月の夜、満天の星空、かなり古い日本家屋、そして何より・・・そんな空間に現れた、黒の着流しを着た俺にそっくりの男・・・

あいつもこちらを見て唖然としていた、たぶん俺も似たような顔をしていたに違いない。

俺は震える体を強引に押さえ込み、全て忘れようと、目を瞑り眠りに落ちるのを必死に願った。

(あれは悪い夢だ)と、自分に必死に言い聞かせ・・・。

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