ふと、周囲に複数の視線を感じる。
(今日は、翡翠は?)と脳裏の片隅に思い描いたが、半ば本能で目を開けた。
そこには・・・
「志貴ィ!」
「遠野君!」
「兄さん!」
と、ロケットスタートの様に俺に突進し抱きついてくるアルクェイド・先輩・秋葉がいて、
「志貴様、・・・志貴様・・・志貴様」
と泣きながらただ俺の名前を呟いている翡翠、
「あはー志貴さん、生きていて良かったです」
そして、眼に涙を溜めつつも、にっこりと笑う琥珀さんがいた。
「ちょっと、どうしたんだ?皆して。まるで、臨死までいった人間が奇跡的に回復したのを祝っているみたいじゃないか?」
「似たようなものです!私たち兄さんが本当に死んでしまったものとばかり思ったのですよ!」
「そうだよ!昨日、翡翠が泣き出したのも無理ないよ!今朝の志貴、本当の死人みたいだった!」
「遠野君!何処か体の調子はどうですか?」
秋葉・アルクェイド・先輩が順にそう言う。
「えっ?・・・翡翠今日と言うか・・・今朝の俺、そんなに酷かったの?」
「・・・・・・」
翡翠はまだしゃくり上げていたが、はっきりと首を縦に振った。
「志貴さん。実は翡翠ちゃんが最初に志貴さんを起こしに行った時、翡翠ちゃんが顔を真っ青にして、居間に戻ってきたんです。それで何事かと思ってみたら志貴さんが本当に死んでしまったように見えて、秋葉様達は本当に卒倒するかと思いました」
そう表面上冷静に説明する琥珀さんであったがやはり彼女も不安だったのか、また眼に涙が溜まっていた。
「志貴!本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だってアルクェイド。体は不調どころか、例が無いぐらい好調だ」
そう言うと皆、ほっとした様にようやく笑顔になった。
しかし、・・・夕べは・・・そうだ。
また見たんだ・・・彼の・・・ナナヤホウメイノユメ、・・・ナナヤイチゾクサイキョウノトウシュ・・・
ソシテ・・・デンセツノ・・・『マガ・・・
「ニイサン・・・ニイさん・・・兄さん!」
「えっ!?・・・ああ、すまん。ここ最近、どうもぼうっとしっ放しだな」
「遠野君、いっそ今日からの旅行中止にしますか?」
先輩が心配そうにそう言う。
「大丈夫だよ先輩。さっきも言ったけど、体は本当に好調なんだ。それに、仮に不調だったとしても、俺は七夜の森に行くつもりだけど」
そうだ、なんとしても、七夜鳳明の事を調べないといけない。
「そうですか・・・それでは朝食を皆一緒に食べましょう」
「えっ?皆まだ朝飯食っていなかったのか?」
「うん!そーだよ!今日ぐらいは皆で朝ご飯食べようって妹が言っていたから!」
「はい。それに、まだ時間は沢山ありますから」えっ?改めて、時計を見ると、時間は6時半。
「・・・ああ、そうか。だからまだ琥珀さん達仕事着でいるのか。じゃあ、さっさと起きて、支度して翡翠達の私服を見ないと」
「あはー。いやですよー志貴さん」
「あっ・・・」
はは。二人とも顔を赤くしてそれぞれの反応している。
「・・・兄さん」
「・・・遠野君」
「志〜貴〜」
びくっ!!
ま、まずい、ここには後もう3人いたんだ。
「さ、さて、飯だ飯・・・じゃ、秋葉、アルクェイド、先輩、先に行くよ!」
完全に包囲される寸前、おれは咄嗟に通常では翡翠、琥珀さんが受け持つ包囲網の隙間から見事に脱出に成功。
俺は、寝間着のまま部屋の脱出を敢行した。
「あー志貴逃げたー!」
「兄さん!待ちなさーい!」
「遠野君!!ずるいですよ!」
後方から恨みがましい声が聞こえたが、あえて俺は無視した。
まだ命が惜しい。
団欒とした空気とほんの少しの緊張感を帯びた空気が絶妙なブレンドをなされた朝食をすませ、8時5分前には全員、支度を済ませ、門の前に集まっていた。
「へへーどう志貴?似合っている?」
「あのな、似合っているも何もいつもの服装だろ・・・ただ、スカートがズボンになっただけで」
アルクェイドはほぼ、いつも通りの服に、いつも履いている紫のスカートをブルーのジーンズに履き替えただけだ。
背中には標準のナップザックを背負い込んでいる。
「むー。志貴、こういう時は嘘でも、服を褒めるものだって雑誌に書いてあったよー」
すっかりご機嫌斜めになったお姫様はぷんぷんで俺を睨み付ける。
「アルクェイド、お前、嘘でも褒めてもらいたいのか?それだったら無い事、無い事を並べてやるが、」
「うー志貴の意地悪―」
俺の痛烈なカウンター攻撃にすっかり拗ねてしまった猫を放って置いて、
「へぇー先輩そんな服も似合うんですねー」
「当たり前ですっ!私だってロアに体を支配される前は普通の女の子だったんですよ!」
先輩は淡い水色を基調としたワンピースとスカートを着て、頬をうっすらと朱に染めてそう反論した。
「あはは、そうだったねごめん。先輩と言うといつも、うちの制服か法衣しか思い浮かばなかったから。でも、やっぱりそう言う先輩も充分可愛いと思うよ」
「もうっ・・・」
口では不服そうな事を言っているが嬉しそうに笑っている。
「兄さん、では私の服は似合わないと仰るのですか?」
「おい、何いじけてるんだよ秋葉。お前だって充分、綺麗だぞ、そのなんだ、お前らしい服というか」
秋葉は黄緑を基調としロングスカートとブラウスがとてもよく似合っている。
「あっ、有難うございます。兄さん」
秋葉は顔に満面の笑みを浮かべてくれた。
と、そこへ、
「志貴様、お待たせいたしました」
「みなさーん、すいませーん。私服なんて着るの子供の時以来でして着るのに手間取っちゃいましたー」
と、声と共に、翡翠達がやってきた様だ。
「ああ、遅かったね。ひ・・・」
おれは振り返ると一瞬で頭はショートし言葉が詰まってしまった。
「?・・・志貴様、やはり似合いませんでしょうか?」
「もう、駄目ですよー志貴さん。翡翠ちゃんは不安一杯なんですから、ちゃんと褒めてあげてください」
そんな俺の沈黙をどう解釈したのか、翡翠は不安げに、琥珀さんは少し怒ったような口調で言ってきた。
「・・・・・いや違う。二人とも、綺麗過ぎたから、何の感想も出てこなかった」
俺が、二人の事を割烹着やメイド服で見慣れ過ぎたのかもしれない。
しかしその要素を差し引いても、俺の目は翡翠と琥珀さんに釘付けとなっていたに違いない。
翡翠はその瞳の色と同じ、深い蒼の色を基調とした、ワンピースに薄いカーディガンとミドルのスカートを、琥珀さんは翡翠と同じデザインでもその色は淡い黄色を基調としている。
おまけに髪を結んでいるリボンはあの時の思い出の白いリボンだった。
これは・・・二人とも、文句なしで可愛い。
「・・・あ、有難うございます。志貴様・・・」
「あははー照れちゃいますー」
二人とも、顔を真っ赤にしてうっとりとしながら俺を見ていた。
やはり、来ている服を褒められると言う事は嬉しいみたいだった。
「「「むぅーーー」」」
見ると先程まで何だかんだ言いながらご機嫌であった筈の3人が今度は、不機嫌そうにこちらを見ている・・・いやあれは睨んでいると言った方がいいだろう。
「さ、さて、じゃあ、行くとするか・・・っ?おい、アルクェイド。昨日言っていたお前の使い魔はどうしたんだ?行きたくないのか?」
「あら、もう、ここに来ているわよ、・・・それも、志貴の足元に」
「えっ?」
その言葉に慌てて、下を見ると、一匹の黒猫が俺の足にじゃれ付いていた。
「ア、アルクェイド?・・・まさかこの猫が?」
「ええそうよ。レン、挨拶しなさい」
とアルクェイドが言うと、ポン、と擬音が出てきそうなぐらいの軽快さで猫が、一人の少女に変身した。
十歳ぐらいであろうか、黒のドレスを身に纏い、水色に近い髪には大きな、黒のリボンで止められている。
しかし、その表情は紛れもない大人の女性のものだった。
そして、俺の顔を、夢見心地な表情で見ていたと思うと、しばらくして、俺の腰の辺りに手を回し、
「・・・始めまして、私、今日までアルクェイドさまの使い魔で今日から志貴さまをご主人様としましたレンと言います」
なんて事をいきなり言い出した。
そ、それも、俺を潤んだ瞳で見つめながら・・・。
しかし、俺はそれ以上に全身を包む殺気に抵抗するのに精一杯であった。
「・・・レン、それ、どういう意味?」
「レンちゃん、いけませんよ、遠野君を人外よりにしちゃうなんて」
「流石は未確認あーぱー生物の使い魔ですね。いきなりの泥棒猫なんて主人そっくりですね」
「・・・志貴様、まさかそのようなご趣味が?・・・」
「いけませんよー志貴さん。こんな、いたいけの無い女の子を手篭めにしちゃうなんて」
違う!違うぞ!そう反論したかったが、この五つの殺気に対抗するのは並大抵の事では無い。
「・・・アルクェイドさま・・・長い間本当に御世話になりました」
「なっ!!!」
そんな殺意の視線の集中砲火のなか、レンちゃんは平然と受け止めそんな事を平然と言ってきた。
「ま、まさかレン貴方・・・」
「はい、志貴さまの事を好きになりました」
こ、この子こんな状況でさらりと凄い事を・・・。
「駄目よ!志貴は私が・・・」
「ですが、志貴さまのご意志はまだ誰が好きなのか判りません。ですから私も、志貴さまの恋人になれる資格は十二分にあるものと信じております。・・・それとシエルさま・・・先程の御言葉ですが、そっくりお返しいたします。シエル様は志貴さまを教会にお入れするつもりでしょうし・・・私はただ志貴さまのお側に居られるだけで充分です。・・・そして、秋葉さま、私はもともと猫ですし、それにそれでしたら秋葉様も同じ事でしょう。さらに翡翠さま、琥珀さま、確かに私の体は小さい方ですが、生きてきた歳ははっきり言ってアルクェイドさまより上です。ですから志貴さまにはそのようなご趣味はございません」
・・・俺は半分呆然としていた。
まさか、このメンバーにここまで言い返すとは到底思わなかった。
それは、アルクェイド達も同じようだ。
「・・・」
暫くするとアルクェイドが静かに溜息を一つついた。
そして、その無言を破る様に、
「レン、本当に本気なのね?」
「ハイ、私、初めて志貴さまをこの眼で見た時、どうしようもない、衝動が沸き起こりました。そしてこれをなんと呼ぶのか、志貴さまにどのような感情を抱いているのかは充分判っています」
ここまで言われると、全員、もう返す言葉も見つからない様子であった。
「・・・わかったわ、志貴、私からもお願いするわ、レンを傍に置いておいてあげて」
アルクェイドが静かに頭を下げた。
「まあ、俺もこの子を拒否する理由は無いから得に構わないが、でも、いいのか?この子はお前の使い魔なんだろ?」
「うん。でも、この子がここまで自分の我を貫くなんて初めてなのよ。これじゃどうしようもないわよ」
その言葉を聞くと俺も、もうこれ以上は言わず、ただ静かに首を縦に振るだけであった。
「有難う志貴」
「では、志貴さま今後とも宜しくお願いいたします」
そう言うと、二人は深いお辞儀をした。
「でも、ごたごたはこの旅行が終わるまで無しにしてくれ」
「ええ、判っているわよ」
「はい」
「兄さん私はこのお二人が何かしない限り何も起こしません」
「畏まりました志貴様」
「はいー志貴さん」
皆この件に関してはこの旅行が終わるまでは保留とする事で一致したようだ。
「さてじゃさっそく行くぞ、・・・確か十時の新幹線に乗らなくちゃならないんだからな」
そう言うと、俺達は屋敷を後にした。
これが始まりだった。
俺が己を知る旅の・・・
もう、夕方の4時になろうとしている。新幹線から、在来線を4本乗り換えての列車旅行だ。
そして今、他の乗客が居ない状態で一両丸々貸切のような状態で俺達はカードゲームを楽しんでいる。
「そういや秋葉、今日は何処に泊まるんだ?」
俺はふと今になって感じた疑問を秋葉にぶつけて見た。
「もう兄さん、今ごろ何を言っているのですか?この旅行中は、遠野の別荘で宿泊できる様になっています。すでに、7人分の食料も用意されているでしょうし、寝室も完璧に整理されているはずです・・・って、兄さん、何、どさくさに紛れて私のカードを見ようとしているのですか?」
む、残念、俺のカードの内容がかなり悪く、皆のカードを把握しようとしたのだが。
しかし、秋葉の奴デコイに見事に引っかかった。
(志貴さま。皆さんのカードの内容を送ります。ですが、アルクェイドさまにはばれてしまい失敗してしまいました。あと、琥珀さまにお気を付けください。何か企んでいるご様子です)
(うんわかった。有難うレンちゃん)
そう、レンちゃんがテレパシーで皆のカードの内容を把握すると、俺に転送するのだ。
(志貴、面白い事してるねー。どう私と共同戦線張らない?妹たちをビリッケツにするチャンスだよー)
(おい、人の頭の中に勝手に侵入してくるな。・・・しかし、お前との共同戦線は組む価値があるな。よし、じゃあ、お前が1位で、レンちゃんが2位、俺が3位で良いなら組んでやる)
(志貴さま1位にはなりたくないんですか?)
(ああ、そう、しゃかりきになって1位になろうとは思っていないから)
(うん!志貴、それで良いよー)
かくして不敵極まりない3人組の計略は見事に的中したかに見えたが、シエル先輩は本能で危険を回避して、琥珀さんは俺達の不穏な空気を初めから察知していたらしく、あっさりと罠の網をかいくぐり、翡翠も琥珀さんとのアイコンタクトで脱出。
結果、びりになった秋葉は、逆切れ(というか、正当な怒り)を爆発させ、この電車一両ごと略奪に走ろうとしたが、琥珀さんがこんな所まで持ってきたのかとばかり、自家製の睡眠薬を使い何とか事なきを得た。
「あははー志貴さん、レンちゃんを使ってイカサマしてましたねー」
ゲームが終わると、それぞれ、お菓子を食べたり、ジュースを飲んだりとコミュニケーションを行っていた。
かく言うレンちゃんは疲れたらしく俺の膝枕で安らかな寝息を立てて眠っている。起こすのも可哀相だから、動くに動けなかったが、琥珀さんがジュースを持ってやって来てくれた。
おれは咄嗟に蓋がまだ未開封かさりげなく調べた。
「はは、やっぱり琥珀さんには、ばれていましたか。結構上手くやったつもりなんですけど」
「志貴さん、表情をころころ変えちゃうと怪しまれますよー」
「なるほど、じゃあ、今度からは注意しよう」
そんな風にバカな話をしつつ俺はレンちゃんの髪を優しく撫でてあげた。
「・・・志貴さん、1つお聞きいたしますけど、志貴さん本当はどの子が一番好きなんですか?」
ふと、琥珀さんがそんな事を言ってきた。
その表情は真剣そのもの、絶対、ごまかしが聞くものでは無い。
「・・・きっと軽蔑するかもしれないけど、まだ誰が一番なんて決められないんだ。・・・ごめん」
「あはーやっぱりそうでしたかー」
琥珀さんはそう言って笑ったがその瞳には9割の希望と1割の不満があった。
「私としては私か翡翠ちゃんを選んでくだされば文句はありません。それか、両方一緒でも一向にOKですよ。私・・・最初翡翠ちゃんが志貴さんと契約・・・と言うか愛し合った事を聞いた時『ああ、もう人形の役目は終わるんだな』って思ったんですよ、でも、志貴さんは私みたいな人形にまでお情けをくださいました・・・」
「・・・ひょっとして・・・余計な御世話だった?」
「いいえ、そうではありません。私が今もまだ、こうして、生きているとも、人形の生き方ではなく普通の生き方が出来るとも思っても見ませんでした。それに、志貴さんは私の子供の頃からの夢を叶えて下さった、これだけでも、十二分に幸せなんです。・・・でも・・・でも、やっぱり正直に言っちゃうと志貴さんの寵愛を私だけの独占にしたい。これは私の本心です。・・・でも、これとは逆に翡翠ちゃんには、もっと幸せになってもらいたい。そして秋葉様にも、アルクェイド様・シエル様にもそう思う心もあるのもまた事実なんです。・・・うふふ、志貴さん、責任重大ですよ、私達の心を奪っちゃったんですから、簡単に死んだり、浮気なんかしたりしたら私達きっと後を追っかけちゃいますよ」
琥白さんは幸せそうな表情でうっとりと目を瞑り、俺の肩に体を預けた。
「・・・ああ、どこかに行ったりしないさ」
「ふふっ、約束ですよ・・・志貴さん」
おれは今までレンちゃんの髪を撫でていた右手で今度は琥珀さんの髪をスッと手ですいてあげた。
だが・・・そんな言葉とは裏腹に俺の表情は暗く沈んでいた。
今、俺の脳裏にはあの事件が終わり、俺に七夜の全てが甦る直前に交わした先生との会話が思い出されていた。
―志貴、君はもうそんなに長くは無いわよ、―
―そっか、君は自分の死期も見えるんだ。―
そう、俺に生きる意味を教えてくれた先生・・・その先生の口から俺がいつ死んでもおかしくない体なんだと聞いた時、俺は少なからず衝撃を受けた。
そんなに長くない事では無い。
先生の口からそんな事を聞くことがショックだった。
自分でも、何となくであったが、自分がそんなに長く生きられるものでは無いと悟っていたから、他者からそんな事を言われても、それほどショックを受けるものでは無い。
そして、俺が未だに、こんな優柔不断なことをしているのはこの辺に理由があった。
何時死んでも、おかしくは無い体。
それでも俺が死ねば、少なくとも、ここに居る全員悲しむ。
でも、長く生きられないものまた事実、ならば、皆に夢を見せてあげる事が俺の最期の仕事だと思っている。
忘れたくても絶対、脳裏から離れる事の無い優しく、幸福に満ちた夢を・・・。
そう思うと、先程までの絶望感に近いものは霧散していた。
「琥珀!貴方一体そこで何、兄さんに甘えているの?」
そんな事を考えていると、ようやく琥珀さんの薬から覚めたらしく、秋葉が少し機嫌悪そうにこちらを見ていた。
まだ、・・・髪が黒いのが唯一の救いだ。
「あはー。ちょっと志貴さんにお情けを頂こうかと」
こ、琥珀さん・・・何故に貴方はそのような火に油・・・いや、ガソリンもしくは火薬をぶちまける様な事を・・・。
「・・・ふふっ琥珀、いい根性ね。ちょっとこっちにいらっしゃい」
「あーれー秋葉様がご乱心ですー」
そのような事を言いながら琥珀さんは、アルクェイド達の所に逃げていった。
「まったく・・・逃げ足はどんどん速くなるわね」
まだ、髪を微かに赤く染めて、そう言った事をぶつぶつ言いながら今まで琥珀さんが座っていた席に座ると、琥珀さんと同じく、俺の左肩に体を預けた。
「兄さん、琥珀と本当のところは何を話してたんですか?」
「んーまあ、色々と・・・何が何でも死ねないなって思っていた」
「当然ですよ、兄さんは私が死ぬまで絶対に死んではいけません」
「それは、遠野家の家長としての命令?」
俺は軽い冗談でそんな事を言った。
「もうっ、兄さん、これは遠野秋葉が七夜志貴にお願いしているんです」
さりげなく秋葉は俺の元の・・・いや、近い将来戻るであろう名を使った。
そう、俺は高校を卒業したら遠野から七夜に戻るつもりだった。
その事は、秋葉しか知らない。
別に、遠野家が嫌いになった訳では無いし、七夜の使命に目覚めて、親父の代に自ら断った、暗殺者、退魔士になろうと言う訳でもない。
別に遠野の名でなくても、秋葉達の家族にもなれるし、七夜に戻ったと言って、対極となる、遠野や、向こうでドンチャン騒ぎの中心となっている、天然お姫様を殺そうと言う訳でもない。
ただ、四季・・・あいつの本来の席にこれからも、居座るのがどうしても、居心地が悪かった。
反転したと言ってもあいつはまだ生きていた。
しかし、あいつは、生きながらにして、その存在をこの世から抹消され、本来俺が居るべき席を押し付けられた。
もし俺が死ぬまで遠野志貴の席に居座ったらあいつは浮かばれないであろう。
あいつから、四季からこれ以上何か奪いたくなかった。
だから遠野シキの座はあいつに返してやらないと、いけない。
そう言って、おれは何とか秋葉を説得し、秋葉は今、七夜志貴の戸籍の復活の為、工作してくれている。
「そうか、そうだな、・・・ごめんな、秋葉、こんな変な事押し付けちまって」
気が付けば俺は秋葉にしずかに頭を下げていた。
「もうっ、何を言っているのですか?兄さん、私は兄さんの頼みだから敢えてこの様な事をやっているのですよ。そ、それに・・・兄さんが七夜となれば、私と結婚だって・・・」
何故か、秋葉は髪と顔を見事過ぎるほど真っ赤にして身悶えていた。
さらに何かぶつぶつ呟きながらだ、それは傍から見ればかなり不気味な光景だ。
「おい?秋葉大丈夫か?」
俺は思わず、額と額を合わせて様としたが、
「あーっ!妹、志貴といちゃついてるー」
「秋葉さん、今回はそのような抜け駆けは禁止とした筈ですよ?」
「秋葉様・・・それはずるいです」
「あははー秋葉様、私もそこまでしてもらってませんよー」
何時から其処に居たのか何時の間にアルクェイド達がこちらを見て睨み付けている。
「もうっ貴方達はどうしてこうもいいムードになった所に邪魔に入るんですか!」
秋葉が、今度は怒りで髪と顔を真っ赤にして怒鳴った、とそこに、
「・・・・うーん・・・・」
「あーあ、皆が大声出すからレンちゃん起きちゃったろう、・・・レンちゃんごめんね。起こしちゃって」
「・・・」
まだ寝ぼけてるのだろう、いきなり俺の首根っこにしがみつくと、
―ちゅっ―
「「「「「あぁぁーーーーー」」」」」
その後この列車内で何が起こったか?それは一切言えない・・・というか言いたくない。
ただ補足として、後日鉄道会社から遠野家に損害賠償の請求が届いた事だけは記録しておこう・・・。