部屋に戻った俺はすぐさま、部屋の隅にある机の引き出しにある、古ぼけたものを取り出した。
それは明らかに年代物とわかる巻物と二・三十年前に書かれたものと思われる書物で、それぞれ表紙には達筆な字で、『七夜家家系図』『七夜一族当主録』と書かれていたものであった。
これらの代物は俺があの事件が終わってしばらく経って俺が七夜の里を訪れた時に見つけた。
ちょうどその頃には七夜の記憶も、力も完全に復活し、唐突に自分が七年だけ過ごした自分の家を見たくなった。
どんなに考えても墓も無いだろう。
屋敷も、あの殺戮の後、焼き払われてしまったと噂では聞く。
それでも見てみたかった。
七夜志貴がごく僅かな時間でも人生を過ごした地を。
そして気が付けば、俺はビルからビルへ、木から木へ、そして山から山へと風の様に飛び移り、3、4時間後には七夜一族の森に足を踏み入れていた。
俺が住んでいたと思われた屋敷は幸いな事に焼き払われてこそいなかったものの、やはりと言うべきであろうか、荒れ放題に荒れ果て、腐った柱だけがかろうじて原形をとどめるのみだった。
それでも何かに誘われるように屋敷の中に入ると、ボロボロに腐った畳に隠れるように存在していた隠し階段を偶然発見し、俺はなに一つ躊躇う事無くそこから地下室に入っていった。
そこは書庫室のようなものだった。
6畳ぐらいの戦争中の防空壕を思わせる、土も剥き出しの壁、畳と言うよりも粗末な筵(もっとも、もう腐り果て、原型も無かったが)を敷いたと思われていた床、そしてそこにあったのは三方の壁に沿って置かれた三つの手製の本棚。
その本棚に立てかけられた2、3十冊程しかない明らかに年代物と分かる書物だけだった。
その中で俺がこの二つしか持って行かなかったのはそんなに持つ事が出来なかった為、そして、もう一つは入った時なぜか俺にはこの二つしか目に入らなかったためだった。
そして何よりも、既に日は暮れ始め、早く帰らないと門限に間に合わない。
そう言った諸事情で俺は七夜の家系図と思われる巻物と、先程述べた書物、そしてある物を手にして、扉と畳を元に戻し(残りを回収するためにまた来るかもしれないと思い)俺は懐かしい七夜の森を後にしたのだった。
最も、結局門限には間に合わず、秋葉に散々嫌味を言われ続けたわけだ。
まあ、話が脇道にそれたが、俺はこれを使い、七夜鳳明を調べるつもりだった。
なぜ、この名が突然俺の脳裏に現れたのか調べなければと思ったからだ。
家系図と当主録を調べれば何かわかるに違いない。
そう確信して、俺は早速調査を開始した。
その頃居間では・・・
「妹―志貴あれからぜんぜん出て来ないよー」
「ですから!妹は止めて下さいと何度言えばわかるのですかっ!」
志貴が自分の部屋に篭ってからもう、かれこれ六時間は経過している。しかし志貴が居間に戻る気配は無い。
さすがにアルクェイド・シエル・秋葉・翡翠・琥珀もそろそろ苛立ちと不安が押し寄せ始めていた。
かと言って先程の事もあるので志貴の部屋に強引に入るのは気が引いていた。
「遠野君、何を調べているのでしょうか?」
「あの『ナナヤホウメイ』さんについてでしょうねぇー。一体誰なんでしょうか?翡翠ちゃんわからないかな?」
「ううん。私にもわからない。ただ私が知っているのは志貴様がその御言葉発する直前まで苦しそうにしていたと言う事だけなの」
「じゃあ、少なくても志貴さんの恋人では無いでしょうね」
「当然です。私はただ、志貴様に心配をかけまいとして部屋で身だしなみを整えていただけなのに・・・皆さん、いかに志貴様を信頼していない証拠ですよ。・・・第一、そんな事するわけ無いじゃないですか。私と言う恋人がいるのに・・・」
翡翠の言葉の前半に4人がしゅんとなって聞いていたがその最後に呟いた一言に色めきだった。
「翡翠ちゃん?今何を言ったのかな?志貴さんは私にぬくもりをくれた最愛の人なんですからね」
「ちょっと翡翠、琥珀。二人して何を寝言を言っているの?兄さんと私は、私の事を守ってくれた時から結ばれる運命なのですよ」
「あら、でも遠野君と秋葉さんは義理でも兄妹なんですからそんな近親相姦を遠野君が望むとは到底思えませんよ」
「そうだ、そうだー、大体志貴は将来、私の死徒になって夫婦で死徒退治するんだからー」
「ば、馬鹿な事を言わないで下さい!遠野君は私の公私共にパートナーとなって(ぽっ)くれるんですから!」
そんな口論を続けている内に階段を下りる音が聞こえてきた。志貴が下りてきたようだった。
空腹を感じて俺は一旦作業を中断した。
「琥珀さんあたりに何か軽い物を作ってもらって、ちょっと出るか」
そう、いくら家系図と当主録を徹底的に調べても七夜鳳明と言う名は一言も出て来なかったからだ。
家系図と当主録を虱潰しに調べればきっと手がかりが掴めると思っていた。
しかし、結果はと言えば手がかりどころか藁すらも掴む事が出来なかった。
ただ、気になる事が一つだけあった。
それは家系の内十数箇所、年代的には平均で1ヶ所十年間ぐらいの期間、当主が空白になっていた。
まるで、その間の歴史を故意に抹殺しようとしているかの様に・・・。
それは当主録すらも同じ事だった。
その空白の歴史には一言の触れられていない。ただ、最後の一文に『七夜の歴史には余人には触れてはならぬ闇が存在する』と記されており、(もしかして、その空白の当主達の中に俺の捜し求める七夜鳳明が居るのかも知れない)と、希望を持つ事にした。
「しかしどちらにしろ、この資料に無いとするとまだ屋敷に残された方の中かな?」
そう、一旦食事をした後、おれはもう一回七夜の森に足を踏み入れる気だった。
(しかし・・・何故、ただ単に夢に出て秋葉達に疑われただけなのにここまで執着するんだろうか?・・・わからない。でも・・・)そう、なぜかはわからない。でも、何故か調べなければと思うのだ。
七夜の本能が奴を調べろ、と絶叫している。
「まあ、何にしろ、まずは飯だ」
そう思い直し、秋葉達がいるであろう居間に戻った。
「あっ・・・」
居間に戻った俺を皆気まずそうに見ている。
「琥白さん。すみません、何か軽めの物お願いできますか?少し腹減っちゃって」
先程の事を皆、気に病んでいるのであろう。
でも、俺はこれ以上皆を責める気は無かったのでいつも道理にそう言った。
「あっ、はい分かりました。では雑炊か何かを作りますね」
と、表情だけ、いつもの様に眼は不安そうに言うと、台所に琥白さんは入っていった。
「・・・」
俺がソファーに座ると、翡翠が俺に紅茶を差し出し、こちらを不安そうにじっと見ている。
「秋葉」
「!はっ、はい!」
俺はひとまずぼけっと俯いている、秋葉に向かって、
「すまないけど琥白さんに何か作って貰ったら、少し出るから」
「志貴ー何処に行くの?」
アルクェイドが早速、行くなら連れて行けーとばかり迫ってきた。
「おい、アルクェイド、今日は遊びに行くんじゃないぞ。それにあの森には何にも無いんだから、行ってもつまらんぞ」
「あの森?・・・遠野君、一体何処に行くんですか?この近辺には森と呼べるようなものは無いと記憶していたのですが」
うっ、しまった。つい口を滑らせた。
「兄さん、どちらに行かれるのですか?お忘れかもしれませんが私達は一応、体調を崩して休んでいるとなっています。まさかこれ幸いに遊びに行かれんじゃないでしょうね?」
「だから秋葉、遊びじゃないって今言っただろう」
「どうかしら、兄さん、私に良く嘘をつかれたり、隠し事を良くされますからから」
うっ、かなり痛い所を的確に突いてくる。
確かに半年前は色々あった性もあり秋葉、翡翠、琥白さんにかなりの迷惑を掛けて来た。
今回は別に黙っていなくても良いような気もするが、行く方法を聞いたら先輩や秋葉は本気で怒り狂いそうだ。
やはりあそこに行くなどと言う訳にはいかないなと、思い直し、
「本当に遊びとかじゃないから、安心してくれ秋葉」
と、ただ一言言った。
秋葉がさらに問い詰めようとするが、そこへ、
「志貴さーん。雑炊が出来ましたよー」
と琥珀さんの声が聞こえた。
「じゃ、ちょっと遅い昼飯を食ってくる」
「ですから兄さん!話は終わっていませんよ!それに何回言えば分かるのですか!そのような下品な言葉使いは止めて下さい!」
「ああ、判った、判った」
俺はひとまず秋葉達の追及から逃れ食堂に退避した。
さて、取りあえず、雑炊を平らげたら秋葉達の目を盗んで七夜の森に行かないと、そう思いながら席について、ふうふう言いながら雑炊を食べ始めた。
「志貴さんどうですかー」
と琥白さんがニコニコ顔で俺にそう尋ねてきたのは、もう半分以上雑炊を平らげた時だった。
「うん。おいしいよ、琥珀さん。相変わらず見事な腕前だね」
俺は自然に賛辞が出た。
何しろ、朝はアルクェイド・シエル先輩・秋葉・琥珀さんの瞬殺の視線を受けてどんな朝食かも、どんな味だったのかすらも、曖昧だったのだから。
「ところで志貴さん。少し出掛けられるそうですが」
「あれ?もう秋葉に聞いたの?」
「いえ、志貴さん達の声がこちらからもよく聞こえましたから」
「ああそうか。うん、ちょっと遅くなるかもしれないけどね」
「どちらに行かれるんですか?」
「いや、それは・・・」
ん?なんだ?なぜ?しゃべりたくなるんだ?
「うふふっ」
琥珀さんが面白そうにこちらを見ている。
「こ、琥珀さん」
俺はこの一言だけを紡ぐのに精一杯になっていた。
「はいなんですか?志貴さん」
琥珀さんは相変わらず表情は変わらない。
が、この笑顔、以前の能面めいた笑顔に似ている・・・。
「ぞ、雑炊に何か入れた?」
「はい、志貴さんが気持ちよくお話できるようにと少し強力な自白剤を」
気持ちよくお話できないと思うぞ俺は!しかし時既に遅い。
どうやら琥珀さん痺れ薬まで混ぜたようだ。体が上手く動かない。
「秋葉様ー志貴さんが何処に行かれるか仰ってくださるそうですよー」
違うだろ!!おれは琥珀さんに本気で突っ込みたくなった。
だが突っ込んだら最後、今度は毒薬を強引に飲ませられる可能性だってある。
結局、俺は琥珀さんに引きずられる格好で再び『遠野志貴包囲網』の中心に座らされる格好となった。(しかも、今度は後方に翡翠もいる状態で)
「それで兄さん、これからどちらに行かれるつもりなんですか?」
秋葉が冷ややかな笑みを浮かべそう尋ねてくる。
「・・・七夜の森に行ってくる」
駄目だ、自白剤には叶わない。気が付けば俺は目的を洗いざらい吐いていた。
「じゃあ、志貴の故郷に行くんだ。私も行くー」
「さっきも言ったが、あそこは本当に何にも無いぞ。アルクェイド。ぼろぼろに朽ち果てた屋敷と、後はいくつかの家の焼け跡だけだからな。それに、本をあらかた持ち出したら屋敷も焼き払うつもりだぞ」
「えっ?」
「志貴様それは・・・」
翡翠が何故と眼で訴えてくる。
「・・・俺なりの過去の決別方法さ。以前俺は秋葉達に家族だって言ったけれど、どんなに足掻いても納得できない部分も存在するのも事実だから。・・・それにこれは死んでいった者達・・・俺の本当の親父・母さん、そしてたくさんの一族全員の鎮魂の意味合いもある・・・それだけさ。」
「・・・・・・」
なんか、全員しゅんとなっちゃったな。
ここで俺は少しおどけて、
「皆がこうなっちゃうから俺はそんなこと話したくなかったんだけどな・・・さて、痺れもすっかり取れた。じゃあ秋葉、そう言う訳だから早速行って来る」
と席を立とうとした時、
「あ、あの兄さん。もう時間もかなり遅いです。ここは後日になされたらどうですか?」
「えっ?あっ本当だ。もう4時回ってるよ。・・・確かに今から行っても帰って来れても十時回っちまうな」
「あれ?志貴さん七夜の森ってそんなに近くに在りましたっけ?確か一日かけて行く所だと聞いたのですが」
やばい!思わず口を滑らせた。
何とか今までの尋問を上手く潜り抜けたのに、あっと言う間に他の全員の目がきつくなりだした。
「・・・そう言えば聞いていませんでしたね。遠野君はどうやってそんな遠い所まで行くんですか?差し支えが無いのでしたらぜひとも教えて下さい」
先輩・・・眼が『とっとと言わないと・・・』と脅迫していますよ。
俺は思わずソファーごと後ろにずり下がろうとしたが、琥珀さんと翡翠によって押し返されていた。
「志貴、ひょっとしてあの力で行くの?」
アルクェイド、ありがとう。
俺がどう言えばいいのか判らんものをあっさりと言ってくれて・・・。
お礼に百分割してやりたいよ・・・。
「・・・兄さん。まさかあのような事を街中で行うつもりですか?・・・止めて下さい。そのような所が見つかったら兄さんはどう責任を取られるのですか?」
秋葉が冷たい視線でそう言ってくる。
「ああ、その心配は要らない。一気に町なんか突っ切るし、以前は昼間からそれやったけど全く見つからなかったから」
「以前?・・・兄さん、同じような事をしたと言うのですか?」
しまった・・・赤髪を全開で俺を睨み付ける。
「い、いや、秋葉落ち着け。したのはその一度だけだからそんな心配は・・・」
「なるほど・・・兄さんには少々お仕置きが必要ですね」
まずい!やぶ蛇プラス泥沼だ!
「じゃあさ志貴。明日一緒に行こうよ!」
秋葉が襲いかかろうとした瞬間、アルクェイドがそんな事を言い出した。
「は?あのな、アルクェイド。何にも無いとこだと言っただろ。本当に面白くも何とも無いぞ」
俺は秋葉に殺されかけている事実を思わず忘れてそんな事を言った。
「いいよー志貴が行くとこだったら何処でも楽しいし、それにそこって人気が無いんでしょー」
「ああ、あんなとこに好き好んでいく奴なんざ、いないからな」
「だったらなおさら行こうよー二人っきりでデート出来るから!」
その一言は全員に衝撃を与えた。
「遠野君!」
「兄さん!」
「志貴様!」
「志貴さん!」
「はっはい!」
「遠野君、私も行きます。七夜の歴史となると、教会の新たな力となる資料もあるでしょうから!」
「兄さん、前回の事は私を七夜の森に連れてくだされば特別に不問にして差し上げます」
「志貴様、実は今回の連休に皆様全員で旅行に行く予定でした。この際ですのでそこに行く事にしましょう」
「そうですね。翡翠ちゃんの言う通りですねー私も志貴さんがお育ちになられたところ是非とも見てみたいですしー」
「えっ?連休?・・・ああ、そうだ」
そうだった。
そう言えば明日から5日間の連休だったんだ。
俗に言うゴールデンウィークだ。
それだったら明日から行っても差し支えないな、と思った所へ
「えーっ、私は志貴と二人っきりで旅行したーい!」
やはりと言うべきであろう、アルクェイドがぶーぶー不服を申し立てた。
それでも、俺が行くと言った為、不満であったようだが引き下がった。
「では、明日、朝の8時に門の所に集合いたしましょう。確かあの森には一日はかけないと駄目でしょうから」
何時の間にか、秋葉が旅行の幹事役をやっているよ。
「はーいっ!妹しつもーん!」
「アルクェイドさん、いい加減にしないと、本当に殺しますよ。・・・まあ、そんな事はさて置いて、なんですか?」
「あのさ、私のペット・・・と言うか使い魔なんだけどそれも連れてって良いかな?」
「使い魔?」
俺が首を傾げると、
「うん!ほら、あの時の夢を見せた夢魔なんだけど・・・」
「あーっ!あ、あれを連れて行く気か!」
「大丈夫だよ。あの子、あれ以来、なんか志貴の事気に入っちゃったみたいで、ロアを消滅させてくれた時にもお礼しようとしたんだけど、断っちゃって、初めてよ、私の命令を拒否するのって」
「そうですね。その子が特に迷惑を掛けないのでしたら、こちらとしては特に文句はございません」
「やったーありがとー」
「いいえそれほどでもございません」
なんて事言いながら秋葉の表情は緩みきっている。
「あ、後、秋葉さんおやつは何円までいいのでしょうか?」
「先輩、学校の修学旅行じゃないんだから、そんなの特に・・・」
「一銭も許しません」
「え?」
「へっ?」
「おやつなんてそんなの必要ありません。食べ物でしたらこちらで用意いたします。それに先輩の事ですからカレーパンを買えるだけ買うおつもりなんでしょう?」
「・・・」
あ、シエル先輩、言い返さない所を見ると図星だった様だ。
「しかし秋葉、おやつゼロ円と言うのも余りに可哀想だぞ、せめて、五百円位は認めてやったらどうだ?」
先輩の落ち込みようが余りにも酷かったからそう助け舟を出した。
「ですが・・」
「あのな、秋葉。これは別に研修旅行じゃないんだからそれぐらいは認めてやれよ」
「・・・ふうっ。判りました。特別に五百円だけ認めましょう」
秋葉は疲れたようにそう言った。
「では、質問はそこまでですね、ではそう言うことで」
そう区切ると秋葉は「では私は自室で準備をしています。琥珀・翡翠、今日の夕食が終わったらそれで今日の仕事は終わりで良いわよ。貴方達も準備していなさい」
と言うと秋葉は居間を後にした。
「じゃ、私これからあの子に伝えてくるー」
「私はさっそくおやつを買ってきます」
と言いながらアルクェイド達も出て行った。
「さてと、じゃあ俺も少し出るよ」
「志貴様はどちらに?」
「うん、リュックが必要だって事思い出したから、それを買ってくる。後、灯油も」
「灯油なんて何に使うんですかー?」
「屋敷の火葬用の為にね、翡翠・琥珀さん、何か必要な物ある?あったらついでに買ってくるけど」
「いけません!そのような事は私が・・・」
「翡翠ちゃん、何が灯油なのかわかる?」
「・・・」
「判らないようだな、・・大丈夫だよ翡翠、それぐらいは大丈夫だから、それに女の子にそんな重い物を持たせる訳には行かないから」
「あ、・・・」
俺がそう言うと翡翠は真っ赤になって俯いてしまった。
「あっ、では志貴さん一緒に行きましょうかー、私も翡翠ちゃんも旅行用の私服が無いのをすっかり忘れていましたー」
あははーっと琥白さんは笑う。
そう言えば二人の私服姿って見た事無かったな。
「ああ、それいいね。じゃあ行こうか?」
「はいー」
「・・・(こくん)」
そして俺達はリュックや灯油、そして二人の私服と夕食と明日の朝とお昼の御弁当用の材料を買い込んだ。
そして、夜・・・。
俺は夕食も終わると部屋でナップザックに一通りの着替えを、昼に買ってきたリュックには灯油、そして、シエル先輩と意外にも秋葉の奴が買って来た、おやつ(予想に反し、多種多様なお菓子があった。しかし、先輩の分は甘いものは一つも無く、おまけに全てカレー味であり、秋葉のはいかにも御年頃の女の子と思わせる甘いもののオンパレードだった)、を詰め込んでいた。
「しかし、確か五百円だって言ってたよな」
シエル先輩も秋葉も、明らかに五百円を大きく超過している。
何しろ本格登山用のリュックが灯油とお菓子だけでもうパンパンとなっていた。(ちなみに灯油は1.5リットルのペットボトル4本分のみである)
一応俺も少しだけ買ってきたがこれでは入らない。
もう一つ必要かもしれない・・・。
一通りの準備が終わって俺はもうベットに潜り込んでいた。
まだ、十時前だが早めに休んだほうが良いだろう。
「しっかし、楽しみだな琥珀さんと翡翠が買ってきた服」
ふと、俺は翡翠達の事を思い出す。
琥珀さん達は近くのデパートで服を買った。しかしその時俺は違う階の売り場でリュックを見ていた為、何の服を買ったのか見ていなかった。
しかも、その事をいくら聞いても
「志貴さん、それは明日のお楽しみですー」
と、笑いながら琥珀さんはそれ以上言ってくれなかった。
「・・・七夜鳳明か・・・」
俺はふと呟いた。
そう、皆旅行気分で浮かれているかも知れないけど、本来の目的はあくまでも彼の事を記した記録を見つけ出す事。
「一体どんな奴なんだろう?」
そう呟くと、自然に瞼が閉じ、睡魔が俺を支配するのを感じていた。