これは神界にて衛宮士郎が平行世界の聖杯戦争に召還されるのと平行しての出来事・・・
「はいはい、玄関口でギャーギャー騒ぐのはこのくらいにするわよ。口論は居間に行っても出来るんだし」
二度三度手を叩くと先ほどまでギャーギャー騒いでいた全員があっさりと引き下がった事に私こと遠坂凛(本当は桜と同じく士郎の苗字名乗りたかったけど、いくら神霊になったからって遠坂の苗字は捨てられなかったのよね。ついでに一人の時にこっそりと『衛宮凛』と呟いたり紙に書いたりして悶えたりしている時もあるけど、これを見た奴は誰であろうと記憶を失ってもらう。最悪の場合はコロス)は内心で苦笑する。
赤の他人がこれを見ると士郎が私達の手綱を扱いきれていないから私が牛耳っているって思うかもしれないけど、ちょっとそれは違う。
生前は孤独な旅と戦いを続けていた反動なのか、私達を置き去りにしていた罪悪感かもしくはその両方かは判らないけど、士郎はどうも私達に対して押しが弱い所がある。
ここぞって時には私達全員を圧倒するような存在感を見せ付けるって言うのにそこがどうも惜しい。
けどその反動なのか夜のほうは完全に士郎が主導権を握って私達を好き放題している。
それはそれで嬉しいんだけど・・・隣の志貴の影響なのかそれとも志貴の奥さん連中に色々と吹き込まれたのか(時々先輩として助言してくるのよね)凝った趣向・・・はっきり言えばアブノーマルなプレイをやらかしてくる。
先日なんて私、桜、イリヤ、ルヴィア、カレンまとめて呼んで何をするのかと思えば無理やり魔法少女(もうそんな歳じゃないのにあの馬鹿杖神霊になってもしつこくと言うかしぶとく付き纏いやがる!)に変身させてよりにもよって『魔法少女戦隊雌奴隷調教プレイ』なんてイメプレを興じ始めやがった!
む、無論抵抗しようとしたわよ!けど身体は士郎に開発されまくってた所為でろくに抵抗する間もなく、と言うかいち早く陥落したカレン(これは意外だけど、どうも閨ではカレンってドMみたい)が嬉々として士郎を手伝うもんだからなす術も無かった。
(蛇足だけど、いの一番で脱落したのはカレン、次にルヴィア、桜、私とイリヤは最後まで抵抗したが結局はされるがまま、やられるがまま)
イメプレは知っているけどなんて内容をやるのよ!
ど、どうせなら二人っきりの時に『魔法少女とのラブラブセックス』とかの方が・・・って何を考えている私!
無し!今のは無し!
思考が思いっきり脱線しちゃったけど、皆を連れて居間へと移動しようとしたまさにその瞬間、背後から魔力の流れを察知した。
「え?」
突然お出来事に思わず振り返った私の眼に飛び込んできたのは、頭上と足元から召還陣と思われる文様に挟まれて吸い込まれたと言うべきなのか落ちたと言うべきなのか、とにかく瞬きほどの時間に姿を消す士郎の姿だった。
「士郎!!」
思わず絶叫を上げる私の声にかぶさる様に
「先輩!!」
「シェロ!」
『シロウ!!』
全員の悲鳴に等しい絶叫が響き渡る。
どうやら全員士郎が消えるのを見たようだ。
「先輩!先輩!!」
桜が狂った様に士郎が消えた場所に駆け寄ろうとするがそれを
「落ち着きなさい!サクラ!!」
イリヤが鋭い口調で押し留めた。
「落ちつけって!これが落ち着いていられるんですか!!先輩が!先輩が消えたんですよ!!」
焦りと苛立ちで顔を真っ赤にしながらイリヤに詰め寄るのだが、
「理由があって落ち着きなさいと言っているのよ。私たちがするべき事はシロウに何が起こったのか、シロウが何処に行ったのか。それを確認するのが先決じゃないの?ここで泣き叫んでいたってシロウは戻ってはこないわよ」
一息にそう言われて桜はだいぶ落ち着いたらしく今度は恥ずかしさで真っ赤にしながら
「・・・ごめんなさいイリヤさんの言う通りですね。取り乱しました」
そう言って頭を下げる。
「別に謝る必要は無いわよ。私としてはサクラに感謝しているのよ。だってサクラが先に取り乱してくれたから、私達は平静を取り戻せたんだから」
そう言っていつもの小悪魔っぽい笑みを浮かべるイリヤだったが、足が小刻みに震えているのを私は見逃さなかった。
ああ口では言ってはいるけど実際は桜の様に泣き叫ぶ寸前だったみたいね。
まあ私はもとより全員そうだけど。
士郎は生前私達を置き去りにした事に罪悪感を持っているみたいだけど、私達からしてみれば生前、士郎を守る事が出来ず、それ所かあいつに守られっぱなしだったのに、それに甘えて甘えて甘えきって挙句にはあいつに孤独な最期を迎えさせてしまった事がいわばトラウマになっている。
士郎の不幸は蜜の味と言うのが基本姿勢のセラとカレン、士郎の使い魔でありながら使い魔としての姿勢がなっていないレイですらそうなのだから私を含めた他の全員がどんな心境かは察して欲しい。
もう自分達の手や眼の届かない所で士郎を失いたくは無いのだ。
もしも桜はいち早く取り乱さなければ、私達全員気が動転したり混乱したりただ叫んだりして貴重な時間をただ浪費する羽目になったかも知れない。
皆、桜にどこか感謝するような視線を向けているし。
って、そんな事考えている暇は無いわね、ともかく士郎に何が起こったのか直ぐに調べないと。
直ぐに私は士郎が消えた空間に眼を凝らす。
人間だった頃の私だったら何も出来なかっただろうけど今の私は神霊の端くれ、微細であろうとも空間の歪みを見つけるのなんて『象徴(シンボル)』を使うまでも無い。
だいぶ塞がりつつあるけどまだ残っている。
でも、詳細な調査・・・この空間の歪みが何処に繋がっているのか・・・は私達だとかなり厳しい。
そうなれば・・・餅は餅屋、専門家に調べてもらった方が良いだろう。
「メドゥーサ、直ぐにシオン連れてきて、こういった調査は」
そう言いながら振り返ろうとしたのだが、そこにメドゥーサの姿は無い。
「あれ?」
私の困惑の呟きを発する前にアルトリアが
「メドゥーサでしたら」
言い終えようとした所に
「リン、シオンを連れてきました。直ぐに調査してもらいましょう」
メドゥーサがシオンを肩で担いで戻ってきた。
「待って下さい!!いきなりなんですか!!人がのんびりお茶でも飲みながら貴重な志貴との二人っきりの時間を過ごしていたのに!」
おそらくと言うかほぼ間違いなく、何の説明もなしに荷物の様に担がれてここまで来たのだろう、シオンがマシンガンの如く文句を言うがそれも当然だと思う。
一先ずは突然の事につれてきたメドゥーサともども謝罪し、改めて状況を説明、協力を頼み込んだ。
「・・・そう言う事でしたら説明してもらえば直ぐに協力しましたよ」
呆れながらも事態を把握して直ぐに了承してくれたシオンには感謝しかない。
「で、問題の士郎が消えたポイントは何処ですか?」
シオンの問い掛けに直ぐに士郎が消えた場所をイリヤが指差す。
「・・・まだ歪は残っていますね。これならどうにか・・・では早速」
そう言うと左の手首にはめていた腕輪からエーテライトを口で器用に引き出すといつの間にやら右手に持っている方位磁石と言うか羅針盤のようなものに通してからかなり小さくなってしまった時空の歪みに一発で差し込んだ。
ちなみにこれ、シオンが神霊となった『予測・計測』の『象徴(シンボル)』ではなく神霊となった後シオンが独自に創り上げた、計測器らしい。
そこからシオンは差し込んだエーテライトを差し込んだり引っ張ったりしながら、羅針盤の針の動きに瞬き一つする事無く注視している。
針は左右に大きく揺れ動いたり時には細かく震えるように動き、時には二、三回転したりぴたりと動きを止めてしまったりと落ち着きは全くない。
時間がこれほど長く感じる事は早々無いが、皆、集中しているシオンの妨げになってはならないと呼吸すら止めてただただ見守っていた。
「・・・っ」
と、不意にシオンの表情が歪んだ瞬間エーテライトを引き抜いてしまった。
一瞬だけ何故と思ったのだが、直ぐに理由がわかった。
エーテライトが引き抜かれたと同時に空間の歪みは綺麗さっぱり消えてしまった。
時間切れと言う事だ。
「すいません、もう少し時間があればもっと詳しく調べ上げられたのですが、士郎に何が起こったのかの推測と大雑把な行き先が限界でした」
そう言って頭を下げて謝罪するシオンだけど、
「気にする必要はありませんシオン。悔しいですが私達では何が起こったのか調べる事も出来なかった。それをここまで調査してくれたのですから十分過ぎます」
アルトリアが私達の心境を代弁してくれた。
「それでシオン、あいつに何が起こったの?」
正直に言えばこれについては凡その見当は付いているが憶測の段階に過ぎなかった。
「はい、士郎はおそらく何かに呼ばれたのかと思います」
シオンの回答は私達の予想通りだった。
神界であるここから急に姿を消えたとなればこれしか考えられない。
だけど疑問もある。
「ですが、ミズ・シオン、貴女の推測にけちをつける訳ではありませんがシェロは神霊ですわ。それも私達のような従者からの成り上がりではない生前から決められた神霊、その位はギリシア神話やオリンポスの神々よりは落ちるけど私達に比べれば天上人のような存在。そのような高位のシェロをどうようにして呼ばれたと言うのですか?」
ルヴィアの言葉は私達の疑問を代弁してくれた。
これは神界に着て始めて知ったけど、従者から神霊になった場合その位は神霊としては最下位に等しく、たとえ実質は平等であっても建前としては従者は永遠に主となった神霊に従う事になっている。
「それについては二つの力が働いたものと推察されます」
「二つの力?それはなんなのですか?」
カレンの疑問にもシオンの言葉に淀みは無い。
「はい、仮にA、Bと呼んで置きますが、まずAの力が召還者とこの神界の道を開き続いてBの力が士郎を半ば強引に召還させたのだと思います」
「つまりAが道を開き、Bが士郎を誘拐同然に呼び出したって事?」
「ええ、しかもA、B共に生半可な力ではない事だけは確かです。そうでなければ仮にも神界に道を開く事も士郎を呼ぶ事も不可能な筈です。よほどAは相当の力が働き、Bには士郎との確固たる縁が無い限りは・・・」
「・・・」
「??リン?どうかしましたか?」
「ええ・・・ちょっと心当たりがあってね。それでシオン、士郎の行き先はどの程度判っているの?」
「士郎が呼び出された並行世界には大体の目星は付いています。ただ時間の絞り込みが不十分で現状で西暦1990年代から2000年代初頭と言うのが精一杯でした。ただ十分なデータは取れましたのでこの後私の象徴(シンボル)で更に詳しく調べて士郎が何に呼び出されたのか、そして士郎を呼び戻す方法を探ってみます」
「ええ、お願いするわ」
「シオン、感謝します」
早速調査するのだろう、シオンが隣の『七星館』へといそいそと帰っていく。
一方の私達は思わず顔を見合わせた。
「一先ず皆居間に戻りましょう。シオンに調査を任せきりじゃあ恥ずかしいし今判っている情報を整理しましょう」
私の言葉に全員が頷いた
「ねえリン、シロウが呼び出されたのって・・・」
「イリヤ、あんたが考えている通りよ。シオンの調査待ちだけどほぼ間違いなく士郎は聖杯戦争にサーヴァントとして呼ばれたんだと思う」
大聖杯の力があれば神界にまで道を開く事は可能だと言う事では全員の意見は一致していた。
「そうなれば問題は誰がシロウを呼んだのかと言う事です」
「そう、誰が士郎を召還したのか・・・可能性としては二つ。まず一つは第五次でその平行世界の士郎に呼び出された」
士郎が士郎を呼ぶのだ。これほど確固たる縁もそうは無いだろう。
「後は・・・キリツグがシロウを呼んだ位ですね。シロウとキリツグの絆はシロウがシロウを呼ぶ縁にも勝るとも劣らないものです」
アルトリアがもう一つの可能性を口にするがその口調や表情には翳りがあった。
生前の時にも少し聞いたけどアルトリアと士郎の養父である衛宮切嗣との相性は本当に最悪だったみたいね。
と、ふと私はアルトリアよりも深刻そうな表情のイリヤに気付いた。
そう言えばシオンの調査報告から一言も喋っていないわね。
「どうしたのよ?イリヤさっきから黙りこくって何か気になる事でもあるの?」
あんな深刻な表情のイリヤを見るのは実に数百年ぶりだったのか、思わず心配になって聞いてみた。
「・・・」
イリヤは私の問い掛けにも応ずる事無く深刻そうに口を噤む。
「??イリヤどうかした?」
「お嬢様?」
イリヤの様子に不安を抱いたのかセラとリーズリットを皮切りに皆がイリヤに声を掛け始める。
「・・・たいした事じゃないの・・・ただ少し心配になって・・・」
ようやく呟くように言ったイリヤの声には不安の色が色濃かった。
「あら?もしかしてご主人様に危害が加えられると思っているの?大丈夫よ。神霊になってご主人様はさらに強くなったのよ。どんな大英雄が相手だとしても今のご主人様なら鼻歌交じりで蹴散らせるわよ」
レイがイリヤを元気付ける為かあえて憎まれ口調で軽口を叩く。
「・・・別に士郎が戦闘で遅れを取るなんて思っていないわよ・・・」
「ではどうしたのですか?イリヤスフィール。何に対して不安を抱いていると言うのですか?」
アルトリアの問い掛けにようやく重い口を開いたイリヤだったけど・・・はっきりと言うわ、聞くんじゃなかった・・・
あまりにくだらなったんじゃない、あまりにも現実味を帯びた危険極まりない不安だった。
「もしよ・・・もしもキリツグがシロウを呼んだとしたら・・・その・・・シロウ、お母様をキリツグから寝取っちゃうんじゃないかと思うと不安で・・・」
その瞬間全員の時間が止まった。
『・・・』
しばし全員が無言で互いの顔を見合わせる。
「ま、まさか・・・シロウに限ってそんな・・・アイリスフィールを奪うなど・・・」
必死になって否定するアルトリアだったがその表情は暗い。
「そ、そうですわ。直接はお会いした事はありませんがシェロの命と心をお救いになった大恩人であり目標の人だったのでしょう。その人の奥様を寝取るなど・・・面白い冗談ですわね、おほ、おほほほほほほ・・・」
冗談だと解釈してわざとらしく今ではやらなくなった高飛車な笑いをするルヴィアの表情は思いっきり引き攣っていた。
見ると皆露骨か控えめか程度の差はあるけど、引き攣ったり先ほどとは違う意味で表情を暗くしている。
ちょっとカレン、『神よ淫欲強き罪人を許したまえ』って士郎がイリヤの母親寝取る事前提で許しを祈るな!と言うかあんたも神でしょう。
何も知らない奴がこの光景を見たら士郎の奴ががひどい浮気性と思うだろうけど実情は少し違う。
士郎は一度とて浮気をした事は無いのだが、どう言う訳か女性によくもてる。
神霊になってからはそれに拍車がかかった節すらある。
と言うか士郎を忌み嫌う女性は士郎とは面識も何もなく悪評だけしか知らない奴だけ。
そういった女は士郎に近寄ろうともしないのだが、それもごくごく一握り、いや一摘み程度にすぎず、残りは軒並み好意的、中には自ら士郎と関係を持とうと士郎に迫る女までも現れた事もある。
その所為で士郎も生前はひどい女難に悩まされた事もある。(バルトメロイの一件がいい例)
さすがに神界じゃあそんな無茶な事をする女はいなくなったけど、剣神の任務として世界の終焉を執り行おうと平行世界に赴いている時は特に不安になる。
向こうの女となあなあで行きずりの関係になってしまうのではないかと思うと、気が気でしょうがない。
もちろん士郎がそんな女にだらしない奴じゃないって事は判っているけど、不安なものは不安なのよ。
「・・・とにかくシロウを信じましょう。そもそもシロウがそのような非道を平気で行える人でしたらそもそも私達はここにいません」
メドゥーサが場を締めるようにそう言った。
このメンバーの中では最も表情に変化もなく士郎の事を心の底から信頼している・・・ように思えるが最初の僅かな沈黙がメドゥーサの内心の不安を過不足なく表現しているように私には思えた。
「そ、その通りですね。シロウは私達の最愛の伴侶、そんなシロウに憶測で浮気を疑うなど・・・どうかしていました」
「そ、そうよね!!シロウにも思慮とか配慮があるもの!!お母様寝取るなんてありえないわよね!」
だけどメドゥーサの発言は皆を表向きは前向きにはしたらしく、この話題はそこまでにして、士郎の消息についてはシオンの調査が完了するまで待ち、行き先が判明して向かえる手段があれば即座に向かうと言う事で話は纏まった。
ただ、この時の私達は想像もしていなかったけど、この時士郎は私達の不安など生易しく感じるほどの修羅場の真っ只中にあったんだ。
それを不本意ではあるけど知るのは少し後になる。