「うん、爺さんの考え違いじゃないよ。今しがた俺がアイリスフィールさんの傷を癒す為に使ったのと同じ代物だよ」
切嗣の問い掛けに頭を掻きながら、その表情には達観と苦笑を同時に浮かべて士郎は応じた。
紛れもなくその鞘はアーサー王の聖剣、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を納める為の鞘であり、これ自体も宝具である『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。
「しかし、これが本当に千五百年も前の発掘品なのか?疵一つついていないなんて・・・」
実用、機能第一である切嗣もさすがにこれには感銘を受けざる負えない。
「これ自体が一つの概念武装として完成しているもの。触媒としての価値もさることながらこれ自体が魔法の領域に踏み込んだ宝物よ。もしも協会が見たらどんな言い値でも・・・ううん、きっと価値なんてつけられない。それだけの物よ」
「それだけご老体も必死・・・と言うか執念の賜物なんだろうな」
「むしろ妄執だろ爺さん」
「違いない」
士郎の指摘に苦笑する切嗣だったが、すぐに表情を引き締める。
「これの効果はアイリスフィールさんも身をもって体験して爺さんも見たはずだけど改めて説明するよ。本来の持ち主からの魔力供給で伝説通り持ち手の傷を癒し老化すら停滞させる。更には持ち主が持つ事でこいつは本来の力を発揮出来る」
「つまりはこれすらも宝具の一つとして数えられると言う事か・・・」
「ああ、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』が攻め、そしてこの鞘は守りとして共に最高位の代物だ」
そこまで説明が終わった所でアイリスフィールが疑問を口にした。
「ねえシロウ君、じゃあ君がこれを出した時、どうして傷の治癒なんて出来たの?」
「ああ、それは俺とこの鞘の本来の持ち主が今でも繋がっているからです。神の世界で妻として」
「「妻!!」」
士郎の言葉に異口同音に声を張り上げ、それと同時に士郎を何か可哀そうな・・・と言うか、何か触れてはいけないものを見たような、形容しがたい目で見る。
「??えっと爺さん・・・それにアイリスフィールさん?どうしたんですか?いきなり大声を上げて、それにその眼は一体・・・」
不思議そうな士郎の問い掛けにやや言いにくそうに、
「いや・・・何・・・」
「その・・・シロウ君って・・・同性愛と言うか・・・」
「俗に言う・・・ホモだったのか・・・」
問題発言を口にした。
これには士郎は思いっきり吹いた。
「ちょ、ちょっと待て!どうしてそうなる!俺にそんな嗜好はねえ!!至ってノーマルだ!」
男として極めて不名誉な称号を与えられそうになり士郎は口調も荒々しく反論する。
「で、でも・・・その・・・アーサー王を妻としているのよね?シロウ君」
「それならそう思われても・・・」
「だから!俺は・・・??あれ」
そこまで言った所で士郎はようやくと言うべきか自分と切嗣達との認識の祖語に気付いた。
「えっと爺さん、アイリスフィールさん、つかぬ事を聞きますが・・・二人の中でのアーサー王って」
「「男だろ(でしょ)」」
問い掛けに間髪を入れずに返答を返す。
「ああ・・・なるほど」
ようやく自分がなぜ不名誉極まりないレッテルを張られかけたのか理解した士郎は、誤解を解く事を始めた。
「えっと・・・爺さん、アイリスフィールさん実はですね・・・」
そこでアーサー王=アルトリアが女性である事を解説した。
「女性・・・」
「ですって・・・」
思わぬことを告げられた事に言葉を失った二人を尻目に士郎は話を戻す事にした。
「この事については召喚すればはっきりとすると思うからここで打ち切るよ。で、爺さん話を戻すけど、この鞘をどうするかなんだけど・・・」
本題に戻った事で切嗣の表情が引き締まる。
「ああ、そうだね」
「俺が召喚された以上二体使役は爺さんに過度の負担を強いる事になるし、こいつを使わないと言う訳にも・・・」
「いかないだろうね」
使用しないならばそれに越した事は無いだろうが、迂闊な事をしていらぬ疑念の種を撒く愚も犯したくない。
「それでだ士郎、一つ案があるんだ」
「案?それって一体・・・」
「ああ、実は・・・アイリにも令呪があるのが確認された」
「アイリスフィールさんに?」
「ええ、私も気付かなかったんだけど・・・さっきキリツグが身体を清めてくれた時に偶然発見してくれたの」
「偶然?って事は相当目に付かない所に」
「ああ」
何処に令呪が現れたのか士郎はあえて聞かなかった。
偶然と言うからには目に付きやすい手に出てくるとは思えない。
服などに隠された場所、胸部や腹部それか女性として申告しにくい場所である可能性がある。
そうだとすればその質問は女性に対して非礼の極みの質問だろうと判断したからだ。
そこまで聞いて士郎も切嗣の案を理解した。
「なるほど、じゃあアイリスフィールさんに」
「ああ、アイリにアーサー王の召喚をしてもらう。魔術師としての格も申し分もないし気質などの相性も考えれば僕よりもアイリがアーサー王のマスターとして相応しいと思う」
切嗣に士郎も同意するとばかりに頷く。
「賛成だ爺さん。又聞きだけど第四次において爺さんとアルトリアの相性は最悪だって良く聞いたし。それなら相性がいい人と組んだ方が良い。」
どんなに能力の高いサーヴァントと優れたマスターが主従を組んでいても協調も連携も無ければたとえ個々は弱くとも連携のとれた陣営に敗北するのは火を見るより明らかなのだから。
「そうなると俺と爺さんは?」
「それについてだけど・・・僕としては完全に裏方に回るべきだと思う」
「・・つまり表向きはアイリスフィールさんとアーサー王が戦い、その裏で俺達が暗躍すると言う事か・・・異論はないよ爺さん」
アインツベルンのマスターがアーサー王を伴い華々しく威風堂々とした姿は他の陣営に少なからぬ重圧を与えるだろう。
少なくとも無視する事は出来ない筈だ。
そしてその間隙を縫うように切嗣と士郎が闇から他の陣営を狙う刃となる。
戦争は華々しい戦闘だけではない、偵察や補給に代表されるあまり表立つ事の無いものや破壊工作や暗殺などお世辞にも賞賛される事のない汚れ仕事。
それらを全てまとめて戦争、勝利の為であるならどれだけ非道であろうと、いかなる外道な行為だろうと許容されるのが戦争の本質なのだ。
本来士郎も人の善性を信じる一人であるが、戦争と言う人の悪性がこれ以上無い程露骨に出る最悪の舞台においてそれがどれほど無力なのか痛いほど理解していた。
そこで人の善性を期待するのは無謀でしかない
士郎が切嗣の提案に賛成したがそこでアイリスフィールが一つの懸念を示す。
「でもアーサー王についてはどうするの?召喚したらすぐにキリツグ達の事を」
「・・・」
しばし思案する士郎だったがやがて
「アーサー王については実際に召喚されてから決めましょう。戦争の全てに理解のある人なら俺達の事を知らせても良いと思う。でも・・・」
もしも裏方を軽視、もしくは蔑視しているのなら詳しく話す必要はない。
仮に話すとしても切嗣が自分達の協力者で情報収集や敵情の偵察を行ってくれるのみにとどめ、士郎の事やエクスキューター陣営の役割について話すべきではない。
そう言った人物ほど『なぜそんなものに頼らなければならない?そのような卑怯な振る舞いなどせずとも自分一人で勝てる』と思い込んでいる節がある。
当然だが、そんな人物ではどれだけこちらが協調の姿勢を見せても、向こうにその気がなければ連携など覚束ない。
それならアイリスフィールだけ知った状態にして始めから話さず、あえて蚊帳の外にしてしまった方が良い。
そう説明した所でアイリスフィールが更なる懸念を示す。
「でも・・・仮にそれが発覚したら・・・」
関係の悪化は始めから話した時に比べてはるかに大きくそして深刻なものとなるだろう。
「その時は俺が全ての泥を引っ被ります。俺が爺さんとアイリスフィールさんにあえて話さない様にと進言したと」
「でも・・・」
「大丈夫です。泥を引っ被るのは生前から慣れています」
尚も言いつのろうとしたが士郎の笑顔すら浮かべた返答に何も返せれなくなってしまった。
「シロウ君・・・ご厚意に甘えさせてもらうわ・・・ごめんなさい」
アイリスフィールが一言言って頭を下げる。
「・・・士郎すまない」
切嗣も士郎に一言言って頭を下げた。
そんな二人に気にしなくても良いと言わんばかりに何も変わらぬ穏やかな表情で手を振るだけだった。
この日三度人の訪れた礼拝堂に二度目の詠唱が響き渡る。
違いがあるとすれば召喚の陣の中央にしつられた台座に鞘が置かれ、詠唱しているのがアイリスフィールだと言う事、そしてその傍らに切嗣が、そして隠れる様に士郎が召喚を見守って居るくらいだろう。
ちなみに器の摘出の際にあれほど礼拝堂を汚したアイリスフィールの血液は、一滴たりとも存在していない。
ゼルレッチが本当に残さず回収してしてくれた様だった。
既に詠唱も終盤に差し掛かり召喚陣は先程と同じ蒼き光が満ち溢れる。
「誓いは此処に我は常世総ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者」
詠唱と共に光は満ち溢れ爆発せんとばかりに膨れ上がる。
「汝三大の言霊をまとう七天、抑止の輪より来たれ天秤の守り手よ!」
再び光と烈風が礼拝堂に荒れ狂う。
それが終わるか否かの時に凛としただが、良く通る澄み切った声が一同の耳に注ぎ込まれた。
「問おう・・・」
その声を聞いた瞬間、確信を抱いた様に一つ頷き士郎は霊体化してその場を後にした。
(爺さん一先ず俺は霊体化して待機している。外にいるから何かあったら念話で)
切嗣にはそう告げて。
(やっぱりアルトリアか・・・まあ呼び出されたのが神界にいるアルトリアなら問題は無いんだけど・・・)
可能な限り気配を押し殺してアインツベルン城から外に出る。
城の中ではいつばれてもおかしくないからだ。
先程までは切嗣、アイリスフィールと共にいたからうまく誤魔化せれたがアルトリアが呼ばれた以上、彼女にいつ士郎の存在がばれるのか気が気でない。
幸い、霊体化してしまえば寒暖を感じる事も無いので外にいても何の支障もない。
呼び出されたアルトリアが柔軟な思考を持っていれば特に危惧する事は無いのだが・・・
(まあそこは俺が気に病んだ所で仕方ないか)
柔軟であるなら自分の存在を明かした上で役割分担を決めた上でこの聖杯戦争を戦えば良いし、そうでなければ打ち合わせ通り士郎一人が泥を被れば良いだけ。
(後は爺さん達の判断を仰いで・・・)
(士郎)
噂をすれば何とやらではないだろうが、早速切嗣から連絡が入る。
(爺さん?どうかした?)
(残念な結果だ。どうやら君の存在を秘匿しなくちゃならなくなった)
(・・・歓迎されていないって事?)
(ああ、はっきり言えば。アイリが僕の事を協力者だと言った時、露骨に迷惑そうな表情をしていたよ。『そのような者がいなくとも私の剣であれば全て打ち倒せます。協力者など不要と思いますが』とも面と向かって言われたよ。最終的にはアイリのとりなしで不承不承納得したけれどね。あれだと君の存在や僕達の本当の役割を知った時には・・・)
(そっか・・・分かった爺さん。一先ず俺は外にいる。詳しい打ち合わせは済まないけど念話で良いかい?)
(それは問題ないけど・・・君の方こそ大丈夫なのかい?外はまだ猛吹雪の筈だけど)
(霊体化していれば問題は無いから)
(分かったよ士郎じゃあ後で)
そう言って念話が切れた。
(・・・そう全てが上手くいく筈も無いか)
アルトリアの協力を得るのは難しくなったが、召喚されてからここまでスムーズに行けた事の方が望外の幸運なのだ。
半歩間違えば聖杯戦争に参加する前に切嗣の手で自害を命じられていてもおかしくなかった。
全てに逃避して聖杯を求める戦いに身を投じていたとしても不思議ではなかった。
それを全て回避して切嗣、アイリスフィール両名の協力を得られたのだ。
欲張り過ぎればきりがない、今はこれで上々とするべきだろう。
アルトリアの事は気にかかるが可能であれば大聖杯破壊まで自分の存在を秘匿、仮に白日に晒されたとしても、潔く謝罪した後可能な限り本当の目的を知られない様に動くしかないだろう。
士郎はこの時自身としては現状七十五点の出来だと自己評価を下していた。
いささか齟齬や誤算が生じたものの、取り返しがつかない過ちは見受けられなかった。
それはある意味正しかった。
だが、それは気付かなかっただけだった。
この時、士郎は見過ごす事の出来ないミスを三つ犯していた。
まずは情報の重要性と情報を共有する事の重大性を、いささかならず軽んじていた事。
二つ目に、陣営の連携を危ぶむばかりにアルトリアだけ自分の存在を隠匿してしまった事。
そして、これが最も重大なミスだが、士郎はこの時アルトリアの聖杯獲得の執念を低く見ていた。
いくら第五次でのアルトリアしか知らなかったにしても、彼女が持つ救国の意思と信念をもう少し・・・それこそ過大評価でも良いから大きく見るべきだった。
この僅か三つ・・・だが、決して見過ごせない重大なミスが後々、切嗣、アイリスフィールの両陣営に暗い影を落とす事になる・・・
ともあれ、これにより全ての駒は出揃った。
僅かなずれと過剰なイレギュラーの参加により破滅に突き進もうとしていた歯車は今でこそ小さく、だが、やがては大きく舵を切ろうとしていた。
そして運命の舞台は因縁の地冬木へと移ろうとしていた・・・