第二駐車場・・・『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』内・・・

アーチャーの『天地乖離す、開闢の星(エヌマ・エリシュ)』と士郎の『交錯する絶望と希望別つ運命の裁断(スパイラル・フェイト・ブリンガー)』、その激突は短い時間で終わりを告げた。

あらゆる理、森羅万象を吹き飛ばし打ち壊す英雄王の秘奥と、異世界の宝具、共に対界クラス。

それがぶつかり合った事によって『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』は急速に崩壊していく。

世界に存在を認められたと言っても本質は心象世界、その根底を破壊する対界宝具との相性は致命的に悪かった。

そして『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』の崩壊に比例するようにその存在が薄れていく『交錯する絶望と希望別つ運命の裁断(スパイラル・フェイト・ブリンガー)』。

それでも剣自体が意思を持っているかのようにありったけの力を放出される。

それもあってか『天地乖離す、開闢の星(エヌマ・エリシュ)』を相殺する事には成功した。

が、その代償は余りにも大きい。

二つの対界宝具の激突によって『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』は完全に消滅、周囲は元の殺風景な駐車場に戻り、その力で現界していた『交錯する絶望と希望別つ運命の裁断(スパイラル・フェイト・ブリンガー)』は士郎の手から消滅した。

一方、アーチャーの手には乖離剣は未だ健在、背後の空間からは原典宝具が牙を研いでいる。

「ほう・・・我が至宝の一撃をもってしても消滅せぬか贋作者(フェイカー)・・・なんと不遜なと言う所だが、多少は認めてやろう貴様の力をな」

アーチャーの口から思いもよらぬ士郎を賞賛する言葉が出てきた。

それに反映される様に、その笑みからは侮蔑の色は見られない。

アーチャーの至宝を受けて未だ健在である士郎の姿に思う所があっただろう。

しかし、その後に

「だが、これで万策尽き果てた様だな、貴様に勝機はもはや無い」

絶対的な勝利の確信を抱きつつ不敵な笑みを浮べるのはアーチャーらしいと言えばらしい。

「貴様の首を晒そうかとも考えたが、一思いに消し去ってやろう。我をここまで追い詰めた事を誇りながら・・・死ね」

そう言うや原典宝具の群れが大挙して士郎に襲い掛かる。

「!!」

咄嗟に後方へと跳躍して回避するが何本かが回避に間に合わず、士郎の身体を掠め、右肩と左腕、そして両脇腹に頬から鮮血が舞う。

「何処までも生き汚いな贋作者(フェイカー)、我の決定に尚も逆らうか」

そんな士郎の様子に心底不快げにアーチャーが吐き捨てた。

先刻までの賞賛の念は何処にも存在しない。

「当然だろう、俺にはまだやる事が残っている」

そう返す士郎には焦燥も絶望も無い。

ただただ自然にアーチャーと対峙するだけ。

「徹底的に我に歯向かうとはな・・・何処までも気に入らん」

そう言うや憤怒の形相で士郎を睨み付けながら『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を更に展開、その数はおそらく百にも届くのではと錯覚を抱いてしまうほど、アーチャーの後方は黄金の光による壁が形作られた。

「気が変わった。やはり貴様は無惨な骸を晒せ。それが我の慈悲を袖にした事への罰だ!」

処刑宣告と同時に原典宝具が点所か面となって射出された。

回避も防御も出来る筈もない。

そしてそれが士郎を貫こうとするその寸前、

「そして、王は神より報奨を賜った」

士郎の口からその言葉か出た瞬間、原典宝具は鼻先数ミリでストップした。

「!!」

突然の事態に表情を強張らせるアーチャーを尻目に原典宝具は万物の法則に逆らうように一歩退くやその全てが地に突き刺さり、士郎とアーチャーの間に直線の通路を残し、地面は埋め尽くされた。

その様は『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』の焼き回しを思わせた。

そんな士郎の傍らには玉座が現われており、玉座に突き刺さった一振りの剣を士郎は引き抜いた。

外見は素朴、おそらくは一つの金属から創り上げられたと思われる剣。

柄には滑り止めなのだろう、布が巻かれている剣、

アーチャーの持つ原典宝具に比べるのもおこがましいみすぼらしい代物・・・一見すればそうだった。

だが、それを見たアーチャーの強張りは解ける事無く、むしろ更に険しくして士郎を睨み付ける。

「贋作者(フェイカー)、貴様それは何だ?」

アーチャーの問いは一言だけだった。

それに対する士郎の返答も簡潔だった。

「俺の宝具であり・・・俺が俺である証だが」

そう言って軽くその剣を振る。

その瞬間、アーチャーの後方で出番を待ち構えていた原典宝具が残らず姿を消した。

地面に突き刺さっていた物も光の粒子となって消滅する。

そんな事態にアーチャーは一瞬だけ呆けた表情を作り出すが、直ぐに全身から凄絶な殺意が吹き上がる。

「なるほどな・・・その剣が貴様の最後の切り札と言った所か」

「そう思うならそうなんじゃないのか?」

「だが・・・それだけの代物ここまで追い詰められてから出したと言う事は・・・それは本来ここでは出す筈の無い代物・・・若しくは出せれない代物だったと言う事ではないのか?」

アーチャーの指摘に内心舌打ちをする。

どれだけ傲慢であろうとも英雄王、その思考の冴えは見事だった。

アーチャーの指摘通り、今士郎の手に握られているのは彼の最後にして最強の宝具・・・否、彼が神霊である事を示す象徴(シンボル)、そして、本来であれば聖杯戦争では使う事無く、大聖杯消滅の時にだけ用いる筈だった象徴(シンボル)。

その名は『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』。

この剣を手にしたことによって士郎はサーヴァントエクスキューターでは無く本来の姿・・・剣神に立ち返った。

この状態の士郎の前ではほぼ全ての剣は彼にひれ伏す。

もはや士郎と対等に戦えるサーヴァントは例外を持つアーチャーしかいないだろう。

だが、その代償は重い。

士郎が『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を開放したことでスキル独立行動が魔力漏洩スキルに書き換えられた。

士郎の身体から魔力が徐々に抜け落ちていく。

これが聖杯戦争において『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を士郎が使おうとしなかった最大の理由。

序盤からこの力を使えばどうなるのかなど子供でも判る。

あっという間に魔力を使い果たし消滅するだけだ。

では何故士郎が象徴(シンボル)ではあるが宝具のカテゴリに入る『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を使えるのか?

これも至極単純な話、

切嗣が士郎に『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』開放の命を令呪で命じた直後最後の令呪を使っていたからだ。

『三番目の宝具を使用し終わった後、最後の宝具開帳を許可する』と。

「・・・どう思うとお前の勝手だ。英雄王。ならば俺が自滅するまでのらりくらりと持久戦に興じるか?」

静かに士郎は『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を構えながら問う。

無論そんな事が出来る筈がないと判っている。

まかりなりにも贋作者(フェイカー)と見下していた相手の自滅を待ち、勝ちを得るなどと言った姑息な手段(アーチャーから見て)を取る筈がない。

相対する敵を圧倒的な力で徹底的に粉砕し得るのがアーチャーにとっての勝利なのだから。

「抜かせ贋作者(フェイカー)。我にとって勝利とは相手を徹底的に叩き潰して初めて得られるもの。堪えがたき屈辱に満ちた慈悲で捧げられるものでは断じてない!」

そう言うや、アーチャーの手に握られた乖離剣が再び回転を始める。

「覚悟は良いな贋作者(フェイカー)我が至宝、二度も振るわせた事への褒美と我に対する不遜な物言いに対する懲罰として・・・ありとあらゆる世界の何処を探しても見つからぬよう完膚なきまでに消し去ってやろう」

更に回転が早まり魔力を帯だ蒸気が吹き上がる。

それに呼応するに士郎も『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を上段に構え、両の脚に力を込める。

同時に剣から発せられた魔力が力場を創り上げ、士郎の身を一つの剣に変える。

「今度こそ消え失せろ!『天地乖離す、開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!」

真名開放と共に乖離剣から再び圧倒的な破壊の波動が発せられる。

それはまさしく生命を・・・否、意思すら許さなかった地獄の世界を天と地に分割した開闢の一撃。

これを回避する事は不可能、防ぎきる事の出来る存在はごく僅か。

ましてや凌ぐ事のできるのは更に希少。

しかし、その希少なる一が今相対する者の手に握られている。

「・・・『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』」

士郎の声に気負いは無ければ、気迫も無い。

あるのは自然体だけ。

真名開放と共にその脚が地を蹴るや、周囲の力場が剣の形に変わり、ジェットの如き推進力で士郎を鋼色の風に変える。

それは世界を割るのではなく、世界を眠らせる終焉の風。

天地の始まりとなった剣と世界の臨終を告げる剣がぶつかり、決着は直ぐに付いた。

「!!」

その光景をアーチャーは眼を見開き見る事しか出来なかった。

いかなるものも妨げる事の出来ぬ英雄王の断罪を忌々しき贋作者(フェイカー)は凌ぐどころか苦も無く両断してのけた。

咄嗟に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を展開しようとするが、『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』の前では何の役に立つ筈が無く、出てくる気配も無い。

そのまま『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』は『天地乖離す、開闢の星(エヌマ・エリシュ)』を切り拓きアーチャーをも切り裂いた。









鋼色の風が通り過ぎるや生臭い血風が舞い、同時に両の腕と両の脚が鮮血と共に宙を舞う。

無論だが、それはアーチャーのものであり、交差した次の瞬間アーチャーは両腕両脚を失い、俗に言えば達磨の姿になって地に転がる。

「贋作者(フェイカー)如きの剣に・・・我の至宝が敗れるだと・・・」

自身が作り出した血だまりの上で驚愕と屈辱と怒りが混ざった表情で同じ感情の篭った声を吐き出す。

「・・・」

そんな声を受けながら士郎は無言でアーチャーに対して背を向け続ける。

「だが・・・贋作者(フェイカー)!これはどう言う事だ!我にこのような無様な格好を晒させるとは!」

そんな士郎に今度は純粋な怒りをアーチャーは向ける。

その声を合図としたかのように士郎はアーチャーへと振り返る。

その表情に勝利の歓喜は無く、転がるアーチャーへの侮蔑も無く、苦々しいものだけがあった。

「英雄王ギルガメッシュ、あんたをそんな姿にさせた事は心から謝罪する。だが、こちらとしてはあんたを退去させる訳には行かない理由がある。悪いが、暫くそのままでいてくれ」

士郎もアーチャーをこのような姿としたのは不本意そのものだった。

だが、これ以上サーヴァントの退去をさせる訳にはいかない以上、戦闘不能状態にするしかなく、そのためにはこれしか方法が見つからなかった。

だが、アーチャーの性格を考えると何をするか判らない、直ぐに失神させるなどして意識を奪ってしまおうと考えたのだが、その判断はわずかに遅かった。

「ふざけるなぁ!」

そう叫ぶや、突然鍵の形をした剣を出現させるや口で空間を開ける。

途端に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が開放される。

「ちぃ!」

咄嗟に自分へと向ける自暴自棄の攻撃と判断して、『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を構えるが、アーチャーの狙いは違った。

アーチャーの真下と真上の空間が歪むや原典宝具がアーチャーを上下から貫いた。

「!!」

完全に予想外の事に加えて、零距離からの放出、更には士郎に向けられたものではない為、『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』の効果も及ばなかった。

「はっ・・・はははは!贋作者(フェイカー)!!見たか!これが王の生き様、死に様よ!!己が王道を迷わず突き進みその果てに死ぬ!とくと覚えておくが良い!ははははは!!」

絶句する士郎に一泡吹かせてやったとばかりに声も高らかに笑いながらアーチャーは消滅した。

「・・・くそっ」

アーチャーの消滅を見届けた後士郎は短く罵声を吐く。

今まで一度も戦った事も無く、アーチャーに対する知識も人づてのものに過ぎなかったが故に、アーチャーのプライドの高さを見誤ってしまった。

「士郎!」

そこへ全身傷だらけの切嗣が駆け寄ってきた。

「爺さん!そっちは」

「ああ、終わった。そっちは・・どうやら上手くいかなかったようだね」

「爺さん俺はこのまま大聖杯に向かう。アーチャーが退去しちまった以上、一刻の猶予も無い。おそらく器からは『この世全ての悪(アンリ・マユ)』の力が漏れ出している筈だ」

そんな士郎の言葉を合図にしたようにアイリスフィール達の方角から禍々しい気配を感じ取り二人は表情を歪める。

「判った。僕もアイリ達と合流しよう」

「ああ、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』をここで食い止めておいてくれ、爺さんあれが新都に行ってしまえば」

その後の言葉など不要だった。

二人の脳裏にあの焦土が思い浮かんだ。

「判ったよ士郎。それでどれだけ時間を稼げればいい?」

「転移の宝石が残っていたのが幸いしたよ。柳洞寺までは直ぐに着くけど、そこから距離がありすぎる。どれだけ急いでも最短で一時間は欲しい」

「きついが仕方ないか・・・判ったこちらで何とかやってみる」

「頼む」

その言葉を皮切りに切嗣はアイリスフィール達の下へと走り、士郎の身体は風に包まれその姿を消した。









やや時間は遡る。

「カ、カリヤ?」

セイバーは訳が判らないそんな表情で、自分の前に蹲って・・・傍から見ればそれは土下座の体勢だったが・・・謝罪する雁夜を見つめる事しか出来なかった。

「俺・・・は・・・何も・・・見・・・えていな・・・かった・・・いいや・・・違う・・・自・・・分に都合・・の良い事・・・しか見て・・・なかった」

混乱しているセイバーを尻目に雁夜の懺悔が続く。

「俺だけが・・・俺だけが葵・・・さんを幸せ・・・に出来る・・・そう自惚・・・れてい・・・た。凛ちゃんも・・・桜ちゃんも・・・俺だけ・・・が救える・・・そう・・・過信していた・・・時臣は皆・・・皆不幸に・・・しただけ・・・なんだと・・・決め付け・・・ていた・・・」

そこで一端言葉を切ると激しく咳き込む。

気管が切れたのか少量の血すら吐き出す雁夜に

「雁夜おじさん!」

たまらず桜が駆け寄ろうとするが苦しげな表情の中に穏やかな色を湛えて手で制止する。

それから再びセイバーと向き合うと

「だが・・・だが・・・違った・・・悔し・・・いが、奴も・・・時臣も・・・葵さん・・・凛ちゃん・・・桜ちゃんの・・・幸福を考え・・・ていた。そして・・・それ・・・を実践・・・して・・・いた。俺よ・・・りも深・・・く、重く・・・」

人として母娘の幸福と平穏を願い見守り続けた雁夜、魔術師として母の安寧と娘達の大成、そして成長の為に思案を尽くし、その目的の為に手を尽くしてきた時臣。

どちらも母娘の未来に幸あれと願った。

だが、雁夜は時臣の考えを徹底的に否定するだけに終始し、時臣も雁夜の願いを取るにたらぬものだと一瞥もくれる事無く見下し、それは対立を煽り深まり、最終的にはあの悲劇を産み落としてしまった。

「その・・・挙句・・・俺は・・・俺は・・・」

語尾からかすかな嗚咽が聞こえてきた。

間違いなく、母娘から夫を、父を奪い終いにはその母を浅ましい欲望の吐け口にした事を悔いているのだろう。

そして、全てを見失った自分の所為で、取り返しのつかない汚名を背負ってしまったセイバーに対しても。

今までの表情や、言動、何よりもその身を纏う空気から今の雁夜は完全に聖杯戦争前・・・正確には参戦を決意する前の雁夜に立ち戻っていた。

では何が雁夜をかつての自分に戻したのか?

無論だが、それは雁夜を探しに来た凛、そして桜だった。

二人の悲しげな問い、それが雁夜にあの日の葵の横顔を、同時に自分の原点をも思い出させてくれた。

その程度で外道にまで堕ちたものが正気を取り戻すなど信じがたいかもしれないが、その根底だけは変わっていなかった。

葵を、凛、桜の幸福を望んでいた自分がまだ生きていたから雁夜はかつての己に立ち戻る事が出来た。

しかし、それでも自分が犯した罪が消える事は無い事も自覚している。

しかも自分にはそれを贖う時間すらも残されていない事も。

そんな己に絶望する雁夜に

「カリヤ・・・私も同罪です」

雁夜と同じ位重く沈んだ声でセイバーが声を掛ける。

「セイ・・・バー?お前・・・」

「ええ、私も自分が見たい未来しか見なかった。私は選定の剣を抜く時におせっかいな魔術師に未来を見せられていたにも拘らず、何時しかその未来を忘れていた。自分は国の為、民の為に身命を賭して来た。であればそれに相応しい労いがある筈だと」

労いを求める、それは人として当然の事、可笑しい事ではない。

だが、セイバーは王、結果として労いがもたらされるであればまだしも、自分からそれを求めてはならない。

それが国の為に全てを捧げてきた王の正しいあり方なのだと、少なくとも当時のセイバーは信じ、それに奉じて来た。

「・・・結局の所、私達は似たもの同士だったのでしょう。互いに己よりも大事なものがあった言うのに、それを大事にしすぎたが余り踏みにじってしまった・・・」

そうセイバーが呟いた時だった。

「!!」

セイバー、アルトリア、二人の直感が同時に不吉な未来を察知した事で険しい表情になり、アイリスフィールに視線を向ける。

「アイリスフィール!」

逸早く動いたアルトリアがアイリスフィールの指にはめられた指輪を半ば強引に引き抜くと、それを反対側・・・第三平面駐車場予定地目掛けて全力で投擲する。

アルトリアによって放り投げられた指輪は第三平面駐車場まで余裕で届き、地面に転がると同時に、擬態が解かれ誰もが追い求められた姿に変わった。

「あれは・・・聖杯?・・・いや、あれは・・・だが・・・」

セイバーが思わず声を上げるが、その声には困惑が混じる。

無理も無い、それは姿形こそ紛れもない聖杯だがそれから感じ取る気配は神々しさの欠片もない。

むしろ禍々しさだけだ。

「な・・・んだ・・・よ・・・」

それは雁夜も感じ取っているのか唖然とした表情のままかろうじて一言だけ搾り出す。

と、聖杯から何かが溢れ始めた。

それは外観上は泥だった。

真夜中の闇なのに誰の眼にもはっきりと見えるくらいドス黒い汚泥だった。

そんな泥が聖杯から溢れ、地面を黒く汚す。

それを見た誰もが表情を歪ませる。

遠目から見ても判る。

あれはただの泥ではない。

泥の姿を借りた別のナニカだ。

「あ、あれが・・・聖杯なのですか・・・」

セイバーの呆然とした問いに答えたのはライダーだった。

「大馬鹿娘、良く見ておけ。余が貴様を殺さなかった理由であり、エミヤらが貴様を謀ってまで聖杯戦争に臨んだ理由があれだ」

その間にも汚泥は周囲をドス黒く汚し、範囲を広げていく。

「坊主、あれには近寄るな」

「ああ、判ってるよ。あれに触れたらただじゃすまないって事位僕にだって判る」

そこへ

「アイリ!」

「!!、キリツグ!」

切嗣が合流する。

「キリツグ!、聖杯が」

「ああ判っている。まずはあれを止めるのが最優先事項だ。ここから出す訳には行かない」

「キリツグ、シロウ君は?」

「全ての決着をつけに行った」

漠然とした言い方であったが、雁夜、セイバー以外にはそれで十分に伝わった。

「義父さん、士郎の奴どれだけ時間が欲しいって?」

「最低でも一時間はと」

自身で立てた予測と同じだったのだろう、凛は納得したように一つ頷いた。

「ライダー、あんた達にはとんだとばっちりだろうが、手を貸してくれ。あれを食い止めるには手が足りない」

「無論よ。あんなのキャスターのデカブツよりも性質が悪い。そんなのを余が征服する予定の世界でのさばらせる訳にはいかんからな」

「っていうかお前!もう現界は臨めないのに、まだそんな事言うのかよ!」

「ん?何を言っておる?一時の仮初であるにしてもこうして肉体を得れたのだ。であれば、何かの拍子に肉体を完全に得れる可能性もあるだろう」

「無いに決まっているだろう!」

この期に及んでも主従漫才を繰り広げるライダーとウェイバーに緊迫していた空気が若干だが弛緩し、肩の力が皆程よく抜ける。

と、切嗣の視線に雁夜、セイバーの姿が映る。

「・・・あんたらは好きにしろ。ただ邪魔だけはするな」

数秒だけその姿を無表情で視界に捉えてから感情の篭らない乾燥した声だけ掛けるともはや視線を合わせる事無く、汚泥を撒き散らす聖杯に視線を向ける。

冬木の・・・いや、正真正銘、世界の命運すらも賭けた決死の一時間が始まろうとしていた。

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