衛宮切嗣、言峰綺礼。

二人の戦いの明暗を分けたものは何か?

後にこの戦いを回想した二人は異口同音にこう答えた。

『殺られたと感じた後に思い浮かべたものの違い』と・・・

その時、綺礼は何も思い浮かべなかった。

だが、切嗣には愛しい妻と、愛する娘の顔が浮かんだ。

その面影は切嗣に『何が何でも生き延びる』と言う覚悟を呼び覚まし、その覚悟は切嗣に勇気ある決断を下した。

「・・・・・・(固有時制御、五倍速)」

身体が壊れる事も構わず、切嗣は最加速と同時に、躊躇う事無く後方へと跳ぶ。

ハエが止まるレベルのゆったりとした速度(に見える)の黒鍵の網を両肩と両脇腹への裂傷程度の被害と引き換えに脱出。

紙一重の時間差で綺礼の拳が切嗣の顔面が存在していた空間を引き裂く。

その時にはコンテンダーを構え必中の体勢を整えた切嗣。

「!!」

驚愕に染まる綺礼と決断に満ちた切嗣、互いの表情が勝敗を明確に暗示している。

そして、眉間に標準を合わせた切嗣は躊躇いも無く引き金を引く。

三度目となる轟音が決着を雄弁に告げた。









両肩を砕かれ、ライダーに殴り飛ばされたセイバーの脳裏には無数の疑問が渦巻いていた。

どうして自分が負けたのか?

何故、あのような暴君に付き従うものがあれほどいるのか?

どうして自分には誰もいないのか?

その他あげていけばきりが無いだろうが、その中でも最も大きく渦巻いていた疑問はこれだろう。

『何故、自分は死んでいないのか?』

あのタイミングでライダーが剣を振るえば自分は斬り捨てられていた筈だ。

『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を振るった直後の隙だらけに加えて、ライダーの馬によって砕かれた両肩。

あの状態の自分を一刀両断するのは剣を主戦力とはしないライダーと言えども容易い筈。

にも拘らず、ライダーは剣ではなく、拳で殴り飛ばした。

全く理解が及ばない。

それでもまだ自分が生きている事だけは揺るぎようの無い事実。

であれば立ち上がり戦うのが当然の理。

自分の剣は離れた所に転がっているが、立ち上がり走れば直ぐに回収出来る。

ライダーの意図する所は全く不明だが、自分を生かした事を悔いさせてやる。

そんな決意の元立ち上がろうとするセイバーだが、それに先んじるように、

「おおい、騎士王」

ライダーが自分の剣を回収するや、

「とりあえず預かっててくれ。これからやる事にこんな代物不要だからな」

そう言うや無造作に裏切り者(アイリスフィール)の傍に侍る恥知らず(もう一人の自分)へと放り投げた。

「なっ!」

突然の事に絶句するアルトリアだったが直ぐに我に変えると危なげなく剣を回収する。

回収してからライダーに対して

「征服王!何をする!突然投げるとは!」

烈火のごとく怒り出した。

「ん~、まあ良いだろう。貴様が首尾よく受け取ってくれたのから」

「良い訳が無いでしょう!この剣は私にとっても、そして彼女にとっても誇りそのもの、それを存外な扱いをされて黙っていられますか!何よりもアイリスフィールが怪我をしたらどうするつもりですか!」

激昂するアルトリアの文句など何処吹く風といった様子のライダーは平然と聞き流し、ようやく身体を起こしたセイバーと向き合うようにむき出しの地面に胡坐をかいた。

「なんの・・・つもりだ・・・征服王・・・」

そんなライダーにセイバーは無力化されているにも拘らず敵意と殺意むき出しの声を発する。

それにもライダーは平然としながら

「なに、ちょっと貴様と問答の続きをしたくなってな」

ほんの一、二分前まで殺し合いをしていたとは思えないような泰然とした態度と声で信じ難い事を口にした。

「な・・・」

想定もしていなかった返答に絶句するセイバーだが、我に返るや

「馬鹿馬鹿しい!貴様と語る言葉など一文字も無い!これ以上虜囚の辱めなど受けられるか!とっとと殺すが良い!」

戦闘不能となっているとは思えないほどの闘志と殺意を撒き散らし、ライダーに噛み付くセイバーにライダーは

「まあ気持ちは判るがあえて断る。貴様は敗北した身、であればその生殺与奪は余にその権利があると言う事。敗者である貴様に指図される謂れは無い」

いっそ清々しいレベルで拒絶してのける。

「ぐっ!貴様!何処まで私に辱めれば気が済む!」

「敗者である以上、それは当然の理だと思うのだがな、まあいい。答えぬならば貴様は問答から自ら逃げたと言う事になる。それでも構わぬのであればそれで良い」

ライダーのどこか突き放すような言葉に声を詰まらせるセイバー。

問答などする気もなかったが、問答から、この男から逃げたといわれるのはそれ以上の屈辱だと判断したのか、苦々しい表情を隠さずに

「・・・良いだろう。何を問答したいのかは知らぬが受けて立ってやる!」

血を吐く様な苦渋とせめてその問答だけには打ち勝つと言う決意を声に込めた。

その返答ににやりと笑うライダー。

「そう来なくてはな。さて・・・大馬鹿娘。貴様に問いたい事の一つ目だが・・・」

そこでライダーは背筋を伸ばし重々しく口を開いた。

「大馬鹿娘、貴様以前、聖杯をもって歴史をやり直し国を救いたいと言っておったが、それは何か?貴様は失敗をしでかしても直ぐにやり直せる、そのような生半端な覚悟で国を治めていたと言う事か?」

「!!」

ライダーの問いに目を見開くセイバー。

無論だが、それは図星を指された事への動揺などではなく、云われなき侮辱を受けた事への怒りだった。

今回の聖杯戦争ではありとあらゆる侮辱、屈辱を受けてきたセイバーであったが、これはその中でも最大級のものだった。

「ふざけるな!その様な腑抜けた覚悟でブリテンを治めてきた筈がなかろう!」

「なるほどな、では貴様は生前、己の能力の全てを注いで国を治めてきたと?」

「当然だ!だからこそ私は惜しむのだ滅びた国を!我は元より全ての臣が身命を捧げ育み守ってきた国を惜しむ事の、滅亡を嘆く事の何が悪い!」

「悪いな」

セイバーの弾劾にライダーは不動の一言のみで弾き飛ばした。

「大馬鹿娘、貴様は全ての者が身命を捧げたと言ったな。国を育て守ろうとしたと」

「そうだ!だからこそ認めてたまるものか!国が滅びたなど」

「違うな」

「な、何?」

「滅びたのではない、そう言ったのだ」

ライダーの言葉をセイバーは理解出来なかった。

セイバーだけではないウェイバー達もライダーが何を言っているのか全く理解出来なかった。

そんな中アルトリアだけは理解していた。

何故ならばそれはアルトリア自身も聞いた事のある・・・と言うか自身に向かって言われた言葉だったからだ。

「こいつはエミヤが終生の友とまで呼び、信頼を寄せる男の女房が言っていた言葉だがな、生き延びよう、守ろうと、足掻きもがき、無様と嘲笑われようともしがみ付き、その果てに滅びたと言うならばそれは滅亡と言うのではない。結末と言うのだとな」

「何を言い出すかとも負えば!下らぬ言葉遊びか!滅亡だろうと結末だろうと結局は同じだろうが!」

そこは自分と同じなのだなとアルトリアは回想する。

あの時彼女から同じ言葉を云われた自分はセイバーほど激しい物言いでは無いが、同じ言葉で問い質したものだった。

滅亡と結末、それは全く同じものなのではないのかと。

そしてそれに対する彼女の返答は・・・

「全く違う」

ライダーと全く同じだった。

「違うだと!」

「ああ、結末の末の滅びであるならばそれは、どれだけ知恵を絞り、手練手管を尽くし必死にもがき足掻いても逃れることの出来なかった顛末、滅亡と言うのはまだ手段があったにも拘らず尽くさなかったが為に起こった出来事だと言う事だ」

「戯言を!私は王として全てを尽くし、国を導いてきた!知恵も尽くしあらゆる手段を講じた!にも拘らず国が滅びた!それを覆すために!」

「・・・そこまで言うのであれば大馬鹿娘、あの時エミヤが問うた事をもう一度問うぞ、貴様は自分の治世の何を変えて国を救うと言うのだ?」

その問いに声を詰まらせるセイバー、

「言っておくが、エミヤの時のようなやり直したならば今度は上手くいくなどといった、世迷言を口にする出ないぞ。それは貴様が無能であると言う証明に他ならぬからな」

更に逃げ道を塞がれたセイバーは必死に言葉を紡ごうとする。

ライダーを論破する為に。

しかし・・・出てこない。

どのように自らの治世を変えていけば国を滅びから救えるのか、救う事が出来るのか?

出したいのに胸を張って『これだ』と言う術が見つからない。

その様子を見ていたライダーは笑み一つ浮べる事無く口を再び開いた。

「出てこぬと言うのは術が無いから口に出来ないのか?それとも・・・術が多すぎて一つに絞れぬから口にしないのか?」

セイバーの胸中を見透かしたような言葉に硬直する。

「前者であるならば大馬鹿娘、貴様は確かに国を救う為に全身全霊を捧げて邁進して来たのであろう。だが、それは同時に聖杯に願おうとも決して覆らぬ結末だと言う事だ。そして後者であるならば、国を救える手段が残されていたのだろう。であれば聖杯で願う事で滅亡は覆るかも知れん。だがな!それが意味する事は何なのかは・・・貴様も判っていよう」

ライダーに言われるまでも無い。

つまり、半端な気持ちで国を治めていたと言うライダーの問いに肯定してしまう事。

セイバーとしてはそんな事口が裂けても言える筈が無い。

だが、術がないと公言してしまえばそれは聖杯を使おうとも国は救えないと言う事を認めるも同義、それも受け入れられる筈が無い。

「わ、私は・・・私は・・・」

虚しく口を開閉させるだけで一言も出てこない。

そんなセイバーの姿に落胆も失望も見せず淡々と言葉を発する。

「それが答えだ。大馬鹿娘。貴様も判っておったのであろう。自分の治世においてはあの結末が最善であったのだと言う事を。だが、貴様は認められなかった、否、認めたくなかったと言った方が正確か。では貴様にもう一つ問う」

ライダーの追い討ちをかけるかのような言葉に、血の気が失せ、その心は折れる寸前まで追い詰められながら、それでも最後の意地とばかりに眼光は鋭くライダーを睨み付ける。

そんなセイバーにライダーから発せられた問いは

「大馬鹿娘、貴様が治めていた時には誰一人救われなかったのか?国の民より貴様の治世は一人残らず否定されたのか?」

「はっ?」

セイバー自身想定もしていなかった事だった。

「判らぬのであれば判りやすく言ってやろう。貴様は最初から最後まで誰も救えず、誰からも認められず、周りは貴様の事を傀儡として都合のいい王として担ぎ上げておったのか、そして貴様の周りにはその様な愚物しかいなかったのかと聞いているのだ」

「それだけは無い!!」

反射的に言い返すセイバーの声は怒号と言うよりは悲鳴だった。

自分への罵倒嘲笑であれば自分が怒れば良い。

だが、彼らに対するそれだけは容認できなかった。

「彼らの私への、否、国に対する献身は本物だった・・・本物だったのだ!何も・・・何も知らぬ貴様が偉そうに彼らを侮辱するな!」

「だろうな」

そう言うライダーの返答はあっさりとしていた。

「大馬鹿娘、貴様が生前どのような治世を行ってきたのかは書物や聖杯から得た知識で判る。貴様と貴様の臣がどれだけ心血を注いできたのかもな。それは我が朋友達の絆と遜色無い素晴らしいものに相違あるまい。だからこそ、余は容認出来なかったし、エミヤはあれだけ怒ったのさ、それを全て『間違った事』にして『無かった事』にしようとしている事にな」

「!!」

その言葉はセイバーが守ろうとした最後の縁を切るに十分過ぎるものだった。

彼女がやり直しを望むのはあの破滅からブリテンを救いたいと言うのもあるがそれと同じ位に、その経過で次々と失われていった大切な臣下達・・・ランスロット、ガウェイン、アグラヴェイン、ガレス、ガヘレス、トリスタン、そしてモードレッド・・・彼ら、円卓の騎士達の悲劇をも覆したいと願ったが故だった。

だが、やり直すと問う事の意味をセイバーは理解していなかった。

もしかすれば気付かない振りをしていただけかもしれない。

やり直すと言う事は彼らとの絆を・・・ひいては生前のあの日々全てを否定し消し去ろうとしている事に。

その事実は今度こそセイバーの心をへし折った。

「・・・」

打ちのめされたように俯くが

「で、では・・・では、どうすれば良かったのだ・・・」

ようやくセイバーの口から漏れ出たのは力の無い泣き出す寸前の声だった。

「やり直さぬ限り彼らに報いる事が出来ぬのにそれも駄目だと言うのであれば・・・私はどうすれば良かったのだ・・・どうすれば・・・どうすれば!」

「誇れば良かったのさ」

苦悩が言葉となったようなセイバーの声に応じたライダーの言葉は単純明快だった。

「貴様が臣下達と共に在り国を守らんと駆け抜けて言った日々、それを心の底から誇っておればそれで良かったのさ。それを言葉と態度で示しておればそれでな」

「そ、そのような事で・・・たかがそんな事だけで」

「確かにたかがそれだけかも知れんな、だがな、それだけで十分に報われる、そう感じる奴らもいるのさ。現に余は生前から今に至るまで何千、否何万、何億と口にしてきたぞ。あやつらこそ我が王道であり、誇りであり、そして宝であるとな」

セイバーとライダー、この二人に差が出たとすればここだけなのかも知れない。

臣下に対する愛情は同等であったとしてもその表現の仕方の上手下手の差が・・・

と、そこへ

「・・・セ・・・イ・・・バー」

力の無い声が辺りにかろうじて響く。

声の方向に視線を向けるとそこには凛、桜に抱えられ・・・と言うよりは引き摺られてやってきた雁夜の姿があった。

「カリ・・・ヤ・・・」

何故ここに来たのか、訳がわからないと言ったセイバーの前まで連れて来られる雁夜。

「お・・・願い・・・しても・・・いい・・・かい?凛・・・ちゃ・・・ん、桜・・・ち・・・ゃん」

「・・・おじさん」

「・・・」

教会の時とは人が違うと言うか憑き物が落ちたような静かで穏やかな声と表情の雁夜に、居た堪れない表情を浮べる凛と何かを堪えるような視線を向ける桜。

そんな二人にセイバーの目の前まで連れてこられると、丁重に地面に降ろされる雁夜。

その姿はまさしくボロボロで、もはや歩く事は無論の事、這う力すら残されていないようだった。

「カリヤ・・・どうしたと・・・」

「セイ・・・バー・・・すまな・・・かっ・・・た」

そう言って震える身体を奮い立たせるように雁夜はセイバーに頭を下げた。









地下倉庫・・・

そこでは既に戦いは終わっていた。

全身ボロボロの傷だらけでありながらそれでも立っている切嗣。

そして同じ位ボロボロでだが、床に仰向けで倒れる綺礼。

完全破壊された右腕もそうだが、左腕はと言えば左肩から上腕まで抉れ鮮血が僧衣と床を紅く染め上げる。

また両脚も抉れ、同じ大きさと速さで周囲を真紅に変えている。

両腕両脚を機能不能にまで追い詰められたが、それでも綺礼は生きていた。

だが、それもここまでだろう。

自分の目の前にはあの拳銃を自分の眉間に狙いを定めた切嗣の姿。

擬似的な達磨と化した自分には回避する術は無い。

油断して至近距離まで来てくれれば、背筋のみの力で飛び掛り切嗣の喉笛を食い千切ってやる所だが、切嗣は距離を取っている。

(打つ手無しか・・・だが)

綺礼には疑問があった。

何故切嗣は自分を直ぐに殺さないのか?

あの時、黒鍵包囲網を掻い潜って自分の一撃を回避し、銃口を向ける切嗣。

その先は間違いなく自分の胸部を狙っていた。

だが、引き金を引く寸前、何故か切嗣は左肩に変え、引き金が引かれ自分の左腕は殺され、更にその衝撃で吹き飛ばされ倒れた自分に容赦なく発砲。

それによって両脚をもがれた。

そして自分に止めを刺すべく眉間に狙いを定めている。

一見すれば容赦ない攻め、しかし、綺礼が把握している切嗣は違う。

このようなまどろこしい方法で相手を殺すような男ではない。

冷徹とか外道とかそう言った事ではなく、相手を窮鼠にするような愚行を犯すような真似はしない。

あの銃の威力を考えれば最初で胸部に打ち込めばそれで事足りる。

ケプラー繊維と呪符の二段防護でも歯が立たないのは実証済みなのに・・・何故・・・

その疑問が綺礼に口を開かせた。

せめてもの意地なのか激痛を表情にも声にも出さずに意識して淡々と。

「何故だ・・・衛宮切嗣」

「・・・」

切嗣もそう問われるのは想定していたのか一言も返さない。

「・・・お前の技量であれば私は当に死んでいた筈だ・・・にも拘らず・・・何故私を生かした?」

その問いにも

「・・・」

切嗣は答えない。

(答える気は無いか・・・)

それならばそれで良いだろうと観念して眼を閉じる。

そして銃声と同時に自分の生が終わるのを待ち構えていたのだが、一向にその時は訪れない。

(??)

不審を抱きつつも眼を開けたのは眼を閉じてからおよそ一分経った時だった。

そして・・・眼が開かれると同時に

「・・・お前への伝言を忘れていたからさ」

切嗣の返答が綺礼にもたらされた。

「伝言だと??」

「ああ、僕としては無視しても良いと思っていたが、平行世界とは言え僕の義息子の妻だからね。それを無碍には出来ないさ」

その言葉に綺礼が思い出したのはあの銀髪の女・・・

「それは・・・」

「・・・言峰綺礼、お前への伝言だ。『神父なら自分の子供位自分で面倒を見ろ』・・・以上だ」

綺礼の問いを無視して一方的に伝言を伝えると、切嗣は銃を下し綺礼に背を向ける。

「殺さんのか・・・」

「・・・」

綺礼の問いに切嗣は無言で倉庫を後にした。

「・・・神父なら自分の子供位自分で面倒を見ろ・・・か」

綺礼のそんな呟きを背中越しに聞きながら。

一方で切嗣も外へと向かいながら、すっかり腑抜けとなった自分に自嘲の笑みを浮べていた。

綺礼の力を考慮すれば戦闘不能になった時点で即刻排除するべきだと言うのに何故か撃てなかった。

否、それ以前にあそこで何故綺礼の胸部ではなく左腕を吹っ飛ばしたのか・・・理由はわかっている。

情が移ったのだろう。

(情けないものだ・・・)

士郎から一足先に帰還したカレンの伝言、そしてカレンと綺礼の関係を聞き、娘を持つ父親としてこの世界のカレンに情が移ったのだ。

(これは廃業だな)

もはや自分が冷血に冷酷に殺しを行える事は無いだろう。

これで綺礼が傷を癒し自分へのリベンジマッチを挑んできたとすれば、自分に勝ちの眼は無い。

良くて相討ちだろう。

そこまで判っているのであれば直ぐに引き返し綺礼に止めを刺すべきだというのに・・・何故か切嗣の足は踵を返す事は無い。

「最後の仕上げは・・・任せたよ・・・士郎」

そう呟きながら切嗣の視線は右手に注がれていた。

全ての令呪が失われた右手の甲に・・・

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