第一平面駐車場・・・

雷光をまとった戦車の手綱を握り突進を続けるライダーは迫り来る極光を目にして改めて自身の不利を悟るしかなかった。

『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』も十分に強大な宝具だが、瞬間的な爆発力では上の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』との真正面からの激突は分が悪過ぎる。

現に、神牛と極光はぶつかり合ったが神牛の突進は完全に止められ他だけに留まらず、角や蹄が消し飛ばされつつある始末。

これでは程なく『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』諸共ライダー自身も消滅する。

それを悟ったのか、何かを決意した表情でライダーは自身に付き従う頼もしき朋友達に視線を送る。

それを当然のように受け取るや軍勢の動きは一気に動く。

その動きはセイバーは元よりアイリスフィール達の度肝を抜いた。

恐怖も躊躇もない動きで軍勢は『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』と『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の間に割って入り、文字通り身を賭しての人盾となって極光を押し返しライダーの道を切り拓く。

無論だが、サーヴァントとは言え、Aランクの宝具に挟まれればひとたまりも無く、次々と消滅していくがその穴は新たな人員によって補われ、その密度が薄まる気配は無い。

それを見たセイバーの動揺はかつてないものだった。

これが恐怖や迷いを見せた軍勢をライダーが無理矢理従わせているのであれば『とうとう化けの皮が剥がれたか!』ろ一喝も出来た。

しかし、軍勢に恐怖は無い、悲壮な覚悟も無い。

ただただ純粋に、己が仕える偉大なる王に捧げる勝利を目指し当然のようにライダーの道をこじ開ける。

そしてそれを結果としては行わせている立場のライダーは態度にも声にも出さないが、その眼光には苦渋と悲しみに湛えられている。

「なぜだ・・・」

その口から漏れ出た言葉には憤り以上に恐怖が混じっていた。

「なぜだ、何故だ、ナゼダ、なぜなぜなぜなぜ!」

その叫びに込められていたのは純粋な怯えだった。

何処までも自分と真逆な王道を歩みながら誰も残らず孤独に最期を迎えた自分と、死して尚も王の為ならばその身を散らす事に躊躇いも見せぬ臣下をもつライダー、一体何処にこの差は生まれたと言うのか。

そんなセイバーの動揺を無視するように、軍勢はその数を減らしながらも一歩ずつ確実に極光を押し返し、遂に後少しの所までセイバーを追い詰めた。

だが、ここで熱砂の荒野に異変が起こる。

大地が大きく揺れ風景が晴天と夜空、荒野と市民会館でダブり始める。

「これって・・・固有結界が消えかけている?」

アイリスフィールの呟きにウェイバーも事態を理解した。

固有結界が・・・『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』が崩壊しつつある。

当然と言えば当然の話、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は展開こそライダーの自力で行うが、その維持は軍勢が総動員で行う。

その軍勢の数は『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』と『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』、二つの宝具で減らされ残り僅か、これではまともな維持等行える筈もない。

そして軍勢が数を減らすと言う事はすなわち『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の影響をライダーが直接受ける事を意味している。

あと数メートル、それでセイバーに肉薄できると言うのにその距離が果てしなく遠く、神牛もぎりぎりで持ち堪えているが、それも時間の問題。

それでも数秒だけ拮抗が続いていたが・・・遂に力尽きたのか『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の極光は『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』の雷光を『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』諸共吹き飛ばし天空高く光の柱を生み出し、それと同時に荒野は駐車場へと立ち戻る。

辺りは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の余波でアスファルトはもちろんの事、その下に敷き詰められた砂利や土砂を全て砂埃として巻き上げられた所為で何も見えない状態であったが、一人の例外を除き誰もがセイバーの勝利で幕を閉じたと確信しており、セイバーは次は貴様だとばかりにアイリスフィール達に狙いを定め、アルトリアは静かに剣を構えようとしていた。

だが、それを遮るように上空から馬の嘶きが響き、それに呼応するように

「令呪をもってウェイバー・ベルベッドが我が偉大なる王に希う」

今まで一度も使う事のなかった切り札を切った。

「ライダー・・・否!征服王イスカンダル!騎士王アーサーを何が何でもぶちのめせ!!」

「無論!」

令呪として命ずるそれは実にシンプルなものだった。

そしてその効果はシンプルであればあるほど絶大となる。

上空のライダー・・・正確に言えば彼が跨るブケファラスは虚空を蹴り付けながらセイバー目掛けて急降下する。

だが、落ちてくるだけの相手など迎撃は容易な事、ライダーが未だ健在であった事に一瞬だけ忘我していたセイバーは直ぐにブケファラス諸共ライダーを両断せんと剣を振るおうとしたが、それを遮るように数名の人影・・・軍勢最後の生き残り・・・が砂埃の中から飛び出すやセイバーを押さえつける。

「なっ!」

まさか生き残りがいるとは思わなかったセイバーは意表を突かれるが、直ぐに魔力放出で吹き飛ばし全員を一刀で斬り伏せた。

だが、奇妙な事に、斬り伏せられた皆が皆笑っている。

半ば囮とされた筈なのに何故と言う疑問は直ぐに解消された。

斬られ、消滅しようとしている彼らの直ぐ背後から半分消滅しかかっている神牛がやはり消滅しつつある戦車ごとセイバー目掛けて突っ込んで来た。

この間髪入れぬ、と言うよりは囮となった軍勢をも巻き込むつもりとしか思えないらタイミングでの奇襲にはセイバーも対応できず、正面から激突される。

だが、それは文字通り最後の力を振り絞ったものだったのだろう、セイバーは吹き飛ばされるには至らず、数回むせる程度のダメージが精々であり、直ぐに神牛も戦車も残らず消滅した。

時間にして四、五秒、わずかだがそれはどのような黄金よりも宝物よりも貴重な時間の隙だった。

セイバーが改めてライダーを迎え撃たんと見上げた時、セイバーの視界に入ったのは巨大な蹄だった。

回避しようとするがその前にブケファラスの蹄がセイバーの両肩に直撃、そのまま吹っ飛ばされる。

「がぁぁぁぁ!」

セイバーの口から苦痛の絶叫が響く。

そこへ

「良くやった!相棒!そして我が朋友達!そして我がマスター、ウェイバー・ベルベッドよ!貴様達こそ我が生涯の誉れ、我が人生の宝よ!」

ライダーが馬上から跳躍、その巨体に似合わぬ弾丸のような勢いでセイバー目掛けて突っ込んで来た。

「ぐっ!」

慌ててセイバーが立ち上がり構えようとするがセイバーの両腕は動かそうとすると激痛が走り満足に剣を握る事も出来ない。

ブケファラスの一撃で鎖骨がへし折れた・・・と言うよりは粉砕されたが為の弊害だろう。

一方のライダーは十メートル近い距離を数秒で詰めセイバーに肉薄する。

魔力放出のスキルを持たない、しかも戦車にも愛馬にも騎乗していない生身のライダーとしては異常な速度だが、その原因をセイバーは理解していた。

マスターの令呪だ、あれが『セイバーを倒す』と言うただ一点の目的を果たす為にライダーの身体能力を底上げしている。

(マスター!カリヤ!私の手当てを!速く!!)

必死に今のマスターである雁夜へ呼びかけるが、応答は無い。

「大馬鹿娘ぇぇぇ!!」

(カリヤ!せめて令呪を!!)

念話でどれだけ呼びかけても返事は無い。

止む無く満身創痍の身体で迎え撃とうとするも、ライダーはセイバーの間合いの更に中、もはや迎撃も間に合わない。

(とられた!)

この時点でセイバーは死を覚悟した。

だが、ライダーは腰の剣を抜かず、その右の拳を握り締め、その腕を

「歯ぁ食いしばれぇ!!」

振りぬき己の体重、そして様々な人々の様々な思いを拳に込めて全身全霊でセイバーを殴り付ける。

「げばぁぁぁぁ!」

満足に構えも出来ず、ライダーの拳を顔面に受けたセイバーは絶叫と言うか、殴られた衝撃の空気音を口から吐き出しながら更に数メートル吹っ飛ばされる。

地面に叩きつけられると同時に手から離れた聖剣が澄んだ音を立てて、セイバーの手から遠く離れた場所に転がった。









地下倉庫・・・

互いの負傷からの膠着状態の間に切嗣、綺礼、双方は戦況を確認していた。

綺礼から見た切嗣・・・

うつ伏せでの禄に狙いも定まらぬ体勢にも関わらず、的確に手傷を負わせた射撃の技量は油断ならない。

それに加えてあの治癒能力も脅威だ。

即死同然の致命傷を与えたにも関わらず、即座に回復してのけたあの速度は異常だ。

あれでは生半可な手傷を与えた所で意味が無い。

一撃で、若しくは数秒だけでも構わないので行動不能にした後に頭部・・・脳髄を粉砕するしか切嗣を殺す術は無いだろう。

だが・・・現状の自身の被害は・・・頭部の怪我による出血がとうとう左眼に入った為に左の視界はほぼ塞がれた。

それよりも深刻なのは右腕だ。

あの大口径拳銃を塞ぐ為だったとは言え、代償は大きい。

指はピクリとも動かない所を見ても腱もやられた。

右腕を再起不能してでもの覚悟ならば後一度はとも思えたが、正直それすらも怪しい。

僧衣の防御能力は右腕の部分以外は健在なのは攻めての救い。

そして手持ちの武装は黒鍵十二本、予備令呪は残り五画。

一方、切嗣から見た綺礼・・・ 

綺礼の近接戦闘の力量はまさしく驚異的、それに加えて、起源弾の効果をすり抜ける魔術行使によって起源弾は通用しない。

であれば遠距離からの銃撃がベストとも思われたが、正確無比な投擲術がある以上、安全とは言えない。

だが、その危険を鑑みても切嗣に残された活路はコンテンダーしかない。

そして・・・自分の被害は・・・そこでようやく切嗣は気付く。

固有時制御の後遺症が完全に癒され、その名残を思わせる苦痛の残滓が僅かに体内に残るだけ。

投影『遥か遠き理想郷(アヴァロン)』の効果によるものである事は容易に想像がついた

使用したのは即死半歩手前の時のみ、そこで消費された筈だが、その後の固有時制御の後遺症まで治癒された。

それは治癒の効果は消費されても一定の時間は有効であると言う事も意味する。

切嗣の見立てでは推定十五秒から二十秒。

これは大きなアドバンテージとなる。

武装はキャレコは使い切った上、コートに忍ばせていた予備マガジンも先刻の一撃で破壊されて、もはや使用不可。

コンテンダーは再装填必要、残る武装はナイフ一本とグレネードは二種類一個づつ、そして投影『遥か遠き理想郷(アヴァロン)』五本。

ならばと切嗣は

「・・・・・・(固有時制御、三倍速)」

一気に綺礼との距離を詰めるやコンテンダーのグリップで頭部を殴り付ける。

胡桃材をベースに造られたそれは生半可な鈍器にも匹敵する硬度を誇る上に三倍速に引き上げられた身体能力で振り下ろされたその威力に綺礼は躊躇無く再起不能手前の右腕を差し出した。

綺礼の頭部は守られたが、その引き換えに右腕の曉骨、尺骨をへし折られ、綺礼の右腕は完全に殺された。

仕留める事は叶わなかったが、片腕を奪った切嗣は倍速を維持したまま、コンテンダーからナイフに持ち替えると綺礼の左側から猛然と襲い掛かる。

武装が弱体化した今の切嗣では受け身で戦っても勝機は無い。

コンテンダーの再装填を綺礼が許す筈もない。

残された道は固有時制御と投影『遥か遠き理想郷(アヴァロン)』のコンボ頼みの短期決戦のみ。

だが、真正面から挑んだ所で、容易く回避され迎撃を受けるだけ。

綺礼も自分への対抗策・・・脳髄の破壊などは出来ているはず。

ならば幸運にも先程の銃撃で奪った左の視界からの攻撃が頼みの綱。

一方の綺礼は、体勢を立て直す・・・事をせずにそのままで切嗣の攻撃を迎え撃つ体勢を取る。

右腕を殺された今の綺礼では立て直した所で、無意味。

ならば死角から攻撃と言う不利を承知の上でこのままの体勢がベターだと判断した。

もしも、この場に第三者がいたとしたら、切嗣が繰り出す三倍速での連撃を見る事など不可能だろう。

良くて、高速の残像が僅かに見えるのが精々と言った所に違いない。

だが、そんな連撃を綺礼は悉く左腕で捌く。

切嗣の表情が驚愕で歪む。

死角からの攻撃で右目に僅かにしか見えない残像、三倍速での高速化、おまけにいくつかは完全な死角からの奇襲、それらをものともせず防ぎきる綺礼の神業のトリックを察したからだ。

小耳に挟んだ程度だが、功夫の達人ともなれば視界に入れずとも腕と腕が交差した瞬間、相手が次に取る動きを察知する事が可能な魔技が存在すると。

綺礼程の達人であれば・・・そして綺礼の到達点への妄執を考えれば、それを習得していたとしてもおかしな話ではない。

だが、そうだとすればどれだけ死角から攻め立てても、守られれば守られるほど手の内を読まれるのだから意味が無い、悪手だと言うことだ。

しかし、ここで後退すれば自分に勝ちの目は無くなる。

こうなれば根競べしかない。

三倍速を維持しながらナイフを振るい、その負荷によって筋組織が破断し、骨にひびが入り、皮膚は裂け血しぶきが紅い霧となる。

そんな激痛を無視して猛攻を続ける。

身体が壊れる寸前まで自分を追い込み投影『遥か遠き理想郷(アヴァロン)』を発動、傷を完全に癒し、余波を利用して更に激しく攻め立てる。

だが、それでも目の前にそびえる鉄壁の守りを崩せない。

その事実に焦りつつあった切嗣の内心を見透かしたように、綺礼が動く。

自然に構えを変えるや、その足が切嗣の足を払う。

攻めに前のめりになって足元の警戒が疎かになっていた為に、いとも容易く切嗣の体勢は崩される。

そこに綺礼の拳が再び切嗣を戦闘不能にせんと繰り出される。

ここで堪えればそのカウンターを受け、次には切嗣の脳髄を破壊するだろう。

だが、このまま重力に従って倒れてしまえば、間髪入れずにその足で切嗣の頭部を踏み砕く筈。

であれば、回避しなくてはならないが、重心を崩されてしまいそこから立ち直る事は現状では不可能。

ならば、倒れる前に回避出来る速度まで上げるしかない。

その思考と口が更なる詠唱を紡ぎ出すのは同時だった。

「・・・・・・(固有時制御、五倍速)!」

四倍を超えて肉体の崩壊危険域を容易く超える五倍まで引き上げられた身体は瞬時に破壊されるかに思えたが、投影『遥か遠き理想郷(アヴァロン)』を一気に発動。

肉体の機能を保全しつつ、倒れる前に地を蹴って、その身体を仰け反らせる。

ここから更に加速してくるとは想定していなかったのか、綺礼の拳は虚しく空を切る。

それどころか切嗣から置き土産とばかりに投擲されたナイフを避ける術無く右脚の太腿を深々と抉られる。

その間に切嗣はバク宙を繰り返しながら、一気に二十メートル近い距離を数秒で稼ぐ。

着地すると同時にコンテンダーの薬室を開放、空薬莢を排出、新たなスプリング・フィールド弾を装填。

通常の速度であれば、滑らかな動きである筈なのに五倍の速度に身を置いている、切嗣の眼からは異様に遅い。

それを、綺礼は指をくわえている見ているだけの筈もない。

突き刺さったナイフの事など無視して地を蹴り切嗣に迫る。

その激しい動きで傷が大きく広がり、鮮血が舞うがそれにも頓着しない。

同時に黒鍵を左手に構えられる限界四本抜き出すや、一斉に投擲。

だが、その軌道は切嗣目掛けてでは無く四本それぞれ出鱈目な方向へとしかも刀身は回転しながら。

意味不明を通り越して無駄な投擲だが、切嗣もそれに頓着しない・・・と言うよりはしている余力も無い。

装填と同時に薬室を封鎖、発射態勢を整えた。

と、視界の片隅を四本の黒鍵を捉えるや綺礼の意図を理解した。

あの投擲は無駄なものではない。

あれは自分の動きを封じる為のもの。

その証拠に四本の黒鍵は前方以外の進行路を塞ぐように回転しながら切嗣に迫る。

綺礼を回避しようと動けば黒鍵の刃に貫かれる。

であれば、活路は一つ。やられる前にやるのみ。

それを理解しているのだろう、綺礼も残る予備令呪を全て開放、身体を限界以上まで強化、左腕の拳と軸足である左足に力を込める。

代償として間違いなく両方とも崩壊するだろうが、この一撃で決めれば問題は無い。

左足で再度地を蹴り弾丸の如き速度で一気に跳躍、骨が砕け、筋組織が破断するがそれを無視して握り締めた拳がボクシングで言う所のアッパーカットで顎から切嗣の頭部を完膚なきまでに粉砕するべく振り上げられる。

だが、その時には切嗣もコンテンダーを構え標準を綺礼に定める。

互いに殺ったと確信した。

互いに殺られたと理解した。

一撃必殺の拳と一発必滅の魔銃は交錯し審判が・・・下された。

ActⅧ-Ⅵへ                                                                                             ActⅧ-Ⅳへ