死徒と言う怪物と地獄巡りを繰り返してきた綺礼にとって自分が視認出来る距離で相手が攻撃態勢を取る事はカードゲームにおいて手札を全て見せているに等しい愚行。

現に綺礼は既に向けられた銃口のみで発射される弾道、そして着弾ポイントを大まかであるが予測、完了させてしまった。

逆に言ってしまえばこれ位出来ない様な者に代行者の資格は無いと言う事でもあるが。

撃ち込む場所が判っている射撃・・・それも銃撃ほど守り易き攻撃は無い。

瞬時に綺礼は自身の魔力回路で黒鍵の刀身を強化、更には持ち手を若干ずらす事で刀身の隙間を埋めて完全に刃の壁としてしまった。

その間一秒にも満たぬ早業。

無論だが、放たれたスプリング・フィールド弾はその弾道を変える事は叶わず、刀身に命中する。

しかし、その瞬間、銃弾を容易く弾き飛ばす刀身の断末魔を綺礼は確かに聞いた。

自分の首を死神が大鎌で刈り取ろうとする幻視を確かに見た。

その事を認識するや否や躊躇う事無く黒鍵を手放し身を屈めるや黒鍵の壁は容易く粉砕、綺礼の心臓の位置だった空間を奔り、後ろの壁に弾痕を穿つ。

突っ込むべきか退くべきか迷ったが、その迷いも刹那、切嗣との距離を一気に詰め、その拳を怨敵に叩き込まんと力を込める。

だが、懐に潜り込まれる事は己の死と同じ事、それを理解している切嗣が許す筈もない。

コンテンダーを躊躇い無く手放すや、懐から手榴弾を投擲する。

綺礼の脳裏に円蔵山で散々してやられた光景が甦り、咄嗟に眼を閉じ、耳を塞ぐ事で被害を最小限に留めるべく構えるが、予想に反して、小さな炸裂音と共に小規模な白色の煙が薄く部屋を包み込む。

それと同時に些細な煙幕の向こう側から銃弾が綺礼目掛けて襲来する。

直ぐに僧衣と己の肉体で防御体制に入った事で実害は皆無だったが、動きを完全に封じられる。

それでも発砲の僅かな隙を伺い黒鍵を投擲するが、手ごたえは無い。

だが、銃撃は間断なく繰り返され本格的な反撃を行う事が出来ない。

それでも切嗣の姿を捉えて、そのポイントに黒鍵を投げ込もうとするのと同時に煙幕が晴れあの拳銃を構える切嗣の姿を眼にするや、それを断念した。

一方、煙幕の向こう側では・・・

切嗣はキャレコを乱射し綺礼の動きを止めつつ

「・・・・・・(固有時制御、二倍速)!」

固有時制御を発動させるや、移動しながら投げ捨てたコンテンダーを回収、空薬莢を排出。

更にはキャレコを手放して準備していた次弾を装填、更にはキャレコも回収して双方の銃口を向けると同時に薄い煙幕が晴れ、その視線の先では綺礼が黒鍵の刃先を切嗣に向けていた。

(しくじったか・・・だが、それは向こうも同じ事)

構えながら綺礼は判明している切嗣の戦力を把握する。

円蔵山では見せてなかったが、切嗣の主戦力はあの拳銃の方だ。

機関銃の弾丸であれば苦も無く弾き飛ばせる強度の刀身を、いとも容易く粉砕したあの威力は警戒するに値する。

だが、弱点も同時に認識していた。

視界の端に転がる空薬莢がそれを物語っている。

あの拳銃は一発しか弾丸を装填、射出が出来ない。

連射出来るのではあれば、今頃は死体となって転がっている。

煙幕による小細工も全ては再装填する為の時間稼ぎと言った所。

であれば次の方針は決まってる。

あの銃弾を防ぎきり小細工を弄する前に始末をつける。

(逃げられると思うなよ・・・身体機能を倍速出来る事は把握している。ならばそれに対応するまで)

一方の切嗣も綺礼の戦力を再認識していた。

(やはり一筋縄ではいかないか・・・)

煙幕を撒き、キャレコでの制圧射撃、これで綺礼の初撃を凌ぐ事に成功していたが、固有時制御発動状態での移動しつつ制圧射撃を行っていなければかなり危うかった。

切嗣の後ろに壁に突き刺さった黒鍵が良い証拠だ。

あの場に留まっているか固有時制御を発動しない移動射撃であればあの黒鍵の餌食となっていた。

制圧射撃の防御状態に加えて煙幕で視界を奪った状態からあれほどの精密投擲をするとは・・・

だが、奴の初撃は凌いだ、そしてコンテンダーの威力も見せ付けた。

次は初撃以上の防御で防ぎきろうとする筈。

その時こそ・・・この勝負に決着が付く。

互いの思案が終わったのは奇しくも同時だった。

綺礼は一気に踏み込み再度黒鍵を盾として前方に構える。

違うのは黒鍵の刀身が通常の五、六倍にまで膨れ上がった事。

これは明らかに刀身が持ち堪えれる限度以上の魔力を注ぎ込んだ事を意味する。

一度限りの防壁であり、銃には無謀であるがコンテンダーが単発である事を見抜いている今の綺礼にはそれで十分に事足りる。

そして予想通り切嗣もコンテンダーを発砲、圧倒的な暴威をもって黒鍵の壁に命中、それを見て切嗣は内心ほくそ笑んだ。

撃ち込んだ銃弾は切嗣の真の切り札である起源弾。

あの防壁を見ても綺礼が自身の総力を用いた魔術行使でのそれである事は明白。

そこに起源弾が干渉すればそれは魔術師にとっては死を意味する。

魔術回路の自壊という体内からの暴力に抗える術は無く綺礼は先のケイネス同様自身の血反吐の上でもがき苦しみ倒れ付す・・・筈だった。

だからこそ、黒鍵の壁が粉砕して尚も餓えた狼の如く突進してくる綺礼の姿に思考が停止する。

それでも固有時制御を発動出来たのは魔術師殺しとしての本能に基づくものだった。

「・・・・・・(固有時制御、二倍速)!」

しかし、綺礼の速度は切嗣の二倍速に対応していた。

回避しようとした時には綺礼は切嗣の懐に潜り込まれる。

今度は切嗣が死神を見る番だった。

そして・・・次の瞬間切嗣の胸部が吹き飛ばされるほどの衝撃を受けて吹き飛び、後ろの壁に激突。

その衝撃で意識を失った。









やや時を戻す。

第二平面駐車場にて互いに対峙する士郎とアーチャー。

既に切嗣の令呪による許可は受けている。

だが、士郎に宝具を開帳する気配は無い。

何故ならば士郎が使う事の出来る宝具は若干の時間を必要とする。

その時間をアーチャーが与えてくれるとは思えない。

であれば如何にかしてその時間を稼がねばならない。

「はっどうした贋作者(フェイカー)、来ぬのか?それともようやく貴様と我との間にある格の差を実感でもしたか?」

アーチャーの挑発にも士郎は反応を示さない。

アーチャーの実力、そんな事は士郎は最初から認識している。

奴はヘラクレス同様、望めば神霊へとなる事の出来るそれほどの存在。

神を忌み嫌っているからこそ英霊に留まっているだけに過ぎない。

だからこそ下手な動きは悪手になりかねず動くに動けない。

だだ、動かずにいても悪手となるのは明白。

いずれアーチャーは焦れる。

その時どれ位の攻勢を仕掛けてくるのかそれは士郎の想定・・・と言うか想像を遥かに超える代物となるだろう。

であれば可能な限り士郎の想定範囲内で暴れさせてやるのが最善だろう。

「アーチャー、あんたこそ随分と慎重・・・と言うか臆病になったな。以前だったら口を開くよりも剣を飛ばしてくるだろうに・・・さては怖気づいたか?そうだよな。凛達にこっぴどくやられたみたいだし」

その言葉にアーチャーから余裕の笑みが消える。

士郎も凛からの又聞きだが、柳洞寺ではルヴィアの殺人バックドロップを食らい、止めとばかりにカレイドショットの雨あられで退場を余儀なくされたのだ。

アーチャーご自慢の甲冑は修復されたのか傷一つ無いが、そのプライドは粉々に粉砕された筈だ。

「抜かしたな贋作者(フェイカー)風情が・・・我に対する傲慢な口今ずぐにでも縫い付けてやろう!」

そう言うや『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から原典宝具が射出される。

だが、士郎も既に迎撃準備は整っている。

「素直に受けるか!『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)』!」

瞬時に跳躍した士郎の手より放たれた槍は原典宝具を蹴散らす。

「おまけだ受け取れ・・・『万兵討ち果たす護国の矢(諸葛弩)』!」

さらには至る所に展開していた連弩が崩壊の矢を次々と、しかも時間差で射出する。

「ちぃ!下らぬ小細工を!」

そう言いながらもアーチャーは一つ一つ連弩を粉砕していく。

だが、士郎の攻撃はこれだけでは無い。

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」

士郎の一撃が原典宝具とぶつかり相打ちされる。

「貴様ぁ!その下らぬ贋作風情で我の宝物を損ねるとは!」

怒りに燃えるアーチャーを尻目に猛攻を続ける士郎。

だが、その合間にも

「・・・・・・(身体は剣で出来ている)」

「・・・・・・(血潮は鉄で心もまた鋼)」

「・・・・・・(数多の悲劇、目の当たりにしても、我が剣は決して折れる事無くこれを全て防ぎ、唯一つの悲しみも生み落とす事も無く。ただ一滴の悲嘆の涙にも暮れさせない)」

「・・・・・・(守り手此処にただ一人、始まりの地にて全てをただ見守り続け道を切り開く)」

「・・・・・・・(我が理想は仮初、されどそこに在る想いだけは真実なる我が生涯において追い求められる意義などこれただ一つ)」

詠唱は途切れる事無く続いていく。

アーチャーの『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』による一斉掃射は交わすのも凌ぐのも生易しいものでは無い。

ましてや詠唱を行いながらな度そんな事は不可能だ。

にも拘らず、それを行えているのは挑発によりアーチャーを激昂させているからに他ならない。

そして詠唱は最終段階に突入する。

「・・・・・・・(守り手此処にただ一人、始まりの地にて全てをただ見守り続け道を切り開く)」

「・・・・・・・(我が理想は仮初、されどそこに在る想いだけは真実なる我が生涯において追い求められる意義などこれただ一つ)」

「・・・・・・・(全ての始まりにして、全ての終わりを司り、全ての安らぎの地にして全ての終焉の場所を指し示す)」

「・・・・・・キングダム・オブ・ブレイド(全ての故郷たる剣の王国を守りし王たらん事のみ)」

その瞬間、士郎の中心から紺碧の光が放たれアーチャーをも含めて全てを呑み込んで行った。









時間はやや遡り、セイバーとライダーが対峙する平面駐車場では、こちらも意外な事に戦端はいまだ開かれていなかった。

狂乱に支配されているセイバーの事だ、有無を言わさずライダーを斬りかかって来るものと誰もが思っていたが故に意外と言うよりは不気味だった。

しかし、セイバーの瞳に滲む負の感情に陰りは見受けられず戦う気がないとか、我を取り戻したと言った可能性は無いだろう。

「な、なあ・・・ライダー・・・なんでセイバー来ないんだ?」

そんな中恐る恐ると言った感じでウェイバーが話しかける。

「・・・単純な話よ。あの大馬鹿娘、余が『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を展開するのを待っている」

「はぁ?」

ライダーの返答にウェイバーは呆けた声を出した。

が、それも当然だろう。

相手の切り札を封じるのが戦いの・・・と言うよりは勝利の常道である。

生前から幾多の戦いを潜り抜けてきたセイバーそれを知らぬとは思えない。

ましてや『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』がどれほどの宝具なのかそれを知らぬ筈がない。

にも拘らずライダーの切り札である『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』が出てくるのを待つなど正気の沙汰ではない。

そんなウェイバーの混乱を理解しているのかライダーは重々しい口調で続ける。

「詰まる所奴の意地の問題だ。余の王道の象徴である『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を大馬鹿娘は自身の宝具で打ち破り自分の王道こそが唯一無二の正道であるのだと証明したいのさ」

「・・・」

ウェイバーは言葉を失った。

無論だがそれはセイバーの誇り高さに敬意を表してでは断じてなく、誇り高いを通り越して歪に捻じ曲がった自尊心に呆れての事だ。

何をどうすればその様な結論に達するのかはウェイバーには死んでも理解不能であるが、これだけは言える。

そんな事でライダーに勝ったとしてもそれはセイバーの王道が優れている証明には断じてならない。

そもそも、王道に優劣など無いと言うのに。

それは日中最後の作戦会議後、手持ち無沙汰となった士郎との世間話の折に出てきた言葉だが

『セイバーはアーチャー、ライダーの王道は王のそれでは無いと問答の時に言ったがな、そもそも王道には優劣なんて無いんだよ。あるとしたらそれは時代に適しているかいないか、それだけに過ぎないんだ』

『時代・・・だって・・・』

『ああ、例えば長すぎる戦乱で国土も国民も荒れ果て疲れきった時、人々はどんな王を求めると思う?』

『そりゃあ、・・・平穏を齎してくれる王だろ?』

『ああ、じゃあ、長き平穏に飽き、征服欲に餓えた国民は?若しくは隣国に憎しみを持ち怒りをぶつけようとする国民は?』

『それは・・・』

ウェイバーは言葉を詰まらせる。

間違いなく平穏を齎そうとする王は邪魔者だろう。

むしろ他国を征服し、人々を隷属するその様な覇王を求めるだろう。

『そういった意味ではセイバーもライダーもそしてアーチャーも、その時代が求めた名君なんだよ・・・』

そう言って自嘲の笑みを浮べる士郎にウェイバーはやるせない気持ちになったのを覚えている。

「で・・・どうするんだよ?ライダー?」

そんな事を考えながらもウェイバーから出たのは問いであったが、それは判りきったものだった。

「どうするか?決まっていよう。それが大馬鹿娘の望みならばそれを叶えてやるだけの事」

そしてライダーの答えはウェイバーの予想していたものであった。

ライダー自身の性格もあるだろうが何よりもライダー自身が言っていた。

ただ勝つだけではない、セイバーの王道を完膚なきまでに粉砕する事を目的としているのだと。

であれば、ライダーの掲げる王道の象徴たる『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』をもってセイバーの王道を打ち砕く。

それが最善にして唯一の方法だろう。

「そっか・・・ま、お前がそうするならばそうすれば良いさ」

ライダーの返答を聞いたウェイバーの声はあっさりとしていた。

一見すれば匙を投げているようにも思えたが、声も表情も、そしてその佇まいも自然体。

それだけでもライダーに対するウェイバーの信頼が手に取るようにわかる。

「と言う訳だ。ウェイバー、悪いが貴様はここで降りよ。流石に貴様を連れて勝てるような相手ではないのでな」

その言葉にウェイバーは当然と頷く。

ここで自分が乗っていれば間違いなくセイバーとの闘いで足を引っ張る。

「判ったよ。その代わりにここで見届けるぞお前の闘いを、そしてお前の勝利を。良いだろう?」

そう言ってウェイバーは戦車から降りる。

「良くぞ言った。ウェイバー、ならば特等席で見届けるが良い。余の王道の極みをな!」

「ああ!良いかライダー!やるんだったら絶対に勝て!お前はエクスキューターにもアーチャーにも、ましてやセイバーにも負ける筈の無い最強のサーヴァントなんだからな!」

「無論よ!」

ウェイバーの檄にライダーは笑って応じる。

そして剣を抜くや咆哮する。

「集え!我が、同胞!我が朋友!我が誉れ!今宵再び我ら伝説を築かん!」

その瞬間、平面駐車場に熱風が吹き荒れ世界を大きく変えていった。

そんな熱風を身じろぎ一つ無く受け続けるセイバーの姿は威風堂々とした王に相応しいものであった。

だからこそ、妄執に囚われ光を無くした瞳と

「来るか・・・」

歪んだ理想を声にしたような暗い口調は著しいアンバランスだった。









紺碧の光によって奪われていた視界が取り戻されアーチャーの視界にまず飛び込んできたのは広大極まりない謁見の間だった。

「むっ!」

大抵の事では動じないアーチャーも流石にこれには目を見張った。

だが、それも僅かな時間で平静を取り戻すあたりはさすがと言える。

「なるほどな、心象世界か・・・で贋作者(フェイカー)、これが貴様の奥の手と言う事か?」

「まあな」

その視線の先には中央の赤絨毯の上に立つ士郎。

「心象世界を現界させたことだけは褒めてやろう。だがな、このようなだだっ広い場所を作り出してどうする気だ贋作者(フェイカー)?こんなもので我に勝てるとでも思っているのか?」

そう言うや原典宝具が士郎目掛けて射出されるが、それは剣の群れによって粉々に粉砕された。

それも全て同じ形のそれによって。

「!!」

流石にこれには絶句する。

「だだっ広い場所?そうでもないさ。ここには」

そう言い軽く片手を上げる士郎に応じるように、床から空間から更には地平線の彼方かと思われる壁や柱から剣が槍が、斧が、その姿を現す。

「俺の力になってくれるモノ達がいる」

ここは士郎の持つ宝具の中でも最強を誇る双璧の一つ、世界より認められた心象世界、『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』。

ここで現れた剣群は全て本物の宝具。

それも、無限の平行世界からその身を休める為に集った。

「どう言う事だ・・・贋作者(フェイカー)風情が・・・いや、どうでも良いか・・・貴様を誅する事には変わりは無いのだからな。どれだけ手数があろうとも贋作者(フェイカー)は贋作者(フェイカー)だと言う事をその身に叩き込んでやろう」

「そうしたならそうすれば良いさ。俺はお前を完膚なきまでに叩きのめし潰すだけだからな。ご自慢の宝物庫ごと」

互いの闘志と殺意が膨れ上がる。

そして

「掛かって来い英雄王。貴様の持つ矮小な倉で何処まで持ち堪えられるか見物だな」

「贋作者(フェイカー)!我を見下すとはその驕り行き着くところまで行ったか!」

同時に動き始めた。









一方・・・市民会館従業員更衣室の一角では

「はぁ・・・はぁ・・・」

身体を動かす事も困難なほど衰弱しきった雁夜が震える手で何か固形物を口に運ぶ。

それを苦労しながら嚥下する度に苦痛が走る。

それは同時に雁夜の魔術回路が活性化している証拠でもあった。

何しろ今雁夜が呑み込んでいるのは綺礼から渡された宝石の数々、それも時臣が長年苦労して集めた魔力を込めた逸品ばかりだった。

「頼む・・・頼むぞ・・・セイバー・・・お前なら・・・お前なら・・・」

苦労して嚥下しながらこの口から漏れ出るのは自分のサーヴァントへの声援と

「葵・・・葵・・・葵・・・もうすぐ・・・もうすぐだ・・・これで・・・俺と・・・君は・・・」

来る筈の無い未来への希望だった。

その時ドアが静かに開かれ、誰かが入ってくる気配がした。

「・・・あんたか?・・・もう・・・終わったのか?」

綺礼が入ってきたの思ったのか雁夜は警戒もせずに声を掛ける。

「・・・」

その気配は雁夜の声に応じる事無く静かに近寄ってくる。

「??だ、誰だ・・・」

ようやく気配の主が綺礼でない事に気付いたのか緊迫した声を出す。

そんな声にも応じる事無く気配は雁夜の目の前まで来た。

かすかに見える輪郭から女の様であるが・・・

「ア・・・アインツ・・・ベルン・・・か?」

雁夜の問いにも答える事は無かったのだが・・・

「っ・・・」

雁夜の姿に軽く息を呑んだように思える。

一体何者なのか・・・そう思った時だった。

「桜、いた?」

新たな気配が更衣室に入ってきた。

「??」

今の声どこかで聞いたような・・・いや、それ以前に今なんと言った?

「はい・・・姉さん」

最初に入ってきた気配が始めて声を発した。

「え・・・」

この声も聞いた事がある。

いや・・・聞き間違える筈もない。

この声は・・・

残された力を振り絞るように眼を凝らす。

ぼんやりとした輪郭が徐々に明確な形となり、暗闇に眼が慣れたのか、その姿がようやく見えた。

「ぁ・・・ぁぁぁ・・・君・・・達は・・・」

「嘘・・・雁夜おじさん・・・」

「・・・雁夜おじさん・・・」

その二人の女は間違えようも無い幼き凛と桜の面影を持っていた。

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