市民会館の平面駐車場に集った四騎のサーヴァント、その姿を綺礼は使い魔越し・・・ではなく警備員室に設置された防犯カメラから見届けていた。

外観こそ完成されているが、内装は未完成、設備に至っては最低限の防災、防犯設備以外は碌に整っていない。

そんな中でその最低限の設備の中に防犯カメラが含まれていた事、そしてそれを起動させる自家発電システムが動いていた事を綺礼は感謝した。

何故ならば、時臣の師事の下、様々な魔術を習得してきた綺礼だったが、使い魔の使役だけはどれだけ努力を積み重ねても有用な才覚を発揮する事は出来なかった。

その無能たるや三流のウェイバー、俄仕込みかつ死に損ないの雁夜が優秀に見えるという所から押して知るべし。

幸い知覚共有は会得出来たのでアサシン健在時はその知覚を共有する事でその弱点をカバーする事が出来た。

だが、アサシン無き今となっては遠距離を視認する術も無く、索敵という点では他陣営に比べて圧倒的に劣っていた。

しかし、この市民会館に限定すれば綺礼は防犯カメラによって圧倒的不利をカバー出来る。

と、不意に綺礼の耳に砂利を踏みしめるような音が響き渡る。

それに驚く事無く、綺礼は防犯カメラの映像を切り替える。

そこは市民会館従業員専用出入口、そこに殺したいほど待ち焦がれた男が鍵をピッキングして侵入を果たそうとしている。

その姿を確認して、綺礼の口元に禍々しい笑みが浮かび上がる。

「・・・戦いは敵の想定を上回る行動を取った方が先手を取る・・・」

そう言って綺礼の視線は部屋の片隅に置かれたこの場では不釣合いな・・・年代物の蓄音機に向けられる。

それは遠坂家伝来の魔道通信具、綺礼は時臣排除と雁夜篭絡後、時間を無駄にする事無く、教会と遠坂邸に置かれたこれを回収すると一つはこの部屋に、そしてもう一つは従業員入口近くに集められた工事機材に紛れさせるようにそれぞれ設置しておいた。

更に周辺の路面が整備されていないので、そこに新たな砂利を敷き詰めた。

本来ならば想定される潜入ルート全てに設置したかったが、遠坂家伝来だけあって二つしかない。

そこで想定される潜入ルートには一ヶ所を除き露骨な魔術結界を施し、残り一ヶ所・・・従業員専用口をあからさまに手薄にしておいた。

全ては奴をこちらが想定しておいた処刑場に引きずり込む為に・・・

防犯カメラで切嗣が内部に潜入したのを見計らい綺礼もまた部屋を後にする。

奴の為に用意した処刑場に赴く為に・・・









同時刻・・・

市民会館に侵入した切嗣は明かり一つ無い通路を迷い無く進んでいる。

視界に関しては暗視の術式を発動させているので問題は無い。

そしてその表情にはここに着くまで抱いていた不審、疑問、不安の色は一切無い。

ここまで来てようやく切嗣は綺礼の思惑を正確に理解したが為である。

断定しても良い、あの男は・・・言峰綺礼は聖杯に何の関心も無い。

先日綺礼が切嗣に見せた執着の正体、そして今自分に向けている憎悪、それを把握していて尚も綺礼は聖杯獲得を重きに置くだろうと誤認していた。

だからこそ、他の有力な候補地を捨ててここを陣取った時戸惑いを覚えた。

そんな戸惑いが疑惑に変化したのは市民会館に到着した時。

周囲に人払いの結界しか張られていない事を確認した事で一つの仮定が急速に成長した。

そんな仮定は、いとも容易く内部に侵入出来た上に、中に何一つ罠の存在を確認出来なかった事で確信へと昇華された。

どれほど歴戦の代行者であり、頭も切れるとは言え綺礼が俄仕込みの魔術師である事はれっきとした事実である以上、魔術的な防衛は出来なかった事は納得出来る。

だが、原始的なしかし、効果的な罠を設置する事位は出来る筈・・・と言うよりはそちらの方が綺礼は得意の筈であろう。

そもそも市民会館が攻めに易し守りに難き場所である事は知り尽くしている筈、そこをあえて選んだと言う事がどう言う事なのかを考えれば結論を導き出すのは容易い。

聖杯降臨の儀式よりもその前の最終決戦において他陣営・・・否、より正確に言えば切嗣に主導権を奪われない為にノーマークに等しかった市民会館を選んだ。

傍目から見れば異常とも言える判断だが、切嗣から見れば綺礼が自分への警戒を微塵も緩めていないのだと言う事への何よりの証拠とも言えた。

綺礼は自覚している、僅かでも気を緩めればその油断に乗じられ、敗亡への片道切符を押し付けられるのだと。

切嗣を抹殺しない限り、どれだけ戦力を上回ろうとも、地の利を得たとしても聖杯戦争に勝利できないのだと。

これだけ切嗣の事を切嗣以上に知り尽くした綺礼に市民会館に到着する前であれば寒気すら走っただろう。

しかし、今の切嗣に動揺する素振りは一切無い。

今までは綺礼の聖杯とはまったく関係の無い行動の真意に得体の知れぬ恐怖を感じ、先を読まれる事に不安を感じていた。

だが、柳洞寺で綺礼の目的を、自身に向けられた憎悪を知り、綺礼の真意を知った今、切嗣の中で綺礼の存在は『危険極まりない敵』から厄介な障害に格下げされた。

もはや綺礼に対する過剰な警戒も恐怖もない。

障害ならば排除するのみ、見逃す事をしては決してならない。

何故ならば、あの障害が自分を敵視し憎んでいるのだとすれば間違いなく今後も自分に害を為そうとする。

いや、自分だけならばまだしも妻を娘にもその牙を向ける可能性が極めて高い。

それだけは看過出来ない。

ならばそれを防ぐべくこの手を綺礼の血で染め上げる。

おそらくこれが『魔術師殺し』衛宮切嗣最後の殺しとなるだろう。

そんな静かなだが、揺るがぬ決意を胸に切嗣は歩を進め、その姿を闇に沈めて行った。









一方・・・

平面駐車場ではセイバー、士郎、ライダー、そしてアーチャーがほぼ等間隔で互いに互いを警戒し続けている。

いや、この表現は正確とは言えない。

士郎、ライダーはセイバー、アーチャーのみを警戒しているのに対してアーチャーは全員を警戒・・・と言うよりは値踏みしているような酷薄な視線を向け、セイバーはといえばこれまた全員にむき出しの敵意と殺意をぶつけている。

「のう、エミヤ、確かあやつら手を組んでいる筈ではなかったのか?それとも決裂したとかそういった事か?」

「いえ・・・あれば武装中立か冷戦と言った方が正しいでしょう」

「ああ~なるほどな。この前お主らをしとめる為に組んだ連合の空気を極限まで殺伐とした感じか」

そんな納得したようなライダーに冷水所か氷水をぶっ掛ける冷たい声と熱湯の如き憤激の声が響いた。

「手を組む?馬鹿を言うな征服王、この道化が我と同格である筈が無かろう。これは我の露払いと無聊の慰め程度の価値しかないわ!」

「征服王!貴様!何処までも私を愚弄するか!この下種の如き暴君・・・否!王ですらない男と私を同格と為すとは!!」

一気に極寒と灼熱の敵意が士郎とライダーにまとめて降り注ぐ。

「あ~、エミヤ、すまんな。火に油注いじまったか」

「いえ、どちらかと言えばガソリンかニトロレベルでしょう。ですが、元々そうする手筈でしたし」

「まあそうだな」

互いに口元を僅かに緩ませる。

だが、それも直ぐに引き締め直す。

「あ~判った判った。で・・・英雄王、それに大馬鹿娘、どっちが相手になるのだ?それとも二人で余かエミヤを袋叩きにする腹つもりか?」

ライダーの口から出た先制攻撃に柳眉が跳ね上がる。

それに気にも留めず士郎が強かな追撃を加える

「若しくは二対二の乱戦では?まあそんな事にでもなれば、柳洞寺のように醜い同士討ちをやらかして共倒れが関の山でしょうが」

「確かにそうだな。あの時は揃いも揃って勝手に突っ走って、勝手に仲間割れを起こして、その挙句自滅したからな。ある意味お似合いの道化師コンビだな」

ライダーの嘲笑にアーチャーの丈夫でない堪忍袋の緒が切れる。

「そうか・・・貴様ら余程死にたいらしいな。良かろう!!ならば今ここで」

アーチャーの言葉は最後まで続かなかった。

足元で突然炸裂した魔力弾がアーチャーを別の方角に吹っ飛ばしたのだから。

「士郎、こんなもんで良い?」

そう言うのはカレイドアローを構えた凛。

士郎とライダーがアーチャー、セイバーを挑発したのは凛の分断を容易にしうる為の工作。

「ああ、凛悪いな。ではイスカンダル陛下」

「うむ、あの大馬鹿娘は任せておけ。エミヤ、貴様の気を引き締めよ。あの金ぴか、口も悪ければ、性根も悪い、扱いにくさも桁違いだが、王としての器とその力もまた桁違いよ」

「はい直接は戦っていませんが、そこは百も承知しています。ではイスカンダル陛下も御武運を」

そう言うとセイバーには視線を向ける事無く姿を消す。

霊体化して吹っ飛ばされたアーチャーの元へと向かったのだろう。

「・・・っ・・・そうか貴様が私の相手か征服王」

「・・・そう言う事だ。今の貴様は見ていられぬ。王としては無論の事英霊としても・・・否!人としても違え尽くしておる!」

「違え尽くしているだと・・・ふざけるな!私が心の底から守りたいと願った国の救済それを願う事の何が悪い!」

セイバーの叫びにライダーも負けぬほどの怒号で応える。

「全て悪いに決まっているだろう!とは言え、今の貴様の耳には何も入らぬだろうし、何も届くまい。ならば力ずくでそれを届かせた上でそれを咎め、正すのは余が担うべき・・・いや、背負わなくてはならぬ事。それがまかりなりにも王として並び立つ者の役割。一切の容赦はすまい。貴様の歪み捻じ曲がった王の矜持・・・余が欠片一つ残す事無く粉砕してくれよう!」

その言葉に呼応するように背筋が伸び上がるような威圧が撒き散らされる。

それを浴びてアイリスフィール、舞耶は息を呑み、凛、桜は改めて王の頂に立つと言う事の意味を思い知り、僅かにその身を強張らせる。

その威圧を浴びてアルトリア、セイバーも思わず身構えたと言うのにただ一人全く動じない人物がいた。

それは・・・意外な事に誰よりもライダーの近くにいるウェイバーだった。

そう、この中のメンバーの中では最も凡庸であるはずの、だが、今日まで最もライダーと行動を共にしていたウェイバーがこの中で最も自然体を保っていた。

もしも以前の・・・聖杯戦争前の彼であったのであれば、その威圧に堪えられずただ怯え、震えて最終的には失神すらしていただろう。

だが、聖杯戦争で様々な出会いを果たし、エクスキューターと言う目指しうる目標を見つけた事で、その心身は本人も気付かぬ内に少しずつだが、着実な成長を遂げていた。

そんなウェイバーをライダーは実に嬉しそうに笑う。

「坊主・・・いや、ウェイバー!ようやく余のマスターに足りうる男になった様だな!良い面構えになりおった!」

「そ、そりゃあ僕だって本気になればこの位・・・って!お前のその言い分だと僕をマスターって今まで認めていなかったのかよ!」

このような状況でも漫才を忘れない二人にセイバーの怒りは留まる所を知らない。

「き、貴様ら・・・何処まで私を」

「おお、悪いな。貴様の事を忘れておったわ。さて・・・それじゃ始めるとするか、王の道を踏み外した大馬鹿者の征討に!坊主!付いて来い!」

「おいこら!あれだけ持ち上げておいてまた坊主呼ばわりかよ!」

一方、凛の不意打ちで吹っ飛ばされたアーチャーは当然だが、かすり傷一つ負う事無く着地していた。

そこは市民会館が完成した暁には第2平面駐車場と呼ばれる事になる未だ整備途上の更地。

「ちっ、あの女狐め!我に対する不敬の数々もはや許せぬ!即刻あの首を」

「凛をどうするつもりだ?」

怒り心頭のアーチャーの声に重なるように冷静な声が闇夜に響く。

その声の先には自然体に佇む士郎がいる。

「贋作者(フェイカー)・・・ほう、その様子からして征服王はあの道化か。奴の事だけは高く買っていたのだが我の目も曇ったようだ。あのような道化に関心を寄せるとはな」

失望と嘲笑を同時に浮かべる事をやってのけるアーチャーに士郎は淡々とだが、あっさりとした口調で

「お前の相手とセイバーを相手取る事、どちらの方が重要なのかを考えたら後者の方だと判断しただけだろう」

アーチャーの表情があっという間に憤怒に変わる。

「・・・つまり何か?征服王は我を軽んじたとでも?」

「軽んじると言うよりはお前との対決はどうでも良い事だと・・・おっと」

何の前触れも無く飛来してきた剣弾を瞬時に投影した虎徹で弾き飛ばす。

「・・・気が変わった。贋作者(フェイカー)、貴様は疾く死ね。我は為さねばならぬ事が出来た」

「気が早い事で。もう俺を殺せると思っているあたり特に」

自分に出来る限りの見下した笑みを浮べる士郎にアーチャーの表情は完全に無になった。

「良いだろう・・・貴様の首だけ貰い受ける。それを見せればあの女狐共もさぞや良い絶望の声を聞かせてくれるだろうよ」

「出来るものならな」

もはや互いに言葉は不要だった。

アーチャーの背後からは『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が開放され原典宝具が群れとなっていつでも士郎を嬲り殺そうと蠢き、士郎はすでに切嗣に

(爺さん)

(わかっている。士郎。そっちは任せる)

令呪を要請していた。









「令呪をもって我が義息子に命ずる。士郎宝具を開帳せよ!」

士郎からの要請に従い切嗣は令呪を使用。

残り一画となった令呪を特に感慨を抱く事無く一瞥だけする、切嗣の足に淀みは無い。

市民会館の見取り図は、開戦前に入手しているので頭に叩き込んでいる切嗣であるが、綺礼が何処にいるのか?

あるいは何処で待ち構えているのか判断するには材料が余りにも乏しすぎる。

だが、切嗣の歩みに迷いは無い。

一方、警備員室を後にして、切嗣を求めて歩く綺礼の足にも躊躇いは無い。

ばったり出くわして互いに不本意な遭遇戦に突入する可能性もあるというのに、双方ともその様な心配など無用だと言わんばかりに堂々と、大胆に歩き続ける。

互いに指し示したように歩を進める。

まるで再度の、そして最後の邂逅すべき場所は既に決められているかのように。

歩きながら切嗣はキャレコのマガジンをコンテンダーの装填を確認する。

綺礼は僧衣に収納した黒鍵の数を再確認する。

双方とも誰に示すわけでも指し示す訳でもなく小さく頷く。

そうしてお互い同時に目の前のドアを静かに開ける。

いると、確信を抱く。

来たと、認識する。

入ってすぐの照明のスイッチを入れる。

真新しい蛍光灯がその部屋を照らす。

そこはコンサートホール直下の地下一階、完成すれば大道具倉庫と呼ばれるであろう空間。

無論だがそこは何も無い広々とした一室。

そこで切嗣と綺礼は再び対峙する。

互いの表情は無。

しかし、その拳が強く握り締められる。

コンテンダーとキャレコのグリップを握り潰すのではと思う程手に力が込められる。

その動作だけで二人の感情がいやと言うほど伝わってくる。

もはや言葉は無い。

問うべき事は全て問い質した。

言うべき事は全て言った。

残された意思疎通の手段は互いの手に握られた得物のみ。

それによって得られる結果はどちらかの死のみ。

声も何も無く、綺礼は代行者独特の持ち方で左右三本ずつ黒鍵の柄を構えるや、魔力を以って半実体の刃が現れる。

切嗣はコンテンダーを構えるや問答無用で綺礼にその銃口を向ける。

その意図など考えずとも瞬時に理解した綺礼は予備動作無く刀身を盾の様に構えながら突進を開始する。

それを合図としたようにコンテンダーの引き金が引かれ銃口から轟音と火花、そして銃弾の形をした暴力の具現が吐き出される。

この瞬間、第四次聖杯戦争・・・否、冬木の聖杯戦争、その最後の戦いが始まった。

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