綺礼と雁夜を乗せた車が目的地に着いたのは出発してから二十分後の事だった。

同じ新都であるにしても距離はそれなりにあり、本来はもっと時間が掛かる筈であった。

それがこれだけの短時間で到着出来たのは、皮肉な事だが聖杯戦争の影響だった。

猟奇殺人に始まり、都市ゲリラ事件、少年少女失踪、化学物質流出による幻惑騒動、止めとばかりに歴史ある柳洞寺が局地型地震によって全壊と天災人災問わぬ災害の連続によって人々は恐れ怯え精神的に疲れ切っていた。

夜間に戒厳令の出された冬木は新都でも人も車もまばらで時間帯によってはゴーストタウンをも思わせる静寂を見せていた。

その為移動もスムーズに進みこれだけの短時間で到着する事が出来た。

「それで、雁夜、状況はどうだ?」

「・・・バンは・・・大橋を超えて・・・新都に・・・入った。何処に・・・向かって・・・いるのかはまだ・・・判らない・・・バイクは・・・まだ・・・深山だけど・・・大橋に・・・近付いている・・・他は・・・捕捉できていない」

「そうか・・・バンは新都に入ったのは間違いないのだな?」

「ああ・・・」

「良し、直ぐにセイバーに仕掛けるように伝えろ」

「判った・・・」

念話でセイバーに伝えている雁夜を担ぎ、綺礼は(一応)安全な場所に雁夜を置くと、綺礼は仕上げの準備をする為、その場を後にした。

「待っていろ・・・衛宮切嗣・・・」

口から漏れ出たそれは、声と言うよりは憎悪が音になったようなもので、第三者が聞いていたとしたらそれだけで震え上がるほどだった。









その頃、新都に入ったライトバンには綺礼の予測通りアイリスフィールが乗っていた。

他には運転手の舞耶、後部にはアルトリア、凛、桜が乗り込んでいる。

当初の予定では綺礼達を誘き寄せるべく、あえてメルセデスにアイリスフィールと舞耶だけ乗せる手筈だったのだが、(アルトリア達は別の車両に乗せて後続での護衛につけた状態で)守りの薄さにアルトリア、凛、桜が難色を示し、士郎も加えて協議した結果こうなった。

車内は重苦しい静寂に満ちていた。

だが、それは不仲や、気まずさと言うよりは

「舞耶さん・・・キリツグは大丈夫かしら?」

「ご心配要りません。マダム。切嗣からもミスターからも連絡はありません」

時折不安を擬人化したような顔色で問うアイリスフィールの声が原因だった。

そしてそんなアイリスフィールを安心させるように、応ずる舞耶声はいつものような冷静なものであり、それはアイリスフィールを落ち着かせるには十分なものだった。

実際舞耶の言葉は強がりでもない。万が一にも襲撃があればそれぞれが持つ発信機を起動させて位置情報を残りのメンバーに伝える手筈になっている。

それが無いと言う事が士郎達も健在であると言う証拠だった。

しかし、それでも不安なものは不安になる、そんなアイリスフィールの心情を察したのかアルトリアが会話に加わった。

「それでマイヤ、このまま港まで行ってその後は深山に?」

「はい、こちらに向かっている切嗣とミスターの二人と入れ替わる形で深山を回りこれを繰り返します」

「ですが・・・これで釣れるのでしょうか?」

「間桐雁夜がセイバーのマスターだとすれば彼に残された時間は僅か、罠を警戒し様子見する余裕も無いでしょう」

「そうね・・・でもあの綺礼が雁夜おじさんのバックにいるとしたら、こんなあからさまな罠の存在に警戒するって事も」

「いえ、リン、キレイも私達の行動を無視出来ないでしょう。あの男・・・ギルガメッシュがこのようなあからさまな挑発を無視できる筈が無い。奴の存在はジョーカーそのもの、キレイの力にもなれば枷にもなります」

アルトリアの断言に全員頷いた。

と、その時、アルトリアがはっとした表情でバックドアガラスから後ろを確認する。

自分達を猛追するヘッドライトを視認すると同時に

「全員伏せて!!」

鋭い声に運転席の舞耶も含めて全員が頭を屈める。

それに遅れて鉄が斬られ、ガラスが砕ける嫌な音を伴って運転席側の車体上部が切り裂かれた。

もしも、頭を屈めていなければ頭部が上半分切り落とされていた。

その犯人であるバイクに乗った人物・・・セイバーは片手で剣を構えたまま器用に車体を反転させるや今度は自分達に向かって突っ込んできた。

「マイヤ!」

アルトリアに言われるまでも無く、舞耶は咄嗟にハンドルを右に大きく切る。

歩道に乗り上げたが、幸運な事に街路樹も電灯も、ましてや歩行者もおらず大事には至らなかった。

無事ですまなかったのはバンの方で、セイバーの剣によって今度は助手席側が切り裂かれた。

しかし、これはアルトリアにとって好都合、瞬時に甲冑を纏うと、僅かながらに車体を繋げているフロントガラスとバックドアガラスを切り裂き、完全に上部を分断するや力任せにセイバー目掛けて投げ付けた。

当然だが、その動きをセイバーが読めない筈も無く、投げ付けられた鉄板を巧みに回避する。

だが、回避した瞬間セイバーの直感が更なる危機を告げた。

その予知は0コンマ数秒後に現実となる、回避したその先に新たな鉄板が飛来してきた。

その正体はアルトリアの蹴りによって吹っ飛ばされたバックドアの残骸だった。

アルトリアもまた自身の予知でセイバーの回避ポイントを読むと予測ポイント目掛けて更なる追撃を仕掛けていた。

しかし、セイバーの予知に錆び付きは無い。

重心を大きく右に傾けるや、バイクを横転するぎりぎりのバランスまで横に傾ける。

それによって、アスファルトに接したバイクの車体が生物の断末魔を思わせる奇音を発しながら火花を撒き散らす。

だが、この追撃をかわすにはこの方法しかないし、もう後戻りは出来ないとセイバーはそのままの体勢からアクセルを更に吹かして速度を上げる。

その判断は完全に正しかった。

バックドアはセイバーの手前のアスファルトで跳ね上がり、その際に生まれた下のスペースをセイバーのバイクは見事にすり抜けた。

僅かでも体勢を戻していればバイクは巻き込まれ、速度を落としていたとしたらそのスペースはバックドアに再び埋められて直撃を被っていただろう。

しかし、それすらもアルトリアは読んでいた。

「リン!」

「了解!」

魔法少女姿に変身した凛のカレイドアローが火を吹く。

だが、魔力弾はセイバーのバイクではなく、ほんの僅か手前のアスファルトに着弾。

威力を最小限まで絞り込んだのかそれほど範囲は大きくないが、アスファルトは抉れ砂利や土が剥き出しにされた。

「!!」

いかに予知を持っていたとしても0コンマ0数秒後の事態に対応するなど不可能、バイクは為す術無く即席のクレーターに突っ込みバランスを大きく崩したバイクは遂にセイバーを巻き込み横転した。









「アルトリア、どう?」

魔法少女姿を解除した凛が問いかける。

「ええ、一先ずは振り切りました。ですが、あの程度で根を上げる彼女(私)ではありません。直ぐに追撃してくるでしょう」

オープンカー状態となったバンで後方を油断無く警戒しながら告げるアルトリア。

「アイリスフィール、この隙にシロウとキリツグへ」

「大丈夫よアルトリア。もう起動しているわ」

そう言いながら起動済みの発信機を掲げる。

だが、そんな僅かに弛緩した空気を破るように後方から憤怒の咆哮を思わせる重低音の轟音が鳴り響く。

「っ!」

再度甲冑を身に纏い、剣を構えるアルトリア。

その姿を暴力的な白色の閃光が照らし出す。

「逃がすものか・・・裏切り者共!」

セイバーの口から漏れ出たその声にはかつて無いほどの憎悪に満ち溢れていた。

そんなセイバーが跨るバイクは先程と違い重厚な装甲を纏っていた。









「くっ!」

小賢しい手段で横転させられたセイバーであるが、咄嗟に甲冑を身に纏いつつバイクから手を離し、アスファルトを大きく転がってようやく止まった。

「ちっ!小癪な真似を!」

悪態をつきながら立ち上がるセイバー、被害は僅かに擦り傷を作ったのみに留まりいまだ健在。

だが、バイクは無事ではすまなかった。

メーターにミラー、そしてヘッドライトは破損している。

しかし、ミラーは大きくひびが入っただけ、メーターやヘッドライトはカバーは割れたが、それ以外に異常は見られない。

むしろ深刻なのはフレームの方だ。

特にフロントフォークとリアアームが大きく破損しており、まともに走行出来ない。

無理に走行すればバイクはバラバラになりかねない。

心臓部のエンジン、そして燃料タンクは一見すると無事であるように見えるが、これだけ酷い損傷だと楽観は出来ない。

「・・・まだ走れるだろう・・・」

そんなバイクを起こしながらセイバーの口から発せられた言葉は鼓舞というよりも強要、いや、脅迫じみたものだった。

「奴らを・・・奴らを許す訳には行かないんだ・・・私にその力をよこせ!粉々に粉砕するまで!その代わりお前に鎧をくれてやる!」

そう言うや常は自身の身をまとう魔力で編みこんだ甲冑をバイクの車体構造に合わせるように纏わせていく。

そのイメージはかつて自分を乗せて戦場を駆けた二頭の愛馬、ラムレイ、ドゥン・スタリオンの身を守った馬鎧。

そのイメージをバイクに合わせて補強されていく。

損傷した箇所はより強靭な装甲を纏い、あっという間に一般的なバイクは軍用車両もかくやと思わせる重装甲バイクに変貌を遂げた。

その姿に満足げに頷くと跨り再度エンジンを起動、疾走を再開、アルトリア達への追跡を再開する。

更には『風王結界(インビシブル・エア)をバイクを包み込むように鏃状の形で展開、これにより空気抵抗を極限まで小さくした事でバイクはその性能の限界を遥かに超える速度を叩き出し、バンを猛追し始めた。









一方、別行動を取っていた士郎、切嗣はと言えば・・・

発信機の起動を確認するやアイリスフィールの元に急行していた。

状況に関してはアイリスフィールが携帯で切嗣に伝え、切嗣は念話で士郎へと伝える。

その為に情報伝達にタイムラグが生じてしまうが、バラバラに動いている以上、仕方の無い事だった。

「アイリ、現状は?」

『セイバーが追撃を再開したわ。アルトリアが応戦している』

「そうか・・・士郎の負担を考えると長くは戦わせられないが・・・振り切れないか?」

『ダメ、セイバーがバイクを強化したみたいで振り切る事が出来ない』

「そうか・・・」

苦々しい表情でハンドルを握る手に力がこもる。

(士郎、アイリ達の状況はかなり悪い。どれ位で向かえそうだ?)

(信号の無い通りを通っているけど、まだ時間が掛かりそうだ)

(そうか・・・)

と不意に

『えっ?・・・ええ判ったわ・・・キリツグ、舞耶さんが話したいって言うから変わるわ』

『切嗣』

「どうした?舞耶」

『セイバーの襲撃ですが、明らかに斑があります』

「斑だと?」

『はい、苛烈に攻め立てる場合もあればあからさまに手を抜いている場合もあります』

「・・・どういった場面でそうなるのかわかるか?」

『全て交差点付近です。例を挙げると直進しようとすると苛烈に攻め立て、右折ないし左折使用とした時には緩やかになります』

そこまで聞けば敵の狙いを読む事など容易い。

「誘導か」

『間違いなく。セイバーは明らかに私達をどこかに誘導しようとしています』

そこまで聞いて切嗣は発信機の方角を確認する。

「この方角だと教会から明らかに遠ざかっている・・・このまま進むと・・・」

『はい切嗣。おそらくですが、セイバーは冬木市民会館に誘導しているのでは無いかと』

「そうか・・・舞耶、新たな動きがあったら直ぐに連絡を入れるよう伝えてくれ。こちらも直ぐにそっちに向かう」

『了解です』

それを最後に通話は一端切れる。

フルに充電したとは言え、肝心な所で電池切れを起こしかねない。

(士郎、どうもアイリ達は市民会館に誘導されている)

通話を切った切嗣は直ぐに士郎に念話で連絡を取る。

(市民会館だって?)
(ああ、アルトリア達も苦戦している。向かえるかい?)

(問題ない・・・と言うか幸運だ。今俺がいる所から市民会館は近い。直ぐに合流出来るだろうし、運がよければ、先に市民会館へ到着出来る)

士郎の口から出てきた、朗報に満足げな笑みを浮べる。

(じゃあ直ぐに向かってくれ)

(判った・・・しかし、なんで市民会館なんだ?)

最後に独り言のように呟くと念話を切った。

士郎の疑問ももっともな事だと切嗣も思う。

冬木の聖杯戦争、この戦いは序盤は生き残りを賭けたバトルロイヤルだが、脱落陣営も増えて聖杯降臨も視野に入ってくると陣取り合戦の様相を呈してくる。

冬木は広大であるが、聖杯降臨の儀式を遂行するに相応しい霊格を有する土地は四ヶ所しかない。

第一に地下に大聖杯を有する円蔵山、第二に現在遠坂邸の建っている土地、第三に冬木教会、そして最後に現在全員が向かっている市民会館。

更に言えばこの事は御三家しか知らぬ事であり、この事だけでも冬木の聖杯戦争が御三家の御三家による御三家の為に行われた出来レースである事を示す良い証拠でもあった。

向かっている場所がその儀式に相応しい以上、そこに誘導させた後、脅すなり殺すなりしてアイリスフィールから器を奪い、誘き寄せられた自分らを一挙に殲滅、その勢いのまま聖杯を降臨させる。

戦略的にも間違っていない。

だが、何故、市民会館に選んだのかが不可解だった。

と言うのも元から相応しい霊格を有していた円蔵山、遠坂邸、冬木教会に対し、市民会館は上記の三つを聖杯降臨に都合が良いように人為的な加工を施した結果偶然生まれた後発的な土地だった。

その為聖杯降臨に相応しいとはいえ、それは最低ラインをクリヤしただけに過ぎず、円蔵山を本命、遠坂邸、冬木教会は対抗と位置づけるならば市民会館はまさしく大穴であり、御三家の間でもここは本命、対抗が何らかの事情で使用出来ない時の保険、それ以上でもそれ以下でもない土地、それが市民会館だった。

その場所にあえて向かわせようとする敵・・・と言うか綺礼の意図を読みきれない切嗣であるが今は一刻も早くアイリスフィールと合流するのが先決だと気持ちを切り替えて速度を上げて市民会館と向かった。









一方・・・市民会館に仕掛けた仕込みの最終確認を終えた綺礼は雁夜を匿っている一室・・・そこは市民会館が完成した暁には従業員の更衣室となる予定の場所・・・を再び訪れる。

「雁夜、状況はどうだ?」

綺礼の問い掛けに顔を僅かに上げると

「セイバー・・・は引き続き・・・バンを攻撃・・・している。現状・・・は予定通り・・・ここに誘導している・・・問題・・・ない」

雁夜の言葉にかすかに笑みを浮べる。

「それとバイクはどうだ?」

「・・・新都に・・・入ったのは・・・確認・・・出来たが・・・直ぐに撒かれた・・・今は・・・捕捉できない・・・」

切嗣やエクスキューターの動向を把握出来ない事は残念だが、バンがここに誘導されている事は把握している筈。

であれば、おのずとここに集まる事は間違いない。

今は奴らをここにおびき寄せる餌を失わない事が最善だ。

「雁夜、セイバーには引き続きここへの誘導を続けさせろ。任務が完了した時点でどう料理しようが構わないと伝えろ」

「ああ・・・」

綺礼にとって必要なのは聖杯の器のみ、それ以外はどうなろうが頓着する気は無い。

まあ女二匹の死体を適当に吊るしておけば切嗣を逆上させる良い小道具にはなるだろうが。

そんな事を考えながらもおくびにも出さずに、綺礼は部屋を後にする。

と、部屋を出た綺礼に

「随分とふてぶてしい、いや、猛々しい面構えではないか綺礼」

何の前触れも無くアーチャーが姿を現した。

昨夜『かび臭く蟲臭い』と言って私服を破り捨てていたのだが、何処から調達したのか新しい私服を着ている。

しかも、今夜決戦だと言うのに相も変わらず夜遊びしていたのか全身にその享楽の余韻を残している。

まともなマスターであれば・・・例えば時臣であれば咎める所であるが綺礼は特に何も言わない。

この英霊に常識だの良識だのサーヴァントとしての心構えを問いても、無駄である事を知り尽くしているからだ。

納得する所か侮蔑と反発しか招かない事を綺礼は時臣の失敗から学んだ。

綺礼にとって目の前の男は手駒でも使い魔でもなく、共通の目的から手を組んだ同盟相手、そんな相手を格下に扱えば、どのような人格者であったとしても同盟は脆くも崩壊する。

「・・・そうか・・・猛っているのか私は」

そんなアーチャーに指摘されて綺礼は初めて自分が猛っているのを自覚したように呟く。

そんな綺礼を見てアーチャーは更に愉しそうに笑った。

「己の心情には相も変わらず無関心か、まあ良いお前はそうでなくてはな。それはそうと綺礼、どうやら贋作者(フェイカー)を始めとする賊の集団が集まりつつあるようだが、我はどうすれば良い?ここで迎え撃つのか?」

台詞だけ見るとマスターに忠実なサーヴァントにも思えるが、これすらもアーチャーが課す試験である事を理解している綺礼は思案した後決断を下した。

「そうだな、ここに残っていてもらおうか。だが、迎え撃つと言うよりもお前はただ単に高みの見物に洒落込んでいれば良い」

「ほう、それでも良いのか?」

「どの道聖杯の器を持つアインツベルンをここにおびき寄せている以上、エクスキューターもライダーもここに来るのは間違いない。ならばセイバーに取るにたらぬ雑魚を選定させれば良かろう。残った相手こそがお前自らの手で処断するに値する賊なのだから」

物は言いようとは良く言ったもので、綺礼はアーチャーに残敵の掃討を任せたに等しいものだった。

本来であれば、その意味を理解したアーチャーの手で殺されても可笑しくない不敬であるのだが、アーチャーは不敵な笑みを崩す事は無い。

アーチャーが言外の意味を理解していないとは思えない。

時臣とは違い多少オブラートに包んではいるが直球に言ってきた事に喜んでいるのだろう。

「良かろう。では我はとくと見極めさせてもらうとしよう。我自らが動くべき賊は我が認める征服王か、面憎き『贋作者(フェイカー)』なのかを。それでその後は好きにやらせてもらうぞ。まあ、その暁にはこのでかいだけの東屋を吹き飛ばすがそれでも構わぬな」

「それは最悪の結末だが、そうなったとしたら、それはそれで運命と言うものか」

冬木市が市の命運をかけて行っている一大多目的ホールを『でかいだけの東屋』と呼ぶアーチャーも大概だが、それが崩壊する結末を運命と嘯く綺礼も綺礼だった。

その返答がいたく気に入ったのか、声を上げて爆笑するアーチャー。

「綺礼っ!貴様という男は・・・何処までも我を飽きさせぬな!良いだろう、我を笑わせた褒美だ。ここを吹き飛ばすのだけは見逃してやるとするか!」

そう言って霊体化して姿を消すアーチャー。

おそらく見晴らしの良い所で自分の相手が誰になるのか見届ける腹つもりなのだろう。

まあ、どれに関してはどちらでも良い。

肝心なのは市民会館が破壊されずに済んだと言う事実のみだ。

その事に綺礼は心の底から安堵した。

その安堵は冬木市の未来を慮った・・・筈は当然だが無く、切嗣との決着の為に用意した仕込みが全て無駄となってしまう事が無くなった事の安堵だった。

これで安心して切嗣を迎え撃つ事が出来る。

そして奴を殺す事も・・・









一方、セイバーの執拗な・・・と言うよりは執念深い追撃を受けアイリスフィール達は遂に市民会館の敷地内に入り込んだ。

「間違いないわね。人払いの結界が施されている」

すばやく凛が周囲を見渡し結界の有無を確認した。

その事実に全員に緊張が走る。

だが、事態はそんな余裕も与えない。

「おおおおお!」

セイバーの一閃が車体を叩き切ろうとするのをアルトリアが弾く。

「っ、ここに誘い込むのが目的でしたか、攻撃に容赦が欠片もなくなりました・・・マイヤ!もう少し広い所へ!狭い場所では彼女(私)の良いように嬲られます!」

アルトリアに言われずとも舞耶はハンドルを切り平面駐車場に向かおうとするが、それも見通していたセイバーは一気に速度を上げ、バンの真後ろまでつけるや勢い良く跳躍、入れ違いざまに振り下されるアルトリアの剣は補強の装甲もなくなりボロボロになったバイクを両断するだけ。

当のセイバーは上空で再度は甲冑を身に纏いつつも、剣を上段に構えつつ重力に従い降下、そのままの勢いで剣を振り下ろす。

その切っ先は躊躇いも無くアイリスフィールの脳天。

「裏切り者!報いを受けろぉ!」

咄嗟にアルトリアが踵を返し、セイバーの攻撃を防ごうとするが届かない。

凛が変身してセイバーを吹き飛ばそうとするが間に合わない。

舞耶がハンドルを切ってアイリスフィールの身を守ろうとするがこれも間に合わない。

このままアイリスフィールの命はここで失われると誰もが・・・殺される寸前のアイリスフィールも加害者のセイバーも確信を抱きつつあった時、何処とも無く爆音が響いたかと思ったら

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」

セイバーの身体が平面駐車場まで吹っ飛ばされた。

何事かと後方を見れば新たなバイクのヘッドライトがバンに接近、平面駐車場に着くやバンの隣に停車した。

「皆、無事か!」

「シロウ!」

止まるなり自分達に声を掛けてきた人物・・・無論だが士郎にアルトリアが代表して安堵の声を上げる。

「急いだつもりだったんだが・・・遅くなって済まない」

「いいえ、ある意味ナイスタイミングでした。シロウ。もう少しでアイリスフィールが・・・」

悲しみと憤りの混じった視線を向けるアルトリア。

それに釣られて憐れみと自戒の視線を同じ方向に向ける士郎。

「来たか・・・裏切り者が・・・」

静かに立ち上がり剣を構えるセイバー、その視線は闘志に満ち溢れ、その姿はアイリスフィールと契約を交わして時と違いの無いものであった。

あったのだが・・・まるで種類が違う。

以前は一陣の風のような清々しいものであったのに、今は身体に纏わりつく、ヘドロのような陰湿な執念に満ち溢れていた。

「・・・こうしたのは俺の責任だな・・・」

そんな闘志を浴びても表情を崩す事無くそう呟く士郎の言葉に間違いは無い。

だが、同時に士郎一人の責任でもない。

幾度と繰り返された思い違い、意思の疎通の失敗、願いの食い違い、あらゆる齟齬が重なりに重なりつくし、この最悪の未来に全員を導いてしまった。

だが、その一つ目の齟齬を生んだのは間違いなく、自分が犯してしまった過ち。

ならばその事に対するけじめはきっちりとつけねばならない。

「アルトリア、アイリスフィールさんを頼む」

「・・・はい・・・」

士郎の言葉に応じてアルトリアは一歩下がる。

それを横目で見届けると虎徹を投影、静かに構えながら一歩前に進み出て、セイバーもまた正眼に剣を構え、互いに距離を計りあう。

そうする事数秒、互いに足に力を込めて踏み出そうとした時、出鼻を挫く様に

「アーーーーーーララララララララララライ!!」

遥か上空から突撃の雄叫びと轟く雷鳴が降り注ぎやはりと言うべきか『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』が墜落するのかと言わんばかりの急角度で降下からの着地を士郎とセイバーのど真ん中で決めてのけた。

「エミヤよ!待たせたな!どうやら飛込みには成功した様だの」

「成功って・・・どう考えても墜落じゃないかよ!」

出鼻をくじかれた二人など何処吹く風と言わんばかりに不敵な笑みを隠す事無いライダーと自殺行為一歩手前の乱入に抗議の声を上げるウェイバー。

「くっ・・・・征服王・・・」

「・・・」

上機嫌だったライダーだったが、セイバーを一目見るや一瞬で笑みを止め、アルトリアより大きな憤りと士郎よりも思い憐れみの視線を向けた。

「・・・やれやれ・・・この大馬鹿娘が。たった一日見ぬ間に随分と落ちぶれたものよな」

静かに呆れるような哀しむような声でセイバーに話し掛ける。

「落ちぶれた・・・だと・・・!!」

「今の貴様を評するにそれしか出てこぬよ」

唸るようなセイバーの声に溜め息混じりに応ずるライダー、その姿は余りに対照的だった。

「そうは思わぬか・・・のう英雄王!」

不意にあらぬ方向に声を上げるライダー、

それを合図としたように駐車場に黄金の気配が訪れた。

「落ちぶれた?何を言っておる征服王?これはようやく本来の己を取り戻したのではないか?自称王と言う不相応な立場から娼婦兼道化に」

圧倒的な王としての誇りとその誇りに見合う力を漂わせ姿を現したアーチャー。

冬木の聖杯戦争の『終わりの終わり』である最後の戦いに生き残った全てのサーヴァントがここに集った。

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