その頃・・・綺礼の予想通り士郎達は間桐邸に踏み込んだ・・・と言うか踏み込み終わって戦車に乗り込みその場を後にしようとしていた。
「・・・」
「・・・」
だが、その表情は冴え渡らない。
隠密裏に間桐の結界を突破し(今回はイスカンダルに暴れる事無く待機してもらうように士郎が頼み込んだ)踏み込んだのはいいが、そこにいたのは酒びたりの中年一人のみ。
本命の雁夜は何処にもいない。
雁夜の居場所を問い詰めようと動転している男の手をコンテンダーで吹っ飛ばしたが結局得られたのはここには雁夜はいないと言う事と男が精神的に壊れる寸前だったと言う事だけであれば悄然とする。
だが、その時別行動を取っていた士郎に比べればまだましだった。
士郎が行っていた先は地下の間桐の工房、そこで士郎は間桐の魔術師となるべく拷問に等しい調整を受けている幼き桜の姿を目の当たりにした。
正直に言えば自分の信条をかなぐり捨ててでも桜を救いたい衝動に駆られかけた。
と言うか反射的に霊体化を解除して救出しようと一歩踏み出しかけた。
だが、今ここで桜を救出したとしてその後の事をどうするのかと考えると動けなくなった。
戦後の事もそうだが、何よりも今は戦争中、アーチャー、セイバーとの戦いが何時始まるかも判らぬ状況ではここから連れ出すのはかえって危険。
皮肉だが、今の桜にとってはここが最も安全な場所である事は否めない。
苦渋の決断ではあるが、ここに桜を残す事にした。
しばし無言を貫いていたが、不意に
「爺さん、これからどうする?」
士郎が切嗣に今後の方針について問うた。
「・・・最後の手がかりである間桐邸も空振りに終わった以上、心当たりが多過ぎるのが今の状況だ」
それは言外にこれ以上の捜索は不可能だと言っていた。
それも無理は無い。
開戦前から入念な調査をした事で切嗣は冬木全域に存在する魔術師の隠れ家となりうる場所は全て把握している。
だが、現状、その心あたりの多さが仇となっていた。
間桐邸を出て直ぐに舞耶に使い魔を総動員しての候補地全ての調査を命じたが、直ぐに結果が出るものではない。
ならば今は屋敷に帰還して体勢を立て直すのがベターだろう。
「そうだよな・・・イスカンダル陛下色々ありがとうございました。一先ず先程の屋敷に帰還をお願いします」
「おう、判った・・・それでエミヤよ」
「はい?」
「これで貴様は余に二つ、余の軍勢には一つ借りが出来たな」
そう言ってにんまりと笑う。
それを見た瞬間背筋に冷たいものが走る。
この笑みを見せたライダーに士郎はどれだけ苦労させられた事か。
だが、ライダー本人の言うように士郎は借りを作ってしまっている、逃げは許されないだろう。
「それで・・・俺は何をしろと・・・」
「そんなに硬くなるな簡単な事よ」
そういったライダーの笑みは子供のように邪気も裏表もない清々しいものだった。
そんな嵐の如き一夜も過ぎ翌日の昼過ぎ。
ウェイバーが半ば呆然と庭の光景を見ていた。
「な、なあ・・・エクスキューター」
「どうかしたのか?」
「いや、どうかしたのかって・・・なんで・・・あんた、ライダーの馬を世話しているんだよ」
ウェイバーの言うように士郎はライダーが呼び出した、愛馬ブケファラスのブラッシングをしていた。
呼び出された当初はご機嫌斜めだったのか暴れに暴れ、ライダーがどうにか宥めるまで手が付けられない状態だった。
この事を予想してアイリスフィールに屋敷に人払いの結界を張っておいて貰わなかったら、間違いなく近所から通報されていただろう。
だが、それも士郎がブラッシングを開始するまでの話。
今やすっかり大人しくなり、それ所か士郎に甘えるように嘶きつつもバケツ一杯に山盛りになった餌を食べてすっかり機嫌を直している。
「何でも何もイスカンダル陛下に頼まれたってのもあるし、生前俺がブケファラスの世話係も勤めていたからな。昨夜俺とイスカンダル陛下との関係は説明しただろ?」
「あ、ああ・・それはそうだけど」
「それに、へそを曲げたままだと大惨事になるぞ。未遠河でミトリネス将軍がぼろぼろだったのを覚えているだろう?」
「え?でもあれってキャスターの呼び出した・・・」
「それもあるだろうが、原因の大半はへそを曲げたブケファラスの八つ当たりだ。気付かなかったか?青あざや鎧の凹み馬の蹄の形していただろう」
「へ?」
士郎に言われて思い出し・・・
「・・・」
ぞっとした。
あの巨体から繰り出される蹴りの威力など想像もしたくない。
ライダー直属の精鋭だからこそあの程度で済んだのだろう。
「確かに・・・世話しないとやばいよな・・・」
「そう言う事だ」
そこからは互いに言葉を交わす事無く士郎はブケファラスのブラッシングに集中し、ウェイバーはそんな光景をただ見つめ続けていた。
そうしてしばし時が流れた所で、
「それで、何か話があるんだろう?」
士郎が自然に話を持ってきた。
「ふぇ?・・・あ、ああ・・・」
突然の事に間抜けた声を出すウェイバーだったが、ばつが悪そうな顔で士郎の問いに肯定した。
「な、なあ・・・エクスキューター・・・本当に聖杯って破滅の願望器になっちまったのか?・・・いや、別にあんたを信用していない訳じゃないんだけど・・・」
「まだぴんとこないって所か?」
今度は首を縦に振って肯定するウェイバー。
「あんた個人が信頼に値する人間・・・と言うかサーヴァントだってのは判るんだ。あのライダーが全幅の信頼を寄せている位だし、あんたは常に真摯に向きあってくれている・・・僕のような三流魔術師にも・・・だからこそ見せてくれたんだろう?」
「ああ、見てもいないものを信じろなんて虫が良すぎるからな」
実は屋敷に帰還した後、士郎は切嗣、アイリスフィールと協議してライダー陣営に聖杯戦争の真実を隠す事無く全て明かし、その証拠として聖杯の器を見せていた。
既に四騎のサーヴァントを取り込み、起動一歩手前の状態になっている聖杯からは負の魔力がウェイバーでも判るほど満ち満ちており、ウェイバーは土気色の顔色でライダーの陰に隠れ、そのライダーすら表情を顰め開口一番でウェイバーに『坊主、聖杯は諦めるが良いか?』そう問い掛け、ウェイバーも間髪入れずに首を縦に振った。
「あの魔力を感じ取れば誰だってライダーやあんたと同じ結論になるよ・・・魔力だけでもあれはやばいってわかるんだから・・・でもエクスキューター、何でセイバーにあれを見せなかったんだ?」
「・・・」
「僕だってセイバーの事を知り尽くしているわけじゃない。でもセイバーがあの魔力を感じ取っても聖杯に固執する性格だとは」
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ。セイバーに見せれば間違いなく同じ結論に至っていた筈だ。そうならなかったのは俺の責任だ」
ウェイバーの問い掛けに士郎はきっぱりと自分の責任だと言い切った。
「今となっては見苦しい言い逃れだがな、アルトリアの事は知り尽くしていてもセイバーがどう判断するのか判らなかった。セイバーの聖杯に対する執念がどう転ぶのか予測が全く付かなかった」
この聖杯は存在してはならないものだと断じて士郎達に協力するのか、それとも眼を背けて聖杯を手に入れる事に執念を燃やすのか。
それをどうしても読み切れなかった。
それ故に士郎はセイバーを疎外して隠密裏に聖杯戦争の終焉を画策したのだった。
結果は全てが裏目に出た事による現在の惨状。
「下手な考えは起こすものじゃないって言ういい見本だ。俺の事を反面教師にしておけ。損は無いはずだから」
自嘲しながら言う士郎にウェイバーは何も言えなかった。
と、そこに
「お、エミヤここにおったか」
ジーンズに例の大戦略Tシャツ一枚のライダーがやって来た。
「おほっ、相棒もすっかり機嫌が直ったな。念入りにやってくれたようだなエミヤ」
「そりゃ朝からこの時間までやれば念入りになりますよイスカンダル陛下。それで何か御用で?」
話の主導権を握らせると脱線し続ける事など知り尽くしているので直ぐに本題に入った。
「お前のマスターが呼んでおるぞ。今夜の決戦について話をしたいそうだ」
「爺さんが?判りました、これで区切りが付きましたから直ぐに行きます」
その言葉と同時にブケファラスは一際大きな嘶き、満足げに身体を震わせた。
「よぉし、よぉし、満足したか相棒。では英気を養うが良い。今宵の大一番には存分に働いてもらうからな」
その言葉を合図としたようにブケファラスの姿が霞みの様に消え去った。
それを確認すると士郎は屋敷に向かって歩き始める。
「では坊主行くぞ」
「え?な、何で僕まで?エクスキューター陣営の話じゃあ・・・むぎゅ」
「たわけ!我らとエミヤは盟を結んだ身。であれば状況を共有せねばならぬ義務がある!」
ウェイバーの襟首を引っ掴んで付いてくるライダーの言葉に苦笑しながら。
士郎が向かった先は昨夜破壊された部屋ではなく居間にあたる場所だった。
切嗣はそこを新たな司令部として活用しており、冬木市全域の地図が広げられ、資料やら銃器弾薬が散乱しているが、これでも整理整頓された状態だった。
昨夜、セイバーの反逆により、仮司令部だった部屋は半壊され、それをこちらにまで持ってきた時は文字通り足の踏み場も無い状態だったのだから。
それを切嗣が整理し、舞耶は残存する使い魔達を総動員して、新セイバー、アーチャー陣営の捜索を。
その間アイリスフィールは休んでもらいアルトリア、凛、桜は周辺の警戒を行ってもらっていた。
「爺さん待たせた」
居間に入ると切嗣らは既に揃っている。
士郎達が最後のようだ。
「ご苦労だったね、士郎」
ブケファラスの暴れっぷりを目のあたりにした切嗣は苦笑の中に労うような声で出迎えた。
「それほど苦労も無かったさ」
そんな労いに士郎は笑いながら手短な場所に腰を下し、ウェイバー、ライダーも座る。
「さて、全員揃ったようだし始めるか、まずは現状の再確認を」
切嗣の声に鋭さと冷たさが伴い、空気が変わった。
「あれがアイリを裏切り、新たなマスターを得た。更に遠坂時臣が死亡した事で戦況は再び激変した」
すなわち今までは、セイバー、エクスキューター連合対アーチャー陣営対ライダー陣営の三つ巴の争いからセイバー、アーチャー連合対ライダー、エクスキューター連合と言う連合同士の戦いに。
しかもアーチャー、セイバー両陣営はマスターすらも変わっている。
「新たなマスターの最有力候補に当たる言峰綺礼、間桐雁夜、そして遠坂葵は行方不明。舞耶が中心となって捜索を行ってもらっている」
雁夜と葵の名を口にした時、凛、桜の表情が曇るが切嗣はお構いなく言葉を続ける。
「舞耶、現状はどうだ?」
「・・・申し訳ありません正直芳しくありません。使い魔を総動員して捜索に当たっていますが、未だ発見には至っておらず・・・」
疲労の色が濃い舞耶を誰一人責める事はしなかった。
この冬木で魔術師が根城に出来そうな場所は事前に全て把握済みであるが、流石に半日足らずの内にしかもたった一人で一つ残さず捜索しろと言うのは無理がある。
しかも、ライダー陣営のように無関係の民家に下宿すると言う切嗣も真っ青の反則技をされてしまったとしたら、もはや捜索する手段は不可能に近い。
「なあ、いっその事、相手が動くまで根競べとかはだめなのか?このままじゃあ、こっちが疲労するだけだぞ」
ウェイバーの意見は常識的なものであるが、それを切嗣は却下した。
「普通の戦争であればそれが定石だ。だがこの聖杯戦争はもはや普通のそれでは無い。常識に添った行動をすれば主導権を取られ逆に寝首をかかれる可能性がある」
それに綺礼がいる以上、こちらの行動パターンは筒抜けであると考えて間違いない。
「でも・・・聖杯の器はこっちにあるんだろ?その意味じゃあ主導権は僕達が持っているんじゃないのか?」
「戦略的な意味では確かにそうだ」
尚も食い下がってきたウェイバーに応じたのは士郎だった。
「互いの目的が聖杯を、願望器を手にする事であれば鍵である聖杯の器を持つ俺達は圧倒的なアドバンテージを手にしている。だが、俺達の目的は聖杯を、聖杯戦争そのものを終焉させる事であってセイバー、アーチャー連合とは相容れない。極論を言ってしまえば聖杯の器は俺達にとってはお荷物に等しい。何しろ向こうはこれを手に入れるために形振り構わぬ攻勢に出る可能性もある。雁夜さんの命が尽きようとしている今、日中であろうが一般市民を巻き添えにしたものであろうが容赦なく仕掛ける、そんな恐れすら皆無じゃないんだ」
間桐邸での桜の待遇を見てしまった士郎は、雁夜が何故聖杯戦争に身を投じたのか、そして現在の心中を高い精度で察していた。
「でも士郎、それをセイバーが受けるとも思えないわ」
「ランサーの件もある。セイバーが拒否しても令呪で強制的に命じるだろうな。しかも言峰綺礼には予備令呪がある。ある程度は補充される事も考慮するべきだ」
士郎の指摘に苦い表情を作る一同。
「・・・士郎の言ったように僕たちは聖杯の器を持っている。だが、敵の居場所は掴めていない。対して敵は僕達の居場所は既に掴んでいるが最終目標である聖杯の器を保持していない。まだどちらが戦局の主導権を握っていない状況・・・いや、むしろ敵の方が若干有利に傾いているかもしれない。はっきり言って僕達は追い詰められようとしている。動かないとならないだろう」
数々の修羅場を掻い潜ってきた切嗣の言葉に士郎、ライダー、アルトリアが頷く。
「だが、そうなると別の問題も出てこよう。どうやって膠着した状況を打開するか」
「その通りだ。ライダー、向こうも状況を打破する為に仕込みを始めている筈、時間も無い。状況を相手主導で動かされる前に先手を取らないとならない・・・そこで強行手段を取る事にした。士郎、ライダー・・・あと、アルトリア・・・あんた達の意見を聞きたい」
そう前置きして切嗣は『強行手段』の内容を話す。
それに対してアルトリアは苦い表情で
「私としては反対です。確かに膠着した状況を我々主導で動かす事ができますが一歩間違えれば・・・」
「だが、騎士王よ、このままでは動かずともジリ貧だと言う事は判っていよう。ならば危険も覚悟で勝負に打って出るのも・・・否、出るより他に無いのではないか?」
ライダーは危険を承知の上で動くしかない必要性を理解し、そして士郎も
「ああ、アルトリアの懸念は当然だが、もう動くしかない」
賛成の意を汲み、切嗣と交えて意見を交換し手直しに手直しをしてようやく、
「判りました。それでしたら」
アルトリアも渋々ながら賛成し、ようやく作戦の骨格が定まった
「そうなると後はどっちがどっちとやりあうかだが・・・それは向こうに選択の自由があるか」
「そうとも言えないでしょう。俺とイスカンダル陛下とで上手く立ち回れば」
「ほう・・・ではそれに関しては二人で話し合うか」
「ええ、時間は殆ど残されていないでしょうが」
見れば日は傾き、更は茜色から青、そして黒に変わろうとしていた。
一方『エーデルフェルトの双子館』では・・・
新都側で待機していた雁夜の元に綺礼が赴いていた。
「はぁ・・・はぁ・・・あんたか」
明らかに情事を連想させる臭いが充満した部屋で、全裸の雁夜が同じく全裸の葵と共に横たわっている。
推察するにあの後自分が帰った後この男は葵との情事に耽り続けていたと言う事になる。
英気を養えと言っておいたのに、残り少ない寿命を更に縮めてどうするというのだろうか?
それともこの男にとってはこれが英気を養うことなのか。
内心で呆れながらも表情一つ変える事も無く
「英気は十分に養った様だな」
皮肉を口にするがそれに気付く事も無く
「ああ・・・無論だ。これで俺は勝てる・・・何しろ俺には勝利の女神が付いているんだ・・・なあ・・・葵」
「・・・ふふふふ」
傍目から見ればすっかり狂ってしまった雁夜の呼びかけに、やはり狂ってしまった嗤いしか浮べない葵が応える。
そんな二人に綺礼は米粒ほどの哀れみと圧倒的な悦楽を覚える。
「では行くぞ。この夜で勝負を決する」
「ああ・・・じゃあ行って来る葵」
時間をかけてようやく服を着た雁夜を伴い綺礼は部屋を後にした。
「ふふふふ・・・」
妙に耳に残る虚ろな嗤いを背に受けて。
屋敷から出ると既に夜の帳は完全に下りており、既にセイバーは完全武装の状態で待機している。
「カリヤ、いよいよ決戦ですか?」
「ああ、そうだ。待たせたなセイバー。今夜で決着をつける。お前の力存分に振るってもらうぞ」
「はい!無論です!」
純粋であるが故に歪んだセイバーと、一途に願い続けたがゆえに狂った雁夜。
ある意味お似合いの主従を内心で嘲笑しながら綺礼は
「まずは間桐雁夜。お前達は奴らの屋敷に向かい聖杯の器、若しくはその担い手であるアインツベルンの女をさらえ。抵抗するなら四肢を切り落としても構わん。そして事を成したら」
と、
「!!ま・・・待った・・・」
息も絶え絶えな雁夜が綺礼の声を遮った。
「どうした?」
「奴らが・・・動いた・・・」
その言葉に綺礼は顔を歪ませる。
「間違いないか?」
「ああ・・・間違いない」
使い魔を通して屋敷を監視させている雁夜が言うのだから間違いないだろう。
「詳細を」
「・・・まず・・・ライダーと・・・思わしき戦車・・・次に・・・バイク・・・最後に車が二台・・・」
「車が二台だと?」
「ああ・・・一台は・・・スポーツカー・・・もう一台は・・・バンだ・・・」
「それで、奴らは何処に?」
「・・・わから・・・ない・・・方向は・・・全くの・・・バラバラだ・・・」
同時に分散して動いた、その事に綺礼は思案する。
常識で考えれば居場所をつかめないこちらを探す為総がかりで動いたと見るのが妥当だ。
しかし、それは相手が同じ人間であればの話、サーヴァントがいる以上、各個撃破されるのが見え透いた結末、それを切嗣が理解していない筈が無い。
では何らかの事情で仲違いして連合が解消?
それならば分散した理由に辻褄が合うが、そうだとするならば、エクスキューター陣営までが分散する必要は無い。
相手は聖杯戦争の最大の要である聖杯の器・・・その担い手であるアイリスフィールを擁している。
護衛としてエクスキューターのサーヴァントがいるとしても分散する必要性は全くない。
むしろ最重要人物であるアイリスフィール護衛に全戦力を振り分けるべきだ。
後考えられるとすれば・・・
(誘っているのか?)
現状を強引に動かす為にあえて隙を作った。
切嗣のやり口や性格を考えればそれが最もありえる事だ。
そうなればこちらは動かずに徒労を強いて消耗させる事も有効な手段だが、雁夜の容態、セイバーの心理、そして何よりもセイバー、アーチャーの関係性全てを考慮すると動かないと言う選択は取りづらい。
ならばいっその事・・・
「雁夜、敵は追尾はしているか?最低限バンだけでも判れば良い」
「ああ・・・バンの速度は速くない・・・俺の使い魔でも・・・十分追尾出来ている・・・」
「よし、セイバー、すぐ近くの駐車場にバイクを用意している。それを使いバンを追え。おそらくそちらにアインツベルンの女がいる」
安全面で考えればライダーの戦車が最も安全であるだろうが、いくら手を組んだとは言え最終的には敵となる陣営に最重要人物を預けるなどと言う狂気の沙汰はしないだろう。
またバイクは今まで目撃されている所を考えても間違いなくエクスキューターが乗っているはず、そうなればアイリスフィールが乗り込んでいるのはスポーツカーかバンになるだろう。
雁夜の言うスポーツカーは間違いなくアインツベルンが用意してきたメルセデス、あれは後部座席など飾りのようなもの、無理をすれば乗せる事が出来るが、それを考慮しても乗れるのは運転手を入れて三人が精々、そちらにアイリスフィールが乗っていたとしたら護衛は一人か二人と言う事になる。
だが、ライトバンであれば乗れる人数はメルセデスの倍と見て良い。
であればそちらにアイリスフィールを載せて護衛を乗せるだけ乗せるのが妥当だ。
「判りました。ではアイリスフィール以外は」
セイバーの問いにしばし思案に暮れてから
「無理に追いつき車を破壊する必要は無い、適当にあしらい車を誘導してくれれば十分だ」
「ですが・・・」
「下手を打って聖杯の器を破壊されては元も子も無いぞ。現に前回の結末はそうだったと聞くからな」
そう言われてはセイバーとしては引き下がるしかなかった。
「誘い込んで欲しい場所に関してはお前のマスターを通して指示を出す。まずは捕捉してその後は見失わないようにしてもらえれば十分だ」
「っ・・・判りました」
不服であるが渋々了承すると綺礼の手から鍵を受け取り、その場を後にした。
「それと雁夜、バン以外はどうだ?」
「・・・かろうじて・・・バイクは追尾・・・出来ているが・・・スポーツカーと・・・ライダー・・・は駄目だ・・・完全・・・に見失った・・・」
残念ではあるが、バイクだけでも補足出来ているならば僥倖と言うべきか。
「判った、バイクは可能であればで構わん。まずはバンの追尾だけを優先しろ」
そう言うと雁夜を担ぎ上げて(歩かせるよりもこちらの方が早い)車に放りこむと自分達も出発する。
行く先では既に準備は整っている。
そここそが自分の成就が叶う場所であり、憎き怨敵の墓標となる場所なのだから・・・
歪んだ第四次聖杯戦争は無数の番狂わせを起こし破綻を生み、生き残った陣営はそれぞれの思い、願い、覚悟、執念、妄執を抱いて『終わりの終わり』へと導かれる。
冬木で二百年近く行われていた戦いは終焉のカウントダウンが始まろうとしていた・・・