それから暫くして

「・・・士郎」

「爺さん皆まで言うな。俺も同じ気持ちだから」

なんとも言いようの無い表情の切嗣に、同じ表情の士郎が返す。

二人がそんな表情をするのも仕方が無いと言えばない。

何しろ今二人は

「はははは!どうだ!エミヤよ!久々に余の戦車に乗った感想は!」

今、ライダーの『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』に(強引に)乗せられていた。

何故二人がライダーの戦車に乗っている・・・否、乗せられているのか?

その答えを知るには時を遡らねばならない。

直ぐにでも離反したセイバーを追撃したかったのだが、ライダーから事情を説明するように要請という名の命令を受けた士郎に拒否する権利がある訳は無く、手短にだが要点はしっかりと押えて、ライダーに説明した。

「・・・はあ・・・」

一通り説明を聞き終わったライダーは溜め息一つつくと眉を顰めながら

「ふんっ」

「おごっ!」

士郎目掛けてデコピンを見舞っていた。

その威力に思わず吹っ飛ぶ士郎。

「うわぁあぁぁ・・・」

漫画やアニメでもないのに食らったシロウの額から煙が上がっているのを見て、ウェイバーは顔面蒼白になる。

その光景だけでライダーが自分に食らわせていたデコピンは全力で手加減されていたのだと嫌でも理解出来たからだ。

「全く・・・エミヤ、柄にもない事をしおって。いいか、貴様はごちゃごちゃ考えすに愚直に突き進めば良いのだ。それを慣れぬ事をしおって」

「そ、それについては、アルトリア達からも絞られるだけ絞られて骨身に染みてます・・・」

痛みに悶絶しながら士郎はライダーに応じる。

「ん?そうなのか?」

「ええ、そうですね。ただ・・・」

「まあ、私としてはちょっと・・・かなり言い足りなかったくらいだけど」

「私ももう少しは・・・」

ライダーからの問いに三人とも言いたい事は言ったが、まだまだ言い足りないと態度にライダーは破顔する。

「はっはっはっ!エミヤ!、貴様随分と尻に敷かれているな!」

「ええ、まあ・・・やっぱり志貴の様にはいかなくて・・・」

「ま、夫婦の関係性は千差万別、その関係で夫婦円満となっているのであれば、さほど気にする事もあるまい。話が逸れたが、余として言うべき事は貴様の女房達が全て言ったみたいなので、これ以上は言わん。が、肝に命じておけ、此度の状況を招いた原因の一つは貴様も担っている事を」

「御意」

ライダーの重厚かつ威厳に満ち溢れた声に士郎は静かに頭を垂れ、素直に己の過ちを認める。

「では説教はここまでだな。エミヤ。余も行くぞ。共をせい」

「は・・・は?」

数秒前までの重々しい空気をあっという間に消滅させてライダーがそんな事を言い出し、是と言いかけた士郎の口から、疑問系が零れ落ちる。

「えっと・・・一応聞きますが何故でしょうか?」

「何故か?決まっていよう。エミヤ貴様への説教は終わったがあの大馬鹿娘へのそれは終わっておらん。余が直々にあやつを妄執から解放・・・いや、違うな妄執を粉砕してやらねばなるまい」

「お、おいおい、ライダー!」

とそこへ流れについていかないととんでもない事になりかねないと察したのかウェイバーが口を挟んだ。

「な、何でお前セイバーにそこまで構うんだよ。お前はお前でアーチャーっていう標的がいるんだろう?そ、その・・・セイバーの事はエクスキューターに任せて共倒れを狙う手もあるだろう。せっかく強大な連合が分裂したんだし」

当の本人達を前に言う事では無いだろうが、気が動転しているのかウェイバーは思わず口にしていた。

だが、戦略としては至極全うな意見であるそれをライダーは溜め息を吐いて

「それではいかんのだ坊主」

極めて珍しい事に行動ではなく言葉を先に出した。

「え?」

ウェイバーが呆然とした声を発するのも無理は無い。

ライダーの声には例えようの無い悲しみや虚しさが込められていた。

「エミヤ、貴様も判っていよう。あの大馬鹿娘、己が背負っていたものを口実にしてあらゆるものから逃げておる」

「はい、確かに引き金を引いたのは俺達です。ですが、セイバー・・・いえ、アルトリアには昔からその兆候がありました。『国を背負い民の運命を担ったからにはそれを導き救わねばならない』それが王の役割と心の底から信じ抜いて」

「それは王としての信条、余がとやかく言う筋合いは無い。一度己が抱いたそれをとことんまで信じ愚直に貫く、それも良かろう、これと決めたものを貫き通す信念と覚悟、それもまた王に相応しき素質。だが!それを口実にして逃げる事は許さぬ!、言い逃れの材料として全てを裏切る事も許さぬ!それでは誰も救われぬ、報われぬ!大馬鹿娘を王と認め付き従った者も、そして大馬鹿娘自身も」

ライダーの言葉に誰も声を挟む事は出来なかった。

「このまま暴走を続ければ堕ちる所まで堕ち果てるのみ。いくら大馬鹿者でもそれでは余りにも不憫、誰かが奈落の底まで突き進もうとしている大馬鹿者を引きずり戻さねばならぬ!そしてそれは余が行わねばならぬ事なのだ。同じ英霊として、同じ王としてそれが勤めなのだ」

ライダーの独白が終わると場を静寂が支配した。

だが、それも数秒ほど、士郎が納得したような達観したような微妙な表情で片膝をつくと

「判りましたライダー、いえイスカンダル陛下、お供仕ります」

「うむ」

「士郎、良いのか?」

「ああ、爺さん。ライダーのマスターが言っていたように俺とセイバーの同盟は崩壊した事で戦況は四つ巴に戻ったも同然。いや、セイバーのマスターが今誰なのか考えればこちらが不利になる。敵の敵は味方の論理で動くべきだと思う」

士郎の言葉に切嗣は口元に手を当てて思案に暮れていたがそれも数秒ほどで、決断を下す。

「判った、そう言う事であれば。そうなると士郎とライダー、僕とで別行動を取ると言う事で良いかい?」

「うむ・・・それも良いと思うが・・・」

切嗣の案に今度はライダーが顎鬚をいじりながら思案に暮れて

「良し、ではこうしよう、エミヤ、それと・・・エミヤのマスターよ!特別に余の戦車に搭乗する栄誉を与えよう」

「「は?」」

突然の提案・・・否、命令に士郎は無論、切嗣も間の抜けた声を発した。

「えっと・・・イスカンダル陛下それは何故に?」

「ん?ただ単に余が貴様達を乗せたいと思っただけだが」

何とか問いかけた士郎だったが、ライダーの論理もへったくれも無い返答に心の底から後悔した。

「・・・反論は・・・無駄ですよね・・・」

「無論」

「士郎・・・良いのかい?」

「爺さん、諦めよう。この方と付き合うにはそれが必要不可欠だ」









そんなこんなで強引に乗せられた士郎、切嗣はライダーと共に上空を疾走する事になったのだった。

尚、ウェイバーはと言えば名目上はライダーが裏切らない為の人質として、本音は四人も戦車には乗せられない為に屋敷に残している。

「で、エミヤ、まずは何処に向かうのだ?あの金ぴかのマスターの所か?それとも教会の方か?」

ライダーお得意の力技に押される形で乗せられた士郎と切嗣は途方に暮れていたが、ライダーの問いに表情を引き締める。

「どうする爺さん?セイバーの新たなマスターが言峰綺礼なら教会に向かった方が」

「・・・いや、遠坂邸に向かおう。昨夜の柳洞寺でアーチャーも相当に消耗している筈。ならば合流している可能性がある。合流されれば厄介だ。各個撃破出来ればそうしたい」

「了解爺さん、ではイスカンダル陛下、遠坂邸の方へ」

「よし、だが、エミヤよ」

「はい」

「大馬鹿娘と金ぴか本当に手を組んだと思うか?あの二人水と油所か炎と氷レベルの相性の悪さだぞ、おいそれと手を組むとは思えんが」

不意に発したライダーの問いに士郎は

「そうですね。ただ、それはセイバーとアーチャーが主体となっていればの話です。マスター同士で共同作戦を始めから放棄する事を承知した上で手を組んでいると考えればそれほど無茶苦茶な話では無いと思います」

「なるほどな。敵では無いが味方でも無い。武装中立のようなものか」

「はい、その上で俺とイスカンダル陛下を排するまでの停戦関係である、そう言っていれば」

「なるほどな。あくまでもそれまでの関係だと割り切れさせれば良いと言う訳か」

「少なくとも同盟を結び共同で戦うよりは難易度は低いでしょう」

そんな事を言っている内に戦車は遠坂邸前に到着した。

邸宅には明かり一つ付いておらず外から見る限りは無人と思われた。

「爺さん、遠坂邸の魔術結界に関しては・・・」

「ああ、それに関しては・・・」

「ええい!まどろっこしい!」

「え?」

「は?」

切嗣が何か言おうとした瞬間、ライダーが会話に割り込んだと同時に戦車が突撃を敢行、遠坂邸の結界の基点を根こそぎ破壊してそのまま中庭に着陸した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

隠密のおの字も無い吶喊行動に士郎も切嗣も声が無い。

「何じゃ?どの道乗り込むのであれば問題なかろう」

平然と嘯くライダーの声を背に切嗣が無言で降り、その後を士郎が追いかける。

「イスカンダル陛下、申し訳ありませんがここで索敵をお願いします。俺達は邸宅を調査しますので」

言う事を聞いてくれるとは思えなかったがそれでも一言頼んでおいた。

「・・・士郎、ライダーと手を組んだの・・・もしかしなくても間違いだったんじゃないか?」

「間違いなんかじゃないって断言出来ない・・・」

切嗣の力の無い問いに士郎も脱力した返答を返すのが精一杯だった。









窓枠の魔術封印を手早く解除した切嗣はガラス切りで切断、窓の鍵を外すやそこから士郎と共に邸宅に侵入を果たした。

(本来であればもっと慎重に行うのだが、ライダーの後先考えない吶喊で台無しにされた以上慎重さよりも迅速さが優先された結果だった)

やはり邸宅内は静寂と暗闇に支配されており人の気配を感じ取る事は出来ない。

「士郎、最悪ここで」

「判っているさ。アーチャー、セイバーとやりあう羽目になるだろうな。その時は・・・令呪を頼むよ」

「ああ」

周囲を警戒しながら邸宅を調査する二人だが、徐々に警戒から怪訝な表情に変わろうとしていた。

これだけ内部を荒らしているにも関わらず何も反応が無い。

一階から二階、遂には地下の工房にも容易に侵入を果たした所で二人は別の意味で緊張が走っていた。

魔術師にとって工房という存在がどれほど重要なものか邪道の魔術師である二人であっても知り尽くしている。

その工房にいかに留守とは言え、無防備の状態で他者に入り込まれるなどまずありえない。

それが意味する所はただ一つ、今遠坂時臣は工房はおろか自宅に侵入者がいる事すら把握出来ていない。

「どう言う事だ・・・」

アーチャー擁する遠坂陣営とセイバーを略奪した綺礼陣営が手を組んだものと信じ込んでいた切嗣にとって、それはまさしく想定外の出来事だった。

「判らない・・・けど・・・」

切嗣の何気なく呟いた言葉に士郎も何気なく返答をしようとした時、電撃の様に記憶が甦った。

それは士郎がマスターとして参戦した聖杯戦争の事・・・その時アーチャーのマスターは誰だった?

「ま・・・まさか・・・」

顔面を蒼白にして一言だけ呟くと

「爺さん!教会に行こう!」

切嗣を半ば引き摺る様に遠坂邸から出るとそのまま戦車に飛び乗る。

「おお、エミヤ、残念だが収穫は」

「イスカンダル陛下、申し訳ありませんが直ぐに教会に向かって下さい!」

ライダーの声を遮り半ば悲鳴のような声で叫ぶ士郎の様子に思う所があったのかライダーは茶化す事無く、すぐさま戦車を宙に舞い上がらせた。

「士郎、一体どうしたんだ?」

「・・・爺さんもしかしたら俺達はとんでもない勘違いをしていたかも知れない」

「勘違い?それは・・・」

と二人の会話を遮るように電子音が鳴り響く。

「ちっ」

思わず舌打ちしながら切嗣はコートのポケットから携帯電話を取り出すと通話ボタンを押す。

「僕だ・・・舞耶かどうかした・・・なに?どう言う事だ?詳しく話せ」

イラついた様子だった切嗣だが、暫くするとその表情は険しいものに変わった。

「・・・ああ・・・そうか・・・判った、一先ず舞耶、お前は情報収集を引き続き行ってくれ。報告は戻ってからで良い・・・ああ頼む」

そう言って通話を終えた。

「?爺さん、舞耶さんからか?」

「ああ、警察無線を傍受していたんだが、気になる情報が飛び込んできた・・・遠坂時臣の妻、葵が昨夜から行方不明らしい」

その言葉に士郎にも緊張が走った。









信号も障害物も無い上空だと早い。

戦車が遠坂邸から教会に到着するのに三十分も掛からなかった。

教会前に着陸した戦車から飛び降りながら手早く解析に入る士郎。

「どうだい?」

「ああ、簡易的だけど人払いの結界が施されている」

突然の戦闘も想定して虎徹を投影身構えながら扉を開く。

完全な真っ暗かと思いきや、ステンドガラスから星や月の明かりがささやかに照らし薄暗い程度で済んでいる。

そして・・・その薄暗い礼拝堂の奥に何か物体が見える。

「・・・」

慎重に歩を進めながらその物体に近寄り、それが何なのか把握した士郎は切嗣に視線を向ける。

「爺さん・・・」

言葉も少なめに切嗣を呼ぶ。

切嗣も近寄りその物体の正体を見届ける。

紛れもない遠坂時臣の亡骸を。

「・・・死んでいるな完全に・・・死体の硬直具合、死斑から見て少なくとも死後半日は経過している」

苦々しい表情ながら手早く調べ上げる。

「死因は・・・おそらく頚動脈を切り裂かれた事による失血性のショック死か・・・」

切嗣の視線には大きく切り裂かれた・・・と言うよりは食い千切られたと思わしき首の傷。

出血は相当量な物で両隣の信徒席は無論の事、周囲にまで飛び散った血液が凝固している。

「・・・この傷は」

「爺さん」

と士郎が切嗣を呼ぶ。

「士郎?」

「首の傷は・・・むしろダメ押しだろうな。ここを」

そう言ってひっくり返した死体の背中を指差す。

触れてみると背骨の感触が一部無い、

「折られている・・・いや、鈍器を一点に打ち込まれて粉砕されている・・・それも背骨を」

それが意味する所は時臣は背後に敵が・・・それも背骨を粉砕してしまうほどの敵がいるにも関わらず、防御はおろか、警戒すらしなかったと言う事・・・

事前調査で調べた限り遠坂時臣という男は魔術至上主義に凝り固まった保守的魔術師だが、安易に油断すると言う事には程遠い。

つまり時臣の背骨を粉砕した犯人は時臣でも気付かないほど隠密の技能に長けた、若しくは・・・背中に隙を見せれるほど信頼した人物だった事を意味する。

そこへ

「爺さん」           

時臣の死体から離れて周囲を調べていた士郎が再び声を掛ける。

「今度はどうした?」

「こいつを」

そう言って差し出したのは引き千切られた布地の数々。

中には女性物の下着と思わしきものまである。

更に暗視の術式をかけて周囲を見てみれば床に何かがこびり付いている。

それは何かの体液のようだった。

だが、女性の服や下着が引き裂かれた状態を考えるとそれが何なのか見当がつくし、何が起こったのかも推察が出来る。

それを確証たる物とする為に切嗣は懐から目薬の容器に入れた試薬を取り出しまずは時臣の死体周囲の血液に一滴落とし、更に体液らしきものにも一滴垂らす。

特殊な材料で精製したこの試薬は、人間のとりわけ男性の体液に反応を示し、精密な検査を手軽に行う事が可能となっている。

その反応は全く異なるもの。

つまりは陵辱犯は時臣では無いと言う事

「はっきりとしたな。どちらが後か先かは不明だが、教会で起こったのは遠坂時臣は殺害され、何者かがここで女性を陵辱した、この二つだ。憶測だが陵辱犯と遠坂時臣殺害犯は同一人物だろう。そして陵辱された女性も状況と現状把握している情報から考えれば見当がつく」

「・・・おそらく遠坂葵さんだろう・・・呼び出されたんだろうな。何者かに・・・」

「ああ、そして犯人は、この傷から見当がつく・・・つまりは・・・」

言葉も少なげに時臣の死体を見遣る切嗣の脳裏に先刻戦車の上で交わした士郎との会話が甦った。

『爺さん・・・すまない、俺も今の今まで忘れていたし、覚えていたとしても口にする気は無かったんだけど、俺の経験した聖杯戦争ではアーチャーのマスターは遠坂時臣じゃ無かったんだ』

『??何をいきなり、士郎が体験した聖杯戦争は未来のだろう。違うのは』

『話を最後まで聞いていくれ。その時のアーチャーのマスターってのが・・・他ならぬ言峰綺礼だったんだ』

『!!』

『まさかとは思う。でも遠坂時臣の身に異常事態が起こっていると考えると、別の可能性を考えなくちゃならないと思う・・・アーチャーのマスターが遠坂時臣から言峰綺礼に変わっているかもしれない・・・と』

『だが、そうなるとあれは一体誰と再契約を行った?ほかにマスター候補なんて』

『一人いるだろう。現状死亡、若しくは脱落が確認されていないマスターが』

「士郎・・・君の予測通りになりそうだね」

「・・・俺としては外れて欲しかった予測だけど」

苦い述懐を込められた二人の声は重々しかった。

ActⅦ-Ⅶへ                                                                                             ActⅦ-Ⅴへ