切嗣の言葉を受けて飛び出した士郎は直ぐに周囲を探索する。

だが、辺りは静まり返り、誰かの気配は何処にも感じない。

「セイバー!何処にいる!」

呼びかけながら周辺の解析も同時進行で行う。

中庭を一周するが何処にもセイバーの気配は感じ取れない。

「ありえないだろう・・・」

表情を強張らせながら士郎は呆然と呟く。

何処を探しても誰もいない。

ここから考えられる可能性は二つ。

まず一つはセイバーが何者かと戦闘状態に突入し敗北した。

だが、中庭は先刻まで哨戒していた時と同じ風景、戦闘が行われた痕跡は微塵も見受けられない。

いや、それ以前に物音も何もしなかった。

だからこそ、誰一人としてアイリスフィールの令呪消滅まで異変に気付く事はなかったのだから。

つまりはセイバーが敵襲に気付く事も無く、抵抗する暇も無く瞬殺されたと言う事になるが、そうなると深刻な疑問が生じる。

あのセイバーを物音一つ立てる事無く秘密裏に始末する。

その様な桁外れの所業が出来るサーヴァントなど現状生き残った中には存在しない。

そもそも億に一つの可能性でその様な所業が出来たとしても、使う筈がない。

(ギルガメッシュもイスカンダル陛下も不向き極まりないからな・・・何よりも性格の問題で)

ここまで考えると戦闘で敗北したと言う可能性は無いと考えていいだろう。

そうなると・・・もう一つしかありえない。

だが・・・

「そんな事がありえるのか?」

そう呟いた時、解析を続ける士郎の視界にそれが飛び込んできた。

「??」

近付きそれが何であるのかを確認した瞬間、士郎の表情は最初怪訝そうに歪め、次に驚愕に染まり、

「ま、まさか・・・」

そう呟くと同時に屋敷の方角から何かが破壊される轟音が響き渡る。

それを耳にした瞬間、士郎は切嗣達の所へと駆け出した。









一方、

「え?令呪が・・・あった・・・」

事情を直ぐには飲み込めないのか凛が呆然と呟いた。

「ええ・・・間違いなくここにあったはずなんです」

どこか自分に言い聞かせるようにも見える舞耶も呆然と呟く。

確かに良く良く見てみればアイリスフィールの首筋にかすかに何かの紋様の残滓が残っている。

それがアイリスフィールとセイバーとの繋がりである令呪の名残である事は明白な事だった。

「つまり・・・彼女(私)とアイリスフィールの契約が切れたと言う事ですか?マイヤ」

「若しくはセイバーが何者かの手によって倒された・・・」

「それはありえない。あれは屋敷の周囲を哨戒していた。戦闘が起これば物音や気配で気付く筈だ」

舞耶の言葉を切嗣が即座に否定する。

否定された側である舞耶も特に憤慨する事も無く、首を縦に振って切嗣の言葉を肯定する。

あくまでも可能性の一つとして提示しただけなのだろう。

「それじゃあ・・・何者かによって暗殺・・・」

「それもありえません。アイリスフィール。彼女(私)の直感スキルを考えれば」

生き残った陣営を考慮すればその可能性も皆無。

「では、アイリスフィールさんとセイバーさんの契約が破戒された・・・」

「そうねそれが一番現実的な可能性ね。でも・・・」

そこで凛の言葉が途切れる。

最も可能性がある仮説にも疑問点が多数残っている。

何故、何の気配も無く突然繋がりが消えたのか?

何故、セイバーは、アイリスフィールに念話で危機を告げる事無くあっさりと契約を破戒されたのか?

その他色々出てくるが最大の疑問はセイバーとアイリスフィールの契約を破戒した相手はどのような経緯でその様な代物を用意できたのかと言う事だ。

サーヴァントとマスターの契約をどちらかを排除する事無く破戒するなど、並大抵な代物で出来るものではない。

それこそ宝具クラスでなければ・・・

そこでアルトリア、凛、桜が同時に思いついたのはあの宝具・・・

三人同時に顔を見合わせる。

「でも・・・姉さん、あれは」

「判っているわよ。それは、でも現状を考えてそれしか可能性が思いつかないわ」

「確かにそうですが・・・そうなるどうやって・・・」

「おそらくは・・・ですが・・・!!」

その時アルトリアの直感が敵襲を告げる。

直感に従い瞬時に武装するや、アルトリアは未だ茫然自失のアイリスフィールの・・・背後の壁目掛けて剣を振るう。

それと同時にその壁を破壊しながらの一閃を、アルトリアの剣がそれを止める。

その剣を受け止めながらアルトリアは表情を引き攣らせる。

何しろその剣はアルトリアが止めなければ間違いなく舞耶、そしてアイリスフィールを切り裂いていたのだから当然と言えば当然な事。

だが、それ以上に衝撃を受けたのはその剣が自分と同じ意匠である事。

そして・・・半壊しかかった壁越しに見えた自分の・・・セイバーの姿に。

だが、その眼光、表情、そして身にまとう空気は本当に自分なのかと疑ってしまうほどの恨み、憎しみ、怒りなどの負の感情に支配されていた。









「リン!、サクラ!アイリスフィールを!」

アルトリアの声に我を取り戻した凛はアイリスフィールを、桜は舞耶をそれぞれその手を引っ張って、部屋から出ようとするが、

「逃がすかぁぁぁぁ!」

魔力を瞬時に放出してアルトリアを弾き飛ばすや壁を粉砕しながら室内に飛び込み、躊躇い無くアイリスフィール目掛けて剣を振り下ろすセイバー。

タイミングから逃れる事もかわす事も不可能と思われていたが、それを疾風の如く飛び込んできた士郎が繰り出す横からの一撃が剣の軌道を逸し、セイバーのアイリスフィールを掠める事も無く剣はブルーシート諸共畳を数枚両断し整理途中の資料や弾薬を吹き飛ばす。

「ちっ!」

舌打ちをしながらも士郎とアルトリアに挟撃される危険は理解出来るのか、アルトリアの時と同じく士郎を強引に吹き飛ばすやそこから中庭へと脱出、切嗣達と相対する形で睨み付ける。

「・・・正気ですか?私よ」

セイバーに問い掛けるアルトリアの声は戸惑いに満ちていた。

士郎からこれまでの事を聞いて切嗣や士郎に義憤もしくはそれに似た感情を抱いていたセイバーが、二人の内どちらか若しくは両方に剣を向ける事は予測出来た。

だが、マスターであるアイリスフィールにそれを向けるなど予想外・・・正確には予想もしていなかった。

だからこそアルトリアは問い質さずにはいられなかった。

「正気だと?」

だが、そんなアルトリアの問い掛けに帰ってきたのは、眼光と同じく負の感情に満ち溢れた声だった。

「はっ、よもやそんな妄言が貴様の口から出てくるとはな。私を陰で嘲り、見下し、挙句の果てには裏切り見捨てようとした貴様らが、ましてやアイリスフィール!貴女・・・否!貴様までもが!」

「っ!!」

セイバーの罵声にアイリスフィールは表情を蒼褪めさせ、切嗣らは驚愕した表情を浮べる。

セイバーの言っていた『裏切り見捨てる』と言うのが捨て駒にしようとした事であるのは間違いない。

だが、何故それが漏れた?

それを話したのはつい先程の筈、ばれるのはあまりにも速過ぎる。

それに対する答えは士郎が持っていた。

「爺さん」

そう言って士郎が差し出してきた物・・・盗聴機受信用トランシーバーを見た切嗣は全てを理解した。

だからこそ苦々しく呟いた。

「・・・魔術師の常識に最も縛られていたのは僕だったのかもしれないな・・・」

何者かがこの屋敷に盗聴機を仕込み受信機をセイバーに渡していた。

迂闊だったと言う他ない。

切嗣も舞耶も、ここの存在がばれていないと言うのもあるだろうが、魔術師の価値観に縛られている陣営がまさか盗聴機を活用するなど考えてもおらずその油断が『柳洞寺の戦い』の後帰還してきてからのチェックを怠る結果を生んでしまった。

たまたまだったのか、それとも全ての部屋にだったのかは不明だが、盗聴機が設置された部屋で切嗣はあろう事かセイバーを切り捨てる会話をして、更に最悪な事にセイバーはそれを聞いてしまった。

士郎や切嗣だけであればぎりぎり耐えられたかも知れない。

だが、今まで自分の理解者でありマスターであるアイリスフィールすらもがそれに賛同してしまった事によってセイバーが縋ってきた最後の縁を破壊してしまった。

では何者が、何時この屋敷に盗聴機を仕掛けたのか?

そしてセイバーに受信機を渡したのは?

そんな答えは一つしかない。

長時間屋敷を空けていた時・・・対エクスキューター連合設立の為に教会に召集された時から『柳洞寺の戦い』が終わるまでほぼ二日。

何かを仕込むには十分過ぎる時間だ。

そして受信機は教会で渡したのだろう。

アイリスフィールの話ではセイバーは教会で保護(実質は軟禁)された部屋の前で門番のような事をしていた。

つまり物音を立てなければ受信機を渡せる機会はいくらでもあったと言う事だ。

であれば渡した人物にも凡その見当がつく。

言峰綺礼、あの男しかいない。

そして、綺礼のバックには時臣がいる。

であればサーヴァントとマスターの契約を破戒出来る代物を用意したのはアーチャーだろう。

そうだとすると・・・今のセイバーのマスターは綺礼だと言う事になる。

おそらくは時臣の援護の為だろう。

時臣はアーチャーのみに対して自分達はセイバー、士郎、そして短時間と言うリスクはあるがアルトリア、凛、桜がいる。

戦力差としては絶望的と言っても良いだろう。

それを少しでも埋める為に、孤立している、尚且つこちらの最大級の戦力、その一角を奪い取ったと言う事か。

瞬時にその結論に至った切嗣は周囲をすばやく見渡す。

当然だが、新たなマスターである綺礼の姿は見えない。

離れた所から戦況を見守っているのだろう。

一方で、セイバーから敵対の視線を受けたアイリスフィールはといえば、蒼褪めた表情で全身を震わせているが、その視線に怖気は無くセイバーを真っ直ぐに見つめ、口は真一文字に閉ざし、弁解をする気配も無い。

アイリスフィールがセイバーを切り捨てる決断をしたのは誰に誘導されたでもなく紛れも無い自分の意思。

それを翻る事はしてはならない。

そんなアイリスフィールの態度がセイバーの怒りに火をつけたのか更に荒々しく問い質す。

「弁解も無しか・・・アイリスフィール!貴様だけは!貴様だけは信じていた!貴様は私の騎士道を認めてくれると!私の願いを支持してくれると!なのに!なのに貴様は私を裏切った!私ではなくそこの下種共を信じた!国を見捨て男に媚び諂う屑についた!何故だ!何故裏切り、切り捨てた!何か!何か言う事は無いのか!」

「・・・」

セイバーの詰問にしばし沈黙を保っていたアイリスフィールだが、蒼褪めた表情はそのままにだが、

「・・・セイバー本当に貴女には何の非も無いと思っているのかしら?」

視線はセイバーから離す事は無く、静かだが震えの無いしっかりとした口調で逆にセイバーに問い質した。

「は?何を世迷言を!私は己の信じる騎士道を誇り高く貫いた!そこに非がある筈が無かろう!!」

「非が無い?そんな事を言うのかしら?キリツグもシロウ君も最初は貴女の信条を認めてきたし可能な限り譲歩してきたわ。無論対話が著しく欠けていた二人にも今の事態を招いた責任はある。でもそれ以上に二人の誠意を裏切った・・・いいえ、裏切り続けたのは他ならない貴女でしょう?キャスター討伐で、本拠地で迎え撃つ案を『卑劣な提案』と言って反対したのは誰?その後、自分の手を汚す事無くキリツグを殺害する為ランサーの前に差し出したのは?それでも仲を取り持とうとしたシロウ君すら否定し自分から孤立したくせにそれをシロウ君の所為、キリツグの所為だといって自己弁護に走ったのは?全部、全部セイバー貴女が招いた事よ。自分の信条、それに近しいものだけを正しいものだと言い放ち、自分の意に沿わないものは『卑劣』の一言で否定する。そんな人物にどうして信じる事が出来るというのよ!」

最初こそ淡々とした口調だったが様々な感情が溢れてきたのだろう。最後には切嗣も初めて見るほど感情をむき出しにした声で叫んでいた。

痛い所を突かれたのか、それとも開き直りと受け取ったのか、表情を怒りで歪ませながら

「貴様・・・貴様ぁぁぁ!」

怒りの咆哮を上げながら士郎達目掛けて突撃を敢行しようとした時、聞き覚えのある・・・と言うか聞き馴染みになった雷鳴がこちらに目掛けて接近してきた。

そしてセイバーと士郎達の間に立ち塞がるように神牛に曳かれた戦車が着陸を果たし、

「おお!なんだエミヤに騎士王!こんな所におったのか!余も絶好調に近くなったのでな、いよいよ貴様達と雌雄を決そうかと思って城に向かっておった所だったがこんな近場におったとはな、手間が省けたぞ!」

喜色満面の表情でライダーが降りてきた。

『・・・・・・・』

全く予測もしていなかったライダーの登場になんと言っていいのか判らないのか周囲に沈黙が満ちる。

セイバーですら怒りの表情はそのままにどう反応すれば良いのか迷っているようにも思えた。

「うわぁ・・・何だろうなこのタイミングの良さは・・・いや悪さか・・・」

そんな中、なんとも表現しがたい表情と声で呟くのは士郎。

とそこでようやく緊迫した現状に気がついたのだが、不思議そうな表情で

「おいおい、なんだこの騒ぎは?と言うかエミヤ、小娘と随分と剣呑になっておるがどうかしたのか?痴話喧嘩か?」

現状に気が付いても尚も、若しくは気付いているからこそなのか、空気を読まない問い掛けを士郎にするライダー。

一方で御車台からはウェイバーが居た堪れない表情で覗き込んでいる。

明らかに一触即発の空気にも関わらず割って入ってしまったのだから当然の反応だ。

かと言ってライダーに意見しようとすれば、いつもの手段で鎮圧されるだけなので沈黙を守り続けているが。

「ライダー!貴様何の・・・そうかそう言う事か・・・」

そんないつもと変わらぬライダーに苛立つセイバーだったが、自分の中で勝手に結論を出すや、ライダーにも憎悪に満ちた眼光をぶつける。

「??おいエミヤ、どうかしたのか?あの小娘、いつも以上に物騒な事になっておるような気がするが」

「気のせいではなく間違いなくそうですね。どうも向こうで勝手に結論を出したみたいで」

「そうですね。しかも最悪な方向に」

セイバーの様子から彼女が方向違いの結論に至ってしまった事が明白で、その次の台詞もある程度予測が出来た。

「エクスキューター!貴様ら裏でライダーと繋がってたか!」

「・・・は?」

「何?」

突然のセイバーの言葉に間の抜けた声で応じたのはウェイバー、訳が判らないと言わんばかりの表情と声はライダー。

一方で凡その推察が出来てしまっていた士郎達は完全に猜疑心の塊と化してしまったセイバーに呆れと憐れみの、こちらの都合で巻き込んでしまったライダー主従に同情の視線を投げかけていた。

「おいおい、小娘、いきなり何を」

極めて珍しい事に対話から始めようとしたライダーに対するセイバーの返答は

「黙れ!ちょうど良い!雌雄を決せねばならぬのはこちらも同じ事!そこの裏切り者共と一緒に我が剣で斬り伏せてやろう!」

問答無用と言う他無い臨戦態勢だった。

セイバーが本気だと言う事が判ったのかライダーの表情から鷹揚な笑みが消え腰に帯びた剣を引き抜く。

それを合図に士郎も虎徹を投影、ライダーと並び立ち、切嗣達は一歩下がりアルトリアが立ち塞がるように剣を構える。

一気に蚊帳の外に置かれた形のウェイバーは御者台の陰に隠れたままになっている。

「おいエミヤ、小娘はどうした?と言うか味方ではなかったのか?」

「ええ、味方でした・・・数分前までは」

そう言いながらセイバーの動向に注意を払う。

そして、一歩足を踏み出し仕掛けようとした時、セイバーの足が止まった。

「!!何故ですか!マスター!」

おそらく念話で撤退を命じられたのだろう、驚愕と屈辱の混じったような表情で虚空に叫ぶセイバー。

「舞耶、周囲に使い魔は?」

「放っていますが、どれにも捕捉されていません」

「つまり、こちらの範囲外か、どこかの屋内と言う事か・・・」

「・・・っ・・・判り・・・ました・・・命拾いしたな裏切り者共、今はその命預けておいてやる。だが覚悟しろ。私は必ず聖杯を手に入れる。そしてブリテンを救う。それまで首を洗って待っていろ・・・」

説得されたのか無念と言った表情だったが、士郎達にそう宣告を告げると塀を飛び越え、夜の闇に姿を消した。

その時に見せた眼光に陰りは無く、全身を覆う敵意と殺意に曇りは無く、それがセイバーが完全に敵に回った事を声高々に宣言していた。

と、不意にアイリスフィールがへたり込んだ。

「マダム!」

「アイリスフィール!」

何かあったのかと舞耶とアルトリアが慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫よ。舞耶さん、アルトリア。ええ・・・少し気が抜けちゃって・・・」

そう言って安心させるように笑いかけるがその顔色は悪い。

切り捨てる決断をしたとしても、やはり短い間でも言葉と心を通わせた相手がこのような最悪な形で去ってしまった事はショックだったようだ。

「自分勝手なのは判っているけど・・・」

そんな自分の感情が勝手なものであるかも理解しているようで、それが更に自己嫌悪を倍増させる。

「・・・舞耶、暫くアイリについてやってくれ」

「アルトリア、アイリスフィールさん事を頼む」

そんなアイリスフィールの様子を傷ましいと思ったのか切嗣と士郎は同じ事を言った。

「それは構いませんがシロウは?」

「俺と爺さんはセイバーを追う。このままにはしておけない」

アルトリアの問いに短くそして鋭く答え、切嗣も頷く。

「そう言う訳だからライダー、悪いが、そっちとの決着は後に」

と言おうとしたが

「まてまて、余らも当事者に勝手にされたのだ。事情を話してもらうぞ。それにエミヤ、貴様には余の軍勢(ヘタイオン)と相棒を袖にした前科があったよなぁ」

それを遮るように実にいい笑顔でそんな事を言い出したライダーに士郎は天を仰いだ。

この一言だけで完全にライダーに絡め取られてしまった。

「・・・征服王からは逃げられない・・・か」

口の中でそう呟いて。

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