教会にて悲劇と喜劇、そして背信の行為が行われてから、時間は流れ・・・場所は変わり、武家屋敷。

そこには士郎の姿があった。

しかし・・・

「はぁ・・・酷い目にあった・・・」

相当に疲弊し、肩を落としてぼやくその姿はとてもではないが一対五の圧倒的不利な情勢を覆して勝利を齎した立役者とは思えない。

無論これには理由がある。

時間は昨夜にまで遡る。

戦いが終わり、時臣への問い掛けが終わった士郎は先に降りた切嗣達の後を追い、急いで石段を降りる。

士郎を待っていたのか、切嗣達は駐車場に未だ待機していた。

「ご苦労様士郎」

「爺さんの方こそ。先に戻ってくれていても良かったのに」

行き先については念話で教えてくれれば事足りる。

「まあそうかもしれないけど、直接伝えなくちゃならない事もあったからね?だからだよ」

「なるほど。それで、これからだけど・・・」

士郎の問い掛けに切嗣は耳打ちする。

「その点に関してだけど。士郎、これから僕達はアイリ達と共に屋敷に向かい、今夜は休息を取って明日今後の事を協議する」

士郎は静かに頷いた。

アインツベルンの城でアサシンが、未遠川ではキャスター、そしてこの柳洞寺でランサー、バーサーカーと、四騎のサーヴァントが脱落した。

すなわち偽装の時は終わり、とうとうこちらの本来の目的へ動き出す時が来た。

ある意味最大の難敵であるライダー、アーチャーが健在なのは残念だが、過ぎた事を悔いても仕方が無い。

そこは知恵を絞るしかないだろう。

「で、爺さん、あんたの怪我は?」

「・・・想定以上にやられたよ。すまないけど士郎、屋敷に戻ったら治癒を頼んでも良いかい?」

「もちろん」

未だ切嗣は舞耶の肩を借りなければ、歩く事は無論の事、立っている事も困難な状態だ。

士郎の投影『すべて遠き理想郷(アヴァロン)』の出番は疑う余地の無い。

「あと、これも確定事項だけどここからはアイリと行動を共にする」

「・・・いいのか?」

「ああ、もはや聖杯戦争も最終局面に入りつつある。それに僕達の存在も露呈した。これ以上の秘匿状態及び別行動は無意味、ここからは一気呵成に事を成し遂げる。何よりも・・・もはやあれには何の期待も抱いていない」

そう言う切嗣の視線の先にはセイバーがいるが、切嗣達の輪から外れ一人俯きメルセデスの傍らでただ立っていた。

その姿に凛とした闘志も覇気も欠片もない。

自分達を冤罪で殺しかけた事への罪悪感なのか、若しくは別の理由ゆえなのかは不明だが、確かにあの状態が続くようでは戦力としては望み薄だろう。

と、一区切り付いた所で

「で、士郎・・・治療しながらでも、した後でも構わないが、君にぜひとも聞きたい事があるんだが・・・」

不意に切嗣の声に言い知れぬ迫力が込められた。

聞きたいと言うよりは問い質したい、または問い詰めたいと言うのが正直な心境だろう。

良く良く見ればアイリスフィールの眼も据わっている。

その内容に凡その見当が付いている(何しろその元凶が実にいい笑顔でいるから)士郎はやや表情を引き攣らせつつも

「了解・・・せめてお手柔らかに・・・」

そう言うのが精一杯だった。

「それは」

「シロウ君次第よ」

二人の声に修羅場確定を悟った士郎は思わず天を仰ぎかけるが、更なる追撃が仕掛けられる。

「シロウ、判っていると思いますが」

「それが終わったら」

「次は私達ですよ」

同じ位据わった眼と苛める気満々の眼の妻達の宣告にがっくりと肩を落としつつも、士郎はバイクに、セイバーはアイリスフィールに促されてメルセデスに、切嗣は舞耶とイリヤの手を借りてライトバンの後部座席に乗せてから残ったメンバーはそのライトバンに乗り込み、乗り切れなかったメンバーはメドゥーサの天馬に跨って一路武家屋敷に向かって出発した。









武家屋敷に帰還し、切嗣達を降ろした後、舞耶のみはライトバンに乗って何処かに走り去った。

「??爺さん、舞耶さんは?」

「ああ、舞耶は仮司令部の方だ。チェックアウトはしないけど部屋に残した荷物を全部回収して貰う事になっている。加えて追加注文した弾薬も届く筈だから、それも受け取ってくる手筈になっている」

切嗣の説明に納得したように頷く士郎は

「じゃあ・・・爺さん、治療を開始するけど」

「ああ、手短に頼むよ。何しろこの後も色々立て込んでいるし・・・ね」

切嗣の一言にその表情を引き攣らせた。

治療が終わればどうなるか手に取るように判る。

が、ここで治療を長引かせた所で事態を後回しにするだけに加えて、悪化させる結果しか生まない愚かな行為でしかなく、士郎に何の得も無い。

ならば、覚悟を決めるとしようと一つ頷くと、切嗣を奥の一室(戻ってから突貫で掃除した)に連れて行き『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を投影、治癒を完了させた。

その後はと言えば・・・その部屋は取調室と化した。

「さてと・・・士郎、確認をしたいんだが・・・」

「ええ、シロウ君包み隠さず教えて頂戴」

「「士郎(シロウ君)、イリヤとの関係を僕達(私達)に判るように教えてくれないか(ちょうだい)?」」

返答を誤ればここで殺される事は疑う余地の無い声で問い質す夫婦に、士郎はごまかす事無く話した。

自分がいた世界での平行世界で自分の生前、合意の下(ここだけは強調した)で結ばれた事、死後・・・と言うか神霊になった後、夫婦として婚姻を結んだ事を手短に、だがあらぬ誤解が生まれぬよう正確に伝えた。

「・・・重ねて聞くけど士郎、言動、力を問わずイリヤを脅したり、屈服させての行為は一切行っていないんだね?」

「色々なものに誓ってそれはしていない」

切嗣の問いにも口ごもる事無く即答した。

逆はしょっちゅうあるが、本人の名誉の為と要らぬ事を口走って藪蛇になる事は間違いないので言わないが。

「じゃあ、シロウ君私からも質問、イリヤの立場って正妻なの?それか側室なの?まさかとは思うけど・・・愛人とかじゃないわよねぇ?」

「愛人は無いです。さっきも言いましたが俺が神霊となった後、式も挙げましたし、それ以前にイリヤの事を愛しています。イリヤは紛れも無い俺の妻です」

アイリスフィールの問いには前半は淀みが無かったのだが、

「ただ・・・正妻か側室かについてはアルトリア達も交えて現在進行形で激論中なんです。誰を正妻に立てようとしても他の皆が猛反発して・・・」

後半になると途端に口ごもった。

なまじ従者と言う対等な立場になってから夫婦関係となったが故の弊害なのか、未だにこのような状況で、そこは何だかんだ言って妻達の事を掌握している盟友の志貴に比べて劣っていた。

「・・・」

「・・・」

問うべき事は全て問いかけてから、しばし表情を顰めて無言のまま士郎を見遣る切嗣とアイリスフィールだったが、やがて

「・・・本来であれば僕達が口を出す資格は無いのはわかっている。あくまでも平行世界の存在だからね。だけどそれを差し引いてもイリヤは僕達の宝なんだ。そこは判るね士郎」

切嗣の静かな言葉に真剣な眼差しで頷く。

「だから約束して欲しい。士郎、この先決してイリヤを泣かせる事をしないと」

「判った。爺さん。それは俺の魂魄に賭けて誓約する・・・それで良いか?」

「ああ、生半端な約束よりはよほど信頼出来る。アイリ、君もそれで良いかい?」

「本音を言えば良くは無いけど・・・キリツグの言うようにこれは向こう側のイリヤの問題であってこちら側のイリヤの問題ではない、私達には口を出す資格も権利も無い。そうだとしても私達にとってイリヤはかけがえの無い宝なのよ。だけど私の言いたい事はキリツグが言ってくれた、だから私から何も言う事は無い。キリツグが信じるなら私も今はシロウ君の誓約を信じるわ」

それで切嗣達との話は終わった。

終わったが、士郎にしてみればまだ終わっていなかった。

切嗣達との話が終わるのと同時に、まるでタイミングを見計らっていたように現れたアルトリアが士郎を連行すると、文字通り手ぐすね引いて待ち構えていた凛達から切嗣達よりも百倍きつい詰問を受ける羽目になった。

詳細は士郎の名誉などの為に省くが妻達の発言(最もマイルドな糾弾のみ)を抜粋すると

「ったく、士郎、あんたは下手に考えると事態を悪化させるんだから。それもほぼ確実に。感情のまま突っ走った方が良い結果が出るって事経験則で知り尽くしているでしょう」

「えーと・・・先輩すみませんがこの件に関しては弁護の余地無しとしか・・・」

「全くです!シロウ、慣れない事をするからこうなるのです!、その挙句、アイリスフィールを危機に晒すなど本末転倒では無いですか!」

その他エトセトラ、エトセトラ・・・

結局時間にして切嗣達のそれの五倍、精神的ダメージに関しては千倍のそれを被ってようやく『剣神の妻』達のお説教はようやく終了を迎えた。

それが終わると士郎達は真面目な話に移行する。

現状アルトリア達七人は『神界より集いし愛しき妻達(ブレイド・ワイフ)』の力で現界している。

全員士郎と同ランクの独立行動スキルを有しているので、士郎は肩代わりする負担は皆無だ。

しかし、それはあくまでも『何もしていなければ』の話、戦闘状態に入ればどうなるのかは今の士郎を見れば判る。

見た目はいつも通りに見えるが、その実魔力を相当量失い、疲弊している。

七人同時による戦闘もさる事ながら短期決着を狙ってのアルトリアの『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』発動、そしてライダーを足止めする為とは言え、メドゥーサが常時展開していた天馬が士郎の魔力を容赦なく奪い取っていた。

正直、同じ事が起これば士郎は耐え切れない。

であればどうすべきか?

現界している人数を減らすのが最も現実的な解決策だ。

最も理想的なのは全員を神界に戻す事だが、初めから現在に至るまで異常事態ずくめの聖杯戦争を考えれば二人か三人は手元に残しておきたい。

それ位であれば二、三十分程度の戦闘に参加させる事も可能だ。

その考えを伝えると全員がそれに賛同する。

であれば次は誰を残すのかに議論が移り、それも相当の時間を取るかと思われたが、士郎の予想に反してあっさりとアルトリア、凛、桜に決まった。

戦力もさる事ながら、やはりこの第四次に最も縁深いメンバーが残る事になった。

何よりも・・・

「私としてはセイバーとして呼ばれた彼女(私)ともう一度話をしたい。現在の彼女(私)は自分が信じるものすら見失いかけています。このまま行けばかつての私のように選定自体を無かった事にする事を願いかねない。ですがそれはただの自己否定に過ぎません。それでは駄目なんです。自分が歩み続けてきた道程を見つめ直さねば彼女(私)に待っているのは破滅だけです」

とアルトリアが

「私としてはこの聖杯戦争もそうだけど雁夜おじさんの事が気になるのよ。こっちじゃあマスターになったんでしょう?それもあれだけ嫌いだった間桐の為に自分の命全てを投げ出してまでまで。話を聞く限りじゃあもう助からないのは判っているけど、それでも最期だけはせめて看取りたいし、何がおじさんをそこまで駆り立てたのか知りたいのよ」

「姉さんの理由と似ていますが、私はもう一つこの世界の私の事も気になります。ここだと私は間桐に養女として出されたという話なんですよね?多分雁夜おじさんがマスターになったのもそこに原因があるんじゃないかと思うんです。それを私は確認したいんです」

と凛と桜はそれぞれ残った理由を述べた。

「アルトリア、対話するのは構わないが、それでセイバーの意思を変えられる可能性は低いぞ」

「承知しています。私の言葉程度で自分の意思を変えるような彼女(私)では無い事位は。ですが立ち止まり己を省みるきっかけくらいにはなる筈です。私はそれに期待しているんです」

「凛、雁夜さんを看取りたいと言っていたが、もう生きていない可能性がある。柳洞寺で雁夜さんのサーヴァントは脱落し、その後雁夜さんの姿は誰も見ていない。おそらく・・・」

「判っているわ。イリヤのお母さんから話も聞いている。雁夜おじさんの衰弱は相当なものだって。確かにもう死んでいる可能性の方が高い。だけど・・・それでも自分の眼で遺体だけは見届けたいの。せめて遺体の前で冥福だけは祈りたい」

「桜、非情だし非道な事を口にするが、ここの世界の桜がどのような境遇だとしても介入は出来ないぞ。よほど介入しなければならない事情が起こらない限り」

「はい、先輩がいつも言っている。『生半可な覚悟で歴史を弄ぶな』ですよね。それは私も承知しています。神霊になったとは言え、私に出来る事なんてごく限られています。傍観者であるしかない、それも全て覚悟した上です」

士郎はそれぞれの残る理由に釘だけは刺し、全員それを承知した上で残る事を理解するとそれ以上は何も言う事は無かった。

「そう言えばイリヤ、爺さんとアイリスフィールさんには」

「大丈夫よシロウ、お母様とキリツグとはちゃんと話をして来たわ。この世界の私を絶対手放さないでって。二人とも力強く誓約してくれたわ。私としてはそれで十分」

「そっか・・・それと他の皆はやり残した事は」

「問題ありませんシロウ、元々第四次の段階で私は無関係ですので」

「私もありませんわシェロ」

「・・・まあ私も用はありません」

全員即答する中カレンのみ僅かな沈黙の後返事を返す。

そんな僅かな変化からカレンの心中を悟ったのか

「カレン、残りたいなら残っても構わないぞ。戦闘に参加しなければ、もう一人分位はどうにか賄える」

士郎の問い掛けに対して

「まあ流石は無自覚無意識に女性のハートを射止めていく天然ジゴロ、妻であろうとも妥協も容赦も無いその手練手管はお見事ですね」

といつもの冷笑を浮べながら毒を吐くカレンだったが次には表情を改めて。

「まあ冗談はさておきまして、私としては心残りは無いといえば嘘になりますが、あのごく潰し神父と再び顔を合わせたら私としては何をやらかすか判ったものではありませんので」

カレンの言葉に誰も彼もが苦笑を浮かべる。

既にカレンと綺礼の関係を知る一同は、次に綺礼と会ったら確実にディザスターで人間ミンチにせんと企てるカレンの姿が容易く想像できた。

「と言う訳ですので私も一足早く神界に帰還させてもらいます。ただ・・・ああ、そうでした。次に人でなし神父と会った時に是非とも伝えて貰いたい事があります」

「??ああ、それは構わないが・・・何を」

「簡単な伝言です。『神父なら自分の子供位自分で面倒を見ろ』、そう伝えてもらえれば十分です」

その伝言の内容に苦笑の色を更に濃くする面々だった。









その様な話の後イリヤ、メドゥーサ、ルヴィア、カレンは神界に帰還する事にした。

だが、帰還と言っても念じれば自動的に帰れる筈もなく、消滅と言う形を取らなくてはならなかった。

しかし、かといって妻に刃を向けると言う手法など取りたくもない。

そこで自身の持つ魔力を士郎に譲渡する事で魔力切れでの消滅を行う事にした。

詳細は長くなるので省くが、無事に士郎に魔力を譲渡し帰還組の四人は神界へと帰っていった。

「ではシロウ、私達は一足先に帰ります。皆には説明しておきますので。それとサクラの事は任せます」

「シロウ、キリツグは・・・大丈夫だけどお母様に怪我とか負わせたら承知しないんだからね!」

「トオサカ、くれぐれもシェロの足を引っ張らないように。その様な事態を招いた暁には、私がトオサカの閨を横取りしますので」

「一応武運を祈っておきます。それと駄目神父への伝言くれぐれもお忘れなく」

四者四様の激励じみた一言を残し神界へと帰還していった。

そして今に至る。

現在士郎は武家屋敷周辺を哨戒していた。

魔術の防備は整っておらず、時間的な問題でも敷設は不可能だと切嗣が判断を下し、それならば原始的であるが、最も信頼の置ける方法を取る事にした。

ちなみに交代制を取っており、士郎、セイバー、アルトリアのローテーションを組み、凛、桜は念の為に切嗣達の傍らで警護している。

あれほどの激戦を潜り抜けた事を考えると襲撃の可能性は低いかも入れないが用心するに越した事は無い。

残されたアーチャー、ライダー両陣営、その疲弊具合を考えると襲撃の可能性が高いのはライダーだろう。

だが、アーチャーも士郎達への恨みは骨髄まで募らせている筈、そうなれば疲弊も度外視でこちらに強襲を仕掛けてくる可能性は否定出来ない。

しばし、中庭を周回しながら、警備を取っていると

「・・・エクスキューター」

意気消沈した声が背後から掛けられた。

振り返れば硬く、暗い表情のセイバーが立っている。

「ああ、交代か?」

それに気付かない振りをしながら士郎は静かに事務的な口調を応じた。

「・・・はい、それとアイリスフィールから来て欲しいと伝言です。キリツグと今後について話がしたいと」

「判った。じゃあ頼む」

それだけ言ってから士郎はその場を後にする。

背後からはセイバーの視線を感じるが今までのような敵意に満ちたものは無い。

それゆえか、士郎は特に気にした様子も無く、切嗣の元へと向かった。









屋敷に上がった士郎はその足で切嗣の傷の手当てを行った部屋へと向かった。

アルトリア達の尋問が終わった後に気付いたのだが、どのような偶然なのかそこは士郎の自室だった。

今はそこを新たな仮司令部として切嗣が機能させており、舞耶が持ってきた各種資料と追加の弾薬が無造作に散らばっていた。

「爺さん」

「ああ士郎か、ちょっと待ってくれ」

入室してきた士郎に切嗣は眼を向ける事無く、サブマシンガンの整備を入念に行っていた。

今まで使用してきたキャレコとはまた形状が違う所を見ると追加発注した銃だろう。

見れば舞耶もグレネードなどの弾薬の種類と数量をチェックし、そんな二人を部屋の片隅でアイリスフィール、アルトリア、凛、桜は所在無さげに見つめていた。

しばらくして、整備が終わったのか一つ頷くとサブマシンガンを傍らに置き

「待たせたね士郎」

「いや、そんなに待っていないから」

「そうか、じゃあ空いている所に座ってくれ」

切嗣に促されてブルーシート(これは士郎が投影で創り上げた)の上に座る。

「・・・判りきっていると思うけど現状を確認しよう。昨夜までで、アサシン、キャスター、ランサー、バーサーカー計四騎のサーヴァントが脱落、大聖杯に取り込まれた。残るのはアーチャー、ライダー、あれと士郎の四騎。本音を言えばあれと士郎以外は全て脱落させたかったけど、それは不可能・・・で良いのかい?」

最後の部分は確認と言うよりも質問に近かったのか、凛達に視線を向けた。

「ええ、そうね。士郎からどういった説明を受けたかは知らないけど、大聖杯が起動を開始するのは五騎。これ以上は取り込ませたら駄目よ」

「正確には五騎目には起動を始め、六騎目で本格稼動しますが、起動始めでもどれほどの事態が起こりうるのか全く想定出来ません。被害を起こさない事を考慮すればここで絶つべきです」

凛が切嗣の問いに答え、桜が補足する。

「・・・最低でも、俺が目の当たりにしたあの惨劇レベルは起こるものと想定した方が良い」

短く、硬い表情でそう呟く士郎の言葉に切嗣も表情を強張らせた。

「そうか・・・じゃあ、いよいよ本来の目的に動くべきだな」

士郎の言葉で決心がついたのだろう、切嗣の言葉にその場にいた全員が頷いた。

「それで爺さん作戦としては?」

「あれには今後、僕たちは堂々と同盟を組んで、残るアーチャー、ライダーと雌雄を決すると言っている。二陣営まとめて誘い出し、誘導が叶うならば大聖杯近くで戦闘を開始して隙を見計らい大聖杯を崩壊させるのが現状ではベターだろう」

「ですが・・・お義父様、ライダー、アーチャー両陣営は私達の様に連合を組んでいる訳ではありません。この二陣営をまとめて誘い出すとなると」

「ああ、相当骨が折れる筈だ。だけど、アーチャーは士郎に対して相当の遺恨を抱いている。それに奴の真名や今までの言動から推察すればマスターの言う事に素直に従うような性格でもない事は明白だ。それを利用すれば引き摺り出せるだろう」

「それについては賛同しますキリツグ。アーチャー・・・ギルガメッシュを従える事は主神でも不可能です」

「士郎の名を出せば簡単に釣られる事については同感ね。あの駄金ぴか、士郎への逆恨み極まれりって感じだし」

「アーチャーはそれで誘導出来るだろうけど、ライダー・・・イスカンダル陛下は難題だな。あの人に関しては正直行動が読めない」

「この中では一番付き合いが長いシロウでもですか?」

「俺でもと言うか生前からの最古参でも不可能だったよ。いくつかの予測案を出して、どれにでも対応するように準備を整えるのが精一杯だったし。まあ下手な搦め手を考えずに馬鹿正直に挑戦状を突きつけた方が良いと思う」

「そうよね。下手の考え休むに似たりって言うし」

「なるほどね。じゃあ誘い出しに付いてはそれで行くとしよう」

「でも・・・シロウ君の方法で誘き寄せれたとして、どうやって隙を見出すつもりなの?キリツグ。ライダーもアーチャーも一筋縄では行かないわ」

「それに関してはアイリ、君の協力が必要不可欠だ。あれに令呪を用いて命じて欲しい。『アーチャー、ライダーをその身が滅びるまで足止めしろ』と」

その言葉に場の空気が強張る。

それはセイバーを捨て駒にしろと言う事に他ならない

「・・・」

重苦しい沈黙があたりを支配する。

「・・・アイリ、君には酷な事を頼んでいるのは百も承知している。だが」

切嗣の言葉を遮るようにアイリスフィールは意を決した表情で

「判ったわ。どうしても抵抗するようなら全画を用いて命じるけどそれでも良い?」

全員にとって思わぬ事を口にした。

「言いだしっぺの僕が言うのも変なんだけど・・・良いのかい?」

喜ばしい筈であるが突然のアイリスフィールの心変わりに戸惑ったような口調で切嗣が問う。

「・・・本音を言えば良くは無いけど、もうこれ以上は無理だって判ったから」

そんな夫の問いに寂しげに微笑みながら答える。

「・・・アイリスフィール、何があったのですか?私(彼女)と」

「ああ、勘違いしないでねセイ、じゃ無くてアルトリア、私とセイバーとの間には何も起こっていないわ。ただ心の底から理解しただけなのよ。これ以上はお互いに無用に傷つけてしまうだけだって」

そう言ってポツリポツリと語りだす。

初めてこの屋敷に来た時、セイバーが見せた暗き笑みを、未遠川での戦いの後セイバーが発した感情の発露による叫びを、そして連合設立時に切嗣達への弁護をする気すら無かった事を。

「結局私がしたのは中途半端な優しさで結論を先延ばしにしただけだったわ。その結果セイバーを甘やかしてしまった。少なくてもランサーの一件でもっと厳しく、それこそ令呪を使ってでも自分がした事を深く自省して貰わなくてはならなかった」

自責の念に満ちた声で懺悔するアイリスフィールの姿に誰も声を発する事が出来なかった。

皆アイリスフィールの言葉に苦い表情を浮べていたが、意外なのは切嗣が最も苦い表情で弱々しい姿の妻を見つめている事だった。

しかしそれはセイバーへの謝意故ではなく、ここまで思い詰めさせてしまったアイリスフィールに対する申し訳なさなのは一目瞭然だったが。

「それをする事も無くずるずると問題を先送りにしてしまった結果がこれなら・・・私が育ててしまった事であるならば・・・私はもう逃げない。キリツグやシロウ君に汚れ役を押し付けないし、これ以上の労苦は背負わせない。憎まれ役を私も背負う。自分の意思で命じるわ。令呪でセイバーを捨て駒にする事を」

「・・・アイリスフィールさん」

「アイリ・・・」

「「すまない(すいません)」」

その覚悟を聞いた士郎と切嗣は深く頭を下げて改めて感謝と謝罪の思いを込めた一言を口にした。

「・・・では切嗣、ミスター、基本方針はそれで良いでしょうか?」

舞耶の問いに気持ちを切り替えた切嗣は表情を改める。

「ああ、如何にかしてアーチャー、ライダーを誘き寄せて交戦、タイミングを見計らいアイリがあれを令呪で捨て駒に変えた後、僕と士郎で大聖杯を完全破壊、冬木の聖杯戦争を終焉させる」

「それとアルトリア、凛、桜は舞耶さんと共にアイリスフィールさんの警護を頼む」

士郎の要請に三人は頷く

セイバーを捨て駒とする決断が下された以上それは当然と言えた。

短い時間しか戦闘に参加出来ないが、それでもサーヴァントに匹敵する戦力は心強い。

「で、何時決行する?爺さん」

「そうだな・・・士郎の疲弊が回復してからが理想だけど・・・」

ライダー、アーチャーまでもが回復する時間を与える事にもなる為却下する。

「士郎、きつくなるとは思うが」

「構わない。元よりアーチャー、ライダーが相手で無事に済むなんて思っていないから」

「判った。じゃあ」

話が決まりかけたその時だった。

「えっ?」

アイリスフィールが表情を歪め首筋に手を当てる。

「??アイリスフィール?」

突然の異変にアルトリアが声を掛ける。

「あ、アルトリア・・・ごめんなさい、首筋を見てもらえないかしら?」

全身も声も震わせながら、押さえていた首筋から手をどけた。

それを見た切嗣は思い出した。

アイリスフィールが今まで手を押さえていた場所、そこには何があったのかを。

「アイリ!そこには・・・」

「ア・・・アルトリア・・・正直に答えて・・・ここに・・・何か・・・ある?」

切嗣の焦った声とアイリスフィールのどこか怯えたような声が重なる。

「??どうしたのですか?アイリスフィール??特に何もありませんが・・・」

困惑したようなアルトリアの言葉に硬直する。

「・・・う・・・そ・・・」

声に表情があれば間違いなく青褪めている。

そんな声を出して呆然とするアイリスフィール。

「士郎!あれの様子を見てきてくれ!!」

声を荒げる切嗣に応じるように士郎が部屋を飛び出す。

「キ、キリツグ??一体どうしたというのですか!」

「・・・」

アルトリアの問い掛けに答える事無く、切嗣は険しい表情のまま無言でキャレコを持ち闇に包まれた中庭を睨み付ける。

まるでそこに憎むべき仇敵がいるかのように。

そんな切嗣に代わり舞耶がアルトリアの問いに答えた。

「そこにはあった筈なんです・・・マダムの・・・令呪が・・・」

その言葉が意味する所を瞬時に正確に理解したアルトリア達もまた驚愕に強張った。

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