それから暫くして・・・ケイネスは綺礼によって手配されたスタッフによって教会の息の掛かった病院に搬送・・・と言うよりは連行される事になった。

一応は重傷者であるので病院で手当を受ける必要があったからだ

あれほど騒がしかったケイネスは聞くに堪えないといった感の士郎の手により昏倒させられ、今は安らかとは言い難い形相ではあるが一先ずは静かなものである。

「それと意識を取り戻した段階で話が出来る状況であれば、璃正神父殺害について取調べを平行して行うように」

そう指示を出すが、綺礼の見立てではまともな証言を取れる可能性は皆無とは思わないが極めて低いと判断していた。

先程までの錯乱振りを見れば一目瞭然でどう考えてもケイネスは発狂している。

士郎の言葉ではないが現実から逃避し心を壊す事で閉ざしたケイネスを正気に戻すのは極めて困難だろう。

だが、士郎から受け取った拳銃の旋状痕が璃正の体内から摘出された弾丸のそれと一致すればこれは重要な物的証拠となる。

そしてそれをケイネスが隠し持っていた事などを総合的に見ればケイネスが璃正殺害犯であると断言する事も不可能ではない。

だが、あの状態のケイネスでは普通に逮捕も望める筈もないし、そもそも捜査の流れで聖杯戦争の事が白日の下に晒される事態は是が非でも避けねばならない。

おそらく、うやむやのまま真相は闇に葬られるか、先日の未遠川の一件と同じく、偽りの真実を事実として世間に広めた上で極秘裏にイギリスに強制帰国の流れになる筈だ。

だが、それはあくまでも表の世界での話、魔術師の世界で見ればここからが本番であろう。

なにしろ名門中の名門であるロードの一画を担うアーチボルト家当主が、聖堂教会の監督役を暗殺したのだ。

魔術を用いた暗殺であったとしても二大勢力の関係悪化は避けられない事態だと言うのに、魔術によらぬ下賎な方法での暗殺ともなれば魔術協会の面子を二重に泥を塗ったに等しい。

そのことも踏まえて考えれば、ケイネスがイギリスに帰国した後どのように遇されるのか想像も出来ない。

(それを考えれば・・・)

ケイネスが発狂したのは救いであるかも知れない。

むしろ残されたアーチボルト家の人間や婚約者であり、この『柳洞寺の戦い』では身柄を保護する形で教会に預けられているソラウの方が悲惨な事になる筈だ。

が、綺礼は途中で考えるのを止めた。

(どうでも良いか)

冷酷だが、ケイネスの今後については当事者同士の話に過ぎず、こちらには関係の無い話。

と言うかその様なこちらには一切累が及ばない事に関心を寄せる余裕は無い。

目下、最大の問題はむしろ目の前にある。

切嗣を庇うように腕を組んで周囲に目配せする士郎だが、その視線に温かみなど一切存在しない。

何しろ数分前まで一対五で袋叩きしようとして来た面子であるし、そもそも、今は聖杯戦争の真っ最中である。

この場にいる面子の半数は全て敵、油断していれば即座に叩きのめされるだけなのだから警戒は一切怠らない。

相手にその素振りがあれば即座に潰す。

それは何時の間にやら士郎の周りに集ったアルトリア達も同様で、この場にいる全員の一挙手一投足に気を配る。

そんな意思を態度に表す士郎に、周囲は沈黙を守り、ちらちらと向けられる視線は様々な感情に満ちていた。

ウェイバーやアイリスフィールのような罪悪感に満ち溢れたもの、ライダー、舞耶、綺礼のように何を考えているのか表面上は不明なもの、そして時臣は無念と気まずさが同居したような複雑な視線を向けている。

ちなみにセイバーはといえば、未だランスロットの一件と冤罪、二つのショックが抜けきらないのか心ここにあらずの表情を浮かべており、蚊帳の外と言った様子だった。

そんな中時臣が士郎へ一歩進み出て。

「エクスキューター、そして衛宮切嗣よ。此度はこちらの重大なミスにより貴陣営に冤罪を被せ、あまつさえ多大なる被害を与えた事管理人(セカンドオーナー)としても、人としても深く謝罪する。申し訳なかった」

そう言って深々と頭を下げて謝罪した。

それに習うようにアイリスフィールが、やや遅れてウェイバーが慌てて時臣と同じように深く頭を下げる。

「・・・」

そんなマスター達の謝罪を見ても士郎は特に表立った反応を見せる事は無い。

アイリスフィールの謝罪を見た時だけ表情を緩めたが、本当に僅かであった為、士郎の妻であるアルトリア達以外気付く事は無かったが。

そんな事は露知らず全く反応を示さない士郎に内心時臣は焦りの色を濃くする。

理由は単純で今ここでエクスキューター陣営と再戦などと言う事になれば、真っ先に狙われるのはサーヴァントのいない自分である。

アーチャーを呼びたくても戦闘のダメージが想像以上に激しく未だ戦線復帰出来ていない。

今の自分の立場は先刻の切嗣と同じもので、例え下法の魔術師に頭を下げると言う屈辱に耐え忍んででもこの危機を回避しなければならなかった。

「・・・む、無論、謝罪の証も用意する。先日のキャスター討伐の功績で追加令呪を受けたと思うが更に」

「令呪の追加授与ならば結構だ」

時臣が提案しようとした追加令呪授与の申し出を士郎はにべも無く断った。

「!!な、何故・・・」

「簡単だ。誰が毒入りの馳走を喜ぶと言うんだ?」

士郎の冷たい視線を受けて時臣は痛い所を突かれたとばかりに表情を歪める。

毒入りの馳走と言うのがエクスキューター陣営をここに誘き寄せる際に用いた追加令呪授与の件を指し示しているのは明白だったからだ。

このままでは自分の敗北は決定的となる。

しかし、切れる手札が皆無に等しい現状で起死回生の一手は・・・

思案の袋小路に迷い込みそうになった時臣だったが、思わぬ救いの手が差し伸べられた。

「だが・・・流石にこちらも消耗したし何よりもマスターの手当てが最優先だ。ならば遠坂時臣、あんたに個人的な質問がある。それに答えるならばお互い退くとしよう」

想定外の言葉に安堵と疑問の表情を同時に浮べる時臣。

「一つ聞くが答えぬとの返事は?」

それに対するシロウの返答は澄んだ音を立てて鯉口を切った虎徹。

(答えぬと言えば斬ると・・・)

ほぼ脅迫と変わらないが、こちらのデメリットは極めて少なく、メリットは極めて大きい。

そこまでして聞きたい質問の内容は気になるが、それでこの窮地を脱せられるならば安いものだ。

「良いだろう。何を聞きたいのかな?」

「ああ、だが、その前に」

そういうと士郎はアルトリア達に顔を向けて、

「悪いけど、じ・・・マスター達を頼む」

「判りましたシロウ」

その言葉に頷くとアルトリアを中心に切嗣達を守るように陣形を組み山門から柳洞寺を後にした。

セイバーも茫然自失の状態であっても話は聞いていたのか、のろのろとアイリスフィールの後を追う。

と、それを見届けたライダーが

「では我らも撤退するか。少なからず消耗したからな」

「へっ?で、でもお前碌に、ぶぎゃ!!」

いつもの痛みに悶絶するウェイバーを小脇に抱えて戦車に乗り込むと、士郎に意味ありげな視線を交わし、士郎は小さく頷く。

それを見届けるとライダーは戦車を虚空に走らせあっという間に夜空の向こうへと消えていってしまった。

そしてそれらを見届けるや綺礼もまた

「では私も教会に戻ります」

「わかった、事後処理は任せる」

時臣に一礼してその場を立ち去った。

「・・・さて・・・遠坂時臣あんたに対する質問だが、別に小難しい事じゃないしこの聖杯戦争に関わる事でもない。単なる個人的な疑問に過ぎない事は言っておく」

「・・・その様な些細な質問に脅迫とは大人気ないと思うのだがそこはどう思うかねエクスキューター?」

「こうして本気だと言う事を見せ付けなければのらりくらりと交わされるだけだろ?時間の無駄だ」

士郎の言葉に肩をすくめる時臣。

その表情にも余裕が出てきた様子だった。

「で、エクスキューター、私に問いたい質問と言うのは?」

そんな時臣に士郎は躊躇無く問いかけた。

「遠坂時臣、あんたは何故遠坂桜を間桐家に養女に出したんだ?」









士郎の発したその質問を聞き、時臣は

「・・・は?・・・」

間の抜けた一言を発して絶句してしまった。

それは痛い所を突かれた質問などではなく、全く想定外の質問であったからだった。

しかも全く同じ問い掛けを数日前されたばかりであった事もあってその驚きは更に増す。

だが・・・それを驚愕とそれ以上に歓喜を持って聞いていた者もいた。

それは士郎と時臣が話している場所から直線距離で四百メートルほど離れた草むらにいた雁夜だった。

雁夜には強運と言うのか悪運というのか、若しくは人ならざるものの祝福、ないし呪いが掛けられているのだろう。

バーサーカーの消滅の一助となった令呪発動の直後意識を失ってしまったが、数分後息を吹き返した。

身体を動かす事もままならぬほど衰弱しているがそれでもまだ生きていた。

もしもバーサーカーを止めるべく令呪を発動させるのが後一分、いや、十秒でも遅れれば雁夜は確実に死んでいた。

だが、意識を取り戻した雁夜の視界に何気に令呪の刻まれていた手の甲が入った時雁夜は言葉を失った。

刻まれている令呪がない。

どれだけ眼を凝らしても手に刻まれていた令呪は全て消滅してしまっている。

それが意味する所は三つの可能性。

無意識の内に雁夜が令呪を全て使い切ってしまったのか、若しくはバーサーカーが消滅したのか・・・若しくは令呪を使いきってしまった後バーサーカーは敗退したのか・・・

ぼんやりと雁夜は二つ目か三つ目が原因だろうと考えていた。

その証拠に今まで身体の一部になったような倦怠感と鈍痛は消え失せており、雁夜の命を限界まで削り取っていた刻印虫が沈静を守っている。

それはすなわち魔力の生成を行う必要が今は無くなったと言う事に他ならない。

状況を確認したくても雁夜は殆ど動けない。

そこで最期の蟲を偵察に放つ。

そこで知ったのだ。

対エクスキューター連合の敗退、エクスキューター陣営に向けられていた、監督役殺害容疑が濡れ衣であった事。

そしてバーサーカーの消滅を。

そして聞いたのだ、エクスキューターが憎き時臣に対して自分と同じ問い掛けをするのを。

それを聞いた時雁夜は口元を歪めて嗤った。

自分だけの疑問ではなかったのだと。

あの男も・・・時臣のやり口に義憤を抱き自分と同じ糾弾をしようとしているのだと。

「エクス・・・キューター・・・あの下衆に裁きを・・・俺の分まで・・・あの子の分まで・・・」

雁夜の祈りは純粋だった。

だが、同時に見当違いでもあった。

何故ならば、士郎がその質問をしたのは時臣に対する義憤ではなく、あくまでも士郎自身が抱いた疑問を確認する、ただそれだけの為にすると言う事を。

そして雁夜は知らない。

その質問こそが自分を最悪な意味で悪鬼羅刹に変えるきっかけとなる事を。

そう・・・己が最初に抱いた祈りも願いも全てを忘れ狂い果てる悪鬼となる・・・









「・・・は?・・・」

士郎の問い掛けに時臣は間の抜けた声を一言発した後は完全に沈黙してしまった。

そんな時臣に士郎は怒鳴る事もイラつく事も無く

「そんなにも答えたくない事か?」

静かな声で問い掛けた。

その声に我を取り戻したのか

「いや・・・失礼した。何分先日も全く同じ質問されたので思わず頭が真っ白になってしまってね・・・いや、それはどうでも良い事か・・・では改めて答えるとしよう。桜を間桐に送ったのは一人の魔術師としてそして父として娘の未来を願った事だ」

そう言って時臣が語ったのは雁夜に語った事と何一つ変わっていなかった。

桜の才能を殺し魔術師としての未来を閉ざし愛娘を凡人に堕とす事は許容出来ないと。

それ故に間桐に養女として桜を送り出したのだと、そうすれば桜は魔術師として大成し、輝かしい未来が約束されるのだと。

無論だが大聖杯やその裏に存在する真の目的の事はおくびにも出さずに。

その間士郎は無言を貫いていたが途中で

「・・・だが、間桐だとこの聖杯戦争でもう一人の娘と相討つ事になる危険性が大だと思うがそこはどうする気なんだ?」

一言だけ問い掛けた。

「それこそ僥倖だと思わないかね。すなわちそれは姉妹どちらが倒れようとも生き残った方が勝者の栄光を掴み取り敗者はその礎としてその名が語り継がれる。勝者も敗者も輝かしき歴史の一部となるのだからそこに憂いなど一端も存在しない」

それに対する時臣の答えも雁夜に語ったものと同じものであり、それを士郎は感情を表す事無く黙って耳を傾け続け、雁夜はこれで二度目であるが変わる事の無い、むしろより傲慢さを増した時臣に憎しみを更に燃え滾らせた。

そしてエクスキューターが、士郎が時臣の妄言を粉砕してくれる事を心から願った。

しかし、士郎の口から発せられた言葉は

「・・・なるほど確かに一理あるし、あんたが遠坂桜の事を心から愛している事は理解できた。」

「・・・え?・・・」

あろう事か時臣の主張を肯定したものだった。

一瞬の放心から雁夜は士郎への憤怒も露に仕掛けたが、次の言葉が雁夜の怒りを強制的に鎮火させた。

「俺も魔術協会・・・と言うか典型的な魔術師という奴を嫌と言うほど知っている。魔術の優れた才覚を持ちながら魔術を知らぬ一般人を見た時どういった事を行い、そういった連中に目をつけられた一般人がどのような末路を辿るのかを」

「その通りだ。おそらく彼らはその一般人を『素晴らしき魔術の才覚の持ち主を保護する』と言うごもっともなお題目を立てて拉致し、保護とは名ばかりの実験道具とし最終的には標本とするだろう。彼らが保護するのは魔術の才覚であってその持ち主では無いからな」

「ましてや日常の埒外の力を望む望まぬに関わらず得てしまえば最後、非日常の異形を必ず引き寄せてしまう。それに対抗する為には自ら日常の埒外の存在になるより術は無い。その意味では遠坂時臣、あんたの判断は理想的なものだ。それが魔術師としてのあんたが娘にしてやれるせめてもの愛情だった」

「愛情か・・・その様な大それたものでは無い。ただ私は桜が自分の道を自分の意思で誰にも邪魔されずに進む事が出来るせめての手助けをしただけに過ぎぬ」

そう言う時臣だが、それこそが父親としての愛情だった。

そしてそれを聞いていた雁夜は土気色だった顔色を紙のように真っ白にしていた。

「・・・ぁぁぁ・・・」

全身を小刻みに震わせて元々掠れていた声が、更に小さくか細く、声と言うよりは空気の漏れ出たような音を口から発していた。

それもその筈雁夜は打ちのめされていた。

今まで雁夜は聖杯を手にし桜を臓硯から救い出して葵、凛の元に返せば必ず幸福が訪れるのだと心の底から信じていた。

だが、それは人としての桜の幸福であり、魔術の才を持ってしまった桜の未来については何も考えていなかった。

否、桜の未来を考えてはいたが、それは間桐の壮絶な教育によって傷付き心を殺してしまった桜の未来であり、魔術師としてどう生き抜くのかなど考えていなかった。

そもそも未来の無い自分では桜の心を癒す事が出来ぬが故に未来にそれを託していた。

それがどれだけ勝手極まりない考えだったのか、中途半端にしか関われないなら関わってはならなかった。

それに比べれば時臣はまだましだった。

魔術師としての桜への愛情が強い事は間違いないが、それでも惨たらしい末路を辿る事に比べれば遥かにましである事は認めるしかない。

結局自分は桜に何をしてやれたのか?

「・・・ちく・・・しょう・・・」

まだ生きている眼から涙があふれ出た。

それは紛れもない悔し涙だった。

ただ独り相撲で桜を救っている気になっていた自分の愚かさに。

あれほど憎み葵を凛を桜をないがしろにしているように見えていた時臣が実は桜の未来を雁夜よりも深く重く考えていた事へと悔しさから涙がとめどなく溢れてくる。

溢れてくる涙の熱さに反して雁夜の身体から熱が消えていく。

サーヴァントを失い、唯一つ時臣より勝っていたと思われていた桜への想いも、自分は足元にも及ばぬと理解してしまった瞬間、雁夜の身の内に存在する命の灯火が急速に弱まっていく。

自分が生きていても仕方ないだろう・・・桜を自分以上に思っている存在がいるのだから・・・

自分にはもはや何も残されていないのだから・・・バーサーカーもいない、自分の拠り所も崩壊してしまったのだから・・・

もう・・・このまま眼を閉じても良いだろう・・・

絶望と無力感に囚われた雁夜の目が静かに閉じられようとしている。

このまま雁夜を死なせてやる事が出来るならばそれは雁夜にとって最後の幸福な末期だっただろう。

だが、運命を司る存在は雁夜を何処までも、そして完膚なきまでに甚振りつくさねば気がすまないようだった。

眼を閉じるまさにその瞬間、士郎の発した思わぬ言葉が雁夜を現世に繋ぎとめる楔と化した。

「だがな・・・遠坂時臣、あんた・・・俺の問いには答えてくれていないんだが、それはどう言う事なんだ?」

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