セイバーは消滅していくランスロットの姿を半ば呆然と見つめていた。

ランスロットの消滅は無論ショックだった。

だが、それ以上にセイバーの打ちのめしたのはアルトリアの言葉の数々だった。

(私が・・・ブリテン破滅の引き金を・・・)

アルトリアが言っていたようにセイバーもまたランスロットとギネヴィア、二人の不義は知っていた。

知っていて黙っていた、見て見ぬ振りを続けてきた。

ランスロットは自分の知る中でも最も強く、気高く誇り高き真の騎士だった。

そんな彼がギネヴィアと結ばれていると気付いた時アルトリアと同様、セイバーも安堵した。

彼のやる事に間違いなどある筈が無い、そう信じていた。

だが、その秘密の関係は露見し、セイバーはギネヴィアを処刑せねばならなくなり、彼女を救う為にランスロットは裏切りの汚名を被った。

一連のそれをセイバーはブリテンを貶める卑劣な謀略であると断じていた。

だが・・・そもそもあのような卑劣な謀略の土台となったのは何だ?

アルトリアの言うようにランスロットとギネヴィアの不義を知った時点で断じなかった自分ではないか。

あれほど王とは孤高であるべきだ、国に民にその身を捧げると抜かしておきながら王妃と臣下との不義という国の王の威厳を根底から揺るがす事態において王としての決断ではなく私人としての判断を優先した自分こそが。

その結果がギネヴィアに『不貞の王妃』、ランスロットに『裏切りの騎士』の汚名を着せ、アグラヴェイン、ガヘレス、ガレスの命を奪い、挙句の果てにはあのカムロンの丘への道を、すなわちブリテン崩壊の道を切り拓いた。

では・・・では自分は・・・自分がした事は・・・

思考のマイナススパイラルに陥ったセイバーに戦いを続ける気力はもはや残されてはいなかった。

そして、この瞬間こそが『柳洞寺の戦い』実質の終焉を告げるものだった。









一方・・・上空ではウェイバーは呆然とした面持ちで地上の戦況を見届けていた。

ランサーが、バーサーカーが消滅し、セイバーは膝を屈した後は微動だにしようとしない。

更に先刻吹っ飛んで行ったアーチャーは未だ戦線復帰の兆しは無く、健在なのは自分達だけ。

対エクスキューター連合は実質崩壊したも同然だった。

思わずライダーにこれからどうするのかと問いかけようとしたが、思い出した。

ライダー自身が言っていたではないか、これ以上戦況が悪くなったら躊躇い無く撤退すると。

だが、どう言う訳なのかライダーはその場から動こうとしない。

一瞬首を傾げかけたウェイバーだったが、理由を直ぐに理解した。

目の前の天馬、そしてそれを巧みに操るメドゥーサだ。

先程までライダーとメドゥーサは苛烈な死闘を・・・正確にはメドゥーサの一方的な猛攻をライダーは凌ぎ続けていた。

メドゥーサの構成は苛烈を極め、ライダーはそれを神牛を操りながら回避し、時には自身の剣で弾き防戦一方だった。

ここだけ見ればライダーとメドゥーサとの間には圧倒的な差があるように思われる。

だが、ウェイバーの見立てではメドゥーサの天馬とライダーの神牛、その格はほぼ同格、もしかしたら神牛の方が僅かに上だろう。

ではなぜライダーが一方的に攻め立てられたのか?

その理由は単純で性能の差ではなく、性能の方向性その違いにあった。

神牛がパワーに特化しているのに対して天馬はスピードに秀でている。

その為、ライダーは攻勢に出たくても天馬の速度に翻弄されてしまう。

それ所か迂闊に攻めに転じれば容易く回避され、その隙を衝かれて袋叩きに遭いかねない。

それだけの速度差が天馬と神牛にはあった。

反転し撤退しようにも天馬の速度であれば直ぐに追い付かれるのは目に見えている。

当然援軍など期待出来る筈もないこの現状はもはや詰んだも同然だった。

残された手段は令呪でライダーを一時的に強化してメドゥーサを退けてその勢いのまま撤退する。

幸い令呪は四画、十分余裕もある。

そう判断を下し覚悟を決めて令呪を発動させようとした時

「坊主、焦るな」

メドゥーサに視線を向けたままライダーがウェイバーに声を掛ける。

「はぁ!焦るなって何言ってるんだよお前!この状況じゃ焦るに決まってるだろ!何落ち着いて!」

「理由あって焦るなと言っておる。気付かぬか?今まであった旺盛な戦意がどう言う訳か失せておる」

「へ?お前何・・・」

ライダーに言われ良く見ると、確かにメドゥーサの様子が先程までと様子が違う。

無論隙は無いし、ライダーに向けている敵意も健在だが、どういうわけか戦意が感じられない。

こちらが攻撃を仕掛ければ問答無用で反撃を仕掛けてくるだろうが、自分から攻めてくるようには見えない。

と言うかこちらが撤退を試みても追撃を仕掛けてくるようには見えない。

と、ここでライダーが

「そうであろう!ゴルゴンの末女よ!我々はこれで撤退するが、よもや追わぬよなぁ」

全てを見透かし様なしたり顔でメドゥーサに問い掛ける。

「・・・」

それに対するメドゥーサの返答は無言であるが内心はライダーの見ていないようでしっかりと見ている慧眼に歯軋りしたい気持ちだった。

ライダーの憶測通りメドゥーサは撤退するなら追うつもりは無かった。

現時点でアサシン、キャスター、ランサー、バーサーカーと四騎のサーヴァントが消滅している。

これ以上の消滅は大聖杯の起動、すなわち『この世全ての悪(アンリ・マユ)』覚醒につながる。

更にアルトリアが一気に勝負をつけようと『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』を発動させた事で士郎の疲弊は著しい。

これらを総合的に判断するならばここでライダーが撤退する気ならば追撃するべきでは無い。

だが、ライダーのしたり顔を見ると追撃する振りをしてライダーの肝を少しでも冷やしたくなってくる。

そんな思考を抱いたメドゥーサやライダー達、さらにはこの柳洞寺に集った全員の耳にその声は届いた。

「あああああああああああ!!」









「あああああああああああ!!」

その絶叫を最も近くで来たのは紛れもない士郎だった。

視線をその声の方向に向けると何時の間にか戻ってきたのか膝をついたケイネスがこちらを、正確にはランサーが消滅した場所を凝視して絶叫していた。

後ろには強張った表情の時臣、苦渋の面持ちの綺礼が立ち竦んでおり、更にその後方には桜達に護られている形の切嗣達もいる。

一先ずは切嗣達の無事を確認し安堵した士郎だったが、切嗣とアイリスフィールの自分を見る眼差しに妙な色があるのに気付いた。

何か妙に居心地が悪いそんな気がする。

どう言う事か内心首を傾げかけた士郎だったが、イリヤの小悪魔スマイルを見た瞬間、全てを理解した。

おそらく・・・いや間違いなく、自分達の関係を切嗣達にばらしたのだろう。

(イリヤ・・・なんて余計な事を・・・)

ただでさえアルトリア達から今回の事で詰問と叱責が加わるのは間違いないというのに、そこに加えて更なる修羅場の種を提供するとは・・・

そんな士郎を尻目にケイネスはその眼を限界まで見開きその表情は絶望を押し出しその口からは悲嘆の絶叫と

「くそっ!くそっ!くそくそくそくそくそ!この役立たずが!無能が!やはり奴のような屑を召喚したのがそもそもの間違いだった!!あいつの所為だ!あのような雑魚サーヴァントのおかげで私は全てを失った!私の輝かしい未来が台無しだ!」

ランサーへの聞くに堪えない罵声の数々を吐き捨てていた。

「・・・」

それを耳にした瞬間、士郎はゆっくりと立ち上がり、ランサーへの暴言を吐き続けるケイネスに近寄り

「おい」

「!!ひ、ひぃ!」

ただ一言で黙らせた。

士郎の姿を見るなりケイネスは尻餅をついて後ずさりしながら、少しでも士郎から遠ざかろうとするが

「・・・・・・」

無言でケイネスを見下ろす士郎に完全に呑まれたのか無様な舞踏を舞うだけで一ミリも動いてはいない。

そんなケイネスの姿を見て士郎は冷めていく自分を自覚した。

ランサーへの暴言の数々を耳にした時は、最悪ケイネスを殺す事になろうとも暴言を止めさせようかと思ったのだが、自分の一睨み程度で醜態を晒すケイネスにそんな気も失せた。

むしろ憐れみすらも覚えた。

これは末路なのだと。

あまりにも優れすぎた才能を持って生まれ、あまりにも恵まれすぎた環境で育ち、あまりも簡単に、そして当然のように成功だけを与えられ続けてきた人間の末路がこれなのかと。

成功する事だけが当然だと盲信し、それが叶えられなければ己の力量不足を嘆くのではなく、周囲の無力ぶりを糾弾する、どれだけ周囲が粉骨砕身して奮闘しようとそれが当然な事で感謝する事無く、そんな自分のあり方に疑問すら抱く事すら無い。

そんな奴に何を言ってももはや手遅れだ。

そう考えるとケイネスに怒りをぶつけるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

こいつは一生、こうして自分の責任を痛感するのではなく周囲の無力ぶり、無理解を嘆き、罵っていれば良い。

この男にはそれがお似合いだ。

そう考えると士郎はケイネスを炉端の石と同じ存在・・・すなわち無価値とみなし、その存在を完全に無視して切嗣の元に向かった。









しばし、自分を睨み付けていたエクスキューターが不意に冷めた視線になって自分に背を向けた時、ケイネスは直感で助かったのだと確信を抱いていた。

その事に安堵を抱いていたが、エクスキューターの背を見るにつれふつふつと屈辱と怒りが湧き上がってきた。

そもそも、こいつがあの時邪魔をしなければ自分はセイバーを討ち取り、その後の聖杯戦争の趨勢も自分の思い通りに進み、今頃、自分は聖杯を手に入れ、ランサーの如き四流サーヴァントを従えても勝者となった偉大なる魔術師として尽きる事のない栄光と名誉に満ち溢れていた筈。

それを・・・全てはこいつの所為だ、こいつの所為で自分は何もかも失ったのだ。

エクスキューターへの的外れの怒りを抱くケイネスの視線に切嗣らの姿が映った。

あの男も、あの女もそうだ・・・神聖なる聖杯戦争に卑劣かつ愚劣な術しか持たずに乗り込んできた身の程知らずとそれを受け入れた恥知らず・・・断じて許す訳には行かぬ。

(そうだ・・・そうだ、そうだそうだ、そうだそうだそうだそうだそだうそうだ、そうだ!私は奴らに正義の鉄槌を下さねばならない、いや、そうであるべきなのだ!)

もはや正気など当の昔に失っているケイネスは歪み捩れた正義感に駆られ懐からそれを取り出し、切嗣に狙いを定め、

「くくくく・・・ドブネズミが、死んで詫びろ」

自分の鉄槌が下される様を妄想して悦に入りながらそれ・・・拳銃の撃鉄を引き起こす。

その音から異変を察した者もいるようだったがもはや遅い。

後は引き金を引けばそれで正義の鉄槌は下される。

そんな確信の下ケイネスは引き金を引こうとした瞬間、一陣の風が奔ったと同時に、ケイネスの右手首諸共握られた拳銃が宙を舞った。

「へ?」

何が起こったのかケイネスは最初理解出来なかったのか呆けた表情で宙を舞う自分の手首を見つめていた。

だが、重々しい音を立てて地面に落ちたのを皮切りに切断された手首から血が噴出し、ケイネスの服や地面が血で汚れ同時に激痛がケイネスを現実に引き戻した。

「ぎゃあああああああああ!!手が!私の、私の手があぁぁぁぁ!」

痛みにのた打ち回りながら血の吹き出る手首を押さえ付ける。

そんなケイネスを虎徹に付着した血を軽く振って払い落としながら見下ろすのは、ケイネスの手首を斬り飛ばした犯人である士郎。

確かに士郎はケイネスを無価値な存在とみなしたが警戒まで解いた訳ではなかった。

この戦いほぼ趨勢が決したとは言え、マスターである切嗣を失えば一環の終わりだ。

健在であるライダー陣営は無論の事、時臣や綺礼、ケイネス更にはセイバーすらも士郎にとっては警戒すべき相手、周辺に気を配り注意していた所、案の定と言うべきかケイネスが事に及ぼうとしていたので実力で阻止した。

本来ならば斬り殺しても良かったのだが、ケイネスの手に握られていた物が物であるが故に急遽生きてもらわなくてはならなくなった。

苦痛にのた打ち回るケイネスを横目に士郎は地面に転がるそれを持つと、大袈裟に驚いてみせてから。

「おや?へぇ~こいつは驚いた。魔術師というのは科学技術を蔑視する傾向があると聞いていたのだが、その認識を撤回する必要があるようだ。魔術の名門にして百年に一人の逸材とまで謳われたロード・エルメロイがこんな物を持っているとは」

実にわざとらしく言い放った。

その声にこの場にいる全員が士郎に・・・正確には士郎が持つケイネスの右手付きの拳銃を見た。

その瞬間、時臣、アイリスフィール、ウェイバー、そしてようやく我に返ったセイバーは驚愕と愕然で凍り付き、綺礼、舞耶、ライダーは鋭い視線をケイネスと拳銃に向け、切嗣、そしてアルトリア達は冷淡な表情を崩さない。

そして斬られた本人であるケイネスは士郎の手にある拳銃を見た瞬間

「あ、ああああああああああ!」

苦痛の叫びとは違う、絶望と悲嘆を声に、自身の血を撒き散らしながら士郎に掴みかかろうとした。

「がえぜえっぇぇぇぇぇ!ぞれを、ぞれをがえぜぇぇぇぇ!」

だが、仮にそれを取り戻したとして、これだけの人間やサーヴァントに見られてしまった以上、どうなると言うのか。

そういった思考も今のケイネスには無く、ただただそれを取り返そうと言う思考で頭がいっぱいに違いない。

しかし、人であるケイネスがサーヴァントである士郎に適う筈も無く、駄々っ子のように振り回したそれをあっけなく士郎に避けられその交錯の刹那に腹部に拳を打ち込まれる。

「ヴぇ!」

極めて軽い一撃だが、それはサーヴァント基準での話、生身の人間であるケイネスにそれは実に重い一撃だったのだろう、その口からは一撃をくわえられた衝撃を音にして吐き出し、腹を押さえながら崩れ落ちる。

「・・・確か俺達が前監督役殺害犯だと断じられた要因の一つに『魔術師』がこいつのような『下賎の手段』に頼る筈がない。と言うのがあったと思うが・・・じゃあこれはどうなんだ?」

皮肉げな口調で誰にとも無く問い掛ける士郎の問いに、返って来たのは

「これってつまり・・・」

「そうだな。エクスキューター討伐の大前提が見事に崩壊したっちゅう事だな」

上空からのウェイバーとライダー会話のみだった。

ライダーの言葉は完全に正しい。

そもそもエクスキューター連合設立の大前提として『エクスキューター陣営が前監督役殺害の犯人である』事がある。

だが、エクスキューター陣営が犯人である証拠などあるはずが無く、時臣らが掲げた根拠からしても『殺害には銃が使われた、だが、銃など自分達名誉ある魔術師が使う筈もない。その様な手段を平然と行使するエクスキューター陣営が犯人だ』と言うお粗末極まりない代物のみ。

持ち物検査一つで簡単に瓦解してしまう恐れのある根拠だが、時臣と綺礼はそれすらも怠った。

この連合自体がエクスキューター陣営排除の為の布石だったのも一因であるが、何よりも時臣自身にも『その様な下賎な代物を持つ者がいる筈がない』と言う思い込みが存在しており、それ故に行われなかった。

だが、その前提は脆くも崩壊した。

新たな、そして万人が納得するレベルの証拠が無い限り、エクスキューター陣営を犯人とする事は不可能だろう。

ライダー陣営以外無言を貫く面々(特に連合側の関係者)を一瞥した後、士郎は綺礼に近寄り

「こいつを調べてみれば面白い事が判るかもな。例えば旋状痕とか」

そう言いながら銃を差し出す。

銃の指紋の別名で呼ばれるそれの名を耳にした綺礼は、ごまかす事は不可能だと理解した為かどこか達観したような表情を浮べると

「わかった。前任者の遺体より摘出されたそれと照合させよう。それに関しては監督役の名に賭けて公正に行うと」

「いや、聖堂教会の名誉か、お前が仕える神の名に賭けてもらおうか。正直それ位してもらわないとこちらとしては微塵も信用出来ない」

士郎の辛辣な要求にも綺礼は声を荒げる事無く

「・・・判った。我が主の名に賭けて公正に公平に遂行する事を誓おう」

その宣誓を士郎は笑顔一つ無く頷くと銃を差し出し、綺礼はそれを受け取った。

「・・・一先ず、エクスキューター討伐に関しては、この拳銃の鑑定結果が出るまで保留とする。この決定に異議のある陣営は?」

誰も何も言わない。

「それとロード・エルメロイ、貴方には・・・」

その時だった。

「・・・くひひっ」

場違いな笑い声が響いたのは。









士郎の手から綺礼に渡される拳銃を見たケイネスは、理屈はわからないが本能で自分はもう終わりだと理解した。

自分の輝かしい未来は崩壊し、名誉も栄光も失われ、自分は命以外何もかも失ったのだと

それを理解した・・・正確には理解してしまった瞬間、ケイネスは自分の中にあるとても大事なものが壊れる音を確かに聞いた。

切れてはいけない、自分と何かを繋ぐ糸が切れてしまう幻視を確かに見た。

それがロード・エルメロイこと、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが生涯最後に抱いたまともな思考だった。









「くひっ・・・きひひひっ・・・きゃはははは・・・ひゃはははは!」

突然壊れたおもちゃのように笑い始めたケイネスを誰もが何事かと言わんばかりに視線を集中させる。

そんな奇異の視線など全く気付いて無いのかケイネスはただただ笑い続け、

「お~わ~りぃ~、おぉ~わぁ~りぃ~、きへへへへはははは!」

調子の外れた歌を歌い続ける。

見れば涙を流しながらげらげら笑い、口からは涎を垂れ流し自身のスーツは自身の血と涙と涎で汚し続け、その範囲を広げ続けている。

一体何が起こったのか皆目検討もつかなかったのだが、状況を飲み込んだのか暫くして反応が三つに分かれた。

未だに何が起こったのか全く理解出来ない者達、何が起こったのか理解して、侮蔑と憐れみの混じった複雑な視線を向ける者達。

そして理解した上で純粋な侮蔑と嫌悪を隠す事無くケイネスに向ける者達に。

その中で士郎は吐き捨てるように言い放った。

「逃げやがった・・・こいつ」

そう、決定的証拠とも言える拳銃の存在が露呈し、綺礼の手に渡ってしまった事で、もはや逃げる事は不可能だと判断したケイネスは心を閉じ、現実から眼を背けて夢想へと逃げ込んでしまった。

奇しくも『柳洞寺の戦い』が始まる時にケイネスが切嗣に対して言い放った弾劾の言葉がそっくりそのまま自分に返ってくる形となった。

『情けないと言うべきであろうな、己の罪を認めず現実から逃げ出すとは』

士郎の言葉でケイネスの身に起こった事を正確に把握した一同は差こそあれど侮蔑か軽蔑、あるいは嫌悪の感情を込めてケイネスを見遣る。

そんな冷たい視線が集まっているにも関わらずケイネスは

「ひゃははははははは!」

調子の外れた声でただただ嗤い続けていた。

その顔には未来も栄光も、そして己自身すらも見失った哀れな男が浮べるに相応しい狂笑を浮べて。









こうして冬木の聖杯戦争の『終わりの始まり』である『柳洞寺の戦い』はケイネス・エルメロイ・アーチボルトの狂った笑い声を合図に終わりを迎えた。

監督役、言峰璃正殺害の容疑者と目されたエクスキューター陣営と対エクスキューター連合を組んだそれ以外の残り五陣営の戦いは結果を見れば連合は二騎のサーヴァントが消滅させられる大損害を受けただけに留まらず、冤罪の存在まで発覚すると言う、連合側の眼も当てられないほど惨めな敗戦で幕を閉じた。

ここより聖杯戦争は『終わりの終わり』に向かって加速を始めようとしていた。

だが・・・その途中に悪意あるものによって仕組まれた数多の罠を超えねばならないのだが、それを知る者は当事者以外誰もいない・・・

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