場面は再び切り替わる。

突然光りだした地面を一部を除き動揺した面持ちで見ていたが、不意にケイネスの口元が釣りあがった。

先程まで宝石と化していた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が元の水銀に戻り、破片が集まって一つの水銀の固まりに復元しようとしていた。

「カス共に肩入れした事を悔いろ!」

と言うや、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が攻撃態勢に移行、先端を二本の鞭の様に伸ばすや、左右から真横に薙ぎ払われた。

狙いは、自分に謂れ無き(本人は本気でそう信じ込んでいる)侮辱を与え、魔術の偉大さも魔術師としての誇りも忘れ、切嗣達を守ろうとする愚かな雌狐三匹・・・言うまでも無く桜、イリヤ、カレンの三人だ。

先程、ものの見事に一蹴された筈なのだが、ケイネスにはその認識は無い。

あれは奴らの幸運が勝っただけの話で奴らが自分に適う筈が無い。

次こそは正当な結果・・・為す術無く、自分の偉大なる力の前に惨たらしい死体を晒す・・・そう信じ込んでいた。

その心境はアインツベルンの城で切嗣に対して抱いていたそれと全く同じもので、これだけ見てもケイネスは過去の教訓から何一つ、学んでいない。

だが、それは願望・・・を通り越した、ただの妄想に過ぎず、

「まあ、論破されるや実力行使ですか、実際に見てみると滑稽ですね」

カレンの鉄球が右方向へ振るわれるや『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』はいとも容易く吹き飛ばされる。

だが、ケイネスも多少は学習していたのか、

「馬鹿が掛かったな!」

ケイネスの背後に潜んでいた三本目の鞭が、槍のように先端を尖らせて矢の様に一直線に空を貫く。

その狙いはイリヤ達ではなく、後ろのアイリスフィール。

本来であれば切嗣を狙うのだが、どうせであるならば切嗣にこの上ない絶望を与えてやってから殺すのが上策だと判断した。

詰まる所は唯の私怨をまたしても優先させただけの事である。

しかし、ケイネスから見れば必殺の奇襲であるが、桜達から見れば驚くにも値しない。

隙を突いて切嗣達を狙うなど少し頭を捻れば出て来る事だからだ。

そしてそれへの対策も万全だった。

「こんな奇襲もどきでお母様を殺させる訳無いでしょ」

イリヤの淡々とした声と共にアイリスフィールと『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の間に立ち塞がる様に虹色の鳥が姿を現す。

それも一羽や二羽ではなかった。

数十羽のそれが隊列を組みあっという間に網の形を取った。

それと同時に『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』と鳥の網がぶつかる。

「はっ!そんな脆弱な代物で『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を止められると思っているとはおめでたいな!」

ケイネスの嘲笑は間違いでもない。

実際鳥の網といってもただ鳥が整然と並んでいるだけの代物、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の一撃に為す術も無く貫かれると考えるのが当然だった。

しかし、ケイネスの嘲りに対する返答はカレン、桜の失笑、そしてイリヤの更に冷たい嘲りだった。

「止める必要なんてないわよ勝手に止まるんだから」

その言葉に合わせる様に『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を包むように鳥の網が形を変える。

それと同時に鳥の一羽一羽の嘴が鉤爪が『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の表面を傷つけていき、そその傷口から宝石へと変わり果てイリヤの宣言通りその動きを止めるのに十秒も掛からなかった。

「進歩がありませんね。イリヤさんのレインボーバードで傷を付けられたらどうなるのかなんて見ているはずなのに・・・それにしてもこのままだと鬱陶しい事この上ないですね」

溜め息混じりにそう呟くと、桜はいつの間にかその手に持っていた銃を上空に向けると引き金を引く。

どこか間の抜けた音と共に打ち出されたそれは光の玉となって周囲を照らす。

その光の玉・・・照明弾は何時の間にか光も収まりもとの闇に覆われた周囲を再び照らし出す。

それを見届けるや、桜は矢を番えぬまま弓を引く。

それと同時に魔力で作り出された矢が姿を現し、桜は狙いを定めるや矢を放つ。

矢はケイネス、若しくは時臣を狙うものかと思われたが、矢は全く見当違いの方向に飛んで地面に突き刺さる。

それを見てケイネスが嘲笑おうとしたが、嘲笑う前に何故か駆け出した綺礼がケイネスの懐に飛び込んでくるや、抱え込むような強引な体当たりでケイネスを吹っ飛ばした。

「!!貴様、何」

何をすると言いかけたケイネスだったが、次に飛び込んできた光景に眼を疑う。

今まで自分が立っていた地面が異様に黒い・・・と言うよりはそこだけが、闇夜のように暗い。

そこに『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が沈むように飲み込まれていく。

その光景は闇の底なし沼に沈んでいく哀れな獲物にも思えた。

そして・・・『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が完全に沈み、闇が跡形も無く消え失せるのとのとケイネスが我に返って慌てて駆け寄ろうとしたのとは同時だった。

「あ、ああああああああ!!わ、私の!私のぉ!『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』がぁぁぁぁぁぁ!!」

絶叫を上げながら地面を素手で掘り起こそうとするが、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』によって護られた地面を掘れる筈も無くケイネスの爪は虚しく空を切る。

そもそも、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が堕ちたのは現ではなく虚の狭間、仮に地面を掘れたとして出て来る筈がない。

暫くすると掘る事が出来ないとようやく理解したのかその手を止めると

「あ、ああああああああ!!」

悲嘆が固まったような絶叫を上げて泣き喚きながら地面をのた打ち回る。

と言うよりも・・・その姿は幼子が駄々をこねている様に良く似ていた。

「ああああああ!何故だ!何故だ!何故だぁぁぁぁ!!なぜそんな屑を庇う!!奴は魔術師の誇りを汚し!魔術に畏敬も示さず!監督役を私利私欲で殺害したのだぞ!!」

泣き喚きながら不条理そのものである桜達に弾劾の言葉を吐き出すケイネスだが、その内容は今までの繰り返しにすぎず感銘を与えるに値しなかった。

まだ空気の方が重い。

「何度も言っているでしょ。キリツグが殺した殺したって言っているけど証拠も証人も皆無、偏見と思い込みだけで犯人だと決め付けているから異議を唱えているだけだって」

「偏見と思い込みだと!その様な事はない!その」

「いい加減同じ事ばかりで飽きてきたから黙っていて貰えませんか?本気で耳が腐ります。それ以上喚きたてると言うならば」

尚も喚こうとするケイネスに冷たく言い放ち桜が再び弓を構える。

「いっその事、ここからいなくなって貰いましょうか?今すぐ」

先刻『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が闇に呑まれた光景を思い出したのかケイネスは一言

「ひぃ!」

情けない悲鳴を上げて、後ずさろうとしたが足がもつれたのか尻餅をつきながらそれでも這いずりながら綺礼の足元まで戻る。

「それで、貴方達はどうさなれるのでしょうか?」

カレンの冷笑を帯びた視線が沈黙を守っていた時臣と綺礼に向けられる。

明らかな挑発と思われる視線を受けても時臣も綺礼も動ずる気配は無い。

正確には動ずる所ではないと言う所だろう。

数分ほど前までは自分達の圧倒的有利に事は進んでいた。

だが、突如現れた桜達によってその天秤は完全にひっくり返った。

ケイネスの『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は完全に失われ、戦力は大きく落ちた。

時臣、綺礼は未だ健在であるが敵との戦力差はあまりにも大き過ぎる。

相手がその気になれば、自分が万全であろうとも、代行者である綺礼がいたとしてもひとたまりも無い。

それだけあの三人の持つ礼装は強力だった。

あらゆるものを宝石とかえる鳥、見た目と違い桁違いの威力を誇る鉄球、そして虚数世界の入口を作る弓。

単体でも強力だが、それが連携をしたとしたら・・・

そう考えただけでも背筋が凍て付く。

アーチャーを呼ぶべきだと時臣の本能が叫ぶ。

実際、この状況を打開する為にはサーヴァントを呼ぶしかない。

だが・・・それには二つの難問が待ち構えている。

一つはここが円蔵山である事。

つまりここにサーヴァントを呼ぶと言う事はあの結界を越えさせねばならないと言う事。

アーチャーの力は信じているが、目の前の脅威を過小評価もしていない。

ここにアーチャーを呼ぶのはあまりにもリスクを伴う。

だが、それ以上に問題なのはアーチャーがエクスキューター討伐に積極的である事だ。

あくまでもアーチャーは本人曰く『不届き者』であるエクスキューターに誅罰を下す為にここにいる。

未だエクスキューターが健在であるのはアーチャーはともかくとしてランサーやセイバーがここに姿を現していない事を考えても明白。

そんな状況でアーチャーを呼び出せばどうなるか?

考えたくも無い未来予想図に本気で頭を抱える、ここにアーチャーは絶対に呼ぶ事は出来ない。

もはや八方塞り、万策尽き果てたと思われた時桜から思わぬ提案を受けた。

「もはや戦う気が無いというならば・・・境内での戦い、その顛末を見届けるというのはどうですか?」









一方・・・柳洞寺境内は、常の静寂など何処へ行ってしまったのか、多種多様な音に支配された空間と化していた。

何かが撃ち出され、間髪を入れる事無く何かが砕かれる音、金属と金属同士がぶつかり合う澄んだ音が二種類。

そして上空からは雷鳴と高速での飛行に空気が怯え震える音が交互に木霊する。

そんな中、

「道化が!我の手をここまでわずわらせるとは身の程を弁えよ!」

「お生憎様ね!駄金ぴか、身の程を弁えるのはあんたの方!その辺をいい加減理解しとけっつーの!」

自分を、見上げながら不敵な笑みを絶やさず、自分への畏敬の念など欠片も感じさせない態度にアーチャーは荒れながらも原典宝具の精密狙撃を撃ち出して行くアーチャーだが、凛の手にある代物・・・カレイドアローから打ち出される魔力弾が次々と粉砕していく。

当然だが撃ち漏らしはある筈が無い。

アーチャー自慢の原典宝具は欠片すら凛に届く事無く無惨に散っていく。

それを見たアーチャーの怒りのボルテージは更に上昇し、その猛攻は激しさを増していくが、同時に冷静さは欠けていく。

その意識は凛の抹殺にのみ注がれる。

それを察した凛は内心ほくそ笑んだ。

今の所はこちらの目論見どおりアーチャーは動いてくれている。

と、次の瞬間、こちらの弾幕を掻い潜った一発が凛に迫る。

咄嗟に後方に跳躍して直撃は免れるが、均衡が破られるやアーチャーの原典宝具が群となって凛に襲い掛かる。

「ふはははは!進退窮まったな道化!」

アーチャーの哄笑は決して大袈裟ではない。

豪雨の如き猛攻に凛は態勢を立て直す事も出来ず回避に精一杯、遂には周囲を原典宝具で囲まれた。

遂に追い詰めた。

少なくともアーチャーの眼にはそう映った。

「ははははは!良いぞ道化!道化らしくその末路まで王を愉しませてから・・・とくと死ね」

冷酷に言い放ち、とどめの原典宝具一斉に撃ち放った。

だが、その時アーチャーの眼に映った凛の表情には恐怖も絶望もなく、ただただ、してやったりと不敵な笑みがこぼれていた。

「カレイド・・・シュート!」

次の瞬間、凛の身体は猛スピードで上空へと跳躍する。

その一秒後、原典宝具が殺到するが、そこに凛の姿は無い。

凛の姿は上空にあった。

何をしたのか?

至極単純な事だった。

原典宝具の一斉砲撃が始まるのと寸分違わぬタイミングでアレイドアローを地面目掛けて撃ち込んだ事で、凛の身体は上空高く打ち上げられた。

上昇する凛と降下する原典宝具が交錯した際に掠めたのか、ドレスが所々切り裂かれているが幸運にも凛自身に怪我は無い。

危機的な包囲網は回避した凛だったが、アーチャーに焦りはない。

「ほう・・・悪運強く逃げおおせたか、そうでなくては道化の見世物として成り立たぬ・・・だがな、所詮は猿の浅知恵よ」

と再び原典宝具の発射体勢に入る。

「そこからどうやって逃げるつもりだ?」

空中にいる凛に回避する術はない。

「今度こそ終幕だ。血の華を咲かせながら我を愚弄した罪を悔いろ」

語尾と指を鳴らす音が重なり原典宝具が射出された。

だが、次の光景にアーチャーの眼は今度こそ驚愕に染められた。

身動き一つ出来ぬと思われた凛が華麗な回避行動を見せて全ての原典宝具を避けて見せるやアーチャー目掛けて突撃してくる。

アーチャーは知る筈も無いが、凛の持つカレイドアローには飛行能力も備わっており、それを用いた結果だった。

では何故これを使わなかったのか?

アーチャーから言わせれば『地に這う事』しか出来ないのだと誤認させ、油断を誘う為に。

そしてその油断を最大限活用して短期決着をつける為。

猛スピードで自分に肉薄したきた凛に追撃を仕掛けようとするアーチャーだったが、初動の遅れが仇となり、既に懐に凛が潜り込もうとしており、ここで原典宝具を射出すれば自分をも巻き込んでしまう。

そこで手短な原典宝具を掴もうとしたがその前にアーチャーは腹部に猛烈な衝撃を受けて軽く吹っ飛んだ。

視線を衝撃の方へ向けると、何時の間にか自分の懐に完全に入り込んだ凛が半分ほど自分に背中を向けたような奇妙な構えを取っていた。

アーチャーは知る筈も無いが、それは八極拳における震脚からの靠撃による連撃の結果だった。

元々生前から手ほどきを受けていた八極拳であるが、神界でも『綺麗な綺礼』の手ほどきを受けた事でその実力は更に磨きかけられ無駄など一欠けらも見受けられ無い完璧なそれへと進化を遂げた。

だが、靠撃は本来相手の防御を崩し次の攻撃に繋げる為のものでこれだけで相手を倒せるものではない。

その事は凛も承知している。

何しろ業腹だが、自分の役目はこれで完了しており、止めをさすのは自分ではない。

「ルヴィア!私が!あんたの為に!わざわざ!お膳立てしてやったんだから、これで決めないと承知しないわよ!具体的には士郎との閨、あんたの順番を私が貰う!」

同時にアーチャーを後方からがっちり何者からキャッチした。

それは青の猫耳にやはり青のフリルドレス・・・ではなくなぜかアスリート水着を身に着けた金髪を縦ロールに巻いた美女。

「お待ちなさいトオサカ!シェロとの甘い一夜を私から奪うなど承知いたしませんわよ!次はどのようなプレイでシェロに可愛がって貰おうかアイデアを練っておりますのに!」

なにやら言い争いをしているようだが、自分に何の関係も無い事だとわかるやアーチャーは怒りに声を荒げかけたが、突然視界が逆転し、自分が落下していくと自覚したと同時に頭部に強い衝撃を受けて意識が吹っ飛んだ。









その光景は第三者から見てもかなりえげつないものだった。

受けた側がサーヴァントである事を考慮してもだ。

凛の靠撃で体勢を崩されたアーチャーを背後から何処からとも無く姿を現した美女・・・ルヴィアが中腰の体勢からバックから腰に抱きつくように捕らえる。

後ろからとは言え美女に抱きつかれるというシュチュエーションは羨ましい場面である筈なのだが、次の瞬間ルヴィアは反る様にしてアーチャーを持ち上げると屋根を蹴りアーチャー諸共宙を舞った。

当然だが、重力に従いアーチャーもルヴィアも地面目掛けて真っ逆さまに落下していく。

そこからルヴィアはあろう事か自分の肩でアーチャーを担ぐような体勢に空中で立て直すと、アーチャーはそのまま頭部・・・ではなく脳天から石畳に叩きつけられた。

それはまさしくプロレス技で言う所の岩石落とし・・・バックドロップ、それも殺人の二文字が頭に付くほどの急角度のそれを食らったアーチャーは

「がっ!」

口から呻き声、若しくは叩きつけられた衝撃が空気と共に漏れ出たのか、ともかくもそれを吐き出しながらルヴィアの手から離れ・・・正確にはルヴィアが手を離した為にしたので数メートルほど転がっていく。

そんなアーチャーに無慈悲な追い討ちが掛かる。

「カレイドショット!」

アーチャーが今まで仕掛けてきた原典宝具の乱れ撃ちのお株を奪うような、魔力弾の乱射を浴びせ掛ける。

数発直撃を受けたのか、黄金の鎧が砕けながらアーチャーの身体は大きくバウンドしながら森の中へと消えていった。

それを見届けると凛は屋根から飛び降り軽やかに着地する。

数日前時臣が雁夜の前で見せ付けた重量制御と気流操作を、凛は更に優美に決めてみせた。

「これで良し、駄金ぴかも暫くはこっちに戻ってくるのは難しいでしょうね」

「ですが、トオサカ、あれで宜しかったのですか?今からでも消し飛ばした方が宜しいのではなくて?」

「私もあの駄金ぴか退場させた方が良いと思うけどね・・・」

「そうでしたわね・・・」

言葉少なげに頷き合う。

愛おしき夫である士郎達が『聖杯を得る為の戦い』をしているならば、最大の障害となる事は疑いようの無いアーチャーを退場させるのは正しい。

しかし、今士郎が臨んでいるのは『聖杯戦争を終焉させる』為の戦い、むやみやたらにサーヴァントを消滅させれば良いと言う話ではない。

既にアサシン、キャスターが退場した事で座に戻る際に生じたエネルギーは大聖杯に注がれている。

士郎は最大五騎のサーヴァントまでならセーフだろうと予測を立てていたのだが、凛の見立てでは安全に大聖杯を消滅させるにあたって、その臨界は四騎まで。

五騎目が注がれれば大聖杯は・・・中に潜む『この世全ての悪』は起動を開始する。

無論五騎目を消滅させてから直ぐ大聖杯諸共消滅させれば良いだろうが、いくらここの真下に大聖杯があるとしても時間差は出る。

その間にアイリスフィールが現状保管する聖杯の器を経由して『この世全ての悪』がどのような影響を及ぼすか判ったものではない。

六騎目となれば・・・言うまでもなく、七騎全てが注がれれば全てが終わる。

つまり、現状では消滅可能なサーヴァント枠は残り二騎。

アーチャーをここで退場させてしまえばそれで三騎、猶予はあと一騎のみ。

現在の『柳洞寺の戦い』がどのような事態になるのか未だ不透明だが、現状残っているサーヴァントは誰も彼も手を抜いて勝てるような生半可な相手ではない。

今現在周囲には自分達以外誰もおらず、誰憚る事無いのだが、何処に眼や耳があるか判ったものではない念には念を入れる必要があった。

「ま、あの駄金ぴかがまた来るようだったら今度こそご退場してもらうだけの話よ。一先ず上の方で監視するわよ」

「いちいち私に指図しないで下さいますか?トオサカ」

そう言いながら凛はカレイドアローで上空へ向かい、ルヴィアと共にそれに掴まって屋根まで上ってから降りると、アーチャーが消えた方角を中心に未だ戦闘が続く各所の情勢を見極めようとしていた。









同時刻、ウェイバーは自分が見た光景を信じる事が出来なかった。

ライダーとメドゥーサとの高速戦闘の最中、恐る恐る少しだけ御者台から顔を覗かせた。

本音を言えばもう少し顔を上げたかったがそうすれば音速に近いペガサスの衝撃波だけで空中に放り出されるか最悪、掠めてミンチ肉にされるのが目に見えている。

ただでさえ、自分が乗っていると言うのはライダーにとってハンデの筈。

現にいくらペガサスが高位の幻想種であったとしてもライダーの神牛もまたペガサスと同等の格である筈なのに、明らかに押されている。

そんな不甲斐ない自分に歯軋りしながらも、どうにかライダーの力になりたいと邪魔にならない程度に他の戦況を確認しようとして・・・見てしまった。

あのアーチャーが・・・規格外の力を誇る英雄王ギルガメッシュがいの一番に吹き飛ばされる様を。

「お、おい!ライダー!アーチャーが!アーチャーが!」

想定すらしていなかった事態に現状をも忘れて顔を上げようとするウェイバーの頭をライダーが再び押さえ付ける。

「伏せておれ!・・・言われずとも判っておる。ありゃ、相手が強かったと言うよりも金ぴかが見下して侮った挙句の自滅だ。焦る必要はない」

「あ、焦る必要はないって」

この状況だというのにあまりにも豪胆と言うか、無鉄砲な事を言うライダーに絶句しかけたウェイバーだったが

「正確には焦る余裕も無いだがな。こっちはあれとの戦いで精一杯だ。あっちに気を割いておったらやられるだけだ」

ライダーの達観したような声と台詞に今度こそ絶句した。

つまりはライダーにもこの現状では打つ手はほとんど無いと言う事。

そんな状況でもメドゥーサは情け容赦なくライダー目掛けて突撃を敢行し、それをライダーは『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』を巧みに操りながら回避を続けている。

「坊主、今はあれとの交戦を続けるが、これ以上状況が悪くなったら躊躇なく撤退する。そこは弁えておけ」

そんな折にメドゥーサと交戦を続けながらウェイバーにだけ聞こえるようにそんな事を言い出した。

「て、撤退?」

裏返った大声を上げかけたウェイバーだったが、それをどうにか堪える。

「そうだ。ただでさえ優勢だった状況が五分に引き戻され、遂には金ぴかの離脱で天秤がひっくり返った。よっぽどの急変が無い限り、状況が良くなるとは考えにくい」

ライダーの戦況判断に無言で首を縦に振って肯定の意を示す。

数分前までエクスキューター一騎に対エクスキューター連合五騎の圧倒的優位で事が進んでいたにも関わらず、突然のエクスキューターへの援軍で数では互角になった事で各陣営の精神的な動揺はおそらく計り知れない筈だ。

「堅き盟約に結ばれた朋友であるならばいざ知らず、連携のれの字も知らぬような寄り合い所帯の為に、我々が労苦を背負い込む義理は無い。坊主、令呪の報酬は諦めておけ」

「あっ、ああ・・・そういう事なら仕方が無いさ」

ライダーの言葉にウェイバーもあっさりとしたものだった。

元々ライダー陣営は令呪を一つも消費しておらぬ上に、キャスター討伐の報奨として一画授与されて合計四画の令呪を保有している。

おまけに表には出さないが元々ウェイバーは、今回の一件に関しては深刻な疑惑を今も抱いたままである。

そういった事情もあり、エクスキューター討伐によって与えられる予定の更なる追加令呪に関しては『貰えるなら貰っておこう』程度の価値しかなく、無理をしてまで固執する気はさらさら無い。

それに何だかんだいってもライダーの戦略眼は自分など足元の影も踏めぬほど。

そのライダーがそう言うならば自分に口を挟める筈も無い。

ライダーに了承をしながらウェイバーは恐る恐る御者台の隙間から境内を見渡す。

つまらない意地である事はとっくの昔に自覚している。

だが、そうだとしても、ただ御者台の陰に隠れているだけなど我慢が出来なかった。

自分は乗っているだけでライダーの枷となっているが、枷になりっぱなしにどなりたくない。

ならばせめて自分は周囲を索敵してライダーにメドゥーサとの戦いに集中してもらおう。

そう考えながら眼下を見た時、

「・・・ヴェッ??」

そのあり得ない光景に、声なのか空気の漏れた音なのか形容しがたいそれが口から漏れ出た。

だが、それも無理らしからぬ事だろう。

何故ならば・・・









時間を若干巻き戻す。

境内中央部でぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いに移行したアルトリアとセイバー、

同一人物であるが、その表情は全く異なる。

焦燥と義憤が入り混じった表情のセイバーは魔力を放出、全身に力を巡らせて押し込めようとする。

これが幾度となるか、だが、結果は全て同じ。

平常心そのものといえるアルトリアはそれにびくともせず、それどころかセイバーを押し返していく。

「ば・・・か・・・な・・・」

砕け散ってもおかしくないほど歯を食いしばってどうにかアルトリアを押し戻し場を拮抗に戻すセイバーだが、理解出来なかった。

憎らしいが、目の前のアルトリアと自分の力量も魔力量もほぼ互角。

であれば自分が魔力を放出して拮抗を崩そうとすれば当然相手が崩れるはずだと言うのに何故・・・

鬼気迫るセイバーの様子にアルトリアは内心で溜め息をつく。

(私が自己評価を下すのもなんですがこの程度も事も判らないほど視野が狭窄しているとは・・・)

アルトリアがしているのは不思議な事でもなんでもない。

セイバーの呼吸と魔力放出されたタイミングに合わせて、最小限にそして効率的に魔力を放出しセイバーの怒涛の攻めを凌いでいるだけ。

平常のセイバーであれば直ぐに感付くはずの事にも気付いていないほど冷静さを欠いている。

(本当にシロウは何をしたと言うのですか・・・考えても仕方ありませんね。シロウには後でリンやサクラと一緒にきっちり説明を求めるとしてこのままだと埒があきませんね。どの道長期戦はこちらに利にはなりません。ならば)

決断を下すと、セイバーの力が僅かに緩んだ瞬間を見計らい魔力を爆発的に放出、セイバーを一気に吹っ飛ばした。

「ぐっ!!」

吹き飛ばされたセイバーは体勢を大きく崩され十メートル近く飛ばされてようやく止まった。

直ぐに体勢を立て直し、再びアルトリアに向かおうとした時、

「え?・・・」

怒りに満ちた思考が停止した。

(確か・・・私は、理想も国も捨て男に走った恥知らずの私と戦っていたはず・・・なのに)

セイバーは全く訳がわからなかった。

アルトリアに吹き飛ばされた時体勢を崩してから、体勢を立て直してアルトリアと再び向き合うのに十秒も経っていなかった・・・

ではあれは誰だ?

意匠が大きく異なる紺碧のドレスと白銀の鎧、

その鎧も腕と足に装着されているのみで極めて軽装。

しかもその胸元は大きく開かれ、女であることの証明を惜しげも恥じらいも無く曝け出した、王には似つかわしくない姿。

そんな痴女が一頭の馬に跨っている。

遠目から見ても駿馬である事が見て取れるその白馬にはセイバーは見覚えがあった。

忘れる筈が無い、あれは間違いなく生前の自分が愛した二頭の駿馬の片割れ

「ドゥン・スタリオン・・・?」

震える口からようやくそんな言葉が漏れ出た。

そして、その手には常勝を誇ったエクスカリバーは存在しない。

その代わりその手に握られているのは一本の突撃槍、それからあふれ出る魔力が光の螺旋を生み出している。

あり得ないと思いたかった、しかし、あれしかない。

あれほどの魔力、存在するだけで場を威圧出来るそんな代物易々と存在しない。

セイバーの知る限り槍でこれ程の代物など一つだけ。

「聖槍・・・ロンゴミニアド・・・なのか・・・」

これ以上無いほど震える声で呟いたセイバーの声にはあって欲しくないと願望が込められていた。

王の資格を己から捨てた輩があれを持てる筈が無いと信じたかった。

しかし、そんな願望を粉砕するようにセイバーに対して

「ええ、これは紛れも無くロンゴミニアドです」

馬上の人となったアルトリアの自然体の声が返答を返した。

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