「??」
桜からの提案を受けて時臣は訝しげに問いを返した。
「・・・それはどう言う事かな?」
「言葉のままです。何か不都合でも?」
桜の問いに時臣は言葉を詰まらせる。
本音を言えば桜の提案は極めてありがたい。
現状自分達に勝ち目は無い。
残された手はサーヴァントで対抗するしかない。
だが、その為にはエクスキューターを打倒しなくてはならず、その為に必要な時間をあろう事か向こうが与えてくれると言うのだ、それに乗らない手は無い。
其れは判っている・・・いるのだが、真意が見えない。
戦力は圧倒的に有利、いくら綺礼の力を借りたとしても何処まで持ち堪える事が出来るかわからない。
向こうも時間を掛ければ掛けるほど、こちらが体勢を立て直してしまう可能性は考慮して然るべき筈。
だと言うのに何故・・・
思案に暮れかけた時臣だったが、それを
「不都合がお有りでしたら再開といきますか」
その宣告と共に弓を番える桜、虹色の鳥を展開するイリヤ、そして鉄球を構えるカレンが現実へと引き戻した。
「い、いや・・・不都合は無い。そちらがそれで良いのならば一時停戦しよう」
もはや一刻の猶予も無いと判断した時臣は慌てて返答を返す。
その決断を綺礼もケイネスも反論しない。
このままでは自分達の敗北=死が確実である事は理解してくれたようだ。
(ただしケイネスだけは不平不満不服を全面に出していたが)
「はい、では境内に行きますか」
そう言って切嗣らを護る様に囲み境内に向かって歩き出す。
重傷の切嗣を気遣ったゆったりとした歩調だが、時臣らを警戒しているのは手に取るように判る。
時臣、綺礼は手を出す気は無かった(正確には出せれない)がケイネスは隙を見計らって何かしでかそうと考えていたのだろう、それが不可能だと判るや不快感に醜く歪んでいた表情を更に大きく歪ませて、小さく本当に小さく舌打ちした。
「・・・あら?どうも今の事態に不服な方がいるようですが、やはり戦闘再開させるのですか?」
その舌打ちが聞こえていたのだろう、カレンが振り向いて皮肉な口調で問い掛ける。
その冷たく鋭い視線に射竦められたケイネスは慌てて綺礼の背中に隠れる。
そんなケイネスの醜態にカレンは極寒の笑みを浮べるだけで何も口にはしなかったが、その笑みは億の言葉にも勝る皮肉をケイネスに投げ付けた。
綺礼の背中で屈辱に震えるケイネスだが、それに歯牙もかける事も無くカレンは視線を元に戻す。
そんなカレンの背中をなんとも言いようの無い感情を抱きながら、綺礼は結局何も言う事も無く、時臣、ケイネスを庇うように先頭で歩く。
そんな中切嗣は傍らにいる桜に
「・・・士郎から聞いているみたいだね」
囁くような小声で耳打ちしてきた。
「はい、聞いたと言うよりは、先輩から呼び出された時点である程度の情報共有は出来ているというのが正確ですお義父様。現状ではむやみやたらに脱落陣営を増やせない事は判っています」
「ですが・・・ミスターはミスターで五騎との戦いを強いられています。脱落陣営を選別するだけの余力は無いのでは」
舞耶が言外にここで一陣営でも減らすべきではないかと進言する。
「心配は判るけど、それは無用よ。シロウの方にも援護は向かっているから。むしろあっちの方が主力、今頃は押しているわよ、きっと・・・というかあれで押されているんだったら正妻権限で側室から妾に降格よ、降格」
「そうか・・・」
桜、イリヤの言葉を聞き、静かに頷きながら(イリヤの妾発言には表情を引き攣らせているが)、切嗣は今後の方針を脳内で構築していく。
無論だが、歩く事もままならないのでアイリスフィール、舞耶に支えられながら。
こうして円蔵山内で行われたマスター間の戦いは一端の終結をみた。
傍目には無様な醜態を見せながらそれでも生き延び、目的を達した切嗣。
数の上でも仕込みの段階でも圧倒的な優位を見せつけながらそれを生かせず、現状を作り出してしまった連合。
どちらが勝者でどちらが敗者なのか?
語るまでも無い事だろう。
だが・・・もしもここに全ての事態を第三者の視線で見通せる存在がいたとすれば・・・それはこう悪態をついただろう。
『運命と言う奴を司る存在がもしいるとするならば、それはどうしようも無いほど性根が捻じ曲がってやがる』と・・・
切嗣達が境内に向かうためその場から姿を消した五分後、反対側から草を掻き分ける音と荒い呼吸音と共に一人の人物が闇から這い出るように姿を現した。
雁夜である。
『柳洞時の戦い』序盤で切嗣を足止めした後、雁夜は時臣の命令で一足先に裏手へ向かわされていた。
半・・・と言うか三分の二死人と化した雁夜の足では自分達について行く事は不可能だとの判断であったがそれは正しかった。
ようやく雁夜が裏手に到着してから僅か十五秒後、切嗣が辿り着いたのだから。
そして、魔術地雷に切嗣が気を取られたわずかな隙を見計らって『翅刃虫』を放ち・・・正確には切嗣を認めてから『翅刃虫』を放った雁夜のタイミングが奇跡的に合致しただけだが・・・切嗣に重傷を負わせた。
本来であれば更に追撃お行うべきだったかも知れないが、それは出来なかった。
理由は単純で雁夜の手元に『翅刃虫』はもう無かったからだ。
臓硯から渡された『翅刃虫』の殆どを時臣との私闘で使い果たし、『柳洞時の戦い』開戦時で手持ちは僅か成虫が二匹、そして幼虫一匹のみ。
つまり今の雁夜はもはやこの場にいる誰よりも無力な存在だった。
その後、追い付いた時臣らに包囲され良い様に嬲り者にされる切嗣に罪悪感を覚えるが、雁夜にも引けぬものがある。
気の毒だが、切嗣にはその犠牲となってもらうしかなかった。
そして、いよいよその命運が尽きたと思われた瞬間、突然の光と音の暴威に耐えられず雁夜は失神した。
衰弱した今の雁夜であればショック死もおかしくないのだが、雁夜の中で燃え滾る時臣への憎悪が生命力となったのかは不明だが、ともかくも眼を覚ました。
(正確には死に掛けていたが、局地的な地震が雁夜の心臓マッサージとなって蘇生を果たした)
眼を覚ました時、その場には誰もおらず、奥の方から戦闘と思われる音と確か、ロード・エルメロイだったかランサーのマスターと思われる怒鳴り声が聞こえてきた。
出来れば直ぐにでもそこへ向かいたかったが、瀕死所か三途の川を渡りきる寸前まで弱りきった雁夜に立ち上がり歩く力も残っておらず虫のように這いずりながら向かうしか手は残されていなかった。
ようやく辿り着いてもそこにも誰もいなかったが、幸か不幸か足音らしき音は聞こえており、音の方角を目指して雁夜は再び這いずり、闇へと消えていった。
「・・・ヴェッ??」
ウェイバーは間の抜けた声というか空気の音を口から発したあと呆然としていた。
少し視線を外しただけだというのに、二人のセイバーの内一人の姿が一変していたのだから絶句するのも無理らしからぬだろう。
しかも、今のアルトリアの手に握られているのはセイバーの聖剣にも匹敵・・・若しくは凌駕するかもしれない魔力を迸らせる槍、それが自分達にとって重大な脅威足りうる代物なのは一目瞭然の事だった。
だが、そんな中にあってもウェイバーの視線はアルトリア・・・より正確に言えばアルトリアの胸部に釘付けとなっていた。
まあ、ウェイバーも思春期の青年だ。
そういった性的な事柄に対する興味は人並みにある。
それがいきなり衆目に惜しげもなく晒された豊満な胸部(上半分しか曝け出していないが、なまじ全て見えるよりも官能的である)に耳目が及んでしまうのは仕方が無い。
しかもそれほど長くも無い人生の中で最大級の大きさと美しさを誇るものであれば尚更だった。
と、アルトリア(の胸部)に釘付けとなっていたウェイバーに
「おおっ?坊主・・・余は夢か幻を見ておるか?」
ライダーもアルトリアの変貌に気付いたのか僅かに驚嘆した声を発した。
「いや・・・僕もお前と同じものを見ているから夢でも幻でもないと思うぞ・・・」
「本当か!余の眼に映る随分とふくよかと言うか女らしい騎士王の姿は幻でもなんでもないと言う訳か。ほほう・・・騎士王め、随分とエミヤに可愛がられておるのだろうな」
やけに下世話な事を口にするライダーだが、そこに下劣な感情は無く、例えるならば親しい友人夫婦の熱愛振りを茶化すような口調と声色だった。
だが、その口調に違和感を覚えたウェイバーが
「おい、ライダー?それって」
疑問を口にする前に、今度はライダーに襟首を掴まれて強引に引き寄せられた。
それに抗議を上げようとしたが直ぐに自分が顔を出していたポイントに一条の光線が通過したのを見て声を失う。
と、眼下より良く通る声で警告が発せられた。
「征服王!良く覚えておくが良い!私に対して邪なる視線を向ける事は断じて許さぬ!それを許されるのは我が夫シロウただ一人であると心得よ!」
そんなアルトリアの一喝をウェイバーは顔面蒼白になりつつも首を縦に何度も振る。
(御者台に遮られているのでアルトリアには見えないが)
だが、肝心のライダーは爆笑しながら聞き流した。
「ははははっ、目敏いな騎士王も」
その態度口調に反省の一文字は微塵も見受けられなかった。
「ええ、これは紛れも無くロンゴミニアドです」
アルトリアから返された当然の返答をセイバーは半ば呆然と聞いていた。
ようやくセイバーの口から出てきたのは
「何故だ!何故貴様がロンゴミニアドを持てる!王の使命も救国の志も何もかも捨て、男に溺れ媚び諂う貴様が!」
激しい声での詰問だった。
だが、その声は怒号や罵声と言うよりは悲鳴に近いようにアルトリアは感じた。
「何故も何も今の私の霊基は選定の儀に聖剣ではなく聖槍を手にした王の私です。であれば聖槍を持っていても不思議は無いのでは?」
セイバーの詰問を平然と流したアルトリアだが、不意に視線を上空へと向けると躊躇い無く、槍から魔力を光線のように射出、視線の先にいた『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』を操るライダーは巧みに回避する。
それを見て舌打ちすると、
「征服王!良く覚えておくが良い!私に対しての邪なる視線を向ける事は断じて許さぬ!それを許されるのは我が夫シロウただ一人であると心得よ!」
アルトリアの一喝に対する返答は上空からの爆笑。
もう一発放ってやろうかとも思ったが、セイバーが突撃を仕掛けてきたのを認めるとそちらに意識を集中させる。
「はああああ!」
魔力放出で距離を詰めると跳躍、裂帛の気合の中に憤激の感情を込めた一撃必殺の一閃を振り下ろす。
だが、それは
「ふっ!」
アルトリアの繰り出されたやはり一撃必殺の一閃で弾き飛ばされる。
「っ!」
ダメージは無いが跳躍していた所だった為踏ん張りがきかず、勢いそのままに数メートルほど吹き飛ばされた。
更に着地した後も石畳の上を滑りながら、ようやく停止した時セイバーとアルトリアの距離は目測で十メートル近く話されていた。
直ぐに体勢を立て直して構えるセイバーの不屈の精神にアルトリアは内心で半分賞賛、半分焦燥を抱いていた。
(流石は私ですね。個人的感情で視野が曇ろうともその在り様は健在ですか・・・ですがこのままだと)
アルトリアの焦りは士郎の消耗に関しての事だ。
『神界より集いし愛しき妻達(ブレイド・ワイフ)』、この宝具は神霊となった自分達を招聘出来るが、その代償として自分達の負担は士郎が残らず肩代わりする。
それ故に招聘出来る人数は最大八名だが、適正に使用出来るのは多く見積もっても三~四人が限度。
だが、現状士郎はここに自分とメドゥーサ、凛、ルヴィアを。
アイリスフィールの護衛にカレン、イリヤ、桜をそれぞれ呼び出している。
合計限度ぎりぎりの七人、いくら規格外の魔力を保有している士郎でも長々と負担出来るものではない。
いや、訂正しよう、士郎レベルの魔力量だからこそ『神界より集いし愛しき妻達(ブレイド・ワイフ)』は短期決戦用としてだが、宝具として成立する。
そんな士郎に桁違いの付加を与えるからこそ、凛はギルガメッシュとの戦いを短期決戦で決着をつけたのだし、アルトリアは知る由もないが桜達は絶対的優勢を保ちながら一時停戦を時臣達に持ちかけた。
全ては士郎の負担を可能な限り抑え込むために。
幸い士郎のクラススキル独立行動は全員持ち合わせているので戦闘以外は自前でどうにか出来るが、それも正直言えば焼け石に水程度。
現に横目で見た程度だが、士郎の動きが僅かずつだが鈍り始め、ランサーに押されつつある。
こちらも一気に決着をつけなくてはならないと決意を決めると
「最果てより光を放て」
それを口にした。
その声は大きくも無いものだったが、セイバーの耳にもはっきり聞こえた。
それがなんであるのか理解していたセイバーはすぐにもアルトリアを討ち取らんと踏み込もうとするがそれをも押さえ込む魔力の奔流が逆に吹き飛ばす。
それでも強引に突き進もうとしたが、そこにアルトリアの姿は無い。
慌てて周囲を見渡せばいた。
ドゥン・スタリオンと共に上空高く。
魔力を上から下へと放出する事で自らを打ち上げたのであろう。
それが何を意味しているのかセイバーには良く判っていた。
アルトリアが口にしたのは聖槍に施された十三の拘束の内半分を数秒だけ解放する為の詠唱。
半分だけしかも数秒のみと思う者もいるだろうが、セイバーからすれば半分で十分・・・いや、過剰なほど、数秒でもだ。
全て解放されれば間違いなく世界は崩壊する、それだけの宝具だ。
「其は天を裂き、地を繋ぐ・・・」
雲をも突き抜けたのかアルトリアの姿は地表から見る事は出来ない。
しかし、セイバーの耳には確かに届いていた。
「嵐の錨!」
ロンゴミニアドの拘束が半分解放されたのを。
事ここに至りセイバーは己が全てを賭して迎え撃つ覚悟を決めた。
だが、未だ万全ではない自身の左手で何処まで出来るかはわからない。
それでも、至近距離からエクスカリバーを解放、相討ち覚悟でぶつかればあるいは希望も見えるかもしれない。
いや、相討ちとなっても構わない、奴に・・・王である事の全てを棄てた奴に真実の王と言うものを見せ付けなければならない。
その意思を固め迎え撃とうとしたセイバーだったが、次の瞬間、今まで動かしたくても動かす事の出来なかった左手の親指が何の前触れも無く動いた。
「えっ?」
思わず呆けた声を出す。
ここは確かランサーの槍で不治の呪いを受けていたと言うのに・・・
思わず視線を向けるとそこには・・・
してやられたと言わんばかりの士郎と、してやったりの笑みを浮べたランサー、そしてほぼ消滅し僅かな残滓だけの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』が視界に飛び込んできた。
時間軸は遡る。
「あれは・・・!」
ロンゴミニアドを手にしたアルトリアを見て士郎と交戦中のランサーは絶句する。
アルトリアの急成長もそうだが、その手に握られたロンゴミニアドの脅威を明確にそして正確に推し量った結果だった。
士郎を一時捨て置いてもセイバーと共にアルトリアを討つべきではと迷いかけるランサー。
と言うのも先程からほんの僅かではあるが士郎の動きが鈍り始めている。
何が原因なのか不明だし、もしかしたらこれは士郎の芝居の可能性も無きにしも非ずだが、ランサーの騎士としての直感がこれは芝居ではないと訴える。
己の直感を信じるならばこれは好機と言うべきだ。
攻勢を強めて士郎を押し込む、若しくは『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』で手傷を負わせて一時的にでも戦線離脱させる事が叶えば・・・
だが、アルトリアはそんな思案の暇も与えなかった。
突如として上空高く打ち上げられるアルトリア。
それに比例するようにロンゴミニアドの魔力は膨れ上がる。
アルトリアが何をするのかは判らない。
だが、其れが自分達エクスキューター連合を壊滅に追い込みかねない・・・いや、確実に壊滅させる事だと言うのは理解出来た。
ならばそれを止めねばならないが、自分は士郎と、ライダーは上空でメドゥーサと交戦で手一杯、そして信じ難い事だが、アーチャーは一時的であるが戦線離脱している。
そうなれば残された希望はセイバーだがそのセイバーとて万全ではない。
皮肉だが、自分が『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』で負わせた傷が枷となっている。
自分にとっての最善は一つしかない。
しかし、それを行おうにも自分ではそれを為す事は出来ない。
であれば・・・
決意を固めるやランサーは
「おおおお!」
気迫の咆哮を発して更に激しく士郎に攻勢を仕掛ける。
『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』・『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を駆使した二槍の乱舞は激しく、並みの相手であれば成す術無く引き裂かれているだろう。
しかし、士郎はそれをかわし弾き、捌きランサーへと肉薄する。
いくら『神界より集いし愛しき妻達(ブレイド・ワイフ)』で消耗していると言ってもこの位は自力で切り抜けなければ神霊の名折れだ。
遂にはランサーの懐にまで潜り込む事に成功した士郎だが、その表情は冴えない。
本来であればランサーの懐に入り込める筈が無い。
アルトリアのロンゴミニアド発動で焦ったのか、その攻勢は激しくあるが、ランサーらしからぬ隙だらけの代物。
だからこそこの結果。
それに苦い思いを抱きつつも戦いにおいて情は侮辱、身体はこの好機を最大限生かすべく動く。
夫婦剣の一閃が『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』・『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を同時に弾きその勢いのままランサーを切り裂かんと振り下ろす。
タイミング、威力、全てが申し分ないそれを繰り出した士郎だが、ランサーが浮べた不敵な笑みを見た瞬間、何がどうなのかは不明だが『ランサーの罠に嵌った』と本能が警告を発する。
だが、時既に遅く、自身の直感通り士郎はランサーの術中に嵌っていた。
其れは第三者の視線から見れば其れはいかなる神業かと感嘆を浮べるだろう。
士郎によって弾かれた瞬間、ランサーは手首のスナップだけで二槍を逆手に持ち直すや背中越しで同時に虚空へと放り投げる。
空中でぶつかった二槍は澄んだ音を立てて弾き飛ばされる。
『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』はランサーの後方数メートルに転がり、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は回転しながらランサーの頭上へと浮かび上がる。
それをランサーは躊躇い無く掴み取ると士郎の夫婦剣を防ぐように槍の柄で受け止める。
まるで忽然と姿を現した『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』に士郎はランサーの狙いを正確に把握したが、完全に勢いづいた夫婦剣を止める事など、ヘラクレスレベルの武錬が無ければ到底不可能。
夫婦剣は当然のように『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』とぶつかり、しばし拮抗を保っていたが、やはり当然のように『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を三つに両断してしまった。
「これは・・・!」
セイバーはランサーと士郎との間に起きた事を全て理解した訳ではない。
だが、消え行く『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』と士郎とランサーの対照的な表情から凡その予測がついた。
未遠川で破壊する事が出来なくなった『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を破壊させたのだ、士郎を利用する事で。
思わずランサーへと視線向けられる。
『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を切り落とされるや後方へと跳躍しつつ『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を回収、構え直すランサーのその眼光に込められた意思をセイバーは正確に理解する。
自分は託されたのだ勝利を。
「ランサー・・・貴殿の覚悟・・・無駄にしない!」
聖剣より迸る魔力はセイバーの闘志に呼応するように猛る。
その様は上空のアルトリアからも確認出来た。
「・・・良いでしょう」
短く一言呟くとそれを合図としてドゥン・スタリオンは虚空を蹴り一気に急降下を開始する。
降下してきたアルトリアを認めたセイバーも聖剣を上段に構える。
「知るが良い!この一撃こそ我が信念!我が願い!貴様が捨て置いた想いの全てだと!」
己が在り方こそ正道だと信じるセイバーの咆哮と
「・・・」
無言でだが、セイバーに劣らぬ覚悟を想いを込めたアルトリアの手綱を握る強さに呼応したようにドゥン・スタリオンの大地目掛けて駆ける蹄が更に力強く交錯する。
そして
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」
真名解放と共にセイバーの軸足に全体重が込められ振り抜かれた光の斬撃は天高く解き放たれ
「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」
真名解放と同時に聖槍から放たれる魔力がアルトリアとドゥン・スタリオンを包み、其れは一本の巨大な槍となって急降下。
二つの神造兵器は中間地点でぶつかり合った。
エクスカリバー、そしてロンゴミニアド。
それぞれ違う歴史でアーサー王の常勝を支えた聖剣と聖槍の激突。
其れはこの地にアルトリアが現れた以上定まった運命であるだろう。
だが、同時にもう一つの引き金を引くきっかけともなった。
「ぁ・・・ぁ・・・」
其れは仰向けになりながらも確かに見た。
地より天を薙ぎ払わんばかりに昇っていく光の斬撃を。
天から地を砕かんと降り注ぐ光の槍を。
傷だらけの兜のスリット越しに確かに見た。
その瞬間、弱々しい筈の眼光に力が戻り全身を震わせて、少しずつ起き上がろうとする。
しかし、万全には程遠いのか、動かそうとするたびにその鎧にひびが走り、破片が撒き散らされる。
無理に起き上がろうとしているのか、痙攣は大きく力尽きたように倒れ込む。
「ぁ・・・ぁぁ・・・ぁぁぁぁ・・・」
だが、それでも動く事を止めようとしない、起き上がろうとするのを止めようとしない。
外観だけ見れば満身創痍の筈だというのに、起き上がるに連れてその眼光は鋭さを増していく。
「ぁぁぁぁぁ・・・ヴぁぁぁぁぁ・・・ヴぁーーーーーーーガァァァァァ・・・・」
遂に立ち上がった狂戦士・・・バーサーカーの声は小さくだが、その声には明確な憎悪と憤怒が込められていた。
エクスカリバーとロンゴミニアド、二つの宝具の激突は苛烈なものであった。
だが、その時間は短かった。
二つの一撃は完全に相殺され、二つの光が消え去る。
それと同時に天空からアルトリアが着地する。
アルトリアとドゥン・スタリオンその姿には傷一つ無く、握られたロンゴミニアドも健在。
(やはりこの程度で決着が付く筈もありませんでしたか・・・それにしても流石は私ですね。その想いが純粋であるが故に歪んでしまいましたがその力に曇りも陰りもありませんね)
内心では無念であるが、それを表に出す事もなく、冷静そのものといった佇まいを崩そうとしない。
だが、まずい事になった。
ただでさえ士郎に大きな負担を強いるロンゴミニアドで一気に決着をつけようとしたにも拘らず、それをしくじった。
二回目のロンゴミニアド発動は士郎の負担を鑑みれば到底容認できない。
そうなれば後は通常の白兵戦で決着をつけるしかないが、それは長期戦になる事を意味する。
これ以上の士郎への負担は容認出来ないが、それしか手が無いだろう。
そんな内心の焦りを抱くアルトリアとは逆に愕然とした表情はセイバー。
必勝の信念の下撃ち放たれた『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は届く事無く相手は健在。
「な、何故・・・」
信じられない、信じたくないそんな感情を声に乗せる。
しかもまだ余裕はあるといわんばかりの態度。
あの小憎たらしい怨敵にもう一発エクスカリバーを叩き込みたい所であるが、先程でかなりの魔力を消耗した。
一撃必殺であるエクスカリバーに更に魔力を上乗せして注ぎこんだ結果だった。
アイリスフィールからの供給は豊富だが、二発目を撃てるほどの回復には時間がかかる。
そうなれば時間を如何にかして稼ぐかの問題となる。
だが、それを目の前の奴が許すとも思えない。
どうすれば・・・
双方とも内容は違えども、似た焦りゆえに動くに動けず、だが、互いに隙を見せる事の無い奇妙な膠着状態が生まれた。
一秒が一分と思われるような長く伸びきった時間に互いの焦燥は募っていく。
そして、その膠着は・・・それほど長い時間は掛からなかった。
「アルトリア!」
屋根から戦況を見守っていた凛の声によって再び戦況が激変する。
まるでそれが合図であったかのように柳洞時本堂の壁を破壊しながら
「ヴァアアアアアアアア!!!ガァァァァ!」
バーサーカーが二人の下へと吶喊してきた
ぼろぼろの姿でお堂の柱をへし折ってきたと思われる丸太を右の脇で抱え、左手には木魚を引っ掴んで。