「しょ、正気だと!私を侮辱するのか!」
桜の冷たい返しにケイネスが怒りの声を発した。
「侮辱ですか?とんでもありません。私は貴方を侮辱する価値無しと判断しているだけです。大体なんで頭の悪い愚者を侮辱するなどという無意味な事をしなければいけないんですか」
「全くそうよね」
「ええ、話すだけ無駄と言うものです」
ケイネスの怒りの咆哮に対して静かに応じる桜だが、その台詞は辛辣を極め、イリヤはニコニコと、それでいて見下しきった笑みを、カレンは綺礼に向けていたそれよりも冷たい冷笑を浮べながらそれに同意する。
「か、か、価値なし!!あ、ああああああ頭のわ、悪い・・・ぐ、愚者・・・愚者だと!!き、ききききき・・・・」
怒りのあまり声を発する事が出来ないのかケイネスの言葉が続かない。
そんなケイネスの醜態を嘲笑一つで浮べながら
「大体貴方が今言ったのはあくまでも監督役の殺害が魔術に寄らぬ方法で殺されていたと言う説明に過ぎません。おまけに一方的な思い込みの決め付けだけで万人が納得できる証拠は何もなし。これで良く先輩のお義父様が殺害したなんて妄言を口走れますね。初代のロード・エルメロイって本当、魔術しか出来ない無能なんですね。Ⅱ世とは大違いです」
更にケイネスをこき下ろした。
と、しれっと言い放った『お義父様』の単語に切嗣が反応を示した。
「え、えっと・・・話の途中すまないが・・・君は・・・もしかして士郎の・・・」
躊躇いがちな問いかけに桜は打って変わって暖かい微笑を浮かべながら
「はい、申し遅れました。お義父様初めまして。私、衛宮士郎先輩の妻で衛宮桜と申します。先輩には本当に良くしてもらっています」
深々と一礼する。
その自己紹介が更なる連鎖反応を起こした。
「さ、桜・・・桜だと・・・」
娘と同じ名を名乗った時臣が思わず呟き、
「桜??・・・確かその名は遠坂の次女の・・・」
舞耶が思案に暮れる。
しかし、その声は
「何を言っている!!監督役を殺したのは奴だ!奴であるはずだ!奴でなくてはならんのだ!!」
ケイネスのヒステリックな絶叫でかき消された。
それを生理的な嫌悪感で顔を顰めながらカレンが
「全く喧しいと言ったら無いですね。先程から衛宮切嗣が犯人だ犯人だと言っていますが魔術に頼らぬ術で殺害したと言うだけでだけでよくそこまで確信をもって断言できますね。そもそも魔術に寄らぬ術が用いられたと言うならばそれは魔術師でなくても魔術師であっても犯人であるという可能性があると思いますが」
「その様な事はあり得ない!その男と違い我々は誇り高く、選ばれた者達だ!それがその様な卑劣かつ下賎な術で殺害する筈が無い!つまりはその様な術を平気で使うその男こそが犯人だ!」
「何言っているのこいつ?手段に高貴も下賎もないわよ。使う人間が馬鹿だったら魔術だって下賎の手段に成り下がるだけよ。そんな事も判らないの?」
ケイネスの反論をイリヤが一刀両断し、止めとばかりに桜が
「それにしても・・・先程からお義父様が殺した、お義父様が犯人だと喚いていますが、そんなにもお義父様を犯人にしたいんですか?それとも・・・犯人に仕立て上げなくては困る事情がお有りなのでしょうか?」
その問い掛けにケイネス、時臣は絶句し、綺礼は表情を顰める。
「し、仕立て・・・あ、上げるだと!な、なんと無礼な!」
ようやくケイネスが吼えるが、アイリスフィールにも判るほどあからさまに動揺している。
そこへカレンが更なる追撃を仕掛けようとしたその時、突然地面が発光し始め、明らかな魔術的な結界が張られた。
「これって一体・・・」
アイリスフィールが戸惑ったような声を発し、辺りを見渡し、切嗣、舞耶は新たな警戒を露にする。
それは連合側も同じだったらしく、時臣達も突然の異変に戸惑っていた。
だが、それが何であるのかを知る者もいた。
「サクラこれって・・・」
「アルトリアさんの『全て遠き理想郷(アヴァロン)』ですね」
イリヤの問い掛けに桜は確信をもって頷いた。
一方、時間軸は巻き戻り柳洞寺境内・・・
「しょ、正気だと!侮辱するのか!」
セイバーの抗議に対してアルトリアの声は何処までも冷めていた。
「侮辱ですか?・・・今の私・・・いや、貴様には侮辱される資格すらあるとは思えませんが」
「何!」
アルトリアの言い草に柳眉を挙げるセイバーに冷めた視線を向けたままアルトリアは口を開く。
「自信に満ちた言い草から余程決定的な証拠か貴様自身がその眼で見たのかと思えば、まさか魔術に寄らぬ術で監督役が殺害されたからキリツグが犯人、シロウがその片棒を担いでいるなどと世迷言を口にするとは思いませんでしたね。情けないにも程がある・・・これが平行世界とは言え、私であるとは到底思えません」
「世迷言だと!更に侮辱する気か!」
頭に血が上りっぱなしのセイバーの耳にはアルトリアの最後の呟きは聞こえなかったらしく、更に吠え立てる。
「侮辱?何寝言を言っているのですか。私は事実を言ったまでの事。どのような手段で殺されたのかは知りませんが、魔術に寄らぬ手段での殺害だというのであれば魔術師であっても魔術師でなくても出来る事。つまりは誰もが容疑者である筈。だが!そんな事実に眼を背け、くだらない理由でエクスキューター・・・いえ、シロウに・・・我が愛する伴侶に濡れ衣を着せたと言うのか!これが平行世界の自分かと思うと恥しか感じない!」
セイバーは驚愕に表情を歪め、呆然と立ち尽くす。
だが、それはアルトリアに喝破されたのではなく
「な、何だと・・・貴様今・・・何と言った?平行世界の自分だと?」
まずは目の前に現れたアルトリアが平行世界の存在であるとは言え、紛れもない自分であると言う事に呆然とした声を出し、そして・・・
「そうだ!私は別の平行世界の私、だからこそ情けなく感じるのだ!その様な下らぬ思い込みだけで我が愛おしき夫に冤罪を擦り付けようとする貴様を!」
「愛する・・・伴侶・・・夫だと・・・貴様!国を、ブリテンを救う誓いを捨て男に現を抜かしていると言うのか!」
そして、アルトリアが救国の意思を捨てて男に・・・それも憎きエクスキューターに媚を売っているという事に対して、憤怒の咆哮を上げる。
それに対してアルトリアが口を開こうとした時、アルトリア、セイバー目掛けて剣弾が襲撃を仕掛けてくるが、それを見るや一時休戦と二人は協力して全て弾き飛ばした。
「はっ、見たくない代物はいやでも出てくるものだな。浅ましき娼婦がもう一匹湧いて出てくるとは」
セイバー、アルトリアの見事な迎撃に感銘の色を見せる事も無く、つまらなそうに鼻を鳴らしながら襲撃犯であるアーチャーが不快を前面に押し出して吐き捨てる。
「アーチャー!貴様何の真似だ!」
「何の真似だと?娼婦!貴様、我に無礼の限りを尽くした事をもう忘れたと言うのか!」
激昂し合う二人を余所にアルトリアは冷静に・・・正確には呆れたような口調で
「で、何の用ですか?ギルガメッシュ。こちらは色々忙しいのです。下らぬ用件であれば後にして下さい」
ごく自然にアーチャーの真名を口にしていた。
「何だと!娼婦きさ・・・ほう、顔は同じでもこちらの娼婦は僅か程度だがものの道理を弁えているようだな。我の名を知っているとは」
アルトリアの不遜な言い草に怒りの矛先を向けようとしたアーチャーだが、直ぐに傲慢な笑みを取り戻した。
「え・・・ライダー・・・あのもう一人のセイバーが言っていたギルガメッシュって・・・もしかして・・・」
「もしかせんでも金ぴかの真名だろう。余の予測も的中したようだな」
暢気なライダーを余所にウェイバーは言葉を失っていた。
ウェイバーの知識が正しければギルガメッシュと言えば古代メソポタミアの都市国家ウルクを統治していたと言われる半神半人の人類史最古の王。
それ故にギルガメッシュをこう呼ぶ者もいる、『英雄王』と・・・
おそらく・・・と言うか間違いなく英霊としての格は最高峰に位置するだろう。
そんなとんでもないサーヴァントを遠坂は従えていたのかと、ウェイバーは心の底から戦慄を隠せず、またこの時初めてアーチャーの真名を知ったセイバー、ランサーも驚愕、あるいは苦渋の表情を隠そうとしない。
そんな中でもライダー、アルトリア、そして士郎は特に表情を変える事も無くアーチャーを見遣っていた。
「・ ・・はははっ無知蒙昧、愚鈍極まりない貴様ら雑種共も理解しただろう。この我と雑種共との間にある絶対的な格の差と言うものを」
と、そこへ士郎に視線を移す。
「贋作者(フェイカー)、今の我はすこぶる機嫌が良い。先程は貴様を即刻処刑するつもりでいたが最後の機会を与えてやろう。あの剣を我に献上し我の前で速やかに自害せよ。それで貴様の罪を全て清算してやろう。今度こそ受けるであろう。我と貴様の間にある格を知れば答えは一つであろうからな」
どうやらまだ諦めていなかったのか士郎を再度脅迫してきた。
「??シロウ、ギルガメッシュの言っているあの剣と言うのは何なのですか?」
アルトリアの疑問に士郎は簡潔に答えた。
「ああ、『交錯する絶望と希望別つ運命の裁断(スパイラル・フェイト・ブリンガー)』の事だ。あれは自分が持つべきものだと言って来てな」
「・・・えっとつまりなんですか?シロウ、ギルガメッシュはあろう事か『交錯する絶望と希望別つ運命の裁断(スパイラル・フェイト・ブリンガー)』をよこせと言ってきているのですか?・・・愚かですね」
アルトリアの声は大きくは無いがアーチャーの耳にはしっかりと届いたようだった。
殺気をみなぎらせてアルトリアを睨み付ける。
「愚かだと?貴様、誰に対してモノを言っている!少しは身の程を弁えていると思っていたが所詮、娼婦は娼婦か」
アルトリアを侮辱しきったアーチャーであるがアルトリアに怒りの色は見受けられない。
「身の程を弁えていないのは貴様の方だ、ギルガメッシュ。シロウの剣が自分の物?貴様の妄言は色々聞いてきたが今回は極め付きだ。貴様如きこそ泥風情が、王が持つ剣を欲するなど、それこそ身の程知らずこの上ない」
それ所か痛烈を通り越して辛辣な弾劾をアーチャーめけて言い放つ。
「!!」
アーチャーの表情が再度憤怒に染まる。
「貴様・・・我をこそ泥風情だと?王の中の王である我を娼婦風情がそこまで見下すと言うのか!」
アーチャーの咆哮にアルトリアはしばし思案すると
「・・・少々訂正しましょう。こそ泥は確かに相応しくありませんでした。シロウに比べれば貴様など他人の慈悲を求めて這い蹲ることしか出来ない唯の物乞いに過ぎません」
アルトリアの止めの一言にアーチャーは、憤怒の表情のまま、もはやかける言葉は無いとばかりに原典宝具を一斉射出。
士郎諸共アルトリアを肉塊にせんと迫り来るがそれを
「カレイド・・・シュート!」
同じ数の魔力弾が一つ残らず打ち砕いた。
「!!」
突然の事に周囲を見渡すと
「じゃっじゃじゃーん!!今ここに堂!々!再!臨!皆!待たせたわね!全平行世界待望の魔法少女カレイド・ルビーのプリズムメイクが再開するわよ!」
赤を基調としたフリルドレスに赤の猫耳、猫尻尾のツインテールの少女・・・と呼ぶにはいささか・・・いや、かなり歳を重ねすぎた女性の姿が合った。
『・・・』
その姿に全員が沈黙をもって彼女を出迎えた。
なまじ美人である分、その痛々しい姿にどう反応していいのか判らなかった。
あのアーチャーですら呆然としていた辺りその衝撃の大きさを察するに値する。
おそらく時臣がこれを見れば呆然を通り越して失神するだろう。
何しろその女性は己が愛娘、凛の面影を残しているのだから。
まあ、その正体は本物の(平行世界上であるが)娘であるのだが。
例外なのはライダー、アルトリア、士郎であるが、ライダーは噴出す五秒前といった表情で、アルトリア、士郎は悲痛な表情を崩さない。
「・・・なあ、アルトリア。凛の奴、確かあのステッキ一応使いこなせたって言っていたはずだったよな・・・なのにまた操られているのか?」
「・・・いえ、シロウ、おそらくですが、リンは開き直っているだけだと思います。若しくはヤケクソではないかと・・・」
士郎の沈痛な問い掛けに更に沈痛な面持ちで応ずるアルトリア。
そんな奇妙な沈黙はライダーと我を取り戻したアーチャーによる爆笑の二重奏で終わりを迎えた。
「はっはははははは!あーーーーはっはっはっ!!何だそれは!今宵は娼婦やら道化やらが揃いも揃って実に飽きさせぬ!ここは何時から宴の場となったのだ!我の無聊の慰めを一時でも務め上げた事だけは褒めてやろう!」
と、アーチャーの嘲りの言葉を耳にするや満面の笑みをかなぐり捨てると
「っ!!こっちだって好きでやってんじゃないわよ!こんの駄金ぴか!って言うか開き直らなきゃやってられないわよ!こんにゃろーが!!それと上空の筋肉馬鹿!覚えときなさい!あんたもついでにぶっ飛ばす!」
激怒の感情を前面に押し出して罵詈雑言の限りを尽くす!
「あー・・・アルトリアの言うようにやけっぱちだったか・・・」
しみじみと士郎が呟く。
「だがな」
と、不意に笑うのを止めた、アーチャーが冷酷な表情に立ち返る。
「我の断罪を邪魔したとなれば道化であろうとも看過は出来ぬ。貴様もそこの贋作者(フェイカー)と娼婦共々死に絶える覚悟があっての事か」
死刑宣告とも取れるそれを聞いて凛も表情を変える。
だが、それは恐怖と絶望に怯えるものではなく
「駄金ぴか、あんたまさか士郎を殺せるって思っているの?『井の中の蛙大海を知らず』って諺良く聞くけど、それをここまで見事に当てはまる奴って初めて見たわ。はっきり言うけどあんたと士郎とじゃ格が違いすぎるのよ。士郎を王だと例えれば駄金ぴか、あんたは御山の大将が関の山でしょうね」
力の限り見下した笑みでアーチャーをこき下ろしたものだった。
無論だがそれを寛容に聞き流すアーチャーである筈が無く。
「抜かしたな!この道化が!」
原典宝具を凛一人にターゲットを絞って撃ち放つが、それは全て凛が持つ派手な装飾で飾り立てられた銃のような大砲のような形容しがたい代物から放たれる魔力弾によって全て打ち砕かれた。
「!!」
「ああ、それと私を殺せないようだったら士郎を殺すなんて夢物語も良い所よ。士郎は私よりも数倍強いんだから。こう言う時はこう言うのよね。『寝言は寝てほざけ』って」
ご自慢の宝物を一度ならず二度までも砕かれただけでなく、とことん侮辱された事でアーチャーの標的は完全に凛に定まった。
言葉での脅しも無く、ただ無感情に、無表情に凛を見下ろすアーチャーの視線には紛れもない、凛への処刑宣言が込められていた。
そしてそれを受ける凛はと言えば、こちらも怯える素振りも見せる事無く、涼しい顔で士郎にそれとなく視線を向けながら、受け流していた。
「シロウ、リンはギルガメッシュを・・・」
「ああ、相手をしてくれるみたいだな」
さり気無い視線だけで凛の意図を把握したアルトリアと士郎は頷きあう。
「後はイスカンダル陛下だが・・・」
「心配はありませんシロウ。あちらはあちらで」
とアルトリアに釣られるように上空に視線を向けると、何時の間にかライダーの戦車と幾度と無く交錯する一条の光があった。
時間はやや遡る。
アーチャーとほぼ同時に大爆笑するライダーを尻目にウェイバーとしては気が気でなかった。
何しろ圧倒的優勢のままエクスキューターが討ち取られるかと思えば、突然現れたもう一人のセイバー・・・しかも本人の宣告が正しければ、彼女は正真正銘もう一人のアーサー王である・・・に加えて、更にアーチャーの攻撃をいとも容易く一蹴してのけた謎の女性。
外見だけで言えばいい年のご婦人がコスプレに興じている痛々しい姿だが、その服装や何よりも手にしている形容しがたい代物・・・おそらく礼装なのだろうが、どれも桁違いの魔力を有しているのはウェイバーでも判る。
この二人の登場で一気に状況は不透明になってしまった。
「な、なあライダー笑って」
と、不意に笑うのを止めたライダーが
「坊主、屈め!」
鋭い声でウェイバーの頭を押さえて、半ば強引に屈めさせると神牛の手綱を巧みに操り、滑るように真横に移動する。
それと同時に数秒前まで戦車のあった空間目掛けて一条の光が貫いた。
それがただの光で無い事は光が通過した時重力場に護られている筈の御者台からでも感じた衝撃波から明らかだった。
その光は大きく弧を描き、ライダー達と相対するように、目の前に立ち塞がった。
その光を目の前にしてライダーは不敵な笑みの中に緊迫の色を隠そうともせず、無理やり頭を押さえつけられていたウェイバーがようやく顔を上げるとその光の正体に愕然とする。
今まで光と思っていたそれは純白の馬であった。
数日前『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』で見たライダーの愛馬ブケファラスに比べると見劣りしてしまう(ブケファラスと比べる事がそもそも誤りであるが)が十分駿馬と呼びうる、名馬であった。
ただし、その背には一対の同じ位純白の翼が生えている。
翼有る馬などウェイバーには心当たりは一つしかない。
世界でも有名な幻想種の一つであり、幻想種でも高位に位置する天馬、ペガサスに他ならない。
更に、よくよく見てみるとペガサスの背に跨る人影を認めた。
視力を強化して確認してみると、それは長い・・・本当に長いにも拘らず遠目でもわかる絹の様な滑らかな紫色の髪の女性だった。
黒の露出過多な服装を豊満な肢体に纏い眼を無骨な眼帯で覆い隠しているが、それをもってしても彼女の美貌を損ねるに値しない。
そんな謎の美女がペガサスを操っていた。
「ラ、ライダー・・・あれって・・・」
「ま、敵だろうな。おう、久しいではないか!ゴルゴンの末女よ!」
「・・・久しいですね征服王・・・と言いたい所ですが、いささか立腹しています。征服王、何故、貴方が、シロウと敵対しているのかと納得のいく説明が欲しいのですが」
ライダーの呼びかけにぞっとするほど冷え切った声で応ずる。
冷え切っているにも関わらず、言葉の節々に込められた煮えたぎった怒りの存在はウェイバーでも理解できる。
「お、おい・・・あっちかなり怒っていないか?・・・と言うかゴルゴンの末女ってもしかして」
「坊主貴様の予想しているままだろうよ。それよりもしっかりと伏せておれ。あ奴相手では余も手を抜けんし、貴様を降ろして戦いに専念させる余裕を与えるとも思えん」
「へっ?おい、ちょっと待てそれってつま・・・うひゃああ!!」
状況についていけないウェイバーの悲鳴をBGMにしてライダーが『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』の速度を上げて目の前のペガサスへと肉薄する。
それに対するようにペガサスに跨る美女・・・メドゥーサはその口元を吊り上げる。
その笑みはまさしく獲物を目の前にした肉食獣の笑みだった。
「イスカンダル陛下はメドゥーサが抑えてくれているか。これでようやく状況は五分と言った所か」
現状連合側の戦力はセイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカーの五騎。
だがバーサーカーの復帰は未だならず実質四騎。
そしてこちらも現状士郎、アルトリア、凛、メドゥーサの四人。
数だけで言えばようやく互角に持ち込んだ。
また切嗣へはイリヤ、カレン、桜を護衛に向かわせているので憂いも無い。
「で、どうする?アルトリア、ディルムッドとの一騎打ちが望みであれば・・・」
そんな士郎の申し出にアルトリアは微笑みながら
「シロウ、感謝しますが、私は・・・」
そう言ってアルトリアはセイバーに視線を向ける。
それだけで士郎もその心中を理解したのか一つ頷くと
「判った。じゃあ、セイバーは任せる。俺は・・・」
そう言い、ランサーと対峙しようとしたが、
「シロウ、感謝します・・・が、この戦いが終わったらしっかりきっちり説明してもらいますからね」
アルトリアの言葉を背に受けて、苦笑しつつも何かを思い出したようにアルトリアに耳打ちをする。
それにアルトリアは僅かに思案したが直ぐに了解の意を込めて一つ頷く。
それを見届けてから士郎は改めてランサーと対峙した。
「さて・・・ディルムッド、ここからは一対一の一騎打ちだ。お前としてはアルトリアとのそれをお望みだったと思うが俺に付き合ってもらうぞ」
「いえ、エミヤ殿、確かに騎士王との一騎打ちも楽しみでありましたが、エミヤ殿との一騎打ち待ち焦がれた事、喜んでお相手を務めましょう」
不敵に笑いながら二槍を構えいつでも士郎に襲い掛からんと姿勢を低く保つ。
それは猛禽が獲物を定め上空から襲いかかろうとする姿に酷似していた。
そんなランサーを見据えて士郎は夫婦剣を構え間合いを保ちながら静かに迎撃の構えを取る。
二人の間に漂う空気は、破裂寸前まで張り詰める。
一方・・・互いに構えもせず、だが、隙も無い体勢で視線を交し合うセイバーとアルトリア、二人の間に漂う空気は士郎とランサーとの間のそれと同じ位張り詰めていたが、それは雷鳴が絶え間なく轟く雷雲のそれと思わせた。
「・・・覚悟はいいな」
セイバーの口から出た言葉からは純粋な怒りに溢れていた。
本来であればセイバーにとって討つべき相手は士郎であるのだが、今、この時だけは目の前のアルトリアこそが討つべき相手だった。
救国の意思も王の誇りも投げ捨てて男に、それも憎きエクスキューターに現を抜かし媚を売るアルトリアの存在は別世界の自分であるが故に憎悪に、侮蔑に値する存在に他ならなかった。
自分と相容れない存在を認め許容するのではなく、否定し徹底的に排除しようとするその心理、セイバー自身に自覚は無いだろうが、今のセイバーのそれは切嗣に憎悪を抱くケイネスの心理そのものだった。
そんな触れれば火傷所か四散するような殺気を向けられながらアルトリアに変化は無い。
自然にセイバーの殺気を受け止める、と言うよりは
「・・・言いたい事はそれだけですか・・・全くシロウは何をしたのか、どういった対立があればここまで意固地になるのか・・・」
受け流しながら愛おしい夫に愚痴を零す。
そんな柳に風の態度のアルトリアにセイバーは一刀で斬り捨てんと剣を構えようとした時、アルトリアの手に突如として現れた鞘に眼を見開く。
あれは間違いなく自分が失った聖剣の鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』・・・
何故あの鞘を王の資格無い者が・・・
混乱しているセイバーを尻目に『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は眩い光を放ち数百のパーツに分散する。
『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は平行世界からの干渉すら防護する比類なき守護の宝具。
それを己が身に纏うかと思われたが、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』パーツは柳洞寺・・・いや、円蔵山の各所に分散したかと思えば、円蔵山全域は光に包まれる。
「これは・・・貴様どう言う」
自分の身を護るものとばかり思っていたセイバーはいささか困惑したが、
「貴様に説明する筋合いがあるとは思えんが」
アルトリアは不敵に笑い改めて剣を構える。
セイバーには言わなかったが士郎に頼まれて『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を円蔵山に展開した理由は二つ。
一つは円蔵山・・・ひいては『大聖杯』を崩壊させない為。
何しろ今この円蔵山では四対四のサーヴァント戦が行われようとしている。
しかも、その内半数以上がその気になれば円蔵山を容易く崩壊させる事も可能なメンバーである事を考えればこの処置は当然であるといえた。
だが、士郎達の目的は冬木の聖杯戦争の終焉・・・つまりは大聖杯の破壊にある事を考えるとその行為は矛盾しているようにも思えるだろう。
その理由はもう一つの理由に有る。
今ここにいるのは自分達だけならば崩壊させても問題は無いが、マスター達もいる。
ウェイバーのみはライダーに無理矢理同行させられているが残りは自分達と別行動をしている。
自分達は自力で如何にか出来るが、魔術師であるに過ぎないマスター達が円蔵山崩壊時に、為す統べなく巻き込まれる可能性が高い。
冷酷なようだが連合側のマスターが円蔵山崩壊に巻き込まれようともと知った事ではないが、アイリスフィール、舞耶、そして切嗣までもがその巻き添えになるすれば話は別だ。
ここで大聖杯を破壊出来ないが、アイリスフィールらの安全を最優先である事を考えればこの選択がベターだろう。
アルトリアの不敵な笑みを見て挑発と判断したのだろう、セイバーは怒りの中に冷徹な闘志を胸に改めて剣を構える。
既に二人とも『風王結界(インビシブル・エア)』は解除され刀身がむき出しになっている。
摺り足で一歩進み出たかと思った瞬間、同時に地を蹴り、中間地点で二本の聖剣は同時にぶつかり合った。
それを合図とするようにランサーもまた地を蹴り、士郎はそれを待ち構え、アーチャーの猛攻は更に激しさを増し凛はそれを全て迎撃、ライダーとメドゥーサの空中戦は白熱の度合いを増していく。
『柳洞寺の戦い』はここより第二ラウンドに突入した。