時間は若干遡る。
時臣とケイネス(前者は義務、後者は渋々)を護衛しながら切嗣の襲撃を警戒し続けた綺礼だったが、音沙汰も無く時間だけが過ぎていく。
(おかしい・・・)
徐々に綺礼を疑惑と困惑が支配していく。
切嗣から見てスタングレネードを食らい視覚と聴覚を封じられた今の自分達は格好の獲物の筈。
そこへ銃を撃つなり手榴弾を投げ込めば自分達に重傷を負わせる、悪ければ戦闘不能、最悪即死させる事も可能である事を理解していないとはとても思えない。
現に時臣の防御陣もケイネスの『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』共に術者の魔力供給が一時的に途絶えた為、その機能を停止していた。
だが、二人共落ち着きを取り戻してきたのか、再起動しようとしている。
つまり切嗣は起死回生の好機をみすみす見過ごしたと言う事だ。
いくら満身創痍とは言えこのような好機を見逃すだろうか?
自問の返答は否、絶対にありえない。
では何故切嗣はこちらに攻撃を仕掛けなかったのか?
そこまで思考が至った時、綺礼の脳裏に電撃のようにある可能性が閃いた。
まさかと思い、慌ててある一点に視線を送ると・・・そこにいるべき筈の人物達がいない。
「しま・・・!!」
その時だった。方角から見て柳洞寺境内の方角から先程と同じ轟音と閃光が迸ったのは。
そしてそれに間髪入れる事無く明らかに膨大な魔力を雑木林から観測したのは。
この時点で綺礼は自分達の失策が、切嗣達に逆襲の一手に繋がってしまった事を認識した。
「して・・・やられたか・・・いや、こちらの慢心による当然の結果か・・・」
そう呟くと、最大の戦犯であり、今しがたの魔力を感知したのかようやく立ち上がろうとしているケイネスに本気の殺気を込めた視線で睨み付けていた。
一方・・・令呪で士郎に反撃を託した切嗣は全身を襲う苦痛に耐えながら崩れるように倒れかける。
それをアイリスフィールが支える。
「ああ、すまない・・・アイリ」
「ううん、これくらいはさせてキリツグ」
そう言って切嗣に寄り添いながら立ち上がろうとするアイリスフィールだが、筋力は並みの女性とさして変わらない彼女には切嗣を支えながら立ち上がるのも重労働だった。
思わず舞耶が手を貸そうとしたが、これは切嗣が
「舞耶、お前は周辺の警戒を」
そう言って痛む身体に鞭打ってなんとか自力で立ち上がった。
「切嗣、これからどうしますか?」
「一先ず士郎と合流・・・は無理だな。どの宝具を使ったのかは不明だけど、士郎も僕達を守りながら連合と戦うなど不可能だ。あれは嬉々として士郎を始末しようとしているだろうから助力も期待出来ないだろう」
その言葉にアイリスフィールはその表情を暗くする。
切嗣の言葉には悪意が込められているが、言いがかりではない。
事実、セイバーは切嗣達を犯人だと決めて掛かっており、疑う素振りなど欠片も見せなかった。
「そうなるとこの森を利用して遠坂達との交戦は可能な限りやり過ごすと言う事ですか?」
「それしかない」
残存武装は切嗣はコンテンダー、近接専用のナイフ、追加発注で用意した手榴弾はスタングレネードを含めて全て使い切った。
アイリスフィールは完全に丸腰で、舞耶は切嗣から受け取ったキャレコだけ。
普通であっても不十分な装備だというのに、今自分達が相手としているのは一流の魔術師二名に歴戦の代行者。
更に切嗣は満身創痍でろくに戦えない。
この状況で交戦に入れば間違いなく切嗣達は全滅する。
「判りました。一先ずここから移動しましょう。そろそろ遠坂達もスタングレネードのダメージから回復したとしてもおかしくありません」
「ああ、遅かれ早かれここに来るだろう。可能な限り距離を取らないと」
だが、そんな切嗣の言葉を嘲笑うように
「そう言う事か・・・御三家の一角がここまで腐り果て、落ちぶれるとは・・・」
声の節々に怒りと侮蔑、そして陰惨な愉悦の感情が込められた声が木霊する。
咄嗟に舞耶がキャレコで声の咆哮目掛けて乱射するが、闇から姿を現した『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の防御陣の前にはびくともしない。
マガジン内の弾丸全てを使い切ったところで交換しようとするが、それを黒鍵の一閃が交換用のマガジンを、続けざまにキャレコを完膚なきまでに破壊する。
「・・・よもやと思っていたが、未だ繋がっていたのか・・・アインツベルン・・・残念だ。実に残念だ」
憐れみと悲しみと怒りの混ざった声と共に姿を現したのは綺礼を従えた時臣。
「・・・随分と速いな・・・」
忌々しく呟く切嗣だったが、直ぐに気を取り直し、
「・・・アイリ、舞耶、僕を置いて逃げろ。僕一人ならまだ少しは時間を稼げる」
「!!キ、キリツグ!」
思わず悲鳴を上げるアイリスフィールだが、切嗣の顔色は変わらない。
この時点で切嗣は覚悟を決めていた。
士郎が事態を好転させるまで、アイリスフィール達が無事に逃げ果せるまで身体は無論のこと命を張って時間を稼ぐと。
ぼろぼろの自分が稼げる時間などたかが知れているが、逆よりはましだろう。
だが、そんな切嗣を笑い飛ばしながら
「逃げられると思っているのか?カスども!全員そろってただでは死なさんぞ・・・まずは全員動けなくしてからアインツベルン!そして女、まずは貴様らをじわじわと殺してやる・・・殺すだけでは済まさん、魔術師としても女としてもその尊厳を貶めてやる。その中地屈辱と絶望の中で死ね。そして貴様は何も出来ぬ無力さを噛み締めながら最後に殺してやろう。そして貴様ら全員この聖杯戦争を汚した事を、それに半端な覚悟で加担した愚かさを知りながら死んでいくが良い!」
ケイネスはそう言って『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が攻撃態勢に入る。
もはや身を守るすべのない切嗣達の命運は決まったかと思われた。
次の声が響くまでは。
「呆れた。初代のロード・エルメロイってここまで下種だったの?もっともらしい事を言っているけど結局は自分の思い通りにいかないから癇癪起こしているだけじゃない」
その声と同時に切嗣達の背後から二羽の鳥がケイネス目掛けて飛翔する。
いや、それを鳥と呼んでいいのか極めて微妙だったに違いない。
何しろその二羽の鳥は針金で加工された造り物の鳥だった。
アイリスフィールが用いる即席ホムンクルスに酷似したものだったが、大きく違うのはその針金が五色に輝く宝石のような針金であった事。
突然の奇襲に虚を突かれたケイネスだったが、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は主の命令に従い即座に防御態勢をとる。
鳥の鉤爪は水銀の幕を軽く引っ掻いただけで僅かな本当に微かな傷を残したが、その防御を突破する事は叶わない。
「はっ、誰かは知らぬがそんな児戯で『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の無敵の守りを・・・なぁ!」
取るに足らぬ攻撃に嘲笑を浮かべようとしたケイネスだったがすぐにそれは驚愕に取って代わられた。
鉤爪に引っ掻かれた箇所から『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が変質を始めようとしていた。
水銀の幕は鳥が引っ掻いた箇所から五色の宝石の幕へと変貌を遂げていく。
水銀の防御幕が宝石のドームと化すのにさほどの時間を要しなかった。
それを見計らうように。
「無敵の守りですか・・・では当然これも防ぎきれるのですよね?」
新たな、冷ややかな声と共に何か空気を切るささやかな音と、周辺の木々を薙ぎ倒す・・・と言うよりは吹き飛ばす轟音と共に巨大な棘付き鉄球がケイネスの収まっている『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』だった宝石ドーム目掛けて振り落とされようとしていた。
突然起こった状況の変化に、ついて行けれない者が大半の中誰よりも早く動いたのは綺礼だった。
轟音を聞いた瞬間、自分が介入しなければならない事態である事を判断したのか迷う事無く黒鍵を『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』目掛けて投擲、宝石の幕は見事に砕け散る。
本来であれば綺礼が渾身の力を込めても砕ける筈は無いのだが、現在の『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は予備の品で質量共にアインツベルンの城でのそれよりも少なく、幕も薄くなっていた事が幸いした。
砕けるか砕けないかの内に綺礼は自身の魔術回路で脚力強化を施し疾風の如き勢いで駆け抜けると『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が砕けるのに一瞬遅れてケイネスを引っ担ぐように回収、危険範囲から離脱する。
それに数秒遅れて鉄球が僅かに残っていた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の幕を薄氷よりもあっさりと粉砕しながら地面にめり込む。
それと同時に周辺所か円蔵山、もしかしたら冬木市全域で観測出来たのでないかと思われるほどの大きな地響きが起こった。
(後日判明した事だが、この地響きは冬木市所か近隣の市町村でも観測されニュースで原因不明の直下型地震と報じられた事でここ数週間の怪奇事件も重なり冬木市民に更なるストレスを与える事になった)
「な、なななななな・・・」
綺礼に救われ荷物のように投げ捨てられたケイネスは数秒前までの自信に満ちた表情や態度などどこかへ投げ捨てたのか、声も無く呆然と『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を押し潰した鉄球を見遣っている。
もはや自分の優位そして聖杯戦争を汚した愚か者達への正義の制裁(ケイネス主観)が下される事は疑いなしを決め付けていただけにこの状況の変化について来れなかったと見える。
「あら?随分脆いですわね。これなら士郎の『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』や、志貴の霧壁の方が余程手ごたえがありますね」
「何言っているのよ。シロウの『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』は限りなく本物に近い投影宝具、シキの霧壁はシキの切り札の一つにして神の守りそのものよ。比較するのも馬鹿らしいというか比較しちゃいけないレベルの話じゃないの」
そんな事を言いながら暗闇から姿を現したのは二人の女性・・・一人は白銀の髪に赤い目の外見上は十代前半位と思われる少女で、その肩にはあの五色の針金で作り出された鳥が本当に生きているように毛づくろいの真似事をしている。
もう一人はグレーに近い銀髪に金の瞳の二十代から三十代の女性でその手には鎖付きの柄が握られている。
その鎖はあの棘付き鉄球と繋がっており、それを女性は軽々と手元に引き戻す。
そしてその姿はフリル付きドレスに何故か猫耳、猫尻尾と言う出で立ち。
前者は純白、後者は新緑で統一されていた。
その内一人を見て切嗣、アイリスフィールは絶句した。
それも無理は無い。
何しろ姿を現したのは紛れも無い
「イリヤ・・・?」
「イリヤ・・・なの?」
二人にとって至宝といえる娘イリヤスフィールだったのだから。
だが、直ぐにどこか違うと直感を抱く。
目の前の彼女が偽者という話ではなく、この少女もイリヤスフィールなのだろう。
だが、自分達の娘であるイリヤスフィールではない、二人ともそんな確信を抱いた。
であるならば考えられる可能性は一つしかない。
「貴女・・・もしかして平行世界のイリヤなの?」
アイリスフィールの恐る恐ると言った問い掛けに
「ええ、そうよ。お母様、キリツグ。私はこの世界の私(イリヤスフィール)じゃなくて・・・シロウと同じ世界のイリヤスフィール(私)。向こうの世界の第四次でお母様も、キリツグも失った私(イリヤスフィール)よ」
その独白に二人は絶句しどう返答をすれば良いのか判らず言葉を窮していたのだが、
「あっ、でも安心してその代わりシロウって言う最高の旦那様を手に入れて、シロウと一緒にラブラブに暮らしているから」
一転して朗らかな、幸福そのものと言わんばかりの告白に別の意味で絶句した。
「イリヤスフィール。そんな事をいっているとまた凛や桜、アルトリアが黙っていませんよ」
「良いのよ言わせておいて。所詮は負け惜しみの遠吠えに過ぎないんだから」
話が妙な方向に脱線しかけたが切嗣の声がそれを更に脱線させた。
「えっと・・・イリヤ・・・と呼んでも良いのかどうかは・・・」
「別に呼んでも良いわよキリツグ。私のいた方のキリツグには思う所はいっぱいあるけど、こっちのキリツグには関係無いし」
「じゃあ・・・イリヤ、その今の話を総合するとイリヤ・・・君は士郎と結婚しているって事で良いのかい?」
「もっちろん!」
そこへアイリスフィールが会話に加わる。
「で、でも、イリヤ・・・その・・・確かシロウ君って・・・アーサー王を妻にしていると・・・」
「アーサー王?ああ、アルトリアね。そんなの愛人・・・と言うか側室よ!そ・く・し・つ!。正妻は誰でもないこの私なんだから!」
「せ、正妻?」
「そ、側室?」
嫌な予感だけが膨れ上がる中アイリスフィールがダメ押しの問い掛けをした。
「え、えっと・・・イリヤ・・・その・・・つまりシロウ君は貴女とアーサー王、二人と結婚したと言うの?」
「え、違うわよお母様」
あっさりと否定する。
その言葉に心から安堵するアイリスフィール。
「そ、そうよね。シロウ君みたいな誠実な子が重婚なんて」
だが、その安堵は娘の止めの一言で
「えっと・・・正妻の私でしょ、で側室のアルトリア、リン、サクラ、ルヴィア、メドゥーサ、セラ、リズ、カレン、レイだから、ざっと十人よ」
あっけなく崩壊した。
もはや言葉も無く、思考を完全に停止させた切嗣、アイリスフィールだったが、不意に視線が合った時、同じ思いを抱いた。
この戦いを切り抜けたら士郎を詰問しよう・・・と。
こうして士郎の知らぬ所で花嫁の父と母、そして花婿の修羅場が決定してしまった中、舞耶のみは丸腰でありながらも時臣らを警戒する。
だが、時臣らの方もそれ所ではなかった。
ケイネスはご自慢の『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の守りがあっさりと粉砕された事に対する茫然自失から未だ立ち直ってはおらず、時臣はふざけた外見だが、明らかに脅威だとわかる礼装に舞耶以上に警戒している為動くに動けず、そして・・・綺礼はと言えば、
「・・・」
声も無く、切嗣達のやり取りを何故か喜悦の笑みを浮べて見守っている、もう一人・・・カレンに視線を集中させていた。
と、その視線に気付いたのかカレンが綺礼に視線を向ける。
「あら?どうかなさいましたか神父様?何か御用でも?」
眼も表情も笑っていたが、そこには友好的な感情は欠片も存在せず、どちらかと言えば冷笑の類だと推察された。
「い、いや・・・」
別に威圧されている筈も無い・・・それ以前に女性の威圧など元代行者である綺礼には取るに足らないものである筈なのに綺礼は何故かその笑みに気圧されていた。
だが、それも無理らしからぬ事であるだろう。
何故ならば綺礼はカレンに
(似ている・・・だが、そんな筈が)
亡き妻の、そして孤児院に預けた娘の面影を見出していた。
だが、あり得ない、ある筈が無い。
妻は既に死んでおり、更に言えば彼女は天涯孤独の身。
親兄弟は無論だが親しい親類すらいなかった。
彼女の葬儀にも自分以外出席する事は無かった。
だからこそ娘を孤児院に預けた。
その娘はまだ三歳になったばかり、もっとあり得ない。
なのに・・・だと言うのに・・・なぜ自分はカレンに妻と娘の面影を見てしまうのかと半ば混乱していた。
混乱していたが故だろう、綺礼はこの時、イリヤと切嗣の会話を完全に聞き逃していた。
聞いていれば事のからくりを直ぐに理解しただろう。
カレンが平行世界の自分の娘だと言う事に。
こうして思わぬ第三者の乱入により、完全な膠着状態に陥っていた。
時間軸を戻す。
セイバーは目の前の光景を信じる事が出来なかった。
正確には信じたくなかった。
エクスキューターに裁きを下そうとした時それを食い止めたのが他ならぬ自分であるなど。
一瞬の茫然自失であるが、それで十分だった。
「はあああ!」
受け止めた側のセイバーが弾き飛ばす。
が、さほどの威力でもなく問題なく着地するセイバー。
直ぐに追撃を仕掛けようとしたが、相手はあろう事か更なる追撃に身構えていなかった。
いや、それ以前に自分を見ようともせず
「シロウ!きっちり、しっかり説明してもらいますよ!一体何がどうなればこのような状況になると言うのですか!」
エクスキューターに詰め寄っていた。
「い、いや・・・それについてはこれが終わったら全部話すから、今は落ち着いてもらえれば助かるんだがアルトリア」
エクスキューターはそれをしどろもどろに宥めている。
このような状況でなければ、それは後ろめたい所を彼女に見られてその弁解に必死なカップルの図式にも見える。
だが、それはセイバーからしてみれば自分に対する侮辱に等しい。
「きさ・・・!」
感情のままに駆け出そうとしたが、それを遮るように大地が大きく揺れる。
突然に揺れにバランスを崩したセイバーが膝を突く。
「これは・・・一体・・・」
セイバーが困惑する中、もう一人のセイバー・・・否、アルトリアが士郎に問いかける。
「シロウ、これは・・・カレンのディザスターですか?」
「ああ、爺さんの方へ念の為、イリヤにカレン、それと桜に護衛を頼んだ」
「キリツグ・・・ですか・・・」
アルトリアの表情が複雑そうに曇った。
やはり切嗣との思い出にはあまり良いものは無いのだろう。
会いたくないなら会わなくても良い、そう言おうとした士郎にストップをかける様に上空と左手からから声が掛かった。
「おう!久しぶりではないか!騎士王!」
「久しいではないか騎士王」
「!!誰かと思えば征服王それにディルムッドですか!ちょうど良い、貴殿らに聞こうではないか!征服王!ディルムッド・オディナよ!貴殿らはシロウの敵か味方か!」
アルトリアの問い掛けに代表するようにライダーが
「あ~生憎だが今は敵だな。何分エクスキューター・・・いや、真名も割れておるんだしいつもの呼び方で問題ないか・・・エミヤはお尋ね者状態だからな」
「お尋ね者・・・ですか?」
「そうだ!」
アルトリアの困惑とした声にセイバーが力強い言葉で肯定する。
「エクスキューターとそのマスターは卑劣な手段で監督役を暗殺し、私利私欲で聖杯戦争を汚した大罪人だ!私は奴に裁きを下さねばならん!貴様に良心が存在すると言うのであればそこを退くが良い!」
「・・・」
セイバーの言葉にほんの僅か沈黙を守っていたアルトリアは士郎を静かに見る。
肝心の士郎はといえば弁解をする事も無く唯無言でアルトリアの眼を見つめる。
互いの視線が交錯し、アルトリアは一つ頷くとセイバーに視線を向けるや
「では証拠はあるのか?」
「何?」
「証拠はあるのかと聞いている!私よ!シ・・・エクスキューターとそのマスターが監督役を暗殺したと言う動かぬ証拠が存在するのか!それとも貴女が直に監督役を殺害した瞬間を目の当たりにしたと言うのか!それがあると言うならば今この場にて提示せよ!それが納得のいく物であるならば私は道を開けよう!いや、共にエクスキューターを討伐しようではないか!」
その言葉にライダー、ランサー、そしてアーチャーまでもがどこか納得した、ウェイバーは何かに気付いたような表情を作り、士郎は苦笑を浮べた。
それに対してセイバーはと言えば自身に満ち溢れた表情で断言する。
「証拠だと!監督役は魔術に寄らぬ術で殺害された!そしてキリツグはその様な術に長けている!更に弁解の機会を与えられていながらそれを放棄した!ならばキリツグが犯人であると断言するに相応しい証拠ではないか!」
一方・・・突然の乱入者の登場で膠着状態に陥った切嗣達はと言えば、
「宜しいですかな?」
時臣がおもむろに声を掛けてきた。
「何かしら?」
それに対応するのはイリヤ。
「貴女方が何処のどなたなのかは存じかねますが、そこをお退きいただければ幸いなのですが」
まずは平和的に交渉に入る。
これが一般人であれば記憶を消す、最悪始末する事を考慮しなくてはならないが、イリヤとカレン、二人の持つそれが極めて強力な魔術礼装である事は明白であり、この二人と戦うつもりの無い時臣としては穏便に事を済ませたかった。
目的はあくまでもエクスキューター陣営の排除であり、未知の脅威との戦いではない。
これで退いてくれれば御の字だが、
「あら?どうしてでしょうか?」
カレンが小馬鹿にした口調と表情で時臣に尋ねる。
先刻切嗣らを庇った時点で、その可能性は低いだろうと考えていたので時臣の表情に落胆は無い。
「どうしてだと!知れた事!」
そこへようやく立ち直ったケイネスが加勢する。
「その屑は聖戦たる聖杯戦争を汚した!そこの女共は誇りある魔術師であるにも関わらずその屑に加担した!我々にはその制裁を加えねばならぬのだ!」
ケイネスの咆哮にカレンもイリヤも埃ほどの感銘も受けなかった。
「聖戦を汚したと言っていますが具体的には何をしたのでしょうか?」
「今貴女方が庇っている男には聖杯戦争の監督役殺害の嫌疑が掛かっている」
「へぇ~でも監督役殺害容疑が何で汚した云々の話になるのかしら?」
「そんな事も判らぬのか!」
何処までもやる気のないイリヤとカレンに対しても苛立ちを抱いたのかケイネスの口調も荒々しくなってきた。
「その屑は監督役を私利私欲で、しかも魔術師らしからぬ方法で殺害したのだ!そうに決まっている!同じ魔術師であるならば判るであろう!その男がどれだけ罪深いことをしたのかを!」
完全な決め付けの言葉に応じたのはイリヤでもカレンでもなく
「正気ですか、貴方?」
心底呆れた声を発しながら現れた第三の女性だった。
カレンとほぼ同い年の艶やかな黒髪を腰まで伸ばした女性。
カレンやイリヤと同じデザインのだが、その色は紫のドレスと猫耳猫尻尾のそれを身に纏い、その手には漆黒の弓を携えて。
「!!」
その姿を見た瞬間、時臣の時は止まった。
だが、それも無理らしからぬものであった。
何故ならば、その女性の顔は・・・見間違える筈が無い、見間違えていい筈が無い。
その顔立ちは紛れも無く
「・・・さ、桜・・・?」
己が苦渋の思いで間桐に養女に出した桜の面影があった。
セイバーが発したその言葉にアルトリアの時が止まった。
その沈黙をセイバーはアルトリアの納得させたのだと確信しているが、無論だがその様な事は無い。
「さあ、判ったならばそこを退くがいい!我が姿に似た者よ!我が敵は貴殿ではなく、後ろにいるその男なのだから!」
セイバーの声には自信に満ち溢れていたが故に気付かない。
セイバーの言葉にこの場にいる誰もが感銘を受けていない事に。
そしてアルトリアが自分を見る眼が何か未知の生物を見るような眼になっていたと言う事に。
「・・・正気ですか?私よ」
呆れたという感情を声にすればこうなるだろうと思われるような冷めた声で、アルトリアはセイバーに問うた。
セイバーもアルトリアも、そして士郎も知る由もないが、ほぼ同時刻、桜がケイネスに言い放ったそれと全く同じものだった。
台詞も、声色も。