(なんと・・・まあ)

士郎は自分そっちのけで乱闘を開始したセイバーとアーチャーに内心で乾いた笑みを浮べる事しか出来なかった。

戦いの前には、時間稼ぎの一環として最も仲違いさせ易い二人を仲間割れさせる策を考えたりもした。

だが、優先順位が何であるのかなどは二人とも熟知しているだろうし、マスター達と分断する事に成功したとしても前線指揮官は当然だがいるだろうと推察し、上手くいく事は無いだろうと思っていたのだが、蓋を開けてみれば、(連合にとって)眼を覆いたくなる惨状。

こちらにとっては僥倖である事は間違いない。

ないのだが・・・どうにも複雑な心境は晴れそうに無い。

だが、士郎には感傷に浸っている余裕など無い。

咄嗟に夫婦剣それぞれで、二槍を弾き飛ばす。

そのままの流れで何時の間にか接近してきたランサーと交戦に入る。

「ディルムッド、お前さんも災難だな。こんな寄り合い所帯以下の烏合の衆に付き合わされて」

セイバー、アーチャーはこっちから意識を外しているので士郎は遠慮なくランサーの真名を口にした。

皮肉のスパイスが相当に効いているが、それでも自分の境遇を案じてくれている事はランサーの理解出来たのだろう、微かに苦笑の欠片を口元に浮べるがその手は容赦も遠慮も無く士郎を槍の勲にせんと猛攻に次ぐ猛攻を仕掛ける。

それを紙一重で捌きながら士郎は周囲の警戒にも余念が無い。

なにしろ、エクスキューター連合の現状はと言えばバーサーカーは未だに身動きがとれず、セイバー、アーチャーは絶賛仲間割れ中、戦力の半分以上が事実上離脱しているが、裏返せばそれは、乱戦の要素が解消されてしまったと言う事も意味している。

そうなれば当然・・・

「アーーーーーーララララララララライ!」

士郎の予想通りの雄叫びと共にライダーの『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』がこちら目掛けて突撃を敢行してくる。

すぐさま、士郎はランサーとの鍔迫り合いを止めて、後方に大きく跳躍、ランサーも士郎への追撃を即座に断念、やはり後方に大きく跳躍する。

それと同時に、『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』が石畳を砕き破片をあたりに撒き散らしながら縦断そして再浮上、上空で旋回すると士郎と相対する体勢を取る。

「やっぱり来るよな・・・こんな好機逃がす人じゃないし」

士郎の声には納得と苦渋が同時に滲み出ていた。

ライダーが今まで戦闘に参加出来なかったのはセイバー、アーチャー、ランサーとの間で乱戦を演出する事で威力も大きいが周囲への被害もまた大きい『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』の事を考慮したが故に封印させる事が出来たからだ。

しかし、乱戦の大本であるセイバー、アーチャーがいなくなればライダーが参戦出来る余裕が生じるのは至極当然の事。

それをライダーが見逃す筈が無い。

「悪く思うなよエクスキューター!こちらは一応お主を討つべく連合を組んでいるのでな。ランサー、貴様の一騎討ちに水を差した事は謝罪するが、この男が容易に討ち取れるような柔な奴でない事はお主が一番良く知っている筈、悪いが手を出させてもらうぞ」

ライダーの言葉にランサーは苦々しいながらも納得したように肯定する。

本音を言えば士郎との一騎打ちを挑み決着を付けたい、勝利を掴みたいと言う思いは存在する。

だが、士郎の実力を本当の意味で知るランサーはそれがいかに困難な事であるかも良く理解していた。

ならば同じく士郎の実力を知るライダーと手を組むのが最善だ。

一騎打ちに関しては何処かの時の狭間で再会出来た時の楽しみに取っておくとしよう。

そう判断を下すと、二槍を構え直し士郎と対峙する。

「エクスキューター、改めて・・・参る!」

そう言い、地を蹴り戦闘再開となろうとしたその時、

柳洞寺の裏手から猛烈な閃光が迸り、けたたましい轟音が鳴り響いた。









時間軸を戻す。

切嗣は己に引導を下すべく頭上から迫る火柱と『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の鞭を見上げながらほくそ笑んでいた。

自分にはまだ悪運が残っていたことを再認識していた。

全身ケイネスのリンチでぼろぼろにされたが後一回だけ全力疾走出来る。

これが正真正銘ラストチャンス、これを生かせなければ自分は完全に終わる。

「・・・・・・(固有時制御、三倍速)!」

満身創痍の身体を更に痛めつける三倍速で致死の一撃を回避、時臣、ケイネスの足元に手榴弾を一つずつピンを抜いて放り投げると己に喝を入れながら一気に疾走する。

一方あれだけ痛めつけたにも関わらずまだ尚動けたと言う事に驚愕した二名であったが、行った事は今までと同じ爆弾での攻撃だと理解するや憐れみや、呆れの感情すら浮かばず、淡々と今までと同じように防御体勢をとり爆弾の衝撃を完璧に防いでみせた。

いたちの最後っ屁と言える切嗣の足掻きを防いでのけた二人が切嗣に今度こそ引導を下すべく振り返った先には雑木林に入る寸前でこちらに背を向けて蹲る切嗣の姿があった。

状況を鑑みてどうやら、回避してあそこまで逃げてそれで力尽きたのだろう。

「はっ、あの状態でまだ逃げれた事には感心するが無駄な事だったな。どうやらそれで終わりのようだな、梃子摺らせおって、今度こそ終わりだ、カスが!」

「・・・」

ケイネスは嘲笑混じりに切嗣の足掻きを侮辱しながら、時臣はもはや言うべき事は何もないと無言で切嗣に止めを刺すべく行動を起こそうとしたまさにその時、二人の視界が何の前触れの無く白く染まり、今まで経験したことの無い轟音が鼓膜を破壊せんとばかりに暴れまわった。









切嗣の最期を見届けようとした綺礼は不可避の一撃を回避した切嗣の姿に一瞬だけ思考停止した。

しかし、それも死に場所が僅かに変わるだけに過ぎないと確信を抱く。

何しろ周囲には未だ魔術地雷が多数敷設されており、重傷者の割には素早いが、それを回避出来るほどではない。

そう時間を置く事も無く魔術地雷で消し炭になるか、動きを封じられて改めて時臣らの手で最期を迎えるかのどちらかの結末だろうと高を括っていた。

しかし、そんな確信も切嗣が地雷に全く引っ掛からない時点で驚愕と疑惑に取って変わられる。

綺礼も時臣が敷設した魔術地雷の数と場所を正確に把握しているわけではないが、足元の警戒も無く、馬鹿正直に真っ直ぐ走って一つも引っ掛からない事などありえない。

思わず切嗣が疾走した場所に視線を素早く走らせると、苦々しい賞賛と同時に納得と先刻の違和感の正体を理解した。

周到極まりないとしか言い様が無い。

結論から言えば切嗣の走った場所に魔術地雷が複数敷設されていた。

ただし、既に起動し終わっている状態で。

ケイネスの手で一方的なリンチを受けている最中、必死に逃げ惑っている時に切嗣が魔術地雷をいくつも起動させていたが、無作為に起動させているように見せかけて実にさり気無く自分の逃走ルートを確保していた。

(やはり奴を一秒でも長く生かしたのは間違いだった)

あれだけの絶対的不利、満身創痍の中誰にも気付かれる事も無く、ここまでの工作をやってのけた切嗣の手腕に戦慄すら覚える。

もはや切嗣を生かす事は百害あって一利無しと断定した綺礼は黒鍵を構え、力尽きたのか蹲った切嗣に容赦なくありったけの黒鍵を叩き込もうとした、その瞬間視界の端に何かを捉える。

反射的にそれに視線を向けようとした時、綺礼の意識は真っ白に塗りつぶされた。









もはや身動きも出来ぬ愛する夫の姿にアイリスフィールの足は切嗣の元に向かおうとしていた。

ケイネスからのリンチを受けて最期と放たれた一撃は、奇跡的に回避出来たが動く事ももはやままならないのだろう、崩れるように蹲ってしまった。

そこへ今度こそと時臣とケイネス、更には今まで傍観の立場にあった綺礼までが切嗣に止めをさすべく攻撃の態勢を取っている。

もはや見ているだけなど出来なかった。

さしたる力にならないとしても切嗣を守りたかった。

もはやここで死ぬしかないと言うならばせめて・・・せめて切嗣と一緒に死にたかった。

(ごめんねイリヤ・・・)

置き去りにしてしまう愛する娘に心の底から詫びてその一歩を踏み出そうとした。

だが、その一歩は踏み出される事は無かった。

アイリスフィールが二の足を踏んだのではない。

その一歩を踏み出そうとした矢先、突然手を掴まれるや誰かに覆いかぶされるように押し倒されてしまった。

誰か?

そんな事考えるまでも無く自分の傍らにいた舞耶だ。

「!!ま、舞耶さ」

もはや我慢の限界と舞耶に罵声を飛ばしかけたアイリスフィールだったが、

「マダム!直ぐに眼を閉じ、耳を塞いで口を開いて!!」

それ以上に舞耶の鋭い声に気圧されてしまった。

「え??それって・・・」

「いいから早く!!」

常の冷静沈着さなど彼岸へと投げ捨てたような緊迫した声に背中を蹴り飛ばされるように眼を閉じ耳を塞ぎ口を開いた。

と、そこまで舞耶の指示に従ったのは良いが、これからどうするのか?

そんな疑問が浮かんだ時、眼を閉じているにも関わらず直視に耐えかねる閃光が、耳を塞いでいるにも関わらずとても耐え切れない轟音がアイリスフィールに襲い掛かった。









綺礼がようやく意識を取り戻した時、その眼は何も見えずその耳は何も聞こえなかった。

これは比喩でもなんでもない事実そのもので、視界は真っ白い闇に包まれ何も見えず、その耳には酷い耳鳴りに支配されて他の音は何も聞こえない。

(これは・・・もしや・・・)

その様な状況でありながら綺礼の思考は混乱しておらず自身の状態から何が起こったのか確認を始めていた。

長年代行者として、その身一つで人を超えた怪物と渡り歩いてきたが故の冷静沈着振りであろう。

現に同じような状況に追いやられている時臣はと言えば

「ぁぁぁぁぁぁ・・・」

突然の事に眼を覆い呻き声を漏らしながら蹲っており、一方ケイネスは

「あああああああ!!!眼がぁ!耳がぁ!」

眼を覆いながらみっともない悲鳴を上げて、のた打ち回っている有様で両名ともまともな思考も出来ていないだろう。

そんな中で綺礼は自分の現状と切嗣のやり口から判断して切嗣が何をやらかしたのか、推察を立てていた。

(してやられた・・・奴め・・・スタングレネードを・・・)

スタングレネード・・・フラッシュバンとも呼ばれるそれは元々暴徒の集団を無傷で制圧する為に開発された非殺傷兵器で爆発と同時に大音響の轟音と猛烈な光を発生させ、相手を一時的な盲目、難聴、更には方向感覚の喪失をも引き起こし、行動不能に追いやる代物だった。

迂闊だったと言うしかない。

エクスキューター陣営は最初からこの状況を導く為に下ごしらえしていたに違いない。

最初エクスキューターが手榴弾を投じてきたのは自分達に『エクスキューター陣営は爆弾を使用した攻撃をする』のだと印象つけさせる為。

その後、切嗣が執拗に手榴弾を使用してきたのも『衛宮切嗣が投擲するのは爆弾だけである』、『衛宮切嗣は爆弾をを使用した攻撃に活路を見出している』と誤認させる為。

そして先程、蹲っていたのも力尽きたものと思わせる為と、自身がスタングレネードの被害から逃れる為でもあったのだろう。

そんな思考誘導にまんまと引っかかってしまった。

これは切嗣の誘導が巧緻であったというよりも魔術師特有の魔術至高主義に凝り固まった時臣、ケイネスが墓穴を掘ったと言う方が正しい。

それを補佐するのが自分の勤めだったと言うのに、一時の感情に流されて冷静さを失ってしまっていた。

未熟な自分を殴りつけたい衝動に囚われながらも、綺礼は自分が何を成さねばならないのか理解している。

幸い視力が若干だが回復しおぼろげであるが、蹲る時臣の姿を確認している。

おぼつかない足取りであるが、時臣の傍らに寄り添うと黒鍵を構え、時臣の護衛を開始する。

切嗣がこの状況で考えそうな事、それは戦闘不能状態の時臣、ケイネスを暗殺に他ならない。

現に時臣もケイネスもスタングレネードによる奇襲のパニックから未だ立ち直っていない。

この状況で再び手榴弾、または銃撃での攻撃を仕掛けられたら、ひとたまりも無い。

汚名返上と言う訳ではないが、この現状を作り出してしまった責任が僅かでもある以上、それの償いをしなければ綺礼の気がすまない。

例え、既に裏切っているとしてもだ。

と、やはり僅かながらに回復した聴覚から

「あああああああ!眼がぁ!眼がぁ!!」

ケイネスのみっともない悲鳴が聞こえてきた。

それを聞くと綺礼にしては珍しい事に露骨な嫌悪感で表情を歪めながら、わめき散らしながらのた打ち回るケイネスの襟首を引っ掴むと荷物を扱うようにケイネスを時臣の近くまで引き摺り、ゴミを捨てる様に投げ捨てた。

相当に雑な扱いであるが、実の所これでも恩情ある扱いだった。

綺礼からしてみれば、ケイネスこそがこの現状を生み出したA級戦犯だ。

切嗣の包囲が完成した時点で、切嗣を抹殺出来た筈だったというのに、それをせず個人的な報復心を優先させ切嗣へのリンチに夢中になった。

それによって無駄な時間が浪費され、切嗣に起死回生の仕込みを許してしまった。

それを容認してしまった時臣、そして自分に責任が無いとは言わないが、それでもケイネスの責任は極めて大だと言わざる負えない。

本音を言えばケイネスはそのまま放置して、煮るなり焼くなり好きにしろとやりたい位であるが、自分の立場を考えるとそれは出来ない。

今の自分は監督役であり、聖杯を求める陣営のマスターではない。

中立を貫かなければならない立場である監督役が一方のマスターは助け、もう一方は見殺しにしたなどと言う事が露見すればそれは綺礼個人の責任問題ではすまない。

ましてや見捨てた側のマスターが魔術協会のロードとなれば間違いなく聖堂教会と魔術協会、二大勢力の対立を激化させる危険性が極めて大きい。

それを考えれば出来る筈もなく、仕方なく綺礼は時臣、ケイネスを庇い守るように立ちはだかる。

この時の綺礼の判断は間違いではなかった。

だが、同時に綺礼も未だ冷静な判断力を失っていた。

切嗣がこの時最も優先するべき事は何か?

その事にまで考えが及んでいなかった。

そしてその事に綺礼が遅まきながら気付いたのは、何時まで経っても切嗣の襲撃が無い事に不審を抱き始めた頃・・・時間にして一、二分ほどの短いものであったが、連合側の圧倒的有利で始まり、揺らぐ事無く終わる筈であった『柳洞寺の戦い』の趨勢を混迷に叩き込むには十分過ぎる時間だった。









その頃、ケイネスからのリンチに加えて三倍速による酷使で限界の身体を引き摺りながら切嗣は手ごろな木の幹にもたれかかった。

最後の最後に取っておいたスタングレネードは最大級の働きをしてくれたらしく、先程からケイネスのみっともない悲鳴が木霊している。

だが、当然と言えば当然の事ともいえる。

対策を取っていない状態でスタングレネードを直視すれば誰でも行動不能に陥る。

どんな熟練の傭兵、本職の軍人であろうと、光と音の耐性を鍛える事は出来ない。

ましてや現代兵器に対する警戒感など極めて低い時臣、ケイネスに耐えられる筈が無い。

だが、その代償は大きく、ケイネスにやられた鈍痛が切嗣を苛む。

(止む無しとは言えかなりやられたな・・・本来の計画ならスタングレネードで行動不能にした後アイリ達と合流するべく移動するはずだったが・・・)

今の切嗣では満足に動けない。

(そうなると舞耶が全てを察してくれたと信じるしかないか・・・)

そんな事を考えていた時、自分に近寄ってくる気配を二つ察した。

まだ誰なのかは判らない筈だったのだが、その気配だけで切嗣は確信した。

勝った・・・と。









自身を翻弄するような光と音の暴威をアイリスフィールは眼を閉じ、耳を塞ぎながら必死に耐え忍んでいた。

ほんの数秒程度だったかもしれないし、もしかしたら気が遠くなるほど長い時間が経ったかも知れない。

気付いた時には

「マダム、マダム」

舞耶に肩を揺さぶられていた。

「んっ・・・舞耶さん・・・」

「気が付きましたか。マダム、お身体の具合はどうですか?」

舞耶に問われて自分の状態を確認する。

視界は全体的にややチカチカし、軽い耳鳴りがするがどちらも深刻なものではない。

「大丈夫よ。問題は無いわ。それよりも舞耶さん今のは・・・」

「切嗣がスタングレネード・・・ようは強烈な光と音のみを出す爆弾を使用した結果です」

アイリスフィールにスタングレネードと言っても判るはずがないので原理を大雑把に説明する。

「光と音だけ?」

「はい、マダムは眼を閉じ、耳を塞いでいましたからその程度で済んでいますが直視をすればああなります」

舞耶の視線の先には蹲る時臣と、綺礼、みっともない悲鳴を上げてのた打ち回るケイネスの姿があった。

「・・・」

思わず声を失ったアイリスフィールだったが

「それよりもマダム、今がチャンスです。この機会に切嗣と合流しましょう」

「!!」

舞耶の言葉に表情を強張らせて、舞耶に詰め寄る。

「舞耶さん!キリツグは?キリツグはどうしたの!!」

「既に姿を消しています。おそらくは雑木林に身を潜めているのでしょう。急ぎましょう、あの状態の切嗣はもはや応戦所かまともに移動も出来ないはずです」

冷静な表情だが緊迫感を抱いたその言葉に、アイリスフィールも強張った表情のまま一つ頷くと静かに雑木林に入り切嗣を探し始める。

「舞耶さん、言峰綺礼も行動不能になっているのかしら?」

「多分ですが」

「あの場であの男だけでも排除する事は・・・」

そこまで言ってから何かを思い出したように表情を曇らせる。

舞耶もまた、心底申し訳無さそうに

「申し訳ありませんマダム、今の私は」

「ごめんなさい、私も忘れていたわ。舞耶さんが完全に丸腰だと言う事を」

並みの相手であれば丸腰であったとしてもいくらでも殺害する術はある。

だが、相手はあの言峰綺礼だ。

あの男は両腕、両脚を切り落としても安心できない。

視覚と聴覚が封じられているかも知れない程度の好機で危険な賭けに興じられる訳がない。

と、舞耶が急に早足になった。

「!舞耶さんもしかして」

「ええ、おそらくですが」

舞耶が早足になる理由など一つしかない。

アイリスフィールも歩を早める。

そしてようやく一同は再会出来た。









「キリツグ!!」

木にもたれかかる切嗣を視界に収めた瞬間、アイリスフィールは涙をこぼしながらその胸元に縋りつく。

その衝撃は大きくも無いささやかなものであったはずだったが、今の切嗣には大きなものだったらしく、全身を襲う鈍痛に一瞬だけ表情を顰めるが、それを渾身の力で抑え込むと微笑みながらアイリスフィールの髪を手櫛で梳きながら背中を優しく静かに撫でる。

そんな何気ない仕草でも心底嬉しいのだろう。

「キリツグ・・・キリツグ・・・」

しゃくり上げながら切嗣の名をひたすら呼び続ける。

そんな最愛の妻を優しく見つめながら切嗣は舞耶には

「舞耶・・・世話をかけた」

短い言葉だが、深い感謝の思いを込めてそう言った。

「いえ・・・切嗣程では・・・」

舞耶の声も表情もそっけないが、かすかに震える手と声が彼女の感情を過不足無く表現しているように見えた。

「さて・・・積もる話は後回しにして・・・舞耶、悪いがキャレコを。今の僕じゃ発砲も出来やしないから」

切嗣の痛みを堪えながらの命令に舞耶は直ぐに頷き、切嗣の手からキャレコと交換用のマガジンを受け取る。

それを見届けると切嗣は意識を集中させてこの時だけは鈍痛を意識の彼方に追放する。

そもそも、これだけ身を挺して舞耶とアイリスフィールの奪還に全力を注いだのもこの為なのだから。

(士郎・・・待たせた。後は任せる)

(ああ、爺さん、サンキュ)

返される士郎からの念話を合図に

「我・・・令呪を以って・・・我が義息子に・・・命ずる・・・士郎・・・宝具を開帳せよ!」

その瞬間、数日前に復活したばかりの一画が再び消えた。









時間は再び遡る。

突然の光と轟音にウェイバーは最初落雷かと思った。

そう錯覚するほどの光と音だった。

だが、反射的に見上げた夜空は満点の星空、雲など何処にも見えない。

じゃああの音と光は一体・・・

そんな思考は突然の『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』急上昇によって遮られた。

「お、おい!ライダー!何を」

と言い掛けた時、一秒前まで自分達がいたポイントに見覚えのある矢が次々と降り注ぐ。

どうやら先程の光と轟音に注意が無駆られた隙を見逃す事無く、士郎は距離を取り諸葛弩を投影、矢の弾幕を張り巡らせたらしい。

ランサーは二槍を駆使して矢を弾き飛ばしながら後退、ライダーも『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』を急上昇して回避行動に移る。

あれの威力を知る者であれば強行突破出来たとしてもしたくないと言うのが本音だろう。

だが、そんな空気を良くも悪くも破壊する者もいた。

「あああああ!!」

裂帛と言うよりは憤怒の咆哮を口から発しながら諸葛弩の矢を蹴散らし、時には回避しつつ突撃してきたのはアーチャーと仲間割れの乱闘を演じていたセイバーだった。

どうやらあの光と轟音がセイバーを正気に引き戻した・・・正確には優先順位は何であるのかを思い出したのか、アーチャーの討伐は一先ず置いておいてまずは士郎を討ち取るべく行動を開始した。

だが、セイバーに無視される形となったアーチャーが黙っている筈が無い。

「我に対する狼藉の限りを尽くしておきながら逃げられると思うな娼婦!」

セイバーを追う様に原典宝具が襲撃する。

それを紙一重で回避し続けるセイバーを執拗に狙おうとしたアーチャーであったが、諸葛弩の矢の雨・・・流れ矢がたまたまがアーチャーにも向かうや

「王の邪魔をするか!痴れ物が!」

ある意味理不尽な怒りの矛先が諸葛弩に向けられ、一つ残さず粉砕された。

その間隙を縫うように士郎とセイバーはアーチャーの視界から離れる形で移動(正確にはセイバーの猛攻から逃げた事で結果的にそうなっただけだが)しつつ鍔迫り合いを繰り広げている。

苛烈なセイバーの攻めを受け流しつつ隙を見計らった士郎だったが数合打ち合い、ようやくその隙を見出すや、渾身の体当たりでセイバーを弾き飛ばすと脇をすり抜けるように疾走する。

セイバーの足元に切嗣から渡されたスタングレネードを転がして。

士郎を追撃しようとしたセイバーだったが、足元のスタングレネードが爆発、突然の音と光に硬直した隙を見逃さず再度距離を稼ぐ。

と、そこに

(士郎・・・待たせた。後は任せる)

切嗣から、待望の念話が届く。

念話の弱々しさから相当痛手を被った事は手に取るように判る。

そして、判るからこそ、切嗣が身体を張って掴んでくれた唯一度の好機を無駄に住まいと決意を新たにする。

(ああ、爺さん、サンキュ)

念話で短くも感謝の思いを告げると同時に、

「我・・・令呪を以って・・・我が義息子に・・・命ずる・・・士郎・・・宝具を開帳せよ!」

切嗣の宣告と共に自身の身に力が宿る。

それと同時に士郎は足を止めると意識を集中させる。

スタングレネードの足止めから立ち直り迫りつつあるセイバーの事も意識の外に外し。

と、士郎の足元に術式の方陣が浮かび上がる。

「・・・皆、力を借りるよ・・・『神界より集いし愛しき妻達(ブレイド・ワイフ)』」

そう呟いたのと同時に方陣から光があふれ出す。

それと同時にセイバーが士郎を必中の位置に捉え、剣を振りかぶり、

「エクスキューター!今度こそ覚悟!!」

振り下ろされた。

もはやこの距離では士郎も回避する事は不可能、遂に士郎の命運は尽きたと誰もが思うだろう。

セイバーの剣が士郎を斬り捨てる直前に何かに遮られ、澄んだ音がするまでは。

「・・・は?」

今度こそ士郎を討ち取ったと確信を抱いていたセイバーは目の前の光景を事実だと認識する事が出来なかった。

だが、それはセイバーに限った事ではない。

後から駆けつけたランサーもライダーも、更にはアーチャーすらもが呆然とその場に立ち竦んでいた。

しかし、それも当然なことであり、

「一体、どうなっているんですか!」

セイバーの剣から士郎を守っていたのは

「何がどういう流れになればよりにもよって、私が貴方に剣を向ける事態になったと言うのですか!シロウ!」

突然姿を現したもう一人のセイバーだったのだから。

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