突然の爆発に『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』に搭乗していたウェイバーは、バランスを崩したのだろう。

「うわわわ!」

素っ頓狂な声を発して御者台から転げ落ちそうになったが、ライダーが襟首引っつかんでそれを阻止する。

「坊主、しゃきっとせんか」

「あ、ああ、悪い・・・突然爆発が起きたもんだから・・・まさかエクスキューターが手榴弾を使うなんて」

半ば呆然と呟くとライダーは不思議そうな顔をする。

「??何を驚いているんだ?そんなおかしな事ではなかろう」

「な、なかろうって・・・おかしな事だろう!英霊がそんな現代兵器なんて・・・」

「??坊主、英霊が現代兵器を使ってはならんっちゅう決まりが聖杯戦争にはあるのか?」

「そ、それは・・・」

声を荒げかけて抗議するウェイバーだが、心底から不思議そうな顔をするライダーの問い掛けに口ごもる。

ライダーの言うようにサーヴァントが現代兵器を使用してはいけないなどと言うルールはない。

だが、世の中には暗黙の決まりと言うもののある。

未来から来た英霊であろうとも、己が得物ではなく、魔力も何もない現代兵器を使用するなんて、英霊としての誇りはどうしたのだろうかとウェイバーでも思ってしまう。

魔術師とは言え、現代に理解のあるウェイバーでもそうなのだ。

生粋の魔術師である時臣、ケイネスからしてみればそれはキャスターの狼藉に匹敵、若しくはある意味それ以上の許されざる行為に見えたようだった。

怒りを通り越して失望、憐れみすら抱いたようで、

「嘆かわしい・・・なんとも嘆かわしい・・・仮にも英霊である身でありながらその様な下賎な手段に縋るとは・・・」

「全くですな。やはりマスターがマスターならサーヴァントもサーヴァント、自負も誇りも存在しないとは」

そんな声に士郎に怒りは無い。

かと言って弁解も無く

「・・・はっ」

ただただ鼻で笑い飛ばしただけだった。

士郎から言わせればこれは戦争だ。

当事者同士であればルールもへったくれもある筈が無い

使えるものは何でも使う、それが当然の理だ。

ましてや圧倒的大多数である魔術を使えない人間が科学という力を手に入れた結果、魔術に匹敵する力を手に入れた事を理解していない。

人を傷つけ殺すことに関しては科学は魔術をとっくに凌駕した、他の分野でもそうなるだろう。

それを理解も認識もせずただ魔術でないからと言うだけで憐れみ、蔑む事しか出来ない時臣とケイネスを逆に憐れんだ。

「全くだな。見下げ果てたぞエクスキューター」

そんな士郎に自身の得物を突きつけながら、凍て付いた視線で睨み付けるのはセイバー。

「見下げ果てる?そんな事を言われる筋合いは無いが」

それを見ても別に動揺する事も無く、今までと同じく無感情、無関心な表情と声で応ずる。

「貴様・・・あそこにはアイリスフィールとマイヤもいた!彼女達をも巻き込むつもりだったと言うのか!」

「それがどうした?」

セイバーの弾劾に士郎はそっけなく言い放った。

「な!!」

まさかその様なあっさりと言われたのは予想外だったのかセイバーは絶句する。

「こうやって敵対している以上アイリスフィールさ・・・フォン・アインツベルン、久宇舞耶は俺達の敵だと言う事だろう?敵を屠る事に何故躊躇わなければならない?」

口を虚しく開閉するセイバーに淡々と言い放つ士郎の台詞の数々は八割本気、二割芝居だった。

万に一つでアイリスフィール、舞耶が本当に自分達を裏切り敵対したならば、例え切嗣の妻でありイリヤスフィールの母であるとしても心は痛むだろうが殺す事を躊躇う事はない。

躊躇えば自分達が殺される。

しかし、二人が裏切っていない事はとっくに承知している。

だからこそあの手榴弾を使った。

士郎が投じた手榴弾は衝撃手榴弾と呼ばれる爆発の衝撃で相手を殺傷する類のもので、加害範囲は狭いがその分標的を狙っての投擲がし易い。

それを切嗣が更に改造を施し炸薬量を通常の半分以下にまで落とした。

言うならば、こけおどしの手榴弾ともいえる代物で、加害範囲は著しく狭い。

見せ付けるように放物線上に投げたのもその為だ。

あれほどのサーヴァントがいるのだから誰かが危険を察知するだろうと確信をしての行動である。

そもそも本気で殺すつもりならば手榴弾など使わない。

『猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)』を真名解放で放ち、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で爆破するだけで事足りる。

それをしなかった理由は複数ある。

まずはアイリスフィールと舞耶を巻き添えにする気はなかった為。

次に相手の意表を突く行動を起こして注意を逸らす為。

何の為か?

その事に連合側が気付いたのは以外にもケイネスだった。

「むっ!トオサカよドブネズミが!」

「何?」

見れば士郎の後ろにいる筈の切嗣の姿がいない。

一瞬だけ呆然とした表情を浮べた時臣だが直ぐに気を取り直す。

「なるほど・・・先程のどさくさに紛れて逃走したか」

「ドブネズミに似つかわしい逃げ足の速さは見事と言うべきか・・・いや、情けないと言うべきであろうな、己の罪を認めず現実から逃げ出すとは」

どこか感心したような表情を浮べる時臣と侮蔑の色を濃くして切嗣を嘲笑うケイネス。

二人の表情には未だ余裕がある。

その理由を士郎は知っているがそれを顔に出してやるほどお人好しでもない。

自分に出来る精一杯の演技で困惑した表情と声を出す。

「??随分と余裕だが、そういった慢心は我が身を滅ぼすぞ」

その声に返ってきたのは嘲笑だった。

「それは貴様に返す台詞だ、エクスキューター。大方ここからマスターだけでも離脱させ令呪で逃げ出そうと言う算段なのだろう?」

それに士郎は表情を引き攣らせる(振りをした)。

その反応に満足したのか。

「考えが浅いな。その事を予測しなかったと思っているのかね?」

それだけで理解した(演技は苦労したが)のか士郎は後ろを振り返り

「マスター!」

と叫び駆け出そうとした瞬間真横に跳躍する。

次の瞬間士郎がいた場所が砲撃を受けたように吹っ飛んだ。

何が起きたのかなど考える必要もない。

「逃げられるとでも思っていたのか?贋作者(フェイカー)、貴様は王である我の慈悲を袖にしたばかりか我に対し侮辱の限りを尽くした。その罪断じて許しがたい」

笑みも浮べず酷薄な表情でシロウを見下すアーチャー。

「時臣、茶番劇はもう良かろう」

「無論です王よ。お心のままに。我々はマスターの懲罰に参ります」

アーチャーの宣告に時臣は恭しく一礼すると山門を抜けて降りていく。

その後を綺礼、ケイネス、アイリスフィール、舞耶が続いた。

その時一瞬だけアイリスフィールと士郎の視線が交錯する。

士郎の視線に力強さを認めたアイリスフィールは不安げな顔に儚い笑みを微かに浮べて山門から姿を消し、舞耶も小さく、本当に微かに頷くとアイリスフィールの後を追った。

(爺さん、こっちの予想通りマスター達はライダー以外そっちに向かった。バーサーカーのマスターはここにはいない)

(ここまでは作戦通りか・・・あとは僕と士郎の力量次第。目的が達成出来た時点で令呪を使う。それまで持ち堪えてくれ)

(往生際悪く生き延びるのは俺の十八番だから大丈夫。それよりも爺さんの方こそ気をつけて。言峰綺礼もそっちに向かった)

(判った)

念話が終わるのと同時に士郎の手に剣が握られる。

だが、それはいつも投影する虎徹ではなく、白黒の奇妙な文様の双剣、この聖杯戦争では初めて投影する夫婦剣『干将・莫耶』だった。

虎徹にしなかったのは現状の目的は敵を倒す事ではなく時間を稼ぐ事。

その為には攻防において手数が重要になる。

虎徹の信頼も高いが一本である以上手数に限界がある。

何よりも長さゆえに小回りが利かない。

なので手数、小回りにおいて期待できる夫婦剣を選択した。

(さてと・・・やるか)

改めて覚悟を決めた士郎は夫婦剣を強く握り締めた。

それと同時に

「はああああ!」

裂帛の気合の咆哮を上げたセイバーが士郎を斬り捨てんと突撃を仕掛ける。

セイバーが士郎の間合いに入り込むまでに三秒も掛かっていない。

そこから剣を振り下ろし、為す術も無く斬り捨てられるかとも思われたが夫婦剣を使い受け流して捌く。

その流れのまま、がら空きになったセイバーの甲冑に蹴りを入れて強引に距離を空ける。

そこから間髪を入れる事無く弩弓を作り出し

「諸葛弩(万兵討ち果たす護国の矢)!」

矢の雨を降らせる。

「うわわ!ライダー上昇しろ!」

「判っておる!」

現状の高度だと矢の直撃を被ると判断したウェイバーが慌ててライダーに指示を下し、ライダーも同じ判断をしたのかすぐに戦車が上昇、矢の被害範囲から離脱する。

「くっ!」

「ふっ!」

射出の角度が水平にした弩弓もあったのかこちらに真っ直ぐに射掛けてくる矢をセイバー、ランサーが必死に捌き続ける。

この矢がどのような威力なのかはいやというほど眼にしているし、ただの矢であったとしても、そんな物を好んで受ける馬鹿などいる筈が無い。

アーチャーですら盾を呼び出して矢を凌いでいる。

それでも屋根の上で仁王立ちするのは流石と言って良いのか、プライドの無駄使いと嘲笑って良いのか判断に迷う所であるが。

そんな中、

「!!!!!!!」

矢の雨を意に関する事無く、声なき怨嗟の咆哮を巻き散らしながらバーサーカーが士郎目掛けて吶喊を仕掛けて手に持つそれを横薙ぎに振り回した。

咄嗟に回避するが士郎の背後の諸葛弩は一つ残さず粉砕される。

士郎がセイバーの時と同じく蹴りで牽制しようとしなかったのは単純にリーチの問題である。

何しろ現在バーサーカーが持つのは・・・推定で四メートルの物干し竿だった。

それを剣のように振り回してきたのだから士郎には回避するしか術は無い。

「!!!!!!」

視界に士郎を捕らえるや再び物干し竿を振り上げて駆け出そうとするが、

「鶴翼、欠落を不らず(心技、無欠にして磐石)」

士郎は夫婦剣を投擲する。

左右から飛来する二刀は美しい弧を描き左右からバーサーカーの首元で交差するような軌道を描く。

しかし、バーサーカーはそれを呼吸するように容易く回避、夫婦剣は明後日の方向へと消えていく。

バーサーカーは無手となった士郎の脳天を打ち砕く勢いで物干し竿を振り下ろすがそれを再び手にした夫婦剣が交差する形でそれを受け止める。

が、それすら意に介さず夫婦剣ごと士郎を叩き潰そうとするが

「心技、泰山に至り、心技、黄河を渡る(力、山を抜き、剣、水を分かつ)」

背後から回避したはずの夫婦剣がバーサーカーを襲撃する。

「!!!!」

いかに無窮の武錬を誇るバーサーカーでもこの奇襲はかわし切れず、夫婦剣はバーサーカーの甲冑に突き刺さる。

それでも首元を狙っていた筈が、右左の肩口に被害をとどめたのは流石と言うべきか。

それでも士郎を叩き潰さんとしていたバーサーカーの意識がこの奇襲に持って行かれた事も事実であり、若干その力が緩む。

そこを見落とす事はない士郎は渾身の力を込めて物干し竿の軌道を逸らすとバーサーカーの懐に潜り込み、持っていた夫婦剣を左右の脇腹に突き刺して一気に距離を取りがてら

「唯名、別天に納め、両雄、共に命を別つ(姓名、離宮に届き、我ら共に天を抱かず)!」

三組目の夫婦剣を投影、再度投擲する。

その夫婦剣は寸分の狂い無くバーサーカーの左右の大腿部に刺さり、それを確認するや

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

同時にバーサーカーに突き刺さった六本の剣は一斉に爆発、鎧の破片を撒き散らしながらバーサーカーは吹っ飛ばされる。

砕けた鎧からは生身の肉体がむき出しとなるが目立った外傷は無い。

だが、零距離での六ケ所同時爆破はバーサーカーにそれなりにダメージを与えたらしく、起き上がろうとしているが、身体を痙攣させるだけで動ける気配は無い。

おそらく暫くは起き上がれそうに無いだろう。

時間にして十秒足らずの攻防にセイバー、ウェイバーは驚愕に凍りつき、ランサーは警戒の度合いを更に引き上げ、アーチャーは表情や態度に出る事は無いが身に纏う空気は明確に変わり、ライダーは上空から不敵な笑みを絶やさない。

そんな空気を一身に浴びながら士郎は内心で笑みを浮べた。

(まずはバーサーカーを一先ず行動不能にした。止めを刺してもいいがそれは今じゃない)

今、自分が行う事は時間稼ぎであって敵陣営を倒す事ではない。

と言うよりも現状ではまだ倒すべきではないと言うのが正確だ。

(さてここからは持久戦・・・爺さんが間に合うのが先か、俺が根負けするのが先か・・・)

士郎の思考に現実が追いつくように下で銃声や爆発音、何かが倒れる重々しい音が聞こえてくる。

(あっちも始まったか・・・頼んだ爺さん)

士郎の手には再び夫婦剣が握られていた。









時間は遡る。

士郎が投じた手榴弾が爆発したと同時に切嗣は自身の身を覆っていたマントを脱ぎ捨てると塀を跳躍するや乗り越えて斜面を滑る様に降りていく。

中腹まで降りた所で徐々に速度を落とし始めた矢先、

(爺さん、こっちの予想通りマスター達はライダー以外そっちに向かった。バーサーカーのマスターはここにはいない)

(ここまでは作戦通りか・・・あとは僕と士郎の力量次第。目的が達成出来た時点で令呪を使う。それまで持ち堪えてくれ)

(往生際悪く生き延びるのは俺の十八番だから大丈夫。それよりも爺さんの方こそ気をつけて。言峰綺礼もそっちに向かった)

(判った)

士郎の念話を終えた切嗣は再び山を駆け下りていく。

あくまでも連合側には自分は必死に逃げ出そうとしていると思わせなくてはならない。

やがて目の前には道路が見える。

このまま一気に脱出しようとする(素振りを見せて)・・・が、すんでの所で停止した。

山腹と道路の境目わずか十センチ、まさしくぎりぎりの位置だった。

「・・・これは・・・」

いかにもわざとらしい声を漏らすや背後から殺気を感じ取る。振り返ると今まさに切嗣の喉元に肉薄する一匹の蟲の姿。

すぐさま

「・・・(固有時制御・・・二倍速)」

身体を大きく仰け反らせる事でその致命的な一撃を回避、かわしざまキャレコを発砲、蟲はパラペラム弾を数発浴びて原型をろくに留めない何かの破片と汚汁に塗れたそれに成り果てた。

「・・・仕留め・・・損ねたか・・・諦めろ・・・衛宮・・・切・・・嗣、貴様に・・・逃げ場は無い」

森の闇から這い出るように現れたのは雁夜。

「なるほど、こっちが逃走しようとした事も想定済みか」

苦く吐き捨てるように(見せかけて)呟くとキャレコの銃口を雁夜に向けようとしたが、直ぐに離脱する。

「斬!!」

見覚えのある銀の鞭が切嗣に襲い掛かってきた為だ。

ケイネスの『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』だ。

だが、アインツベルンの城で見た時とは速度が違う。

あまりにも遅い、遅すぎる。

奇襲であっても固有時制御を使うまでも無く容易く回避出来る。

(威力は・・・前に比べると弱いな・・・それでも油断は禁物か)

切嗣の身代わりになって両断された木の切り口・・・切断されたと言うよりも重さで断ち割った様子を見て判断を下す。

前回においてあれほどの猛威を振るっていたそれは、若干影を潜めているが、それは対戦車兵器が対人兵器に格下げしただけに過ぎず、切嗣にとって脅威である事に変わりは無い。

「ふん、相も変わらずドブネズミらしい見苦しさよ」

そう言って姿を現したケイネスの傍らには見覚えのある水銀の塊がある。

大きさは一回り・・・いや、一回り半小さい。

おそらくは万が一の為に用意していた予備だろうと推察する。

(それにしても・・・起源弾を受けていながら五体満足な上に魔術まで行使出来るとはね・・・完全に破壊したと思っていたんだが・・・)

こちらに歩み寄ってくるケイネスの姿をつぶさに観察しながら切嗣は思案する。

「理念も意思も失ったとはいえ、魔術師の端くれである君も気付いているだろう。ここは既に包囲されている。もはや君に逃げ場は無い」

見ていて忌々しくなるほど余裕と優雅さを失わない時臣が、更にその後方からはアイリスフィールと舞耶が姿を現す。

だが、綺礼の姿は何処にも見えない。

(別行動か・・・厄介な奴に行動の自由を与えたものだな)

綺礼がいない理由を洞察しながら切嗣はアイリスフィールに冷徹な・・・というよりも冷酷な視線を投げ掛ける。

それを見たアイリスフィールが今にも泣き出しそうな表情をしたのには心が痛む。

(事が終わったらアイリには土下座する位に謝罪しておかないと・・・)

何しろ自分達は連合側に『何も知らず、誘き寄せられた愚かな陣営』を装わなければならないし、何よりもアイリスフィール達とは繋がりは切れているとも知らずに裏切られたとの印象を抱かせる必要がある。

その為には、心を鬼にしてアイリスフィール達を裏切り者だと見ていると思わせなければならない。

それが功を奏したのか、それとも演技をしていると言う可能性すら頭に入れていないのか

「衛宮切嗣、貴様はアインツベルンが裏切ったとおもっているようだが、それは筋が違う。彼女達は正道に立ち返えり、魔術師としての自負も無く、聖杯戦争を汚した貴様達を見限っただけだ」

時臣が冷たい侮蔑の中に、魔術師である事の誇りを満ち溢れさせた声で切嗣を弾劾する。

切嗣には理解の及ばない話なので冷淡な視線を時臣に向けるだけで反論はしない。

「無駄ですぞトオサカ、このようなドブネズミに魔術師としての誇りなど説いても意味が無い事」

横からのケイネスの差し出口にも特に何も言わない。

「・・・確かに、せめて魔術師としての誇りを取り戻してから裁きを下したかったが・・・詮無き事か」

そう言うや時臣の持つステッキが光りだし

「・・・(我が手に宿れ断罪の炎)」

虚空に術式が浮かび上がり火柱が幾本も姿を現す。

ケイネスも満面の復讐の笑みを浮べ、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を攻撃態勢に入らせる。

「ではこれで」

そう言いながら時臣が攻撃に入ろうとする刹那、

「・・・(固有時制御・・・二倍速)」

切嗣は倍速であえて時臣とケイネスの間をすり抜ける。

しかも二人の足元にピンを抜いた手榴弾を転がすと言う性質の悪い事までしでかして。

「「!!」」

突然の高速移動、しかも後退するのではなく、自分達を突破して包囲から抜け出すと言う大胆な行為に、ケイネスは無論の事、時臣すら虚を突かれた。

更に足元にあるあの爆弾を見た瞬間、それの処理を優先する事にしたのは当然の事だった。

「!!(断罪の炎は鉄壁となるべし)」

「ひ、ひい!」

時臣の火柱は瞬時に時臣を包み込み、ケイネスはみっともない悲鳴を上げながらも『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は自律防御を命じられていたのか、水銀の防護幕を作り上げる。

しかし、その反応速度は城でのそれに比べても圧倒的に遅く、防護幕も大きさの関係なのか密度は薄い。

それでもその防御力は健在で手榴弾が爆発を起こすが両者の防御陣を突き崩す事は適わない。

この時切嗣は時臣、ケイネスの防御を横目で見ながら既に、大きく山肌を駆け上るように迂回しながら時臣達と距離を取りつつあった。

何故素直にがら空きであった後方に逃げなかったのか?

切嗣の歴戦の勘があからさまにがら空きとなった後方に危険を感じ取った事、忌々しいながらも見事に自分達の包囲を完成させた時臣が、自分を追い込む段階で逃げ道を作るようなミスを犯すのかと自問した結果であり、それは正しかった。

切嗣から見て左手側・・・つまり麓側から駆け上ってくる僧衣を視界に収める。

(やはりな・・・)

綺礼を密かに切嗣の後方に回り込ませ、馬鹿正直に後退しようとしたら奇襲を仕掛ける腹積もりだったのだろう。

舞耶とアイリスフィールから得た情報で、綺礼と白兵戦を挑む事の愚を知り尽くしている切嗣はすぐさまキャレコをフルオートに変更、乱射する。

命中させる為ではなく綺礼の足を止める事が主目的であり狙いも何も定めていないし、綺礼の僧衣をもってすれば強行突破も可能だが、狙いが定まっていないと言うことは何処に飛ぶか判らない事でもあり、無理な突破はリスクが大きいと判断、足を止めて黒鍵を投擲しながら近くの木の陰に隠れようとする。

だが、投擲しようとした寸前、綺礼の眼は左手でキャレコを乱射しながら右手で何かを投じようとする切嗣の姿を捉えた。

それを見た瞬間、綺礼は迷う事無く、全ての行動を取り止めて斜面を駆け下りる・・・と言うよりは転がり落ちるようにその場を離れる。

その判断は正しく数メートルほど転がって木にぶつかる形でようやく止まった所で、直ぐに頭部を守るように蹲ったのと同時に頭上から爆発音が響き渡る。

場が完全な静寂に立ち戻ったと同時に立ち上がると数秒前まで綺礼がいた大きく抉れ、周囲の木には何かが穿ったような跡が無数に存在している。

「やはり・・・破片手榴弾か」

最初の奇襲と、今しがた投じたのが爆発の衝撃波で殺傷するのに対して、これは爆発と同時に四散する金属片を高速で飛ばして敵を殺傷する兵器だ。

衝撃手榴弾と比べて、その加害範囲は圧倒的に広く、油断は出来ない。

「綺礼」

そこへ時臣が駆け寄る。

「申し訳ありません時臣師。衛宮切嗣の方が一枚上手でした」

「いや、気に病む事はない、綺礼。私も奴を見くびりすぎていたようだ」

この時点で時臣は切嗣に対する認識を改めていた。

魔術師としての自負を欠片すら持ち合わせていない魔術師の面汚しと言う認識は変わっていない。

だが、戦闘者としてはどうか?

半包囲された状況で直ぐに逃げられる後方に行かず、あろう事かこの包囲を強引に突破して一時的であっても逃げおおせてしまった。

時臣の予想だとあの状況であれば切嗣は直ぐに身を翻して逃げ出し、待ち構えていた綺礼の手で仕留められる、若しくは行動不能な負傷を負い、自分かケイネスの手で討ち取られるものと踏んでいた。

忌々しいが認めるしかない。

戦闘者としてみれば衛宮切嗣は自分達を上回っていると。

討ち取るには少々骨の折れる相手なのだと。

「綺礼、君は直ぐに先行して衛宮切嗣を追撃してくれ。如何にかして奴を礼の場所に。我々は先にそこへと向かう」

「判りました」

そう言うとこの軽やかに走り出す。

普通は立っているのも一苦労のこの斜面にも関わらず平地と差して変わりの無い速度で夜の闇に消えていった。

「トオサカ!あのドブネズミは・・・」

それから少ししてケイネスやアイリスフィール達が追いついてきたが、なれない斜面の移動に体力を消耗したのか舞耶を除いて皆、肩で息をしている。

だが、それすら雁夜に比べるとまだましで、雁夜はもはや立っている事も苦痛なのか近くの木に寄りかかって荒い息を整えるのが精一杯と言う有様、切嗣追撃にはとてもではないが使えない。

最も時臣もその事は想定済みだったからこそ、雁夜を最初からこの森に潜ませ、切嗣が逃げて来た時を想定した生きた罠として配置しておいたのだから。

「忌々しいですが、ネズミだけあり中々しぶとい。ですが既に後を追わせています。後は彼が、綺礼が上手く奴を例の場所へ追い詰めてくれるはずです。我々は先回りしてそこへ向かいましょう。雁夜、君は」

「・・・・判って・・・いる」

時臣の声を睨み付けながら言葉を遮ると、ふらつきながらも、切嗣達が消えた方角とは反対側の夜の闇の中へと消えていく。

その後姿はまさに満身創痍と呼ぶに相応しく、そんな身体で尚も闘う雁夜の執念に痛々しいと言うよりは、薄ら寒いものすら感じる。

少なくともアイリスフィールはそう感じたのか小さく肩を震わせた。

「では我々は奴の墓所へと向かいましょう」

時臣の声には未だ余裕がある。

戦闘者として油断ならぬ相手であるという認識を持ったが、所詮は魔術を軽んじた愚か者。

魔術の偉大なる力の前には蟷螂の鎌よりも虚しい抵抗であり、自分達が本気を出せばあえなく討ち取られる、その様な確信・・・この場合は妄信であるかも知れないが、ともかくもそう考えていた。

討ち取るには『少々』骨の折れる相手と考えているのがその証左と言っても良い。

だが、現代兵器と言う物がどのような物なのか?

そしてどういう風に進化を遂げていったのか?

それを時臣は、いやケイネスはおろか、アイリスフィールですら本当の意味で理解していない。

そして切嗣はそういう風に想定していたからこそ今こうして走っている。

『柳洞寺の戦い』、その天秤は現状連合側が優勢で進んでいる。

それはしかし、僅かな状況の変化だけでも直ぐにひっくり返るものだが。

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