車から降りた一同を冬の寒気と鬱蒼とした闇が出迎える。
直ぐに魔術で視覚を強化し周囲を見渡す。
するとそれを合図としたように
「お待ちしていましたぞ」
時臣が優雅に余裕を持った態度で姿を現す。
「遠坂・・・」
時臣の姿にアイリスフィールは不快げに眉を潜め、
「と・・・き・・・お・・・みぃ・・・」
雁夜は決して尽きる事なき憤怒と憎悪を時臣に差し向ける。
そんな二人の態度など気にした風も無く
「時間はかけましたがエクスキューターを閉じ込める檻は完成しました。アインツベルンの協力もあり、エクスキューターを誘き寄せる算段もつきました。いよいよ大勝負の」
「それよりも遠坂、まだライダーとランサーが現れていないようですが」
時臣の演説を遮るように感情の無い声で問い掛ける。
それに表面上は気分を害した様子も無く
「ご心配には及びません。両陣営共に連絡はついています。程なく到着」
時臣の言葉が合図であるように上空に聞き覚えのある雷鳴が轟き渡る。
「・・・ライダー陣営は到着したようね。そうなると残るは」
「いやはやお待たせしましたな」
振り返るとそこにはランサーを従えたケイネスがいた。
当たり前と言うべきかそこにソラウの姿は無い。
しかし、その姿を見て舞耶の表情が強張る。
無理も無い、何しろ今のケイネスは両の脚で立っていたのだから。
切嗣の起源弾を受けて、魔術師としても人間としても完膚なきまでに破壊され、戦力外とだと判断していたのに、それがどのような手段を用いたにしろ僅か四日でここまで回復したなど予想外もいい所だ。
出来るならば切嗣達に伝えたいが、この状況では不可能、切嗣や士郎の臨機応変な状況判断に任せるしかない。
「お待ちしておりましたぞロード・エルメロイ、今回は車椅子ではないのですかな?」
「何少々大事を取りまして、あのような失礼な姿をしておりましたが、今や身体は万全。いや、万全でなくとも聖戦を汚す屑どもを誅するのであれば無理はするというもの」
「恐れ入りました。流石は時計塔にその名を轟かすロード・エルメロイ、その誇り見習いたいものです」
表面上は和気藹々としただが、ドス黒い腹の探り合いを続ける時臣とケイネスを余所にランサーは一人浮かない顔をしている。
「ランサー?どうしたのですか?」
そんなランサーに声を掛けるのは対照的に戦意に満ち溢れたセイバー。
「・・・セイバー、お前は随分と気合が入っているように見えるが・・・」
「無論です。あの二人はアイリスフィールの信頼を裏切り、浅ましき私欲で聖杯戦争を汚した。それを許す訳には行かない」
当然のように返した言葉に愕然とするランサー。
「・・・セイバー、お前は信じているのか?エ・・・クスキューター陣営が前監督役殺害犯だと」
「それ以外に無いでしょう」
確信に満ちた声のセイバーに声を失うランサー。
「・・・そうか・・・」
そう言うとセイバーに背を向けてケイネスの元に向かう。
「ランサー?」
その様子にセイバーは思わず声を掛けるが、ランサーはそれに応ずる事も振り返る事も無かった。
一方、時臣は意図的に無視していた雁夜に視線を向けると
「それと間桐雁夜、わかっていると思うがこれはエクスキューター討伐の戦いだ。それにおいて」
「・・・判っ・・・て・・・いる」
時臣の言葉を遮ると雁夜は令呪の刻まれた手をかざして
「よく見て・・・いろ・・・これが俺の・・・覚悟だ・・・令・・・呪・・・をもって・・・我、命・・・ずる」
そこで咳き込み声が途切れるが、
「バーサーカー、エクスキューター討伐が終わるまでセイバー、アーチャー、ランサー、ライダーに攻撃を仕掛ける事は禁ずる!」
「!!!!!」
令呪の一画が消えると同時にバーサーカーは現界するや声ならぬ怨嗟の咆哮を上げる。
理不尽な命を下した主への責めての抵抗であるかのように、セイバーに憎悪と殺意の視線を向けながら。
一方、上空では
「おうおう、あの黒んぼ、猛っているな。喧しい事この上ないわ」
バーサーカーの咆哮を感心しているのか呆れているのか微妙な笑みを浮べながら悠然と顎鬚をしごくライダー。
「坊主、どうやら全員集まってきたようだがどうする?」
「へ?・・・ああ、そうか全員集まったのか・・・じゃあ合流しよう」
ライダーの問いに最初は何か思案に暮れていたような表情だったウェイバーだったが、直ぐに気を取り直すようにそう言う。
と、ライダーがウェイバーの顔をじっと見つめる。
「??な、何だよ?」
「どうした坊主?随分と気が進まぬようだが」
「・・・べ・・・ふぎゃ!」
ぶっきらぼうに『別に』と言いかけたウェイバーにいつものデコピン(いつもよりもかなり弱め)をぶち込む。
「そんな沈んだ面で『別に』と言われてはいそうですかと言えるか馬鹿者!貴様は余のマスターなのだぞ!何か言いたい事があるのであれば遠慮せずに言ってみよ!」
いつものように横暴な事を言ってのけたライダーに、恨めしそうな視線を向けていたウェイバーだったが、観念したように
「・・・なあ・・・ライダー、お前どう思う?」
「どうって?エクスキューターを多勢で潰す事か?それとも前監督役の殺害にエクスキューターが関与している事か?」
「・・・両方だよ」
「・・・そうだな・・・前者に関しては軍略として見れば及第点だな」
「へ?」
「底の知れぬ強敵を数の力で押し潰す、それも立派な戦術の一つ、恥じ入る事はあるまい」
「お前・・・お前はそれで良いってのかよ?エクスキューターの事お前だって気に入っていたんじゃあ」
「今でも気に入っているぞ。だが、それとこれとはまた別問題であろう」
「それは・・・確かに・・・でも」
「それにだ、あそこで連合への参画を拒否は出来んかったぞ。それは坊主貴様が一番良く判っていよう」
ライダーの言う通りだ。
教会で自分達は最前列に陣取っていたが、あれでは直ぐに脱出など出来る筈がない。
しかも直ぐ隣にはアーチャーがいた事を考えれば、拒否して脱出を図ろうとすれば、マスターの命を受けて自分達を肉塊に変えていただろう。
ライダーがあの時、消滅の瀬戸際まで消耗していた事を考えればあそこで連合参画を受諾するしかなかった。
そういった全ての事情を考慮しても尚もウェイバーは釈然としなかった。
何故ならば・・・
「それと・・・後者に関しては余としては疑っておるがな」
「え?」
「坊主貴様も納得はしておらぬのであろう?エクスキューター陣営が前監督役を暗殺した犯人であるとは」
そう、ウェイバーが今回のエクスキューター討伐に疑問を投げ掛けている最大の理由がこれだった。
「ああ・・・正直僕も納得いっていない。確かに僕はエクスキューターの人となりなんてそうも深くは知らないし、マスターである衛宮切嗣の事に関してはアインツベルンの話でしか知らない。無実だって確信なんて一つも無い。上辺だけで騙されている可能性だって・・・いやむしろ十分ありうる事だって僕も判っているさ。でも・・・」
「でも疑問なのであろう?安心しろ坊主、余も貴様と同じだ」
「え?」
「大体前監督役を殺害した方法が魔術によらぬ方法を用いていた。で、エクスキューターのマスターはそれを用いるからエクスキューター陣営が犯人だ。とんでもなく強引なこじつけだと思わぬか?まるでエクスキューター陣営を是が非でも犯人に仕立て上げたいかのような」
「!!じゃ、じゃあまさか・・・」
「そこまでだ坊主」
大声を上げそうになったウェイバーの口を塞ぐ。
「貴様が口にしようとした事はそれこそ憶測に過ぎん。あまり口にする事ではあるまい」
重苦しい声に首を縦に振る。
それを確認した所で手を離す。
「坊主貴様の釈然としない気持ちも判る。だがな、一度参加すると明言した以上、それを放り出すなどそれこそ道義に反する。成功するにしろ失敗にするにしろ最後まで付き合うさ・・・だが」
そこでライダーは獣の笑みを浮べる。
「万が一にも余が考え、坊主貴様が抱いた疑念が事実だとすれば、話は違ってくるがな」
ウェイバーはその笑みが自分に向けられている訳ではないにも関わらず背筋が凍て付くような悪寒を存分に味わった。
と、ライダーが突然話題を変えてきた。
「それはそうと坊主!すいずんと肝っ玉が据わってきたではないか。余のマスターとしての心構えがようやく出来てきたと見える!」
「へ?一体何の話だよ?」
突然何の脈絡も無いライダーの賞賛にむしろ困惑したような声を発するウェイバー。
何しろライダーに賞賛されるような事に心当たりがまるで存在しないのだから。
「謙遜するでないわ!教会であの阿呆に絡まれた時、堂々と一蹴してのけたではないか。見ていて痛快であったぞ」
それを謙遜と受け止めたのかライダーは満面の笑みでウェイバーを褒め称える。
だが、そんなライダーの賞賛にウェイバーは複雑な表情を見せる。
「・・・別にそんな大した事じゃないだろう」
その声もまたウェイバーの心境を現すようにどこか苦みばしっている。
「おい、どうしたんだ坊主?また浮かない顔をして」
それ以上ライダーは口にしなかったが、その視線はウェイバーに続きを促している。
数秒ほど口ごもっていたが、口にした方が楽になると思ったのか
「・・・そんなに恐ろしく感じなかったんだよケイネス講師を」
「??」
「あの倉庫での戦いの時は心底から震え上がったよ。声だけでも本物の魔術師の格の違いをいやって言うほど思い知らされた。悔しいけどあれが本物の魔術師なんだって・・・だけど、昨日見たケイネス講師は今まで見てきたケイネス講師そのままだったのに・・・何かが違ったんだ」
「そりゃあの妙ちくりんな椅子に座っていたとかでは無くてか?」
「妙ちくりんな椅子って・・・車椅子の事だろう?外面の問題じゃないよ。もっと別の根本的な問題だよ・・・上手く表現できないけど・・・以前のケイネス講師とあの時のケイネス講師との間には・・・致命的というか絶望的な隔たりを感じたんだよ。天地・・・と言うか天国と地獄ほどの」
「ほう、坊主、お前がそう思っているならそう言う事ではないか?」
「そうなんだろうけどな・・・なんか釈然としないんだよ。別にケイネス講師に敬意なんて欠片も抱いていなかったけど、何で・・・」
ウェイバーはそう呟き最後には押し黙った。
ライダーもウェイバーの混乱した心境を推し量ってなのか、それ以上問い掛ける事も無く『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』を操り高度を下げていった。
数十分後・・・
人気の無くなった柳洞寺前の石段前に新たな人影が現れる。
共に黒づくめの二人組み・・・士郎と切嗣だった。
切嗣は教会の時と同じく黒のマントで全身を包み隠している。
「来てくれたか、エクスキューター」
そう言って推し量ったタイミングで姿を現したのは綺礼だった。
「今回はこちらの不手際で多大な迷惑を」
「別に良いさ。こっちは実際に被害を被った訳じゃない」
綺礼の謝罪の言葉をそっけなく遮る士郎。
「俺とマスターとしては、謝罪の令呪はどうでも良いが、一体どういった経緯で俺達に前監督役殺害の嫌疑がかけられ、それが晴れたのかを知りたい。それに真犯人が誰であったのかも・・・な」
その眼光は鋭く虚偽は許さないと暗に告げていた。
それを真っ向から受ける綺礼に怯えの色は欠片すら見られない。
そこは流石歴戦の代行者と言った所だろう。
「無論説明する。詳しくは境内の方で話そう。着いて来るが良い」
「それと何でここなんだ?事情説明と令呪贈与なら教会で事は済むんじゃないのか?」
「ああ、その事か。お前達は知らないだろうが、ここには特殊な結界が張られている。真犯人の陣営を閉じ込めるには教会よりも好都合な故だ」
「なるほどな」
表向き綺礼の言葉に頷くと背を向けた綺礼の後を追い歩き始める。
(士郎、どうだい?)
(ああ、結界は完成されている。サーヴァントの能力低下に加えて教会にあったスキル封印のもある。それに・・・ご丁寧に今しがた新たな結界が発動された)
(僕を逃がさない為のかい?)
(正解、解除しない限り触れた者を焼き払うのだ。間違いなく爺さんをここから逃がさない為だな)
後を追いながら士郎はくまなく一帯を解析した結界を切嗣に報告、情報交換に余念が無い。
(境内の方にも敷設されているか確認出来るかい?)
(現状は麓だけしか確認出来ない。でも二段構えだって事も想定しておかないといけないだろうな)
(すまないが士郎引き続き解析を続けてくれ)
(了解、異常を見つけ次第連絡する)
念話の終わりと同時に士郎と切嗣は境内に到着し、
「よく来られたサーヴァントエクスキューター、そしてマスター、衛宮切嗣よ」
魔術師としての誇りと勝利の自信を漲らせた時臣の歓迎を受ける。
周囲をセイバー、ランサー、バーサーカー、寺の屋根にはアーチャーが、そして上空にはライダーが陣取る半包囲の状態で。
(見事な包囲だ。士郎一先ずは)
(ああ、俺の演技にはあまり期待しないでくれれば助かる)
「これは・・・これはどう言う事だ!何故俺達を包囲している!説明してもらおうか!」
自分達を包囲していると認識したのか士郎は慌てたような声で叫んだ。
それに気を良くしたのか時臣が
「何故も何もあるまい。ここが前監督役殺害に関する糾弾の場であるからさ」
「だからだ!真犯人が発見され我々の容疑は晴れたと」
「愚かな。あのような与太話を真に受けるとは。マスターがドブネズミならサーヴァントもそれに相応しい屑と言う事か」
優越と蔑みを込めた声を発するのはケイネス。
(爺さんロード・エルメロイが)
(ああ、よほどのタフだったのかそれともあの時まだ余力を残していたのか?まだ立てるとは予想外だな。回路を含めて肉体を破壊し尽くした筈だが)
予想外のケイネス健在ぶりに切嗣は舌打ちをする。
つくづくだが、至近距離と言わずあの場からの乱射で蜂の巣にすべきだった。
「なんだと・・・俺達を謀ったと・・・裏切ったと言うのか!!」
驚愕と焦燥を顔色にも声にも乗せる士郎の姿に侮蔑の視線を向けたセイバーが
「謀る??裏切る?何を言うのかと思えば、そもそも貴様らが先に私欲を持ってアイリスフィールの信頼を裏切ったからであろう」
そう言って剣を突きつける。
「そ、そんな・・・馬鹿な」
セイバーが完全に敵に回った事を理解したのか絶句して二歩三歩よろめく。
そんな醜態に時臣、ケイネス、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダーは笑みを、アイリスフィールは沈痛なウェイバーは士郎の狼狽する姿を驚愕した思いで見つめている。
「やっぱり・・・エクスキューターの奴もこの事態は想定外だったのか・・・」
「いや、そうでもないぞ」
ポツリと呟いたウェイバーの独り言に返答を返したのはライダーだった。
その声に失望も侮蔑も無く、何処と無く楽しそうなものも感じる。
その声に違和感を覚えて見上げると、その顔は楽しそうに嬉しそうに笑っている。
少なくとも侮蔑の色は微塵もない。
「そうでもないって・・・」
「ありゃ芝居だ」
「へ?芝居?」
「ああ、向こうもこうなる可能性が高いと踏んだんだろう。中々上手い芝居をしおる。金ぴかやらあの阿呆やらは完全に信じ込んでいるようだ。まあ例外は何処にでもおるが」
「例外って・・・」
ライダーの視線を追ってみると、その先にいたランサーもまた嘲笑や冷笑ではなく安堵の笑みを浮べている。
またウェイバーの視界から外れているがいつもの鉄面皮の舞耶がアイリスフィールにそっと耳打ちするとほころぶような微笑に変わる。
「さて、本来であれば貴様達の弁明を聞くべきなのだろうが、その機会は自分達の手で破棄した。である以上、情けは」
「待て時臣」
処刑宣告を告げようとした時臣を遮るように険しいアーチャーの声が降り注ぐ。
「貴様、まさかとは思うが我の言葉忘れたのではあるまいな」
冷たく見下すアーチャーを見ても時臣の表情に余裕が消えないのは流石と言うべきか。
「とんでもございません王よ。今より王のお言葉を賜る事を身の程知らず達に告げようとした所でございます」
恭しいを動作とした時臣の姿勢を見てもアーチャーの表情に変化は無い。
むしろつまらないものを見たと言いたげに鼻を鳴らすと、士郎にその冷徹な視線を向ける。
「さて贋作者(フェイカー)、本来であれば貴様の顔など見たくも無い。だが、貴様は王である我に対して度し難い罪を犯した。王として断じて見過ごせぬ」
「・・・罪だと?」
士郎の声に本物の訝しげな色が浮かぶのも無理は無い。
少なくともこの聖杯戦争中、アーチャーの言う『度し難い罪』を犯した覚えは微塵も無い。
「アーチャー!それはどう言う事だ!俺は貴様に対してその様な事はしていな・・・!」
咄嗟に虎徹を握ると何処からとも無く士郎の脚を貫こうとした長剣を渾身の力を込めて弾き飛ばす。
「自覚もしておらぬとはな!所詮は卑しき贋作者(フェイカー)王に対する敬意も礼節も弁えておらぬとは。まあ良い矮小な貴様に解る様に教えてやろう。贋作者(フェイカー)貴様、我に断り無く我の宝物を持ち出すとは何事か!」
「は?」
その言葉に素で返事を返した士郎を咎められる者はいない。
アーチャーから宝物を持ち出すなどその様な面倒くさい上に無意味極まりない、更に言えば興味もない事を何故しなければならないのか。
剣に限定すれば士郎は質量共にアーチャーの数千倍、いや、冗談抜きで数億倍のそれを保有しているのだから。
「まだ惚けるか・・・貴様は汚物を消滅させる時に使用したあの剣だ!あれもまたこの世に存在する以上我の宝物である事は疑う余地も無い。それを貴様は我の許可無しに持ち出しあまつさえ汚物の消去の為に使うと言う不届きな事を犯した!これ程の度し難い罪他にあるというのか!!」
アーチャーの一喝に士郎は肩を落とす。
その様はアーチャーに論破されて己が罪を認めたようにも見える。
無論だが、士郎はアーチャーに論破されたのではなくその自分勝手な言い草に脱力したに過ぎなかった。
「いやそれ、言いがかりだろ?」
思わず脱力した声で反論するが幸か不幸かアーチャーの耳には届いていない。
そんな事も露知らず、アーチャーは酷薄な笑みを浮べると本題に入る。
「だが、我も慈悲深い。貴様が罪を悔い、あの剣を我に献上すれば貴様の罪を一等減じてやらんでもない」
「・・・で、その罪を減じるって具体的には?」
その声は届いていたのだろう、アーチャーは当然のように
「無論己が手で自害する権利を与えてやる事だ。無論受けるであろう贋作者(フェイカー)?」
あまりの傍若無人ぶりにセイバー、ケイネスをも含めた全員が唖然とし、先日その事を聞いていたライダーに至っては
「あのアホ金ぴか・・・あれほど忠告してやったというに・・・」
頭を抱えて思わずそう愚痴った。
「我の民であれば王の寛容さに涙を流し喜びその権利を受けたのだ。これを王の慈悲と呼ばずして何と呼ぶと言うのだ?」
士郎がそれを受ける事疑い無しと確信しているのか、したり顔で言い放ったアーチャーだが次の士郎の
「あ~・・・そうだな・・・言うならば、略奪、強奪、追いはぎ、強請り、集り、かっぱらい・・・そんな所か。と言うか・・・えらそうな事言っているが、やっている事は夜盗かその辺に転がっているごろつきの所業だぞ」
脱力した口調と視線でだが、容赦の無い弾劾にその顔色は劇的に変貌した。
その言葉に上空から噴出す音が聞こえるが、その音の主は判っている士郎は聞こえない振りをしておく事にした。
何しろアーチャーの差して丈夫でも無い堪忍袋の尾が切れる寸前なのだから、警戒しておかなくてはならない。
「貴様・・・浅ましき贋作者(フェイカー)の分際で・・・」
「そっちは王を自称する山賊のお頭の分際でか?」
見事な返しに周囲は無論の事切嗣すら思わず噴出し、上空から豪快な笑い声が聞こえてくる。
「もう良い・・・あの剣は惜しいが、貴様の血肉に塗れた汚物など回収する気にもならん。その不快な声も聞きたくもない。その憎たらしい面も二度と見れぬようにしてやろう」
能面のような無表情で平坦な声でそう言い放つや、背後の空間から浮かび上がる。
士郎を文字通りミンチにしようと狙いを定める切っ先の数は軽く見積もっても四十から五十はある。
「では死ね、贋作者(フェイカー)、無様に」
「黙って受ける馬鹿がいるか」
そう言うと自然な仕草で何かを放り投げる。
それは緩やかな放物線を描きながらゆっくりとセイバー達の包囲網の上を通り越して背後にいたマスター達の下に落ちてくる。
眼を凝らしてみ見ればそれは奇妙な形状・・・近い形を楕円形のボールのようなものだった。
だが、ボールにしては妙な光沢がある。
誰もがそれが何なのか理解出来なかった。
だが、理解出来ないなりに危険だと言う直感が働いたのだろう、ランサーが跳躍するやそれをあらぬ方向へと蹴り飛ばす。
その判断は正しかった。
ランサーが蹴り飛ばして二秒後、それ・・・士郎の投じた手榴弾が空中で爆発を起こした。
それが『柳洞寺の戦い』開幕の号砲代わりとなった。