一方その頃・・・

「!!」

バイクでアインツベルンの城目指して疾走する士郎は突然、背筋に悪寒を感じて、思わず路肩にバイクを停車させる。

「な、なんだ?いきなり・・・」

軽く肩を震わせながら呟いた。

と言うかこの悪寒は生前から馴染みがある。

この悪寒を感じた時には大抵・・・いや確実にろくな目にあっていない。

例えば・・・食事関連で暴れる青い王様とか・・・

例えば・・・ちくちくいびるあかいあくまとか・・・

例えば・・・くすくす笑いながら殺気を振りまくくろいまじんとか・・・

例えば・・・どれだけ強くなろうとも絶対に勝てないハリケーンタイガーとか・・・

直ぐに思い出しただけでもこれだけある馴染みの感覚。

この現状でありうる悪寒の原因は容易に推察出来た。

「・・・イスカンダル陛下絡みだな・・・きっと」

まあ自分の現状はイスカンダルから見れば、どう考えても『何やっているのだお前』と言われて当然なものだ。

言葉よりも先に拳が一発脳天に振り下ろされても文句は言えない。

「・・・腹括るしかないんだけどな」

そう言ってからバイクを再び走らせてから、暫くして士郎は目的の場所であるアインツベルンの城に到着する。

現在この城は昨日切嗣が仕込んだトラップの数々で危険地帯と化している。

が、士郎は城の中に用があるわけではないので門の近くの木に身体をもたれさせながら、所在無さげに何かを待っている。

やがて、上空からかすかな羽音と共に一匹の蝙蝠が姿を現し士郎がもたれさせていた木にぶら下がる。

「来たか」

そう言うと士郎は蝙蝠を造作も無く抱くように捕獲、腹に括り付けられていた筒を取り外して中の便箋を確認。

そこまで済ませた所で蝙蝠を解放、蝙蝠は役目を終えたとばかりに新都方面に飛び去っていった。

それを見届けてから筒を懐に仕舞い込み、城を後にした。









数時間後・・・士郎は仮司令部であるホテルに到着した。

無論だがバイクはかなり離れた地下駐車場に止めて、隠密体勢に入っての状態で。

切嗣がいる部屋を合図のノックをしてから入る。

「爺さん、遅くなった」

「士郎お疲れさん」

士郎が入ってきた時に地図に何か書き込んでいた切嗣は一端手を休めて、労った。

「爺さん、早速だけど」

そう言って懐から例の筒を差し出した。

「ああ、ありがとう」

そう言って筒から便箋を取り出して中身を検める。

便箋には流暢な文字で監督役の死と、それにエクスキューター陣営(すなわち自分達)が関与している疑いがかけられている事、自身が潔白であると言うのであるならば、今夜十二時までに教会に出頭する事がつらつらと書かれている。

「・・・僕達が聞いた事と同じ事だね」

「ああ」

言葉少なげに便箋を検めていく切嗣と士郎だが、だんだんとその表情に疑惑の色が浮かんできた。

「・・・あれ?爺さん、これ・・・少しおかしくないか?」

「士郎も気付いたかい?」

「ああ、枚数を使い過ぎている。本来だったら一枚か多くても一枚半で事足りるはずなのに五枚も使っている」

何しろ内容の所々に切嗣と士郎を罵倒する文面が所々に綴られておりそれが文字数を増やし、更にはどう言う訳か一行ずつ空けながら書き記されている。

それゆえに五枚も使用したみたいだったが切嗣達から見れば腑に落ちない事この上ない。

罵声の数々も一行ずつの空白も不自然なものにしか見えないからだ。

首を傾げながら便箋の一枚を眺めていた士郎だったが、ふと便箋の端に眼を止める。

「??爺さん、ちょっと」

「どうしたんだ士郎」

切嗣に自分が持っている便箋の左上端を指差しながら見せる。

そこには爪か何かで跡をつけた文字らしきものがある。

よくよく確認してみるとそれはローマ数字の『Ⅰ』だった。

「なんだ?これは?」

「判らない。だけど爺さん、これ三枚目なんだよ」

「・・・他の便箋も確かめよう」

切嗣の言葉に頷き調べてみれば残り四枚にも位置は違うがローマ数字が記されている。

一枚目には『Ⅲ』が右端中央に、二枚目には『Ⅳ』が左端下、四枚目は右端上に『Ⅴ』、そして五枚目には左端中央に『Ⅱ』と。

「順番は出鱈目だな・・・だがこの文字には舞耶の癖がある。この跡をつけたのが舞耶ならば意味がある」

そう言いながら穴が開くほど便箋を凝視する。

と、今度は便箋の右下に小さく『A』の文字が書かれているのを発見した。

「こっちはアイリの字・・・それにAと言えば・・・」

そこまでは口にした時、何かに気付いたような表情を浮べると懐からライターを取り出すや火をつけると便箋の空白部分を下から炙り始めた。

すると、空白部分から焦げ茶色の文字が浮かび上がる。

「!爺さんこれって・・・」

「ああ、炙り出しだ。士郎、すまないがライターを買ってきてくれ。手分けしてやった方が早い」

「判った」









三十分ほどで五枚の便箋全ての炙りが終わった。

「やはりか・・・空いていた行に炙り出しの文字を書いていたんだ。僕達に向けた不自然に多い罵詈雑言はこれを隠す為のカモフラージュだったみたいだ」

「それに間違いなくこっちが本命だろうな」

「ああ、これを書いた為に文字数を増やさなくてはならなくなって不本意で加えたって所だろうな。現に冒頭でこの事に対する謝罪文になっているから」

「で、このローマ数字は炙り出しのページって事か・・・って、爺さんこれもしかしなくてもヒスワリ語?」

「ああ、舞耶との極秘連絡の時はこれを使う場合が多いんだ。英語やフランス語、ドイツ語なら判ってもヒスワリは判らないって事が多いから、それにしても良く判ったね士郎」

「ああ・・・俺の生前の師匠の中に異常に語学に堪能な人がいてさ、その人に教わったんだよ」

切嗣の驚きを伴った声に懐かしさが混ざった苦笑を浮かべてそう言う。

そんな士郎をかすかに笑いながら切嗣は炙り出しの文字に目を通していく。

横から覗き込む形で士郎も眼で読んでいる。

「・・・なるほど、だからこんな手の込んだ方法を取った・・・いや取るしかなかったと言う事か」

「アイリスフィールさんと舞耶さんが教会に留められている・・・」

「おそらく遠坂はまだ僕とアイリが繋がっているんじゃないかと疑っているんだろう。だからこそ監視しやすい教会に留めているんだろうね。それでも確信までは抱いていないようだ。確信を抱いているならこんな事も出来ないさ」

「だけどそれを考慮してもよく遠坂が気付かなかったな」

「これは推察に過ぎないけどおそらく遠坂は過信と思い込みで見過ごしたんじゃないかと思う」

「過信と思い込み?」

切嗣は静かに頷く。

「遠坂時臣は調査する限り典型的な魔術師だ。こういった魔術師は魔術こそ至高だと崇拝する一方で、それ以外を見下す傾向がある。現にロード・エルメロイはそうだった。であれば魔術による連絡のやり取りに対して過剰に警戒はするだろうね。現にこの便箋とインク、魔力に反応するタイプの代物だ。魔術による細工が無いからそれは無いのだと高をくくったんだろう。ましてアイリは御三家の一角。それが魔術以外の手段で僕達に連絡を取るなんてありえないと思い込んだから監視の目を掻い潜れたんだと思うよ」

「確かに・・・で、何々・・・バーサーカー陣営が連合に参加か・・・やっぱり」

士郎も切嗣も驚いた気配は微塵も無い。

二人とも参加は当然の事だと思っていた。

何しろ参加を断れば自分達が始末されるだけの事、遠坂にどれだけの憎悪を抱こうとも聖杯を得る為には背に腹は変えられない。

苦渋の決断で参戦したのだろうとこの時は士郎も切嗣も思っていた。

「それと後は・・・なるほど憶測に過ぎないがほぼ確実だろう」

「何が?」

「遠坂が仕掛けるのは早くても明日の夜だろうと言う事だ。第三者経由での話だがどうも僕達を・・・正確には士郎を簡単には逃がさない場所の準備に追われているようだ」

「俺を?」

「ああ、何しろ士郎にはアサシン真っ青の気配遮断スキルがあるから、それを使えばどれだけ追い詰めても容易く逃げられてしまうと警戒しているんだよ」

「爺さんそれ皮肉かよ。言っちゃ何だけどあんなの初歩中の初歩だぞ。俺にこの技術教えてくれた奴なんか気配を絶ったまま標的の暗殺なんてお手の物だし、セイバークラスの直感をもってしても察知出来ない怪物だぞ」

「・・・それはそれで見てみたい気もするが、話を戻そう。この話が本当だとすれば遠坂がどこに僕達をおびき寄せようとしているのかはだいたい見当はつく」

「だな、そうなると、そこでの戦闘を想定した準備をしないとならなくなる」

会話から見ても士郎も切嗣も既に時臣が何処で自分達を誘き寄せようとしているのか把握しているようだった。

「ああ、それにアイリと舞耶を奪還もね・・・ん?」

と、不意に切嗣が眉を潜めた。

「??爺さんどうかしたのか?」

「・・・」

士郎の問い掛けに切嗣は返答をしない。

見れば五枚目の便箋を手に難しい・・・と言うかどう表現してよいのかわからないと言った表情をしている。

「・・・士郎、これはどう思う?」

暫くして表情はそのままに切嗣は士郎にその便箋を手渡す。

「??どれどれ・・・『言峰綺礼に最大限の警戒を、あの男は・・・かつての切嗣そのものです』・・・これって」

士郎も困惑した声を発する。

「・・・接触したのか、接触して来たのかは不明だけど、何かを掴んだだから俺達に伝えようとしたんだろうな・・・どちらにしてもこれだけじゃあ何も判らない。本人達に直接聞かない限り」

「そうだね、まああの男に関しては常に最大限の警戒で事に当たる事は決めていた。舞耶からの報告でそれが間違いでない事がはっきりしただけでも収穫さ」

そう言って切嗣は軽く背伸びする。

「さてとこれによれば次に使い魔が来るのは明日の正午、まだ時間もある。食事を取ってから対策を練るとするか」

「だな。それと爺さん、疲れは溜まっていないと思うけど、睡眠も取っておいた方がいい。その間の詰めは俺がして置くから」

「ありがたいけど士郎そうも悠長に休んでいる暇は」

「焦った所でどうする事も出来ないだろう爺さん。それなら相手が作ってくれたこの時間を有意義に利用した方が良い。俺達には一回のミスも許されないんだし」

士郎の勧めに切嗣はしばし思案に耽っていたが、

「・・・昨日の朝方に仮眠は取っておいたからまだ大丈夫だけど・・・まあ良いか、休息を取れる時に取って最善のコンディションを保つのも勝利の定石だ。じゃあ先に食事を取るか」

最終的には士郎の提案を受け入れ椅子から立ち上がった。









眼を覚ましたウェイバーを最初に出迎えたのは夜の寒気と星の瞬きだった。

「んぁ・・・あ・・・れ?・・・」

辺りを見渡すとそこは辺鄙な雑木林、何で自分は個々にいるのだろうか?

意識が覚醒していない中辺りをもう一度見渡すとその目に見覚えのある文様が飛び込んできた。

そこでようやくここが何処で自分は何でここにいるのかを思い出した。

と、それを待っていたように

「おう坊主、目を覚ましたか?」

馴染みの声が耳朶を叩く。

寝袋から起き上がると、Tシャツにジーンズ姿のライダーがそこにいた。

ウェイバーが起きたのを横目で確認すると何時の間にかウェイバーのバックから取り出したのかイーリアスの詩集を食い入るように読み耽っている。

ちなみにそのイーリアスの詩集、召喚初日ライダーが図書館から世界地図共々強奪してきた戦利品である。

「よく眠っておったな、坊主、半日は寝ておったぞ」

「半日?ってうわ本当だ」

ライダーの言葉に慌てて腕時計で確認する。

既に深夜十一時を回っていて、もう間もなく日付が変わる。

「お前なあ、ある程度回復したら僕を起こしても構わなかったんだぞ。ただでさえ何時エクスキューター連合の招集が掛かってもおかしくないんだし」

「まあその心配はあるまい」

「??何で自信満々にそう言い切れるんだよ?」

「おそらくだが金ぴかのマスター、エクスキューターを討つのに万全を期す筈だ。戦力でもそうだが、戦場でもな」

「戦場でも?」

「気付いていよう。エクスキューターが持つ気配遮断のスキルを」

はっとした。

そういえば序盤戦でもキャスター討伐令の為に教会に使い魔を派遣した時も忽然と姿を現し、忽然と姿を消した。

その時気配を察知する事はどの陣営も出来なかった。

「つまりトオサカはそれを警戒して?」

「ああ、そうも容易く逃げれぬよう檻を造る気だろう。そんな檻がそうも容易く出来るとは思えぬしな」

確かにと頷く。

「そう言う訳だから坊主しっかりと休んで万全にしておけ。エクスキューターとの一大決戦、そうも容易く事が終わる筈が無いからな」

「ライダーそれは僕がお前に言う台詞だろう。無茶やって消耗しやがって・・・で、回復具合は昼間言っていた位か?」

「おう、だいたい見立て通りだな。この調子で回復しておけば戦車の走りに問題は無い」

「そうか」

短く、安堵を込めた声でそう呟くとウェイバーはバックからバランス栄養食を一箱取り出すと開封、食べ始めると水の様に栄養ドリンクを飲む。

眠る前までの満腹感は既に消え失せ、二日は絶食したような空腹がウェイバーに食事を訴えており、とにかく何か腹に入れずにはいられなかった。

「・・・おい坊主」

「ん?ふぁんだよ」

とそんなウェイバーを見ていたライダーがイーリアスから眼を離して声を掛けてきた。

それにウェイバーは口に栄養食を頬張りながら返事を返す。

口に物を入れて会話するなど行儀が悪い事この上ないのだが、今目の前にいるのはライダーだけだし、何よりもこの男の前で行儀など気にする事も無いだろう。

「・・・それ美味いのか?」

その問い掛けをウェイバーはなんとなく予想していた。

ライダーが神妙な表情と声を掛けてくる時、かなりの確立で食事関連に対する事なのだと言うのもあるが、昼間鰻玉弁当の事を聞かれた時と声が全く同じであったから。

「・・・」

それに対してその時と同じく『まずい』と返答しようとしたのだが、その口からは

「・・・見た目に反して意外と美味い」

素直な感想が出てきた。

これは嘘でも大袈裟でもなく外見はまるで土か粘土を固めたような代物なのだが、食べてみると中々美味い。

空腹と言う最大の調味料を抜きにしても十分な味だった。

「ほうそうなのか・・・美味いのか」

ウェイバーの返事を聞いてライダーの視線が栄養食に注がれる。

それも予想できていたウェイバーは溜め息を吐くと箱から一本取り出し

「食いたいんだろ」

そう言ってライダーに放り投げた。

「おう、悪いのぉ坊主」

それを危なげなくキャッチすると満面の笑みで食べ始める。

「ほう確かに見てくれは褒められたものではないが食べてみると・・・美味いな!こんな非常食があれば余の軍勢も地の果てだろうと制圧できたと言うのに実に惜しい!」

ライダーらしい表現で絶賛するその姿に昼間の沈み込んだ様子は欠片も見受けられない。

それを見てウェイバーは癪だが安堵する。

やはりライダーはこうでないとならない。

「おい坊主!もっと無いのか?」

「お前なぁこれは僕が買ってきた非常食だぞ、何でお前が食い漁ろうとするんだよ」

一口・・・ではないが二口で平らげてしまったライダーの要求に愚痴っぽく、態度も嫌々であるがその表情は心なしか嬉しそうに、バックから未開封を二つ取り出すと一つをライダーに渡して、自分はもう一箱を開封して再び食べ始める。

そんな奇妙だが、妙に心温まる食事をとるウェイバーとライダー。

二人とも気付いていなかったが、この時既に夜十二時を回っていた。









十二時を回った。

にも拘らず教会にはエクスキューター陣営は姿を現さない。

念には念を入れて三十分ほど待っていたが、教会には誰も来訪者が来る事はなかった。

それを確認してから綺礼は時臣に連絡を入れる。

『そうか、やはりエクスキューター陣営は現れずか・・・これで対エクスキューター連合は完成した・・・戦力で言えばもはや勝利したも同然だ』

「ですが時臣師・・・」

『判っている。エクスキューターに未だ底が見えない油断は禁物だ。それにあの気配遮断を封じない限りどれだけ追い詰めても逃げられるのが関の山だ。だからこそ今、あの場所をエクスキューターを閉じ込める檻にしているのだからな』

「それで時臣師、エクスキューター討伐決行は・・・」

『ああ、順調に事は進んでいる。予定通りで良いとアインツベルンにも伝えてくれ』

「判りました」

十二時を回り連合が完成したのをある者は不安に支配されなら見守る事しか出来ず、

「キリツグ・・・シロウ君・・・」

「マダム・・・」

ある者は様々な決意を固め、

「・・・やはりか・・・エクスキューター、キリツグ・・・貴様達は直ぐに討ち果すべきだった・・・」

「・・・エミヤ殿・・・」

「・・・悪いな・・・エクスキューター・・・あんたには恨みは無いが・・・俺も退けないんだ」

ある者はむしろこの後の事に強い関心を示すだけで

「はっ、綺礼の奴、まだ不十分だと言っておきながらこれでも愉しませてくれそうではないか、これでこそ我が見込んでやった男よ」

そしてある者は歪んだ報復心を満足させ

「くくくくくく・・・ざまあ見ろ・・・薄汚い屑共・・・身の程も弁えずこの聖戦に首を突っ込んだ愚かさを噛み締めろ・・・」

喜怒哀楽、様々な思惑が渦巻き続ける。

そんな中でも切嗣と士郎は諦める事も現実から逃避する事も無く、この絶望的な戦力差に抗うべく知恵を絞り続ける。

第四次聖杯戦争・・・その終わりの始まりはエクスキューターVS対エクスキューター連合との戦いをもって終わりを告げる。

全ての陣営の命運を決定付ける戦いまで・・・残り二十二時間余り。

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