ここで時間は遡る。
一先ず解散となり、教会を後にしたウェイバーがその足で向かったのは拠点であるマッケンジー家ではなく新都の繁華街だった。
バスに揺られながら駅前に着くとその足でまずは公衆電話からマッケンジー家に連絡を入れて今日、明日は帰らない旨を伝えてからウェイバーは一人百貨店に向かう。
そう一人でだ。
前もって断っておけば、別にライダーはいつものようにウェイバーから離れて勝手気ままな単独行動をしているのではない。
現に今でもライダーはウェイバーの傍にいる。
ただし、霊体化の状態でだ。
と言うのも昨夜の未遠川の戦いも終わりウェイバーを連れてマッケンジー家に到着するや霊体化してしまった。
その霊体化を教会に到着するまで解く事も無く、教会にいたときは実体化していたが、教会を後にてからしばらくして、周囲に気配が無い事を確認するとあっさりと霊体化してしまった。
普通に考えればこれが聖杯戦争としては正しい形であり、数日前までのウェイバーであればようやくライダーが自分の指示を受け入れてくれたのだと小躍りする位喜んだだろう。
しかし、良くも悪くもライダーの性格を、何よりもライダーの肉体に対する執着も思いも知り尽くしている今のウェイバーからしてみればライダーの霊体化は違和感しか感じなかった。
事ここに至ってようやくウェイバーはライダーの異変の理由を察する事が出来た。
だが、それを今ここで問い質す訳には行かない。
関係や立場が悪くなると言う意味ではなく、ウェイバー自身の沽券に関わるが故に。
本人はそんなのは、極めてつまらないくだらないプライドに過ぎない事を自覚はしていてもだ。
せめて少しでも自分なりの意地を見せられる場所で、ライダーと相対したかった。
まずは百貨店のアウトドア用品売り場へ向かうと冬山用に使用される厚手の寝袋と断熱シートを購入した。
それなりの値段だが、泣ける事に昨日ライダーが購入したゲーム機一式と比べるとまだ安い。
むしろウェイバーが怒りを押し殺したのは薬局のブースで栄養ドリンクと使い捨てカイロを買い込んだ時だった。
つくづくだが、機械文明、科学文明が最盛期である現代で、魔術師として生きる事の難しさ虚しさ、何よりも世知辛さを実感した。
栄養ドリンク十二本セットに三本おまけで税込み五百九十八円、徳用カイロに至っては三十個セットで税込み二百九十八円と言う安さ。
寝袋や断熱シートと言い、これらと同じ効果を持つアイテムを魔術で作ろうとすれば確実に二十倍から三十倍、最悪百倍は掛かる筈だ。
本気でウェイバーは泣きたくなってくる。
三、四世紀前であれば魔術の薫陶を受け、その深奥を究めんとしていると言えば、周囲から畏怖と敬意を一身に集めたと言うのに、何でこんな時代に自分は生を受けたのだろう。
そんなやり場の無い怒りに駆られて、栄養ドリンクを二つ、徳用カイロに至っては一気に四つ買い込もうとしてしまった。
(最も、会計の折、店員から申し訳無さそうに『お客様こちらの商品、お一人様一点限りの特売品となっておりますので複数のご購入は・・・』と言われ、顔から火が出るほどの羞恥心を覚えながら一点づつ購入する羽目になったが)
そそくさと文字通り逃げるように百貨店を後にしたウェイバーはバスに乗り込むと、深山へと戻る。
マッケンジー家最寄の停留所を二つ通り過ぎた所で、バスを降りる。
そこで適当に目に飛び込んできたコンビニエンスストアに迷わず入ると、ミックスサンドを一つ、ハンバーガーを二つ、鰻玉丼弁当を一つ、更に固形型のバランス栄養食四本入りを四つ買い込む。
本来ウェイバーの食生活は大食漢とは程遠い。
むしろ食は細いと言っても過言ではなくいつもであれば鰻玉丼だけでも足りる。
だが、今回のこれはウェイバーが空腹を満たす為の食事ではない。
店員に少し移動に時間がかかるから熱い位でも構わないのでしっかり暖めて欲しいと頼んで、通常の倍の時間暖めてもらい、火傷するほど熱くなった食事を持って走るように目的の場所に向かう。
住宅街近くで自動販売機を見つけたので、ホットの缶コーヒーを買い込んだ後はノンストップで住宅街を抜けた先の雑木林に入っていく。
遊歩道も獣道も見当たらない木と木の間を潜り抜けるように進むウェイバーの歩みに迷いはない。
夜間と日中の違いはあるが、この道は十日前後前に通った道だからだ。
しばらく歩いていると目的の場所に到着した。
そこは雑木林のにある拓けた空き地。
人工的に作られたものではなく、自然に空き地になったそこには赤黒い塗料で描かれた奇妙な文様があった。
ウェイバーはその文様をチェックするように見て回る。
特に問題がないとわかったのか安堵するように息を吐くと断熱シートを文様の前に敷き、さらに寝袋を広げて中に使い捨てカイロを数個放り込み、断熱シートに座って食事を取り始める。
ミックスサンドを平らげて、ハンバーガーを頬張り、コーヒーを飲みながら鰻玉丼を口に運ぶ。
幸い過剰なほど加熱してもらったのが幸いして、ハンバーガーと鰻玉丼はまだ温かく、本来の味わいを楽しむ事も出来たのだが今のウェイバーにその様な余裕は無い。
何しろハンバーガーを完食した時点でウェイバーの胃は満腹を告げる苦痛を訴えかけている。
だが、それを無視して食べ続けるウェイバーの姿は大袈裟であるが、苦行に挑む修験者のようにも見えなくも無い。
と、ウェイバーに念話が送られる。
(のう、坊主・・・美味いのか?それ)
教会を出てから第一声が食い物がらみと言う事にウェイバーは大きな安堵と八つ当たり気味な苛立ちを同時に覚えて、鰻玉丼を食べる速度を緩める事無くぶっきらぼうに返事を返す。
(いいや、まずい。日本の食文化も底が知れるな)
不機嫌そうにそう返答はしたのだが実際は間逆で、コンビニで購入したそれらは絶品とまでは行かなくても、普通に美味しく食べられる。
しかもまだ未開封のバランス栄養食も含めても合計金額で二千円を切る懐にも優しいコストパフォーマンスに改めて魔術師が生きる厳しさをウェイバーに実感させる。
そんなウェイバーの嘆きを知ってか知らずかライダーは大げさに溜め息を吐くと実に遣る瀬無さそうに
(坊主、そういえば先程『お好み焼き鐘馗』を素通りしたがなんともったいない事をするのだ。あそこのモダン焼きは絶品である上に自分の手で焼く楽しみまであったと言うのに・・・)
(そんなにそこで飲み食いしたけりゃさっさと実体化出来る位にまで回復しろ)
ウェイバーには珍しくぴしゃりとライダーの嘆きを遮るように言い放ち、ライダーはばつが悪そうに沈黙してしまった。
(ここがどこかはもう判っているよな?お前を召喚した場所だよ。霊脈は極上とは行かないだろうけどそれなりだし、お前を召喚した場所だから相性と言う点じゃあここが一番だろう?幸い魔方陣は解れていないしここでなら回復の効率が格段に良くなるはずだろう?)
そう、ここはウェイバーが十日ほど前にライダーを召喚した場所だった。
(エクスキューター討伐の集合が掛かるまで、ここで寝ているから僕が死なない程度に魔力を持っていってくれ。そうすればお前も多少はましになるだろう?)
その念話と同時にコーヒーと鰻玉丼を食べ終わると今にも吐きそうなのを堪えて今度は栄養ドリンクを三本、強引に飲み下す。
そう、ウェイバーがこれほどの暴飲暴食に勤しんでいたのは一重にライダーの回復の為にカロリーを過剰であろうとも摂取しなければならなかった為だった。
そもそも昨夜の・・・いや、あの聖杯問答でアサシンを瞬殺した時点で気付くべきだった。
固有結界まで作り上げてしまうほどの超宝具の消耗が並大抵である筈が無い。
連日の『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の展開、おまけに昨夜に至っては限界を超える維持と海魔との戦闘で満身創痍の状態だった。
教会では平然と現界していたが、あれとて他陣営に弱みを見せまいとするライダーの虚勢だったに違いない。
でなければ、あれほど肉体に固執しているライダーが、これほど長い時間霊体化している筈が無い。
いくら教会の召集をかけられたとは言えその事を失念したのは間違いなくウェイバーの責任である。
だからこそライダーの回復に僅かであろうとも助けになるようにこうしてここにいるのだから。
ウェイバーの言葉にライダーは奥歯に物が挟まったような口ごもる気配を見せていたが、
(そうか、気付いておったのか。坊主、どうせなら気付いた時に言ってほしかったぞ。後になって見透かされている事が判ると言うのは存外に気恥ずかしいものなのだな、ははは)
極めて珍しい・・・いや、間違いなく初めてだろう、恥ずかしげに脱力したかのような、ばつの悪そうな苦笑を漏らした。
何で恥ずかしがっているのかウェイバーには意味がぜんぜん判らない。
むしろそんなライダーの態度にやり場の無い怒りがこみ上げてきた。
(このっ・・・大馬鹿野郎!恥ずかしいのはこっちだ!と言うかお前もそんなにやばいならさっさと言えばいいだろう!いざって言う時にお前が役に立たなきゃヤバイのは僕の方なんだぞ!)
声を出す事無く(と言うか食道まで詰め込んだ食事の消化に専念している為に声を出す余力も無い)念話で暢気に『気恥ずかしい』などとのたまうライダーに罵声を飛ばす。
何しろウェイバーからしてみれば自分はライダーから『不甲斐ない』と罵声を浴びせられるに相応しい立場だからだ。
ライダーが霊体化して消費する魔力量を節約しているのは今更言うまでも無く、マスターであるウェイバーから供給される魔力量が圧倒的に足りないからだ。
だから回復させようにもいつものように実体化していたら回復と消耗のバランスが消耗に傾いてしまう。
だから霊体化して残り少ない魔力を節約していたのだ。
常に実体化したがるライダーにも責任はあるが、そもそも現在聖杯戦争に参戦している、他のマスターであるならばこのようなへまをする筈が無い。
どれだけ消耗しようとも回復させる事ができる筈だ。
それが出来ないと言う時点で、自分が・・・ウェイバー・ベルベットが征服王イスカンダルと言う強大なサーヴァントを従えるに相応しくない二流のマスターである事を証明してしまったも同然だった。
屈辱的だったが、それ以上にその事を隠していたライダーに対しての憤りがあった。
当然、自分のサーヴァントの状況を把握していなかった自分が圧倒的に悪いのは言うまでもない。
しかし、自分が出来の悪い雑魚マスターである事を把握しているというのに、報告をせずに隠していたライダーにも少なからぬ責任がある。
魔力が不足しているのであればいつものように横柄に横暴に要求すればよかったのだ。
そうであればウェイバーも今回のような方法を取っただろうし、それでも無理であるならば覚悟を決めて、どのような手段を講じてでも魔力を調達したと言うのに。
栄養ドリンクを三本飲み干し、ゲップが出るのを必死に堪えて(ここでゲップでもしようものなら胃袋に詰め込んだカロリーの元を全部吐き出してしまいそうだから)寝袋に潜り込む。
使い捨てカイロは既にその役目を果たしており寝袋の中はすっかり暖まっていた。
(・・・で、何で黙っていたんだよお前)
(いやな、もう少しは踏ん張りが効くものと思っておったんだが、川での戦闘がやはり堪えてなぁ)
それはそうだとウェイバーは内心で頷き、
(詰まる所、お前の『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』ってとんでもないほど魔力を消耗するんだろ?)
(いや、そんな事はないぞ。一度呼んでしまえばこちらのものでな、軍勢(ヘタイロイ)の連中が勝手に維持を担当してくれてな余はつまるところあいつらにおんぶで抱っこの状態で楽なものよ。だからな規模に比べれば燃費は良いのさ)
数日前のウェイバーであれば『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の出鱈目ぶりに改めて言葉を失っていただろうが今のウェイバーには通用しない。
(維持だけだったらそうかもな)
その一言だけでライダーが沈黙する。
(だけど軍勢(ヘタイロイ)を呼ぶ時はどうなんだ?固有結界を発動させちまうほどの大魔術であればそれだけでも魔力消費はかなりの筈だ。そもそもあれだけの英霊をお前はたった一人で呼び出すんだろ?それを合わせれば桁違いの消耗じゃないのか?それこそ維持の効率の良さを帳消し所か大赤字にしちまうほどの)
それに対する返事は
(・・・)
沈黙で返した。
ライダーを召喚した当初のウェイバーならライダーを言いくるめたと得意満面となったであろうが、今のウェイバーにはその様な感情は無い。
ウェイバーにとっては出来れば当たって欲しくなかった事なのだから。
(確かに僕も迂闊だったよ。自分で言うのもなんだけど大馬鹿野朗だった。アサシンを殲滅した時僕から持っていった魔力が異様に少なかったからその時はなんて効率の良い宝具なんだって位にしか思っていなかった)
言い訳以下であるが、だからこそウェイバーはライダーがぎりぎりまで追い詰められるまで『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の消費魔力を見誤ってしまった。
そもそも魔術とは等価交換、その大原則から見れば、あれほどの大魔術があれほどの消費魔力で成立する筈が無い。
そうなれば考えられる答えは唯一つ。
(ライダーお前、本当は僕が負担しなくちゃならない分の大半を自前の魔力で賄っていたんだろう?)
それに対してライダーはやはり沈黙で返し是とも非とも言わなかった。
しかし、その沈黙こそが雄弁な答えだった。
その沈黙に腹が立ったのか思わず
「お前何考えているんだよ!二度もそんな無茶しやがって!最も肝心な事をマスターの僕にも言わないで・・・どういう了見だよ!」
声に出して姿の見えないライダーを罵った。
それに対してライダーはようやく返答をしたが、その言いようは極めて言いにくそうに口ごもってから
(いやな・・・何しろ余が本来の調子で魔力を持って言ってしまえば坊主、お前の命を本気で危うくしかねんかったからな。何しろ英霊だのサーヴァントだの言っても、その正体は何のことはないただの『魂食らい(ソウル・イーター)』だからな)
その台詞だけでもライダーがウェイバーを気遣っている事はいやでも判った。
だが、ウェイバーにはそれがたまらなく嫌だった。
「・・・それでも構うものか・・・」
今しがたの激発など嘘のようにウェイバーは静かな声で今の心境を吐露する。
「確かに僕は二流だ、三流だ。でも、だからと言ってお前に全てを任せて押し付けて聖杯を得るなんてそんな顛末は嫌だ。僕も自分の力量に相応しい労苦を払って、犠牲を出してそうやって聖杯を手に入れてこそ価値があるんだ」
昨日、ライダーに経過に過ぎんと言われたウェイバーにとっての戦いの意義。
それでもウェイバーには譲れなかった、否定出来なかった。
ちっぽけだろうと無様であろうともそれが己が胸中に秘めた譲れないもの。
「先の事なんて・・・聖杯の使い道なんて知るかよ・・・僕は・・・僕はただ知りたいんだ!僕みたいな魔術師見習いでも手に入れられるものはあるんだって!それを・・・それを!」
(なるほどな・・・坊主、余としては貴様のその覚悟に殉じてやりたい所であるが、そいつは聖杯が本当にあればの話であろう)
突然のライダーの独白にウェイバーの思考は文字通り真っ白になった。
「・・・へ?」
(今この地で行われている聖杯戦争の目的である聖杯、こいつを得る為に誰も彼も血眼になっておるが、それが噂通りの代物なのか、そもそもあるかどうかも定かではない違うか?)
ウェイバーにはライダーが何を言っているのか理解出来なかった。
言葉は判ってはいても、その意味を把握出来なかった。
「おい・・・いきなり何を」
ウェイバーの困惑を無視してライダーの独白は続く。
(余には・・・ある・・・あるかどうかも判らん代物を追い求め続けた事が)
それは言うまでも無い、夢で見た『最果ての海(オケノアス)』を目指して駆け抜けた東方遠征の事だ。
だが、ライダーにとってそれは栄光と誇りと夢に溢れているはずなのに、その声には冷ややかで苦々しく、自嘲の響きすらある。
その声を構成するどれもこれもライダーに最も似つかわしくない。
(征服したあちらこちらで『最果ての海(オケノアス)』を見せてやる。足跡を記す栄光を共に味わおうと吹聴して回った。その度に余の言葉を信じて次から次へとお調子者が我が軍勢に加わった。そして死んでいった。今でも昨日の事の様に思い出せる。あの大馬鹿共を相手に戦い、大馬鹿共と共に征服の途上を歩み、笑い、酒を飲み交わし共に夢を語り合った余にとって何にも勝る宝物の日々が)
「・・・」
その時だけライダーの声には喜色が滲み出ていたが、直ぐに沈痛な色に変わった。
(まあ、結局は余の言葉を疑うようになった小利口な連中によって遠征はご破算となった。あの当時は内心縊り殺してやろうかとも思ったが、今からしてみれば正解だった。何しろあのまま進んでも余も余の軍勢も何処にも辿り着く事も出来ずにどこかの異国で無様な屍を晒しておっただろう。坊主に呼ばれる際に今の知識を得た時には正直へこんだぞ。まさかこの世界は丸く閉じており何処までも東に行こうとも元の場所に戻るなんて何の冗談だと思ったぞ。だがまあ、地図を見てみればそれが嘘偽り無い事がわかった)
「っ・・・お前、だからあの時地図を・・・」
ウェイバーの問い掛けに答える事もなくライダーは更に独白する。
(全くもって余はとんだ大法螺吹きだったと言う事だ。『最果ての海(オケノアス)』なんて代物は何処にも無かった。単なる余の夢物語に過ぎなかった)
「やめろよ・・・お前・・・」
傍目から見ればライダーの言葉は正しいだろう。
だが、そうだとしても・・・いや、そうであるが故に、ウェイバーはライダーの口からその様な言葉を聞きたくなかった。
ウェイバーの知るライダーは何処までも横暴で横柄で自由気ままで・・・だが、誰も彼も引き寄せ魅せる男でなければならない。
少なくともその様な悲嘆にくれるのはこの男らしくない。
何よりもあの時、あまたの英雄を魅了した男が、真っ直ぐに純粋に夢を語った奴が何でよりにもよって己の夢を否定する事を言うのか。
その事を指摘し糾弾しようとしたウェイバーだが、それは一単語も声になる事もなく口の中で消え失せる。
それを言ってしまえばライダーに知られてしまう。
自分が夢と言う形でライダーの過去を覗き見たと言う事を。
仮にライダーがそれを知ってしまっても笑って受け入れただろうが、それでも・・・いや、それだからこそウェイバーは言う訳には行かなかった。
つまらぬプライド、ちっぽけな意地である事は百も承知だが、それでも譲る訳には行かなかった。
そんなウェイバーの内心を知らずにライダーの独白は続く。
(坊主・・・余はなもう嫌なんだよ。あるかどうかも判らん与太話で誰かが死ぬのを見るのは。そんなものは生前嫌と言うほど見尽くして来たからな。聖杯が真実存在し、その在処も確かであるならば余も全てを賭して戦おう、貴様のその心意気にも応えよう。だがな、まだそれは不確かなものだ。そうなれば、『この世界は丸く閉ざされていた』に匹敵する裏切りが存在していないとは言い切れぬからな)
暗い、余りにも暗いライダーの声にウェイバーはとうとう我慢が出来なくなり
「何・・・何弱気になっているやがるんだよ!この無神経サーヴァント!!お前がそんな調子だと僕も暗くなっちまうだろうが!お前は僕のサーヴァントで!僕は・・・お前の・・・マスターなんだぞ・・・」
最初こそ声を荒げていたが、途中から勢いは無くなり最後には消え入るようなものに変わっていた。
自分の内にいるもう一人の自分が嘲笑っているのが嫌でも理解できたからだ。
『何がマスターだ。碌な指揮も出来ず、魔力供給すら出来ない癖に』
『ライダーの苦境も知る事を無く、無理を押した自分のサーヴァントを理解する事も出来ない分際で』
その声に押しつぶされそうな自責の念が滲み出てくるが、それを吹き飛ばしたのはライダーの豪快な笑い声だった。
(はーーーーっははははははは!坊主!言うようになったではないか!確かに貴様の言う通りだ!余は貴様のサーヴァント!貴様は余のマスターだ!マスターである貴様がまだ戦う意気でおるのだ、余もここで踏ん張らねば征服王の名も廃ると言うものよ!)
何がツボであったのかは不明だが、ともかくもライダーがいつもの調子を取り戻してくれた事だけは事実であり、それがウェイバーには嬉しかった。
ライダーがいつもの調子に戻った事もそうだが、自分の支離滅裂な喝でライダーが立ち直ってくれた事がたまらなく嬉しかった。
(しかし、ここの相性は抜群だな!地脈から魔力を順調に吸い上げておる。それに坊主貴様の魔術回路もいつもよりも景気よく回っておるな。この調子なら今日中にはいつもの調子に戻れそうだな)
ライダーの言葉が証明するように先程までの苦痛すら伴っていた満腹感は嘘のように無くなり急速な疲労感と倦怠感が身体を支配し始める。
瞼は重くなっていないが時間をおかずに睡魔がウェイバーを支配するだろう。
「そうかよ・・・で、ライダー、この調子ならどれくらい回復しそうだ?」
(そうだな・・・あくまでも予測に過ぎんがあの金ぴかのマスターが言っておったエクスキューターの出頭期限まで余裕があれば『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』の走行に問題は無いな。全力走行だと・・・不安も残るがまあ大丈夫だろう)
とりあえずそこまで回復するのかと安堵の溜め息を吐こうとしたウェイバーだが、次に発せられた
(だが・・・『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』に関してはもうどうにもならん。後一回、これで打ち止めだな。あと五日か六日ここで回復に専念出来ればもう一回はひねり出せるかも知れんが、そのような余裕はあるまい)
溜め息交じりのライダーの言葉にウェイバーは落胆と安堵を同時に抱いた。
落胆は無論『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』が後一回しか発動できない事に対して。
安堵は『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』をまだ一回でも温存できたと言う事に。
(まあ基本としてはあの金ぴかとの大一番まで『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は温存する。あいつの高慢ちきもその出鱈目ぶりも本物だ。余も全力を尽くさねば勝ち目はあるまい)
それに頷こうとしたが、妙に引っかかりを覚える言い回しに疑問の声を発した。
「??おい、ライダーなんで『基本としては』なんて言い回しをするんだよ?アーチャーとは・・・この前の酒盛りで勝手に盛り上がって、勝手に殺し合いの約束をしたんだから戦うのは当然だけど、他の陣営との戦いに関しては『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』で戦っていくそれで良いんじゃないのか?」
ウェイバーの問い掛けに僅かな沈黙の時間が流れた後
(坊主、此度の聖杯戦争どう思う?)
「え?どう思うって言われても・・・」
(想定外の事が立て続けに起こっていないか?)
そう言われればその通りだった。
序盤戦からしてもいきなりアサシン、キャスターを除く全陣営が集結しさらにはエクスキューターと言うイレギュラー陣営まで現れた。
その驚愕が落ち着かぬ内に今度はキャスターの暴走によるキャスター討伐令が発動され追い詰められたキャスターが聖杯戦争所か冬木全てを道連れにしようと画策した昨夜の未遠川での一大決戦。
そして止めとばかりに監督役の殺害と、その容疑者と目されるエクスキューター陣営討伐を目的としたエクスキューター連合の結成・・・
「確かに・・・色々と予想外な事ばかり起きているよなぁ・・・」
(そういう事だ。はっきりと言うが此度の聖杯戦争、何が起こるかもはや余にも予測が付かん。最悪の場合『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を金ぴか以外に使用するしかない事態にも遭遇するやも知れん。だからこそ『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』使用に関しては柔軟に行う)
そう言う事であるならばウェイバーも異存はない。
何だかんだいっても戦略や軍略に関してはライダーの方が圧倒的に上なのだから。
だが・・・
「なあライダー、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を使わざるおえない陣営と・・・言う・・・とぅ・・・」
と、そこでウェイバーを睡魔が襲い掛かる。
いよいよライダーの魔力補給が本格化したのだろう、急速に瞼が重くなり抗いようの無い眠気がウェイバーを苛み始める。
(坊主話は一先ず終わりだ。まずは休め。今の貴様には休む事が戦いなのだから)
「・・・んぁ・・・」
返事なのか寝言なのか不明であるがそんな言葉を漏らしたのを最後に、ウェイバーは深い深い眠りに付いた。
(・・・それにしても全く・・・エミヤの奴、何をしておるのか・・・)
ウェイバーが完全に眠りに付いたのを確認してからライダーは静かに愚痴るように呟いた。
そんな呟きは周囲の木々に吸い込まれて消えていき、誰の耳にも届く事は無かった。