その後の流れは特に特筆すべき事もない。

連合結成を時臣が祝いと参戦した陣営に対する感謝の言葉を述べた後、綺礼がウェイバー、時臣、アイリスフィールにキャスター討伐の報奨である追加令呪を付与、そして解散となったのだが、セイバー、バーサーカー陣営は教会に留められた。

なぜか?

まずセイバー陣営は時臣から『万が一にもエクスキューター陣営に、貴女方の裏切り(これは無論エクスキューター陣営から見れば)が露呈すればエクスキューター討伐が困難になるばかりか貴女方の身に危険が及ぶ可能性もある。エクスキューターの一件が決着を見るまではここで身を隠した方が良い』との提案にもはや完全にエクスキューター陣営を敵であると見据えたセイバーが強く賛同した為である。

時臣は保護を名目としているが、アイリスフィールから言わせれば事実上の軟禁だった。

おそらくだが、時臣は自分達が切嗣達と未だ通じている内科と疑いを持ち連絡を取り合う事を警戒している。

アイリスフィールが提供した情報は確かに貴重ではあるが、エクスキューター陣営にとって痛手であるのかと言われると首を傾げる。

真名も肝心のエクスキューター自身が未来より来た英霊である以上それで弱点が判明する訳でもない。

戦闘法も投影での模造品で闘う事は判ったが、それだけの事。

情報としての価値は決して高いとは言い難い。

それ故に時臣はセイバー陣営を監視しやすいこの教会に表向きは保護として留め置いたのではないだろうか?

実際の所、アイリスフィールの読みは正解で、時臣は上記の疑念を密かに持っていた。

エクスキューターに関する情報を入手した時は内心ほくそ笑んでいたが、冷静になって考えてみればエクスキューター打倒にはさほど重要でないものばかり。

そこでもしや・・・と懸念を抱き、アイリスフィールらの予測通り保護を名目とした監視を行う事にした。

実の所その疑念は正しい。

セイバーは論外ではあるが、アイリスフィール、舞耶は士郎、切嗣を実は裏切ってはいない。

と言うのも切嗣、アイリスフィールが士郎、セイバーをアインツベルンの城で召喚してから数日間猛吹雪で足止めを受けていたのだがその時に、

「えっ?シロウ君が?」

「ああ、士郎とも話し合って決めたんだけど、万が一にも僕達の事が露呈しそのことで君が窮地に追いやられそうになった場合、僕達に対する情報をある程度開示して構わない。セイバーもいるし、君との信頼関係も磐石だろうから身の安全は問題ないと思うけど、危険は少しでも回避しておいて損はないだろう?」

「でもそれだとキリツグが・・・」

「僕は自分の身は自分で守れる。でも君はそうは行かない。君なりに戦う術を手にしようと研鑽を積み上げてきた事は知っている。だけど厳しい事を言わせて貰えば所詮は素人の急ごしらえに過ぎない」

(この時、切嗣もかなり厳しい事を言ったのだが、其れは誇張でも侮辱でもなく紛れもない事実であった事を綺礼との戦いで思い知らされた)

「・・・」

「アイリ、戦争じゃあ臆病な位がちょうど良いんだ。ましてや僕達は生きてこの聖杯戦争を終わらせないといけないんだイリヤの為に」

そんな話し合いの結果、情報が漏れてもさして支障のない士郎の真名と戦闘法は開示し、後は先程のように切嗣から聞いていないで白を通す事で合意した。

無論だがこの事は舞耶にも話は通っている。

話を戻して、その様な経緯でアイリスフィールは教会に滞在する事になった。

一応は保護と言う名目の為、部屋も舞耶と同室が許され、外に出る事は許されていないが、教会内であれば行動の自由は認められている。

最も使い魔などでこちらの挙動は監視されている事は目に見えているので教会内であろうとも動き回る気にもなれないが。

一方バーサーカー陣営に関しては綺礼が雁夜に突きつけた先程の条件を、呑むか否かが未だに決定していない為に、半ば強引に教会の一室に閉じ込めて完全な軟禁状態に置かれている。

「・・・」

「・・・」

部屋に案内されてからアイリスフィールと舞耶がまず行った事は部屋のチェックだった。

魔術的な使い魔はアイリスフィールが、盗聴機などの機械の類に関しては舞耶が担当し、その結果は

「無さそうね。舞耶さんは?」

「こちらもありません。マダム」

表向きは客人である事を考慮してなのか部屋の中にそういった類の代物は存在していなかった。

其れを確認した事でようやく大きく息をついてベッドに腰掛けるアイリスフィールの顔には疲労の色がはっきりと見て取れる。

そんなアイリスフィールの姿に傷ましそうに見つめる舞耶は、ベッドに腰掛ける事はせずに傍らで立っている。

そんな二人の様子を腑に落ちないと言った表情で見つめていたのはセイバー。

「アイリスフィール、マイヤ何故そうも部屋をくまなく調べていたのですか?ここは中立地帯な上に今では我々の味方、そうも神経質になる必要は・・・」

「・・・」

ある意味能天気な、ある意味無責任な言葉に思わず眉を顰めそうになるがどうにかそれを堪える。

「セイバー、先刻のマダムの言葉を忘れましたか?」

その代わりに同じ位眉を顰めた舞耶がセイバーを窘める。

「っ・・・其れはそうですが、今の敵は」

「セイバー」

セイバーの声を遮るようにアイリスフィールが口を開く。

「申し訳ないけど外に出ていてくれない?少し・・・休みたいから」

「!!」

アイリスフィールに向けられる情熱のない表情に同じ位熱のない視線、そして熱もなければ感情も篭っていない乾いた声にどこかショックを受けた様子だったが、無言で部屋を後にした。

それを見届けてから、囁くような小声で舞耶が話しかける。

「・・・マダム、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。流石に少し疲れたけど・・・」

そう言ってみているほうが痛々しくなる微笑を浮べる。

声にも表情にも疲れの色が濃いが、其れは肉体的な疲れと言うよりは精神的な疲れだろうと舞耶は分析した。

「・・・改めてだけどキリツグやシロウ君の何万分の一でも苦労を味わった気分。よく二人とも声を荒げなかったものだと尊敬するわ」

今までセイバーに対して取ってきた二人の対応を、アイリスフィールは尊敬するように呟くが、あれはどちらかと言えば怒らなかったというよりは怒る気もなかった・・・むしろ怒る価値も無いと判断したようにも思えると舞耶は思っている。

怒っている内はまだ良い方だ。

現実社会でもそうだが、怒ると言う事はその人物をまだ気にかけていると言う事だが、其れすらも無くなったと言う事はそれは、気にかける価値すらないと切り捨てたと言う事だ。

そちらの方がよほど深刻だろう。

「それはそうとマダム、これからどうしますか?」

アイリスフィールの気を少しでも紛らわしたいと舞耶は現状に関しての話に切り替えた。

そんな舞耶の気遣いを理解したのだろう、アイリスフィールは微かに嬉しそうに笑うと、気持ちを切り替えた。

「教会に事実上軟禁されている以上、どうする事も出来ないわ。ある程度はキリツグ達に情報は伝わっただろうけど、・・・」

コートのボタンに模した盗聴機に視線だけ向けての言葉にも力は無い。

「ですが、マダムそれだけでは不十分。どうにか追加して情報を送れればいいのですが・・・そうなると・・・」

「ええ、間違いなく遠坂やあの男の眼が入ってしまう。迂闊な事は出来ないわ」

深く溜め息をつくアイリスフィールだったが、舞耶がふと何か思いついた表情になり

「マダム・・・私に少し考えがあるのですが・・・」

そういうと舞耶はアイリスフィールに耳打ちをする。

「えっ?そんな事で大丈夫なの?」

「やってみる価値はあります。手を込んだ手段よりもそういった単純な方法がむしろ盲点になる場合があります。遠坂のように一つの事を神聖視している輩であれば尚更です」

力強く断言した舞耶にアイリスフィールは決断を下した。

「・・・判ったわ。舞耶さんに任せます」

「ありがとうございます。最もこちらに出来るのはこれ位で後は切嗣とミスターに託すしかないと・・・」

「ええ、キリツグとシロウ君には更に苦労を掛けてしまうけど・・・」

と、そこへドアがノックされてから

「アイリスフィール」

セイバーが入ってきた。

心なしかその表情は先程よりも強張っているようにも思える。

不審に思ったのかアイリスフィールが声を掛けた。

「??どうかしたのセイバー?」

「それが・・・アイリスフィールに」

「突然の来訪失礼する」

セイバーの言葉を遮るように入ってきた人物にアイリスフィール、舞耶共に表情を引き攣らせた。

何しろ現れたその人物は言峰綺礼だったのだから。









「・・・」

「・・・」

アイリスフィール、舞耶共に無言ではあるが、敵意むき出しで綺礼と対峙する。

流石に武器の類は教会に預けると言う形で没収されており、二人とも丸腰の状態であるがそれは問題ではない。

舞耶程の戦闘技術に精通していれば竹串一本すら生半端な刃物よりも物騒な凶器になるし、何よりも今セイバーがここにいる。

綺礼の人外と呼ぶに相応しい戦闘力もサーヴァントの前では児戯に等しく、何かししでかしても制圧は容易いだろう。

そんな状況を知ってか知らずか、綺礼は諭すような静かな声で

「そうも警戒するな、別に危害を加えに来た訳ではない」

無論だが、それを着ても態度に変化はない。

「先日の事を考えれば警戒するなと言う方が無駄ではなくて?」

アイリスフィールの冷たい声に綺礼は苦笑しながら、舞耶に何を放り投げた。

反射的に受け取った舞耶はそれが何なのか確認した途端僅かに目を見開いた。

それは先程教会に没収された護衛用のグロッグ。

慌てて銃を確認するがマガジンに弾は入っており弾に細工をされた形跡もない。

「不安であれば、それを私に突きつければよかろう」

そんな舞耶の慌てぶりに差して関心を示す事もなく淡々とした態度の綺礼に、アイリスフィールも綺礼が自分達に危害を加える気が無いと認めるしかなかった。

「何の用件かは知りませんが先程の言葉は事実のようね。ただ、念には念を押させてもらうわ。舞耶さん」

さり気無い目配せだけで舞耶はアイリスフィールの思惑を理解したのかグロックのセーフティを外すと綺礼のこめかみに銃口を突き付けた。

「!!ま、舞耶!!いきなり何を!」

思わぬ事に慌てるセイバーだが、それに

「セイバーこの男にはこれですら不十分です」

舞耶は一言だけで返した。

「舞耶さんの言う通りよ本来ならセイバーに剣を突きつけて貰いたい位だけどこの程度で済ませているのよ」

アイリスフィールもまた、無感情に口を開く。

警戒を通り越して敵対の姿勢を崩さないアイリスフィール、舞耶に言葉を失う。

「セイバー外に出ていて。部屋でなにか異常な音がしたら構わずこの男を斬り捨てなさい」

今までに無い敵意と殺意の篭った声に反論する事も出来ず一つ頷き部屋を出て行く。

「さて・・・それで私達虜囚の徒に何か御用かしら?言峰綺礼?」

セイバーが出て行った事を確認するやアイリスフィールがまず口火を切った。

「・・・よもやあの男がエクスキューターのマスターだったとはな・・・いや、あれだけの諜報網を掻い潜るのだ。その可能性は考慮してしかるべき事だったな」

その問いに直ぐには答えず、独り言の様に呟いてから綺礼はアイリスフィールを見据えた。

「手短に済ませよう。先日も聞いたと思うがもう一度問う。あの時お前達は何故衛宮切嗣を守る為に戦った?」

これが本題だったのだろう。綺礼の表情にはかつてないほどの真剣な、アイリスフィールを見つめる視線にかつてないほど真摯な色があった。

「・・・何故その様な事を聞くのかしら?お前にとって衛宮切嗣は狙うべき標的、ただそれだけに過ぎない筈。そんな事を聞いても意味が無いのではなくて?」

「私個人には意味がある」

アイリスフィールの言葉に動じる事も無く綺礼は言葉を繋ぐ。

「衛宮切嗣は孤独である筈だ。孤高である筈だ。誰からも理解もされず信頼もされず筈も無く、ただ一人求められぬ答えを求めて彷徨い続けている筈だ。そんな男を何故お前達が守った」

台詞だけ見れば切嗣を侮辱、愚弄する台詞なのだが、それとは裏腹にその視線その表情、そしてその声には真剣、真摯というよりは、どこか追い詰められた焦燥感すら見て取れた。

だからこそアイリスフィールも舞耶も激高する事も出来ず、綺礼の迫力に圧倒されて言葉を発する事が出来なかった。

無関係の第三者がいれば呼吸を忘れるほどの緊迫した空気が流れ無言の時間が過ぎる。

「答えろ。お前達は何故」

返事が無い事に焦れたのか再び綺礼が口を開こうとした時それを

「言峰綺礼」

舞耶の声が遮った。

その表情は常の鉄面皮を忘れたような焦りと恐怖のない混ざったそれを浮かべ、その声にも同じ位のそれを込めている。

よくよく見ればこめかみに突き付けた銃口は小刻みに震え引き金に掛かっていた指を思わず引き金から離してしまう程緊張していた

だが、それも無理らしからぬ事だ。

「・・・どう言う事だ?貴様どこで切嗣と会った。何故マダムと出会う前の切嗣を知っている」

その台詞が全てを物語っている。

綺礼の切嗣評はアイリスフィールと出会う前、『魔術師殺し』の悪名名高く殺戮機械として生きていた頃の切嗣そのものだった。

その頃の切嗣の内心の苦悩と孤独を知る人物は舞耶を含めても片手で事足りる。

アイリスフィールですらそれを完全に把握しているとは言いがたい。

それを綺礼は手に取るように言い当てたのだ。

舞耶の胸中に得体の知れない恐怖が生み出されようとしていた。

「会ってはいない。奴の経歴を調べていく内に自分の影を感じ取っただけだ」

その返事に舞耶の恐怖は更に高まる。

切嗣と直接会わずその経歴を調べただけ、ただそれだけで綺礼は切嗣を丸裸としてしまった。

呼吸は乱れ一筋の汗が滴り落ち、もはや銃口は大きく震えて狙点も定かではない有様だ。

「・・・もう一度聞く。お前達は何故衛宮切嗣を守った。お前達が・・・お前達が命を捨ててまで守る価値があの男にあると言うのか!」

そんな舞耶を無視して同じ質問を繰り返す。

最初は静かな声であったが、感情を抑えられなくなったのか、次第に声は大きくなり最後には絶叫にまでなったそれに返したのはアイリスフィールだった。

「・・・お前の眼に衛宮切嗣がどう映っているのかは知らないけど、私達にとって彼は全てを賭してでも守る価値があった。そして衛宮切嗣はお前の虚無を理解しお前を参戦者の中で最も警戒していた。だから私達はお前と戦った。それだけよ」

「!!」

その返事に大きく目を見開いて硬直する。

だが、それも直ぐにもとの鉄面皮に戻ると

「そうか・・・」

そう呟き前触れも何も無く立ち上がる。

そして舞耶の手からグロッグをいとも容易く奪い取るとマガジンと銃身に込められていた弾丸を排出して、簡単に無力化したそれをまとめて懐に仕舞い込み入れ違いで数枚の便箋とインクを取り出す。

「・・・邪魔をした。それと、エクスキューターへ送る連絡にはこの紙とインクを使うように」

そう言うと部屋を後にした。

綺礼が出て行き、その気配が遠ざかるの確認すると大きく深呼吸をして肩の力を抜いた。

アイリスフィールはその程度だったが、舞耶はといえば呼吸は乱れ、全身を震わせ、思わずベッドにへたり込んでしまった。

「舞耶さん!」

常に冷静沈着な彼女らしからぬ取り乱した姿に慌てて寄り添う。

「大丈夫?」

「・・・え、ええ・・・ご心配をお掛けしました。マダム」

アイリスフィールの呼びかけに落ち着いたのか震えは止まり呼吸を整え、数分ほどでいつもの佇まいに戻っていた。

その様子に安堵しながらも先程までの異様な取り乱しようが気になるようで

「・・・どうしたの?舞耶さん」

恐る恐る尋ねてみた。

それに舞耶は苦々しい表情を浮べていたが直ぐに

「・・・私達はあの男の脅威を本当の意味で理解していなかったのかも知れません・・・」

肩を落としてそんな事を言い出した。

「あの男って・・・言峰綺礼の事?」

「はい、情けない事この上ない話ですが、私は・・・切嗣が異常に警戒するからあの男を警戒していました・・・マダムもそうだったのではないのですか?」

その言葉にアイリスフィールもはっとした。

舞耶の言う通りだ。

今までアイリスフィールも舞耶も、ただ単に切嗣が警戒するから綺礼を警戒していた。

切嗣の言葉を鵜呑みにして綺礼を脅威だと認識していた。

彼女達自身は言峰綺礼という男はどのような男なのか考えもせずに。

「今、直接奴と話が出来たのは僥倖だったのかも知れません・・・奴の本質を知る事が出来たのですから」

「本質ですって・・・」

アイリスフィールは知らずに唾を飲み込んだ。

「はい・・・切嗣が警戒し脅威だと認識したのは当然の事でした・・・奴は・・・言峰綺礼は・・・かつての切嗣そのものです」









一方・・・部屋を出た綺礼はと言えば、自分を形容しがたい視線で見つめるセイバーに見向きもせずそのままセイバーの前を通り過ぎその場を後にしようとする。

「ま、待て」

そんな綺礼の背中にセイバーの声が掛かる。

「何故・・・何故・・・お前は・・・」

何を動揺しているのかセイバーは意味の無い単語を並べるだけで言葉になっていない。

そんなセイバーに綺礼は振り向く事も、歩を止める事も無くただ一言

「・・・気まぐれだ」

そう言い残すと何も話す事も無くその場を後にした。

その口元には笑みを浮べて。

笑みを浮べるしかない心境だった。

奴の内心を理解し、最も警戒すべしだと資料だけで判断したように奴もまた自分の内心を読み取り最も警戒すべしだと判断していたのだ。

(これで最初の布石は打った・・・それにしても・・・そうか・・・奴は・・・奴は私の思っていた通りの男だった・・・感謝するぞアインツベルン・・・やはり奴は・・・)

そんな事を考える綺礼の記憶は昨夜にまで遡ろうとしていた。









時臣に璃正の死を伝え、時臣の指示の元、奔走しそれがようやく一区切りついたのは夜明け前だった。

自室に戻りソファーに腰掛け、父の死からの事を思い返す。

時臣がこの事態を利用してエクスキューター陣営に対して罠を仕掛けようという考えを聞いた時、綺礼は若干ではあるが嫌悪感を抱いた。

一歩間違えれば無実の罪を着せる事になる行為なのだからその感情は当然なもの、むしろ小さい位だ。

これが若干程度で済んだのはその事を話す時に、声だけでも判るほど時臣が罪悪感に満ち溢れていた事、(間違いなく、大恩人である璃正の死をこのような事に利用する申し訳なさと、遠坂の家訓に相応しくない優雅とは程遠い行為に対する後ろめたさがあるのだろう)そして綺礼自身もこの一件を己の為に利用しようとする己の打算に自己嫌悪を抱いていたが為である。

この時点で綺礼はエクスキューターのマスターが切嗣である事に確信に近いものを抱いていた。

と言うのも、時臣に報告を入れる前に璃正の自室で未遠川決戦の報告書を発見したのだが、その中でキャスターのマスター雨生龍ノ助の死因に関する報告書と走り書き程度であるがエクスキューターのマスターに関する情報を読んだ時に疑念が確信へと昇華されたからだ。

だからこそ時臣の思惑を聞いた時、未遠川の時点で確信を得たと言う具合で今まで時臣へ報告をしていなかったセイバー陣営とエクスキューター陣営の同盟の件を報告したのだ。

おそらく時臣はこの一件を利用して残る陣営の力を結集させてエクスキューター排除を行う腹だろう。

これを利用して綺礼は切嗣と接触する。

そしてあの男に問うのだ、全てを。

だからこそ、このような上等とはお世辞でも言えない謀略の片棒を担ぐ事を決意したのだから。

だが・・・

とそこで、ある思考が綺礼の脳裏を過ぎる。

その後は?

切嗣に己の考えをぶつけ切嗣の思想を聞き出し、そして最良であれ最悪であれ答えを得た時自分はどうするのか?

念願である切嗣との対面と対話が現実味を帯びたからこそでてきた問い掛けなのだろう。

その時に自分はどうする気なのか?

その後自分は何を欲し求めると言うのか?

そんな思考の迷宮に迷い込みそうになった時、ノックも何もなく当然のように姿を現した男がいた。

「はっ、何だ今日は何時にもまして思案に暮れているのか?時臣の奴が珍しく我の意に沿う決断した上に貴様も嬉々としてその片棒を担ぐと言うから、遂に決断を下したのかと王の祝福を与えてやろうかと思えば」

冷笑なのか嘲笑なのか判断のつきかねる笑みを浮べながら綺礼を見下ろすアーチャー。

「・・・時臣師から聞いた時は心底から驚いたぞ。まさか貴様が積極的にエクスキューター排除に動くとはな」

時臣がこのような強硬手段に訴えかける事を決めた最大の理由は、自らのサーヴァントが見せた協力姿勢にある。

当初から高すぎる誇りゆえに参加する事も説得する事も極めて困難である事を予測していた、アーチャーが実に珍しい事にエクスキューター討伐に極めて乗り気であった。

最も『殺す前にあの贋作者(フェイカー)が己の罪を認めさせる機会を設けさせろ』との条件をつけ時臣もその程度はと承諾したが。

そんな綺礼の感心とも疑問ともつかぬ独り言に、アーチャーがつまらなそうに鼻を鳴らしながら綺礼に対面するようにソファに腰を下す。

「何か勘違いしていないか?綺礼、我が時臣の思惑に乗ったのではない。我の決定を時臣が殊勝にも前もって理解を示し我の為に動いているのだ」

やはりこの男らしいと思わず苦笑する。

「それはそうと綺礼何を尚もまだ思い悩み、迷っている?朝の折にも言ってやった筈だ。聖杯は貴様の願いを何よりも貴様自身を認めていると。そして・・・貴様は自覚している筈だ。貴様自身もまた戦う事を望み、貴様自身の意思と決意で聖杯を求めている事を」

やはりと言うべきかこの男に虚言も韜晦も通用しない。

この男は綺礼よりも正確に言峰綺礼を知り尽くしている。

綺礼が自分自身を欺く虚栄も見通し、綺礼が心の奥底で望む願いが何であるのかも知っている。

知った上で何も語らず綺礼が自分の意思で動き出すのを待っている。

教え子の自発的な成長を促す導師といえば聞こえは良いだろうが、アーチャーはそんなものではない事を綺礼は誰よりも知っている。

あれは迷宮で彷徨う哀れな生贄を観察する超越者の眼だ。

邪魔もしなければ助けもせず、生贄の一挙手一投足をどこまでも見下し愉しんでいる。

それが目の前の男の『娯楽』なのだろう。

しばしの沈黙の後、全てを観念したように綺礼は誰に聞かせるでもなく口を開いた。

「・・・物心ついた時から私は自分の内に存在する空虚を自覚していた。それを埋める為にあらゆる方法を求めた、あらゆる手段に手を伸ばした。その度に徒労となり私は絶望を抱き生きてきた。だからこそ判っている。いや判っていた。私は今自分が求める答えに最も近い場所にいるのだと。私が求める答えは、私の内の空虚を埋める術はこの聖杯戦争の果てにこそあるのだと」

遂に曝け出した自分の本心を口にして綺礼の視界は開けるような錯覚を覚えた。

とっくの昔に綺礼は自分の願いの為に戦っていたのだ。

三年前その手に令呪を得たその時から。

「ようやく自分の本音を曝け出したな。まずは一歩前進と言った所か」

そんな重々しい独白を何の感情も感じない乾燥した声を乗せた形だけの祝福が応じた。

「だが、まだまだだな。そこまで自覚しておきながら何故二の足を躊躇う?何故つまらぬ良識に囚われ続ける?」

そんな問い掛けに綺礼は怯えるようにうつむき頭を抱える。

「・・・予感が・・・ある・・・いや、もはや確信と言って良いだろう。全ての答えを得た時・・・私は確実に全てを失う・・・破滅するだろうと」

万が一にも間桐雁夜の末路から見出したもの・・・それが綺礼が期待するものとは別であれば・・・

億に一つでも衛宮切嗣へと託し希望を見出したもの・・・それにすら綺礼が裏切られたとしたら・・・

その時、綺礼は全ての逃げ道も避難先も失い、今度と言う今度こそ対峙せねばならなくなる。

父と妻、綺礼にとって大切である・・・あるいは大切であった筈の二人を失った時に見出しかけてしまったそれと。

その恐怖は今まで期待を裏切られ続けられたそれの比ではない。

最後の希望が途絶えてしまうのだから。

そして・・・その恐怖が綺礼を最後の逃避に誘惑する。

無理に見出さなくとも良いではないかと。

このまま遠坂時臣の忠実かつ有能な弟子としてこの聖杯戦争を差配し、時臣の勝利を見届ける。

後ろめたさを感じる事も、誰から後ろ指を指される事もない正しい行いを何故躊躇う?

その後は全てを忘れ、何も求めず何も望まず、ただ生きていくだけの生涯を全うすればよい。

確かに得るものは何も無い無意味な人生だ、しかし、何かを失う事もない平凡なしかし、平穏な人生を・・・

「よもやここに来てつまらぬ逃避に走るなよ綺礼」

そんな綺礼の誘惑はアーチャーの一言だけで粉砕された。

「自分の都合に合わせて生き方を変えられるような器用な貴様ではあるまい。そうであれば今日まで迷い悩む堅物になれる筈がなかろう。常に迷い続けた生き方しかしておらぬ貴様は答えを得ぬ限り安息は訪れぬ。そう死ぬまで・・・いや、貴様の場合死した後も迷い苦しみ悩むのだ。何故自らを祝福せぬ。貴様の答えなき巡礼の旅に終着点が見えてきたのだぞ」

相も変らぬ感情の込められていないだが、言葉だけは激励のそれを呆然と聞き続ける。

今の綺礼には感情のないアーチャーの言葉の方がありがたかった。

「では、貴様は祝福すると言うのか?」

「無論よ。前にも言ったであろう。我は心待ちにしているのだ。綺礼、貴様が逃げ続けてきた己の業と向き合う瞬間をな。言っただろう人の業こそが我にとって最高の娯楽であり愉悦であるとな」

言葉を飾る事もなく誰に憚る事もない放言に綺礼は清々しさすら感じていた。

「・・・娯楽を娯楽として愉しみ愉悦を生きがいとするか・・・実に羨ましいものだ。それが出来るならばさぞかし痛快至極なのだろう」

「羨む位であるならば貴様もそうして生きてみろ。娯楽と愉悦、これを知れば破滅を恐れる暇すらなくなる」

それに返事を返そうとした時、部屋の外からの電話のベルが会話を中断させる。

話の腰を折られたアーチャーは不愉快そうに眉を顰めるが、綺礼はさも当然のように部屋を出ると電話に出てから何か会話の後電話を切ると直ぐに戻ってきた。

「・・・何だ今のは?」

「父の下で聖杯戦争の監督に動いている者からだ。父からの指示と言う名目で少々動いてもらっていた」

「ほう、何をだ?」

綺礼にしては積極的に動いた事に興味を持ったのだろう。

数秒前までの不愉快を忘却し、興味津々な視線のアーチャーに、綺礼は特に焦らす事も拒否する事も無く話す。

「セイバー陣営・・・つまりアインツベルンが現在隠れ潜んでいる拠点の捜索だ。日中の報告でどうやら森の城を放棄したらしいと連絡を受けてな、理由は適当に見繕って探してもらっていた。最初は不審がっていたが、父の指示と言う事と、私もそれなりに信頼されていたので快く捜索して貰っていた。で未遠川から撤退するセイバー陣営を尾行した結界その拠点が見つかったと言うだけの事だ」

それを聞きアーチャーは極めて珍しく眼を見開き、口を半開きにして呆けた。

この男でもこのような間抜けな表情をするのだなと少し愉快な気分になりかけた時、綺礼が言った事の意味を正確に理解したのだろう、呆然としていた表情とその口元は緩み

「ふっ・・・くくくく・・・」

その口から含み笑いが漏れ出て最後には、腹を抱えて爆笑しながら手を何度も打ち鳴らす。

「ふはははっ、ははははははは!あーっはははははははははは!綺礼っ!!貴様と言う奴は!口ではなんだかんだと言っておきながら実際はやる気ではないか!!」

監督役の息子と言う立場を、スタッフからも得られている自分の信頼を全て利用して敵対陣営の拠点を探るなど戦争継続の意思が無ければ出来る事ではない。

綺礼は苦悩しながらも手だけはしっかりと打っていた。

「・・・迷いも悩みもしたさ。だが・・・アーチャー貴様の言う通りだ。所詮私は何処を目指し進んでいたかもわからぬ求道者。私自身が持つ問いの明確な答えが自分の目の前に現れぬ限り納得も、満足も出来ぬ・・・そう言う事だ」

悟ったと言うよりは開き直った口調でカソックの袖に覆われた己の両腕を見つめる。

左腕にはマスターの証であり、サーヴァントとの再契約可能な綺礼個人の令呪が二画。

右腕には父より委譲された預託令呪が数えて九画。

この預託令呪はマスターへと委譲することでサーヴァントを律するだけではなく無属性の魔力に変換する消耗型の魔術刻印として使用する事も可能だった。

現状九回しか使えない非常手段である事を考慮したとしても、綺礼は現状名門魔道の歴代を積み重ねてきた魔術刻印に匹敵する力を手に入れたといっても過言ではない。

師の為という大義と名目を裏切り、生まれて初めて己の願いの為に戦うに際してそれは過分な備えだろう。

そう・・・全ては己の為に、聖杯戦争の渦中に飛び込む。

衛宮切嗣と己を重ね合わせて、間桐雁夜の行く末を見届けて、己の空虚が何であるのか、その空虚を埋めるにはどうすれば良いのか、それを聖杯に求める。

と覚悟と決心を固めた綺礼へひとしきり笑ったアーチャーの声が掛けられる。

「はははっ、綺礼本来であれば貴様の一大決心に祝辞の一つ述べてやっても良いのだが、問題があるぞ。それも生半可ではなく極めて重大な」

その言葉には邪悪な悦楽が込められていた。

「忘れたか?我は時臣のサーヴァント。今までは貴様が時臣の走狗であるが故に色々と付き合ってやったがその時臣に牙を向くと言うのであればすなわち我とも敵同士だ。加えて今の貴様には碌な備えもあるまい。我も時臣のまだるっこさには飽き飽きしているがそれでも臣下としての分を弁え、我に魔力を貢いでいる。である以上は臣下を庇護するのもまた王の役割であるからな」

そう言うアーチャーの周囲の空間は微かに歪んでいる。

うかつな事を言えばアーチャーは相対する綺礼をたちまちの内に物言わぬ肉片に変える事など容易い。

だが、そんな絶体絶命の窮地に陥ったにも関わらず綺礼は何一つ動じた気配は無い。

綺礼は判っていた。

これはアーチャーが自分に課した最終試験であると。

ここでの自分の言をアーチャーが気に入れば助かるであろうし、気に入らなければここが綺礼の墓場となるだろう。

そしてアーチャーは一瞥を加える事も無く愚か者の事を忘却の彼岸へと押しやるだけの話だ。

そこまで判っていても綺礼の表情に焦りは無い。

何故ならば綺礼には取って置きの情報を握っていたのだから。

「そうだろうな確かに・・・だが、私がお前に命乞いの算段がついていると言えば計算が違ってくると思うがどうだ?」

綺礼の言葉に眉を潜め視線だけで話の続きを促す。

「時臣師と敵対するとなればもはや彼の言を庇う事もその虚言に付き合う必要は無い。アーチャー、お前に教えてやろう。この冬木の地で行われている聖杯戦争の真実を」

「・・・何だと?」

胡散臭げに眉を潜めるアーチャーにお構い無しに綺礼は話を続ける。

もしもこの話を時臣が聞けば綺礼を問答無用で裏切り者として処断し、アインツベルンを除く他の・・・特に外来のマスター達はその言葉を絶対信じず、そして・・・これをサーヴァントが知れば、全てのサーヴァントは全てのマスターに叛旗を翻すだろう。

それだけの重大な・・・他者には絶対知られてはならない最重要機密を綺礼は暴露しようとしていた。

「実を言ってしまえばな・・・『奇跡の成就』、『万能の願望器』それは全て茶番だ。まああれだけの膨大な魔力だ大雑把な意味での奇跡の成就や願望器としてならば可能であるが。そもそもこれらは外来のマスターやサーヴァントをおびき寄せる為の餌に過ぎぬ。アインツベルン、遠坂、間桐の御三家が作り上げた聖杯戦争の本質はな七体の英霊の魂を生贄として聖杯の土台である大聖杯へと捧げてそのエネルギーを使い世界の外側、『根源』への道筋を作り上げる儀式、それが冬木の聖杯戦争の正体だ」

そこで言葉を区切る。

「・・・今回の聖杯戦争においてこの儀式の本質を忘れずに成就しようとしているのはただ一人・・・そう時臣師だ。彼は聖杯戦争で敵対する六陣営全てを殲滅しその後残る一騎も生贄に捧げねばならない。そう・・・サーヴァント七騎全てをだ。時臣師が令呪の使用を渋っていたのも、お前が常々『まだるっこしい』と言っていた慎重に慎重を重ねた戦略を練り続けていたのも全てはこの為だ。無論令呪が聖杯戦争の切り札となるのも理由だが、最大の理由は聖杯戦争において時臣師が使用出来る令呪は最大で二画しかなかったからだ。残り一画はどうするのか?言うまでもない。己のサーヴァントを自決させる為に使わねばならないからだ。幸い時臣師のサーヴァントの対魔力はさほど高くは無い。令呪一画あれば成就させる事は可能だろう」

そこでしばしの無言の時間が過ぎる。

が、それを破ったのはアーチャーの感情を全く感じさせない低く静かな声だった。

「つまりはあれか?時臣が我に見せていた忠義忠節、あれは全て偽りだったと言う事か?腹の底では我を愚か者と嘲り笑っていたと言う事か?」

その問い掛けに綺礼は時臣の人となりを鑑みてから首を横方向に振る。

「いや、それはあるまい。時臣師のお前に対する敬意は本物だ。しかし、それは『英雄王ギルガメッシュ』であってアーチャーのサーヴァントに過ぎないお前ではない。例えるならばお前は英雄王の彫像や肖像画と同格、つまりは写し身コピー製品に過ぎない。無論出来は良いから屋敷でエントランスのど真ん中やホールの一番目立つ所に置くだろうし礼節も尽くすだろう。だが、それよりも価値あるものが現れれば、置く場所が変わるだろうし、置く場所が無ければ用済みと倉庫の片隅で埃にまみれさせるか破棄するかそれだけの価値に過ぎん。時臣師は昨今でも珍しい筋金入りの魔術師だ。英霊達に心からの敬意を払い崇拝はしても、その模造品に過ぎないサーヴァントは使い勝手の良い道具それ以外の用途はないと理解しているのさ」

綺礼の話が終わると同時にアーチャーの口から忍び笑いが漏れ出る。

しかし、それは先程と違い面白いから笑うのではなく、ライダーがアサシンを殲滅する時に見せたあの笑みだった。

「・・・くくくっ・・・そうか・・・時臣め、何処までもつまらない奴だと思っていたが最後の最後でようやく見所を示してくれるとはな」

その笑みとその言葉の意味・・・それが意味するものを考えると予想もしたくないほどの恐ろしくおぞましいものだった。

「それでアーチャーどうする気だ?」

綺礼の問い掛けは短かったがその言葉に込められた意味は多く重かった。

切り捨てられる事を承知の上で尚も時臣に義理立てして叛意を示した綺礼を処断するか、それとも・・・と。

「さてどうするか・・・時臣の不忠振りはもはや自明の理だとしても奴が我に魔力を捧げている事も事実。さしもの我も貢がれる魔力無しに現界する事も不可能だからな・・・全く困ったものよ」

言葉の割には困っているようには思えない口ぶりのアーチャーであるが、あからさまにわざとらしく

「おお、そういえば令呪は持っていても肝心のサーヴァントがおらぬ哀れなマスターが一人いたな」

この男には珍しい露骨な誘惑に綺礼は失笑した。

「ああ、そういえばいたな・・・だが、そのマスター肝心の英雄王ギルガメッシュの気に召すかどうか・・・」

「問題はあるまい。堅物過ぎるが、磨けば光ると言う点では時臣をも凌駕する。後々は我を存分に愉しませてくれるだろうよ」

そう言って二人は笑い合った。

こうやって互いに笑みを交わすのは初めてだなと思いながらも綺礼は真顔になると思わぬ事を口にした。

「だが・・・事を起こすのはエクスキューター討伐後まで待って欲しい」

「何・・・貴様まさか我に不忠者を臣下としておく屈辱に耐えろと言うのか?」

上機嫌は一変し、濃密な殺意が綺礼に突き刺さる。

「お前の不快は百も承知の上での事だ。だが、待ってほしい。お前にとっては業腹かも知れんがエクスキューターが容易ならざる相手である事も事実、奴を討伐するに時臣師の力は必要だ」

そこまで言ってから何か言おうとしたアーチャーを視線で制する。

「それに・・・ここで妥協してくれればお前に少し面白い『見世物』を見せてやれるかもしれん」

「面白い見世物だと?どう言う事だ?」

「今は・・・何も言えん。情報は持っていても布石すら打っていない状態だからな。だが、お前がエクスキューター討伐まで時臣師のサーヴァントとしていてくれれば、討伐が成功したとしても億に・・・いや兆に一つの可能性で失敗したとしても、その『見世物』を開く為の布石を打つ事も出来る・・・無論その様な見世物不要だと言うのであればこの話は無かった事にしてくれて構わん」

そこまで言ってからアーチャーの眼を見る。

不快感は消えてはいないが自分に向ける殺意が相当に薄まっている。

「・・・良いだろう。本来であれば王にその様な屈辱を強いる時点で極刑は確定しているが、貴様が始めて書く台本だ、それに免じて猶予をやろう。ただし、もしも我の期待を裏切るような代物である場合には・・・」

「ああ、覚悟は出来ている。所詮は英雄王を愉しませる器の無いつまらない男だったのだろう。煮るなり焼くなり好きにすると良い」

その言葉にアーチャーは良い覚悟だと言わんばかりににやりと笑いソファから立ち上がる。

「良い覚悟だ。ではせいぜい励めよ。我の無聊を慰められる位の見世物を作って見せよ」

そう言うと霊体化で部屋を後にした。









昨夜のやり取りを思い出しながら綺礼は教会の一室に向かう。

そこは自分の自室ではなく、昨夜まで父璃正が自室兼、監督役としてスタッフに指示を贈る司令部の機能を有していたもので綺礼もそこで今回のエクスキューター討伐の下準備を行うのだ。

だが、それも既に大半は時臣の差配で既に済まされており、綺礼が行う事などほとんど無いのだが。

それでも綺礼は冬木各地に散らばったスタッフからの報告に目を通しながら数少ない仕事を差配していき、その一方でアーチャーと約束した『見世物』の準備にも追われる。

まだまだ布石を打ち足りない。

布石を一つでも打ち損ねるか、打ち間違えればこの『見世物』は間違いなく瓦解する。

それはすなわち自分の人生の終わりをも意味している。

別に自分の命など惜しくもなんとも無いが、自分がその生涯を賭して探していた答えを得る前に死ぬなどと言う事になれば死んでも安らかに死ねる筈が無い。

そもそも与えられたにしろ自らに課したにしろ、目の前の課題に手を抜くなど綺礼の性格から出来る筈が無い。

だからこそ全力を注ぐのだ。

こうして秘密裏に動き始めた思惑・・・この言峰綺礼が言った『見世物』とは一体何のか・・・それが白日の下に晒されるにはしばしの時間が必要された。

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