時臣の言葉に教会は水を打ったような静寂が支配した。
それはどちらかと言うと困惑が入り交ざったもので誰も口を開こうとはしない。
それでもしばらくしてから口火を切ったのは以外にもウェイバーだった。
「な、なあ・・・トオサカ、つまりエクスキューターを問答無用で潰すって事なのか?」
その声には葛藤が見え隠れしていた。
本人は自覚していないが、ウェイバーにとってエクスキューターは劣等感に凝り固まっていた自分に、凡人であろうとも至れる可能性を教えてくれた恩人である。
その恩人をいくら前監督役殺害の容疑者陣営であるとは言え、討伐、排除を前提とする連合に少なからぬ反感を抱いていた。
そんな内心を見透かしているのだろう。
時臣は穏やかに
「いえ、あくまでも討伐はエクスキューター陣営が前監督役殺害犯であると断定された場合のみ。彼らがアインツベルンの要請に従い出頭、彼らの弁解を聞き及んだ後彼らが潔白だと判断されれば討伐は行いません」
「なんと生温い!!」
時臣にケイネスが反発する。
「弁解を待つまでも無い、奴らが姿を現した時点で奴らを叩き潰すべきであろう!」
「お気持ちは良く判ります。ロード・エルメロイ。ですが、現状においては未だに重要参考人の立場であり犯人ではありません。また仮にエクスキューター陣営が殺害犯だとして、動機はどうであれ、キャスターを直接討伐しておりいわば聖杯戦争の存続はもちろん、この冬木の住民の命、更には魔術の隠匿の危機を救出してくれました。それに対して礼は示さねばなりません」
「その礼と言うのが弁解の機会と言う事なの?」
「その通りです」
アイリスフィールの皮肉に満ちた声を受け流して鷹揚に頷く時臣。
「それと参考までに聞きたいけど、弁解を聞いた後潔白だと判断されればと言っていたけれど、潔白だと判断するのは誰なのかしら?」
「無論冬木の管理者であるこの私・・・と言いたい所ですが、このような重大な事態を私一人だけで判断を下すと言うのは不審や疑問を抱く者もおりましょう。ですので今回に関しては場にいる全員が満場一致で潔白であると判断された時とさせて頂きます」
「それは裏を返せば誰か一人でも殺害犯だと判断したら彼らは有罪になる、そう考えていいのかしら?」
「厳しい条件ですが、それだけ今回起きた事件の重大であるとお考え頂きたい。それに真実彼らが潔白であるならば我ら全員の意思を統一させるなど容易い事でしょう」
その言葉に怒りの余り握り締めた拳を振るわせる。
時臣の言葉は公平であるように聞こえるが、これは単なる不当裁判だ。
この場にいる全員が満場一致で潔白など不可能だ。
少なくとも実に嫌味たらしい笑みを浮べるケイネスや、先程から我が意を得たりと頷くセイバーなどは、よほどの真犯人の証拠が出てこない限り・・・もしかしたら証拠が出ても、エクスキューター陣営が殺害犯だと声高々に主張するだろう。
そんな内心の怒りを押し殺し質問を重ねるのは、盗聴機越しに聞いているだろう切嗣と士郎に少しでも有益な情報を齎す為であった。
「・・・それで、彼らが犯人だと断定した時点で即座に討伐を?」
「無論・・・と言いたい所ですが、先にも言いましたように彼らの功績を鑑みまして、素直に出頭し犯行を認めた場合に限り恩情措置を取らせて頂きます」
「具体的にはどうすると?」
「エクスキューターに自害を命じ、その後マスターである衛宮切嗣自身は法の裁きを受けるか、聖杯戦争の参戦を継続する代わりにエクスキューター陣営が現状保有する全令呪の剥奪を認めるかです」
不公平だと言いたくなるのをぎりぎりで押し留める。
恩情措置と言っているが、実の所こんなのは単なるエクスキューター陣営の弱体化若しくは無力化だ。
士郎を自害させて大聖杯破壊をセイバーの手に委ねるなど出来る筈もない。
セイバーの願いやここ数日の確執などを考えれば、アイリスフィールが単に命じても絶対に承諾はしないだろう。
令呪をもって命ずるしかない。
だが、クラススキルである抗魔力の高さを考えれば、令呪一つでは抵抗される、最低でも二つは必要なはずだ。
下手をすれば三つ使わなければならないかもしれない。
キャスター討伐報酬で一つ増えるとしても戦略の幅が大きく削がれるのは火を見るよりも明らかな事、歓迎など出来る筈がない。
だが、参戦継続と引き換えに全令呪を剥奪など、もっと容認出来る筈が無い。
士郎にとって令呪の重要性は他の陣営よりも上回る。
その令呪を失うなど聖杯戦争の敗北宣言に自分から署名するのと同じ意味を持つ。
無論時臣がエクスキューター陣営の現状を把握しているが故の発言ではなく、あくまでも令呪を奪いエクスキューター陣営の脅威を削ぎ落とす事が目的なのだろうが、忌々しいくらい的確な所を攻めて来た。
と再び時臣の視線がアイリスフィールに向けられる。
「それでです・・・アインツベルン。貴方に要請があるのですが、エクスキューター陣営について貴方が知る全ての情報提供にご協力願いたい。これだけの英霊が集っている以上仮にエクスキューターを討伐せざるを得ない状況に至ったとしてもエクスキューターの討伐は疑い余地の無い事ですが、万全を期すとすれば」
「なるほど不届き者の情報が必要と言う事ですか流石はトオサカ」
と、そこへケイネスが陰鬱な笑みを浮べたまま時臣を賞賛する。
「かのロード・エルメロイに賞賛されるとは光栄ですな」
その賞賛を表向きは素直に受け止めながらその目は笑ってはいない。
やはり隠しても隠し切れないケイネスの陰鬱な気配に辟易しているようだった。
「で、アインツベルンよ無論協力は惜しまないのでしょうな」
全身にからみつくような悪意の視線をアイリスフィールに向ける。
「・・・」
それに対して表面上は無視を決め込み、その美貌に何の感情も現さずに時臣に視線を向けるアイリスフィール。
その重苦しさに最初は催促しようとしたケイネスすら不快げに表情を歪め、口を閉ざす。
そんな沈黙が数分続き、
「・・・アイリスフィール・・・ここは」
何一つ口を開こうとしないアイリスフィールを見かねてかセイバーが口を開こうとした時、
「・・・衛宮士郎よ」
唐突にアイリスフィールが口を開いた。
「??アインツベルンよ今の名前は一体・・・」
アイリスフィールの口から出てきた聞き慣れぬ名前に、時臣が戸惑ったような態度を示し、態度と同じ位戸惑った声を発する。
常に冷静沈着で優雅に事を進めてきた時臣の滅多に見れぬ姿をアイリスフィールは特に感慨を抱く事も無く
「衛宮士郎。それがエクスキューターの真名よ」
あっさりとした口調でそう言った。
いきなりの事に場のマスター達が思考を止める中、逸早く時臣が立ち直る。
「衛宮・・・士郎??聞き慣れぬ名ですがそれがエクスキューターの?」
「ええ、衛宮切嗣からそう聞いたわ。彼が虚言を弄していなければ」
「で、聞き覚えの無い名なのですが、エクスキューターは一体何時の時代の・・・」
「それについては調べても無駄でしょうね。だって彼は未来において出現する英霊みたいだから」
その言葉にごく一部を除いて驚愕の表情を向ける。
「未来・・・の?それは一体どういう」
「どうもこうも言ったままよ。衛宮切嗣から聞いた話だとエクスキューターは遠い未来において、英霊足りうる功績を挙げて英霊となった彼の子孫らしいわ」
「ばかな!」
それに反発したのはケイネスだった。
「未来から英霊が呼ばれるだと!その様な事がある筈が無いだろう!出鱈目も大概にしたらどうだ!」
ケイネスの罵声を浴びたアイリスフィールと言えば特に変化は無い。
表情にも視線にも声にも。
「こちらは衛宮切嗣から聞いた情報を開示しているだけですので、信じるかどうかは各陣営の自由です。信じたくないならばそれで結構」
その返事に激高しかけたが、完璧に突き放した声と害虫でも見るようなアイリスフィールの凍て付いた視線にたじろぐがそれでも反論しようと口を開こうとする。
「っ・・・・だ、だがそ、そんな」
「・・・いや」
しかし、ケイネスの反論を止めたのは他ならぬ時臣だった。
「極々稀だがその可能性もあると間桐の翁から聞いたと先代が言っていた事がある。サーヴァント召還の為に必要な触媒を用意する事が叶わず、マスターとの間に強い縁が存在する場合に限りという前提だが・・・血縁であるならばその条件に適う・・・なるほど」
納得したような声を発する時臣だが、その内心は苦りきっていた。
アイリスフィールからエクスキューターの真名を引き出す事に成功した時は密かにほくそ笑んだが、その正体が未来から呼ばれた英霊となれば真名が露呈した所で痛手など無いに等しい。
サーヴァントにとって真名の露呈とは詰まる所その生涯と死因の露呈に繋がり、その英霊の弱点を白日の下に晒す事にも直結する。
だが、未来から来た英霊となれば話は違う。
何しろその生涯も死因もこの時代には存在していないのだから弱点が露呈する筈も無い。
つまり真名を晒す事のデメリットがエクスキューター陣営に関しては皆無だった。
だからこそ衛宮切嗣も同盟相手であり妻であると言う事を差し引いても、アイリスフィールにエクスキューターの真名を露呈したのだろう。
落胆を表情に出しかけるが気を取り直す。
エクスキューターに関してはまだ聞きたい事があるのだから。
「それと・・・、あのエクスキューター、複数の宝具と思われる代物を次々と出現、行使しておりましたがそれに関しては」
「ええ、話によると彼は生前魔術師だったらしいわ。それも極めて特殊な」
「特殊?それは属性ですかな?それとも行使する魔術に?」
有益な情報の予感に心なしか声が高揚している。
「属性について詳しい話は聞いていないわ。だけど得意としている魔術はエクスキューター自身から聞きました。彼は投影魔術に特化した魔術師らしいわ。おそらくエクスキューターのあの剣や宝具、あれは全て投影で作られたものね」
それに対してのサーヴァント達の反応はといえば内心はどう考えているのかは不明だが特に変化は見られない。
一方マスターらの反応はと言えば・・・
何を言っているのか判らないと顔に出している者、アイリスフィールの言葉が信じられないと驚愕を表情に浮べる者。
そして侮蔑の感情をあからさまに浮べる者、とまさに多種多様まちまちだったと言えるだろう。
そんな中侮蔑の感情を浮べた者・・・ケイネスが声にも侮蔑の感情を乗せて
「どのような魔術しかと言えば・・・投影だと?馬鹿らしい・・・アインツベルンよまさかそのような与太話信じると言うのか?」
「・・・先程も言いましたが信じるも何もこちらは衛宮切嗣経由で得たエクスキューターの情報を提供しているだけ、信じたくないならば信じなくて結構」
ケイネスの再三に渡る侮蔑にも表立った反応を見せる事も無く無感動、無感情な声と視線だけで返答する。
と、信徒席前方から良く響く声が・・・本人はひそひそ話しかもしれないが全員の耳朶を打った。
「なあ坊主、あの阿呆、何でエクスキューターの魔術を聞いた途端馬鹿にした態度をとっておるのだ?」
「そりゃあ、エクスキューターが投影魔術を主力にしているからだろ」
「??なんで投影魔術を主力にしておると馬鹿にしてよいというのだ?そもそも投影魔術って何だ?」
「それは・・・投影魔術って言うのは早い話魔力で色々なものを作り出せる魔術だよ」
「ほう!そいつはすごい!なのになんであの阿呆は侮辱しておるのだ?」
「あのなあ・・・確かに一見するとすごい魔術に見えるかもしれないけど、作れるのは外観だけだぞ外観。つまり中身は空っぽの模造品を一時的に作るのが関の山の魔術、それが投影魔術なんだぞ。上級魔術だと位置づけられているけど、使い道なんて魔術的な儀式でどうしても用意できない品を一時的に用意する位しか用途の無い魔術なんだ。だからケイネス講師の態度は侮辱しすぎではあっても決して間違いでも」
「なるほどな、ならば坊主よ、そんな模造品しか作れぬ魔術しか使えぬ未熟者相手に余らが梃子摺っておると言うのか?」
ライダーの言葉にはっとする。
確かにこの場にいる英霊を相手にして、中身の無いがらんどうの得物で互角の戦いが出来る筈がない。
普通ならば一合で粉々に粉砕されるはずだ。
これが意味する所はアイリスフィールが虚言を弄しているか、エクスキューター陣営がアイリスフィールに虚言を吹き込んだのか、それとも・・・エクスキューターの魔術には更なる秘密があるのか。
同じ事を時臣も考えたのかやや慌てたようにアイリスフィールに質問を重ねた。
「アインツベルン、ライダーのマスターが言うように本来投影魔術は戦闘においてものの役にも立たぬ代物。だが、現実として彼は互角以上の戦いを演じている。これについては何か話は?」
「・・・どうもエクスキューターは剣の投影に特化・・・いいえもはや突然変異と呼んでも差し支えないほどの腕前を持っているらしいわ。それがどれほどのものかは・・・今更言うまでも無くここにいる全員が良くご存知のはずでしょう?」
倉庫街での序盤戦に始まり昨夜の未遠川決戦までのエクスキューターの戦いぶりを思い出したのだろう、教会を沈黙が支配する。
先程まで侮辱していたケイネスも序盤戦での戦いを思い出したのだろう、数十秒前の勝ち誇った笑みは消え失せ、再び苛立ち気味な表情を浮べている。
「では昨夜キャスターを消滅させたあの宝具と思わせる一撃あれも投影によるものか詳しくは・・・」
「そこまでは。私が衛宮切嗣経由で聞き及んだエクスキューターの情報は以上です。ですが彼の投影は特殊である。これだけで十分では?」
時臣の問い掛けにアイリスフィールの返答はにべも無い。
確かにアイリスフィールの言うように今まで何もかもが不明の存在であった、エクスキューターの真名とその能力の一端をようやく白日の下に晒したのだ。
欲を言えばエクスキューターに関する情報をもう少し手に入れたかったが、これだけでも十分な成果と呼んでいい。
「・・・判りました。アインツベルン、貴女にとっても苦渋の選択でしたでしょうが、貴女の勇気と決断に私としては賞賛と敬意の念を禁じえません・・・さて」
そう言ってアイリスフィールに一礼してからその視線を一同へと戻す。
「話を戻しますが万が一にもエクスキューター陣営が出頭しなかった時点を持ちまして対エクスキューター連合を結成、その後エクスキューター陣営討伐に動きます」
「それだがな金ぴかのマスター」
時臣の話の腰を折ったのはライダーだった。
「一体全体どうやってエクスキューターを見つけ出す気だ?根城が何処なのか皆目見当もつかぬのであろう。よもやと思うが我らで虱潰しに探し回れと世迷言の夢物語を言うのではあるまいな」
ライダーの言うように今エクスキューター陣営の居場所を知る者は一人もいない。
だからと言って冬木全域を虱潰しに探すなど、机上の空論に過ぎない。
「ご安心を。征服王イスカンダル、無論その様な無益な事は致しません。この場では言えませんがエクスキューター捜索に関しては私が責任を持って見つけ出す事をお約束します」
「ほう、それはそこの金ぴかを使ってと言う事かな?」
「いえいえ、エクスキューター捜索にかの偉大なる王のお手をわずわらせるまでもありません。冬木の管理者として私が全責任を負います」
「なるほどな、で、エクスキューターを発見したら我らはそこに集まればよいのか?」
「いいえ、エクスキューターを発見後所定の場所におびき寄せそこでエクスキューター及びマスターである衛宮切嗣を征討します。各陣営はこちらが合図を送りましたら至急そこにお集まり頂きたい。で」
と、そこへ時臣は今まであからさまに無視していた雁夜に始めて視線を向ける。
「話を蒸し返すが間桐雁夜、君にはキャスターと共謀した疑いが掛かっている。その為本来であれば制裁処置として何らかの罰則を科さねばならない」
その言葉に怒りを露に立ち上がる。
「っ!!ふ、ふざけるな時臣!!貴様の指図に誰が!」
「残念だが間桐雁夜これは冬木の管理者としての方針ではなく」
「前監督役の遺言で罰則を検討すべしであると決まっている」
時臣の言葉を今まで無言を貫いていた綺礼が繋ぐ。
何時の間にか雁夜の傍らにまで歩を進めている。
「なっ!!・・・貴様この男の肩を持つと言うのか!!この時臣の走狗が!!」
屈辱と怒りに満ちた声で怨念の言葉を吐き出しながら時臣と綺礼を睨み付ける雁夜に、時臣が軽蔑の笑みを浮べるだけで特に堪えた様子は見受けられない。
一方綺礼はと言えば無表情で雁夜を一瞥したあと。
「確かに私は時臣師の元弟子、走狗と呼ばれるのも致し方ないだろう。だが」
そこで綺礼は鋭い視線を雁夜にぶつける。
「っ!」
声にならない悲鳴の欠片を微かに口から漏らしながらへたり込むように腰を落とした。
「間桐雁夜、お前がキャスター討伐よりも私怨を優先させた事もまた事実であり別の話。その件は断固として処断を下さねば筋が通らん」
「ぁ・・・ぅぁぁぁ」
歴戦の代行者から容赦ない本気の敵意の視線を浴びて、怒る気力も反抗する気概も根こそぎ奪われたのか、口を虚しく開閉するだけで何を言えなくなった。
そんな雁夜の醜態を時臣は侮蔑を更に含めた笑みだけで見下しているが他のマスターはそれ所ではなく、直接浴びせられたわけではないにも関わらずウェイバー、ケイネスは全身に冷や汗が止め処なく滴り落ち、雁夜の醜態を笑う余力もなく、数日前綺礼と一戦交えたアイリスフィール、舞耶は眼光だけで場を支配する言峰綺礼という怪物の脅威を改めて認識していた。
「・・・話を戻そう、間桐雁夜、本来であれば罰則として令呪を相当数剥奪せざるおえない重大事案だ。だが、現在監督役殺害と言う異常事態である事を考慮し、今から言う条件を受諾した場合に限り、それをもって免除する」
「な、何・・・条件だと・・・そ、それは一体・・・」
「簡単な話だ。エクスキューター征討が行われた場合において間桐雁夜、お前のバーサーカーに先陣を切らせろ。あの力、腐らせるには余りにも惜しい」
「な!!何だと!そんな事」
「受けぬのであればバーサーカー陣営はキャスター陣営と共謀し、聖杯戦争の破綻と冬木の壊滅を目論んだと断定し全ての令呪を剥奪した上でエクスキューター共々征討するまでだ」
容赦のない言葉に悔しさと怒りで全身を小刻みに震わせる。
綺礼の言う条件とは詰まる所、バーサーカーの消滅を前提とした特攻攻撃だ。
確かにアイリスフィールの情報提供のおかげで今まで正体不明であったエクスキューターの秘密のヴェールがかなり剥がされたのは間違いない。
だが、それでも全てではないし、エクスキューターは未だに底が見えない。
そんな相手に先陣を切らせろなど到底承諾出来る筈がない。
しかし、それを拒絶すれば令呪を失った上に討伐対象にまで組み込まれる。
そうなれば、今ですらごく微小な可能性に過ぎない雁夜の宿願を果たす事は、不可能になるだろう。
ならばここを脱出してエクスキューターと合流して時臣らに対抗する事を一瞬考える。
しかし、幸運にも合流できたとしてエクスキューター陣営が自分を信用してくれるとは思えない。
それ所か弱りきっている自分を良い獲物だとばかりに牙を向けてくる事も予測出来る。
そもそも、今現在どこにいるのかも判らないエクスキューターとどうやって合流すれば良いのか?
それ以前に今現在アーチャー、ライダー、ランサー、セイバーに取り囲まれた状況でどうやって逃げ出せば良いと言うのか?
よもや中列の席に座った事がこのような形で仇となるとは・・・
これを脱するにはバーサーカーを用いて血路を拓くより術はないが、その為には当然だがバーサーカーを現界させなければならない。そうなるとどうなるのか?
考えるまでもない、バーサーカーはセイバーを執拗に狙い殺そうとするだろう、マスターである雁夜の事等無視して。
その隙に自分は残りのサーヴァントに始末される。
視野が狭窄した雁夜ですら手に取るようにわかる未来予想図に眩暈がしてくる。
完全に八方塞がりだった。
自分は今死ぬ訳には行かない。
時臣を殺し、聖杯を手にして桜を救済するまでは死んでも死に切れない。
その為に守らねばならない筈の子から魔力を奪う形で浅ましく生き返ったのだから。
しかし、その為に憎き時臣の思惑に乗らねばならぬなど・・・
そんな雁夜の葛藤を見透かしたように、綺礼は
「ふむ・・・承諾する気は無しか・・・しばし考える時間を与えた方が良さそうだな一先ず、エクスキューターの討伐が決定するまでに決心すれば良い。バーサーカーを用いてエクスキューターと戦うか、それともこの場で朽ち果てるか」
あっさりとその場での説得を断念して雁夜の傍らから離れる。
余りにもあっさりとした引き際の良さにに唖然としたが時臣は特に表情に変化はない。
それほど綺礼に絶対的な信頼を置いているのだろう。
「其れとエクスキューター討伐が実際行われた場合ですが無論ですが報奨が授与されます」
そう言って改めて右腕の預託令呪を見せる。
「エクスキューター連合に参戦した陣営には褒章として追加令呪を更に一画授与いたします。また、今回はキャスター討伐とは異なり参戦した全ての陣営が授与対象となります。尚、報奨の授与に関してはエクスキューター陣営の完全脱落を確認した時点でその場で報奨を授与します・・・では」
そう言って綺礼は一同を見遣る。
「改めて・・・バーサーカー陣営以外の四陣営に伺おう。エクスキューター陣営が監督役殺害の実行犯だと断定された場合において対エクスキューター連合への参戦すると言う陣営はそのまま着席を。拒否する場合には起立をお願いしたい」
その言葉に起立した陣営は・・・一つも存在しなかった。
それぞれ当然だと言わん者、悪意に満ちた笑みを浮べる者、いまいち釈然としない者、そして・・・心底から止むに止まれぬ苦渋の決断である事を表情に浮べる者様々ではあるが、これにより対エクスキューター連合は設立された。