アイリスフィール達が教会に到着したのは出発してから一時間後の事だった。

いささか時間がかかり過ぎているが、これは武家屋敷と教会、これは冬木の端と端に位置する為、アイリスフィール達は冬木を横断する羽目になってしまったが故である。

しかし、車中の三人には四時間、五時間位感じるほど気まずい空気が流れており、到着した時思わず舞弥すら安堵の溜め息を漏らしたほどである。

教会の駐車場に車を停めてから、降りる時にアイリスフィールと舞弥はさり気無い動作で盗聴機を起動する。

と、そこで

「セイバー」

初めてアイリスフィールは自身の背後を守るセイバーに声を掛ける。

「・・・」

それに対してセイバーは無言であるが彼女から強張った空気が流れるのを察した。

「いつでも戦闘が起こっても良いように臨戦態勢は整えておいて。舞弥さんもお願い」

その言葉に舞弥は躊躇い無く頷くが、セイバーはといえば

「え?」

呆けた言葉だけ漏らす。

「はっきりと言うけど、表向きは中立なんて謳っているけど、私は教会は半分・・・いいえほぼ敵地だと思っているわ。何が起こっても不思議じゃない。その時は」

そこでアイリスフィールは振り返り、セイバーと眼を合わせる。

「・・・その時は貴女の力が頼りよ」

そう言って微かに微笑む。

いや、微笑と言うよりも微笑の欠片が僅かだけ零れ落ちただけの、ささやかなものに過ぎなかった。

しかし、セイバーにはその微笑と言葉が何よりの喜びだったのだろう。

「っ!・・・はい・・・はいっ!必ず貴女を守護いたしますとも!」

声を掛けられるまで纏っていた陰鬱な空気は消え去り、本来の清廉な覇気を取り戻す。

「お見事です、マダム」

いつもの調子を取り戻したセイバーを横目に舞弥がそっとアイリスフィールに囁く。

「嘘は言っていないわ。実際シロウ君が教会に侵入出来ない以上セイバーは私達の頼みの綱よ」

アイリスフィールの言うように士郎が締め出されている以上、不測の事態が起こった場合セイバーだけが頼みの綱だ。

舞弥の実力を見下している訳ではないが、サーヴァントは無論の事、マスターも怪物揃いの中では舞弥一人では心許ない。

「なるほど・・・それよりもマダム教会に結界は・・・」

「ええ、シロウ君の報告通りね、確かに存在するわ。それも巧妙に隠蔽されている。シロウ君レベルの解析を行わないと見抜けないわ。それか最初から『ここに結界がある』の前提の下で慎重に調べない限り普通の魔術師では見抜けない」

「そこまでですか・・・そうなるとこの結界を仕掛けたのは・・」

「多分遠坂ね。彼なら可能よ」

時臣の魔術師の技量、格、全ての面で聖杯戦争参戦者の中で抜きん出ている。

「ですが、なぜ遠坂が・・・」

「そうね。いくら巧妙に隠蔽しているとは言え、明らかに暗黙の同盟の域を超えているけど・・・」

そこまで呟いた所で首を横に振った。

「今ここでどう考えても仕方ないわ。機会があれば確認を取るそれしかないわ」

「はい」

アイリスフィールの言うように、現状ではどう考えても結論を出すには材料が乏しすぎる。

それを理解していたのだろう、舞弥はあっさりと頷くと数秒前とは打って変わったセイバーの後を追うように教会に向かう。

教会前に到着した所で、アイリスフィールが扉を開けようとする前に舞弥とセイバーに視線を向ける。

その視線の意味を理解したのかセイバー、舞弥は計った訳でもないが同時に頷いた。

それを見た所でアイリスフィールは扉を開けた。









扉を開き礼拝堂に足を踏み入れたアイリスフィール達を出迎えたのは

「おお!遅かったではないか!小娘共!」

もはや聞きなれた声・・・ライダーが信徒席の左側最前列を陣取り振り返りながら不敵に笑っていた。

その姿に表情を顰めるセイバーだったが、まかりなりにも今は休戦中、個々は中立地帯である事を思い出したのか鋭い視線で睨み付けるだけに留める。

しかし、燻る程度だったセイバーの怒りを炎上させる声が反対側から聞こえてきた。

「何をしている征服王、貴様ほどの傑物があのような娼婦に媚を売るか。はっ貴様も相当女に飢えているようだな」

声の方角に視線を向けるとそこには予想通りというか、アーチャーが信徒席右側最前列を牛耳りライダーに冷笑を浴びせかけている。

その間、当然と言うべきかセイバー達に視線を向けてすらいない。

連日の度を越した非礼と罵声に、セイバーは表情を変えたり声を荒げる事はもはやしなかった。

セイバーがした事はもっと単純な事で、一瞬の内に武装し、アーチャーをこの場で切り伏せようと剣を構える。

そんな殺気立ったセイバーに対してアーチャーは相変わらず無視を続けるが、その周囲の空間は歪み切っ先がセイバーに狙いを定め、今か今かと解き放たれるのを待ち焦がれている。

そんな一触即発の空気を良くも悪くもぶち壊したのが

「こらこら、お主ら少しは頭を冷やさんか。個々は中立地帯とやらではないのか?」

今の状況を理解していないのか、それとも理解していて尚もなのか苦笑しながら暢気に仲裁に入ってきたライダーだった。

「黙っていてもらおうか征服王、これは私とそこの暴君の問題」

余計な差し出口を挟んできたライダーを一瞥してから拒絶しようとしたが

「貴様らだけの問題では無かろうに。ここで暴れれば後ろのマスターにも迷惑が掛かろう」

ライダーの至極当然の指摘にセイバーは口ごもる。

ライダーの言うようにここは中立地帯である以上、そのような所で諍いを起こせば少なからぬペナルティを受ける事は目に見えている。

いや、それ以前にこのような狭い所で戦闘と言うような事になれば、背後のアイリスフィールにも被害が及ぶのは自明の理。

そうなればここは怒りを飲み込んで引き下がるしかない。

そう判断すると構えは解いたが武装を解除する事無くアイリスフィールと共に信徒席左側最後列の席を陣取る。

アーチャーとライダー、共に近寄りたくも無い相手だが、どちらかを選べと問われた場合、まだライダーの方がましと言うセイバーの判断だった。

最も、それは粗大ゴミと生ゴミどちらかに近寄るのがましかと言う問い掛けに近かったが。

セイバー陣営が席に着くと同時にアーチャーの周囲から空間の歪みが消える。

相も変わらずセイバーの方に視線も向けないアーチャーだが、それでも気配でセイバーが戦闘態勢を解除したのを察したのだろう。

と、そこへタイミングを計ったように

「わざわざの来訪心の底から感謝しますぞアインツベルン」

と、祭壇からアイリスフィールに声を掛けたのは紛れも無く時臣だった。

それもその背後には綺礼を従える形で。

「遠坂・・・」

それに対してアイリスフィールの視線も表情も友愛には程遠い冷たいもの。

その姿は紛れも無く数日前セイバーに見せた冷徹な女帝のそれだった。

「どう言う事かしら?何故我々と同じ参戦者であるはずの遠坂が我々を見下す立場になったのかしら?」

その声も態度も同じ位冷たく、アイリスフィールの美貌が相乗効果を生み出し、冷徹と言うよりも冷血、冷酷な印象すら与える。

少なくともそう思う者がいるのが事実で当事者でないウェイバーは薄ら寒そうに肩を震わせた。

「ははは、これは手厳しい」

しかし、流石は歴戦の魔術師なのか時臣は特に動ずる事も無く笑顔を返す。

「確かに私は他の陣営と同じく参戦者ですが今の私は管理者(セカンドオーナー)としてここにいますのでそれに関してはご了承を」

「??遠坂、それは一体・・・」

意味深な言葉に不審げに眉を顰めるアイリスフィールを焦らすかのように

「それに関しては全陣営が集まってから説明しますのでしばしお待ちを」

そう言って実に礼儀正しく恭しく一礼した。

その仕草にも一部の隙も無く、不快そうに表情を歪めるが、それを合図としたように礼拝堂の扉が開かれる。

振り返り来訪者を確認するとそこには、車椅子を赤毛の女性に押された男と、その男女を護衛するように双槍を構えるランサーの姿があった。

紛れも無くケイネスとソラウだった。

「おおこれはこれはトオサカ、お初にお目に掛かり実に光栄、このような姿で申し訳ありませんが何卒ご容赦を」

そう言って一礼するケイネスだが、その口調、表情、眼光には刺々しさ所か毒々しい悪意が込められており、アイリスフィール、舞弥、セイバーは先程よりも不愉快そうに眉を潜め、時臣はケイネスの姿に困惑、ライダー、アーチャーは一瞥したが、その後は完全無視、そしてこの場にいるメンバーの仲で縁深いウェイバーはケイネスの変わり果てた姿に愕然としていた。

「!!!!」

そんな中悪意の笑みを浮べて表向きは平静を保っていたケイネスだったが、視界に一人の人物を認めると、自ら車椅子を動かしてその人物・・・ウェイバーの元に近寄る。

「おおこれはベルベット君久方ぶりだなぁ」

台詞だけは親愛に満ちたものだが、その声には悪意と殺意、その表情には怒りが混ぜられた為に醜く歪んだ笑みがあった。

「さぞかし鼻高々だろうねぇ、私から奪ったライダーのおまけで聖杯戦争を戦っているのだから、どうかね?自分は何もせずに有能なサーヴァントが持ってくる勝利の味は?」

あからさまな中傷に聞いていた周囲・・・ランサーやソラウすらも嫌悪の視線をケイネスに集中させる。

そんな中ウェイバーはと言えば自分に近寄ってきたときはやや腰が引けた態度を示していたのだが、

「・・・」

その後は無言で罵声の限りを飛ばしてくるケイネスを見つめてはいるが、特に狼狽をする事も怯える事も無く、むしろ堂々としている。

この場面だけ見れば上下関係は明らかに逆転している。

それを見たライダーはしたり顔で頷き、自分に怯える事も無いケイネスは上辺だけの笑みを剥がすと憤怒の表情と声で

「このガキがぁ!出来損ないの分際でぇ」

腕を振り上げる。

明らかにウェイバーを殴ろうとしているのだが、それを

「主よご自重を」

いつの間にか現れたランサーが掴む。

「ええい!離せぇ!この愚図な無能が!」

それを振り解こうと暴れるがそもそもサーヴァントの腕力に叶うはずも無く、二分程でおとなしくなってしまった。

それを見届けるとケイネスを車椅子ごと信徒席右側最後列まで連れて行った後、ランサーはウェイバーの元へと歩み寄り、

「我が主の数々の暴言、主に成り代わりお詫びします」

そう言ってウェイバーに深々と頭をさげる。

それをされたウェイバーはと言えば、ケイネスに散々面罵されても動じなかったと言うのに

「へ?あ、ああいや・・・べ、別にあんたが謝罪する事は・・・」

何故か動揺しまくりながらもどうにかランサーの謝罪を受け入れた。

「・・・感謝します。ライダーのマスター」

そんなウェイバーの様子を微笑ましく思ったのか僅かだけ微笑の欠片を口元に浮べると謝罪を受け入れたウェイバーに感謝の意を示してから深々と一礼しそのままケイネスの元へと戻る。

それを合図とした訳でもないだろうが、時臣が我に帰ったらしく

「さて、これで現状聖杯戦争に参戦している全陣営が揃ったわけですが」

と場を仕切り始める。

「へ?ちょっと待ってくれ遠坂、参戦している全陣営って、まだバーサーカー陣営とエクスキューター陣営が来ていないだろう」

思わず話の腰を折る形でウェイバーが異を唱える。

そんな異論に時臣は怒る事も無く、何故か自信に満ちた表情で

「ああ、それですか。心配は無用ですライダーのマスター。バーサーカー陣営は既に脱落しているでしょうし、エクスキューター陣営に関しては」

と、まるでそのタイミングを計ったように礼拝堂の扉がゆっくり、本当にゆっくりと開かれる。

そして扉が人一人ようやく通れるほどの隙間が出来るとそこを通る・・・いや、例えは悪いが滲み出るように姿を現したのはウィンドブレーカーを着込みフードを眼深に被った一人の男だった。

そしてその背後にはあの黒騎士・・・バーサーカーがいる。

紛れも無くバーさーカー陣営だ。

と、バーサーカーがセイバーを見つけるや怨嗟の声尾を上げて襲い掛かろうとして・・・その直前でその姿が掻き消えた。

一体何が起きたのか一同皆目見当がつかなかったが、そんな中時臣は目を大きく見開き、口を半開きにする。

「っ!!き・・・貴様・・・まだ」

そう言ったきり絶句する。

「・・・っ・・・くっ・・・くくくくっ」

時臣の珍しい姿を見て悦に入ったのかその人物は喉の奥から笑いを漏らす。

その笑い声は陰鬱に暗くケイネスと同じくらいの量のだが、方向性の全く違う悪意に満ち溢れていた。

「・・・驚いたか?時臣、俺が生きていた事が・・・確かに地獄の一歩手前まで俺は死に掛けたさ・・・だがな」

そう言いながら男は・・・雁夜はフードを脱ぐ。

そこに現れた老人のような白髪と亡者の如き苦悶の相にだれもが息を呑む。

「死にきれる訳が無いだろう・・・貴様を・・・地獄に・・・引き摺り込むまでは、貴様の・・・大罪に裁きを・・・下すまでは・・・俺は何度でも・・・地獄から・・・這い上がってやる。醜い亡者に成り果ててでも」

苦しそうに咳き込みながらも、発せられた雁夜の声には紛れも無い憎悪と殺意が満ち満ちていた。

それこそケイネスが見せたそれなど、お粗末なお遊戯に感じるほどの重苦しくドス黒いものが。

そう言うと片足を引き摺りながら何故か、近くの席は無視して信徒席右列中間の席に倒れこむように座る。

今の雁夜にはこの程度の距離を歩くのも重労働だと言うのに何故そこを選んだのかと言えば理由は左側最後列に座るセイバー陣営にある。

出来れば今ここで昨夜のリベンジマッチを行いたいのだが、バーサーカーの動きがマスターである雁夜にも予測が付かないのが重大な問題だった。

今でこそ霊体化しているが、一度実体化すれば最後、再びセイバーに襲い掛かる事は自明の理だ。

何しろ序盤戦でも、そして雁夜自身は知る由も無いが昨夜の未遠川でもそして今もそうだった。

セイバーの姿を見つけた途端マスターである雁夜の命など無視してセイバーに襲い掛かっていた。

今も咄嗟に魔力供給を必要最低限を除きカットした事で生存本能に従い霊体化しているが、それでも尚もセイバーを八つ裂きにせんとセイバーに猛烈な殺意を向けている。

ここで戦闘沙汰にでもなれば監督役から重大なペナルティが課せられるのは火を見るよりも明らかだし、何よりも雁夜の当面の目的はセイバーではなくアーチャー擁する時臣だ。

自分に残された時間と力は余りにも乏しい以上、余計な戦闘でそれを浪費させる訳には行かない。

自身の残り時間と今後の聖杯戦争の事を考えても、今の雁夜に出来る事は魔力供給をカットする事で実体化を解除させた上で少しでもセイバーからバーサーカーを離すしかなかった。

「・・・アイリスフィール・・・あれは・・・一体・・・」

その様な雁夜の心中を知ってか知らずかセイバーが隣のアイリスフィールに耳打ちをする。

「・・・私もキリツグから間桐は落伍者をマスターに据えたとは聞いていたけ、どこれほどだとは思わなかったわ・・・」

応ずるアイリスフィールの声に力は無い。

間桐が雁夜に何をしたのか手を取るように理解できたからだ。

「推察に過ぎないけど、間桐は彼を急ごしらえで魔術師に仕上げたのよ。この聖杯戦争の為だけの使い捨て魔術師として」

「つ、使い捨て・・・」

アイリスフィールの断言に絶句する。

「ええ、そう言っても過言じゃないわ。医学に精通していない私でもわかる、あれはもう死ぬ間際の命よ。本来ならもうあんな風に動けるはずも無い。おそらく魔術回路が彼を生かしているのね」

「ではマダム、バーサーカー陣営は」

「サーヴァントの強大さとマスターの脆弱さがどの陣営よりも際立っている。あれは無理にサーヴァントを倒す必要はない。のらりくらりと持久戦にもっていけばそれだけで勝手に脱落していくわ」

舞弥の問いに答える風を装い盗聴機越しに切嗣に報告を入れる。

「で、ですが・・・それは余りにも・・・」

「セイバー、あのバーサーカーの力を考えればこの戦法が最も確実な方法です」

アイリスフィールの言葉に異議を唱えようとしたセイバーだが、舞弥がぴしゃりと断言する。

「っ・・・マイヤ、貴女は私の」

「セイバー、キリツグやエクスキューターが言っていた様に私達がしているのは戦争よ。相手が弱るまで待つ事も立派な戦法よ」

それでも異議を唱えようとしたセイバーをアイリスフィールが切って捨てる。

「!」

アイリスフィールの口から出た切嗣と士郎の名にその表情は強張り、口を開こうとしたが

「んっん・・・改めて・・・これで全陣営が揃った事になりますかな」

予想外の雁夜の登場に思考停止していた時臣の咳払いによって強制的に止めさせられた。









一方その頃、教会の駐車場の片隅に停められたライトバンでは、

「なるほどね」

やはりと言うべきか切嗣が小休憩を取っている風を装って舞耶、アイリスフィールの盗聴機経由で教会内部の状況を耳で確認していた。

それだけならば数日前のハイアットホテルと同じ光景なのだが、そこには一つ違いがある。

助手席を倒してやはりイヤホンを耳につけた人物・・・士郎がいる事だ。

教会からの緊急の信号を受けてランサー陣営の居所を探っていた士郎は切嗣と別れて教会に向かった。

だが、いざ教会に侵入しようとした時常に行っていた解析で教会に張られた結界を察知、それを切嗣に報告。

数日だけとは言え気配遮断を封じられるリスクを考慮した結果、教会侵入を断念を士郎に指示した切嗣はランサー陣営拠点捜索を中断して急遽教会近くで士郎と合流、舞耶経由でアイリスフィールに盗聴機を起動して貰う様に要請、現在に至る。

ちなみに切嗣が聞いているのはアイリスフィールの盗聴機、士郎が聞いているのは舞耶の盗聴機だ。

「どうやらバーサーカーのマスターは相当疲弊して言いるようだな爺さん」

「ああ、それにバーサーカーのマスターは相当遠坂時臣に恨みを持っているな。今までは対アーチャー用としてバーサーカーを利用するか考えていたけど、この分ならこちらが上手くお膳立てしてやれば勝手にアーチャーへと吶喊してくれそうだ・・・だが、そうなるとあれを執拗に付け狙う理由は何だ?」

切嗣が寝転がりながら顎に手を当てて思案に暮れる。

盗聴して聞いた会話から察するにバーサーカーのマスターは時臣にかなり強い恨み・・・嫌もはや憎悪と呼べるほどの強い感情を抱いているのは間違いあるまい。

時臣憎しでバーサーカーをアーチャーに差し向けたのは間違いない。

しかし、その後バーサーカーはセイバーを見つけるやその標的をセイバーに切り替えてアーチャー以上に執拗な攻撃を繰り返している。

バーサーカーのマスターがアイリスフィール・・・というかアインツベルンに強い憎しみを持っている可能性を考慮したが、盗聴機を聞く限りでは彼が強い憎しみを持つのは時臣だけであってアインツベルンにはない・・・というか、それ以前に眼中にも無いと考えて良い。

そうなると余計にバーサーカーがセイバーを狙う理由がわからなくなる。

「・・・・もしかしてだけど、バーサーカーは自らの意思でセイバーを付け狙っている?」

士郎の推察に切嗣は疑問を投げ掛ける。

「バーサーカーがかい?他のクラスならいざ知らず、理性無く狂化させられているバーサーカーがあれだけを狙うと言うのも考えにくいが・・・狂化をも押しのけるほどの強い憎しみをあれに向けていると言う事か?ありえない話じゃないが・・・」

「だけどそうなるとセイバーの性格からして疑問が生じるよな。俺達とは絶望的な溝が出来たけどセイバーはアーサー王、歴史に名を残す清廉な王だ、それほどの憎しみを抱く相手をそうも容易く作るかという」

「・・・アーサー王伝説だけで絞れば有名所はモードレッドだな」

「ああ、湖の魔女モルガンによって生み出されたアーサー王のクローン、ブリテンの王位を狙いアーサー王不在の隙をついて叛旗を翻し、その最後はカムランの丘にてアーサー王と刺し違える形で世を去った反逆の騎士・・・確かにモードレッドならアーサー王を憎むと言う点では合致する・・・けど・・・」

「ああ、モードレッドも元はアーサー王に選ばれた円卓の騎士、生半可な腕じゃないだろう。だが、あれだけのスキルを有したと言う伝承は無い」

そう・・・仮にバーサーカーがモードレッドだと仮定するとあの能力・・・あらゆる武器を己が宝具とし、しかもそれを自分の手足の如く使いこなすなど聞いた事がない。

固有スキルや宝具はその英霊の代名詞と呼んでも良い代物、それだけの能力があれば当然だが伝承として伝わっても良いと言うのに・・・

「ん?士郎、バーサーカーの正体に関する考察は後回しだ。遠坂の話が始まるようだ」

切嗣の言うように盗聴機越しでは

『んっん・・・改めて・・・これで全陣営が揃った事になりますかな』

時臣が本題に入ろうとしていた。

「そうだな、バーサーカーの正体も気になるが今は遠坂の話に集中するか」

そう言って士郎はイヤホンを嵌め直し改めて時臣の話に意識を集中する事にした。









「さて、ここにお集まりの聖杯を得るべく集った同士よ。昨夜はごく一陣営を除きキャスター討伐に尽力してくれた事聖杯戦争の参戦者ではなくこの冬木の地を守る管理人(セカンドオーナー)として、冬木に住まう全ての住民を代表して感謝いたします」

そう言って深々と一礼する時臣。

「・・・別にあなたに礼を言われる筋合いは無いわね遠坂」

それに対して特に感銘を受ける事も無く、至極冷めた表情と口調で応じるのはアイリスフィール。

これが何も知らない子供に『ありがとう』と言われれば、もっと柔和に、それこそ慈母の様にその感謝を受け入れるであろうが、今感謝の言葉を述べているのは腹に何を持っているかわからない時臣だ。

はっきり言って嬉しくもなんとも無い。

「それよりも先程の問い掛けをもう一度繰り返しますが、何故監督役がここにいないのかしら?それに後ろに控えている男は?何よりも管理人(セカンドオーナー)だと言う事を考慮しても何故参戦者である貴方がそこに立っているのかしら?」

質問と言うよりも詰問と言うべき内容を立て続けにその口から時臣に浴びせかけるが誰も止めはしない。

何しろそれらの疑問は全員が抱く共通の疑念だったのだから。

一方浴びせられた時臣も流石と言うか、

「ええ、無論承知しております。それに関しても一つずつ説明いたしますのでアインツベルンよ容赦をお願いしたい」

アイリスフィールの詰問をさらりと流して不敵に笑う。

「・・・」

「・・・」

一瞬だけ視線が交錯したが、直ぐに

「ええ、判りました。では説明していただきましょうか?」

「アインツベルンよその寛容に感謝を。まず何故監督役がいないのかについてですが、簡単な事です」

そこで一息ついてから決定的な一言を口にする。

「昨夜、聖杯戦争監督役である言峰璃正神父は亡くなられました」

その一言は一瞬だけ場の空気を漂白してから

『!!』

場の空気は一気に緊迫したものに入れ替わった。

そしてそれは

「!!士郎」

「・・・ああ」

盗聴機越しに話を聞いていた切嗣、士郎も同様だった。

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