大きな恐怖と更に大きな不安、そして僅かな希望を胸に抱きながら教会へと帰ってきた綺礼であるが、彼の目が異変の前兆を捕らえるのに時間は必要としなかった。

礼拝堂の扉が大きく開かれている。

父の性格からして扉を開けっ放しにするなど信じられない。

綺礼にはその開け放たれたままの扉が冥府への扉にすら見えるが、足は教会に一歩また一歩と近付いてくる。

しかし、その歩みは牛歩のそれと大差なく、いつもなら一分と時間をかける事もない距離を綺礼は五分も費やした。

まるでその先の光景に見当がついているが故にそれを目の当たりにする事を綺礼の本能が拒否しているかのように。

ようやく礼拝堂に足を踏み入れたとき綺礼の鼻腔は微かに漂う血の臭いと本当に微かに感じる火薬の煙を捕らえる。

まかりなりにも神の御前で感じていい臭いではない。

何者かが神をも畏れぬ振る舞いをあろう事か神の御前にて及んだとしか考えられない。

その臭いを察しただけで、綺礼は歴戦の代行者に意識を瞬時に切り替え、僧衣から黒鍵を取り出し構えるや慎重に歩を進める。

やがて祭壇まで歩を進めた時その傍らに倒れ付す人影を発見した。

確認するまでも無く父である璃正だ。

「父・・・!う・・・え・・・」

慌てて父に呼びかけながら駆け寄ろうとした綺礼だが、その声は途中で萎み、その足は急速に止められた。

代行者としての綺礼の観察眼は璃正の背中に穿たれた丸く薄暗い穴と、周囲に満ちる血だまりを捕らえたのだから。

綺礼の経験上、その穴の位置は心臓に直結する。

もはや消えつつある火薬の煙の臭いから推察するに、この穴は銃の弾痕、璃正は背中から銃で撃たれたのだろう。

この時、綺礼は冷静沈着に現状の把握に努めているように見えるが、実際の所は彼の思考は完全に停止していた。

苦悩に苦悩を重ねながら、ようやく父に全てを曝け出し自分の苦悩と苦悶を告白する事を決意した筈だった。

筈だったのにその機会を永遠に失った事実を容認など出来る筈も無く、思考は停止し彼の脳髄は漂白され、視覚は目の前の出来事を否定していた。

しかし、彼の身体は機械的に璃正の右の袖を捲っていた。

予想通りと言うべきか璃正の腕に刻まれた令呪が移譲された形跡がある、それも二画。

ここから推察できる状況は教会を訪れ報酬の令呪を受け取った陣営は二つ、そしてそのうちのどちらか若しくはこの二陣営が共謀して璃正を殺害したものと思われる。

動機は考えるまでも無く、他陣営へ追加令呪が齎されるのを忌避しての事だろう。

この時の綺礼の思考に殺害した犯人がもう一画奪ったと言う考えは無い。

何しろ璃正の腕に刻まれた予備令呪は全て聖言によって保護されており、本人の承諾なしに奪う事は不可能だ。

仮に突破出来たとすれば何故一画なのか?

奪えるのであればありったけ全ての令呪を奪うはずだ。

どちらにしても璃正が死した今となってはどうでも良い事、その腕に刻まれた令呪は一つ残らずただの死斑と成り果ててしまった・・・

いや・・・

綺礼は頭を振る。

あの父がそれを良しとする筈が無い。

不測の事態に備えて何らかの手を打っている筈だ。

と、璃正の右の人差し指に不自然な血の汚れを見咎めた。

手にとってまじまじと観察すると明らかに血をどこかにこすり付けたような形跡が見て取れる。

考えるまでも無い、璃正は今際に自らの血で何かを書き記したのだ。

視界をめぐらせると直ぐにそれは見つかった。

『jn424』・・・一見すると何の事か意味不明な暗号に見えるだろうが、敬虔なる信徒たる綺礼にはそれは何を意味するのか直ぐに判った。

「・・・神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理を持って拝むべし」

『jn424』・・・ヨハネ福音書四章二十四節を綺礼はその口から一言一句違う事も、淀む事もなく諳んじた。

変化は劇的だった。

それを口にし終えるや璃正の右腕の令呪が一つ残す事もなく輝き始め、綺礼の右腕に転写されていく。

ひりつく様な鈍痛に絶え間なく襲われながらも綺礼は黙ってそれを見届け続ける。

考えるまでもなくそれは璃正が綺礼に託した信任だった。

璃正は事切れた自分を見つけるのは息子である事に欠片ほどの疑問も持たなかった。

だからこそ聖職者にしかわからぬ符合を暗号として残した。

息子こそはこの聖杯戦争を正しく導き見届ける重責を担う監督役に値すると確信を抱きやはり欠片ほどの疑問も抱く事も無く彼は逝去したのだ。

その息子が参戦者の証である令呪を再び保持している事も知る事も無く、彼にとって盟友の息子に災いとなりうる種子を萌芽させつつある事も知らずに・・・

知らず知らずの内にその両の瞳から零れ落ちる涙を理解した時綺礼は愕然とした面持ちでその顔を両の手で押し隠した。

敬愛する父の亡骸と彼が死して尚も自分に託した信任と遺志に抑えきれぬ感情を涙として発露させる・・・

それは人として当然の事であるし、もしもここに第三者がいれば『敬愛する父を失い悲しみにくれる息子』の姿にしか見えないだろう。

しかし、その時綺礼の胸中に宿るのは底知れぬ恐怖だった。

確かに綺礼は父に対する感情を抑え切れずに涙を流した。

しかし、それは悲しみではなく・・・

そこで綺礼は思考を強制的に断ち切る。

それを考えてはならない、自覚してはならない。

今自身の胸中に抱いた、考えと感情を自覚してしまえば自分は確実に崩壊する。

それは確信だった。

何故ならば綺礼は同じ涙をかつて流している。

忘れもしない三年前、もはや息をするのも多大な労力を必要としたあの女は残る全ての生命力を注ぎ込むように流した涙をやせ細った手で掬い取り、心の底から幸福そうに言ったのだ。

『貴方は私を愛している』と。

そして・・・

そこで綺礼は再び過去を記憶の奥底にねじ込む。

その先は絶対に思い出してはならない。

あの男に・・・アーチャーに言われずとも綺礼は判っていた。

自身が求めていた答えは、欲して止まなかった真理は何だったのか?

あの女を前にして流した涙が、そして今父の亡骸を前にして抱き続ける感情が全てを物語っている。

それでも綺礼はそれから目を逸らした。

直視してしまえば自分は発狂してしまう。

だが、直視する事を誘惑するように頭に声が響く。

オマエハアノトキアノオンナヲ・・・ト・・・メテカ・・・セタカッタ・・・

オマエハチチノ・・・ルス・・・ヲミセ・・・タカッタ・・・

三年前に失ったあの女も、今失った父も綺礼を深く愛し、心の底から信頼し・・・だが、言峰綺礼という人物の本質を最期まで見誤っていた。

だからこそその誘惑は甘美なものだった。

アノオンナヲク・・・テカラコ・・・タイ・・・チチオヤノカ・・・ンニミチタ・・・シテヤリタイ・・・

『人の苦悩、悲嘆、憤怒、絶望、悔恨を何故愉悦として捕らえてはならぬのだ?娯楽、愉悦に決まった形など無い。人の世でも言うであろう『人の不幸は蜜の味』だと。これは真理の一端だぞ。それを理解せぬからお前は迷い悩むのだ』

忌まわしい耳を貸す価値も無い筈の戯言が甦る。

『良いか人は本能的に愉悦、娯楽を好む。それは自覚していなくとも魂もまた求める。例えるならば獣が獲物を追う時に血の匂いを辿るようにな』

邪悪な醜悪な人を堕落に導く悪魔の誘惑だと言うのに声は耳から脳裏から消えようとはしない。

誘惑は綺礼の心を掴んで離れない。

いや、むしろその存在は一層大きくなっていく。

そしてそれが綺礼を支配しようとしたまさに寸前で

「・・・主よ、御名崇めさせたまえ・・・御国を・・・来たらせ賜え。天に御心の・・・成るが・・・如くに、地にもまた成させたまえ」

震える声で日々の日課とも言える主祷文を口にしたのは綺礼に出来る唯一の防衛本能だった。

敬虔なる神の信徒であると、自分は聖職者であると言う事を主祷文を読み上げる事で言い聞かせそれにより、誘惑に駆られかけた自分を戒め、ばらばらに分解寸前だった自信の心と自我を縛りつけ、己が心に芽生えかけたそれを封じ込めようとし、それは済んでの所で成功した。

黙祷の文を読み上げながら綺礼の内を支配しようとした誘惑も声もその存在を感じなくなっていった。

しかし、他ならぬ綺礼本人が良く判っていた。

声は消え失せたのではなく身を潜めているだけに過ぎない事を、少しでも好機が訪れればその誘惑は声は再び綺礼に囁きかける事を。

だからこそ祈りの声にも力が篭る。

「・・・我らが仇を・・・赦すが・・・如くに我らの罪を赦し賜れ・・・・どうか我らを・・・誘惑・・・に・・・遭わす無かれ・・・我らを悪より救い賜え・・・アーメン」

両の瞳よりとめどなく溢れる涙がどのような感情の発露なのか眼を背け、自分が父の遺骸に抱いた感情を心の奥底に押し込めて封印し、祈りの文は若干の震えが見受けられるが、その動きは淀みなく父の冥福を祈り十字を切った。









父の冥福を祈り終わった後の綺礼の行動は迅速だった。

直ぐにスタッフを招集、璃正の訃報を知らせると共に警察と病院内部の協力者にも連絡をつけて、密かに璃正の遺体を病院に搬送、検死を行ってもらいその間に現場検証を実施、それらに一応の区切りがつき、時臣に連絡を入れたのは日付も変わり夜明け近くの事だった。

寝ずの激務だったが父の突然の訃報から・・・何よりも自分の内に存在する得体の知れないモノから目を逸らすには休む暇も無い激務が一番効果的なものだった。

例えそれが一時的なものに過ぎなかったとしても、今の綺礼には精神的な休息が必要不可欠だった。

『・・・なに?』

綺礼からの急報に時臣の返事はその一言だけだった。

『・・・・すまない綺礼、もう一度言ってくれないか?私の耳がおかしくなってしまったようだ』

しばしの沈黙の後、時臣が発したのは、彼らしからぬ現実逃避じみた声だったが

「父が・・・亡くなりました」

それに対して綺礼は一言一句違える事無く事実を口にした。

『・・・っ・・・』

二回も言われればそれを事実だと認めるしかないのだが、時臣は何か口にしようとして声にならぬ呼吸の塊を口から二度、三度吐き出した後何か重い物が落ちる音と木が微妙に軋む音が魔道器越しに綺礼の耳に届く。

状況から推察するに時臣が全体重を預けるようにチェアに崩れ落ちるように腰掛けたのだろう。

あのような音を発するなど時臣らしからぬ無作法であるが、それだけ璃正の死は時臣にとって衝撃だったに違いない。

その後、重苦しい沈黙だけが辺りを支配する。

それでも立ち直った時臣が口を開いた。

『それで綺礼、璃正神父の死因は何なのかね?』

「・・・検死の結果、死因は心臓に撃ち込まれた銃弾による失血性ショック死」

『ちょっと待ってくれ綺礼』

思わず綺礼の報告を止める。

『じ・・・銃・・・弾だと・・・それはつまりあれか?璃正神父は』

「はい・・・簡単に言えば銃火器による射殺です」

再び言葉を失う時臣。

それに構う事無く綺礼は報告を続ける。

「また、父の遺体から既に銃弾は摘出されており、現状判明している時点で父の殺害に使用されたのは四十五口径の拳銃の可能性が極めて高いと」

『そんな事はどうでも良い!!』

激高するように時臣が叫び、荒い呼吸だけが魔道器から漏れ出たが、自分が大人気ない事を自覚したのか幾分落ち着いた声で

『・・・すまない、綺礼少し取り乱したようだ』

「いえ・・・私も無神経な事を申し上げました」

互いに謝罪しあった後綺礼は報告を続ける。

何しろこの報告の本題はこれからなのだから。

「尚、父の保管していた預託令呪の内二画が譲渡されている形跡がありました。おそらくは今回のキャスター討伐の報奨を受け取ったものと思われます」

それが意味する所を時臣は直ぐに察した。

『!!つまり、報奨を受け取った陣営が璃正神父を?』

「確証はありません。ですが状況を総合的に推察した所その可能性が極めて高いものと」

何かが叩きつけられ、破壊する音が響いた。

時臣としては例えようのない怒りだろう。

魔術師による聖戦であるはずの聖杯戦争において中立の監督役が殺害された。

百歩いや、一億歩譲って魔術による殺害であるならば時臣も怒りはあっても納得は出来る。

しかし、その殺害が時臣を始めとする保守的な魔術師から見れば『下等な手段』である拳銃で殺害されたなど許容出来る筈も無い。

しかもそれを行ったのがあろう事か、その聖戦に参加した誇りある陣営のうち誰かであるというその事実は時臣を打ちのめした。

その屈辱と怒りはキャスターが犯した狼藉の数々にも匹敵、いや若しくはそれ以上のものだった。

『・・・綺礼、キャスター討伐で報奨授与対象の陣営は判明しているのかね?』

「その件は父が生前書き残していました。ます直接討伐したエクスキューター陣営は文句なしで報奨に加えて十二時間の休戦権利が与えられます。そして昨夜の未遠川での戦闘に加わったセイバー、ランサー、ライダー陣営も報奨対象に。バーサーカー陣営に関してはキャスター陣営と手を組みキャスター討伐妨害したと判断、報奨授与対象外に加えてペナルティも検討するべきと。そしてアーチャー陣営については、スタッフからは報奨対象に加える事を疑問視する声も上がってはいましたが、父が説得して何とか報奨対象に組み入れました」

その声に璃正の手際の良さを心底から感謝したのだろう、安堵の息を吐いてから

『つまりは報奨対象であるエクスキューター、セイバー、ランサー、ライダーこの四陣営の内誰かが令呪を受け取った後璃正神父を殺害したと言う事かね』

そう言う時臣は自分とバーサーカー陣営を除外している。

「はい、おそらく動機は他の陣営に報奨が行き渡るのを疎んでの事でしょう」

それに関して綺礼は特に何も言わずに、時臣の推察を肯定する。

と言うのも、綺礼も時臣と雁夜が璃正を殺害した可能性は皆無だと見ていた。

何しろ時臣は遠坂の家訓である『常に優雅たれ』をおそらく歴代の遠坂の中でも最も尊守している。

その時臣が監督役を、それも己の父の代から深い交友を続ける璃正を己が私欲で暗殺するなど、優雅とは最も程遠い無様極まりない行為だ、それを行う筈が無い。

もしも万が一綺礼が見立てを誤り時臣が璃正殺害の真犯人だったとしてもなぜ拳銃を使ったのかと言う疑問に達する。

魔術以外の科学技術を『下等な手段』と侮蔑する典型的な保守派魔術師である時臣が、その下等な技術の結晶とも言える銃火器を暗殺に用いるなど考えられない。

暗殺するならば魔術によって行う筈だ。

またバーサーカー陣営もまずありえないだろう。

まず、既にバーサーカー陣営は報奨授与対象外に追い遣られており、璃正をどれだけ脅迫しても璃正がそれに屈するとは思えない。

何よりもマスターである雁夜は時臣によって瀕死状態にまで追い詰められている。

時臣は雁夜は既に死亡、バーサーカー陣営も敗退していると高を括っている。

綺礼が雁夜に応急措置を施したとしても所詮は焼け石に水に過ぎず、あのまま放置されれば程なく死亡するだろう。

仮に奇跡的に回復したとしてもあの身体で直ぐに教会まで赴き璃正を殺害する力があるとも思えないし、何よりも綺礼は雁夜を間桐邸に捨て置いてから直ぐに教会に戻ったのだ。

いくら自身の所業に困惑し思考の迷宮に陥った事で現実の歩みが遅くなった事を考慮しても五体満足な綺礼を追い抜いて半ば死人に等しい雁夜が教会に先回りして璃正を殺害して綺礼に気付かれる事も無く姿を消したなど考えられない。

状況を鑑みても雁夜は容疑者から除外して問題は無い。

そうなれば璃正暗殺は時臣が上げた四陣営のうち誰かが行ったと考えるのが妥当だろう。

と、そこで思い出したように

『そういえば綺礼、璃正神父の腕に刻まれていた預託令呪はどうなった?』

その問い掛けに綺礼は一瞬口を噤んだ。

しかし、次には

「・・・父からの信託を受けて・・・私が受け継ぎました」

事実を口にしていた。

やはり、時臣に対して犯した叛意の数々の後ろめたさに加えて、父の死により自身の本質を見せ付けられかけた事による精神的な疲弊がこれ以上の嘘をつかせる事を躊躇わせたようだった。

『そうか・・・璃正神父の目は最後まで一片の曇りも無かったのだな・・・綺礼、君なら璃正神父の後を継ぐすばらしい監督役となるだろう』

溜息交じりの感嘆の声を発する。

時臣から見ればそれは紛れもない賞賛の言葉であるが、今の綺礼にはそれもわずわらしかった。

『綺礼、早速だが君に頼みがある』

そう言って発した時臣の声は歴戦の魔術師のそれに立ち戻っており、表面上だけだとしても璃正の死から立ち直った様子だった。

「頼み・・・ですか?」

『ああそうだ。実は・・・』









それから数時間後、突如冬木の空に魔術師のみが察知する狼煙と信号が舞い上がる。

だが、その信号は余りにも不可解なものだった。

信号は『緊急』、『停戦』、『集結』だった

それを受けて各陣営やはりというべきか、使い魔を教会に遣わそうとする。

いや、実際には遣わしたのだが、教会にいたのは監督役の男ではなく歳若い青年だった。

『使い魔での来訪には心より感謝するが、此度は使い魔経由で話せる内容ではないのだ。聖堂教会が全責任を持って各陣営の身の安全を保証するので全陣営は直接教会に集まって欲しい』

そう言って使い魔に対し恭しく一礼した。

その丁重とも言える言葉使いと腰の低すぎる態度に首を捻る陣営もいたが、使い魔経由でその姿を見たある陣営は表情を歪ませる。

何故ならばその人物は数日前、自分達と一戦交わし完敗した相手・・・言峰綺礼だったからだ。

その姿を見て表情を歪ませた人物・・・アイリスフィールは直ぐに舞弥と相談する。

こう言った時、相談するべきはサーヴァントであるセイバーであるのだが、昨夜の諍いが未だ尾を引いているのか、セイバーとアイリスフィールは屋敷に帰還してから一言も会話を交わしていない。

「どう見る?舞弥さん」

「・・・判断が難しい所ですが、監督役としてではなく聖堂教会が全責任を持って身の安全の保証の確約を誓約したのです。これで危害が加えられたとすれば監督役の信用もそうですが聖堂教会の信頼にも傷がつきます。身の安全については信用して良いかと」

「でも・・・なんで監督役ではなくあの男が・・・言峰綺礼がいるの?」

「それについては・・・」

脱落したとは言え、綺礼も参戦者の一人である事を考えれば監督役の息子である事を鑑みても、その立場にいるなどありえない。

「・・・何かあったみたいね・・・」

「はい」

あいまいだがそう結論つけるしかない。

「どちらにしろマダム、教会の招集に応じるべきです。今しがた切嗣経由でミスターから連絡がありました。ミスターは既に教会に到着したそうですが、教会内に入るのは少々困難だと」

「困難ってどうして?シロウ君にはアサシンレベルの気配遮断のスキルが備わっているはずよ」

アイリスフィールの疑念も最もだ。

現に、士郎は数日前にも教会に潜入している。

それに対して舞弥も説明を怠る事はしなかった。

「それが・・・教会の周囲に気配遮断専用の結界が張られていと」

「・・・結界が?」

「はい、ミスターが調査した所、この結界に足を踏み入れると存在が察知される上に気配遮断のスキルを一時的に封印される可能性があると言う事です。どうもミスターに密かに教会に入る事を見通しての事かと」

士郎の気配遮断のスキルは気配を消すのではなく周囲と呼吸を合わせる事で気配を周囲に溶け込ませるスキル。

それゆえに結界に入り込めばその技術を乱される。

察知されるだけならばまだしもスキルを封印されるのは痛手としか言い様が無い。

士郎の強みは多彩な剣の投影、百戦錬磨の戦闘経験とそれに裏打ちされた技術の数々、そしてアサシンも顔負けの気配遮断なのだ、そのうちの一つでも欠けるのは宜しい事態ではない。

「・・・監督役が現れない事に加えて、あからさまなシロウ君対策と思われる結界・・・ますます怪しいわ」

「では・・・出席はやめますか?」

舞弥の問い掛けに口元を白魚のような白く細い手で隠しながらしばし思案する。

だが、それも本当にしばしの事でアイリスフィールは決断した。

「いいえ、教会に向かいましょう。監督役が現れず、直接教会に全陣営の出頭を要請。おまけに中立地帯である教会にしては厳重な結界・・・よほどの非常事態が起こったのだと考えるのが妥当よ。舞弥さん、申し訳ないけどセイバーを呼んできて」

その言葉に舞弥は直ぐには頷かなかった。

だが、それは教会に向かう事に異議を申し立てる為ではなく

「・・・僭越ですがマダムここはご自身で、セイバーを呼びにいかれた方が良いのでは」

セイバーとアイリスフィールの関係について案じたものだった。

昨夜の仲違い後、気の毒になるほど深く落ち込んだアイリスフィールの姿に思う所があるのだろう。

その進言に若干表情を曇らせる。

「・・・それも考えたのだけど・・・」

言葉は少なげだが、昨夜の出来事はセイバーには無論だが、アイリスフィール自身にも深い重荷となっている事は舞弥の目に明らかだった。

やはり一夜で和解出来るほど浅い溝ではないと言う事だ。

「判りました。マダム、セイバーを呼んできます。それと、切嗣から伝言です。教会に向かうのであれば、到着する前に盗聴器を起動させて置いて下さい。ミスターが教会に入れない以上、それで中の様子を伺うとの事です」

その苦悩を言葉少なげなアイリスフィールの姿から察したのかあっさりと前言を撤回した。

「ええ、判ったわ」

このような会話の後、アイリスフィール達はワゴン車に乗り込み、教会に向かう。

舞弥が運転を担当し、セイバーは助手席、アイリスフィールは後部座席に座る。

ギクシャクした空気が未だ続いているからこそこういった席にしたであろうが、ある意味無駄な努力だったと言える。

車に乗り込み、教会に到着するまでの間舞弥、セイバー、アイリスフィールの間に会話は一切無く、その空気は重苦しかった。

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