本屋での一騒動も終わり、早速帰宅してウェイバーと対戦プレイに興じるものと思われたが、予想に反してライダーはウェイバーと士郎を引き連れて練り歩きの続行にに加えて今度は食べ歩きにまで興じ始めた。
色々とやらかそうとした(主には買占め)ライダーをウェイバーと士郎が二人係でようやく引き止め、帰宅の途に着こうとしていたのはもう夕暮れも近い時間帯だった。
後しばしの後には再び一帯は夜に支配される。それはすなわち聖杯を巡る戦争が再開されるということに他ならない。
だが、それを判っていてもウェイバーの胸中には開戦前まで支配していた不安も恐怖も欠片すらない。
何故ならば知ってしまったのだから。
自らと契約したサーヴァントの桁外れの強さを。
『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』・・・
眼を閉じずともまざまざと思い返す事が出来る。
熱風の吹き荒ぶ荒野に集うあまりにも輝かしい英霊達の軍勢を。
そしてそんな彼らの陣頭に当然のように立ち、自らの王道を誇り高く掲げた威風堂々とした王の姿を。
そして王の号令と共に王の敵を文字通り一蹴した姿を。
あのような超宝具を持つ男にどうして勝てると言うのか。
おそらくライダーは当然のように勝ち進み最終的には勝者として聖杯を手にするだろう。
そう・・・マスターであるウェイバーはただのおまけ、付属物として・・・
ウェイバーの胸中には先程も記したように不安も恐怖もなかった。
だが、それと同時に期待も高揚感も存在しなかった。
そもそもウェイバーがこの苛烈極まりない生存戦争に身を投じた最大の理由は聖杯を得る事ではなく、周囲からの侮蔑、軽視を見返し、この聖杯戦争で自分が一人前の魔術師である事を照明する為であった。
しかし、ふたを開けてみれば待っていたのはウェイバーの存在など眼中にも無いような展開・・・殊にマスターであるはずのウェイバーを無視して勝手気まま自由気ままに戦うサーヴァントがいた。
おそらくライダーは当たり前のように敵サーヴァントを打ち破り、当たり前のように最後の勝者として聖杯を手にするのだろう。
そしてその時ウェイバーはどのように見られるのか?
その様なこと考えるまでも無い。
最初から最後までライダーの影に隠れて怯えながら勝者の座を掠め取った腰抜け
ライダーという最強のサーヴァントを引き当てただけしか功績の無い役立たずのマスターでしかない。
それを想像するだけでウェイバーは気が狂いそうになる。
だが、万に一つの可能性でライダーが敗退するという可能性を考えると今度こそ発狂するしかない。
何故ならば、ライダーのような強大なサーヴァントが敗れる可能性を突き詰めれば、それはすなわち無力かつ無能なマスターがこの男の足を引っ張ったが為であるという状況しか思いつかない。
役に立たないだけの無能ならばまだぎりぎり耐えられる。
しかし、足を引っ張ることしか出来ぬ無能かつ有害なマスターである事には到底耐えられない。
勝者であったとしても敗者であったとしてもその覆しようの無い現実にウェイバーは打ちのめされそうになる。
(どんな結果になったとしても・・・自分はきっと何も変わらない!!)
強大すぎるサーヴァントの傍らにあるが故に自分の弱さ、卑小さ、惨めさを思い知らされる現実。
それは時計塔での屈辱に日々がどうでも良く感じる程だった。
「おいおい、何黙りこくっておるのだ?坊主」
と、頭上から間延びした馴染みの声が降り注ぐ。
誰なのか確認するまでも無いが条件反射で振り仰ぐと、そこにはいつもの子供じみた無邪気な笑みを浮かべたライダーがいる。
見上げなくてはならぬ角度が極めて癪だった。
見下ろされる角度がどうしようもないほど忌々しく悔しかった。
口からライダーに対する八つ当たりに等しい罵声が出掛かるのを押し留め、無言を貫いたのはウェイバーのせめてもの意地、若しくはちっぽけなプライドだったろう。
それをどう勘違いしたのか
「ああ~すまんのう坊主、早くこいつをやりたくてうずうずしておるのだな安心せい、戻ったら直ぐに」
「違う!!」
ずれた返答のライダーに忍耐の許容量が容易くオーバーしたウェイバーは声を張り上げて否定した。
「なんでだよ・・・なんでお前みたいな強いサーヴァントが召還されるんだよ!お前のような勝って当然なサーヴァントを引き連れて勝ったって何の自慢にもなりはしないじゃないか!何も変わりはしないじゃないか!!それだったらアサシンやキャスターを呼んだほうがまだやりがいもあったさ!」
ライダーからしてみれば、それはとんだ八つ当たりかとばっちりに等しく、その様な理不尽な罵声を受けて怒る所だったのだが、ライダー自身はさして怒っている風でもなく鼻の頭を人差し指でかきながら
「ん~、そりゃ無理、無茶通り越して無謀だぞ坊主、たぶんとっくの昔に死んでいるぞ」
「良いんだよ!僕が僕の戦いをして死ぬんだったら無念はあっても納得はするさ!でも今はなんだよ!あたり前のようにお前が前に出て僕を無視して勝手に仕切って・・・何の為に僕はここに来たって言うんだよ!」
柳に風のようなライダーの態度にますます激高するウェイバーであるがそれを
「まあまあ、落ち着け坊主。焦る事もないだろう。お前にとってこれが自分の人生全てを賭けるに等しい大舞台と言う訳ではなかろうに」
「何を!!」
馬鹿な事をと言いかけてウェイバーは口を噤む。
今更だが思い出した。
この男にとって聖杯戦争も聖杯も後の世界征服を成し遂げる為の手段に過ぎないと言う事に。
手段としか見ていないライダーに、この聖杯戦争が自分にとって一世一代の大舞台と言ってしまえば自分がライダーの風下に立ってしまう。
「坊主、貴様が自分の生き様に意味を意義を見出したならその時は、嫌が応にも自分の為に戦わねばならぬ。己がその全てを賭す戦いをその時に求めても決して遅くは無い」
一転して諭すような口調で静かに語るライダーに気圧されながらも、その思考の片隅では別の事を考えていた。
それは昨夜の聖杯問答の事。
目の前の男は聖杯に望む願いを受肉だと、第二の生を得る事だとはっきりと言い切った。
最初は内心で呆れ果てていた。
万能の願望器である聖杯にその様な願いで浪費する大馬鹿野朗だと断じて疑わなかった。
だが、時間が絶つにつれて別の考えがもたげ始める。
自分達はライダーの願いを愚かだと思っているが、もしもライダーにとって聖杯と己を天秤にかけた場合、己の方がより重くより尊いのであればその願いは何一つ矛盾しない筈だ。
聖杯よりも重く尊いと断ずる事が出来るこの傲慢さと誇り高さは一体何処から来ると言うのか?
『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を目の当たりにした事でその疑問は瞬く間に膨れ上がりその答えを征服王の伝記に求めた。
だが、全て読まずとも判った。
目の前の男の雄大さを、強烈さを。
何よりも戦場で合間見えた全ての英傑達を従えるのではない、心酔させて従いたいと思わせる破格ともいえる器の大きさを。
結局認めるしかないのだ。
ライダーの願いに矛盾が無いと言う事に。
その願いを嘲笑するならば、それはすなわち嘲笑したものはその願いよりも更に下の存在なのだと言う事を。
だからこそ、あの時黄金のアーチャーはライダーを対等の存在だと認めたのだと。
「・・・お前には何の不満は無いのかよライダー」
「??不満だと?不満など・・・まあこの肉体が仮初である事と坊主貴様がもう少し良い体格をしておればよかったぐらいかのう」
その時、ライダーは冗談っぽく返答したが、それはウェイバーには一層の屈辱として聞こえた。
「そうじゃないだろう!!お前は僕との契約は納得してないんじゃないのかよ!!僕みたいな半人前よりもましなマスターと契約していればもっと簡単・・・とっくの昔に聖杯を手にしていた筈だと思わないのかよ!!」
例えばケイネスのような一流の魔術師がマスターであれば・・・
そう口を開きかけた所でライダーはおもむろに世界地図を取り出す。
これは買ったものではなく、図書館襲撃事件の折に盗みだした代物の一つだ。
「坊主ちょっとこれを見てみろ」
そう言ってウェイバーに向けて見せたのは最初の見開きページに網羅された世界地図。
「これこそ余が受肉した暁には戦いを挑み征服せねばならぬ敵の姿だ。でだ坊主。この隣に余と貴様を描いてみよ。対比が良く判る様に」
突然そのような事を言われてウェイバーは思わず世界地図をまじまじと凝視する。
本来の世界の広さの何十万分の一にまで縮小した、地図の隣に自分とライダーの姿を描けと言われ途方に暮れた。
かつてテレビで米粒に絵を描く達人の事を紹介したのを思い出したが、あれでも大きすぎる。
その米粒を粉々に砕いて、その中から最も小さい粒を選びそこに人物画を描いてようやくセーフかもしれない。
だが、そもそもその様な極小以下の粒に人物画を描くなど人間には到底不可能だ。
「何言っているんだよお前?そんなのは」
「描けぬであろう?どのような神の腕前を持つ芸術家でも出来ぬ、極細の筆でも太すぎ、針の先ですら描けぬ。つまりはそう言う事じゃよ。これより先挑まねばならぬ敵の前では余も貴様も極小の点ですらない。だから釣り合いも何をあったものではないのさ」
そう言っていつものように豪快に笑い飛ばしてから
「挑み征服せねばならぬ敵に比べればこの肉体はあまりにもちっぽけあまりにも至弱、あまりにも極小。これ以下が無いほど小さい、貴様も余もな。そんな二人が体格を競い合った所で何になると言うのだ?」
「・・・」
「だがな、ちっぽけだからこそ余は滾る。至弱だからこそ余の胸は躍る。弱小?極小?大いに結構ではないか。これ以下が無いこの身で巨大なる世界を制しいつかは世界を凌駕する。その大望を胸に抱き、躍らせる。これこそが征服王の鼓動に他ならぬ」
そう言われてウェイバーは俯く。
その表情はいまだ暗い。
ライダーは色々言っていたが結局は笑われたに等しかった。
ウェイバーの重苦しい苦悩もこの胸に蓄積し続ける怒りも目の前の征服王の前では関心すら抱く価値も無い小さいものなのだと断言されたに等しい。
少なくともウェイバーはそう感じ取っていた。
「つまりさ、お前にとって僕はどうでも良いってことなんだろ?どんなに弱かろうともさして問題にもならないって」
「やれやれどうしてそういった結論になる。自分を過小評価しすぎるぞ」
そう言ってライダーは苦笑しながらウェイバーの背中を叩いた。
遠慮も無い一撃に思わず背筋を伸ばした。
「坊主貴様は自分の弱小ぶりを自覚している。だが、それでもそんな自分から抜け出したいと足掻いておる。傍目から見れば無様でみっともないかも知れぬ。しかしな余の眼には貴様は余と同じ覇道を胸に抱く同士なのだ。己の分を弁えぬ高みに手を伸ばし続ける大馬鹿者同士なのだ。その同士を何故笑う?」
「大馬鹿者って・・・それ、褒めているのかよ?」
「無論よ、余はな感謝しているのだ聖杯に。たとえ力はあろうとも己の分を弁えた小利口な奴がマスターであれば不平、不満、不服とまでは行かずとも窮屈さは感じておったであろう。だがな実際にはマスターは余と同じ己のみでは抱えきれぬ欲望を抱き続けている坊主貴様であった。『彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)』。余と貴様の生き様はまさしくこれが当てはまり、これは余の時代では人生の基本であったのだ。だからこそ断言できる。余は余と同類の大馬鹿者との契約が実に快いものであり、何度も言うようだが、この縁を結んでくれた聖杯に心から感謝しておるのだ」
そこまで言われてウェイバーは一言もなく眼を逸らした。
つくづくだが、このサーヴァントは嬉しくもない・・・むしろ屈辱に感じるような事に関しては自分を褒め称える。
考えてみれば昨夜もそうだった。
ウェイバーから見れば地味で面白みも無い下の下の手段でキャスターの根城を探り当てた時も、キャスターの根城での惨状のおぞましさに思わず嘔吐した時も、ライダーは見当違いの方向でウェイバーを認め褒め称えていた。
だが、この偉大なる征服王に褒め称えられたと言う事は紛れもない事実であり、その事をどう言葉にして良いのか全くわからずどんな表情でライダーと向き合えば良いのか判らず、結局眼を顔を逸らすしか手段は無かった。
それでも何か口を開かねばと思ったその時、ライダーは当然のように
「ではここで別れるとするかエクスキューターよ」
「へ?」
と振り合えるとそこには当然のように士郎がいた。
「やっぱり駄目ですか?」
「無論よ。これ以上行動を共にするのはさすがに余の一存では決められぬからの」
「おいこら!ちょっと待て!!そこの馬鹿二人!」
当然のような会話をする二人にウェイバーは数秒前までの心情を異世界にまで追放するとライダーにまず詰め寄る。
「ライダー!!お前、エクスキューターが尾行していたのを気付いていたのかよ!!」
「ん?あれは尾行だったのか?あまりにも堂々と着いてきておったからてっきり貴様も黙認しておったとばかり」
「んな訳ないだろうが!!!それとエクスキューター!!何堂々と尾行していやがるんだよ!!どうせならもっと尾行らしい尾行していろ!」
「いや、最初は普通に尾行しようとしたんだけど、あまりにも無警戒だったものだったからてっきり招待してくれるものかと」
「んな訳ないだろうが!!」
ウェイバーの罵声にしれっとした表情で返答するライダーと士郎。
その姿にウェイバーは憤懣やるかたないと言ったものだった。
皮肉だが、ライダーと濃厚に付き合ってきただけに判った。
ライダーのそれは本気であるが士郎のそれは明らかに演技であると。
ウェイバーは士郎が堂々と尾行していたものと思っているようだが、実際は無論だが違い、いつもの隠密態勢(霊体化+気配遮断)でライダー達を尾行、どうにかしてライダー達の根城の探索を行おうとした。
だが、その隠密態勢をまさかライダーに見破られるとは思わなかった。
霊体化だけならばまだしも、気配遮断を見破るスキルなどライダーは取得していなかった筈だが、一体どうやってと考えた士郎だったが、考える事は直ぐに止めた。
(どうせ勘で言い当てたと言うだろうし、あの人の場合それで納得しちまうからな)
士郎の内心も知ってか知らずか、ライダーはしてやったりと子供のような笑みでいるし、ウェイバーは自分が舐められたと感じているのだろう、顔を真っ赤にして士郎に詰め寄っていたが、不意に表情を強張らせ士郎もライダーも意識を戦闘モードに切り替えていた。
何が起こったのか口にするまでも無い、空気中の魔力に異常な乱れが生じている。
ウェイバーが表情を強張らせたのも魔力の異常な乱れに同調して自身の魔術回路が出鱈目に起動しているからだった。
「・・・感じたか?」
「ええ、川ですね」
短く言い合う二人にウェイバーをからかっていた時の面持ちは一原子も存在しておらず、それがウェイバーに新たなる戦いの始まりをいやと言うほど認識させた。
聖杯戦争は再開されたのだと。
突然引き起こされた魔力の乱れを感じ取ったのは何も士郎達だけではない。
聖杯戦争に参加している残存陣営の大半がその異常を察知し、すぐさま動き始める。
その中の一つランサー陣営もまたその一つであり、ランサーは一人冬木センタービルの屋上にいた。
無論、キャスターの補足およびその撃滅の為だ。
マスターであるケイネス、ソラウは仮の根城である廃工場で待機してもらっている。
ケイネスを戦場に連れ出すのは論外であるし、ソラウは今のケイネスよりはましであるにしても、所詮は深窓の令嬢。
戦闘においてどれほど役に立つかはなど論ずる価値も無い。
ならば、未だ判明していない廃工場で待機してもらった方がはるかにましだった。
探索途中で突然の魔力の乱れを察知したランサーがいたのはちょうどそこにおり、そこから魔力の乱れの方角を観察出来た。
(ラン・・・サー・・・聞・・・こえて・・・いるの・・・か!ラ・・・ンサー!!さっ・・・さと応・・・答しろ!!・・・こ・・・の・・・のろまが!!)
そんなランサーに念話での呼び掛けがあった。
呼びかけと言うよりは罵声と呼んだ方が適切であっただろうし念話の音声も極めて悪い。
そんな罵声に対してランサーは静かに表向きは礼節に則った恭しい、その実義務的な礼儀しか篭っていない念話で応答した。
(申し訳ありません主よ。先程より起こった異常事態の源を偵察)
(そ・・・んな事・・・をせずとも・・・・キャ・・・スターの仕業・・・に決まっ・・・ているだろ・・・うが無能・・・め!)
ランサーの報告を遮るように更なる罵声を飛ばすのは彼のマスターであるケイネスだった。
アインツベルンの城で切嗣と交戦しその結果、魔術回路を含む人体の全てを破壊されたケイネスであったのだが、夜が明けてから直ぐにソラウを経由してアーチボルト家のコネを最大限活用し、ようやく日本在住の今は封印指定まで受けた人形遣いとコンタクトを取る事に成功、後日謝礼を支払う事を誓約書にしたためてケイネスの身体機能の回復を依頼。
一先ずは両腕の機能回復と擬似魔術回路を埋め込みに成功した。
だが、前者はともかく後者に関しては完全な消耗品扱いであり、四日から五日どれだけ長く見積もっても七日ほどでその機能は完全に停止するので魔術師としての復活とは程遠い。
かと言って、複数回の移植は身体に負担が大きすぎると言われているのでそれは断念せざるおえなかった。
それでも初歩的であるとは言え魔術の使用や知覚の共有、更には念話の使用も出来る事は大きい事であるに違いは無い。
間に合わせの擬似回路である為、魔術の効力や知覚、念話その性能が悪くなる事は眼を瞑っていればだが。
だが、ケイネスの聞くに堪えない罵詈雑言の数々は自身の現状に対する怒りをランサーにぶつけている八つ当たりではない。
その側面もあるかもしれないが本当の理由は別にある。
あの日・・ソラウがケイネスから令呪強奪を企て、それをランサーが阻止してからケイネスとランサーの関係は劇的に悪化した。
ケイネスの眼前で行われたソラウの本心の吐露が、ケイネスの胸中に燻っていたランサーへの不信感、それに火をつけてしまった。
それも小火所か大火レベルのそれを。
それからというもの、ケイネスはランサーに対して口を開けば無能扱い、姿を見せずにいればのろま呼ばわり。
口を閉じていれば内心で馬鹿にしているのかといちゃもんをつけて、姿を見せていれば見るだけで不快な存在だと、子供の癇癪の方がましと言うレベルの醜態を見せていた。
ランサーに対する罵詈雑言のあまりの酷さにソラウが声を荒げてたしなめようとしても、手こそ上げなかったがソラウに対してまで、今まで口にした事の無い口調と声で罵声を浴びせかける始末。
その剣幕にソラウもすっかり怯えきってしまい、それからは腫れ物に触れるような態度でケイネスに接し、それがケイネスの感情を更に逆撫でし、その結果その怒りを更にランサーにぶつける悪循環に至り、もはや手に負える状況ではなかった。
ランサーは早々にケイネスをとりなす事は不可能だと判断、彼の前では罵声の数々を聞き流す事に徹底して無味乾燥した礼儀だけに従事している。
皮肉と言えば皮肉だが、この時点でようやくケイネスは彼にとって理想的な主従関係・・・表向きだけは完全なる支配と服従を確立させる事に成功させた。
だが、それもランサーへの怒りに身を任せているケイネスには気付くよしも無い。
(御意、間違いなくキャスターです。川に陣取り何か儀式めいた事を行っております。子細まではわかりかね)
(判り・・・きった事・・・を言う・・・な!!さっさと・・・キャス・・・ターを討ち取・・・ってこ・・・い!それし・・・か能・・・のない分・・・際で!)
報告すら許さないケイネスの横暴ぶりにランサーは静かに眼を閉じる。
その胸中の苦悩の大きさ、重さが如何ほどであるのか余人には思い至る事も出来はしない。
だが、眼を開いた時にはその様な素振りを見せる事もなく静かな決意と戦意のみをその眼光に湛えさせ
(御意)
ただ短い一言だけ残し、ランサーはむき出しの鉄骨から虚空に身を躍らせて隣のビルの屋上に飛び移る。
そのままビルからビルへと移動しながらランサーは一路キャスターの下へと駆け抜ける。
時を同じくしてこの異常事態を察知した各陣営は一路その元凶の元へと向かう。
第四次聖杯戦争における最大規模の戦いの一つであり、聖杯戦争の終わりの始まりを告げる戦いとも呼ばれる『未遠川決戦』はその舞台と役者を整えつつあった。