ライダーの見立て通り、『お好み焼き』の店内は賑わいを見せていたがちらほら空きが出来ていた。

時間から見てもお昼のピークが終わりつつあるのだろう。

「いらっ・・・しゃいませ!」

入店してきた二人組み・・・片や全身黒ずくめに眼深に被った帽子の男。

片や冬の時期にジーンズにTシャツ一枚という大男を出迎えた店員は一瞬言葉が詰まり、表情も引き攣りかけたが、それでもにこやかに接客を続行したのは流石と言うべきだろう。

「お二人様でしょうか」

「ええ二人です、出来ればテーブル席か座敷席があればそっちで」

「はい、ではご案内したします」

見た目とは全く異なる士郎の礼儀正しい応答に安心したのか、二人は奥の座敷席に案内される。

「ほう、これがタタミと言う奴か」

「ええ、あ、ちゃんと靴を脱いで上がって下さい。礼儀に反しますから」

そういって靴を脱いで座敷に上がり、それから帽子とコートを脱ぐ士郎に習ってライダーも靴を脱いで上がる。

「お?テーブルに鉄板があるぞ!」

「ええ、この店は下ごしらえだけして、その後は自分で焼いて食べる店です。ほらそこに作り方の書いた紙が貼ってあるでしょう」

ライダーに説明しながら士郎は懐かしい記憶を思い出していた。

ここは部活での打ち上げに良く使われていた。

当時士郎は手を覆う火傷の跡の為、大会には出なかった事を慮って参加する事には消極的だったが、悪友である間桐慎二や、美綴綾子に半ば引き摺られるように参加させられた物だ。

(そう言えば・・・この世界の慎二はどうしているんだろうな?俺の時は間桐の魔術師に仕立て上げられていたがこの世界じゃ、その役割を桜が担っている以上は・・・魔術を知らずに平穏に生きているのか?)

「なんと自分で焼くのか!いやはや世界は広いのう!その様な楽しみを提供する店もあるとは!」

士郎のそんな郷愁を知ってか知らずか、子供の様に眼を輝かせるライダー。

「さて、何を食うか・・・」

そう言ってメニュー表を手に取りあれこれ思案する。

「うむ・・・色々目移りして迷うのう・・・よしこうなれば」

「メニュー全部頼むのは無しですよイスカンダル陛下」

ライダーの発言から嫌な予感がしていたのか、それとも今まで付き合ってきた経験則から先回りしたのか、はたまたその両方なのか不明だが、ともかくも士郎はライダーに釘を刺した。

「何と!だが、これだけ美味そうな料理がある以上、全部食ってやるのが礼儀と言うのもではないか!」

「自分の金なら、何万、何十万使おうとも俺は意見も文句も言いませんが、それはあなたのマスターの金です。その事を忘れないで下さい」

ライダーのハチャメチャな論理に付き合う事無く、冷静な表情と声で正論を返す士郎は、長年の付き合いのなせる技だった。

もしもここにウェイバーがいれば、ライダーと士郎の関係に怪訝になる前に、いとも容易くライダーをあしらう士郎の手腕に感動するだろう。

「むううう・・・これも良いが・・・あれも捨てがたい・・・むううう・・・ではこれに・・・いやいや、あれにしてみるのは・・・ぐぐぐぐ・・・やはりいっそ・・・」

士郎に窘められて渋々選ぼうとするが、猛獣のような唸り声を上げながらメニュー表と睨めっこしている。

このまま行けば、本当にメニュー全て頼むと言う暴挙に及びかねないと判断した士郎は助け舟を出す事にした。

「何にするか迷うなら、この店の一番人気を頼んでみたらどうですか?」

「一番人気?その様なものがあるのか!」

「ええ、ほらここに」

そう言って指差した先には料理の写真の隣に手書きで『店長お勧め!人気NO1』と書かれている。

「ほほう!成程な、でかしたぞエミヤ!ではこれにするとしようか!」

士郎の進言にすっかりご満悦なライダーはほんの数秒前までの悩みようが嘘のようにあっさりと決めてしまった。

「じゃあ、俺もこれにするか。すいませーん!」









食事自体は特に記す事は無く平穏に(ライダーを知る者から見れば)済んだ。

頼んだ品・・・モダン焼きを士郎から教授を受けて・・・これも本来なら士郎に焼かせれば良かったのだが、『自分がやってみたい』と言い出した為・・・実に楽しそうに焼き上げ

「うむ美味い!実に美味い!絶品だ!!自分で焼いたのだから尚更美味い!」

出来上がったモダン焼きをこれまた満足そうに舌鼓を打つ。

いちいち大声を上げるその姿は迷惑なのだが、クレームとかではなく、ただ純粋に絶賛している為なのか店員も他のお客も苦笑するだけで、咎める者が皆無だったのが、ありがたいのか申し訳ないのか士郎としては複雑な心境であった。

食事も終わり、会計を済ませ、店を後にした二人は商店街の片隅にある自動販売機に移動した。

そして当然のように財布から小銭を取り出すと

「エミヤ、何を飲む?これも余の奢りだ」

「主語を間違えないで下さい。何度も言いますけどあなたのマスターの金ですよ」

「細かい事を言うでないわ」

「お願いですから細かい事を気にして下さい」

漫才じみた掛け合いをしながらもライダーは士郎の小言など何処吹く風と、缶コーヒーを二本買い一本を士郎に投げてよこす。

「ほれ確かお前、これを以前も飲んでいたな?」

「最初からこれにする気だったのなら聞く意味あったんですか?」

「まあ、それはそれと言う奴よ。気にするでない」

豪快な返事と屈託の無い笑み、いつものと言えばいつもの常套手段である。

それにはぐらかされてしまう自分も自分かと内心で苦笑する。

「さてと・・・」

缶コーヒーを一息で飲み干すとライダーは表情を引き締める。

どうやら真面目な話なのだろうと士郎も今までの気楽な空気が一変した。

「所でエミヤ、昨夜言っていたあそこにはもう行ったのか?」

昼間だし場所も場所と言う事は理解してくれているのか、ライダーは小声で更には主語をあえて抜いて尋ねてきた。

他人が聞けば要領を得ない会話だが、士郎は直ぐに

「はい、あの後セイバーと直ぐに」

短くだが、簡潔に答えた。

「ただ、一足違いだったみたいで、既にものけの殻でした」

「左様か・・・すまんなエミヤ。余の短慮で」

「いえ、昨日も言いましたがやってしまったものは仕方無いです。それに・・・なんとなく納得できました。あれをあのまま放置するというのは、英霊以前に人として出来ませんから」

「あれは胸糞悪かったからな・・・??ん、ちょっと待て、エミヤ何故知っている?お前・・・もしや」

「・・・」

士郎は無言で首を縦に振る。

「・・・余の方で一つ残らずぶち壊してやった筈だが」

「その後追加してきたようです」

その言葉にライダーは手に持っていた缶(スチール缶)を容易く握り潰す。

「・・・あの下種共が・・・」

口から出てきた言葉は短い一言だけだったが、ライダーの怒りはそれで十分すぎるほど伝わった。

現に、ライダーの怒気が周辺に漂いその一角から人が消えた。

「エミヤ、今度は余にも声を掛けろ。あれを叩き潰すことに関しては全面的に力となろう」

「ありがとうございます。その時には是非ともお願いします。それと・・・そろそろ怒りを抑えて下さい。周りが怖がっています」

ライダーの言葉に士郎は深々と頭を下げて感謝の言葉を述べてから怒りを静める様に懇願する。

「ん?ああすまん」

そう言ったと同時に、怒気は霧散し、士郎達の周辺に人の流れが戻った。

「すまんなエミヤ、かっとなったようだな」

「お気持ちはわかります」

「そう言ってくれれば助かる。それとエミヤ、もう一つ聞きたいのだが」

と、そこでライダーは言葉を区切る。

「お前、あの小娘と随分と仲違いしているようだが何かあったのか?」

随分と突っ込んだ質問してきた。

「・・・」

それに対して沈痛な面持ちで口を噤む。

「先程までしけた面でおったのもあの馬鹿娘の件があったからであろう。でなければお主らしからぬ凡ミスをやらかす筈が無い」

見ていないようでよく見ているライダーの指摘に声も無く天を仰ぐ。

本音を言ってしまえば吐き出して楽になりたい所だろうが、今の士郎とイスカンダルは聖杯戦争の敵対陣営。

敵対陣営のサーヴァントに自分達の弱みを握らせるに等しい行動を取れる筈も無い。

そもそも、そんな事をしてしまえばランサーに自分たちの事を暴露したセイバーとなんら変わりは無い。

沈黙を続ける士郎に自分達の立場を思い出したのだろう。

「あー、そうだな、今のお主と余は敵対しておる。そうも安易な事は出来ぬな」

「お気持ちはありがたく頂戴いたします」

「そう言うのであれば、この戦争が終わった後にでも我が朋友達のもてなしをして貰わねばならぬな」

「・・・あー、やっぱり」

「ああ。座に還る前に全員『エミヤはどうしたのか』と異口同音に問われたからな」

その様が容易に想像できたのか先程と同じく天を仰ぐ士郎。

だが、その表情には憂鬱なそれは消え、微笑を浮かべている所を見て、これを忌諱していない事は明らかだった。

「・・・もしかしなくてもブケファラスも」

「無論よ。相棒もお主にブラッシングされたかったのも肩透かしされたからな。おそらく向こうでへそ曲げておるのではないか?」

「・・・なんかどんどんどんどん借りが積み重なっていくなぁ・・・」

士郎のブラッシングを受ける事が出来ず、ヘタイロイ相手に八つ当たり気味の無双をやらかしているだろうブケファラスをこれまた容易に想像して今度は引き攣った笑みを浮かべる。

それでもその表情に先程までの憂いは消えており、少なからず士郎の精神的な重圧を解きほぐす役割を果たしたようだった。

「さて、腹ごしらえも終わった事だし、練り歩くとするかエミヤ!共をせい!」

「・・・拒否は出来ないんでしょうね」

当然のように士郎に同伴を命ずるライダーに士郎は少し楽になった表情で、こちらも当然のようについていく事にした。









その後に関しては特筆する事は特に無い。

行く店行く店を次々と覗き込みながら子供のように輝いた眼で楽しげに練り歩くライダーの後ろをついていく士郎。

付いて行くだけの様にも見えて、ライダーが勢いのまま衝動買いをしようとするのをあらゆる手段を講じて阻止、ウェイバーの財布を防衛していた。

だが、士郎の健闘も虚しくゲームショップでは阻止しきれなかったが、ここだけで済ませた事は賞賛に値する。

(現にもしもライダーを阻止しなかった場合、財布の資金は半分所かその大半が消えていたはずであり、それを知ったウェイバーからは後々感謝された)

それを購入出来た事にライダーはいたくご満悦だったらしく、そこで練り歩きを終わらせるとそのままウェイバーの入っていった本屋に向かった。

無論だが、士郎も引き連れて。

そして時間軸は繋がった。

「・・・ら、ライダー!何でここにエクスキューターがいるんだよ!」

士郎に大声を上げかけた事を窘められたウェイバーは、小声でありながら糾弾する口調という器用な真似をしながらライダーを問い詰める。

「何、偶然行き会ってのう、昨夜の件の礼を含めて飯を馳走してやっただけよ」

「は、はあぁぁぁ!な、何で」

「何でって決まっていよう。我々が出した情報と受け取った情報、釣り合う筈もあるまい。それを飯だけで補えると言うのであれば安いものだと思うが」

その言葉に声を詰まらせるウェイバー。

ライダーの言う通り、士郎からはキャスターの真名、宝具、おまけにその対処法を聞き出したのに対して、自分達が士郎に提供したのはライダーが破壊し尽くしたキャスターの根城の場所だけで士郎達が求めていた情報だと言う事を差し引いても釣り合いは取れない。

普通ならそこは儲けものとして素知らぬ顔を決め込んでいれば良いのだが、根は小市民であるウェイバーとしては、あまりの割の合わなさに少なからぬ後ろめたさを覚えており、その意味ではライダーの行動はありがたいと言えばありがたかった。

だが、そんなウェイバーのささやかな感謝の言葉を口にするよりも早くライダーは話題を変えてしまった。

「それよりも見てみよ!これを!何と『アドミラブル大戦略Ⅳ』今日発売だったのだ!しかもだしかも!!初回限定版よ!余の幸運A+も伊達ではないわ!」

そう言って紙袋からソフトを取り出して心から嬉しそうにウェイバーに見せ付ける。

見せ付けられたウェイバーはと言えば毎度の事ながら予測を軽く超えるライダーの行動に、もはや数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの馴染みとなった偏頭痛を覚えた。

「・・・あのなあ、そんなのソフトだけ買ったって意味が」

そこまで言いかけてソフトだけ買ったにしてはやけに大きすぎる紙袋の存在を今更ながら思い出したのか沈黙する。

紙袋を見ただけで、ソフトのみならず対応のハードも購入した事を察したからだ。

まあ考えてみれば目の前の男がその様な大ポカをする筈が無い。

「坊主、帰ったら早速対戦プレイだ。安心しろコントローラーも二つ用意済みだ」

「あのなあ、僕はそういった低俗な遊戯に興味なんて欠片すら無いんだよ」

不機嫌そうに鼻を鳴らして一刀両断で否定するウェイバーにライダーは心の底から嘆かわしいと眉を顰めると深い溜息をついた。

「あのなあ、何で自分の世界を狭く捉えたがる?もう少し楽しみを見つけねば人生損をするぞ坊主」

「うるさいな!真理の追究に人生の全てを捧げるのが魔術師ってもんなんだよ。そんなゲームに割ける脳細胞は僕にはこれっぽっちも持っていないんだよ」

そんなウェイバーの言葉に苦笑する士郎。

生前に、ウェイバーが重度のゲームフリークになってしまっていた事を思い出し、思わず微笑ましい気持ちになったからだった。

その事を言ってみるのも面白いかもとそんな思考が頭を微かに過ぎるが、瞬時に却下した。

自分のいた平行世界の出来事がこの世界でも起こるとは限らない。

余計極まりない情報を与える事は、士郎が最も嫌悪する決意も覚悟も無く歴史を故意に捻じ曲げる事に変わりないからだった。

短い時間であるにしてもライダーに付き合った事で、少し緊張感が緩んでしまった己に内心で喝を入れる。

そんな士郎の内心など知らぬライダーがおもむろに一冊の本を棚から取り出す。

「ほう、で、坊主貴様が今興味を持っているのはこの本か?」

それを見て面白い位に動揺するウェイバー。

その態度からして図星らしい。

「ち、ちちちち、違わい!って言うか何で判ったんだよ!」

ウェイバーの台詞から間違いないなと確信する。

自分で白状したも同然である事に気付いてもいない。

「そりゃ、一冊だけ上下逆さまになっておれば誰でも気付くわ・・どれどれ・・・ん?『ALEXANDER THE GREAT』??おいおい、坊主こりゃ余の伝記であろう」

ライダーの指摘に全身の血が顔に集まったように真っ赤になるウェイバー。

おそらくウェイバーのさして長くない人生の中でも、最大級の恥ずかしさだったのだろう。

「変な奴だなあ。何で真偽の判らぬ記録に頼るのだ?その様な代物に頼らずとも目の前に当の本人がおるのだから直に訊けば良いではないか?」

ライダーの言葉が嘲笑やからかい交じりのものであれば恥ずかしさよりも怒りが勝ったであろうが、この時のライダーの口調は心の底から不思議そうなものであり、それがウェイバーの恥辱を更に倍増させる。

「ああ!判ったよ!!訊くよ!訊けば良いんだろ!」

そう良いながら半分泣きが入った顔でライダーから伝記を分捕ると最も気になっていた記述のページを突きつける。

「お前、この伝記じゃあすげえチビだって記されているぞ!それが何でそんなに大男として現界しているんだよ!!」

「なにぃ!余が矮躯だと!!どう言う事だそりゃ!」

それを聞き、ライダーは心底から驚いた声を出す。

「ここの記述見てみろ!お前がペルシアの宮殿を占拠してダレイオス大王の玉座に座ろうとした時、足が届かなくてテーブルを踏み台として用意したって書いているだろう!!」

それを聞くとライダーは

「ああ~なるほどあの時かぁ~あいつとかぁ~そりゃあいつと比べられればそりゃ余も矮躯になるわなぁ」

心底から納得した声を上げた。

てっきり憤怒するかと思っていたウェイバーにとって、ライダーのその態度は意外といえば意外であった。

だが、次の言葉を聞くと顔面を真っ青にさせた。

「かの帝王はな、その器は無論の事その体躯も実に壮大であった。強大なるペルシアを統べるに足りる真の英傑であった。出来るならばあやつも我が朋友として迎え入れて共に戦いたかったわい」

そんな事を実に懐かしそうに、その視線は明らかに見上げて、口にする。

声にも表情にも出さないが士郎も同感だ。

何しろ初めてダレイオス大王を見た時ヘタイロイの面々もそうだが、士郎も絶句し、極めて珍しい事にライダーですら

『なんとまぁ』と一言発してしばし押し黙ってしまったほどだ。

ライダーにしてみればその生涯で唯一度の経験だろう、自分が相手を見上げるなど。

見ればライダーの視線から察したのか、今度は顔面蒼白になったウェイバーが激しく頭を振っている。

自身の精神的安静の為に考えないようにしたのだろう。

「なんだよそれ・・・すっごく納得いかないぞ!」

「あのなあ、それを言い出せばセイバーなんぞは女だったのが男にされておるぞ。余の体格なんぞ笑い話で済ませられるほどであろうに」

そう言っていたって涼しい顔で特に気にもとめていない。

そんなライダーの言葉と表情に思わずウェイバーがライダーの顔を見る。

「なんだよ?怒っていないのか?自分を侮辱するような記述がされているんだぞ」

「何故怒る必要がある?そりゃ歴史に名を刻むと言うのはある意味自分を永遠に生かす方法でもあるがな、余から言わせれば下らぬ事この上ない。こんな書物で永久に生かされて何の価値がある?ここに生かされておれば世界を征服出来るのか?そんなものよりも生身の寿命を十年、いや五年、いやいや三年でも良いから延ばしてほしかったわい」

最後はどちらかと言えば愚痴に近い口調であったが、全体としては苦笑交じりの台詞にウェイバー、そして後ろで聞いていた士郎は複雑な表情を作る。

つい先程ライダーの歴史を紐解いたウェイバーは知識として目の前の男が大帝国を創り上げながら、三十歳という若さでこの世を去った事を知っており、士郎は全盛期のこの男と共に戦場を駆け巡り、文字通り地平線の彼方まで征服をなさんとした過去を知るが故に、どれだけライダーがいつもの軽快な口調で言ったとしても、最期の時におけるその無念を思えば軽々に返事を返す訳には行かなかった。

「あ~あ、どうせならやっぱり十年は寿命がほしかったのぉ。そうすれば東方のみならず西方も悉く征服してやったものを」

その言葉に沈黙する事に耐え切れなくなったのか

「それなら聖杯に生身だけじゃなく不老不死も願ったらどうだ?」

ウェイバーが始めて相槌を打つ。

「ほぅ、不老不死か・・・叶やぁ最高だなぁこの世界のみならず世界の外まで征服しつくせるのぉ」

ウェイバーの表情からして適当なものである事は間違いないのだが、気付いていないのか、気付いていてウェイバーの心中を察して話を合わせたのかは不明だが、ライダーは実に満足げに頷く。

「坊主、良い進言をしてくれた。褒美に余との対戦で一度勝利する名誉を」

「だ~か~ら~!!僕はそんなものには関心は無いんだって何度言えば判るんだよ!」

「ふむだめか・・・では」

そこで区切るとライダーは不敵かつ不穏な笑みを士郎に向ける。

「!!」

それを見た瞬間背筋が凍る。

この時のライダーが発する発言には禄なものが無い。

視界の片隅にはやはり表情を引き攣らせたウェイバーの姿がある。

短いながらもライダーの性格は完全に把握しているようだった。

そんな二人の予感を裏付けるようにライダーは

「ではエ・・・クスキューター!!いっちょ余と対戦をしゃれ込もうではないか!!」

(ああ・・・やっぱり)

予想通りの斜め上を行くライダーの言葉に思わず苦笑を浮かべる。

だが、気を取り直してこれは絶好の好機だと判断、ライダーの誘いを受ける事を決めた。

何しろこれで不明であるライダーの拠点を知る事が出来るのだ。

ゲームに付き合って時間を浪費しても釣りが来る成果だ。

だが、自分を招く事の危険性をいち早く理解したのか士郎が口を開くよりも早く

「駄目に決まっているだろうが!!何考えてるんだよ!お前!!」

ここが何処であるかお構い無しとばかりにウェイバーは喉が裂けんばかりの大声を張り上げる。

「駄目と言われてもなぁ、何しろこのようなゲームは対戦が華。だが、坊主はやる気は無い。それならば残っておるエクスキューターに対戦をさせるしかなかろう」

ここで普段であれば『なぜそれで俺にお鉢が回ってくるんですか』と突っ込みたい所であるのだが黙っておく。

このような機会見逃す筈が無い。

だが、かつて無い危機を自覚していたウェイバーは必死の形相で。

「そ、そうだ!やっぱり僕もそのゲームやってみたいなって思っていたんだよ!なあ、ライダー!帰ったら対戦やろう!いや、対戦して下さい!お願いします!」

もう一押しで土下座しかねない勢いでライダーに頼み込む。

マスターとしての威厳もへったくれも無いが、ウェイバーとしては形振り構ってなどいられなかった。

「なんだやっぱりしてみたかったのか。それならそうと素直に言えば良いものを。エクスキューターすまぬが対戦はまた今度な」

そう言って士郎に人の悪い笑みを浮かべる。

(うわぁ・・・この人俺をダシに使いやがった)

その笑みだけでライダーの悪だくみを悟った士郎は内心で呆れていた。

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