突然の異常事態を察知した時アイリスフィール達は武家屋敷にいた。

時間は遡るが、セイバー、舞弥の手伝いもあり土蔵に工房の設置および簡易的であるが結界の敷設もアイリスフィールの見立てよりも早く終わった事で、時間にも余裕が生まれたので、この際屋敷で生活するに当たり、食料や飲料水などの当面の生活物資の調達に向かう事にした。

士郎が大掃除をしてくれた事である程度の生活環境は、整備されているが電気、ガス、水道は無論だが止められておりそれらの調達は必要不可欠だった。

深山町の商店街も近いのでそこで買い物を行っても良かったが、直ぐに却下された。

唯でさえ見慣れぬ、それも浮世離れした、美女が三人いるのだ。基本としては地元の住民しか使わない商店街に姿を現せばたちまちの内に注目の的、噂の的となるのは火を見るよりも明らか。

人の口に戸は立てられぬとは万国共通の人の性、その様な噂が巡り巡って他陣営に自分達の所在がばれる事は何が何でも避けねばならない。

その為、舞弥の運転するライトバンに乗り新都で買出しをする運びとなった。

ちなみにだが、ライダーが士郎とウェイバーを引き連れて、練り歩いていた商店街とは場所も時間帯も離れており、遭遇する事はなかったのは双方にとって僥倖であったとしか言い様が無い。

そこで、十日分の食料と飲料水、カセットコンロ一式と携帯用の照明を買いそろえ、少し早めの昼食を取り、その後は再び武家屋敷へ戻り、夜に備えていた矢先に異常を感じ取り、すぐさまセイバーを伴いメルセデスで現場へと急行した。

本来武家屋敷から、異常を検知した地点まで車を使っても軽く三十分はかかる筈だが、セイバーが駆るメルセデスはその常識を軽く粉砕した。

元々深山町は古くから町並みが多く残り車の通行もぎりぎりの細く、曲がりくねった路地も多いがそんな難路を速度を維持しながら、紙一重で次々と通り抜けていくドライビングテクニックをもしも見ていた者がいるとすれば、夢か幻かと存在を否定するか、ありとあらゆる物理法則の存在を疑っただろう。

そしてそれはアイリスフィールも同様で、同時にセイバーの騎乗スキルの高さとその汎用性をまざまざと見せ付けられた気分だった。

武家屋敷からわずか数分で路地を踏破し、川沿いの通りに躍り出ると、メルセデスは華麗なターンスピンを決めて急停車する。

完全に止まるまで待つまでも無く、ガルウィングのドアを半ばこじ開けるように外に飛び出しその勢いのまま堤防まで駆け上る。

川は濃霧に覆われ、おまけに夕暮れも近い事で周辺は薄暗く、常人の視界では何も見える事は無いのだが、その様なものはサーヴァントの視力には通用しない。

遅れて堤防に登ってきたアイリスフィールは魔力で視力を強化、舞弥は懐から取り出した暗視機能付の双眼鏡で標的の姿を確認した。

「やっぱり・・・キャスターね」

アイリスフィールにしては珍しい怒りと嫌悪に満ち溢れた声にセイバーは声も無く頷く。

その表情は見なくてもアイリスフィール以上の憤怒に満ちていることは自明だったが、その視線は感情に流される事は無論の事、油断する事も無くキャスターを観察している。

忌々しいが根城である工房でなかったとしてもキャスターにあの宝具を使われ、持久戦に持ち込まれれば今のセイバーでは旗色は悪い。

その事は二日前のキャスターとの戦いで学習していた。

当のキャスターはと言えば堤防からおよそ二百メートル先、川の中間辺りで見た限りでは何もする事も無くただ直立している。

まるで水面に立っているように見えるが、その足元には不気味に蠢く異形の影がある。

眼を凝らさなくてもそれがキャスターの呼び出した怪生物である事は明白で、あの怪生物の集合体が世にもおぞましい浅瀬を作り上げ、それがキャスターの足場となっていた。

そして・・・その姿は壮絶なもので、身にまとっていたローブは左肩から斜めにばっさりと切り裂かれ、土気色の肌を露出している。

アイリスフィール、舞弥は知る由も無いが、セイバーには心当たりがあった。

おそらく・・・と言うかほぼ間違いなく先日の戦いの折に士郎が斬り伏せた際の名残だ。

更にセイバーからは見えないがキャスターの右腕がなくなっている。

こちらは知る由も無いが撤退の折に、士郎の追撃を振り切る為に犠牲にした名残だった。

一先ず最低限の治癒は成している様だが、未だ手負いである事は間違いない。

キャスター自身は一見すると眼を閉じて、何もせずに棒立ちしているようにも見えるが、左手に持つ書からは膨大な量の魔力が溢れ出し、周囲の空間を捩じ曲げるほどだ。

あの魔力の量からしてキャスターが何らかの大規模な魔術を執り行おうとしておる事は疑う余地も無い事、周辺に立ち込める異常な霧もこの魔力による余波なのだろう。

余波だけでこれだけの怪奇現象を引き起こす以上、一刻の猶予も与える事無く今度こそキャスターを討ち取らねばならない。

ましてやキャスターの宝具である『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』は桁違いの魔力炉と自動で術式を編み上げる。

単独でも召還術式を編み上げ、無尽蔵の魔力を貯蔵する。

狂人の手に持たせるのにこれほど危険な代物もそうそうは無い。

と、不意にキャスターがこちらに気付いたのだろう、閉じていた眼を開くと、セイバー達に視線を向ける。

「これはこれは麗しの聖処女よ。再びお会いできて光栄の至り」

表面上は恭しく、だが実は慇懃な態度のキャスターにセイバーは改めて全身に怒りを迸らせる。

もはやあの外道に話すべき事、かけるべき言葉など何一つとて存在はしない。

ましてやキャスターに囚われてしまった子供達の凄惨な末路を知ってしまった今となっては尚更だった。

既に武装状態のセイバーが剣を構え今度こそキャスターを斬り捨てんと駆け出そうとするがそれを

「足を運んでいただけた事はこのジル光栄の極みなれど今宵の宴、貴女は主賓ではないのです」

キャスターは笑みだけで止めた。

相変わらずキャスターは気味の悪い笑みを浮かべているが、セイバーが足を止めたのはその笑みに怖気づいたのではない。

その笑みが今まで見たそれとは、何かが大きく異なっていると彼女の直感が告げたからだ。

「ですが、ジャンヌよ。貴女もこの宴に参列されると言うなればそれは私にとって至上の喜び。どうかこの特等席にて不肖ジル・ド・レェの開催いたします、死と退廃の饗宴心行くまでご堪能を」

その語尾に重なるように変化は急激に起こった。

突如キャスターの足場の役割を果たしていた怪生物の触手が巻き付き絡め取っていく。

あろう事か頭上のキャスターを。

その光景にアイリスフィールと舞弥は一瞬の半分だけ、召喚された怪生物がキャスターに反旗を翻したのかと思ったが、当のキャスターは顔色一つ変える事無く、むしろ先程よりも高々とした哄笑を上げている。

そして哄笑を上げながら金切り声のような絶叫・・・いや、もはや咆哮と呼んだ方が似つかわしい声を上げている。

「我らは今再び救世の旗を掲げよう!!見捨てられた者達よ!!辱められた者達よ!貶められた者達よ!!いざ集え!皆集え!私が統べよう!私が率いよう!導こう!!さあ皆よ声を上げよ!怒りの声を、憎しみの叫びを!怨嗟の咆哮を!!その声は『神』にも必ずや届こう!天上の主よ活目せよ!我ら日陰の者達は糾弾をもって御身を湛えよう!」

キャスターの咆哮に呼応するように浅瀬を形成していた怪生物の数は爆発的に増えていき、浅瀬だったそれが中州にまで急成長を遂げるのに時間は必要としなかった。

川の深さを考えてもどれだけの数が召還されたのか考えたくも無い。

そしてキャスターは叫びながら怪生物の内部に取り込まれていき姿を確認する事はもはや出来ない。

しかし、その声の勢いには何一つとて衰えも恐怖もない。

その声は勝鬨にも似ていた。

「傲慢なる『神』よ!冷酷なる『神』よ!無慈悲にして暗愚なる『神』よ!!今こそ我らは御身をその玉座より引き摺り下ろす!!そして無力な存在として見ているが良い!神が愛し、神を愛する子羊達が引き裂かれる様を!神の写し身にして木偶人形たる人間共が貶められ辱められる様を!そして奴らの悲鳴と断末魔を!我ら逆徒の哄笑と嘲笑、歓喜の咆哮を!それらを手土産として天界の門を叩いてやろうぞ!!」

意味を理解する事も出来ぬ狂気の演説が終わった時、一同は声を失い、見上げるしか術を持たなかった。

怪生物の集合体である筈だったそれは、もはや一つの生命体に進化を遂げている。

嫌、もしかしたら今まで死闘を演じてきたあの怪生物はあれの断片に過ぎなかったのかもしれない。

その姿は禍々しくも雄々しく、そして見る者に恐怖と絶望を与える。

海の王者として謳われる大王烏賊でもここまでの巨体は誇るまい。

海の悪魔として旧約聖書で畏れられるリヴァイアサンでもここまでの禍々しさは無いに違いない。

それはまさしく異界の海を統べる覇王、否、魔王『海魔』と呼ぶに相応しい異様の怪物だった。

不意にアイリスフィール達の耳に狂騒の声が風に乗って運ばれてくる。

アイリスフィール達のいるここは堤防であるので人の姿は皆無であるが、対岸にはマンションが立ち並ぶ住宅密集地帯が近い。

日も暮れて来たとは言え、夜には速過ぎる時間帯であるのだ、目撃者も多数いるだろう。

不幸中の幸いか、この濃霧の為にあの海魔の目撃者も目撃エリアも限定的だが、それも広がるのは時間の問題だろう。

何よりも聖杯戦争は秘して為すべしと言う暗黙のルールは完全に破られた、その衝撃の方がはるかに大きい。

「・・・奴を侮っていました・・・まさかあれほどの怪物まで使役する実力を持つとは!」

思わぬ事態にセイバーは自身の見通しの甘さに無念の臍を噛む。

だが、アイリスフィールは顔面を蒼白にし、更に声を震わせながらセイバーの言葉を一部否定した。

「違うわセイバー、いくらサーヴァントでも呼び出せる使い魔の格には限度があるわ。あれはキャスターが使役するには格が違いすぎるわ!」

「で、ですが!現に奴は!」

「・・・使役を考えなければその限りでもないけど」

「マダム?どう言う事ですか?」

「呼び出した後のコントロールを度外視してただ単に呼び出すだけならばどれだけ強大な魔物・・・仮に神であろうとも理論上は可能よ。それが通れるだけの門を広げる魔力と門を作る術式を用意すればいいのだから」

「・・・待って下さい、アイリスフィール、ではあの怪物はキャスターのコントロール下ではないと」

「そう考えて間違いないわ」

セイバーの問いに頷くアイリスフィールは事の重大性をこの中では逸早く、そして誰よりも深刻に理解していたからこそ表情を蒼褪めさせ、全身は無論だが声をも震わせていた。

魔術に関する造詣はさほど深くは無いセイバー、舞弥もアイリスフィールが抱く感情を理解するのに時間は必要としなかった。

「ですがマダム・・・それはもはや」

「ええ、舞弥さん、貴女の思っている通りよ。魔術は文字通り『魔を操る術』。でもあれはその範疇を術を超えている!あれにそんな小手先の屁理屈なんて通用しない!ただひたすらに貪り、喰らい、呑み込む事しか知らない渇望と暴食の概念を具現化したもの。あんな怪物を呼び寄せた時点でもはや魔術でもなんでもないのよ!」

ここに至り、アイリスフィールが声を震わせていたのは恐怖ではなく、怒りなのだと理解できた。

「ではキャスターは私達を打破する為にあの怪物を呼び出したのではなく・・・」

セイバーの声も震える。

今口にしようとしているのは、考えうる最悪の予測だったからだ。

そしてアイリスフィールはその予測を肯定した。

「そうよキャスターは招待したのよ!あの怪物を食事に!おそらく冬木市全域にいる人々を数時間で食い尽くしてしまう悪魔を!!」

セイバーはもはや語るべき言葉も持たなかった。

あの狂気のサーヴァントには聖杯戦争の意義も勝利の意味も願いの重さも何も存在せず欠落してしまっていた。

あろう事かキャスターは聖杯戦争それ自体を、完膚なきまでに破壊し無に帰せしめさせようとしていた。

信じがたい現実を前に、気が遠くなりかけたセイバーであったが、鼓舞するように自らの頬を張って喝を入れる。

ここで自分が現実逃避してしまえば何が起こるのか?

それを考えれば現実から眼を背ける訳には行かなかった。

自らの闘志を振るい直して剣を構えなおそうとしたその時、雷鳴を轟かせ、神牛の戦車がセイバー達の前に着陸した。

手綱を握るライダーの姿にセイバーは表情を歪ませる。

「おう、小娘。今宵も良い夜・・・と悠長に挨拶しておる暇はなさそうだな」

「征服王・・・何の用だ!またしても下らぬ戯言を垂れ流しに来たか!!」

いきり立つセイバーであったが、更なる声が落ち着かせるように冷静な声を掛ける。

「落ち着け騎士王、いがみ合っている暇はあるまい」

そう言って戦車から降り立ったのは

「ランサー!!」

「セイバー、今は休戦だ。キャスターの撃滅、それが現状における最優先事項だろう」

「シ・・・エクスキューターも!」

ランサーと士郎だった。

「これは・・・どう言う事だ!なぜエクスキューターとランサーが!」

「ああ、途中でかち合ってな、休戦と共闘を呼び掛けて、即決で承諾したからついでに乗せて来たのだ。何しろあんゲテモノが出張って来た日にはおちおち戦いも出来やせん」

しらっと言ってのけるライダーに士郎、ランサー共に首を縦に振る。

「他の陣営は?」

「アサシンは余が叩き潰したし、バーサーカーは論外だろう。アーチャーは・・・声掛けるだけ無駄だな。ありゃ馴れ合いや人の下風に立つ様な奴じゃあるまい。場を引っ掻き回されて終わりだ」

それにセイバーは頷いた。

そこから一瞬だけ思考する。

正直に言えば士郎とライダーの共闘は承服し難いものがある。

しかし、現状目の前に現れた脅威は認めたくは無いが今の自分一人では手に余る。

何よりも今討つべき敵は紛れもなくキャスター。

ならば・・・

「了解した。こちらも共闘に異存は無い。征服王、あの許しがたい邪悪を討つべくしばし背を剣を預ける」

「よしよし、戦ともなれば流石に物分かりが良いな」

セイバーの返答に実に満足げに頷くライダー。

サーヴァント達は内心はともかく表面上は不平も不満も無く当然のように並び立っているが、マスターはと言えば気が気ではなかった。

アイリスフィールは昨夜の深刻な諍いを忘れたようなセイバー達の振る舞いに些か鼻白んでいた。

またウェイバーは当然と言えば当然だが、戦車の御車台の片隅から顔を覗かせるだけで降りようとはしない。

そしてランサーしか知らぬ事だが、ライダーの戦車に乗り込んだ瞬間から念話でケイネスがライダーと士郎を背後から討てとやかましく騒ぎ立てていたが、キャスターの呼び出した海魔を見た瞬間、沈黙してしまった。

視野が狭まった今のケイネスから見ても、今はそれ所ではないとようやく自覚した様子だった。

舞弥のみは、いつものように無表情でいるが内心はどうなのかはようとして知れない。

この時、アイリスフィールと舞弥は夕闇と濃霧故に気付かず、セイバーはウェイバーの事は視界に入らず、ライダー、ランサー、士郎は口にしなかったが、ウェイバーの額が赤く腫れ上がっていた。

何が起こったかなど、もはや言うまでもない。

そんな、マスター達の様子に気付いたライダーが意味ありげな笑みを浮かべる。

「ん?どうかしたのか?マスターの方は不服があるか?」

「・・・いいえ、アインツベルンは休戦と共闘を承諾します。ライダーのマスター、貴方も宜しくて?」

アイリスフィールに水を向けられてウェイバーは首を縦に振る。

その表情は不承不承であったが。

「それで、アインツベルン、策はあるのか?エクスキューターが言っていたけどセイバーとランサー、エクスキューターの三人がかりでも苦戦したんだろう?」

ウェイバーの言うように二日前、キャスターとセイバー・ランサー・士郎が交戦した時、キャスターに重傷を負わせ撤退に追い詰めているが、それもランサーの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の存在があっての事で、それが無ければ天秤がどう転んだか予測も付かない。

そのリベンジマッチとも言える戦いにキャスターは桁違いの戦力を従えて臨んだとも言える。

だが、こちらは更にライダーを味方に付けた。

まだ戦況は絶望的ではない。

「策と呼べるほどでもないけど、とにかくキャスターを一刻も早く倒すしかないわ。今はキャスターがあの怪物の現界維持に手を貸しているけど、万が一にもあれが上陸を果たして、捕食を開始したらもう手が付けられない。そうなる前に」

「キャスターを倒すのですね」

セイバーの言葉に頷く。

「ええ、でも倒さなくてもいいわ。最低でもキャスターの宝具の起動を止めてしまえば良い。そうすれば勝負は決まったようなものよ」

アイリスフィールの指摘は完全に正しい。

『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』、それがキャスター共々海魔の心臓の役目を担っている。

あれを止めてしまえば海魔に現界を維持できる術はない。

「成程な。あのゲテモンが陸に上がる前にカタを付けるか・・・」

そこで言葉を区切るようにライダーは生理的に嫌そうに眉を顰めながら陸へとにじり寄ろうとしている海魔の巨体に視線を向ける。

「当のキャスターはあれの中だ。さてどうするか」

「どうするもこうするもあるまい。あの怪物を引き裂いて奴を外へ引き摺り出す。それしか術はない」

どこか疲れたような声を出すライダーを鼓舞するようにランサーが口を開く。

「まあそれしかないだろうな。しかし骨が折れるぞ」

「せめて奴の宝具を晒してくれ。そうすれば俺の『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』であれを現界たらしめている術式を破壊してみせる」

「ランサー、岸からの投擲で奴の宝具を狙えるか?」

セイバーからの問いにランサーは不敵な笑みで返答を返す。

「かの偉大なる『クランの猛犬』には遠く及ばぬが、物さえ見えていれば造作もない事」

その答えに満足そうに頷くと今度はライダーと士郎に視線を向ける。

「ならば私と征服王で先陣を切り奴を外へと引き摺り出す。エクスキューターは岸で支援とアイリスフィール達の護衛を。ランサーは私達が事を成したら直ぐに投擲を頼む。異存は無いな」

「ああ」

「判ったそれで良い」

セイバーの提案にランサー、士郎は異論を挟む事も無く承諾する。

現状を考えればこれがベストに近い布陣だろう。

「それで構わんが、余は戦車があるから空から攻めるから良いとして貴様はどうする気だ?川の中におるゲテモノ相手に」

ライダーの問い掛けに今度はセイバーが不敵な笑みを浮かべる。

「心配は無用だライダー。この身は湖の乙女から加護を受けている。いかなる水であろうとも我が前では妨げとはならぬ」

「ほほう、そりゃまた稀有な。小娘、貴様は王なんぞよりも我が配下である方がよほど輝くと言うに惜しいのう。実に惜しい」

この期に及んでそのような事をのたまったライダーに本来であれば、昨夜の聖杯問答の再現とばかりに詰問する所であろうが、現状が現状ゆえにここは堪えて、変わりに鋭い一瞥だけを投げつける。

「妄言の代償はいずれ払ってもらうが、今なすべきことはあの怪物からキャスターを引き摺り出す事」

「はははっ、その通りだな。では一番槍は貰うぞ!!」

そう言うや神牛に鞭を入れ、神牛は雷鳴を轟かせ虚空へと飛び出した。

「うひゃあああああああ!」

心の準備も何も出来ていなかったウェイバーの情けない悲鳴をBGMにして。

それを見届けるや士郎も

「投影開始(トレース・オン)」

詠唱と共に五挺の大型連弩を投影させ、

「セイバー!武運を!」

アイリスフィールの激励を背にセイバーもまた地を蹴り川面にその身を躍らせる。

セイバーの足が水面を蹴り、その飛沫は周囲に舞い散るが、セイバーの脚は水に沈む事はない。

そのまま水面を地面と同じように駆け抜ける。

上空を見れば無数の鏃が海魔目掛けて降り注ぐ。

突き刺さった箇所から腐敗し始めたのか、川岸に向かう動きがほんの僅かだが鈍る。

その間隙を縫うように稲妻が海魔の身体を焼き払う。

彼らに遅れてはならぬとセイバーの疾走は更に速度を速める。

近づくにつれて海魔の姿は醜悪な全貌をあらわにして強大な重圧をセイバーにぶつけていく。

無数の鏃が突き刺さり腐敗している箇所からは腐汁が滴り落ち、それが川の水を汚染し、耐え難い腐臭が周囲に漂う。

一般人が嗅げば命の危険にも晒されかねないそれはもはや毒ガスに等しい。

現にウェイバーは既に気管と嗅覚を魔術防壁で遮断して、更に戦車の御者台は防護力場で守られているにも関わらず、嘔吐してしまいそうなほどの腐敗臭に苦しめられている。

成人男性の腕に匹敵する太さの触手が不気味に蠢き、無謀にも獲物を捕らえ貪らんと一斉に鎌首をもたげ、空気を切る音と共にセイバーに襲い掛かる。

それを間近で見てもセイバーの心中に過剰な恐れも焦りもない。

ただあるのは清廉なる闘志と確固たる決意のみ。

「今こそ・・・決着を付けるぞ・・・キャスター!」

自らを鼓舞するような咆哮と共に振りかざした斬撃はセイバーを捕らえようとした触手を一刀で両断し、勢いそのままに海魔本体にも痛烈な一撃を与える。

『未遠川決戦』はここに開戦した。

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