言峰綺礼の胸中にアーチャーが特大の楔を打ち込んでいるのと前後して・・・
綺礼が心の底から対面と対話を望む衛宮切嗣はと言えば、ほぼ夜通し行った冬木市全域の巡回と調査を終えてセーフハウスにしているビジネスホテルに帰還していた。
アイリスフィールにはああ言ったが、やはり舞弥の抜けた穴は大きく、切嗣一人で収集した情報の量と質には舞弥がいた時と比べてやはり見劣りする。
自分も士郎も最善を尽くしているが、現状において求められるのは経緯ではなく結果である以上、それは何も慰めにはならない。
それでも及第点はつけられる情報を入手した切嗣はホテルの壁に添付した冬木市の地図に情報の詳細を記していく。
巡回ルートと行われた時間、自分が使役している使い魔からもたらされた情報の精査、自分の足で調べあげた霊脈の変動、警察無線を傍受して得られたキャスターによって引き起こされた失踪事件の情報と、警察の検問箇所・・・
夜の冬木市の情報で元々白地図だったそれもマーカーやラベルが所狭しと貼り付けられてモザイクじみた絵画にも見える。
このようなものホテル関係者や他の宿泊客に見られては大事になりかねないのだが、このホテルを隠れ家として機能させることを始めから決めていた切嗣に抜かりは無い。
舞弥を通じてホテルの宿泊代金とは別に従業員全員を買収、同じフロアの部屋に他の宿泊客を泊めないでほしい事を要請、それを承諾させた。
本来であれば怪しまれる所であるが、元々そういった訳ありな宿泊客も多く利用するホテルと言う事もあり、さほど怪しまれる事もなかった。
まあ、ホテル側からしてみれば、半月近くの宿泊代金を全額、それも前金で支払い更には事実上のフロア貸切にしてしまえば、臨時ボーナスまで手に入る美味い話にならない手は無かった。
まあ、良い意味(切嗣にとっては悪い意味)で職業倫理にうるさい従業員もいたがそういったタイプには暗示をかけて事を済ませている。
右手で途絶える事無く結果を地図へと記入、添付しながら左手では巡回の帰りにコンビニエンスストアで購入した夜食兼朝食のハンバーガーを機械的に口に運び、咀嚼、嚥下してからまた口に運ぶ。
(それにしても)
と、不意に切嗣は苦笑する。
切嗣は聖杯獲得の切り札としてアインツベルンに招かれてから九年間、その待遇は外部からの荒事専門の傭兵として招かれたにも関わらず、アイリスフィールを妻として娶った事で一族同然として認められた最高のものだった。
それは食事情もまた同じく、凡そ凡人が考え付く最高峰を味わってきたと言っても良い。
連日宮廷料理も裸足で逃げ出すような豪勢な料理の数々を飽きるまで食べてきた。
しかもメニューが重なった事など一度も存在しないと言う贅沢振り。
そんな自分の舌はもはやランクを落とした食事など受け付けないだろうと思っていたのだが、実際にはさも当然のように普通に受け入れていた。
特に以前から好物であるハンバーガーなどのジャンクフードの殺伐とした味わいと食感には、懐かしさのあまり不覚にも涙ぐんでしまった程で、つくづく自分には特権階級とかそういったものには縁遠いものなのだと思いやる。
それに片手で作業しながらでももう一方で食事を済ませられる効率面のよさも素晴らしい。
後者はともかく前者のような思考は本来であれば、戦闘機械、殺戮人形である『魔術師殺し』衛宮切嗣には余計極まりない不純物なのだが、士郎の存在と、それによってもたらされた聖杯戦争の真実によって過剰な決意がそぎ落とされた結果良い意味でリラックスしており、それが自分の事を客観的に見れる余裕を生み出していたのだが、それもまた皮肉と言えた。
その様な思考とは裏腹に切嗣の手は作業と食事を続け、それが終わったのはほぼ同時だった。
一緒に買ってきたドリンクを口に含みながら切嗣は一歩下がり全域を俯瞰、改めて現状で集まった情報を整理していく。
現状・・・監督役が発動したキャスター討伐令が発動中、二日前の夜アインツベルンの森にて士郎、ランサー、あれがキャスターと戦闘、後一歩まで追い詰めたが結果としては殺し損ね、キャスターは逃走。
その後のどの陣営もキャスターの足取りを掴むには至っていない。
一方、その他の陣営は・・・
アーチャー陣営・・・開戦時のアサシン襲撃から動きなし。
アーチャーは頻繁に外に出ているが、マスターの時臣は邸宅に閉じこもり、不気味な沈黙を続けている。
バーサーカー陣営・・・士郎からの報告で昨夜バーサーカーのマスターである間桐雁夜と遭遇したとの事だ。
戦闘を仕掛ける事も出来たかも知れないが、市街地からも近い事に加え、あらゆる物を自分の宝具へと変えるバーサーカーの能力を考えて仕掛ける事は控えたとの事らしい。
それは正しいと切嗣は判断している。
バーサーカーは現状、無尽蔵の武器を誇るアーチャーの対抗策として生かす事を決めている切嗣としては、バーサーカーはまだ生かすべき相手だ。
キャスター陣営・・・監督役の指名手配にも関わらずそれを嘲笑うように凶行を止める気配も無い。
傷を癒す為もあるのだろうが、昨夜は今までの中でも最大規模の狩りを行い、警察が把握しただけでも二十名近くの子供達が姿を消した。
いや、使い魔の調査を加えれば三十名を超えるかもしれない。
足取りを含めて手がかりは一切無い状態だったが、士郎がキャスターに関する手持ちの情報と交換でライダーからキャスターの根城の場所を掴んだらしく、先刻あれとキャスターの根城を襲撃したと報告を受ける。
残念だが一足違いで根城は放棄したらしくキャスターを補足は叶わず、新たな犠牲となった子供達・・・の成れの果てを発見したらしい。
子供達は士郎が責任をもって弔ったと聞いた。
(それに関する詳しい説明を切嗣は避けた。士郎画『成れの果て』と口にした時の口調の暗さに加えて、キャスター=ジル=ド=レェの生前の凶行の数々を考えてみれば思い出したくも無い代物であろう事は容易に想像出来た)
先刻、舞弥と連絡を取れた時に、キャスターの根城周辺を使い魔に張り込ませる事は指示済み。
ランサー陣営・・・
二日前の戦闘でケイネスを『起源弾』で再起不能にした後も、あれの傷が癒えた形跡が無い所を見てランサーが健在である事は間違いない。
ただ、ランサーのマスターが今も尚ケイネスなのか、魔力供給者のソラウが令呪を引き継ぎ、新たなマスターとなったのかが今一つ判別出来ない。
ランサーの新たな根城もポイントは大体絞り込めたが、確信には至っていおらず、そちらも含めて今後も調査が必要。
ライダー陣営・・・
意外な事だが、真名以外では根城などの情報は何一つ掴めていない。
あの豪快かつ、自由奔放な性格に惑わされてしまったが、ライダーはマスター共々、姿を現す時も撤退する時もあの飛行戦車を用いる為、使い魔の追跡が極めて困難。
それに加えて、魔術師が根城としそうな場所は完全に調査対象として、舞弥の使い魔と共同で定期的なチェックも行っているにも関わらず、ライダーの根城に関しては全く網にかからない。
上っ面の評価と情報でライダーとそのマスターを自分達は過小評価していたかも知れない。
キャスター、ランサー両陣営に関する調査が一区切り付いた時点でライダー陣営の調査に全力を注ぐべきだろう。
そしてアーチャー、ライダーに関しては昨夜士郎から詳細な、つい先刻舞弥から補足で、ある意味耳を疑うような追加報告がなされた。
まず、この二騎のサーヴァント、(主犯はライダーらしい)城に押しかけてあまつさえ、問答と言う名の酒盛りを始めたと言う。
その時、士郎は口を噤んでいたが、舞弥からの報告で士郎とあれがどうも派手に諍いを起こしたらしい。
その点に関しては士郎と合流した折に確認を取るべきだろう。
切嗣としては二日前の裏切り以降あれを同盟相手である事は無論だが、戦力とすら見ていなかったので、ここで士郎と完全に袂を分かとうとも痛痒にも感じはしない。
むしろあれを排除する口実が出来た事をプラスに考えていた。
だが、マスターであるアイリスフィールはまだ愛着があるらしく、あれを庇う姿勢を崩してはいない。
気持ちとしては理解出来るが、あれはそこまでしてまで庇う価値があるかどうかについて、切嗣は極めて疑問だ。
そんな気持ちを利用されて寝首をかかれる危険性もある。
まあそんな事をすればアイリスフィールもあれを切り捨てるだろうが、無用の犠牲を出してしまっては、たまったものではない。
士郎との仲違いが深刻であるならば、それを口実に再度アイリスフィールにあれとの契約破棄を促すべきだろう。
一方でその問答とやらについては、その程度は安っぽい挑発程度で済むが思わぬ事態に風向きが変わる。
突如としてアサシンが大量に出現、こちらに襲撃を仕掛けたのだが結末としてはライダーの破格とも言える宝具の前に全滅したと言う。
白日の下に晒された結果、士郎の情報秘匿が解除されたのだろう、ライダーの宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』に関する詳細な情報がもたらされた。
その宝具の正体がライダー・・・征服王イスカンダルに死してなおも忠誠を誓った英霊達を現界させて戦闘に参加させる事も脅威であるが、それよりも気になるのはアサシンの末路だった。
突然姿を現したかと思えば大量の出現・・・士郎からそのからくりを聞かされ、切嗣もまた苦い賞賛を抱かずに入られなかった。
だが、それでも確信した事はある。
今回の戦闘でアサシンは今度こそ完全に脱落したと言う事だ。
全て切嗣の推測に過ぎないが、そもそも総合力では大きく劣るアサシンが切り札である頭数を揃えて現れたのだ、あれでアサシンは全戦力を動員したと言っても良いと思う。
そうでなければ意味が無い。
であるならば、ライダーの手で全滅させられた以上、もはやアサシンは一体とて存在しない、そう考えるのが妥当だ。
だが・・・
と、切嗣は白地図の一点をただ凝視する。
そこは冬木教会、そこにいるであろう男を思い浮かべる。
言峰綺礼・・・この聖杯戦争において最大のイレギュラーと言える存在。
開戦前での調査から浮上したこの男の異常性。
それゆえに最も警戒すべき男と見ていた。
遠坂邸での偽りのアサシン消滅から教会に保護されてもその警戒は薄れる事はなかった。
序盤戦でアサシンを確認した時、切嗣の胸中には驚きは皆無だった。
ただただ、やはりかと言う当然のようにその事を捕らえていた。
しかし、その後の綺礼の行動は切嗣の計算を悉く狂わせて行く。
三日前のハイアットホテルでのケイネス襲撃では舞弥に任せていた監視ポイントへ当然のように、待ち伏せを仕掛け、舞弥と短いながらも熾烈な遭遇戦を演じ、二日前のアインツベルンの森での戦闘では裏をかくかのように反対側から森に潜入して、避難中だったアイリスフィール、舞弥と戦闘。
二対一のハンデキャップに加えて、アインツベルンの森と言う完全なアウェー状態でありながら二人を一蹴、舞弥に至っては肋骨を数本へし折られる重傷を負った。
聖杯戦争で見ると・・・正確には時臣の手駒として見ると綺礼の行動は不可解なものばかりだ。
アサシン脱落を偽装させた上で諜報活動に徹するならば、そもそも教会の外から出てはならないはず。
代行者としての綺礼の実力を考慮して時臣の護衛として動いていると言うのであるならば千歩譲って容認出来る。
しかし、綺礼の行動はそれからも外れたもの、明らかに聖杯戦争と言う括りから見るとある意味ではキャスター以上の異物と呼んでも差し支えない。
しかも、これが切嗣としては最も業腹な話だが、綺礼のこれらの怪行動が自分を目的にしたものであると仮定すると全て辻褄が合う。
だが、何故・・・
そもそも切嗣、士郎のエクスキューター陣営の存在は今では獅子身中の虫の愚行でランサー陣営に漏洩してしまっているが、それまでは完全に秘匿されていた筈。
アサシンの徹底した諜報活動により自分の存在を掴んでいたとしてもそれはあくまでも切嗣はアインツベルン側の非合法の協力者としてに過ぎず、イレギュラークラスである士郎のマスターである事にまで把握していたとは考え難い。
嫌きっぱり言ってしまえばそんな事は絶対にありえない。
切嗣にしては珍しく断言するが、それほどこの件に関しては切嗣、士郎共に一際厳重な秘匿を徹底している。
基本的に士郎と生身で会うのはこのホテルの部屋かアインツベルンの城のみ、それ以外は自分は隠匿を徹底していたし、士郎と相談して移動は霊体化か気配遮断を常時使用、若しくはその両方を併用して敵対陣営にその姿を見せぬようにし、外での会話も念話のみと取り決めており、それを自分は無論だが士郎も破っていない。
切嗣をアインツベルン側の協力者としてそれを排除しようとしていると考えても、綺礼の追跡振りは常軌を逸している、聖杯戦争の事情を全て抜きにして切嗣個人を標的としていると考えるしかない。
そこで更に出てくる疑問はなぜと言う事だ。
まず考えられるのは私怨・・・過去、切嗣が綺礼の縁者を殺害した事への報復措置が考えられる。
切嗣も『魔術師殺し』として、聖堂教会、魔術協会関係なく仕事をこなし悪名を轟かせて来たのだから、清廉潔白だとは露ほどにも思っていない。
しかし、その様な私情を持ち込むような男ではない事は開戦前の入念な調査からも明らか。
それ以前にその様な私情を挟むような男を、万事に慎重な時臣が重用するはずもない。
それでも念には念を入れて、調査の合間に自身が過去に関わった仕事を手の届く範囲で洗い出してみたが、結果はその様な片鱗を見つける事は叶わず、その時点で切嗣は私怨の可能性を完全に消した。
そうなれば何故なのかますます判別出来ない。
綺礼の行動とその人物像が完全に乖離しており、それもまた切嗣に言い様のない重圧を掛けて来る。
そもそも切嗣の戦い方は自分でも自覚しているが強者の戦いではなく弱者の戦い・・・相手の弱点や盲点を突き、それを利用し、相手の裏の裏をかき続ける事で徹底している。
ましてや魔術師はその圧倒的な選民意識故に魔術師としては格下である上に、彼らから見れば下等かつ卑劣な道具を頼る魔術師の面汚しである切嗣を完全に見くびる。
切嗣はそれを利用して相手の裏の裏をかき続け、魔術師達を始めとする多くの獲物を狩ってきた。
アインツベルンの城で切嗣と対峙したケイネスも典型的な魔術師だった。
それが、切嗣に『起源弾』まで使わせたのは、ケイネスの礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の存在が大きかったのでありケイネス自身はさして脅威でもなんでもない。
だが、綺礼は違う、あの男にそもそも裏が無い。
正確には表も裏も判らないと言うべきなのだが、それ故に切嗣はいつもの相手の裏をかく戦法も取る事が出来ず、対応も後手後手に回り現状では守りを強いられている。
そう、切嗣を何よりも苛立たせるのは綺礼が何故、聖杯戦争に参戦しているのか?何よりも何故切嗣を付け狙うのか綺礼が意図する所が全く判らない事にあった。
人間は『判らない』と言う事に最も強い不安と恐怖を抱く。
切嗣が綺礼に対して抱くのはそんな人が深い闇に抱く感情と同じ原初の恐怖だった。
そんな感情を押し殺すようにタバコを咥え、火を点す。
大きく息を吸い込み、紫煙を肺に漂わせる事で恐怖は和らぐが、そんなものは所詮その場凌ぎに過ぎない事は切嗣本人が一番良く理解していた。
綺礼の手の内がまるで読めない、切嗣はそれを読む事が出来ない。
それが切嗣のストレスを徐々に蓄積していく。
「・・・貴様は何者だ・・・」
不意に地の底を這うような低いうなり声が切嗣の口から漏れ出た。
「・・・貴様の目的はなんだ・・・」
その声に憤りと殺意がにじみ出る。
いっそ綺礼を殺してしまえばどれほど楽になれるか、切嗣の思考は危険な方向に進みつつあった。
切嗣達にとって綺礼の存在自体が今後の聖杯戦争における巨大なリスクとなりつつある今となっては、むしろ綺礼を抹殺し全ての憂いを絶つ。
それも一つの手ではないか。
その為の手段も無論だがある。
架空の名義で借りている隣町のガレージにタンクローリーを隠匿しているが、それは遠隔操作が出来るように改造を施し、車内の至る所にC4を設置し、荷台のタンクにはガソリンを満載した、いわば即席の巡航ミサイルだ。
後は綺礼が教会にいることを確認してこいつを突入させ教会諸共綺礼を・・・
「馬鹿が」
短く切嗣は自らを罵倒しながら、火を付けて間もないタバコを乱暴に灰皿に押し付けた。
自分達の目的はあくまでも聖杯戦争の終焉。
その為の障害はまだまだ多くあり、綺礼の存在はその中でも小さい方に類する。
その様な些細な障害は排除する為に、ジョーカーの一つを切るなど本末転倒も甚だしい。
そもそもあのタンクローリーは当初は遠坂、若しくは間桐への工房攻めの切り札として、今は大聖杯を破壊する時、残存マスターの注意を引くか、妨害を目論む陣営を牽制する為の物。
それを聖杯戦争の観点から見れば一介の敗残マスターの為に使うなどありえない。
ここへ来て焦りとストレスから思考と判断力が鈍っている事を、嫌でも切嗣は自覚せざるおえなかった。
日本では覚醒剤に該当されるアンフェタミンを服用して、現時点でほぼ丸三日睡眠をとっていない。
そのお陰か現在でも睡魔には襲われていないが、疲労は確実に切嗣に蓄積されている。
士郎が昨夜の件に関する正式な報告とキャスター、ランサー陣営の調査の為ここで自分と合流するまで四時間弱、この時間を利用して一度休息を取るべきだと判断を下した。
そう決めると切嗣は素早い、ドリンクを飲み干すとトイレで用を済ませ、バスルームでシャワーだけ浴びてからベッドに横になり、自己催眠をかけ始める。
自らの意識を解体し、その過程でストレスや疲労を一気に吹き飛ばす精神の解体清掃である。
自己催眠としては難しい物ではないにも関わらず、その効果は覿面で短時間しか睡眠を取れない時など効率の良い休息を求める切嗣は好んで多用している。
だが自らの人格を無意味な断片とすることに抵抗や嫌悪を抱く物は多く、効果は認めてもそれを好んで使う物など早々いない。
そういった点からも切嗣が一般的な魔術師とは一線を画する存在である事が窺い知れた。
程なく切嗣は夢を見る事も無い深い深い眠りに落ちていった。
解体した自意識が自然再生し、眼を覚ますまでおよそ二時間。
その間切嗣は生ける屍となり、無抵抗な状態となるがこのホテルの存在がばれた形跡は無い。
眼を覚ませば眠りに付くまでの苛立ちや焦りなどすっかり忘れ心身共にリフレッシュした清々しい目覚めとなる筈だ。
この時だけは苛烈な聖杯戦争も忌々しい仇敵の存在も異次元の彼方に追放し、切嗣はひたすら眠りを貪る。
眼を覚ました後には再び始まるであろう苛烈な戦いに、いずれ訪れるであろう仇敵との対峙に備えて。
切嗣が眠りに付くのとは対照的に外は日が昇り、カーテンが開けっ放しの部屋に朝日が差し込んでくる。
一日が始まろうとしていた。