龍之介が倒れるのをスコープ越しに確認した切嗣は構えを解いて立ち上がった。
切嗣がいるのはセイバー達が海魔との死闘を演じている地点から二百メートルほど下流、深山と新都を繋ぐ冬木大橋に近い。
日中の士郎との今後の方針を話し合った後、切嗣は単独でランサーの拠点を探るべく士郎が絞り込んだポイントを調査していた。
とは言え、切嗣の手腕は士郎よりはましだが、舞弥以下と言う程度で、拠点を発見とまでは行かなかったが、それでもポイントを更に絞り込む事に成功、後もう一息と言う所で士郎からの念話から未遠川の異変を知り急行、港湾区域で手頃なモーターボートを見繕うとそれを無断拝領してここまで到着した。
その間も士郎との念話は密に行い、現状における事態の切迫を確認すると、ランサー、ライダー、セイバーとの共闘を許可、自分はマスター狩りを行う事にした。
仮に自分が士郎の援護に回り、海魔に攻撃を仕掛けたとしても、砂一粒を投げ付ける位の援護にしか・・・いや間違いなくそれ以下にしか過ぎないだろう。
ならば自分が出来る範囲の援護をする事が自分が出来る最善。
この濃霧の為に空気中の粒子によって効力を削がれた光量増幅型のナイトビジョンはものの役に立たないが、熱量探知型のサーマルビジョンには何の支障も無かった。
周囲を探索した結果、魔術師特有の放熱パターンを持つ人物を発見、即射殺した。
この状況下で魔術回路を起動させたままなど聖杯戦争の関係者以外ありえない。
おまけにサーマルで確認した限りではターゲットは、いくら群集に紛れているとは言え、身を隠す素振りも見せず、何をとち狂っているのか、子供のようにはしゃぎ回っている。
切嗣自身も魔術師の正道から離れ邪道に身を置いているが、その切嗣から見てもターゲットの挙動は聖杯戦争のマスターとしても魔術師としても邪道所か論外の動きだった。
そのことが意味するのはターゲットが聖杯戦争のマスターとしては無論の事、魔術師のあり方も理解していない素人、と言う事。
すなわちキャスターのマスターである可能性は極めて大、だから即座に射殺した。
尚、同時刻、雁夜と時臣が戦闘を開始したビルは切嗣が今いる場所に程近く、条件があっていれば、彼らも切嗣の銃弾の餌食となっていたが、仰角のせいで死角となっており幸か不幸か切嗣の魔手からは逃れている。
一段落着いた所で切嗣は、頼りになるサーヴァント兼養子と念話で連絡を取り始める。
(士郎)
(爺さん?どうかしたか?)
(今、キャスターのマスターと思われる人物を発見射殺したが、キャスターに動きは?)
(あーだからか・・・今しがた怪物の動きが十秒程度だったけど完全に止まった)
(なるほど・・・おそらくマスターが殺られた事をキャスターも理解したんだろう?で、今は)
(動きを再開しているけどやばい。明らかに速度を上げ始めている)
(何?)
士郎の報告を受けて双眼鏡で確認すると、確かに最初確認したのと比べて明らかに動きが速くなっている。
(攻撃は?)
(セイバー、ライダー、共に更に激しい攻勢をかけているし、俺も援護を間断無くしているけど動きが鈍る事すらなくなった)
その報告を聞いて苦く舌打ちをする。
(奴を自棄にさせたか・・・)
(最初から奴は狂いきっていたけどマスターを殺られた事で自暴自棄にさせたんだろうな・・・爺さん、まずい。マスターがいなくなった今キャスターへの魔力供給はなくなったが、直ぐに消滅する訳じゃない)
(おまけに奴の宝具は確か自前の魔力炉を持っているんだったっけ)
(ああ、だから、奴の負担は極めて軽い、若しくは皆無に等しい。奴の消滅が長くなる事はあっても短くなる事はないだろうな)
(士郎、君の見立てで良い。このままだと後どれ位で、上陸を果たす?)
(奴の速度がこのままであると仮定して、最大限長く見積もったとしても・・・五分もてば良い方だと思う。もう、キャスターを引き摺り出して術式を破壊しているなんて悠長な事をしている場合じゃない)
士郎の念話は明らかに焦燥の色を帯びている。
(術があるとすれば・・・あれに宝具を使わせるか・・・君の宝具を解放するしかないか)
(それしかない。最悪は俺が宝具を使う事を躊躇いはしないけど、俺としては令呪の温存とこれまでのガス抜きを兼ねてセイバーに宝具を使わせるのがベターだと思う。排除するか、最後まで残すにしてもこれまでがこれまでだ。正直セイバーのストレスは臨界点に届きつつある。ここでストレスを少しでも解消させるべきだ。だが・・・)
(その為にはランサーの枷を破壊するしかないか・・・士郎、無茶な事を言うようだけど、ランサーの槍を破壊するかランサーを始末する事は可能かい?)
(正直難しい。直ぐに事を済ませる事が出来るほど、ランサーは柔な相手じゃない。ましてやそれをセイバーに見られた日にはどうなるか判ったものじゃない)
(そうだな・・・ならば、ランサーの手でやらせるか・・・)
(??爺さんそれは・・・ん?)
(どうした士郎)
(セイバーとライダーが戻ってきた。おそらく体勢を立て直す為だろう)
時間はほぼ同時刻、文字通り必死に剣を振るい、海魔に斬り付けるセイバーの表情には疲労感と焦燥感と絶望感が無い混ざったものが色濃く現れていた。
つい先刻、海魔の動きが完全に停止した時には千載一遇の好機と受け取り、猛攻に次ぐ猛攻を加えた。
上空のライダーも、沿岸で援護を行うエクスキューターも同様だった。
だが、動きを再開させた途端そんな淡い希望はあっけなく潰えた。
動きは目に見えて速くなっている。
しかも僅かながら鈍らせていた動きも、どれだけ猛攻を加えても今では鈍る事すらもない。
このまま行けば後数分で海魔は上陸を果たしてしまう・・・セイバーの直感が絶望的な未来を導き出していた。
(せめて・・・せめて左手が万全であれば・・・)
追い詰められたセイバーがその様な詮無き悔恨を脳裏に浮かべるが、それも無理は無い。
今までの自らの一撃、ライダーの戦車、エクスキューターの砲撃を思わせる投擲宝具、そしてアーチャーの天罰を彷彿とさせる一撃。
どれもこれも一撃必殺、それだけで勝負が決してもおかしくは無いというのに海魔は未だ健在。
どれだけ多数の傷を負わせても、全てを一度に再生してしまう以上意味が無い。
この海魔を屠る為には一撃の下で細胞一片残す事無く消滅させるしかない。
それを成すには対軍宝具では規模が小さい、対城宝具が必要だった。
そしてセイバーのもつ『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』はまさしくその対城宝具だった。
しかし、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の発動には両手が万全であればと言う前提が必要不可欠だった。
セイバー自身の総魔力に匹敵しうるエネルギーを一気に解き放つ為には両手で握りこんでの振り抜きでなければ十全の威力を発揮出来ない。
しかし、その枷をセイバーに強いたランサーへの恨みは無い。
ましてや恨み言をランサーにぶつけるなど論外も良い所だった。
そもそもこの傷はランサーが知略の全てをぶつけた事で負った名誉の負傷であり、尋常なる決着の為の負債でもある。
ましてやアインツベルンの森で、自らセイバーの左手の役を買って出てくれたランサーの恩義には自分の名を賭けてでも報いねばならなかった。
そんな決意を新たに海魔に何十度目になるかと言う攻撃を仕掛けようとした矢先、頭上からライダーが声を掛ける。
「おい!小娘!このままじゃ埒があかん!一端退くぞ!」
セイバーの決意に水を差すかのような呼び掛けに瞬時に激高、怒号で返した。
「馬鹿な!ここで我々が諦めたら」
「このままだとジリ貧だろうが!いいから退け!余に考えがある!!」
ライダーの返答にセイバーは苦渋に満ちた表情で了承の変わりにこれまで以上の渾身の一撃を浴びせかけると、ライダーと共にランサー達の待つ河岸まで退却、セイバーとライダーが河岸に着地したのはほぼ同時だった。
「いいか。どのような策を弄するにしろ、それにはまず時間が必要だ」
ライダーが前置きも無くいきなり本題に入った。
豪放、豪胆を擬人化したようなライダーでも悠長な事をしている暇も余力も無かった。
「一先ず余が『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』であのゲテモノを引き摺り込む。余が誇る精鋭たちでもあのゲテモノを殺し尽くすのは不可能だろう。出来て足止め位だ」
「で、征服王、その後はどうする気だ?」
「知らん」
ランサーの問い掛けにあまりにも無責任な事をあっけらかんと返すライダーに、ウェイバーは御者台で呆然と立ち尽くし、一瞬怒りに表情を歪めかけるセイバーとアイリスフィールだったが、当のライダーの表情はかつてないほどの真剣なもの。いつものようにおちょくっている訳でも、ふざけている訳でもない。
急ごしらえの時間稼ぎ、征服王の秘奥でもそれが精一杯の抵抗だった。
「殺し尽くせぬ事もあるが、あれだけのデカブツだ、取り込めばそれだけでも負荷は相当なのもだろう。おそらくもっても数分が限度。その間にセイバー、ランサー、エクスキューター、どうにかして勝機を見出して欲しい。それと坊主。貴様はここに残れ」
そう言ってウェイバーの返事を聞く前に御者台から襟首を掴んで降ろす。
「お、おい!ライダー!」
「坊主、一端あれを取り込んでしまえば外の状況を掴む事は出来ぬ。何かあれば強く念じて、呼べ。伝令を遣わす」
ウェイバーからしてみれば、いくら一時休戦を結んだとは言え、敵対陣営の中にマスターである自分を置いて行くなど自殺行為に他ならない。
しかし、現状そのような事を言っている場合ではない事も良く判っていたので不承不承頷いた。
それを確認すると今度はセイバー達に視線を向ける。
「頼むぞ」
短い一言だったが、そこに込められた思いを受け止めたのか
「はい・・・」
「心得た」
「・・・」
セイバー、ランサーは短い一言で、士郎は言葉無く一つ頷く。
だが、これが分の極めて悪い賭け、その場凌ぎの応急処置に過ぎない事は誰の目にも明らかだった。
しかし、それでもこれはと見込んだ英霊達と絶対の信頼を置く腹心を信じたのだろう。
ライダーは振り向きもせず、戦車に乗り込むと猛然と海魔目掛けて突撃を開始する。
その数秒後、海魔の姿は忽然と姿を消していた。
ライダーが『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を発動して海魔を結界内に閉じ込めた結果だった。
姿こそ消したが、結界内で暴れまわっているのだろう、その気配はサーヴァント達には手に取るように判った。
「・・・なあどうする気だ?」
あまりにも重過ぎる沈黙に耐え切れなかったのだろう、ウェイバーが口を開く。
だが、それに答えられる者は誰もいない。
「今はライダーが何とか足止めしてくれているけど、その間に僕達が思いつかなかったらそれで終わりだ。なあアインツベルン。あんたには妙案は無いのかよ!」
「そ、そう言われても・・・」
言いよどむアイリスフィールの懐から場違いにも程がある無機質な電子音が鳴り響いたのはその時だった。
慌てて懐からそれを取り出す。
それは切嗣が緊急事態時の連絡用としてアイリスフィールに手渡していた携帯電話だった。
生粋の魔術師であるアイリスフィールがその様な物を持つと言う事実に驚いた様に見遣るウェイバーを他所に、アイリスフィールはパニックに陥っていた。
携帯の通話方法は切嗣から懇切丁寧を通り越して、もはや馬鹿にしているのかと言うほどのレベルで(アイリスフィールにはこれ位で丁度良かった)教えられており、通常であればアイリスフィールでも問題なく通話出来ただろう。
しかし、そもそもこの携帯は緊急事態用であり、順調に行けば使う予定すらなかった事と、現状の非常事態にその様な些細な事は完全に忘却されてしまい、どうすれば良いのかわからず
「え、えっと・・・ご、ごめんなさい・・・こ、これ・・・」
向かい合っていた為直ぐに眼のついたウェイバーに助けを求めてしまった。
突然の事であったが、話の腰を折られて苛立っていたウェイバーはアイリスフィールの手から携帯をひったくろうとした。
しかし、数瞬の差でアイリスフィールの手から携帯は第三者に移った。
「へ?」
完全に空ぶった形になるウェイバーは思わず一足先に携帯を取った人物・・・舞弥に視線を移す。
舞弥はウェイバーの視線など気にも止めずに通話ボタンを押して通話を開始してしまった。
「はい・・・はい・・・ええ、おります。・・・判りました」
相手と短く会話をすると舞弥は携帯をウェイバーに差し出す。
「へ?」
思わぬ事に間の抜けた声を漏らすが舞弥はにこりともせず、
「ライダーのマスター、出てください」
短い一言だけ告げた。
その口調は静かで言葉使いも丁寧だが、その眼光は鋭くウェイバーを射抜いており、喉元に剣を突き付けられる幻視を見てしまったウェイバーには断ると言う選択肢は無かった。
おっかなびっくり舞弥の手から携帯を受け取ると
「え、えっと・・・もし・・・もし?」
『ライダーのマスターだな?』
低い男の声だった。
「え、えっと・・・そうだけど・・・あんたは一体」
『そんな事はどうでも良い。お前に幾つか質問がある。それに答えれば良い』
高圧的な物言いをするが、舞弥によって怖気づいているウェイバーは特に反発する事も出来なかった。
「あ、ああ・・・なんだよ質問って」
『キャスターが呼び出した怪物を消したのはライダーの仕業だな?』
「えっ・・・あ、ああそうだけど」
『ではライダーの固有結界、あれを解除した時、相手を任意の場所に落とす事は可能か?』
意図の見えない質問であったし、一体電話の相手は何者なのか?おそらくアインツベルンの関係者と思われるが、皆目検討も着かない。
問い質したい事は山ほどあるが、一刻を争う状況でその様な事を言い合っている暇は無いと思ったのか、一度だけ見た『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の性質と時計塔で習った固有結界の基本法則を思い返し、考え併せると慎重に答えた。
「ピンポイントは無理だけど・・・だいたい百メートルほどの範囲なら可能なはずだ。解除して外に出る際の主導権はライダーにある筈だから」
『十分だ。こちらでタイミングを見計らって合図を送る。お前はライダーにその真下に怪物を落とす様に命じろ。出来るな?』
そう言われ、思わず『無理だ』と言いかけたが、ライダーが念じれば伝令を呼ぶと言っていた事を思い出した。
ちゃらんぽらんな様に見えて、結界の内外の連携の手段を確保しておく辺り、見事と言うべきか、そつが無いと呆れるべきかウェイバーには判断がつかなかった。
「一応連絡手段はあるから可能のはずだと・・・思う」
『結構、最後に傍にランサーがいるだろう?奴に伝えてやれ。お前が・・・セイバー・・・に課した枷は対城宝具の封印だとな』
「えっ?おい!どういう」
思わず聞き返したウェイバーの耳に帰ってきたのは、通話の切れた事を証明する電子音だけだった。
言うだけ言って通話を切ったらしい。
セイバーの部分がやけに嫌々と言うか、もはや吐き捨てるような嫌悪感を露にした口振りだったのも気にはなったが、最後の伝言にいよいよ訳が判らなくなりウェイバーは思わずランサーに視線を向ける。
「??どうかしたのか」
ウェイバーの視線直ぐに気付いたのかランサーが胡乱げに問いかける。
「いや・・・それが、電話の相手からあんたへの伝言があって・・・なんか・・・セイバーに課した枷は封印だとか対城宝具だとか・・・」
ウェイバーの伝達はやや正確さを欠いていたが、ランサーにはそれで十分だった。
愕然とした面持ちでセイバーを見遣り、セイバーが苦渋と憤りをミックスさせて表情を曇らせる。
「セイバー、本当なのか?」
ランサーの問い掛けにセイバーは数秒沈黙を守る。
正直に言えばこの話題については触れられたくなかった。
だが、ここで話題をはぐらかせても仕方ないし、、何よりもそれが赦される状況でもない。
セイバーとしては正直に答えるしか道は無かったが、それでも言葉にはしたくなかったのだろう、無言で首を縦に振る。
「その宝具はあの怪物を倒せるものなのか?」
「・・・おそらく可能だろう・・・だが」
そこで言葉を区切ると表情は変わらず苦渋と憤りを浮かべながらその眼差しは決然としてランサーを見遣りながら
「ランサーよ、私が受けたこの傷は誉れであっても枷ではない。森での戦いで言っていたようにディルムッド・オディナの援軍を得る事は万の軍勢にも匹敵する」
そう言ってから、セイバーの表情に純粋な怒りだけが宿り、その眼光にも怒りの感情が滲み出ていた。
セイバーはランサーにいらぬ事を吹き込んだ犯人が誰なのか承知していた。
(キリツグ・・・何処まで人の思いを嘲笑い踏みにじれば気が済む・・・そして・・・)
必然的に共犯である事は疑う余地の無い士郎にも敵意剥き出しの視線を向けている。
その視線に気付いたのかウェイバーは怯える様に一歩後ずさり、アイリスフィールも不安げに士郎とセイバーを見比べる。
向けられた当の士郎はと言えば表情を変える事も無く、溜息をつく事無く淡々とセイバーの視線を受け止めていた。
無論だが、その口からは自己弁護は無いが、謝罪の言葉も無い。
その態度と無言を貫く姿勢を開き直りだと判断したのか士郎に詰め寄る様に一歩踏み出そうとした時、ランサーの声が時を止めた。
「セイバーよ、その言葉はありがたく頂戴する。・・・だが、俺はキャスターを赦す事は出来ない」
そう言うランサーの視線は海魔が姿を消した河岸に向けられており、その静かな口調とは裏腹にその眼差しには深い決意が秘められていた。
「奴は・・・力無き人々の悲しみを糧とし、恐怖を是とし、絶望を悦に浸り、その全てを貪る者。騎士の誓いに賭けて、看過出来ぬ悪そのものだ」
そう言いながらランサーは右手の『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を地面に突き刺すと左手に残された『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を両手で持つ。
だが、それは構える為ではなく柄の両端を持ち柄をセイバー達に見せるような持ち方だった。
それはまるで・・・
そこでランサーの意図を察したのだろうセイバーが
「!!だ、駄目だ、ラン」
声を荒げるがその声を被せる様に
「ランサー」
士郎が静かに声を掛ける。
「・・・俺はお前の決意に心の底からの賛辞を送る」
そう言う士郎の眼には策が成功した事への歓喜も、容易く策にかかったランサーへの侮蔑も、罠に嵌めたランサーへの罪悪感も無い。
ただ純粋にランサーが下した決意をここにいる誰よりも認め賞賛していた。
ここで口だけで駄目だと言うのは容易いだろう。
だが、もはや一分一秒を争う今の現状を打破出来る手段はもはや限られている。
このまま手をこまねけば何が起こるのかは誰の眼にも明らかな事なのだから。
ここでランサーの今後を・・・戦闘面でもさる事ながら、マスターであるケイネスとの関係も案じるのも容易いだろう。
だが、所詮は偽善に過ぎず、得られるのはただの自己満足だけだ。
このような状況にランサーを追い詰めたのは、他ならぬ自分達であるのだから。
ならば、ランサーの決意を誰よりも認め、誰よりも賞賛する。
それが今の士郎に思いつくせめてもランサーへの謝罪であり、感謝の思いだった。
そんな士郎の態度どう思ったのか怒りの表情そのままにセイバーが詰ろうとしたが、それをランサーの声が留めた。
「・・・エクスキューター、貴殿の言葉とその思いが何よりの報奨だ。それにだ。今勝たねばならぬのは誰だ?セイバーでも、ランサーでも、ライダーでもアーチャーでもましてやキャスターでもない。今勝たねばならぬのは、勝利すべきなのは我らが報じる騎士の誓い。そうだろう」
士郎その一言に込められた言外の思いに気付いたのか、静かにだが、満足そうにランサーは微笑む。
そこまで言われてはもはやセイバーも止める言葉は持ち合わせていなかった。
士郎がしたように彼の決意を認めるしかない。
「・・・我が勝利の悲願、偉大なる騎士王の一刀に・・・全てを託す!!」
そう言って躊躇無く『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』をへし折ろうとした正にその瞬間、変化は劇的だった。
「!!」
今まで重い決意のなかに微笑すら浮かべていたランサーの眼が大きく見開かれる。
両手、いや、両腕、若しくは全身に渾身の力を込めている事は誰の眼にも明らかだった。
全身を小刻みに震わせ、額からは汗が噴き出し、歯を抜き出しにして歯が砕けるほど強く食い縛っている。
これ以上ないほど渾身の力を込めているにも関わらず・・・『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は・・・へし折れては・・・いなかった。